■恐山で逢いましょう■
伊塚和水 |
【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
格安恐山実験ツアー レポーター大募集!!
日本三大霊山のひとつとして有名な青森の恐山。そこで行われるイタコの口寄せは、全国的にもよく知られている。
――が。
イタコは恐山で修行をつみいつも恐山にいるわけではない、ということはご存知だろうか。
イタコが恐山に集まるのは、主に毎年7月の恐山大祭と、10月の恐山秋詣りの年2回だけであり、その時期にはたくさんのイタコが集まり店を開くが、イタコは下北地方(恐山周辺の地域)には存在しないため、その他の地域からやってくるのである。
つまり”恐山=イタコ”というイメージがあるものの、実際イタコが恐山に滞在している期間は極わずかなのだ。それを知らない観光客の中には、イタコが目的で恐山へ行ったものの、イタコには会えずに無駄足を踏んでしまったという人も少なくない。
そこで当編集部では、イタコがいなくとも亡き人の霊と接触することは可能か、という実験を行ってみることにした。元来霊の集まる場所とされている恐山だからこそ、有益な実験となるだろう。ただ我々だけではパターンが限られてしまうため、読者諸君の中から協力者を募集することになった。
霊感の強い人。
心霊現象に興味のある人。
そして、逢いたい誰かがいる人。
ぜひこの恐山実験ツアーに参加していただきたい。
ツアー終了後にはレポート提出が必須となっているが、その分ツアー料金は格安に設定した。この機会にぜひ霊場恐山を堪能してみてはいかがだろうか――
(月刊アトラス9月号より抜粋)
※というわけで、ツアー参加者を募集します。
※プレイングの中で必ず参加理由を明記して下さい(なんとなく……といった曖昧な理由でもOKですので)。
※恐山の開山期間は10月いっぱいですので、このツアーは10月下旬の設定となっております。ご了承下さいませ。
※またノベル形式を選択できます。完全個別ノベルをご希望の方と、特定のPCさんと一緒に参加したい方はそのようにご記入下さい。
何も記入がない場合は同時期に申しこんだ方とのノベルになります。
※プレイングのための恐山キーワード
・イタコ――亡くなった人の魂を降ろす”口寄せ”をするが、神降ろしなどもする。口寄せは1回3000円。しかし今回はいない。
・三途の川――”恐山”に入るためには、この川に掛かる三途の橋を渡らねばならない。この辺りから既に硫黄臭が充満している。
・賽の河原――三途の川のほとり。故人の冥福を祈る小石が積まれている。積むのはいいが崩さないように。
・極楽浜――岸辺に並ぶ風ぐるまと供えられた花が、霧の中浮かび上がるその情景はまさに極楽。
・宇曽利湖――エメラルドグリーンの水面が美しい。極楽浜を際立たせている。
・地獄めぐり――いたる所に存在する噴気孔にはすべて地獄の名前がつけられている。無間地獄、血の池地獄、金掘地獄、重罪地獄、賭博地獄、地獄谷など99もあるらしい。火気厳禁。
・温泉――古滝の湯(男性用)、冷抜の湯(女性用)、薬師の湯(寺務所用)、花染の湯(混浴/若返りの湯とも呼ばれる)がある。無料で入れる。
・温泉たまご――おいしい。
※地蔵殿や塔婆堂など使いにくいものは除外してありますが、独自に調べて取り入れるのは構いません。
それでは、ご参加お待ちしております。
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恐山で逢いましょう
■海原・みなも編【序】
「――うーん」
あたしはその旅行券を前にして唸っていた。
(いくら、疲れが取れるだろうからって言ってもね……)
普通恐山なんて、疲労回復とか休養に行く所じゃないのよ、おかーさん、おとーさん。
「……はぁ」
しかし海外赴任中の両親がわざわざ送ってくれたものだから、使わないわけにもいかないのだった。
(いえ、行くのはいいのよ)
興味がないわけではないし、もしかしたら人魚としての力が成長しちゃうかもしれない。霊場と呼ばれているだけに、そういう期待が持てる。
「でも独りはな……」
旅行券を相手に呟く。
うら若い乙女が独りで恐山なんて、まるで安っぽい感傷旅行みたいだ。どうせなら大勢でわいわい楽しく行ける方がいい。
(あ、そうだ)
わざとどこかのツアーと一緒に行こうかしら。
そう考えた時に、携帯電話が鳴り始めた。人物ごとに曲を設定してあるのでわかる。この曲は草間さんだ。
「――はい、みなもです」
海原だと紛らわしいと思ったので、名前で答えた。
『やぁ海原。今ちょっといいか?』
「ええ。バイトですか?」
あたしはよく、草間興信所でバイトをさせてもらっている。草間さんから電話が来るのも珍しいことではなかった。
しかし草間さんは、何故か少し口ごもって。
『い、いや、違うんだ。どちらかといえば逆だ』
「逆?」
『――実は麗香が、恐山ツアーの参加者を募集してるんだ。なんでも格安で行けるらしくてな』
「あら」
(なんてちょうどいいタイミングかしら)
「ありがとうございます、草間さん。早速麗香さんに電話してみますね」
『え? おいっ』
――プツ
無理やり電話を切ると、私はアトラス編集部の番号を押した。
■ステレオの偶然【観光バス:一番後ろの座席】
あたしの席は、一番後ろの真ん中の席だった。――つまり、5人掛けの所である。
「ああっ最悪。よりによってなんでキミと同じツアー参加してしかも同じバスでこんなにも席が近いのよーっ」
「いやはや、偶然とは恐ろしいものだね」
「やっぱり私なんか憑いてるッ。確実に憑いてるぅ!」
と言い争い(?)をしているのは、もちろんあたしではない。あたしの両隣に座っている2人だ。
「どうしてそんなに俺のこと嫌うのかな」
「なんとゆーか、生理的に」
「おいおい、そんなレベルなのか……」
「女の敵は私の敵よ!」
「待て、いつから俺が女性の敵になったんだ」
「もちろん生まれた時から」
「お前なー」
「あ、あのー……」
「今の俺はお前も知っているとおり夏菜一筋だろう?」
「いいのよ、当人のいない所で嘘つかなくても」
「だから嘘じゃないって」
「大丈夫よ、基本的に信じてないから」
「……よほど俺をたらしにしたいらしいな」
「火のない所になんとやらって言うじゃない」
「お前がサンマでも焼いてるんじゃないのか」
「サンマは美味しいからいいのよ!」
「俺はサンマ以下なのか……」
「あのぅ!!」
あたしが思い切って大声で制すると、やっと2人はあたしに気づいたようで、両側からあたしを見つめた。
「――何?」
「ああ、すまない。うるさかったよね」
それぞれの反応に、あたしは少し怒って返す。
「せっかく旅行に来てるんだから、仲良くした方がいいと思いますっ。楽しくなきゃ損じゃないですか」
「「…………」」
見ず知らずの(しかも明らかに年下の)あたしに言われて、2人は面を食らったような顔をした。それから互いに顔を見合わせる。
「一理ある、ね」
「じゃあキミ、いざという時の仲裁役決定!」
「ええっ」
「この席に座ったのも何かの縁よ。一応休戦はしてあげるけど、私いつまでもつのか自信ないから! いざとなった時は頼むわよっ」
どうやらNoとは言えない状況のようだった。
「わ、わかりました〜。どこまでできるかわかりませんが、頑張りますー」
「やれやれ、村上嬢は相変わらず強引だね」
その言葉にキッと相手を睨んだものの、女性は何も言わなかった。どうやら我慢してくれているようだ。
(よかったぁ)
これで少しは楽しげな感じになるかしら。
「じゃあとりあえず自己紹介しましょう? 私は村上・涼(むらかみ・りょう)。現在就活中の大学4年生」
「シュウカツ?」
(新しいカツかしら)
あたしはふと、そんなことを考えてしまった。
「ザ・就職活動」
「なるほど」
すると今度は逆側の男性が口を開く。
「俺は水城・司(みなしろ・つかさ)。簡単に言えば、何でも屋、かな」
「あたしは海原・みなも、中学生です」
「中学生が独りで恐山旅行?」
「海外赴任中の両親から、いつもどこにも連れて行ってあげられないからって、旅行券貰ったんです。でも本当に独りで来るのはなんだか淋しいから、麗香さんに頼んで同行させてもらうことにしたの」
あたしはあえてそんなふうに答えておいた。普通両親が中学生の娘に「骨休めしてこい」なんて言わないと思ったからだ。
「そっかー」
涼さんはそう頷くと、それ以上は何も言わなかった。代わりに司さんが口を開く。
「楽しい旅行になるといいね」
「はいっ」
(――微妙に)
それはこの2人にかかっているような気もするけれど……。
さすがに口には出せなかった。
■無茶は承知【外:恐山街道】
「ちょ、ちょっと待ってよ! 普通登山って山のふもとから登るんじゃないワケー?!」
あたしたち数名を降ろして、バスはもう出発してしまった。このお寺――常楽寺と書かれている――で降りた人は、恐山を歩いて登ろうという人たちである。
ちなみに涼さんが叫んでいるのは、(目的の山かどうかはわからないけれど)見えている山が結構遠くにあるからだ。
これからあたしたちを案内してくれる予定のおじさんは、「ふぉふぉふぉ」と笑っていた。
「笑いごとじゃないんだけど……」
「皆さんには、三十三観音像を拝みながら登っていただくんですじゃ」
「「三十三観音像?」」
声をそろえたのは、あたしと司さんだ。
「そうじゃ。恐山街道の脇には、三十三躰の観音菩薩像が建立されているのじゃ。これは文久元年――つまり1861年6月17日に、慈覚大師の開山一千年祭を記念して建立され……」
「説明はいいわ! どーせよくわからないから。でもなんで、拝みながら登らなくちゃならないのよ。拝むのは恐山に行ってからでいいんじゃないの?」
涼さんが不満げに告げる。ここから一体どれくらいの距離があるのか想像もつかないが、かなり遠いだろうことだけは確かだった。
しかしその涼さんの言葉に、おじさんの目がキラリと光る。
「甘いな」
「えっ?」
「あんたは何のために恐山に行くんじゃ?」
「そりゃあ……あんまりにも職運がないから、きっと先祖の誰かがすんごい悪行とかして私の職運潰してくれてるんじゃないかと思って」
「だったらあんたこそ、ちゃんと拝まにゃダメじゃ。第一番のここ・永楽寺から始まり、最後の恐山地蔵堂横の第三十三番までの観音菩薩に賽銭と供物を手向け、旅の安全と先祖の供養を祈願しながら恐山へと登ってゆくのじゃよ」
「た、旅の安全と――先祖の供養?! それはやらなきゃ!」
どうやら俄然やる気になったようだ。
「よーしっ、行くわよ2人とも! 拝みまくって私の職運返してもらうんだからー」
おじさんの背中を押して、涼さんは元気に歩き始めた。
「相変わらず、現金だねぇ」
呟いた司さんの声が届かなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。
「――あ〜、生き返るぅ〜」
さっきまで浜に打ち上げられたトドみたいになっていた涼さんは、冷や水(ひやみず)を口にするなり歓喜の声をあげた。
(ホント、生き返るなぁ)
冷たくて、とても気持ちいい水。身体の内側を流れていく感覚がよくわかるほど冷えているのだ。
「バスでやってきても、必ずここに停まっていくんじゃよ。この水は恐山の山ひだの地中深くから湧き出てくる天然水でな。年中冷たい水が変わらぬ水量で湧き出ているんじゃ」
「へぇ、不思議ですね」
司さんが合槌を打った。涼さんはまだ飲み続けている。
「真夏でもこんなに冷たい水が?」
「ああ、そうじゃよ。地元の人には1杯飲めば10年、2杯飲めば20年長生きすると言われている、冷水たらぬ霊水じゃ」
「え……」
凄い勢いで飲んでいた涼さんの動きがとまった。
「私そんなに長生きしたくないんだけど……」
「まああくまで、”言われている”だけだから」
「わかってるわよ!」
「ふぉふぉふぉ」
(なんだかやっぱり精神的に)
疲れるかもしれない。
「――ところでみなもちゃん」
「はい?」
司さんに声をかけられて、あたしは目を合わせた。
「それ全部、持って行くのかい?」
「えと……ダメですか?」
実は涼さんが飲んでいる横で、あたしは一生懸命に水を汲んでいたのだった。水には目がないあたしでも、この水の素晴らしさはよくわかる。一口飲んだだけで、不思議と身体中から力が湧きあがってくるようだった。
「いや、ダメというか……ちょっと多いんじゃないかなと思って」
あたしは持ってきていたペットボトルを、わざわざ空にしてまで汲んでいた。しかもそれは1つや2つじゃない。身体中にくくりつけてある。
「そうですか?」
「うん……登るの大変だと思うよ……。君がいいならいいと思うけど」
さすがにやりすぎだったようだ。
(勿体無いけど)
恐山にたどり着けなかったら、どうしようもない。
「お嬢さん、帰りにも寄れるから安心しなされ」
「あ、そっか」
あたしは帰りにいっぱい貰っていくことにした。
(帰る時たくさんペットボトル用意しなくっちゃ)
「ほれほれ、そろそろ行かんと山内巡りをする時間がなくなってしまうぞぃ」
おじさんに急かされて、あたしたちはまた恐山街道へと戻る。
「あとどれくらいあるの? もうずいぶんと歩いた気がするんだけどー」
涼さんの声が「もう嫌」と言っていた。
「ふぉふぉふぉ。ここまでくれば、もう少しじゃよ。あと3分の1くらいじゃ」
「――どこが”もう少し”なのよ……」
涼さんは脱力している。
「まあ頑張りましょう。景色もこんなに素晴らしいことだし」
「おお、いいこと言うね兄ちゃん。この辺はずっと南部ヒバの原生林が続いているんじゃよ」
「どうりでいい香りがするんですね」
司さんは涼しい顔をしておじさんと会話を楽しんでいる。ほとんど疲れていないようだ。
その後ろ姿を、涼さんが憎々しげに見つめていた。それに司さんが気づかなかったのは、やはり不幸中の幸い――なんだろうか。
ちなみにあたしは、冷や水のおかげでずいぶんと元気になれた。
(恐山までもう少し)
頑張るぞ〜!
■荒廃とした地獄【恐山:総門前】
「わぁ……」
拓けた場所に出た瞬間、目を疑った。
(ここは本当に、この世なの?)
砂利のしきつめられた空間はどこまでも広く、硫黄が鼻をつき、薄いもやが現実との境を曖昧にさせていた。遠くに見える総門は、審判の門のイメージ。
そもそも山の頂上(?)に、これほど広く平らな空間があること自体信じられない。
「つ、疲れたぁ……もうダメ。私歩けない……」
一番後ろから最早四つん這いで登ってきた涼さんは、そのままその場に崩れた。司さんはどこか楽しそうに笑って。
「じゃあ負ぶってあげましょうか?」
「じょーだんでしょッ。そんなことされたら職運戻っちゃうじゃないー」
「相変わらず酷い言われようだな」
司さんはお手上げのポーズをとる。
「じゃああたしが――」
「ふぉふぉふぉ。お嬢ちゃんには無理だろうて」
肩を貸しましょうかと言おうとしたのだが、おじさんに遮られた。おじさんは涼さんに近づいていくと。
「お嬢さん、最後の観音像がまだじゃよ。早く行かんと折角頑張ってきたのがダメになってしまうかもしれんぞ」
「はっ、そうだったわ!」
おじさんに言われて、涼さんは思い出したようだ。さっきまでが嘘だったように、颯爽と立ち上がった。
「おじさん! 最後の観音像はどこ?!」
「恐山の中じゃよ。参道を真っ直ぐ行った所にある、地蔵堂の横じゃ」
「わかったわ!」
そうして凄い勢いで走っていった。
「ちゃんと入山料払うんじゃぞ〜」
おじさんがその背中に叫んだ言葉は、届いただろうか。
「――おじさん、扱いが慣れてますね」
笑いながら司さんが告げると、おじさんはまた笑って。
「ふぉふぉふぉ。わしだって昔はブイブイ言わせていたんじゃ。ああいうおなごの扱いくらいたやすいもんよ」
「はぁ、ブイブイですか……」
「そう、ブイブイじゃ。ふぉふぉふぉ」
何がおかしいのかわからないけれど、おじさんは楽しそうに笑い続けた。
「さて、ツアーの面々はもう山内巡りを終えた頃じゃろうて。あんたたちはどうする? 見たいならわしが案内するが……」
あたしと司さんも入山して、凄い勢いで最後の観音像を拝んでいた涼さんと合流した。それからの行動を決めかねている。
3人で目を合わせるが、口を開く者はいなかった。
「時間的にもう遅いからのぅ。回るとしても、途中で暗くなってしまうかもしれん」
おじさんが言葉を繋ぐと、それに司さんが応える。
「それならおじさん。招霊に向いている場所を教えてくれませんか?」
「招霊に? ――ああ、そういえば、このツアーの目的じゃったな」
「ええ……」
(そうだわ)
あたしはただ骨休めというか観光という感じでこのツアーに参加しているけれど、中にはあのツアーの目的である、”イタコなしに霊と接触できるか”を試しに来ている人もいるのだ。
それをすっかり忘れていた自分に、少し驚いた。
(涼さんの目的は)
職運アップだってわかっていたけれど、そういえば司さんの目的は知らなかったのである。
(誰か逢いたい人がいるのかな?)
だったら少しでも、協力してあげたい。
あたしもおじさんの言葉の続きを待っていた。
「そうじゃのう……なら、極楽浜がいいかもしれん。よくあそこから宇曽利湖に向かって、亡くなった人の名前を呼んでいる人がいるんじゃ。それはあそこが最もあの世と近い場所であると、本能的に悟っているからなのかもしれんしの」
「わかりました。行ってみます」
「――いや、待て」
早速足を踏み出そうとした司さんを、おじさんがとめた。
「わしが案内しよう」
■白とエメラルドグリーンの極楽【恐山:極楽浜】
世界の果ては、きっとこんな感じなのだろう。
「何これ……」
「凄いわ、水が碧!」
涼さんとあたしがそれぞれ呟いた。
ごつごつとした岩肌の地獄を通り抜けて、やってきた白い砂浜の極楽。なみなみと水をたたえた宇曽利湖の湖面は、何故かどうしようもないほど碧色をしていた。
「昔からこうなんじゃよ。美しいもんじゃろう?」
「ええ、とても!」
碧といっても、コケがいちめんに生えているなどではもちろんない。本当に自然な碧色なのだ。――そう、たとえて言うなら、信号機の青みたいな色の碧。
「本当に幻想的、だね。ここなら霊も喜んで来そうだ」
「ふぉふぉふぉ」
司さんの言葉に、おじさんは何故か笑った。
「宿坊に行く時間になったら、迎えに来よう。それまでは頑張ってみるといい。――逢えることを祈っているぞい」
「ありがとうございます」
そうしておじさんは、1人地獄の中を引き返していった。
「2人はどうする? 見ててもあまり面白いもんじゃないと思うけど」
あたしと涼さんは、顔を見合わせた。
「――と言ってもねぇ。おじさん行っちゃったし、疲れてもう動きたくないし。せっかくだから余興見せてもらうわよ」
「余興ってお前な」
「あたしは! できればお手伝いしたいんですけど……」
ケンカになるより早く、あたしは口を挟んだ。司さんは苦笑すると。
「オーケイ。もし俺に何かあったら、遠慮なく手伝ってもらうよ」
そう応えた。
涼さんは既に少し離れた所で座っている。あたしもその横に座りこんだ。白い砂は、その見かけどおり柔らかく優しい。
そんな世界に包まれて、あたしたちは司さんを見守っていた。
司さんは宇曽利湖の方を向き、ゆっくりと両手を前に伸ばした。そのまま手を合わせて、握りしめる。その手の中に、やがて微かな光が生まれてきた。
「あいつ――招霊なんてやったことあるのかしら」
ポツリと、涼さんが呟いた。
「え?」
「密教系の魔術と武術に長けてるのは知ってるのよね。心霊問題も頼まれれば引き受けてることも知ってる」
「涼さん……」
「敵を倒すためには、まずは敵をよく知らなければダメなのよ!」
こぶしを握って力説した。それから――
「でも一通りできても、専門ではないはず。何かあったらどうするつもりかしら……」
(――もしかして……)
これって少しなりとも、心配してるってことなのかしら……?
確認したかったけれど、訊くと機嫌を損ねそうなのでやめておくことにした。
★
「――ん? 何よ」
手の中の光を生かしたまま、懸命に頑張っている司さんを見つめていると、唐突に涼さんがそんな言葉を発した。そして振り返る。どうやら誰かに肩を叩かれたらしい。
あたしも振り返ってみると、そこにはみすぼらしい格好をした女の人が立っていた。目深にかぶったフードで顔に影ができているため、下から見ているのに表情は見えない。
「何か用?」
涼さんがいつもの口調で尋ねると。
「――アメを下さい。お金ならありますから、アメを下さい」
そんなことを言った。
涼さんと顔を見合わせる。
「みなもちゃん、アメ持ってる? 私ないんだけど……」
「ありますけど、お金はいりませんよ」
あたしはおやつにと持ってきていたアメを差し出した。1つずつ小さな袋に入ってるやつだ。
すると女性は本当に嬉しそうに受け取って。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
そうくり返しながら去っていった。
「変な人。ってか、気持ち悪いわね。恐山ってやっぱりあんな人もいるんだ」
「そうですね」
苦笑して、視線を司さんの方へ戻す。向こうはまだ変わりないようだ。
それからしばらくすると、また女性はやってきた。何度も、アメをもらいに。
「――お金貰った方がいいんじゃないの?」
呆れたように涼さんが告げる。
「でもほら、次でなくなっちゃいますから」
あたしはアメが入っていた袋を見せた。あたしの手の平に1つで、袋の中にはもう何も入っていない。
「――それで最後なの?」
「わっ」
不意に後ろから声が聞こえた。振り返ってみると、例の女性が既に立っている。
「え、ええ。そうです。これが最後です」
「ちょっと貸してみなもちゃん」
「え?」
涼さんは横から手を伸ばして、あたしの手の上にあったアメを取ると――なんと袋をあけて自分の口に放り込んでしまった。
「キミねー、何度も貰いに来るなんて図々しいのよ! これでもうアメはないのっ。他を当たって!」
なんとも勇ましい姿だ。
すると女性は。
「……もう、ないのね」
「うんそう、もうないの。ごめんねー」
「じゃあ代わりに、あなたの――をくれない?」
「え?」
多分それは、訊き返してはならなかった。
「あなたの眼を貰うわ」
「きゃっ?!」
突然女性が涼さんに襲い掛かる。
(水よ!)
あたしはすぐに宇曽利湖の碧に呼びかけた。
(来て! 涼さんを助けてっ!!)
水が刃となって女性を捉える。
「ぎゃああっ」
放された涼さんは砂の上に倒れた。でも砂が柔らかいので大した痛みはなかっただろう。
「檻を!」
気がつくと、あたしは声に出して叫んでいた。
あたしの命令に従って水は動く。女性が動き出す前に、水の檻に閉じこめた。
「どうした? 大丈夫か?!」
この一瞬の騒ぎに、招霊に集中していた司さんもさすがにそれを中断して、こちらへ近づいてくる。
「うぅ……ぐぐぐ……」
水の檻の中で、刃に貫かれた傷を苦しそうにさすっている女性を見て、司さんが呟いた。
「なんだこれは……」
それから水に気づいて。
「これはみなもちゃんが?」
「はい。あたし、水を操れるんですよ」
「なるほど」
司さんが女性を見ている間に、あたしは涼さんを助け起こした。
「大丈夫ですか? 涼さん」
「ええ、ありがとう。みなもちゃんのおかげで助かったわー。あいつは何の役にも立たなかったけど」
(役に立たないどころか、もしかしたら――)
あたしはそのことを言うのが憚られた。
司さんは「酷いなー」と呟き。
「こっちはこっちで大変だったんだから。一応逢えたけど、邪魔が多くて声が届いたかどうかはわからないんだ」
「――邪魔?」
涼さんの眉がぴくりと動く。もしかしたら、気づいたのかもしれない。
檻の中に女性に、目を移した。
この人はどう見ても、生身の人間ではない。――幽霊だ。
「……邪魔ってさー、こういう人のことを、言うんじゃないワケ?」
「! まさか――俺の声につられてやって来たのか?」
「それ以外に考えられないじゃない!」
「あ、あたしもそう思います……」
今回ばかりは、あたしも同意しないわけにはいかなかった。
「あちゃー。なるほど、ここは近すぎて危険だってのは、そういう意味だったのか」
司さんはそう呟くと、小さく頭を抱えた。それから気を取り直したように顔を上げた時には既に、いつもの顔に戻っていた。
「まあいい。こいつは俺が責任を持って還そう」
「当たり前でしょ! てか早くやってよ。物凄くキモイんだからぁっ」
「ハイハイ」
司さんが無事に霊を還した後、ちょうどあのおじさんが迎えに来た。
「――おじさん、アメをほしがる霊って、知ってますか?」
「ああ、知っとるよ」
「「「!」」」
宿坊へ向かう道すがら何気なく訊ねたことだったけれど、あっさりと返ってきた答えに3人とも驚く。
「この辺りじゃ有名な話じゃ。ある晩ふもとの村の駄菓子屋に1人の若い女性がやってきてな。痩せた身体で1文を出して、アメを買って帰ったのだそうじゃ」
「……それだけ?」
「まさか。その次の日も、そのまた次の日も、辺りが暗くなってからその女性がやってきて、アメを買っていった。それからは一日おきに同じ時間にアメを買って帰っていくようになったのじゃ」
「それで?」
「それが幾度となく続いたある晩、同じ時間にやってきた女性の姿は、見る目にも気の毒なほどやせ衰えていて、やっと歩いているという感じじゃったそうだ」
「!」
「そしてこう言った。いつものアメを下さい。自分にはもうお金がないから、アメの代わりにこの櫛をもらって下さい。お金がないからもう2度と来ない。その代わりどうか、アメを下さいってな」
宿坊はもうすぐそこだ。物語のクライマックスも近い。
「あまりにも淋しそうに哀しそうに話す女性を見て、駄菓子屋の主人は女性のあとをつけてみた。そうしたら女性は墓場へと消えてゆき、その墓場には何故か赤ん坊の泣く声が響き渡っていたというんじゃ」
「それで――その主人ってのはどーしたの?」
「だらしのないことに怖くなって逃げ帰ったんじゃがの。その噂が村中に広がると、早速村の連中はくだんの墓場へと行ってみた。そしたら不思議なことに土の中から赤ん坊の声がするじゃないか。掘り返してみると、死んだ母体がしっかりと赤ん坊を抱いていたという」
「…………」
何だか酷く、哀しい話のように思えた。
「これは赤ん坊が生まれそうな臨月の若い母親が急死して間もなく起こった、妖怪物語と言われておるよ」
(妖怪……?)
それはあまりにも、歪んだ表現ではなかろうか。
(だってお母さんは、何もしていないのに)
ただ我が子が愛しかっただけ。
村人を怖がらせはしたけれど、それは決して本意であったわけではない。アメを盗んだわけでもなかった。
そして。
(まだ、想っているのね)
だからこそ司さんの呼びかけに、簡単に応えてしまったのだ。そうしてあたしたちの前に現れた。
(――明日は)
あの人のために祈ろう。
あたしはそう思いながら、宿坊へと足を踏み入れた。
■温泉の中で【恐山:冷抜の湯】
夜。
裸電球に照らされながら、あたしはのんびりと冷抜の湯に浸かっていた。
宿坊に泊まるお客さんがいつでも入れるように、温泉の灯りは夜通しついているらしい。嬉しい気配りだ。
(あー、それにしても)
今日は疲れたなぁ。
こんなに長い時間歩いたのは久しぶりだった。霊と格闘なんてことも、最近はあんまりなかったので新鮮。
(骨休めに来たはずなのに)
結局はいつもより動いているところが、あたしらしい気もする。
「……でも、楽しかったな」
独りだけなのをいいことに、呟いた。
それから家に残してきた妹や姉のことを考える。
(ちゃんとやってるかなぁ)
家のことはすべて、妹に任せてきた。姉にはとても任せられないから。
「あ、お土産――」
(忘れずに買わなきゃ)
両親には、やっぱり恐山のネーム入りペナントよね。何の使い道もないけど、あれは集めることに意義があるのよ。
(あとは置物、かな)
妹たちには食べ物がいいかしら。
あの冷や水も持って帰らないといけないわね。
考え始めるときりがない。
(――あれ?)
他にも何か忘れているような気がするけど……ま、いっか。
それがレポートのことであったことを、あたしは家に帰って1週間くらいしてから思い出した。
(もともと書く義務はないんだけど……)
一応のんびり旅行記風レポートを提出。
「みなもちゃん……うちはいつから旅行雑誌になったのかしら……」
何故か妙にたまご臭いアトラス編集部で、そんなことを言われたのも今ではいい思い出だった。
■終【恐山で逢いましょう】
■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】
番号|PC名 |性別|年齢|職業
1252|海原・みなも|女性|13|中学生
0381|村上・涼 |女性|22|学生
0922|水城・司 |男性|23|トラブル・コンサルタント
■ライター通信【伊塚和水より】
この度は≪恐山で逢いましょう≫へご参加いただき、ありがとうございました。
お2人の仲裁役、何だかとても大変そうと思いながらもとても楽しく書かせていただきました(笑)。きっとみなもさんは冷や水をたくさん持って帰りかなりパワーアップしたのだと思われます。しかも姉妹ごと! あまり骨休みにはならなかったような気がしますが、パワーアップできただけでもよかったと思って下されば嬉しいです(笑)。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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