■恐山で逢いましょう■
伊塚和水 |
【1822】【久遠・鉄斎】【自称・隠居爺】 |
格安恐山実験ツアー レポーター大募集!!
日本三大霊山のひとつとして有名な青森の恐山。そこで行われるイタコの口寄せは、全国的にもよく知られている。
――が。
イタコは恐山で修行をつみいつも恐山にいるわけではない、ということはご存知だろうか。
イタコが恐山に集まるのは、主に毎年7月の恐山大祭と、10月の恐山秋詣りの年2回だけであり、その時期にはたくさんのイタコが集まり店を開くが、イタコは下北地方(恐山周辺の地域)には存在しないため、その他の地域からやってくるのである。
つまり”恐山=イタコ”というイメージがあるものの、実際イタコが恐山に滞在している期間は極わずかなのだ。それを知らない観光客の中には、イタコが目的で恐山へ行ったものの、イタコには会えずに無駄足を踏んでしまったという人も少なくない。
そこで当編集部では、イタコがいなくとも亡き人の霊と接触することは可能か、という実験を行ってみることにした。元来霊の集まる場所とされている恐山だからこそ、有益な実験となるだろう。ただ我々だけではパターンが限られてしまうため、読者諸君の中から協力者を募集することになった。
霊感の強い人。
心霊現象に興味のある人。
そして、逢いたい誰かがいる人。
ぜひこの恐山実験ツアーに参加していただきたい。
ツアー終了後にはレポート提出が必須となっているが、その分ツアー料金は格安に設定した。この機会にぜひ霊場恐山を堪能してみてはいかがだろうか――
(月刊アトラス9月号より抜粋)
※というわけで、ツアー参加者を募集します。
※プレイングの中で必ず参加理由を明記して下さい(なんとなく……といった曖昧な理由でもOKですので)。
※恐山の開山期間は10月いっぱいですので、このツアーは10月下旬の設定となっております。ご了承下さいませ。
※またノベル形式を選択できます。完全個別ノベルをご希望の方と、特定のPCさんと一緒に参加したい方はそのようにご記入下さい。
何も記入がない場合は同時期に申しこんだ方とのノベルになります。
※プレイングのための恐山キーワード
・イタコ――亡くなった人の魂を降ろす”口寄せ”をするが、神降ろしなどもする。口寄せは1回3000円。しかし今回はいない。
・三途の川――”恐山”に入るためには、この川に掛かる三途の橋を渡らねばならない。この辺りから既に硫黄臭が充満している。
・賽の河原――三途の川のほとり。故人の冥福を祈る小石が積まれている。積むのはいいが崩さないように。
・極楽浜――岸辺に並ぶ風ぐるまと供えられた花が、霧の中浮かび上がるその情景はまさに極楽。
・宇曽利湖――エメラルドグリーンの水面が美しい。極楽浜を際立たせている。
・地獄めぐり――いたる所に存在する噴気孔にはすべて地獄の名前がつけられている。無間地獄、血の池地獄、金掘地獄、重罪地獄、賭博地獄、地獄谷など99もあるらしい。火気厳禁。
・温泉――古滝の湯(男性用)、冷抜の湯(女性用)、薬師の湯(寺務所用)、花染の湯(混浴/若返りの湯とも呼ばれる)がある。無料で入れる。
・温泉たまご――おいしい。
※地蔵殿や塔婆堂など使いにくいものは除外してありますが、独自に調べて取り入れるのは構いません。
それでは、ご参加お待ちしております。
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恐山で逢いましょう
■久遠・鉄斎編【序】
その記事を目にした時、儂は思わず叫んでいた。
「これじゃ!」
(これなら桜さんに逢えるかもしれん)
もともと霊体を見ることはできたのだが、それは今その場にいる強い想いを持った霊だけであり、自ら特定の霊を喚んだりすることはできなかったのだ。
(じゃが恐山なら……)
これだけ離れた場所に住んでいても、簡単な基礎知識くらいはあった。比叡山・高野山と並ぶ日本三大霊山が一つ、恐山。言われるまでもなくイタコが有名である。しかし記事にあるように、イタコがいつもいるわけでないことは知らなかった。だが逆に言えば、わざわざ恐山に集まって口寄せをしているということ。つまり恐山は霊を喚びやすい場所なのだろう。
(逢いたいのう)
そう思って、何度か挑戦したことはあった。だがそれほど簡単に逢えるのなら、死と生の境などない。
「逢いに……行くか」
わざと口に出して決心した儂は、早速ツアー参加の申し込みをした。
■恐山の七不思議【観光バス:一番前の座席】
「皆さんこんにちは! わたくし、今回のツアーでバスガイドを務めさせていただきます雪竹・叶子(ゆきたけ・かなこ)といいます。どうぞよろしくお願い致しますっ」
妙に若いバスガイドのお嬢さんが挨拶をすると、バス内が拍手で満たされた。これがもし儂くらいの歳の女性だったなら、こうはいかないだろう。――いや、バスガイドですらあるはずはないのだが。
東京から新幹線で八戸という都市にやってきた儂たち”ツアー御一行様”は、ここからバスで恐山のあるむつ市へと向かうらしい。新幹線は当然ないまでも列車は通っているのだが、通常1〜2両編成であり、ツアー客全員が乗り込んだら他のお客さんに迷惑がかかるという話だった。
(そう)
ツアー客は、儂が想像していた以上に多い。
「この八戸市からむつ市までは、大体3時間半ほどかかります。途中2回のトイレ休憩を挟みながら安全運転で参りま〜す。ご到着まで、よろしくお付き合い下さいませ!」
また拍手がわきあがった。ツアー客はずいぶんとノリがいいようだ。
バスガイド――雪竹さんは挨拶を終えると、早速恐山の説明を始めた。
「では少しずつ、恐山の説明をしていきたいと思います。恐山と呼ばれている場所は、第四紀に生成された周囲10キロメートルほどの円形カルデラと、それを取り囲む八峰からなっています」
(ん……?)
それはどこか、歯に物が挟まったかのような表現だった。他の客もそう思ったようで、バスの中がにわかにどよりとする。
「恐山――と”呼ばれている”場所?」
誰かが疑問を口にした。
(! そうじゃ)
恐山という山とは言わなかった。だから不自然に思えたのだ。
すると雪竹さんはにっこりと微笑んで。
「そうです。恐山があるとされる下北半島には、”恐山”という固有の山は存在しません。それなのに恐山と呼ばれているのが、恐山七不思議のうちの一つ目です」
どうやらその客との掛け合いも、説明のうちだったようだ。
「ではこれをご覧下さい」
儂は一番前に座っているので見えるのだが、雪竹さんが何かのスイッチを操作すると天井に備え付けられてあるテレビがついた。準備がいいようで、画面には既に恐山周辺の地図が映っている。
「この中央に見える湖が、宇曽利湖です。直径で2キロほどあります。そしてその宇曽利湖を囲むように、鶏頭・地蔵・剣・大尽・北国・屏風・小尽・釜臥といった八つの山が、まるで蓮華の花辨のごとく開いているのです」
言葉が終わると、違う地図へ変わった。それは琵琶湖周辺の地図だ。
「これは恐山と並び日本三大霊山の一つに数えられる、比叡山周辺の地図です。比叡山は琵琶湖を中心に十六谷に囲まれた霊峰で、これによく似ているところから、北の霊場として信仰を集めたのが恐山の始まりなのです」
そこまで説明すると、雪竹さんは満足したように言葉を切った。しかしまだ、肝心な説明をしていない。
「……して、何で恐山と呼ぶんじゃ?」
近くに座っていることもあって気軽に声をかけると、雪竹さんは思い出したように手を叩いた。
「言い忘れました。その山々に蓄積されている硫黄が、悪臭とともにガスを吐き出しているところから、人々に”恐ろしい山”だという印象を与え、恐山と呼ばれるようになったと言われています」
思ったよりも安直な理由だった。
「もっともこれも、予想の一つでしかないのですけれど」
雪竹さんはそう付け足すと、失敗を取り戻すかのように張り切ってさらに説明を続ける。
「七不思議の二つ目は、この硫黄についてです。宇曽利湖の周りは至るところで硫黄が吹き出ており、古くから百三十六地獄などと呼ばれるほど噴気孔がたくさんありました。しかしその中にあって、不思議にも5ヶ所だけは純然たる硫黄の薬湯がわいているのです。それが無料で入ることのできる温泉です。
ただし一般の方が入れるのは、胃腸に特効があると言われる男性用の古滝の湯と、神経痛に特効があると言われる女性用の冷抜の湯、そして若返りの湯として中年女性に人気の高い混浴の花染の湯になります。眼病に効くといわれる薬師の湯は、残念ながら寺務所用であるため入ることができません。それと新滝の湯は、滝にあたると頭痛や肩こりが解消されるというお話でしたが、現在はこの滝自体が存在しないため利用できないそうです」
(ほう……)
どうやって桜さんを喚ぼうかということばかり考えていて、温泉のことなど気にもとめていなかったが、どうやら期待してよさそうだった。どこも悪いわけではないが、温泉が好きだと思うし、ただで温泉に入れるのは嬉しい。
(生粋の日本人じゃからのう)
日本人で温泉が嫌いという人を、見たことがない。大勢で入るのが嫌だという人はいるだろうが、それは決して”温泉が嫌い”なわけではないだろう。それに今は、貸し切りにできる温泉も多い。
(できることなら)
花染の湯に、桜さんと一緒に入りたかった。中年などとうに過ぎていても、桜さんは誰よりもキレイだっただろう。
「若返りの湯って、本当に若返るのー?」
後ろ側の席の女性が興味津々に問う声が聞こえた。
すると雪竹さんは苦笑して。
「いえ……花染の湯は、お湯からあがるとお肌がポーっと桜の花のように染まって見えるのでそう言われているんです」
「あら、それだけ? それでどうして若返り?」
「さぁ……」
心から不思議そうに問う女性に、雪竹さんは返事に詰まっていた。
(おそらく)
彼女たちは若すぎてわからないのだろう。
言い方は悪いかもしれないが、萎れた花が美しい桜へと変わるのだ。
(それは紛れもなく)
若返りではなかろうか。
★
バスガイドといっても、ずっと喋り続けるわけではない。雪竹さんが喋っていない時は、皆それぞれに景色を楽しんでいた。
流れているのはどうということのない田舎の風景なのだが、普段見慣れないものだけに新鮮であり興味深い。
視線を移そうとして、ふと雪竹さんと目が合った。にこりと笑う。
「お1人でご参加ですか?」
まったく悪気のない問いだとわかったので、気を遣わせないよう言葉を選んで答えた。
「できることなら、逢いたいと思う人がいるのじゃよ」
それでも雪竹さんは悟ったようで、「まあ」と呟く。
「それでしたら、”いいこと”教えましょうか」
それは客というよりも、”おじさん”に対するようなものの言い方だった。
「いいこと?」
「ええ。さっき温泉の話してましたけど、男性用の古滝の湯には伝説があるんです。黄昏時に亡くなった人の名前を呼びながら入浴していると、窓の外をその人が通るっていう」
「!」
「私このツアーの主旨を聞いていますけど、もしも他の方法で逢えなかったら、試してみて下さい」
もしその伝説が本当ならば、ありがたい。
「でも――」
しかし雪竹さんの言葉は、まだ続いていた。
「もし本当に見えても、絶対に言葉をかけてはいけないんですって。あの世の人にこの世の言葉をかけることはできないから。もし破ってその面影に声をかけたら、必ず恐ろしい目に遭うそうです。以前それで湯船の中で倒れた方がいらっしゃったらしくて」
それは実に、辛い言葉だった。
(たとえ見ることができても)
声をかけてはいけない。
儂が逢いたいのは、声に出して伝えたいからであるのに。
(それとも――)
今も心は通じていると、信じて祈れば届くのだろうか。
■面影を求めて【恐山:古滝の湯】
硫黄の臭いと霧に包まれた恐山は、想像以上に素晴らしい場所だった。
まずバスから降り立った場所からして違う。本当にこの世であるのかと疑いたくなるほど重い空気に包まれ、荒涼とした世界が広がっていた。だだっ広い空間に土壁で囲まれた総門がただポツリとあるだけだ。バスの存在が異質にすら見えてしまう。
その脇を流れているのが三途の川だそうで、儂たちはバスのままその上を渡ってきてしまった。自分の足で渡りたい人のために、半円形をした小さな橋――太鼓橋というらしい――もついていた。
皆やけに神妙な面持ちで入山したあとは、雪竹さんの案内のもと山内巡りをした。
まずは総門からまっすぐに伸びる参道を通って仁王門へ、そしてその奥の地蔵堂へ。参道の脇の常夜燈や薬師如来を見ながら進んだ。
今はそういう時期ではないのだろうが、ちらほらとすれ違う人がいた。
それからは小さなわき道に入って、数々の地獄を垣間見ながら様々なお堂や塔を見て回った。無縁塔に卒塔婆供養堂、水子地蔵に千手観音、大師堂とみたま石。
血の池地獄がまったく赤くないことには少々拍子抜けしたが、点在するそれぞれは何故か人を惹きつけた。雪竹さんが呼び寄せるよりも早く、皆の足が動いていた。
極楽浜では何故か、誰かが誰かの名を叫んでいた。宇曽利湖の向こうの山に向かって。
「おーーーーいっ」
あれは死者の名前を呼んでいるんですよと、教えてくれたのはもちろん雪竹さんだ。
(わしも呼んでいた)
入山してから――いや、する前からずっと。心の中で桜さんを呼び続けていた。
(どうか儂に)
儂に逢いに来ておくれ。
言いたいことがあるんじゃ。
言いたかったことがあるんじゃ。
(何一つ、間に合わなかったから)
せめて今、伝えたいんじゃ。
けれど返ってくる答えはなく、今儂はこうして、最後の望みにかけている。
(古滝の湯……)
亡き人の名を呼びながら入浴すると、窓の外にその人の顔が見えるという。
この黄昏時、儂をお膳立てするように人の姿はない。
木造の建物と浴槽は、ひたすら鼻につく硫黄の臭いを少しだけ和らげていた。
(今なら)
儂は桜さんに、逢えるのだろうか。
「――桜さん」
一度呟いてみた。
お湯の流れる音だけが聴こえる。
さすがに一度ではダメらしい。
「桜さん、桜さん……」
窓の外を見つめたまま、歯止めがなくなったかのようにくり返す。思いの数だけ言葉はお湯へと解けていった。
――けれど、何も変わらない。
(やはり無理なのか)
もう2度と、逢えないのか。
亡くなってしまったのだから当たり前なのだが、期待していた分ショックだった。
「桜さん……儂は……」
俯いて最後の呟き。
すると窓を映す水面に変化が。
「!」
誰かが通った。
驚いた儂は窓へと噛り付く。
その艶やかな後ろ姿を、間違えるはずがない。
「桜さん――っ」
思わず儂は声に出していた。
(しまった!)
しかしもう遅い。
着物の女性は足をとめると、俯いて顔を隠したままこちらへと近づいてきた。
「桜さん……?」
窓を挟んで向かい合う。が、顔はよく見えない。
辺りに異様な空気が漂う。硫黄泉だけがとまらずに欲望を吐き出していた。
「桜さん」
もう何度目かの呼びかけに、やっと女性は……
「ひぃっ?!」
上げたその顔は、桜さんのものではなかった。いや、それどころか人間ですらないように見えた。すべてのパーツが醜く歪んでいたのだ。
――バシャンっ
思わず湯船の中に尻餅をつく。それでもその女性(幽霊?)は、変わらぬ表情で儂を見下ろしていた。
(変わらぬ……?)
確かに変わらない。けれど何故だろう、その人がとても哀しそうに見えるのは。
「もし破ってその面影に声をかけたら、必ず恐ろしい目に遭うそうです」
雪竹さんの言葉を思い出す。
(これが)
これが”恐ろしい目”だと言うのなら。
「桜さん……なのか……?」
女性は相変わらず何も変わらない。
だが儂は気づいてしまった。
(! あれは……)
結い上げたその髪に刺さっているかんざしは、儂が昔桜さんにやったものだった。
(間違いない!)
儂はあの日を、思い出した。
★
もともと心臓の弱かった桜さん。
その日は特別具合が悪そうで、仕事を休んで看病しようとした儂を桜さんは笑った。
「何を言ってらっしゃるの。私は大丈夫ですから、安心してお勤めしてきて下さいな」
笑って、見送ってくれた。
(何故行ってしまったんじゃろう)
幾度となく思う。
無理にでも残っていたら。
笑われても笑い返せたら。
不安な面持ちで仕事へと向かった儂は、結局後に家へと戻ることになった。息子夫婦の電話により呼び戻されたのだ。
(何故逝ってしまったんじゃろう)
儂がそこへ着いた時には、既に遅かった。桜さんの身体は体温を失い始めていた。いちばん傍にいたかった人の最期に、傍にいてあげられなかったのだ。
儂は自分を責めた。
そんな自分など桜さんは喜ばないだろうことはわかっていたが、責めることをやめられなかった。
(どんなにか心細かったじゃろう)
そう思うのと同時に。
最期に傍にいるのは、儂でなければならなかったと思うわがまま。
ただ一つ救いだったのは、儂が見た生きている桜さんの最後は、笑顔だったということ――
(いつも)
どんなに苦しい時でも。
儂を支えてくれた笑顔だったのだ。
だから。
(どうしても、言いたいんじゃ)
逢って言いたいんじゃ。
答えなどいらない。
ただ伝えるだけでいい。
儂もいずれはそこへ行くのだろうが、できるだけ早く伝えたかったのだ。
「――すまなかった」
決められていたセリフは、すんなりと口から飛び出た。
”桜さん”はまだ、こちらを見つめている。
どんな言い訳もしたくない儂は、もう一度繰り返した。
「本当に、すまなかった」
(桜さんなら)
きっとそれだけでわかってくれるだろう。儂のことを儂以上に理解してくれている桜さんなら。
目の前のその表情は、相変わらずだが。
「……ありがとう」
次に儂は、感謝の言葉を口にした。
(これまで儂と一緒にいてくれて)
儂を幸せにしてくれて。
――儂を、想ってくれて。
(今もなお)
桜さんを想い続けている儂は、それ以上の言葉を継げられなかった。
(目の前に存在している)
ただそれだけで、儂は酷く嬉しく、それこそ感謝の気持ちでいっぱいなのだった。
顔についている水は、蒸気のせいなのか。
2人ただ見つめあう。間を時間だけが通り過ぎていった。
やがて――
微笑んだ、気がした。
■ユメかウツツか【恐山:宿坊】
「――あ、気づかれましたか?」
目を開けると、覗きこむようにした雪竹さんの顔が見えた。それでやっと、自分が横になっていることを悟る。
「儂は……?」
「古滝の湯で気絶なさっていた所を、他のお客様が見つけたんです」
倒れた記憶はないのに、どうも倒れていたらしい。
(じゃが……)
あれ以降の記憶もないのは確かだった。
(あの時微笑んだあれは)
儂が目にしたすべては。
果たして。
「――お試しに、なったんですか?」
雪竹さんが優しい声で告げる。それは問いかけというよりも確認。
儂は小さく頷くと、何故か雪竹さんにすべてを話して聞かせていた。桜さんとの思い出も、感謝も、すべて。
(――そう)
儂はおそらく、誰かに認めて欲しかったのだ。あれは確かに桜さんであったのだと。
(「そうだ」と)
言って欲しかっただけなのだ。
そうして儂の気持ちがすべて、届いていたなら――
「届きましたよ」
「?!」
「あなたの想いはすべて、届きましたよ」
「ゆ……」
「だから安心して、お帰りなさい」
年齢からは考えられないほど成熟した笑みを、雪竹さんは浮かべた。
それは――記憶の中に残る笑みと、まったく同じものだった。
■真実は思い出の中へ【白王社ビル:月刊アトラス編集部】
「まあいらっしゃい、鉄斎さん」
レポートを提出するためにアトラス編集部を訪れると、碇・麗香が嬉しそうに声をかけてきた。
「ど、どうしたんじゃ?」
いつもどこか不満げな顔をしている彼女にとっては珍しい(もちろんその不満の原因が、大抵彼女の部下である三下氏にあるのだということは知っているが……)。
「レポートを出しに来て下さったんでしょう? どうもまともなレポートを出す人がいなくってね」
つまりは儂に、”まともなレポート”というヤツを期待しているようだ。
「それは……お気の毒様じゃのう」
儂は笑いながら、あえて2つ折りにしてある自信作のレポートを手渡す。
「ありがとうござます。では早速拝見させていただきますね」
「大した役には立てんじゃろうがな」
「そんなことありま――」
麗香の動きがとまった。多分世界が。
「なっなっなっなっ……」
「納豆?」
「なんですかこれはっ」
麗香が紙を儂の顔に押し付ける。
「書いたのは儂じゃ。見せられんでもわかっとるわい」
レポート用紙の中央には、いかにも墨と筆で書かれた達筆な文字。
可能じゃ!
それだけだ。それだけしか、書いた覚えはない。
「だ、だから! どうしてこれだけなんですか?!」
「ツアーの目的は、イタコなしでも幽霊と遭遇できるか、じゃったのだろう? そしたらそれで十分じゃろうて」
「鉄斎さんッ!!」
(そろそろじゃの)
潮時を感じ取った儂は、若者には負けん素晴らしいスタートダッシュでその場を離れた。
「それではのぅ〜、レポートは確かに出したぞい!」
「待ちなさ〜いっ! 三下くん、追って!!」
「えぇぇっ、ぼぼぼぼくがですか?!」
「いいから早く!」
「はい〜〜っ」
(三下に追いつけるわけがなかろう!)
2人の大声を聞きながら、走りながら、儂はそんなことを考えた。
あの翌日再びバスに乗った時、雪竹さんが話し掛けてきた。どこか申し訳なさそうな表情で。
「あのぅ、昨日古滝の湯で倒れていたって聞いたんですけど……」
「え?」
「私のせいですよねっ。ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げる彼女。
(何かがおかしい)
それはすぐに感じた。
「……雪竹さん、あんた昨日、あの宿坊に泊まったんじゃ?」
「まさか! バスガイドまで一緒に泊まることなんてありませんよ」
「あなたの想いはすべて、届きましたよ」
あの時の言葉が、桜さんの声となって耳に蘇る。
(可能じゃ)
再び巡り逢うことは、可能だったのだ。
だが今はまだ……この想いを。
独り占めしておきたいと思った。
(桜さんなら)
それも許してくれるだろう、きっと――。
■終【恐山で逢いましょう】
■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】
番号|PC名 |性別|年齢|職業
1822|久遠・鉄斎|男性|99|自称・隠居爺
■ライター通信【伊塚和水より】
初めまして! この度は≪恐山で逢いましょう≫へご参加いただき、ありがとうございました。
ノベル形態はどちらでも構わないということでしたので、私が内面をより深く書いてみたいという理由から個別にさせていただきました。ご了承下さいませ。
ちなみに古滝の湯の伝説は、私が考えたものではなく本当にあるお話です。気絶した人がいるというのも本当(笑)。でももしかしたらその人も、本当は望みの方に出逢えていたのかもしれませんね。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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