■変質者を捕まえろっ!■
高原恵 |
【1990】【天音神・孝】【フリーの運び屋・フリーター・異世界監視員】 |
●オープニング【0】
桜桃署捜査課勤務の刑事、月島美紅は開口一番こう言った。
「変質者を捕まえたいんです」
喫茶『スノーミスト』、奥のテーブル。美紅の前には、急に呼び出された知人たち数人が居た。何の用件かと思っていたら、いきなりこの言葉だ。詳しい話を聞かないことには返事のしようもなかった。
質問がいくつも美紅へ投げかけられる。それらを一通り聞き、美紅は経緯を話し出した。
美紅によると、近頃夜の闇に乗じて女性を襲う変質者の事件が頻発しているのだという。被害は全身を触られまくるだけで、それ以上のことがないのは幸いだったが、被害者はもう10人を越えてしまったという。しかも、被害者の中には婦警まで居るものだからたまらない。
何とかして捕まえないとという話になっていたが、何分夜の闇に乗じての犯行なので顔が分からない。ただ、何人かの被害者の証言によると犯人は全身黒ずくめの格好をしていたのだという。
そんな相手をどうやって捕まえる気か。それを問うと、美紅はきっぱりと答えた。
「おとり捜査をしようと思うんです。私はもちろん……他にどなたか、手伝っていただけませんか?」
なるほど、おとり捜査ですか。けれど、おとり捜査って日本の警察はあまり積極的ではなかったのでは……? その辺りを突っ込むと、美紅は苦笑いを浮かべて真相を話してくれた。
「あの、実は……独断なんです。おやっさんの」
と言って、別のテーブルを指差す美紅。そこには美紅の教育係である刑事、築地大蔵の姿があった。大蔵は大盛りのパフェを半分以上平らげていた。
「予定は今夜なんですが、手伝っていただけませんか?」
さてさて、どうしましょうかねえ?
〈ライター主観による依頼傾向(5段階評価)〉
戦闘:3/推理:3/心霊:?/危険度:女性5、男性?
ほのぼの:1/コメディ:1/恋愛:違った意味で0ではない
*プレイング内容により、傾向が変動する可能性は否定しません
*おとり捜査は、2〜3組程度に分かれて動くことになります
【募集予定人数:1〜7人】
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変質者を捕まえろっ!
●意志確認【1】
「……よっこいしょ、と」
大蔵が食べかけのパフェを手に、一同の居るテーブル、美紅の隣の席へ移ってきた。
「まあ、だいたいのことは彼女が今言った通りですよ。どうですか?」
一同の顔を見回して言う大蔵。すると、話を聞き思案していた九尾桐伯が、確認するように尋ねた。
「黒ずくめの変質者……身体を触りまくるだけでそれ以上の犯行には及ばないのですか」
「ええ、それだけです。外傷は一切なくて」
こくんと頷き美紅が答えた。殴られたり刺されたり、また口に出すのもはばかられるような事態はないとのことである。
「はぁ……全身触るだけ、ねぇ?」
と言って首を傾げたのはシュライン・エマ。そしてそのまま疑問を口にする。
「婦警さんが被害者に居るならそれなりに痛い反撃などしてそうだけど、声すら出してないなんて……」
婦警といえども、警察学校では何がしかの武術を習っているはずだ。だのに声すら出せていないというのも……その際の状況が分からないから軽々しくは言えないが、妙ではある。
「それなんですけど」
そう言うと美紅は、何故か急に声をひそめた。
「……です」
「え? 美紅さん、何と仰ったの?」
美紅から一番遠い席に座っていたプラチナブロンドの美女、ウィン・ルクセンブルクが美紅に聞き返した。声が小さくて、聞こえなかったのだ。
「ですから……気持ちよかった、らしいんです。その、感じるツボを押さえてるっていうんですか……?」
美紅はやや恥ずかしそうに繰り返した。それを聞いて納得する者、呆れる者、はたまた苦笑する者と反応は様々であった。
「……女性の身体に無断で触る……気持ちのよいものではないわね……。気持ちよくさせているみたいだけど……」
ぼそっとつぶやいたのは、ウィンの隣に座っていた巳主神冴那だった。確かに、気持ちいいのは結果論であって、行為自体は不快なものである。それははっきりさせておこう。
「顔が分からない上に全身黒ずくめで、触るだけ……どうなんだろ、意外と男じゃなかったりしそうな気もする、犯人。男だったら触るだけじゃ済ませないと思うんだけど」
見た目可愛らし気で大きな青い瞳を持った少年――篠原勝明が首傾げながら言った。
「可能性はあると思っています」
同意するように美紅が言った。
「黒ずくめなのは顔や性別が分からないようにするため。それで同じ女性だったら……あの、感じるツボが分かっているのかもしれませんし……」
なるほどといった美紅の説明に、ウィンがうんうんと頷いていた。その間も大蔵は、黙々とパフェを食べていた。
「同じ男として……黙っている訳にもいかないな」
ここまで黙って話を聞いていた真名神慶悟が口を開き、きっぱりと言った。それを聞き、勝明の隣に座っていた青年も同様のことを言った。
「女性だけでおとりをやるってのは危ないし、俺でも役に立てるなら手伝わせてよ」
穏やかな雰囲気を持つ青年、御影涼の言葉である。
「俺も、おとり役の子のボディーガードにつこうか? 腕っ節には自信あるから」
テーブルに肘をつけたまま手を挙げ言ったのは、濃暗緑色の髪と瞳を持つ天音神孝だ。見た目美形……といえるだろう。もっとも、無精髭を綺麗に剃って他にも色々と整えればの話だが。
「……っと。バイト代出るよな?」
孝が続けて言った。それなりに重要な話である。
「それはあの、出来る限りは」
「あ、バイト代は手料理でいいからな。自分の作った料理には飽き飽きしてんだ」
孝は説明する美紅を指差し、ふうっと溜息を吐いた。よほど自炊に飽きているらしい。
「手料理でいいんでしたら」
こくこくと頷く美紅。
他の者の意志もほぼ同様。おとり捜査に協力してくれるとのこと。これで意志の確認は取れた。
●共通点は?【2A】
「ね、美紅さん、ちょっと確認なのだけど」
「はい、何ですか?」
一同の意志の確認が終わってから、ウィンが美紅に尋ねた。
「被害者の女性の共通点ってあるかしら? それとも女性なら誰でもよいの?」
「たぶん……後者みたいです。被害者の年齢は16から30までの間なんですけど、学校に職業、住所に服装、背丈、体格……特に共通点はなくて」
少し眉間にしわを寄せ、美紅が説明する。絞り込めていないから苦労しているのだろう。
「ああ、でも。普通に皆さん、綺麗とか可愛い部類だと思いますけれど」
付け加える美紅。手当りしだいに見えて、そういう意味ではターゲットをちゃんと選んでいるようではある。
「被害に遭った時は1人で?」
「はい。1人で居る所を狙われたみたいです」
シュラインの問いに答える美紅。
「被害以来、身体の方に何かしらの異変……傷や痣……不調などが出ていないか、聞いてもらえないか。念のためだが」
思案していた慶悟が美紅にそう頼んだ。承諾する美紅。
何もなければそれでよし、あらば何がしかの対策を講じる必要があるだろう。どちらにせよ、慶悟自身が尋ねて回るには差し支えがあるので、美紅に頼んだという訳だ。
「犯人が動きそうな場所はたいてい、騒がれてもあまり問題が無い寂しい場所辺り?」
勝明が聞くと、美紅は頷いた。
「さっき女性の共通点はないって言ったんですけど、場所はだいたい同じ区域なんです。1キロ四方……かな。後で資料は渡しますけど」
「だとすると、こっちが複数人なこともばれやすいってことか」
「だからいくつかに分かれて、動くことになりますね」
勝明のつぶやきに、美紅がすぐ答えた。ここに居る女性の数から考えれば3、4組といった所か。
それから他にいくつか質問が出た後に打ち合わせは終わり、夜に現地へ集合することとなった。
「じゃあここの分は、私が払っておきますよ」
と言って、大蔵は伝票を手に席を立った。大盛りパフェは、すっかり空になっていた。
●現地調査【3A】
「……外灯が少ないな」
現場の下調べをしていた孝は、電柱を見上げつぶやいた。
美紅が示していた区域を一通り歩いてみたのだが、路地が思ったより多く、細い路地になると外灯が極端に少なかったのである。また、普通の路地でも多いとは思えなかった。
(変質者には都合のいい場所だ)
外灯が少ないということは、それだけ暗闇が多いということである。すなわち隠れ放題。
そんなことを思いながら歩いていると、不意に横道から涼が姿を現した。
「あ、下調べかな?」
「基本だからな。そっちは?」
「被害者から話を聞こうとしたけど……」
涼は苦笑して頭を振った。美紅を通じて手配してもらったものの、会う約束を取り付けられたのは半分以下、まともに話を聞けたのはさらにその半分以下、実質婦警くらいからしか話が聞けなかったのだった。
「手が大きめで、指先が太めってことくらいしか」
秋空を見上げ、涼がつぶやいた。男性の可能性が高そうだが、確定とするには情報量が足りなかった。
「そりゃご苦労さん」
孝も苦笑するしかなかった。だが涼の調べたことはそれだけではなかった。
「……犯人は女性に触ることに執着を持ってるみたいだよ」
「あ?」
「襲われた現場、いくつか歩いてみたけど、そんな思念が残ってた」
現場の残留思念から強く感じたのは、そのことであった。さて、何故に執着を持っているのだろう。
「変質者の変質者たる所以だな」
ある意味納得する孝。そして2人はある立て看板の前を通っていった。
「……うん?」
引き返す孝。また立て看板の前へ戻ってくる。立て看板にはこう書かれていた。『痴漢に注意!』と、色褪せた文字で。
「さすがに立て看板出してるんだ」
孝の後ろから涼が覗き込む。しかし孝は訝し気に言った。
「妙だな」
「え?」
「よく考えろよ。こんなに色褪せてるってことは、昨日今日立てた物じゃないだろ」
「……あ」
文字の色褪せ方からすると、数年は経過しているように思える。何故こんな立て看板がここにある?
●捜査開始【4】
夜8時過ぎ――一同は現場に集合していた。
「寒がり?」
冴那の姿を見た勝明が、ふと疑問を口にした。冴那は厚手のコートを羽織り、ボタンを全て留めていた。そして手袋をはめた手で、バスケットを持っていた。
秋の夜、冷えるようになってきたとはいえ、さすがにその出で立ちはちと早いのではないかと思ったのだが、冴那はさらっと答えた。
「肌寒いから……」
そう言われれば何とも返しようがない。ただ気になるのは、コートの中でもそもそと何かが動いているようなのだが……それはさておき。
ところで、出で立ちといえばもう1人別の意味で凄い者が居た――ウィンである。ウィンは超セクシーミニスカボディコンに身を包み、なおかつピンヒールを履いていた。この格好に全く違和感がないのだから、たいした女性だ。
「ね、それって……」
「その変質者が好みそうな服装でしょう?」
シュラインの言葉に、ウィンがくすっと微笑んだ。いやまあ、変質者だけじゃなく、どこぞのカメラ小僧も好むかもしれませんが。
「ああいう不届き者は……月に代わってお仕置きよ☆」
ポーズを決め言い放つウィン。それはそうと、何でそんなネタ知ってんです?
「今夜は月は出てませんよ?」
空を見上げ美紅がつぶやいた。ボケなのか素なのかは判断に苦しむ所だが、曇り空であるのは事実である。
「聞いておいてくれたか?」
慶悟が美紅に聞いた。昼間のあの件だ。
「あ、はい。何事もないみたいです。悪いことが起きるとか、身体が不調だとか、そういうのはないらしいです」
「そうか」
美紅から結果を聞き、慶悟は少し安堵した。何事もないのなら、後は犯人確保に務めるのみである。
「で、組分けはどうします。私は月島刑事の警護に回ろうと思いますが」
と言ったのは濃紺の服に身を包んだ桐伯である。その衣服に光沢は見られなかった。明かりに反射しないようにと考慮したのであろう。
「なら、俺は勝明と組むかな」
「俺と? ……別にいいけど」
涼の言葉に一瞬嫌そうな表情を見せたが、渋々といった感じで勝明が言った。
結局4組に分かれて、おとり捜査は行うこととなった。
「あ、おとり役の人はこれ持って。発信機と隠しマイクよ」
シュラインは用意していた発信機と隠しマイクを配った。そして大蔵には発信機の受信装置を手渡した。これで動きを見てもらおうという考えのようだ。
「おっと、これもだ」
孝が同じく用意していたストロボつきカメラと携帯を配った。これで犯人がどこに現れても写真を撮ることが可能だし、逃げられても携帯で至急連絡することが出来る。
「まずは顔や身体つきの特徴をつかまなきゃな」
ごもっとも。
こうして準備も整え終わり、一同は散らばってゆくこととなった。いよいよ、おとり捜査開始だ。
●第1の出現【5】
薄暗い路地を美紅は歩いていた。時折立ち止まっては周囲を警戒するが、怪しい人影は見当たらない。
何度目かになる確認を終え、また歩き出す美紅。そして外灯のない暗闇に入って少しした時だった。
どこからともなく人影が現れ、美紅の背後についたのである。その姿は全身黒ずくめ、いや全身黒タイツと言った方がいいかもしれない。しかし美紅がそれに気付いた様子は見られなかった。
やがて人影の手が美紅の身体へ伸びる。
「…………!」
びくんと美紅の身体が反応した。人影の手は、美紅の腰の辺りにあった。手は徐々に尻の方へと下がってゆく。だが美紅は固まったまま動けず、声も出すことが出来なかった。
その瞬間、人影に向かって鋼糸が放たれた。鋼糸は瞬く間に人影の逃げ道を封鎖し、なおかつ人影にも絡み付いていた。
「現れましたね」
そんな言葉とともに暗闇から現れたのは、鋼糸を手にした桐伯であった。総ての気配を絶ち自らの影に潜み、認識されぬように美紅のそばについていたのだ。
「ああ、何とも早いもんです」
路地の角から大蔵が姿を見せた。その後ろにはシュラインの姿もある。
人影は鋼糸から逃れようともがいた。けれどももがけばもがくほどに鋼糸は絡み付いてゆく。そして人影が桐伯の方を向いた。
「……とっておきの『カクテル』をご馳走した方がよいようですね」
空いている手でサングラスをかけた桐伯のつぶやきが辺りに聞こえた。それが合図だったのか美紅、大蔵、シュラインは一斉に目をつぶった。
刹那――まばゆいばかりの光がその場に炸裂した。桐伯が光量10万カンデラのフラッシュライト『シュアファイヤー』を使用したのである。
これほどの光を直視したのであれば、たまったものではない。思わず目を覆って、その場にうずくまるというのが普通の行動であるだろう。しかし、そうはならなかった。
人影は平然と、鋼糸から逃れようと動いていたのである。やがて、桐伯の手に手応えが伝わらなくなった。
「消えた……?」
そう、まさしく消えたのだ。煙のように人影が。張り巡らされていた鋼糸が切断された様子は全くなかった。
桐伯は鋼糸を回収すると、すぐに美紅に駆け寄った。美紅はぼうっとしていた。
「これは、少しの間ダメでしょうね」
そんな美紅の様子に苦笑いを浮かべる大蔵。そりゃそうだ、何せ桐伯が美紅の顔の前で手を動かしても反応しなかったのだから。
その一方、シュラインは険しい表情でこうつぶやいた。
「……足音がないってどういうこと?」
シュラインは逃げられた時のことを考えて、人影の足音などに耳を傾けていた。しかし、足音がまるでなかったのである。鋼糸から逃れようともがいていたのに……。
シュラインは溜息を吐くと、他の組に連絡を回し始めた。
●第2の出現【6】
ウィンは極力暗い方へ、暗い方へと歩いていた。まるで犯人を誘い出すかのごとく。
その考えは見事に当たっていて、暗闇の中に入って少しした時に、不意に人影が姿を現した。けれどもウィンはそれに気付いているのかいないのか、振り返る様子は見られなかった。
やがて人影の手がウィンの背後から、脇腹の辺りへ伸びてきた。手が触れた瞬間、ウィンの身体がぴくっと動いたように見えた。その瞬間だった――ウィンがすっと片足を上げ、おもむろに力強く降ろしたのは。
すなわち、ピンヒールが人影の足に食い込むような状態で……。人影は一瞬怯んだように見えた。
そこにフラッシュが炊かれた。
「現れたか!」
2人の前方から、孝がカメラを手に飛び出てきた。気配を殺し、近くに潜んでいたのだ。ウィンに触れている姿は写真に残っている、十分に痴漢の証拠となり得る。
その間も、ウィンは2度3度と繰り返し人影の足を踏んづける。何やら楽し気な笑みを浮かべながら。
……ひょっとして犯人確保にかこつけて、憂さ晴らししてませんか?
さすがに何度も踏み付けられては、人影もたまったものではないように思われた。ところが、怯んだのは最初の一撃だけで、後は平然としているのだ。ウィンには明らかに、踏む感触が伝わっているにも関わらず。
そのうちに人影はウィンから離れ、孝の居ない方へと逃げ出した。
「逃がしませんわ!」
ウィンはハンドバッグから何やら取り出すと、それを逃げる人影目掛け投げ付けた。そして見事命中、人影の背中にべっとりと何か塗料がついてしまった。ウィンが投げたのは、夜光塗料の入ったカラーボールだったのだ。
「ふう……少しすっきりしましたわね」
額の汗を拭うウィン。……やっぱり憂さ晴らしですかい。
それでもなお逃げる人影。後ろからは誰も追いかけてはこなかった。そう、後ろからは。
「逃がさないぜ」
逃げる人影の前方に、不意に孝が現れた。どうやったのか、孝が先回りしていたのである。
「目的は何だ? 何かを探してるのか? ……捕えて、じっくり聞いてもいいんだがな」
そう言いながら、じりじりと近付いてゆく孝。そうして人影に孝の手がかかるかと思われた瞬間――人影は孝の前から消え失せた。
「消えたっ?」
驚き、辺りを見回す孝。けれども辺りに気配はない。
「……移動したか?」
孝は忌々し気につぶやくと、ポケットから携帯を取り出した。
●第3の出現【7】
冴那はゆっくりと路地を歩いていた。決して振り返ることもなく、ただあちらの路地、こちらの路地へと歩いてゆく。
比較的明るい所を通っていた冴那であったが、変質者はそんなことおかまいなしにやってくる。
冴那が暗闇に入ったのを見計らって、人影は背後に現れたのである。背中に夜光塗料をつけたままで。
冴那に気付いた様子はない。そして人影の手が、一気に背後から胸元へ伸びた。
しかし――それでも冴那の様子に変化は見られなかった。コートの中では、何やら動いているのだが……。
「きゃあ」
やがて手に気付いたのか、冴那が叫び声を上げバスケットを取り落とした。まあ……わざとらしい叫び声ではあったが。
その瞬間、物陰から涼が飛び出してきて冴那の腕をぐいと引っ張った。
「勝明、任せた!」
と言って、涼は冴那のことを後ろから来た勝明に任せた。そして手の中に霊刀――『正神丙霊刀・黄天』を具現化する。
「でも、よく見付けたな」
霊刀で人影を牽制したまま、振り返ることなく涼が勝明に言った。
というのも、孝から連絡を受けた涼はそちらへ急行しようとしたのだが、その前に勝明が人影の背中についていた夜光塗料を発見したのである。勝明の目のお手柄と言えるだろう。
そのため3人は、人影の前方に上手く回り込んでいったのである。人影に冴那を襲わせたのは、勘付いて逃げられないようにするためにわざとそうさせたのだった。
人影はじりじりと後ずさろうとしていた。しかし、それを阻むように無数の青大将が人影の足に絡み付いていた。先程冴那が取り落としたバスケットから、にょろにょろと這い出してきたのである。
「おとなしく捕まって、理由を聞かせてくれればそれでよし」
霊刀を人影に向けたまま、涼が言った。じゃあ、おとなしく捕まる気がなかったらどうなのか。言うまでもない、涼は危険だったら躊躇しないで斬ることだろう。
どちらも動かぬ状態が、数10秒ほど続いた。やがて、人影は煙のように3人の前から消え失せてしまった。
「……消えた?」
辺りを見回す涼。人影の姿はどこにも見当たらない。青大将たちは、人影の居た場所に残ったままだ。
「いや、たぶんあっちの方に逃げたと思う。消える一瞬、そう感じたんだ……」
人影が居た場所より向こうを指差し、勝明が言った。人影の『色』がそちらへ動いたのが、僅かに見えたのだった。
「でもあいつのあの色って……」
思案する勝明。どうやら他にも何か感じ取っていたらしい。
「……そうなの。頭をつかまれたのね、2人とも……」
勝明の背後では、コートを開いた冴那の姿があった。コートの中には鎌首をもたげ怒っている様子の、ニシキヘビとボアが絡み付いていた。ちなみに、どちらも雌であることを付け加えておく。
●第4の出現【8】
美紅は1人、車も通れる幅がある路地を歩いていた。少しして、十字路へと差しかかる美紅。外灯は切れているのか明かりがついておらず、角には枯れかかった花束が置かれていた。
そこへ背後から人影が現れた。人影は美紅の姿を見つけると、矢も盾もたまらず美紅に抱きついていった。
しかし美紅は悲鳴を上げない。それどころか――ニヤリと笑みを浮かべたではないか。
「かかったか」
その場に声が響いた、慶悟の声だ。そして物陰から慶悟が姿を現した。
いや、慶悟だけではない。他の9人も、四方から逃げ道を塞ぐように現れたのである。そう9人だ。美紅の姿もそこにある
なら人影が抱きついている美紅は何者?
すると人影が抱きついている美紅の姿が、すぐさま変貌した。式神の神将の1人に。実は慶悟は神将に替形法を用いて、美紅の姿を取らせておとりにしていたのであった。
では何故、十字路という都合のよい場所へ誘い込めたのか。これはシュラインの用意した発信機と、孝が用意した携帯の勝利であろう。
人影の出現先は一見ランダムに見えたのだが、情報をよくよく突き合わせてみると方角が一定していたのである。
つまり最初の場所から、ずっと同じ方角へシフトしていたという訳だ。そうなれば後は簡単、予想される地点におとりを配置し、急行するだけだった。
窮地を悟った人影はその場から逃げようとした。正確には逃げようとする素振りを見せた。けれども人影の姿はそこに残ったまま。今までのように、姿が消えるということはなかった。
「無駄だ。お前が姿を見せてすぐ、空間を閉じている」
淡々と慶悟は人影に告げた。周囲に結界符を施していたのである。
移動出来ない人影に、桐伯の鋼糸が絡み付いた。これではますます逃げようがない。
そして涼がずいと前に出てくる。具現化した霊刀を手に。
「今度は逃がさないよ」
そう言うと涼は、ちらっと大蔵を見た。小さく頷く大蔵。
「はっ!」
気合い一閃、涼の霊刀が人影の顔を斬った。無論殺す訳ではない、顔を拝むためにタイツだけを斬ったのだ。
タイツが剥がれ、中から顔が露になるかと思われた。しかし、だ。
「顔がない……んですの?」
ウィンは我が目を疑った。中には何もなかったのだ。ただ、空(くう)なだけで――。
「やっぱり」
勝明がぼそっとつぶやいた。
「何が……?」
冴那が問うと、勝明は言葉を続けた。
「普通の人間の色じゃなかったんだよ。さっき、俺が感じたのは」
「なら、透明人間か幽霊……かな」
苦笑する孝。こんな状況を目の当たりにすれば、結論はそうなるだろう。
「あ! だから足音が……」
はっとするシュライン。透明人間はともかく、幽霊であるならば足音は聞こえなくて当然かもしれない。
「いえ、幽霊と言うよりあれは、ほとんど思念ですわね」
落ち着きを取り戻したウィンがそう分析した。
やがて人影――幽霊は、涼の霊刀によって浄化させられた。幽霊の逮捕など出来やしない、浄化するのが最良の方法であった。
●隠された真相【9】
「……これで無事解決しましたか。キミたちには感謝しますよ」
笑みを浮かべ大蔵が皆に言った。けれども疑いの眼差しを向けている者が2人居た。勝明と孝である。
「おや、何です。物言いた気ですね」
視線に気付き、大蔵が勝明と孝に言った。すると孝がこう言った。
「あのさ。この区域で『痴漢に注意!』って立て看板見付けたんだよ。……色褪せて、数年くらい経ってる奴を」
「ああ、俺も見た」
孝と涼の言葉にざわめく一同。すると大蔵は、苦笑いを浮かべた。
「まあ物証はなかったですからね。私の勘だけで」
「やっぱり隠してたんだ」
勝明が深い溜息を吐いた。
「どういう勘です?」
「刑事の勘ですよ」
桐伯の問いかけに大蔵が答えた。
「数年前、この区域で連続痴漢事件が発生したんですよ。手口も同じで。ええ、当時の資料を確認しましたから間違いないです」
「あっ!」
美紅が驚きの声を上げた。そしてシュラインを見ると、シュラインもこくっと頷いていた。
「どうしてそのことを、前もって話してくれなかったんですの?」
ウィンがじとっとした視線を大蔵に向けた。
「1、物証がない。2、模倣犯の可能性もある。3、先入観を植え付けたくなかった。他にも細々した理由はありますがね」
そう言うと大蔵は、口の中にキャラメルを1個放り込んだ。
「……ちょっと待った。数年前にその事件があったのなら、どうしてその時の犯人を調べなかったんだ?」
慶悟が疑問を口にした。もっともな疑問である。
「そうよね。類似事件があったなら、過去の事件の犯人を調べてみるのは警察の得意な手法のはずだし……」
シュラインが慶悟の疑問に同意する。
「まあ、犯人が居ればそうしてますよ」
大蔵が静かに言った。一瞬、一同は大蔵の言葉の意味を理解出来なかった。
「……ねえ……あそこに枯れかけの花束が置かれているのだけど……」
ふと冴那がつぶやいた。確かに十字路の角に、枯れかかった花束が置かれている。
「ああ、そうか……ちょうどここでしたか」
うんうんと1人頷く大蔵。それから皆の顔を見回して言った。
「数年前の事件の犯人。当時追われる途中で、車に撥ねられて亡くなったんですよ――」
【変質者を捕まえろっ! 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
/ 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0932 / 篠原・勝明(しのはら・かつあき)
/ 男 / 15 / 学生 】
【 1588 / ウィン・ルクセンブルク(うぃん・るくせんぶるく)
/ 女 / 25 / 万年大学生 】
【 1831 / 御影・涼(みかげ・りょう)
/ 男 / 19 / 大学生兼探偵助手 】
【 1990 / 天音神・孝(あまねがみ・こう)
/ 男 / 20代前半? / フリーの運び屋・フリーター・異世界調査員 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ゲームノベル』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全11場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、変質者にまつわるお話をお届けいたします。
・美紅や大蔵はほとんどの方には初めまして、VSN『娘坂殺人事件』にご登場の方はお久し振りです、となりますかね。ついに調査依頼・ゲームノベルに登場です。今後も登場してゆくと思いますので、よろしくお願いいたします。何故この時期に登場なのかは……近々分かるかと。
・さて今回のお話ですが、あのような真相でした。果たしてご想像通りの結末だったでしょうか。ちなみにおとりの女性ばかりでしたら、もうちょっと色々とされていたかもしれません、はい。
・読み返してみると……コミカル色が強くなってるのが不思議ですね。最初の傾向予定では『コメディ:1』だったんですが、はて?
・天音神孝さん、初めましてですね。下調べをしたのは正解でした。下調べしてなかったら、最後は曖昧に終わらせるつもりでしたから。それから異空間移動の能力、追尾が出来るのかどうか分からなかったので、本文のような解釈とさせていただきました。あと、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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