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■駅前マンションの怪〜異界編■

日向葵
【0389】【真名神・慶悟】【陰陽師】
 マンションのある場所を通りがかった時だった。
 貴方は、おかしな気配を感じて足を止めた。
 ぱっと見には、なにも妙なところはない。
 だが確かに、それは存在していた。
 この世界とは違う場所への接点。
 それがどこに通じているのかは知らないが・・・・・。だが、このまま放っておけるようなものでもない。
 自分のようにこの存在に気付いて避けたり、もしくは自分から入って行くのならともかく。
 誰かがまったく気づかないままに入りこんでしまったりしたら大変だ。
 歪みを封印しようとして――。
 あるいは、どうすれば歪みを消せるのかわらなくて――。
 あるいは、結局誰が巻き込まれようと自分には関係ないのだからと歩き去ろうとして――。

 その時。

 突然に歪みが増大した。
 視界が光に包まれる。
 そして、
 光が途絶え視界が戻ってきた時。

 貴方が居たのは――

駅前マンションの怪〜異界編・氷の世界

 その日真名神慶悟は、駅前マンションに住んでいる知り合いにちょっとした用事があって、そこに向かっていた。
 だが、その用事も済ませぬうちに、慶悟は謎の怪事に巻き込まれて頭を抱えていた。
 現在地、マンション二十階の廊下。
 左に見えるは二〇一から二〇五までの部屋のドアと、マンションの壁。右に見えるはだいたい慶悟の腰より少し上くらいの高さの塀とその向こうに広がる眼下の街並。
 おかしいのは、その街並だ。
 エレベーターに乗った時は確かに外は正常な日本の冬だった。
 だが。
 エレベーターを降りた先は、まるで日本とは思えない極寒の地だったのだ。
 家も、木々も。全てが氷の中に閉ざされている世界。
 風も空気もその風景に相応しく、痛いほどに冷たかった。
「五行が乱れた平行世界か。水気の比和か火気の衰退か・・・それとも人の想念が生み出した仮初の世界か」
 そういえば、エレベーターの中にいた時、一瞬妙な気配を感じ取った。だがこのマンションではその程度の妙な気配は日常茶飯事で。
 住人が何かやったか、それとも外からの客か。調査をするのはエレベーターを降りてからだろうと思っていたのだ。
 だがまさか、降りたらすでに別世界になっているとは・・・・・・。
 そう、別世界。慶悟は陰陽師としてのその感覚で、理解していた。この世界は、慶悟が本来居るべき世界の気配と違う。
「そうだな・・・・」
 慶悟は数体の式神を呼び出し、調査に向かわせる。
 氷の張り具合に変化があれば、中心がわかるかもしれないと考えたのだ。より密度が濃く、氷が厚く張っている場所を探しに数体。
 それと、この世界に住人がいないかどうか。もしも住人がいるのならば、下手に世界の根源をどうこうするわけにもいかない。
 その場合は出口を探すのが賢明ということになるだろう。
 式神たちに調査を頼む一方で、慶悟はマンション内を確認しつつ、階段で一階まで降りることにした。
 この寒さはちと辛いが、だがエレベーターで一階ずつ降りて探索して行くよりは、階段のほうが手っ取り早いだろう。
 ざっと見たところ、明かりがついていたのは一階の大家の部屋のみ。
「・・・あのじいさんなら、自分でどうとでもしそうだが」
 以前外から魔物がやってきたときの大家の対応を思い出して、慶悟は苦笑を浮かべた。
 多分あの人は今回も、我関せずで行くだろう。
 だがまあ、このマンションの管理人――このマンションに一番詳しい人物だ。もしかしたら何か知っているかもしれない。
 そう考えて、慶悟は、大家の部屋のチャイムを鳴らした。
 が。
 大家が出てくる前に、別の場所から声がかかる。
「真名神様も巻き込まれていたのですか?」
 見ると、ちょうど階段から降りて来たところらしい天薙撫子がいた。
「ああ、まあな」
 苦笑して答えた、そのすぐ直後。
 ガチャリと、中から扉が開かれた。


 すでに二人の顔を見知っている大家の老人は、あっさりと二人を中に招き入れた。
「突然にすみません」
「いやいや、気にすることはない。大変だったろう、外は寒いのに」
「落ちついているな・・・」
 コタツに座り、煎餅とお茶を前に呑気に笑う大家を見て、慶悟は思わずそんな呟きを漏らした。
 すると、大家はいかにも楽しそうに笑って告げた。
「なんだ、初体験か? ここじゃよくある事だ」
「よくある・・・・・・?」
「なんというか・・・慣れきってるわけだな」
「そういうことだな。ここは昔っから――マンションが建つ以前から、こういう土地柄だ。
 もしかしたら、ここに惹かれてくる妖怪は、実はこの気配に惹かれてきているのかもしれないなあ」
 老人の答えに、二人はついつい顔を見合わせた。
「どういうことですか?」
「ここは空間が微妙に歪んでいてな・・・扉が薄いんだよ。異なる世界との扉がな。それでも、普段はぴったりと
閉じてるから気付く者は少ない。気付いた者は気付いた者で、自主的にいろいろやってくれてるようだが、そう
いった扉――歪みと呼ぶ者もいるが――は、気紛れに現われては開くものだから、いつどこに開くかという予測
は難しいんだよ」
「ふむ・・・ここが異世界だという俺の考えは正しかったわけか」
「そんなにしょっちゅう他の世界への扉が開いているのですか?」
 老人はこくりと鷹揚に頷いた。
「そうでもないさ。数ヶ月に一度程度の割合だ」
 充分に多い気がすると思った二人だが、あえて口には出さなかった。
「帰る方法などは知らないのか?」
 慶悟の問いに、老人はずずっと呑気にお茶を一口飲んでから答えた。
「方法は簡単だ。扉を探すか、世界の中心を探すか、世界が消えるまで待つか――どれを実行するにしてもそう
難しくはない。まあ、私は面倒だから世界が消えるのを待っているがな。どうせ、大概他にも巻き込まれている
んだ、そのうちの誰かがなんとかするだろうて。お前さんたちもここでのんびりしていくか?」
「今回巻き込まれたのここに居る俺たちだけだったらどうする気なんだ・・・?」
「さあなあ」
 何を考えているのか、老人は楽しげな声をあげた。
「どちらにしても、放っておくわけにはまいりません。巻き込まれる人が増えたら大変ですし、この世界をどう
にかするか、扉を封じるかしてしまわないと・・・」
「そうかそうか。なら、ヒントをやろう」
「ヒント、ですか?」
「ヒント?」
 二人同時の疑問の声に、老人は悪戯っぽい瞳の色を煌かせ、細く笑った。
「世界を決定するのは、扉が開いた時、一番最初にこの世界を訪れた者だ。誰かの意思や性質に影響されて、こ
の世界は曖昧なものから確固たるものへと変質していく」
「人の想念が生み出した仮初の世界・・・ということか」
「その通り」
「わかりました。いろいろ教えていただいてどうもありがとうございます」
 ぺこりとお辞儀をした撫子が、その場に立ちあがった。
「そうだな、そろそろ行くとするか」
 続いて慶悟も立ちあがる。
「気をつけて行けよー」
 家を出る二人に、真剣味のない老人の声が重なった。


 さて、氷の広がっている中心へと移動を続け、今回の世界の意思らしき場所へ辿り着いた五人――天薙撫子、真名神慶悟、シュライン・エマ、鹿沼・デルフェス、氷女杜冬華――は、そこにあったモノに目を丸くした。
 そこにあるのは、小さな小さな雪だるま。
「これが・・・この世界の意思?」
 慶悟が、それを見つめつつ目を点にした。
「そうですねえ・・・もしかしたら意思の象徴であって、意思の持ち主本人と言うわけではないのかもしれません」
「じゃあこの雪だるまを破壊してもダメってことかしら?」
 撫子が目指したのはあくまでも力の中心。力の発生源と意思が別の場所にある可能性をあげると、シュラインがうで組みをして考え込んだ。
「うーん・・・・でも確かに、冷気の中心はここですよ」
 それに答えたのは冬華。確かに力の発生源と意思が別物である可能性は否定できないが、力の発生源が消えれば少なくともこの異様な冷気は消えるのではないかと考えての答えだった。
「とりあえず、お話を聞いてみてはいかがでしょう?」
 穏やかに穏やかに。楚々としたお嬢様風の雰囲気を崩さぬままに、デルフェスがその場にしゃがみこんで雪だるまと視線を合わせた。――実際には雪だるまは高さ数センチで、しゃがんだくらいではまだデルフェスの視線の方が高かったが。
「話せるの、これ?」
 思わず、シュラインが雪だるまを指差した。
「口はありますよ、一応」
 デルフェスは、真顔で、言う。
「普通は喋れないモノだが、そいうった常識が通用するのかどうか怪しいしなあ・・・」
 慶悟はじーっと雪だるまを見つめてみるが喋る気配も動く様子もない。
 丸っこい小さな姿につぶらな瞳を見ていると、一方的に破壊するのもなんだか悪いような気がしてくる。
「・・・・・・・どうしましょう?」
 冬華の問いに、全員が考え込んだ。
 おそらくはこの雪だるまを破壊しないと冷気は消えない。
 だが、事情もなにもわからぬままに一方的に破壊するのも多少は気が引ける。
「出口を・・・探すか?」
 ここに入ってきたのと同じような扉が、こちら側の世界にもどこかにあるはずだという憶測のもとに、慶悟が呟いた。
「そうねえ・・・」
 一行がうーんと考え込んでいたその時だった。
「あら」
 一人、雪だるまの前にまだしゃがみ込んでいたデルフェスが声をあげた。
「ん?」
「まあ」
 ぴょこぴょこと不恰好に歩く雪だるまが、ぴたりと冬華の足元に懐いた。
「あら、まあ」
「どうしたんでしょう、急に・・・?」
 驚く撫子や他の面子の様子に気付きつつ、冬華はたいして不思議にも思わなかった。
 何故なら、冬華もこの雪だるまも。ともに冷気に属する存在なのだから。
 ふいに、空から白い花びらが落ちてくる。
「雪・・・?」
 シュラインが、顔を上げた。
「また寒くなるんでしょうか・・?」
 ワンテンポ遅れて撫子もまた灰色の空を見上げた。
 最初の雪が地面に落ちて、アスファルトの地面に溶けて小さな染みを作る。
「氷が・・・・」
 そう、いつのまにか。まだほんの一角にすぎないが、氷が消えていた。
 アスファルトを濡らした雪は、ほんの数秒であっさりとその痕跡を消して――と、同時。
 世界が、一変した。

 世界が、光を放つ。

「世界の中心が壊された・・・?」
 光が途絶え、視界が戻ってきた時、異世界に迷い込んだという十一人全員が、九階から十階に向かう階段の踊り場に立っていた。
 どうやら道の大元はここであったらしい。
 狭い階段の踊り場にに十一人。なかなか見られない光景である。
 突然の移動に、一行はしばし茫然としていた。
 が、特に気にするふうでもなく飄々と動き出した人物が一人。
「さて、それじゃ私は部屋に戻るとするか。美味しいお茶をありがとうな、冠城さん」
 大家の老人の言葉をきっかけに、十人ははっと我に返る。
 ふと空を見上げれば、今年最初の初雪が、チラホラと空から落ちてきていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

2158|真柴尚道    |男|21|フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0328|天薙撫子    |女|18|大学生(巫女)
2209|冠城琉人    |男|84|神父(悪魔狩り)
2181|鹿沼・デルフェス|女|163|アンティークショップの店員
1252|海原みなも   |女|13|中学生
0389|真名神慶悟   |男|20|陰陽師
1449|綾和泉汐耶   |女|23|都立図書館司書
2053|氷女杜冬華   |女|24|フルーツパーラー店主
1358|鬼柳要     |男|17|高校生

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、日向 葵です。
 異界に吹っ飛ばされてしまった皆様・・・・お疲れ様でした。
 今回の世界の意思はたんなる雪のひとつぶ――なので、実はなにもしなくても時間が経ったら消えるものでした。
 雪の最初の一粒って、地面に落ちてさっさと溶けてしまう儚い運命の持ち主だと思っているので。

 人の想念と言うには少し違うものでしたが、しょっぱなからそれを言ってくださったのはなんだか嬉しかったです。
 ある種王道ですがね・・・王道好きなので・・・(笑)
 五行に関することでいろいろとプレイングに書いていただいたのですが・・・書く機会なくてすみません(TT)
 戦闘もなければどこかが調和が乱れているわけでもなく――雪(氷)が影響を与えた世界だったので、氷ばかりなのが当然な世界だったのです(--;

 それでは、今回はご参加どうもありがとうございました。
 またお会いする機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。