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■【庭園の猫】抜け出した思い出■

秋月 奏
【0428】【鈴代・ゆゆ】【鈴蘭の精】
ちりん……と。

庭園の中で、鳴る風鈴の音一つ。

「……また、抜け出してしまったの……?」

少女は誰に言う事もなくぽつりと呟いた。
黒髪が風になびく。

「見つけなくてはいけないのね……猫を。風鈴が、壊れる前に」

りん……。


少女の言葉に答えるように強く、強く、鈴の音が響いた。


庭園から抜け出した猫を探すべく。

特徴は少女の色彩と同じ。
闇夜のような黒い毛に、悪戯を好むような銀月の瞳の色。

出来うるだけ、早く。

思い出という名の記憶が猫から溢れ出してしまわぬうちに。



―――――――――――――――――――――――――――

予定参加人数:1人から3人(個別文章になる可能性、アリ)

ライターより:探すのは、猫です。が、猫が庭園から逃げると
風鈴売りの少女は、かなり困ってしまいます。
この庭園の中で保存されている数々の思い出を猫が持っているからですが……。
探す場所は、街の中にある施設なら何処でも可です。

尚、何か懐かしいと思うもの、についてプレイング内に書いてくださると(^^)

それでは、ご参加お待ちしております。
【庭園の猫】抜け出した思い出

今も忘れない、思い出がある。
初めて見た景色。
初めて知った、世界の大きさ。
それほど長く遠い時間ではない筈なのだけれど――ただ、懐かしむ。

あの日に見た、優しい色合いを。



                       ◇◆◇

「うーーん……」

困ったなあ、と考えあぐねたような顔をするのは鈴代・ゆゆ。
ふわりと風にそよぐ手入れの行き届いた長い髪を揺らしながら庭園――とは言っても、大きな一つの町のような不思議な場所なのだけれど――をぐるりと見渡す。

事の発端は、とある少女の呟きだった。

『猫が迷子になる前に……誰か探してくれませんか?』

名前も知らぬ風鈴売りの少女。
和装に黒い艶やかな髪と、不可思議な銀色の瞳。
日本人形のような顔立ちの少女は、今のゆゆの様に困った表情を浮かべながら、そう言ったのだが、ゆゆは話を聞いている内に「いいよ、探してあげる!」と叫んでいた。
その言葉に微笑を向けた少女を嬉しくも思いながら。

第一困ってる人を見過ごしてはおけないし!
やっぱり、全部は無理だとしても自分が関わる人たちくらいは元気で居てほしいから。

元気を分ける鈴蘭の精は、それが何より幸せなんだもの♪

りん……。

季節外れの風鈴の音だけが、その場に鳴り響いた。

りんりん、りんりん、と。

まるで宵闇の祭で聞く音楽のように。


                       ◇◆◇


時は少し、前へと遡る。
―そう、猫が消えた筈の時間へと。

穏やかな昼下がり。
時がある様で居て無い――この世界で猫は一人、現(うつつ)には無い幻を見、眠たそうに一つ欠伸をかみ殺すと、振り返ることもせず人の姿を取り、歩き出す。
庭園から出てしまえば、あちらの世界で迷うことは解っているのに口元には笑みさえ浮かべて。

「……私が人の姿で出て行った、ということは内緒で…ね」

誰に言うのでもなく、青年になった猫は呟く。
猫の掌の上、優美な細工を施された風鈴が、ちりん……と。
鈴のよう、鳴り渡った。



                       ◇◆◇


(困ったなあ……)

ゆゆは、相変わらず思案顔で庭園の中を歩く。
先ほどから、花達や樹木達と情報交換しているのだが誰も黒い猫の姿は見ていないし、何処へ行くかとも聞いていない、と言う。
質問の内容を変えるべきかな……ふと、そんな風に思ってしまう。

(でも猫だって言ったよねえ? 確か、黒猫で銀の瞳だって……でもって好きな場所は……)

思い返す。
少女の静かな「猫は……」と呟く声が今も間近に聞こえるように。

『……猫は、賑やかな場所を好みます……』
『猫ちゃんなのに?』
『はい……どちらかというと、ですね。良く抜け出しては、そこで何かを眺めてるようです』
『ふうん……解った、大丈夫。きっと、きっと探してあげる!』

…なのにっ。
急がないといけないのに!

こうなったら、此処から出て探すしかない。
もしかしたら、猫ちゃんだって友達が欲しいのかもしれないんだもの。

ああ、でも何処を探そう?

…そうだ、洋服屋さんなんてどうかなぁ?

あの女の子、和服だったし……もしかしたら、洋服は見たこと無いから興味深くて見てるかもしれない。
良く、猫がタオルとかそう言うものに包まってるのも見たことあるし……。


(良し、とりあえず洋服屋さんに決定! 絶対絶対、見つけてみせるもん!)


何故か植物たちが猫ちゃんの姿をみてないのか気にならないわけじゃないけど。
ゆゆは、ぐっと掌に力を込める。
見つからない、隠れんぼほど人は――いや、妖精であっても。
闘志を燃やすものだから。



                       ◇◆◇

庭園。
そこは今、朱色へと染まっている。
すぐに消えてしまい夜へと移り変わるだろう色合いは何故か変化を見せぬまま、一つのものを除いては全てを朱く染め上げていた。

小さな花を咲かせるクリスマスローズ。
その花だけが、一層色合いを引き立たせるように夕暮れの中で白いまま。

花を揺らすように風が吹く。
ただ、優しく花々をなぞるように。



                       ◇◆◇


「うわぁ……」

ゆゆは、溜息を漏らす。
クリスマスが近いからなのか、色とりどりに飾られたディスプレイは店内へ入ろうとしていた、ゆゆの足を止めるのに十分な効力を持っていた。
赤と緑、金に銀。
クリスマスは、華やかな色合いが多いものだけれども尚も一層、それらを引き立てるような服。

(こう言うの着て、何処かへ出かけられたら良いなあ……)

落ち着いたローズブラウンのケープコート。
同色のマフもついているらしく、マネキンは暖かそうなマフに手を包まれ、遠くを見たまま。
誰かを待っているのだろうか、そんな雰囲気が、このディスプレイを飾った人達から出ているようだった。

ふと、背後から降りる声。

「……そんなに見入ってると誰かに声をかけられるよ?」
「――え?」

ゆゆは、後ろを振り返る。

「――私みたいにね」

そこには、少女と同じ印象的な銀の瞳の青年が立っていた。
まるで夜を切り取ったように黒衣の姿で。


                       ◇◆◇

「……誰?」
「ただの通行人」
「ただの通行人はディスプレイを見てる人が居たとしても声をかけないと思うんだけど」
「そういうものかい? 熱心に見ていたら声をかけたくなるものじゃないかな?」
「ありえない、ありえない」

ふるふると、ゆゆは首を振る。
普通、そういう人が居たとしても見知らぬ人に声をかけるだなんて事はまず、ありえない。
声をかけるのなら、よほどの暇人か、変わり者か。はたまた、ただのナンパなのか。
――この人物はどちらなのだろう。
後者ならば逃げるが勝ちだけれども、前者っぽく見えることも否定は出来ない。
それに本当に「ただの通行人」で「暇人」だったのならば警戒するのも失礼になるし……。

(あああ、い、一体どうすればいいの……っ!!?)

悩みつつも、その人物を横目でちらと見る。

青年は今は、ゆゆを見ず、興味深げに、ゆゆが見ていたコートをじっと見ていた。
彫像のような横顔を微動だにさせずに。

(あれ……?)

もしかしたら、この青年には誰か待っている女性が居るんじゃないだろうか――ちょっとした、確信めいた直感が、ゆゆの中で働く。
ゆゆは、とりあえず悩むのをやめ青年へと話し掛ける。

「……綺麗なコートよね。ディスプレイも待ち人を待つって感じで作ってあって」
「そうだね、こう言う服を見るのは久しぶりのような気がする……」
「貴方の大事な人は、こう言う服が嫌いなの?」
「さて、どうかな? ……聞いたことがなかったけれど……嫌いではないだろうね」
「あら。じゃあ、ちょっと中へ入ろう? 中へ入ってみたらもっと綺麗な服一杯あるから……ね?」
「…うーん……けれど私はその子の好きな色さえ知らないんだよ?」
「だったら、お店に居る人に相談もしてみるのっ! 何のために口があるのっ」
「……その通りだけれど。君は何か用事があるんじゃないのかな?」

話をそらそうとしているような言葉に、ゆゆは軽く顔を顰めた。
そして、自分がやろうとしていた事を漸く思い出す。
ディスプレイに見入っていたけれど本来は、このお店の中へ入ることが目的だったのに!

(よ、良かった……思い出せて……っ)

が、心の中に流した汗は心の中へと留めておく。
顔を顰めてしまったのを戻すように殊更にゆゆは明るく言葉を放った。

「あるよ、用事。此処のお店の中に入るの!」
「……おや?」
「それでね、探し物を見つけるのよ。あ、お兄さんは見なかった?」
「何を?」
「黒い猫ちゃん。瞳がお兄さんみたいな銀色の猫ちゃんなんだけれどね? ある女の子が凄く困ってるから……探して、あげたいの」
「――へぇ。生憎だけれど黒い猫は見なかったね……じゃあ、とりあえず店内へ入るとしようか?」
「うん」

二人で、クリスマスカラーへと変えている店内へと足を運ぶ。
店内は、黒猫が好むように人の声が何よりも賑やかに響いていた。



                       ◇◆◇


「しかし…女の子の服というのは色々あるものだね……」

多くの女性が居る中、戸惑うことなどないように青年は店内を歩き、様々な色合いの服を見ていた。
ゆゆは、その傍ら目線を低くして猫が何処かへ居ないかと探しつつ、青年の言葉に答える。

「うん。色々あるから、どういうものを着ようかなって考えるだけでも楽しいよ♪ でもさ……」

ゆゆは先ほどから青年の言葉を聞いているのだが、どうにも色々な意味で合点が行かない。
第一、殆どの人が洋服で過ごしていると言うのに洋服が解らないなんて言う事があるのだろうか?
もし、洋服でないと言うのならば和服だが……。

「何かな?」
「ん? ねえ、実はその女の子、和服姿…だったりする?」
「そうだね、いつも和服だね」
「でさ、髪の毛は、やっぱ腰くらいまであって黒髪って言うタイプの女の子?」
「ああ」
「……なのに、あのディスプレイに見惚れてたの?」
「似合いそうだと思ったんだよ、あの子に」
「ふうん……?」

…何かが変だ。
と言うより、自分で言った筈の、そのイメージが酷く誰かとダブる。
和服姿で長い黒髪の、女の子……そうだ、あの庭園に居た少女に似ているんだ……と思い出した時に、ゆゆはハッと息をのんだ。

まさか……。

花たちが黒い猫の姿は見ていない、と言った答え。
それは覆したら「黒い猫の姿は見ていないけど、人に化けた姿なら見た」と言う風になりはしない?
もし、そうだとしたら……?

ゆゆは、思い切って隣にいる青年をある名前で呼ぶ。
違うかもしれない、けれど……。

「ねえ…貴方…猫…ちゃん?」
「――良く解ったね、正解だよ」

青年は微笑んだ。
猫のように捕らえどころのない、不思議な笑い方で。


                       ◇◆◇

先ほどの店より離れた、あるビルの屋上。
其処に、ゆゆと青年は居た。

「……酷い!」
ゆゆは、真っ赤になりながら青年を叩く。
青年も困ったように、ゆゆの攻撃を、ただ受けていた。
軽いパンチの音が屋上に小さく落ちては響く。
「いや、揶揄うつもりはなかったんだよ?」
「で、でも、どうして最初に自分こそが探している人物だって答えてくれなかったのっ?」
「黒猫を探しているようだったから、この姿じゃ申し訳ないだろうと思ってね」
「……やっぱり、揶揄ってるんじゃない!」
「ごめんごめん…お詫びをしよう。街での懐かしい思い出は、ある?」
「懐かしい思い出? えーっと……初めて街に出た時、雲をよく見ようと思って高い所に登ってそのまんま時間が過ぎて…夕日を見て感動したなあ……」
「なるほど……じゃあ、良いと言うまで瞳を閉じてくれるかな?」
「いいけど……」

これでどうやってお詫びをするつもりなのだろう…と思ったけれど、ゆゆは瞳を閉じる。
ちりん……。

風鈴の音が耳へ心地よい音となって届く。

「――良いよ、どうぞ」

青年の声に瞳を開けると。
其処には寸分変わらない、あの日の夕日があった。
ゆゆが、初めて見た夕日の泣きたくなる様な、色。
何処までも何処までも高いところにある、白い雲さえも鮮やかに。

(ああ、これを初めて見た時は、何もかもが凄く不思議だったっけ……)

青い空が朱の色に染まること。
雲の形が一つじゃないこと。
風は何処から吹いて何処へ行くのか……世界の全てが、謎だった。

それほど遠い日々ではない、なのに懐かしい――時が目前にある。

現実であることを確認するかのように瞬きを、ゆゆは数回繰り返す。

「ねぇ…どうやったの?」
「あの子が大事にしている風鈴をつかったんだよ……良い色合いだね、……世界が朱の色に染まりきっていて」
「うん…私も、この色は凄く好き……あ、そうだ! ちゃんと、一緒に女の子の所へ戻ってね? すっごく、すっごく、心配してるんだから……」
「解ってる、戻るよ。……迷子になってしまいそうになると、いつも誰かが迎えに来てくれる」
「…………?」
「そのことを確認したくて私は、迷子になりたいのかもしれないから、ね」
「――呆れた! とんでもない、"迷い猫"ちゃんね!」

ゆゆの言葉に、青年は再び微笑を返した。
穏やかな笑い声だけが――後の屋上へと、残った。



―End―

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■   登場人物                  ■
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【0428 / 鈴代・ゆゆ  / 女 / 10 / 鈴蘭の精】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは、秋月です。
今回はこちらのシナリオにご参加くださり誠に有難うございます!
鈴代さんに久しぶりにお逢い出来て本当に嬉しかったです(^^)

さて、今回は個別と言う事で鈴代さんのは、こう言う風に
なりましたが……如何でしたでしょうか?
人の形を取った猫との出会いが鈴代さんにとって悪いものでないことを
ただ、祈るばかりです……。
宜しければテラコン等からのご意見などお待ちしております。

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。