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■恐山で逢いましょう■

伊塚和水
【0164】【斎・悠也】【大学生・バイトでホスト(主夫?)】
 格安恐山実験ツアー レポーター大募集!!

 日本三大霊山のひとつとして有名な青森の恐山。そこで行われるイタコの口寄せは、全国的にもよく知られている。
 ――が。
 イタコは恐山で修行をつみいつも恐山にいるわけではない、ということはご存知だろうか。
 イタコが恐山に集まるのは、主に毎年7月の恐山大祭と、10月の恐山秋詣りの年2回だけであり、その時期にはたくさんのイタコが集まり店を開くが、イタコは下北地方(恐山周辺の地域)には存在しないため、その他の地域からやってくるのである。
 つまり”恐山=イタコ”というイメージがあるものの、実際イタコが恐山に滞在している期間は極わずかなのだ。それを知らない観光客の中には、イタコが目的で恐山へ行ったものの、イタコには会えずに無駄足を踏んでしまったという人も少なくない。
 そこで当編集部では、イタコがいなくとも亡き人の霊と接触することは可能か、という実験を行ってみることにした。元来霊の集まる場所とされている恐山だからこそ、有益な実験となるだろう。ただ我々だけではパターンが限られてしまうため、読者諸君の中から協力者を募集することになった。
 霊感の強い人。
 心霊現象に興味のある人。
 そして、逢いたい誰かがいる人。
 ぜひこの恐山実験ツアーに参加していただきたい。
 ツアー終了後にはレポート提出が必須となっているが、その分ツアー料金は格安に設定した。この機会にぜひ霊場恐山を堪能してみてはいかがだろうか――

(月刊アトラス9月号より抜粋)
 
※というわけで、ツアー参加者を募集します。
※プレイングの中で必ず参加理由を明記して下さい(なんとなく……といった曖昧な理由でもOKですので)。
※恐山の開山期間は10月いっぱいですので、このツアーは10月下旬の設定となっております。ご了承下さいませ。
※またノベル形式を選択できます。完全個別ノベルをご希望の方と、特定のPCさんと一緒に参加したい方はそのようにご記入下さい。
 何も記入がない場合は同時期に申しこんだ方とのノベルになります。

※プレイングのための恐山キーワード
・イタコ――亡くなった人の魂を降ろす”口寄せ”をするが、神降ろしなどもする。口寄せは1回3000円。しかし今回はいない。
・三途の川――”恐山”に入るためには、この川に掛かる三途の橋を渡らねばならない。この辺りから既に硫黄臭が充満している。
・賽の河原――三途の川のほとり。故人の冥福を祈る小石が積まれている。積むのはいいが崩さないように。
・極楽浜――岸辺に並ぶ風ぐるまと供えられた花が、霧の中浮かび上がるその情景はまさに極楽。
・宇曽利湖――エメラルドグリーンの水面が美しい。極楽浜を際立たせている。
・地獄めぐり――いたる所に存在する噴気孔にはすべて地獄の名前がつけられている。無間地獄、血の池地獄、金掘地獄、重罪地獄、賭博地獄、地獄谷など99もあるらしい。火気厳禁。
・温泉――古滝の湯(男性用)、冷抜の湯(女性用)、薬師の湯(寺務所用)、花染の湯(混浴/若返りの湯とも呼ばれる)がある。無料で入れる。
・温泉たまご――おいしい。
※地蔵殿や塔婆堂など使いにくいものは除外してありますが、独自に調べて取り入れるのは構いません。


 それでは、ご参加お待ちしております。
恐山で逢いましょう

■斎・悠也編【序】

 そのお誘いは、実はかなり唐突だった。
「――悠也、恐山に行かないか?」
 マンションに帰ってくるなり、夕食の準備をしていた俺に戒那さんが声をかけたのだ。
 俺は思わず手を休めると、声のしたリビングの方へ向かった。
「恐山って……青森の、ですよね」
「ああ」
 当たり前だ、というように戒那さんは答えた。だがその内容は、”当たり前”の範疇を超えている。
「どうしてまた」
 広瀬・祥子さんに呼び出されたということは知っていた。きっとドールがらみの相談なのだろうと。だからこそ俺は、ついていかなかったのだ。適材適所という言葉がある。
(それで何故恐山?)
 まさか家族旅行に誘われた……なんてことはないだろう。祥子さんの母親はまだ――
「余計なことを考えているな」
 知らず眉間にしわをよせていたらしい。戒那さんはそう笑うと、一冊の雑誌を差し出した。
「月刊アトラス? 買ったんですか?」
 戒那さんがたまにアトラス編集部に協力していることを知っている。買わずとも、行けばもらえると言っていたことも。しかし戒那さんは今、書店の袋から本を出した。
「これを見せるのがいちばん早いと思ったからな」
 付箋の挟んであるページを見ると、そこには恐山ツアーの記事が。
「格安だから行くことにした……というわけではないですよね?」
 もちろん冗談のつもりで訊いたのだが、戒那さんは大真面目な顔で頷いて。
「もちろんそれもある。けど、ドールが祥子くんに一緒に行ってくれと言ったらしいんだ」
「ドールが?!」
 それはあまりにも予想外だった。
「やっぱり驚くよな。しかも理由は言わないらしい。それで祥子くんも着いていくことにしたんだが、何があるかわからないだろう?」
「それで戒那さんに……」
 俺はやっと納得した。いざという時に祥子さんがストッパーになれなければ、戒那さんの専門知識に頼るしかない。もちろん何も起こらないことを願っているけれど、念には念を入れよ、だ。
「そういうことだ」
 やれやれというふうに告げた言葉の中にも温かみを感じるのは、戒那さんがいつもドールのことを気にかけているからだろう。
「――俺もご一緒させて下さい、ぜひ」
 そんな戒那さんが何だか可愛く思えて、俺は微笑んでそう告げた。それに一つ、思い出したことがある。
「確か恐山には、温泉がありましたよね」
「え? そうなのか?」
「同級生に温泉好きという方がいて……聞いた覚えがありますよ。隠れた名湯だと」
「へぇ。今電話して申し込むから、ついでに訊いてみよう」



■荒廃とした地獄【恐山:総門前】

「――やっと着いたぁ〜」
 バスから降りた途端、祥子さんはそんな声をあげながら伸びをした。いや、祥子さんだけではない。バスから降りた人々は皆、一様にその動きをしている。
「さすがにバスで3時間半は、きつかったですね」
 戒那さんのあとにバスを降りた俺は、そう感想を述べた。
(バスだけじゃない)
 バスの前には2時間以上、新幹線に乗っているのだ。座るのは楽だけれど、ずっと同じ体勢を保っているのは辛い。
「――しかし、来たかいはあったな。まるで地獄だ」
 辺りを見回して、戒那さんは苦笑した。
 俺も倣って首を動かすと、納得するしかなくなる。
 砂利のしきつめられた空間はどこまでも広く、硫黄が鼻をつき、薄いもやが現実との境を曖昧にさせていた。遠くに見える総門は、審判の門をイメージさせる。
「なんかバスが不似合いだわ」
 祥子さんが不満そうに呟くのが聞こえた。
 浮かび上がるバスの姿は、1つや2つではない。しかしそれも、多くの人が楽をして恐山を訪れたいと願うなら仕方のないことなのだろう。
(実際)
 たどり着くまでは物凄い山道だった。あまりにも蛇行し、そして高低差もある道路。今回のツアー参加者の中には、登山も体験したいと登っている者もいるらしいけれど、きっとかなりの体力を必要とするだろう。
 ちなみに祥子さんの腕の先に繋がれたドールはと言えば、どこか不満そうな表情をしていた。
「相変わらず、機嫌は直らないのか?」
 戒那さんがそれに気づき問うと。
「別に……そんなんじゃない」
 ふいと、ドールは視線をそらした。その動きがとまる。
「? どうした?」
 その視線を追った戒那さんの視線を追うと、その先には。
「入りもしないで何してるのかと思ったら……皆お揃いで」
 くすくす笑うシュライン・エマさんが立っていた。
「シュライン! キミも来てたのか」
「奇遇ですね」
 戒那さんに続いて俺も、声をかける。シュラインさんはさらにこちらに近づいてくると。
「こんな機会でもないと、恐山なんてこれないもの。それに温泉たまご食べたいなぁって思ってね。最高のお塩用意してきたんだから」
 なんともシュラインさんらしい。そして俺の隣に立つ人も、実に”らしい”言葉を吐く。がっしりとシュラインさんの手を握り。
「俺が温泉たまごを奢ろう。だからその塩を!」
「ギブアンドテイクね!」
 そこだけ妙な空気が漂っていたけれど、きつい硫黄臭のおかげで――言い換えるならまさしくたまご臭のおかげで、周りには気づかれなかったようだ。
「――あ、ドール? どこ行くのっ」
 そんな祥子さんの声に視線をずらすと、ドールが総門とは違う方向へ歩いていくのが見えた。祥子さんがそれを追いかけている。
「ねぇ、ドールも一緒に来たの?」
 小さな声でシュラインさんが訊ねてきた。
「祥子くんはドールに誘われ、それを不思議に思った祥子くんに俺が誘われたんだ」
「それで戒那さんは悠也を誘ったってわけね」
「どうせ来るのなら、シュラインさんも誘えばよかったですね」
 そうしたら東京から一緒に来れたのだ。一緒の新幹線に乗りバスに乗っていたのに、多すぎるメンバーと”いるはずがない”という妙な思い込みによりまったく気づかなかったのだから。
 しかしシュラインさんは真顔をつくると。
「冗談でしょ。むしろ私が”おもり”をするわよ」
 そんな捉えにくい言葉を告げた。



 ドールと祥子さんを追いかける。
 ドールは小さな橋の上に立っていた。その朱塗りの橋は、ひどく極端な弧を描いている。幅の短い川に、倍の長さの橋を無理やりつけたかのようだ。普通の子供ならうまく通れないだろう。
「あれ、太鼓橋っていうんです。その下を通っているのが三途の川」
 見守る祥子さんが説明をしてくれた。どうやら祥子さんは、恐山について勉強をしてきたようだ。
「なるほど。こうやってバスで通ってきてしまったのを、自分の足で渡りたい人は渡れるってわけね」
 シュラインさんが納得の声をあげる。
(自分の足で)
 死へと繋がる三途の川を、わざわざ渡ろうとするなんて。普通に聞いたら”死にたい人”のようだ。
(だけど実際は、そんなことない)
 恐山の三途の川を渡る人は、ただ儀式を行っているだけなのだ。三途の川と名づけた川を渡り、それを模倣すれば、より亡くなった人々に近づけるような。そんな気がしているのだろう。
 まさにここは、生と死の境目。
 ドールはその橋の上から、三途の川の先を見つめていた。
「ドール? 何が見えるんだ」
 いつものように戒那さんが優しく話し掛ける。また返事はないのだろう……と思ったけれど。
「――ここには脱衣婆(だつえば)がいないんだね」
 ドールはそう呟くと、自ら橋をおり俺たちの方へと戻ってきた。
「さぁ、中に入ろう」



■恐山の七不思議【恐山:地獄巡り】

 バスガイドさんや他のツアー客は、既に山内巡りへと出発しているようだった。あれだけ人数が多いのだから、バスガイドさんが全員揃っているかどうか把握できなくても仕方がない。むしろこの場合は俺たちの方が悪いのだ。
「私がちゃんと解説するから、安心していいですよ」
 告げた祥子さんの手には、しかしガイドブックが握られている。ちょっとだけ不安だったけれど、解説がまったくないよりはいいのでお願いすることにした。
 総門からまっすぐ伸びている参道を歩いていくと、仁王門の奥に石段上の本殿(地蔵堂というらしい)が見える。その奥には大きな山が見えた。
(なんだか……)
 恐山に来たという実感よりも、”山”に自然を満喫に来たという気分の方が強いかもしれない。
 俺がそんなことを考えていると、戒那さんが口を開いた。
「恐山って”山”なんだよな? もっと高い山があるなら、そっちにすればよかったんじゃないのか?」
 その問いかけはもっともだった。山が神聖視される理由はいくつかあるが、そのうちの一つはその高さとも言える。あとは他の高名な霊山に形が似ているなどといったことだ。
(そういえば)
 恐山は比叡山に似ているという話を、聞いたことがある。どういうふうに似ているのかは聞いていないけれど、俺の予想どおりだとすると……
「違いますよ戒那さん。あの山も恐山の一部です。地蔵山って言うんですけどね」
 笑いながら告げた祥子さんに、俺は予想をぶつけてみた。
「もしかして、恐山という”山”は存在しないんですか?」
 すると祥子さんは、さらに嬉しそうな顔をする。
「ぴんぽーん。それが恐山七不思議のうちの1つ目。”恐山”という固有の山は存在しないのに、誰もが恐山と呼んでいる」
(やっぱり)
 そうなのだ。
「恐山七不思議ね。面白いじゃない」
 興味を惹かれたように、シュラインさんが呟いた。
 恐山に湖が存在するということは、バスガイドさんの説明からわかっていた。だからこそ俺は予想できたのだった。
 比叡山は、琵琶湖を中心にして十六谷に囲まれている霊峰だ。恐山がそれに似ていると言うならば、恐山も同じように湖を谷に囲まれているのだろうと思ったのだ。
(だとしたら)
 中心である湖は”山”ではないので”恐山”になり得ない。考えられるのはそこ全体で恐山だということ――。
 しかし祥子さんの話によると、実際に湖を囲んでいたのは、谷ではなく山だった。そこだけ俺の予想とは違っていた。
 そんなふうに祥子さんの話を聴きながら、俺たちは参道を外れ小道へと入っていった。
「他の6つは何なの?」
 訊ねるシュラインさんの目は輝いている。
 シュラインさんが興味を持ってくれたことが嬉しいようで、祥子さんも楽しそうだ。
「2つ目はね、恐山ではこんなふうに、至るところで硫黄が噴き出ているんです」
 こんなふうに……と指した所には、古ぼけた看板が立っている。金堀地獄――と書いてあるようだ。地獄といっても何があるわけではないけれど、何もないことが逆に地獄っぽくもある。ごつごつした岩肌は噴き出る硫黄のためか赤く変色していて、所々鋭い。どこを見ても地面が平らでないところも非現実的だ。
(でも――)
 もっと非現実的なのはその名前だと、俺は思っていた。同じように思ったのか、戒那さんが呟く。
「凄い名前だな……」
「もっと凄いのもありますよ。重罪地獄や血の池地獄。同情したくなっちゃうような本妻妾地獄とか、つい笑っちゃう御釜地獄とか」
「…………」
 楽しそうに解説する祥子さんに、言葉を失う。決して祥子さんが悪いわけではない。そのネーミングが問題なのだ。
(ダメだ、流されては!)
 そう強く思って、話を少しそらす。
「――それで、2つ目の不思議はこの地獄が存在していることなんですか? 地下に硫黄が蓄積されているのなら不思議でもなんでもないと思うんですが」
 すると祥子さんは否定の首振りをした。
「”そっち”じゃないの。こういう地獄は136つもあったって言われているのに、その中で何故か5ヶ所だけは薬湯が湧いているんです」
「! それが温泉か」
「そうです。不思議でしょ?」
「確かにそれは。納得です」
(本物の不思議だ)
 温泉だけ湧くならわかる。まったく湧かないならわかる。けれどたった5ヶ所でだけ、それは湧いたのだ。しかもどの噴気孔も、さして離れた位置にあるわけではない。既に2つ温泉らしき小屋を見かけているからそれは確かだ。
(そして身体にいい薬湯)
 神聖なるお山と崇めたくなる気持ちが、少しわかった。
 足を進めながら、祥子さんの説明は続く。
「3つ目の不思議はね、恐山は日本三大霊山に数えられるほどの霊場でありながら、方位から見て日本の鬼門に位置してるために、宗派の本山にはなっていないんですって。……なんかよくわからないけど」
 つまりこれだけ賑わっていても、属している宗派から正式に認められた山ではないということだろう。
「昔ね、今は恐山に含まれている釜臥山ってのがあるんだけど、その山は女人禁制の修験者のための霊峰だったんですって。だから宇曽利湖を挟んだこちら側では、宗派に囚われず貴賎老幼男女の別さえ問わないような――民衆のための山にしようってことになって。だから本山にならないのも当然だって、本には書いてあったわ」
「じゃあ不思議じゃないじゃないか」
 戒那さんが真顔でつっこむと。
「そうだけど! ロマンがあるからいいのよっ」
「そうよ、戒那さん。すごく素敵な話じゃない」
 どうやらシュラインさんは祥子さんの味方のようだ。俺はと言えば、輪の外で笑っていた。
「今ここにいる時点で、戒那さんの負けでしょう?」
(俺たちは不思議に支配されている)
 もしも一つの不思議が失われても、新しい不思議はすぐそこにあるのだ。
 面を食らったような顔をして、戒那さんは大きく頷いたのだった。



■白とエメラルドグリーンの極楽【恐山:極楽浜】

 世界の果ては、きっとこんな感じなのだろう。
「すごい、きれぇ……」
 祥子さんが呟いた。
(誰も)
 それ以上の言葉を持っていない。地獄の中に存在する極楽。
 俺たちは、極楽浜へと到達していた。
 驚くほど白い砂の上に立ち、なみなみと水をたたえた湖――宇曽利湖の水面を見つめている。
「どうしてこんなに水が碧なの?」
 思わず口にしたシュラインさんも無理はない。白と碧のコントラストは本当に美しかった。
「あの山が、釜臥山よ」
 祥子さんが解説を加える。
 宇曽利湖の向こうに見える山は、くっきりとした美しい/~\の形をしていた。この景色をより一層引き立たせてくれているのは確かだ。
 ふと、どこからか唄う声が聞こえる。


  極楽の鐘の響で目を覚す
  五色の空に沿うぞ嬉しき
  有難や念仏唱えて願うべし
  極楽浄土へ参るべし
  南無や恐山(オヤマ)の地蔵様
  南無や大師の観世音
  南無阿弥陀仏
  南無阿弥陀仏……


 祈りを捧げるような、死後の安息を願うような。どこか切なく懐かしい響き。
「――ドール」
 不意に戒那さんが、ドールに声をかけた。おとなしく俺たちのあとにくっついてきていたドールは、不思議そうに戒那さんを見上げている。
「?」
「真っ赤なバラの花を、出してくれないか」
(!)
 なんとも言えない気持ちが、心の中に湧き上がる。それこそ湯水のように。
 ドールは何も答えず、それでも片手を前に出した。まるで手品のように、その手の平にバラの花束が出現する。戒那さんは花”束”とは言わなかったけれど、ドールの出したそれに満足そうに頷いた。
「ありがとう」
 にっこりと笑って受け取る。
「戒那さん、どうするんですか? それ」
 少しためらったが、俺はそれを口にした。
「もちろん手向けるのさ」
 そんな俺のためらいすら斬り捨てるように、清々しい笑顔で戒那さんは答えた。そして思い切り助走をつけて、湖に向かってその花束を投げる。
 しっかりと束ねられていなかったのか、それはキレイにばらけて湖面へと着水した。
(花が花を)
 形作るように。
 それも一つの不思議だった。
「――――――」
 その時俺は、戒那さんの口元が動くのを見た。けれど何を言ったのかは訊き取れなかったし――訊けなかった。

     ★

「そういえば、こんな季節なのに落ち葉がありませんね」
 なんとなく湖面を見つめていて、俺はそのことに気づいた。周りの木々を見てももう紅葉は終わったはずなのに、どこにも落ち葉が見えないのだ。
(湖面だけじゃない)
 恐山に来てからまだ一度も、それを目にしていない。ふもとの街なかでは、風が吹くたびに枯葉が舞っていたのに。
 戒那さんもそれに気づいたのか。
「これも七不思議の一つか? ……あれ?」
 途中で声を切った。見ると、いるはずの祥子さんがいない。祥子さんだけではなく、ドールも――何故かシュラインさんまでもいない。
「いつの間に」
 てっきり皆同じように、感慨深く湖を眺めているものと思っていたのに。
(何を考えているんでしょう)
 本当は気づいている俺は、気づかない振りをして戒那さんを促す。
「――戒那さん、座りませんか?」
 戒那さんはためらいなく、その白い砂に腰をおろした。俺も横に座り、また湖を眺める。もう遠くへと行ってしまった――
「本当にキレイな砂だな。パウダーを振り掛けたみたいだ」
 新しいおもちゃを見つけた子供のような声も、俺の耳には届かない。
(多分)
 今の俺には、笑って返す手立てがない。
「悠也?」
 碧の上に揺れる紅は、あまりにも印象的だった。
「――戒那さんは、逢いたい人はいないんですか?」
(死んだ人に逢うことができるか?)
 成り行きとはいえそんなツアーに参加し。
 亡き人を悼むバラを、湖に投げ入れた。
(それは喚んでいるんじゃないか)
 そう考えてしまうのは。
(もし逢いたい人がいるのなら)
 和紙の形代を使って喚んであげましょう。
 傷つくことをわかっていて、そう思ってしまうのは。
(これも恐山の不思議?)
「こっちを見ろ、悠也」
「わっ」
 ぐいと鼻をつままれて、引っ張られる。
「痛いですよ戒那さん」
 戒那さんが手を放すと、すかさず俺は自分の鼻をさすった。めったに人に触れられない場所なだけに、敏感なのかもしれない。
「下らないことを気にするんじゃないよ。さっきのバラに深い意味なんてないさ」
 戒那さんはいつもと変わらない表情で告げた。告げてくれた。
「言いたいことは言ったし、くれてやるものはやった。今さらだろ?」
 そして今度は笑う。
(本当に”今さら”なのだと)
 俺に理解させるような、いつもの笑顔だった。
 俺も真似をして、いつもの顔をつくる。――いや、真似するまでもなく、安心した俺はいつもどおりだっただろう。
「そうですよね」



■温泉とたまご【恐山:花染の湯】

 その後他のツアー客やシュラインさんたちと合流した俺は、戒那さんに誘われて温泉へ入ってみることにした。男湯と女湯、それに混浴用があることは知っているので、あとで混浴で合流しようということで別れた。
 男性用である古滝の湯のある小屋へ向かうと、入り口が2つありどちらから入ろうか迷った。入り口の前で困っていると、後ろからやってきたおじさんが声をかけてくれる。
「どっちから入っても同じだって。中で繋がってるんだから」
 そう笑いながら、入っていった。
(なんだ)
 安心して、俺もおじさんについてゆく。
 入り口も2つなら湯船も2つ。もしかしたら昔は男女で利用していたのかもしれない。
 浴室はすべて木製で、温泉に浸かりながら珍しそうに眺めていると、さきほどと同じおじさんが教えてくれた。
「こりゃあ総ヒノキ造りだよ。柔らかい雰囲気と香りが最高だろう」
 確かに、木造というだけで和めるのが日本人であるし、臭いのきつい硫黄泉でもヒノキの匂いの強さは負けていなかった。
「素晴らしいですね」
 俺が最高の賛辞を贈ると、おじさんは我がことのように喜んでくれる。
「そうだろそうだろ。ここは最高の温泉なんだ。無料で入れるしな」

     ★

「兄ちゃんは混浴の方には行かないのかい?」
 上がろうとするおじさんにそう訊ねられたので、俺は「あとから行く予定です」と答えた。するとおじさんはにんまりと笑みを浮かべ。
「そうかそうか。若い男1人じゃ行きにくいだろうから、一緒にいくべ」
 その申し出はとてもありがたかった。実際俺がどう思っていようと、勘ぐる人は勘ぐるものだ。他人にどう思われても構いはしないけれど、そんな感情を抱かせる機会など与えない方がいいに決まっている。
「じゃあお願いします」
 俺が素直に湯船から上がると、おじさんは満足そうに頷いた。
(――もしかしたら)
 カモフラージュがほしかったのはおじさんの方なのかもしれない。
 少し離れた場所にある花染の湯に向かうと、戒那さんたちはまだいないようで。中年のおばさんたちが幅をきかせていた。ただ俺たちが入っていくと、隅へと寄ってくれる。
(……少し居心地が悪い)
 少し上がった歓声は考えないことにしていたけれど。
(早く2人とも、来てくれないかな)
 刺さるような視線は、俺を突き抜けそうな勢いだ。
 やがて2人は揃ってやってきた。初めに戒那さん。その後ろをついてきたシュラインさんは、俺を見つけるなり指差して。
「ゆ、悠也……あんたなんで女風呂にいるのよ……」
 ぷるぷると震えている。どうやらここが混浴風呂だと知らなかったようだ。
「なんでって、ここ混浴ですよ」
 俺が苦笑して答えると、驚いたシュラインさんは辺りを見回す。
「え?!」
 小さく口が動いた。おそらく「きーてないわよ……」とでも言ったのだろう。
「まあまあシュライン。早く入らないと風邪をひくぞ」
「戒那さーん」
 おそらくシュラインさんは、別に混浴が嫌というわけではないのだろう。ただ何の覚悟もなく普通に女風呂に入る勢いで入れないのは当然のことだと思う。
「お嬢さん早く入りなされ。後ろがつかえとるよ」
「あ、すみません」
 俺と一緒にここへやってきたおじさんが声をかけると、シュラインさんはあわてて湯船の中へと身体を静めた。
(さすが)
 いいタイミングで声をかけてくれた。
 ちらりとおじさんの方を見ると、目があった。ぱちりとウィンクをしてくる。――少し、複雑な気分になった。
「あら……ちょうどいいぬるさで気持ちいいわね」
 逆にあっさりと、シュラインさんの機嫌は直ったようだ。
(これも温泉の効能?)
 ちなみに気持ちいいのは、俺も同感だった。



 温泉から上がると、俺たちは戒那さんが買ってきた温泉たまごを皆で食べることにした。祥子さんとドールも合流して、戒那さんから1人ずつそれを受け取る。
「ありがと、戒那さん」
「ありがとうございます」
「私までいいんですか? どうもありがとう」
「…………ありがと」
 それぞれに礼を述べた後は、今度はシュラインさんが皆にスペシャルな塩を配る番だ。わくわくしながらシュラインさんがそれをやろうとすると。
「ストーップ!!」
 どこからか声がかかった。声の方に視線を移すと、そこにはバスガイドさんが立っていた。
 俺たちは花染の湯の脇でたまごパーティーをしようとしていたのだけど、そのバスガイドさんはお風呂に入りに来て俺たちを見つけたようだった。
「まさか……温泉たまごを塩で食べるつもりじゃありませんよね?」
「え……」
 皆呆然とした顔でバスガイドさんを見つめている。
「温泉たまごは専用のたれで食べるんですよー。買った時袋の中に入ってませんでしたか? それにスプーンもついていたはずですが」
(いや)
 戒那さんに渡されたものは、たまごだけだ。――今のところ。
 俺たちが何も答えないでいると、バスガイドさんは戒那さんが手に持っていた袋を奪って中身を確認した。
「あ、やっぱり入ってるじゃないですか」
「あの、温泉たまごって普通のゆでたまごとは違うんですか?」
 思わず俺は尋ねる。
(たまごを食べるのに、たれとスプーン)
 うまく想像できなかったのだ。
 するとバスガイドさんは逆に驚いた顔をして。
「全然違いますよ! ちょっとボクのたまご貸してくれない?」
 と訊いておきながらドールのたまごを奪うと、袋からプラスチックの小さなスプーンと何らかのたれの袋を取り出した。どうやら食べ方講座が始まるらしい。
「いいですか? お皿にあけれれば食べるのは簡単なんですけど、お皿がない時はこうやって食べるんですよ」
 バスガイドさんは慎重なしぐさでたまごの上の方を小屋の壁に打ち付ける。俺たちはその動作を食い入るように見つめていた。
 てっぺんに少しのひびが入ると、やはり慎重な仕草で殻を取り除く。そしてやっと見えた白身に、その慎重さのわけを知った。
「うわーぷるぷるだ」
「これ、まるっきり半熟なんじゃないですか?」
 バスガイドの手が少し動くだけで、白身は踊り殻からこぼれそうになる。
「ほらボク、この白身をちょっと吸って」
 バスガイドは感心にも自分では食べずに、ちゃんとドールの口元へと運んだ。仕方なく言いなりになっているドールの姿が微笑ましい。
 白身が殻の囲いよりも減ると、バスガイドさんはたまごをドールに持たせたまま、そこにたれを流し込んだ。たれは、納豆についている醤油のように小袋に入っていて、ちょうどいい量になっているらしい。
 うまくたれがすべて殻の中におさまると、今度はドールにスプーンを手渡す。
「はいっ、これで食べられるわよ」
「あ、ありがと」
 気圧されてお礼を述べるドール。ちょっと可哀相になってきたが、一口食べたドールの顔を見て、それが羨ましさに変わった。
(あのドールが)
 物凄く美味しそうな顔をしたのだ!
「ど、どうなの?!」
 訊くまでもなくなくわかっているけれど、つい問いかけてしまうのが人間。ドールも意地など張っている余裕もないのか、やけに素直に言葉を繋いだ。
「美味しい……」
 それが始まりの合図だったかのように、俺たちも慎重にたまごの殻を割り始めた。バスガイドがその姿を満足そうに眺めている。
 ある意味それは、地獄よりも怖い光景だったのかもしれない。



■夜は更けてゆく【旅館:大部屋】

 その味は、”普通のゆでたまご”とはかけ離れていた。たれと白身、そしてたれと黄身のコンビネーションは最高で……たかがたまごでここまで美味しいのだから、ふもとの旅館で出されるだろう郷土料理はどんなに美味しかろうと、皆期待していた。
 そしてその期待は、裏切られない。
「――ずいぶんと豪勢だな」
 呟いた戒那さんの目は、最初から全開だ。しかし多分、俺もそうなのだろう。
 海の幸と山の幸があふれている。それを見て、この都市は海も山もあるのだということを思い出す。来る途中のバスはほとんど海岸線を通っていたし、山も越えてきた。そして地図を思いおこすと、もう一つ気づくことがある。
「そういえば、まぐろで有名な大間がすぐ近くでしたね」
 刺身がやけに美味しそうに見えたのは、錯覚ではないだろう。
「てんぷらがありますよ、シュラインさん。あのお塩使いましょうよ!」
 山菜のてんぷらにはてんつゆがついていたが、素材が美味しいてんぷらならば塩で十分だ。その塩が美味しければなお言うことはない。
「あらいい考えね! 持ってきたかいがあったわ〜」
 気の利く祥子さんにシュラインさんも嬉しそうだ。
 そうして美味しい料理に舌鼓を打ちながら、夜は更けていった。途中祥子さんとドールを寝かせたあとは、大人だけで酒盛りを始める。寝ている2人の邪魔にならぬよう月明かりだけを頼りに、大きな窓の方へ。
 旅館側に用意してもらった地酒も美味しく、いつもよりもハイペースで酒宴は進んでいた。
 やがてシュラインさんが。
「じゃあお先に寝かせてもらうわね」
 ダウン宣言をして寝床の方へ向かってゆく。戒那さんはその背中に。
「ああ……ありがとう」
(ありがとう?)
「? 何がですか?」
 気になって問うと。
「――塩」
 短くそう答えた。よほど塩がありがたかったらしい。シュラインさんは何かおかしかったのか、肩を震わせて笑っていた。――いや、きっとあれは笑いを堪えているのだろう。あれで。
「――悠也、次は熱海辺りにでも行こうか」
 しばらくしてシュラインさんの寝息が始まると、戒那さんがそう声をかけてきた。その表情は、穏やかに微笑んでいる。
「そうですね」
 俺はそんな表情を見れたのが嬉しくて、同じように笑って返した。
(もちろんその言葉も)
 嬉しかったのだ。



■お約束エンド【白王社ビル:月刊アトラス編集部】

「麗香さん、例のレポート持ってきましたよ」
 そういえばあのツアーの本来の目的はそれだったのだと、あとから思い出した俺は律儀にもしっかりと書いて持ってきたのだった。
 するとアトラス編集長である碇・麗香さんは、何故かもう涙目になっている。
「き、君は真面目なレポートよね?! その袋の中身は温泉たまご?!」
「え? 違いますよ。向こうで買ってきた地酒です。残念ながらあなたにではないですが」
 これはお酒好きの桐伯さんのために買ってきたものだ。このあと彼のバーへ行く予定で、こちらの方がついでだった。
 麗香さんは心底残念そうな顔をすると。
「そう……。――で、レポートは?」
「あ、はい。これです」
 レポート用紙に整然と並んだ文字。我ながら上出来だと思っていたそれを手渡すと、麗香さんは。
「……”温泉の効能と景観・癒し効果について”ですってぇ〜〜〜〜〜!!!」
「い、いや、あの……それは――」
「あなただけは大丈夫だと思ったのにぃ!!」
 少々三下さん化している麗香さんには、本当のことなど言い出せそうになかった。
(まあ……そのうち気づきますよね)
 ――そう。もう1枚にはちゃんと、”恐山の霊場についての詳細マップ”レポートが書いてあった。
(それにしても)
 一体何があったんでしょうね……?
 ある意味それは、恐山以上のミステリーだった。

■終【恐山で逢いましょう】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|PC名     |性別|年齢
  |職業
0164|斎・悠也    |男性|21
  |大学生・バイトでホスト
0086|シュライン・エマ|女性|26
  |翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0121|羽柴・戒那   |女性|35
  |大学助教授



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪恐山で逢いましょう≫へご参加いただき、ありがとうございました。
 温泉たまごノベル、いかがだったでしょうか(笑)。思わず力説している私は温泉たまごが大好きであります。小さい頃から作中のような食べ方をしておりましたが、一般的にもそうやって食べるのかは実はさだかではありませんのであしからず。しかも実はこの食べ方、かなりのテクニックが必要だったりします(笑)。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝