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■夢の檻■

紫月サクヤ
【0506】【奉丈・遮那】【占い師】
 天地のない闇。
 重力も何も感じられないその中に一人の黒衣の青年が立っていた。闇の中に一際輝く銀髪。そして暗闇の中だというのに黒布で覆われた両目。すらりと伸びた背筋には異空間にいる不安は感じられない。
「もう逃げられませんよ。さぁ、諦めてコチラへ」
 しかしその声に応答はない。
 そもそもその闇には何があるのか。
「そちらから出てこないのであれば、私が直に捕まえますよ。夢魔にも心音がある。私はそこに手を伸ばせばいい」
 くすっと微笑み青年はすっと暗闇に白いしなやかな指を伸ばす。
 そして何もない空間で手を握りしめる動作をすると、闇が一つの形を作り出した。
 それはゆっくりと黒い翼を持つ一人の女性の形を描きはじめる。青年の掴んだ部分から白い蒸気が立ち上った。

「捕まえた・・・」
「ぎゃぁぁぁぁっ・・・苦しいっ、離して」
「私もそれほどバカではありませんから。離して貴方が消え去るという可能性を無視できない」
「いやぁーっ」
 手足をばたつかせ必死に青年の手を振り払おうとする夢魔。しかし青年はそれを軽く交わし笑う。
「往生際が悪いですね。・・・とても美味しそうだ」
 おやつには勿体ないかもしれない、と呟いた青年に息も絶え絶えの夢魔が告げる。
「はっ、『夢狩り人の貘』と名高いアンタが随分とがっついているじゃない。アンタの側には夢魔のガキがいるでしょ。アイツを先に食べればいいっ!」
 それは無理です、と貘と呼ばれた青年は残念そうに言う。
「改心したそうで美味しくないらしいですから。私、結構美食家なんですよ」
 だから貴方の方が美味しそうだ、と貘は白い肌ゆえに目立つ赤い唇を薄く開く。
「イヤよっ!アンタに食べられるだなんてっ!」
 まさに貘が夢魔を食そうとした時、ドンッ、と強い衝撃が闇を襲う。そしてガラガラと硝子が割れるように崩れていく世界。闇に光が満ちていく。
「おかしい・・・何故・・・」
 貘の呟きは満ちる光に溶ける。
 悪夢の宿主が目覚めた事を告げる夢の世界の崩壊。貘が夢渡りをしている時に目覚めるなど普通ならあり得なかった。そしてその世界の崩壊は貘を閉じこめる檻となる。もしもの時にその檻を突破する術を持つ貘の相方は、あいにく今日は別の件で出ていて此処には居ない。貘は無惨にも檻に閉じこめられた。
「ふふふっ。私の勝ちね。夢に捕らわれ夢の中でくたばりなさいな」
 高笑いをしながら夢魔は宿主の精神に溶けていった。
夢の檻

------<オープニング>--------------------------------------

 天地のない闇。
 重力も何も感じられないその中に一人の黒衣の青年が立っていた。闇の中に一際輝く銀髪。そして暗闇の中だというのに黒布で覆われた両目。すらりと伸びた背筋には異空間にいる不安は感じられない。
「もう逃げられませんよ。さぁ、諦めてコチラへ」
 しかしその声に応答はない。
 そもそもその闇には何があるのか。
「そちらから出てこないのであれば、私が直に捕まえますよ。夢魔にも心音がある。私はそこに手を伸ばせばいい」
 くすっと微笑み青年はすっと暗闇に白いしなやかな指を伸ばす。
 そして何もない空間で手を握りしめる動作をすると、闇が一つの形を作り出した。
 それはゆっくりと黒い翼を持つ一人の女性の形を描きはじめる。青年の掴んだ部分から白い蒸気が立ち上った。

「捕まえた・・・」
「ぎゃぁぁぁぁっ・・・苦しいっ、離して」
「私もそれほどバカではありませんから。離して貴方が消え去るという可能性を無視できない」
「いやぁーっ」
 手足をばたつかせ必死に青年の手を振り払おうとする夢魔。しかし青年はそれを軽く交わし笑う。
「往生際が悪いですね。・・・とても美味しそうだ」
 おやつには勿体ないかもしれない、と呟いた青年に息も絶え絶えの夢魔が告げる。
「はっ、『夢狩り人の貘』と名高いアンタが随分とがっついているじゃない。アンタの側には夢魔のガキがいるでしょ。アイツを先に食べればいいっ!」
 それは無理です、と貘と呼ばれた青年は残念そうに言う。
「改心したそうで美味しくないらしいですから。私、結構美食家なんですよ」
 だから貴方の方が美味しそうだ、と貘は白い肌ゆえに目立つ赤い唇を薄く開く。
「イヤよっ!アンタに食べられるだなんてっ!」
 まさに貘が夢魔を食そうとした時、ドンッ、と強い衝撃が闇を襲う。そしてガラガラと硝子が割れるように崩れていく世界。闇に光が満ちていく。
「おかしい・・・何故・・・」
 貘の呟きは満ちる光に溶ける。
 悪夢の宿主が目覚めた事を告げる夢の世界の崩壊。貘が夢渡りをしている時に目覚めるなど普通ならあり得なかった。そしてその世界の崩壊は貘を閉じこめる檻となる。もしもの時にその檻を突破する術を持つ貘の相方は、あいにく今日は別の件で出ていて此処には居ない。貘は無惨にも檻に閉じこめられた。
「ふふふっ。私の勝ちね。夢に捕らわれ夢の中でくたばりなさいな」
 高笑いをしながら夢魔は宿主の精神に溶けていった。
 
------<夢紡樹>--------------------------------------
 
「こんにちはー」
 扉には『OPEN』の文字。
 それなのに店の中には誰もいない。
 途方に暮れながら奉丈・遮那は立ちつくす。
 確か今日はこの時間に貘と会う約束をしていたのだった。
 それで訪れたというのに誰もいないというのもおかしな話だなぁと思いつつ、遮那はいつも五月蝿いぐらいに元気なリリィの姿も無いことに首を傾げた。
 どうしようか、と思っていると店の扉が開く。
「あ、遮那さん。こんにちは。・・・どうしました?」
 困惑した表情の遮那にタイミング良くやってきた店の店員のエドガーが声をかける。
「エドガーさん!良いところに。貘さん見ませんでした?」
「えっと・・・俺も今帰ってきたところなんですけど。・・・もしかして誰もいませんでした?」
 こくん、と頷く遮那。幼い顔立ちと華奢な体つき。そんな仕草をすると女の子に見えるという回りの言葉もあながち嘘ではないような気もする。
「おかしいですね。今日は漠と約束してたんですよね」
「えぇ。この前に一つ仕事入ってるけどすぐに済みますからということだったので・・・」
 エドガーは暫く考える素振りを見せていたが、行ってみましょう、と遮那を促す。
「行くってどこへ?」
「貘の仕事場ですよ。リリィも居ないですし、なにか嫌な予感がします」
 付き合っていただけますか?と尋ねられ遮那は頷く。
 どうせここにいたところで何もすることがないのだから。
 
 長い通路を抜け二人は店の奥へと歩いていく。
 いくら大きな木の幹の中に作った店とはいえ、この広さは尋常じゃないと遮那は思う。
 その位大きく奥行きがあった。
 どのくらい歩いただろう。エドガーは目の前の扉を軽くノックする。すると間髪開けずに扉が内側から開かれた。
「エドガーっ!マスターが!」
 空いた瞬間、飛んでくる言葉。
「やっぱり何かあったんですね」
 エドガーは遮那を中に促してから自らも部屋に入る。
 遮那は目の前に7歳くらいの怯えた小さな女の子とその隣に倒れ込んだ貘の姿を見た。
「貘さん?」
 この状態を遮那は知っていた。
「捕らわれましたね・・・」
 エドガーが苦しそうに呟く。リリィは貘の側に座り心配そうにその顔を覗き込んでいた。
「夢の中に入ったままですか」
 でも誰の?、と呟きかけて遮那は目の前の少女に目を向ける。
 リリィでもなくエドガーでもない。ましてや自分であるはずがない。残るのはもちろん目の前の少女だけだった。
 夢の中に入ったままなのにも関わらず、その夢の持ち主は目覚めている。
 それは特異なケースだった。

「リリィが夢の回廊開いて行って来ようと思ったんだけど、攻撃受けて戻って来れなくなったら困るから中に行けなかったの。足手まといになっちゃうのは嫌だから」
 悔しそうにリリィが言う。
 元夢魔のリリィも夢の中に入る能力も操る能力もあるのだが、現役の夢魔にはかなわないらしい。貘とエドガーのサポートがあって一人前なの、と以前呟いていたのを遮那は覚えていた。
「どうしよう、マスターがずっと戻って来れなかったら。どんどん身体が冷たくなっていってるの」
 そっと貘の手を握るリリィ。
 力が欲しいと願うのはこういう時だろうか。
 遮那は少女の顔を見つめながら言う。
 
「目が覚める前、どんな夢を見ましたか?」
 少女はびくっと身体を振るわせる。そして瞳からぽたぽたと滴を零した。
 遮那は泣きじゃくる少女を抱き寄せてそっと落ち着くように撫でる。
「怖いことを思い出させてすみません」

 貘が捕らわれた理由。
 それは間違いなく目覚めるはずのない少女が目覚めたからだろう。
 そして少女は無理矢理起こされたのだ。きっと今までで最高の悪夢を見せられて。

「僕が夢の中へ行ってみます」
「え?遮那が?」
 突然の遮那の発言にリリィがビックリしたように遮那を見る。
 エドガーも同様だ。
「行くって・・・夢見の力でですか?」
「はい」
 リリィとエドガーは顔を見合わせそして頷いた。
「俺一人ではあちらでほとんど何も出来ませんから、そう言って頂けると有り難いです」
「じゃあ、リリィがここで見てるから。また起きそうになったら頑張って止めてみせるし」
「僕も中で頑張ってみます。とりあえず貘さんと合流しないと」

 まだ泣いてはいたが先ほどより落ち着いた少女に遮那は言う。
「もう怖い夢は見ないようになるから。もう一度だけ頑張れるかな?」
 少女の動きが止まる。やはり先ほどの恐怖が夢を見ることを拒否させるのかもしれない。
 遮那は少女の手を握る。
 すこしでも落ち着けばいいのに、という願いを込めて。
「僕も一緒に夢に入りますから。すぐに悪夢を消してあげます。だから・・・」
 少しだけ勇気を出してください、と遮那は告げる。
 少女は遮那を見上げた。
 そして微かにだが頷く。
「はい、任せてください」
 遮那は大きく頷いてリリィたちに確認を取る。

「それじゃあ、僕がこの子と一緒に夢に入ります。エドガーさんはリリィさんの力で中へ」
「そして俺と遮那さんは貘の探索に入ると」
「リリィは夢魔の監視を」
 それぞれに頷き持ち場に着く。
 
 きゅっと少女が遮那の手を握る。
 ニッコリと安心させるような笑みを浮かべる遮那。
「それじゃ、二人とも良い夢を」
 リリィが言うのも変だけどね、と笑いつつリリィは遮那と少女の額に手を翳す。
 急速に眠りが訪れる中、遮那は夢見の力を使った。
 
------<悪夢>--------------------------------------

 遮那は夢の中で微睡んでいた。
 ゆっくりと浮遊しながら白い世界に降り立つ。
 見渡す限り白い世界。
 悪夢とは無関係のように見える世界が広がっている。
「さてと・・・まずは・・・」
 ここは夢の一番上だろうと辺りをつけ、白い地面に手をつける。
「この下かな・・・」
 自在に他人の夢を動かすことが出来る力。
 悪夢を良い夢に変えることも出来るだろう。
 遮那は楽しいことを思い浮かべながら力を送る。
 少女が楽しめそうな遊園地が良い。
 メリーゴーランドに乗って、コーヒーカップに乗って。ちょっと怖いけれどジェットコースターも良いかもしれない。
 そうやって夢を弄っていると背後から声がかかった。

「楽しそうですね」
 声はエドガーのものだったが、微妙に気配が違うような気がして遮那は構える。
「楽しいですよ。やっぱり夢は幸せなものが良いですから」
 普通に答えながらも背後への注意は怠らない。
「そうですかね。たまには恐怖も必要じゃありませんか?」
 そう言った途端、一気に白い世界が暗闇へと変わる。
 遮那の足下がガラガラと崩れていくのを感じ、それを一気に固めるイメージを遮那は描く。
「ちっ」
 舌打ちする音が聞こえ、今度は遮那の真上から剣の雨が降ってくる。
「危ないじゃないですか」
 遮那は自分の回りに防御壁を張り巡らせ後ろに飛ぶ。
 するとその場所が崖に変わった。
 しかし浮遊感を感じた瞬間、遮那はそこが海であることを願う。
 途端にそこは海にかわり、遮那の身体を水は優しく受け止める。
 そして一気に凍り付く海。
 間一髪で遮那はその地獄の海を抜け出していた。
 向かい合う遮那とエドガーの偽者。
 
「貘さんは?」
「さぁ。もうきっとくたばってるでしょ」
 エドガーの姿をした人物はゆっくりと形を変え、妖艶な夢魔へと変える。
「本物のエドガーさんは?」

「ここですよ」
 夢魔の後ろからエドガーが現れる。
 その横には黒い目隠しをしたままの貘が立っていた。
「二人とも!」
「遮那さん、おかげで助かりました」
 檻の崩れ去るイメージのおかげで無事脱出できました、と貘はぺこりとお辞儀をする。
 俺もおかげで無事に辿り着けました、とエドガー。
「あ、ちゃんと貘さんへと続いてました?道は」
「えぇ、しっかりと」
 遮那はそんな二人の様子に笑顔を見せる。
 良かった、と言いながら逃げだそうとしている夢魔に目を向ける。
「逃がしませんよ」
 夢魔が檻の中にいることを瞬時に具現化する。
 身動きのとれない程窮屈な檻。
 
「貴方にはピッタリでしょう?」
 それでもなお檻を崩し逃げようとする夢魔を束縛するエドガー。
「貘さん、夢魔って美味しいんでしたっけ?」
「えぇ、この人は特に美味しそうで」
「だったら任せます」
 遮那は貘へと笑いかける。
 嬉しそうに貘は頷いて夢魔へと近寄った。
「檻は流石にビックリしましたよ。今度から気をつけることにします」
「もう一度・・・もう一度・・・!」
「無駄です。僕が居ることを忘れたんですか?」
 少しだけ檻の大きさを縮めて遮那が言う。
「悪戯に人々を恐怖に陥れるのは許せません。悪夢もたまには必要だと思いますけど、でも生きる力を奪うのは・・・」
 遮那はきゅっと先ほど握ってきた少女の手を思い出す。
「さようなら」
 そう遮那は言い瞳を閉じる。
 貘は静かに檻の中の夢魔に手を伸ばす。
 取り逃がした手をもう一度握りしめる。白い蒸気が夢魔の身体から立ち上った。
 断末魔の悲鳴。苦し紛れに暴れ出すが遮那の作った檻は壊れることはない。
「それでは頂きます」
 貘は赤い唇を開け、夢魔を美味しそうに喰らった。
 
------<笑顔>--------------------------------------

「すみませんでした。本当に。約束の時間には間に合わないし、助けにまで来て貰ってしまって」
 貘は先ほどから遮那に謝り続けている。
 それを遮那は、もういいですから、と苦笑しながら流している。
 そんな遮那の服をくいくい、と引っ張る小さな手。
「?」
 遮那が振り返るとそこには眠りから目覚めた少女が立っていた。
「あのね、すっごい面白かったの。メリーゴーランドに乗ったりコーヒーカップに乗ったり」
「楽しかった?良かった」
 幸せそうな少女の笑顔を見て遮那も嬉しそうに笑う。
 少女のために作ったココアを手渡しながらエドガーも笑う。
「遮那さん大活躍でしたから」
「リリィね、海の中に落ちた遮那を引き上げようと必死だったのに自分で逃げちゃうんだもん」
 少し残念そうにリリィが呟くと貘が笑う。
「リリィもありがとう。助かりました」
「ううん、貘の為だから」
 そう言って笑うとリリィは少女の隣に走っていく。
 リリィと少女はもう仲良くなったらしく楽しそうに笑いながら店の中に並べられた貘の作った人形を眺めている。
「ところで遮那さん。時間大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですけど・・・」
「じゃ、今からで大丈夫でしょうか。タロット占い・・・」
「もちろんです」
 その言葉に貘はもう一度、ありがとう、と呟いた。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号/PC名/性別/年齢/職業 】
【 0506/奉丈・遮那/男/17/占い師 】

NPC
【貘/男/?/夢狩り人・『夢紡樹』店主】
【エドガー/男/?/『夢紡樹』の料理担当 兼 貘の相棒】
【リリィ/女/150/『夢紡樹』のウエイトレスと貘の手伝い】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、夕凪沙久夜です。
この度は『夢の檻』へのご参加まことに有り難うございました。
夢へ自力で入って頂けて物語の枠が広がりました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
またお会いできることを楽しみにしております。
ありがとうございました。失礼いたします。