■駅前マンションの怪〜異界編■
日向葵 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
マンションのある場所を通りがかった時だった。
貴方は、おかしな気配を感じて足を止めた。
ぱっと見には、なにも妙なところはない。
だが確かに、それは存在していた。
この世界とは違う場所への接点。
それがどこに通じているのかは知らないが・・・・・。だが、このまま放っておけるようなものでもない。
自分のようにこの存在に気付いて避けたり、もしくは自分から入って行くのならともかく。
誰かがまったく気づかないままに入りこんでしまったりしたら大変だ。
歪みを封印しようとして――。
あるいは、どうすれば歪みを消せるのかわらなくて――。
あるいは、結局誰が巻き込まれようと自分には関係ないのだからと歩き去ろうとして――。
その時。
突然に歪みが増大した。
視界が光に包まれる。
そして、
光が途絶え視界が戻ってきた時。
貴方が居たのは――
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駅前マンションの怪〜異界編・氷の世界
突然目の前に広がった光景に、シュライン・エマは目を丸くした。
駅から五分、草間興信所からもそう遠くはないこのマンションに住む知り合いにちょっとした用があっただけなのに。
その用事も終わり、帰り道を歩き出したところだったのに。
マンションのエレベーターを開けた時、その向こうから吹き込んできたのは日本の冬では考えられないほどの極寒の風。
外には氷が張っていて――いや、よくよく見ればそんな生易しいものではない。思いっきり、凍りついている。
「うわ、寒そう・・・・」
扉が開きっぱなしのエレベーターの中で、シュラインはぽそりと呟いた。
だがいつまでもこうしているわけにもいかない。
「そうね、とりあえず」
閉める。
一度別の階に出て、もう一度開ける。
・・・・・・外はやはり一面の氷の世界であった。
「さて、どうしたものかしら」
ここが普通のマンションとは言い難い場所であることは以前の体験からシュラインも知っていたが、だがこれは予想外の出来事だった。
おそらく、ここはもともとシュラインが居た世界とは少しばかりずれた場所にあるのだろう。
そうとでも考えなければ説明がつかない。
たとえば氷の妖怪がいたとして、だが見渡す限りの光景全てをほんの数秒で氷に閉ざすことなどできはしないし、なにより。
人がいない。
どういうわけだか、一人の人間の姿もないのだ。
さて、現在地が異界だという考えが正しいとして。
ならば接点があったはず。
ここの世界と、元の世界とを繋ぐ扉が。
「間違えて開いた扉は閉じれば良いって考えで良いのかな?」
そう考えて、自分の行動を思い返してみる。
エレベーターに乗る前は確かにもとの世界に居た。エレベーターに乗って、一階に降り扉が開くまでの間。
シュラインがエレベーターに乗ったのは五階だったから、時間にすればほんの数秒だ。
その数秒間に、思い当たるような怪事はなかった・・・と思う、多分。
様子を探るためには外に出るのが一番だろうけれど、このままではいくらなんでも寒すぎる。
「悪いけどその辺の家から借りようかしらね」
とりあえず手近からということで一階の様子をぐるりと見て回ったところ――明かりのついている部屋が、一つ。
「・・・・・・誰かいるのかしら?」
様子を見てみようにも、廊下側にある窓にはカーテンがかかっていて中を見ることはできそうにない。
チャイムを鳴らすべきか、君子危うきに近寄らずで無視するか・・・・・・。
ピンポーン
シュラインは、前者を選択した。
ガチャリと扉が開いて、中からひょっこりと顔を出したのは一人の老人だった。
「おや、お客さんか? 外は寒いだろう、中に入って暖まって行くか?」
あまりにも呑気かつ冷静な答えにシュラインは返す言葉に一瞬悩み、
「え、ええ。どうもありがとうございます」
しかしシュラインは彼を悪い人ではないと判断した。
畳にコタツにテレビという和風な部屋で、お茶とせんべいを勧められてとりあえず人心地。
「あの・・・ここはいったいどうなっているんでしょう?」
シュラインの問いに、老人は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、次いで豪快に笑った。
「なんだ、初体験か? ここじゃよくある事だ」
「ええ?」
詳しく聞いてみれば、このマンションは昔っから――マンションが建つ以前から、こういう土地柄だったらしい。
「もしかしたらここに惹かれてくる妖怪は、実はこの気配に惹かれてきているのかもしれないな」
「どういうことです?」
「ここは空間が微妙に歪んでいてな・・・扉が薄いんだよ。異なる世界との扉がな。それでも、普段はぴったりと閉じてるから気付く者は少ない。気付いた者は気付いた者で、自主的にいろいろやってくれてるようだが、そういった扉――歪みと呼ぶ者もいるが――は、気紛れに現われては開くものだから、いつどこに開くかという予測は難しいんだよ」
「・・・つまり、ごく簡単なきっかけで他の世界への扉が開いてしまうということですか?」
「まあ、そういうことだ」
老人は呑気にお茶をすすりつつ、頷いた。
「帰る方法はないんですか?」
「方法は簡単だ。扉を探すか、世界の中心を探すか、世界が消えるまで待つか――どれを実行するにしてもそう難しくはない。まあ、私は面倒だから世界が消えるのを待っているがな。どうせ、大概他にも巻き込まれているんだ、そのうちの誰かがなんとかするだろうて。お嬢さんもここでのんびりしていくか?」
「うーん・・・でもそうやって誰も彼もが他の人を期待していたらいつまでたっても帰れないし」
世の中他人を頼ってばかりでは渡っていけない。
シュラインの答えに、老人はさも楽しそうに頷いた。
「そうかそうか、なら良いことを教えてあげよう」
「良いこと?」
「世界を決定するのは、扉が開いた時、一番最初にこの世界を訪れた者だ。誰かの意思や性質に影響されて、この世界は曖昧なものから確固たるものへと変質していく」
なんでもないことのように呟かれた言葉に、シュラインは考え込んだ。
「その意思が、世界の中心なんですね」
「そういうことだな」
歪んだものの入口周辺は・・・やはり一番歪みきったばしょなのだろうか?
氷の世界の中心を単純に考えれば、一番温度の低い場所へ向かうか・・・もしくは冷蔵庫などか。
「いろいろとどうもありがとうございました。すみませんがもう少しお願いしても良いですか?」
「ん?」
「温度計と地図と魔法瓶があればお借りしたいんです。それと、熱湯も少し頂きたいんですけど」
「構わんよ。ついでに防寒着も持って行きなさい」
快く承知してくれた老人に再度礼を言い、シュラインは、世界の中心を目指して歩き始めた。
さて、氷の広がっている中心へと移動を続け、今回の世界の意思らしき場所へ辿り着いた五人――天薙撫子、真名神慶悟、シュライン・エマ、鹿沼・デルフェス、氷女杜冬華――は、そこにあったモノに目を丸くした。
そこにあるのは、小さな小さな雪だるま。
「これが・・・この世界の意思?」
慶悟が、それを見つめつつ目を点にした。
「そうですねえ・・・もしかしたら意思の象徴であって、意思の持ち主本人と言うわけではないのかもしれません」
「じゃあこの雪だるまを破壊してもダメってことかしら?」
撫子が目指したのはあくまでも力の中心。力の発生源と意思が別の場所にある可能性をあげると、シュラインがうで組みをして考え込んだ。
「うーん・・・・でも確かに、冷気の中心はここですよ」
それに答えたのは冬華。確かに力の発生源と意思が別物である可能性は否定できないが、力の発生源が消えれば少なくともこの異様な冷気は消えるのではないかと考えての答えだった。
「とりあえず、お話を聞いてみてはいかがでしょう?」
穏やかに穏やかに。楚々としたお嬢様風の雰囲気を崩さぬままに、デルフェスがその場にしゃがみこんで雪だるまと視線を合わせた。――実際には雪だるまは高さ数センチで、しゃがんだくらいではまだデルフェスの視線の方が高かったが。
「話せるの、これ?」
思わず、シュラインが雪だるまを指差した。
「口はありますよ、一応」
デルフェスは、真顔で、言う。
「普通は喋れないモノだが、そいうった常識が通用するのかどうか怪しいしなあ・・・」
慶悟はじーっと雪だるまを見つめてみるが喋る気配も動く様子もない。
丸っこい小さな姿につぶらな瞳を見ていると、一方的に破壊するのもなんだか悪いような気がしてくる。
「・・・・・・・どうしましょう?」
冬華の問いに、全員が考え込んだ。
おそらくはこの雪だるまを破壊しないと冷気は消えない。
だが、事情もなにもわからぬままに一方的に破壊するのも多少は気が引ける。
「出口を・・・探すか?」
ここに入ってきたのと同じような扉が、こちら側の世界にもどこかにあるはずだという憶測のもとに、慶悟が呟いた。
「そうねえ・・・」
一行がうーんと考え込んでいたその時だった。
「あら」
一人、雪だるまの前にまだしゃがみ込んでいたデルフェスが声をあげた。
「ん?」
「まあ」
ぴょこぴょこと不恰好に歩く雪だるまが、ぴたりと冬華の足元に懐いた。
「あら、まあ」
「どうしたんでしょう、急に・・・?」
驚く撫子や他の面子の様子に気付きつつ、冬華はたいして不思議にも思わなかった。
何故なら、冬華もこの雪だるまも。ともに冷気に属する存在なのだから。
ふいに、空から白い花びらが落ちてくる。
「雪・・・?」
シュラインが、顔を上げた。
「また寒くなるんでしょうか・・?」
ワンテンポ遅れて撫子もまた灰色の空を見上げた。
最初の雪が地面に落ちて、アスファルトの地面に溶けて小さな染みを作る。
「氷が・・・・」
そう、いつのまにか。まだほんの一角にすぎないが、氷が消えていた。
アスファルトを濡らした雪は、ほんの数秒であっさりとその痕跡を消して――と、同時。
世界が、一変した。
世界が、光を放つ。
「世界の中心が壊された・・・?」
光が途絶え、視界が戻ってきた時、異世界に迷い込んだという十一人全員が、九階から十階に向かう階段の踊り場に立っていた。
どうやら道の大元はここであったらしい。
狭い階段の踊り場にに十一人。なかなか見られない光景である。
突然の移動に、一行はしばし茫然としていた。
が、特に気にするふうでもなく飄々と動き出した人物が一人。
「さて、それじゃ私は部屋に戻るとするか。美味しいお茶をありがとうな、冠城さん」
大家の老人の言葉をきっかけに、十人ははっと我に返る。
ふと空を見上げれば、今年最初の初雪が、チラホラと空から落ちてきていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
2158|真柴尚道 |男|21|フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0328|天薙撫子 |女|18|大学生(巫女)
2209|冠城琉人 |男|84|神父(悪魔狩り)
2181|鹿沼・デルフェス|女|163|アンティークショップの店員
1252|海原みなも |女|13|中学生
0389|真名神慶悟 |男|20|陰陽師
1449|綾和泉汐耶 |女|23|都立図書館司書
2053|氷女杜冬華 |女|24|フルーツパーラー店主
1358|鬼柳要 |男|17|高校生
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、日向 葵です。
異界に吹っ飛ばされてしまった皆様・・・・お疲れ様でした。
今回の世界の意思はたんなる雪のひとつぶ――なので、実はなにもしなくても時間が経ったら消えるものでした。
雪の最初の一粒って、地面に落ちてさっさと溶けてしまう儚い運命の持ち主だと思っているので。
毎度ながら、いろいろと細かいプレイングをいただきありがとうございます。
私も思いつかなかった面白い考えをくださるので、いつも書いていて楽しませて頂いております♪
今回のツボは実は温度計でした。考えてみれば冷気の濃いところを探すには最適な品なのですが、世の中特殊能力を駆使する方が多いものでつい・・・(笑)
それでは、今回はご参加どうもありがとうございました。
またお会いする機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。
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