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■リッキー・ホラー・ショウ■

リッキー2号
【1955】【ユーリ・コルニコフ】【スタントマン】
Ladies&Gentlemen!! 狂気の男爵・リッキー2世の城へようこそ! 今宵はご一緒にパーティを楽しみましょう。恐怖の物語の幕が開きます。ただし、演じるのはあなた自身……。

いずことも知れぬ山中にひっそりと建つ古城。そこには、中世の魔術師の血を引く男爵だという怪奇小説家「リッキー2世」なる人物が、不気味な住人たちとともに暮らしている。今宵は、普段は堅く閉ざされている封印の城門が開く満月の夜。あるものはあやしい夜会の招待状に誘われ、あるものは不意の嵐に追い立てられ、この城に迷いこむ。そして城主は語り出す、血も凍るような恐怖の物語の数々を――。


リッキー・ホラー・ショウ

ようこそ、私の城へ。
今夜はひどい雨ですね。まるで嵐だ。
……こんな夜は、あの日の出来事を思い出します。
あれも、こんなひどい、雨の夜のことでした。
その夜、城ではパーティが開かれていたんです。
そこに加わった、8人の男女がいました。
…………。
そういえば、あなたは、あのときの客人にとても似ていらっしゃる。
ええ、お話しましょう。
あの嵐の夜、この城で起こった出来事のすべてを。


■訪問者たち

 ひどい雨だった。
 ワイパーもまるで役に立たない。
 こんな状態で、山道を走るのは自殺行為だ。やむなく、さきほどから、かなりのノロノロ運転で、橋掛惇は車を走らせている。
 奇妙な――それは、仕事の依頼だった。いや、まだ依頼になるかどうかはわからない。ただ、刺青について相談がしたい、できるなら彫りをお願いするかもしれない、電話では、男はそう言っていた。
 むき出しの腕を覆う黒い紋様。
 惇は彫師だ。その彫りの腕のあざやかさもさることながら、他には類を見ない図案の斬新さで、彼の名は知る人ぞ知るものになっていた。その高名を聞き付けて、彼に連絡を取ってきたまでは、いい。だが、電話の主は、なにか、奥歯にものの挟まったような物言いで、こう問うたのだ。
(刺青というのは、どんな皮にも彫れるのですか)
(……? どんな皮、とは。皮のハンドバッグには、彫れねえぜ)
 惇は答えた。冗談のつもりだったが、相手はまったく笑いもせずに、
(いえ。それも含めて、お会いしてからお話します)
 とだけ言った。
 ついに――雷光がひらめいた。いよいよ嵐は本格的になってくる。
「やれやれだ。…………あ?」
 惇は、思わず、ブレーキを踏んでいた。
 彼ほど肝の坐った男でなければ、腰を抜かしていたかもしれない。
 道端に、傘をさして、すうっと立った女のすがた――。
 ふたたび、雷光が、長い髪の女を照らし出した。
「おい、あんた」
 窓を明けると、冷たい雨風がぶわっと、惇の顔を襲った。顔をしかめながら呼び掛ける。
「リッキー城へ行くのか。そうなんだろ」
 この山道はその不吉な建物にしか通じていない。
「乗りな。ずぶ濡れじゃねえか」
 女は無言で、助手席に滑り込んできた。
 白い肌に貼り付く、黒髪と、唇の紅さ、そのコントラストが、どきりとするほど艶かしい女だった。
 この横殴りの雨風のおかげで、女の傘はまるで役に立たず、すっかり、そのイブニングドレスは台無しになっていた。
「ありがとう。助かるわ」
 女が髪をかきあげると、細い首を飾る黒い花のコサージュが見えた。
「貴方……夜会の招待状を持っていて?」
「あん? ああ、まあな」
「それはいいわ。丁度よかった」
「……?」
 女は、婉然と微笑んだ。
「見事な刺青ね。その腕で、私をエスコートしてくださらないかしら」
「あんた……」
「黒澤早百合。私は招待状を持っていないの。……招かれざる客だから」

 ひどい雨だった。
 藍原和馬もまた、この山道をノロノロと車を走らせている。
「まいったね」
 やっとここまで漕ぎ着けた――初デートだというのに、雨にたたられて山道で迷うとは。
 と、助手席を見遣ると、連れはうとうとしているようだった。
(それとも、むしろ好都合、か? ……いやいや、いけねえ)
 ぶるぶると、かぶりを振った。
 こう見えて彼は紳士だったのだ。
「……ここは」
 助手席で、彼女――天樹燐が目を醒ましたようだった。
「××町――たぶん、××県との県境のあたりだと思うが、なにぶん、地図にも載ってない道なもんでね」
「迷ったのですね、わたしたち」
「すまん」
「これも経験です」
 にこり、と、燐は笑った。あいかわらず、不思議な女だ――と、和馬は思った。知合ってさほども立っていない、が、彼女はいつも、どこかしら、人とは違う空気をまとっている。それを「天然」だの「ズレている」だの言う連中もいるが、和馬は、彼女のそんな雰囲気が決して嫌いではなかった。
「おい、ありゃ何だ」
「灯りですね。民家があるのでしょうか」
「道を聞くか」
 だいぶ、道の状態は悪いようだ。車は、時化た海をゆく小舟のように揺れながら、その灯りを目指して走った。だが、しだいに、雨のヴェールの向こうではっきりとしてきたのは、ありふれた民家などではない。ゴシック風――というのだろうか、およそ、テレビか本の中でしか見たことがないような、それは城だったのだ。
「……まあ、素敵」
 屈託なく、燐が声をあげた。
「これ……ラブホテルとかじゃねえよな」
 あきれたような和馬の発言に、燐がむっとしたような目で彼を見た。
「どんな方がお住まいなのでしょうか」
「俺たちゃ道に迷ってヨーロッパにでも来ちまったか。……しゃあない、降りてみようぜ」
「あっ、ちょっと、待ってください」
 外に出ると、冷たい雨風がふたりを打ち据えた。和馬は上着を脱いで、燐にかぶせてやったが、あまり効果を発揮しているとは言いがたい。
 戸口までのわずかな道程が、長く感じられた。
「もう……こんなに濡れたら、水もしたたるいい女になってしまいます」
「言ってやがる」
 苦笑しながら、和馬は呼び鈴の紐を引いた。
 ギャーッ!と、甲高い悲鳴――があがったのは、悪趣味なことに、その呼び鈴の音であるらしい。ギャーッ。
 そして、ゆっくりと、重そうな扉が開いた。

 ひどい雨だった。
「畜生、圏外だぜ!」
 いまいましげに、ウォルター・ランドルフは吐き棄てた。
「おまけにこの雨」
 困ったのを通り越して、これはもう笑うしかないな、とでも言いたげな表情。
 ふたりの男たちは、木陰に避難はしてみたものの、雨宿りにはとうてい用をなさない木の下でびしょ濡れになっている。
「どうするんだよ、キッド。こんなところでエンストだなんて」
 傍で雨に打たれているハーレーを見遣って、ユーリ・ニコルコフはため息をついた。
「山越えが近道だなんて言うから」
「近道は本当だ」
 心外なことを言われたとでもいうように、相棒は答えた。言いながらも、自身のカウボーイハットを脱いで、ユーリの頭にかぶせてくれる。
「バイクが止まらなきゃな。参った。せっかくのチケットが」
「キッドの日頃の行いかなあ」
「バカ言うな。おれはゼッタイに、今夜の特別限定先行オールナイトに行くぞ。『ラ×ト・サムライ』は死んでも観る。でないと時代劇フリークは名乗れないからな」
「時代劇……なのかな。まあ、ともかく、JAFを呼ばないとね。電話を借りよう」
「誰に? こんな山奥に、公衆電話なんてあるわけ――」
 ユーリは、豪雨のカーテンの向こうを指さした。
「ほら、灯りだよ。家がある」
 ……そして、立ち往生したバイクを押して、ふたりの青年は、その城の門前にやってきたのである。
 ギャーーーッ。呼び鈴が悲鳴をあげた。思わず顔を見合わせるふたり。
 返事がない。もういちど、紐を引く。ギャーーーッ。
 ややって、今度はいらえがあった。
「あの……」
 電話を貸していただけませんか。頭の中で、日本語の敬語表現をおさらいしていたユーリだったが、その言葉を出すことはかなわなかった。ドアから顔をのぞかせたのは、ひどく人相の悪い男だ。執事服のようなものを着ているが、それがおそろしく似合っていない。じろりと、訪問者をねめつける。この眼光に気押されずに、話ができる人間がいるだろうか。
「……ようこそ」
 だが、裏腹に、男の口から発せられたのは歓迎の挨拶である。
「みなさま、もうお集まりです」
 暗い、抑揚のない声で男は言った。
「いや、違うんだ。おれたちは、そこでバイクが故障して――」
「招待状をお持ちでない――?」
「だから……」
 男――こわもての、執事らしき男は、しばし、虚空に耳を傾けるようなしぐさを見せた。常人には聞こえない、誰かの声を聞くように。
「かしこまりました。……どうぞ、こちらへ」
「いや、あの」
「……お召し物の用意がございます。まずは、濡れた服をお召し変えになられては?」
 その目に見つめられては、ただ黙って頷くしかなかった。

 ひどい雨だった。
 一向に、勢いが衰える気配がない。
 雷鳴がとどろき、稲光りが、窓辺にたたずむ女の横顔を白く照らし出した。彼女は、その窓から、城の門に次々と駆け込んでくるひとびとを見下ろしていたのだが、そのおもてには何の感慨も浮かんではいなかった。切れ長の目に収まった瞳は冷たい。
「降りますね」
 バリトンに振り向くと、ひとりの壮年の男が、隣の窓の前にいる。
「まるで世界の終わりのようだ」
「詩人ね」
「巌嶺顕龍と申します。お会いできて光栄です、シュライン・エマ女史」
「私のことを?」
「もちろん存じ上げておりますとも。……日本を離れておられたとか」
「ええ。ここも久しぶり。でも……何も変わっていないのね」
「……かつて、この城に居た者は皆、居なくなりました。城主と、貴女だけだ」
「まるで昨日のことのようだわ。目を閉じると、浮かんでくるよう」
 雷光。
「この城の住人が、すべて死に絶えたあの夜が」
 シュラインと呼ばれた女の唇に、微笑がのぼったのを、見たものがいたかどうか。だが、すぐに、その微笑は消えて、かわりに、かるい驚きに彼女は目を見張ることになった。
 かさかさ――
 蜘蛛だ。
 てのひらほどもある蜘蛛が、顕龍と名乗った男の肩の上を這っている。蜘蛛は、ふっくらとした胴にも、八本の脚にも、短い毛で覆っている。――タランチュラ……猛毒を持つという、南国の蜘蛛。
 ふふ、と、口元をゆるませてながら、男は実になにげなく、蜘蛛を自分の手の上に移らせた。シュラインは、蜘蛛の脚の先だけに、あざやかなピンク色の毛が生えているのを見た。あたかも、八本の脚にそんな色の靴を履いてでも、いるようだった。
「わたしのレディを紹介させてください」
 顕龍は言った。なるほど、桃色の靴ならば女物だ。
「…………」
 シュラインはなにか言いかけたが、その時、近付いてきた新しい足音に、発言を中止する。
「どうぞ、大広間のほうへ。みなさまお集まりですわ」
 ひとりの少女が、ふたりに呼び掛けた。
 顕龍が、蜘蛛を持っていないほうの手を差し出す。
「両手に花、ね」
 シュラインは、彼のエスコートを受ける。毒蜘蛛を愛でる紳士は、笑った。
「両手に毒、というべきかもしれません」

■夜会――第一の惨劇

 そうして――ワルプルギスもかくや、というべき、宴は始まったのである。
 シャンデリアのろうそくの灯りが、磨き上げられた床に映り、そのうえに客たちの影がゆらゆらと踊る。どこからともなく、控え目な管弦楽の音が流れる広間は、中世の再現のようだった。ひとびとが皆、大時代的な衣裳に身をつつんでいたからである。
 バロック時代の、白いかつらの男女が多かったが、中でも、異彩を放っていたのは、少々、他とは異なった事情で城を訪れた訪問者たちである。
「着替えを用意してくれたのは有り難いが、これじゃ仮装パーティだな」
 藍原和馬の肩幅の広い長身に、髑髏の刺繍をほどこした海賊船長の服は、しかし、思いのほかよく似合っていた。豪奢な黒い海賊帽子をかぶり、アイパッチまでごていねいにしているのは、和馬自身もまんざらでもないのかもしれなかった。
 シャンペングラスを手に、すこし離れたところで、壁にもたれているスキンヘッドの男は、橋掛惇である。こちらは対照的に、見るからに不機嫌そうで、茶番に愛想がつきている、というふうだった。しかしそれでいて、裾の長い、詰襟にチャイナボタンの、中国風の衣裳が板についている。金色の龍の図柄が、派手派手しく炎を吹いていた。
 料理が並んだテーブルの傍では、中世ヨーロッパの、森の狩人の格好をした青年が、皿に料理を山盛りにしていた。キッドこと、ウォルター・ランドルフである。
「がつがつするなよ、みっともない」
「せっかくだし、腹ごしらえしていこうぜ」
 相棒――ユーリ・コルニコフは、リュートを担いだ吟遊詩人だった。ふたりが並ぶと、これはまさにロールプレイングゲームの世界だ。
 一組の男女が、柱の陰からあらわれ、滑るように入場してきた。
 男はオーソドックスなタキシードで、堂々たる体躯によく映えてもいたし、いかんせん、他のものたちがどうしても、借り物の衣裳であると知れてしまうのに対して、この紳士だけは、こういった場にいかにも馴染んでいる感じが見受けられた。細い鎖を垂らした片眼鏡が、きらりと光る。
 男にエスコートされていたのは、襟から袖口までをすっぽりと覆うブラウスに、床ぎりぎりの長さのおとなしいスカートというストイックないでたちの女だった。飾りといえるのは胸元の、カメオくらいのもので、艶ややかな髪も、頭の上でシニヨンにまとめられている。
 この男女はむろん、巌嶺顕龍とシュライン・エマだ。
 広間は二階ぶんが吹き抜けになっており、二階のテラスとは大階段で結ばれている。その階段を、今、最後の客が降りてきたようである。ふたりの女だった。
 ほう、と、和馬が息をつき、惇も、いくぶん目つきを変えた。キッドも、食べる手を止めたようだった。
 先を行くのは、天樹燐。血のような、真紅のサテンのドレスだった。大胆に胸元を開け、腰は限界まで絞られることで、上半身の身体のラインがくっきりとわかる。対して、スカートは幾重にも切り返されながら相当なヴォリュームを持って広がる。ゆたかな黒髪を高々と結い上げ、燐は、傲然とさえ見える微笑を浮かべ、階段を降りてきた。
 彼女が咲き誇る大輪の薔薇だとすれば、後に続く黒澤早百合は、まさにあやしく匂い立つ百合だった。天鵞絨の黒いマーメイドドレスは、モデル並の彼女の長身にふさわしい優雅な装いである。一見、地味に見えてしまいそうなところを、細い首が幾重もの黒真珠のネックレスが彩られていることではっと目をひく。
「みなさん、お集まりですね」
 くぐもった声が――さほど大きな声ではなかったが、はっきりと、誰の耳にも届いた。
 キィ……キィ……と、不快な金属の軋む音を立てて、広間に入場してきた人物に、人々の視線が集中する。こわもての執事が押す車椅子の上に、男(なのだろう)が一人、坐っている。礼服を着てはいたが、膝から下には冷やさぬようにか、毛布をかけている。だがなにより異様なのは、顔といい手といい、およそ、肌の見えるところはすべて、包帯でぐるぐる巻きにされていたことである。男のかたわらには、白いワンピースの少女が付き従っていた。
「ようこそ、私の城へ。私が城主のリッキー2世です……本日は、飛び入りのお客様もいらしゃるとか……」
 言って、あやしい包帯の城主はあたりを見回す(どのていど、見えているのかはさだかではない)。
「この城で夜会が開かれるのは、ずいぶん、久方ぶりのことなのです。昔は……私がまだこのような身なりでなかった頃は……毎夜のように開かれていたものですが……当時を知るものたちは、皆、死にましたもので……」
 巌嶺顕龍は、片眼鏡の中から、隣のシュラインの表情を見遣った。だが、中世貴族のお抱え教師を思わせる格好の女は、仮面のような無表情を保っていた。
「どうぞ……今宵はお楽しみください。私はこのなりですので、できるおもてなしも限られますが……娘の雫と(と、ワンピースの少女が一礼した)、これなる執事の鬼鮫が、ご用があれば承ります……」
 給仕たちが、人々のあいだを縫って、グラスを配った。
「では、よい夜に――」
 城主は、グラスを掲げた。
 ざわざわと――広間は、夜会の華やかなさざめきに充たされる。

 いつのまにか……
 あれほど荒れ狂っていた嵐も、徐々に大人しくなっていったようだった。
 そして、とうとう、雲間から月がすがたをあらわす。
 それはあたかも、嵐で人々を城へと追い込んだ今となっては、もはや雨風は必要ではなく、あとはただもう見物に徹したい、とでも、夜空が思っているかのようだった。
 冷たい月の光が、古城を見下ろす。
 その冴えざえとした明りに抱かれながら、呪われた城の、恐怖の一夜がはじまろうとしていた。

 絹を裂く悲鳴とはこのことか。
 城中に響き渡るかのような悲鳴。それに続いて、どやどやと人々の足音が交錯する。
「なんだ、今の声は」
「何かあったのか?」
 客たちは、大きな扉の前で、止まった。
「ここ……からだな」
「おいッ! どうした! 何かあったのか!?」
 重どうな扉の向こうからの、いらえはない。
「鍵が――」
「ようし、どいてろッ!」
 扉に体当たりをはじめたのは、和馬だった。
「おれも手伝う」
 ウォルターがそれに加わった。その甲斐あってか、何度目かのアタックで、扉の蝶番が外れ、音を立てて倒れる。
「あ……」
「これは……ッ!」
 そして。
 その中に広がっていた光景に、人々は息を呑んだ。

■地獄の饗宴――version: Blue Roses

 天窓からは、月光が差し込んできている。その蒼い光が照らし出すのは、種々雑多なフラスコや試験管、アルコールランプといった実験器具の数々と、おそろしく古々しい本の山だった。マッドサイエンティストの実験室か、はたまた魔術師の書斎か、といった風情だ。
 そして部屋の奥には一つの巨大な水槽。尺渡し、2メートルはあるだろうか。得体の知れない液体が満たされているが、中には小魚一匹見当たらない。そして、その前に――
「お、お嬢さま……!」
 執事が叫んだ。雫、と紹介された城主の娘だった。
「大丈夫ですか!? お嬢さま!」
「ん……大変……かれが――」
 少女は、気を失っていただけのようだった。
「なんということだ!」
 部屋の入口で、悲痛な叫びがあがった。
 キィキィと、軋みをあげて、車椅子の城主が部屋に入ってくる。
「やつが逃げたのか!!」
「やつ……?」
「この水槽、もしかしてなにか入っていたの?」
 早百合の問いに、城主は重々しく頷いた。
「人造人間です」
「人造――」
「人間!?」
 人々は口々に、頓狂な声をあげた。
「おい……こいつ、ちょっとおかしいんじゃないか」
 小声で、ウォルターが言った。
「キッド、もっと早くに気づくべきだ。あの格好だけで充分、おかしいんだから」
「すみません、お父様。ファングをちょっとからかっていたら、急に暴れだして――」
 雫は、天井付近の壁を指さした。通気口らしき口が開いたままになっている。
「あそこから、逃げたというのか」
 ユーリはウォルターの耳に囁いた。
「最初から居なかったほうにポップコーンLサイズ」
「いかん! 早く見つけださないと、やつはひどく凶暴なのだ」
「あの……取込み中悪いんだけど、ここって電話はないのかな。ずっと借りたかったんだけど、なかなか言い出す機会がなくて」
「鬼鮫、緊急警戒体制を取れ」
 しかし、城主はまるで人の話を聞いていなかった。
「全館に警告。ファングの捕獲を最優先。……申し訳ありませんが、みなさんにも、お手伝いしていただきますよ」

 サイレンが、夜のしじまを破って、山中に響き渡った。
 遠くから、その城を眺めていたものがいたとしたら、建物のあちこちから、サーチライトの白い光が迸り、光の柱が敷地中をなめていくさまを見ることができただろう。
「全員整列!!」
 軍服姿の鬼鮫――執事ふくより百倍似合っていた――が、吠えた。
 横一列に並ばされた一堂も、さきほどまでの中世風の服装から一転、支給されたミリタリールックである。
「ファングは身体の関節をはずし、また、一時的に質量をコントロールできるゆえ、通気口より逃走したが、そう長くは潜伏していないと思われる。諸君らは数人ずつにわかれて、城の要所要所に待機、ファングを発見し次第、捕獲作戦に移ること。以上! 質問は」
「はい」
 元気よく、燐が手を挙げた。
「城主さまは、車椅子ではなかったのですか?」
 彼女の指摘は正しい。鬼鮫の後ろで、やはり軍服の城主は自分の足で仁王立ちしているのである。
「あれは夜会用のファッションであるからして」
「ああ」
 意外にも、燐は納得したようだった。
「敵の戦闘能力は?」
 和馬が訊いた。
「ファングはヒグマ並みの腕力を持ち、ライオン並みの速力で移動する。分厚い筋肉にはばまれて、拳銃程度は通用しない。やつに触れられることは死を意味する」
「んなアホな」
「では、総員、配置につけッ!」
 鮫軍曹の、無情な号令がひびいた。

 城の中庭には、薔薇が植えられている。
 しかも、不思議な青い色の薔薇ばかりなのだ。
 月が、嵐にも耐えてまだ花をつけている薔薇を、祝福するように冷えた光を投げかけていた。どこか夢幻的で、心奪われる美しい眺めだった。
 薔薇の茂みの中で、迷彩服で身をみそめているというようなシチュエーションでなければ。
「……で?」
 もううんざりだとばかりに、ユーリが言った。
「どうする?」
「そうだな。人造人間じゃなくて電話を探そう」
「賛成」
「じゃあ、こんなところで待機していても電話は歩いてこないな」
「キッド、そこの部屋の窓が開いてる。あそこから見てみよう」
 胸元の無線機から、ざらざらした声が発せられた。
『ランドルフ分隊、異状ないか』
「ありませーん」
 適当に返事を返しておく。
 ふたりは窓枠を乗り越えて、部屋に入った。
「暗いな。明りは?」
「ええと、このへんじゃないか。ああ、ごめん、キッド、足を踏んだ」
「え? 踏まれてないぞ?」
 カチリ、と、スタンドをつかたユーリは、目の前にいる、銀の髪に、燃えるような赤い目をもつ、大男の姿を見た。筋肉の塊のような身体に、なぜかサイズの小さ過ぎる海水パンツのようなものしか身に着けていない。
 がるるる……と、そのターミネーターは、獣の唸り声を発した。

 無線が、壊れたレコードのようなノイズを発する。その向こうから、物が壊れる凄まじい音、そして、銃声とが響いてきた。
『こ、こちらランドルフ分隊! 只今、目標と交戦中! だぁああああ〜! し、至急、救援を、おおおっ!!』

 扉ごとふきとばされて、廊下に、ユーリの身体が転がった。
「大丈夫かッ!」
 軍服に――なぜか抜きはなった日本刀を、しかも両手に持った鬼鮫がかけつけてきた。
「刀かよ! 銃じゃないのかよ!」
 キッドのつっこみもなんのその、雄叫びとともに、ターミネーター……人造人間ファングへとあざやかな二刀流で斬りかかる。
 だが斬り付けた刃は、ごく浅い傷をつけたに過ぎないようだった。ファングの手が、がっしりと鬼鮫の頭を掴んだ。
「おおおおっ」
「ぐ、軍曹!」
「よし、今のうちに逃げるぞ、ニコフ」
「そ、そんな薄情な」
「おまえ、乗り気なのかそうじゃないのかどっちなんだよ」
「うわっ、やられた!」
 ごきり、と嫌な音をさせて、ファングは鮫軍曹の首をねじ切ってしまったようだった。ゴミのようにそれを捨てると、廊下を、のっしのっしと歩んでくる。
「おーい、ふたりとも、伏せろよォ!!」
 和馬の声。ボウリングのように、彼がアンダースローで放ったなにかが、床の上を滑ってきた。ユーリとウォルターのあいだを抜けて、転がっていったそれは――
「手榴弾!?」
 ユーリは本職のスタントマンだし、ウォルターもまた、危険な現場を何度もかいくぐってきた叩き上げの捜査官だった。おまけに白人だったので、その光景はまるでハリウッドのアクション映画の予告編そのものだった。
 爆炎を背後に、ダイブするふたりの男――
 近日公開!!という文字が、その前に見えるかのようであった。
「ひ、ひでえ!」
 煤けた顔で、ウォルターが抗議の声をあげた。
「悪い。……おお、あいつ、まだ生きてるぞ」
 煙の向こうにゆらぐ、巨体のシルエット。
「こいつぁどうだ」
 惇が、廊下の向こうから担いで来たのは、ロケットランチャーだった。
「おっ、いいねぇ」

 ずがん、と、轟音が響いて、城中が震動した。
「騒がしいわねえ」
 荒事は野郎どもに任せておけばいいとばかりに、シュラインと早百合は、なにごともなかったかのように、ソファーでお茶を飲んでいた。
 燐だけがそのとなりでヤル気満々に、救急箱を抱えて救護兵を演じているつもりのようだ。

「ま、まだダメか!」
「あいつはゴジラか」
「ゴジラならオキシジェンデストロイヤーが効くんだがねえ」
 いつのまにか背後で、司令官然として立っていた顕龍が、微妙に年齢を感じさせる発言をした。
「お、おい、キッド」
「なんだよ――」
「あれ! あれ!」
 ユーリが指さす方向……もうもうと立ちこめる煙と、まだ倒れる様子を見せないファング。そのうしろの、崩れた落ちた壁の向こうの、部屋の隅に――
「で、電話!」
 そう。クラッシックなスタイルの壁掛け電話だ。
 いまだかつて、電話に対して、ここまで熱いまなざしを注いだ人間がいただろうか、と思うくらいに、力のこもった目で、ふたりはそれを見つめた。
「行くぞ、ニコフ!」
「よし!」
「あ、おい、おまえら――」
 ふたりは駆け出した。
 床の上で、光るものがある。軍曹が落としたふた振りの日本刀だ。
 ウォルターの手が、それを掠めた。ユーリもそれに続く。
 ファングが、腕を振り上げて、咆哮を発した。
 ふたりの振るう刀が、白い軌跡を描く!
「おお――」
 ギャラリーから、感嘆の声があがった。
 『ラ×ト・サムライ』にも負けない、カタナ・アクションであった――。



結局……
ふたりが、無事、特別限定先行オールナイト上映に間に合ったのかどうかは、今ひとつさだかではない。

(完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【1028/巌嶺・顕龍/男/43歳/ショットバーオーナー(元暗殺業)】
【1503/橋掛・惇/男/37歳/彫師】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【1955/ユーリ・コルニコフ/男/24歳/スタントマン】
【1956/ウォルター・ランドルフ/男/24歳/捜査官】
【1957/天樹・燐/女/999歳/精霊】
【2098/黒澤・早百合/女/29歳/暗殺組織の首領】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2世です(違)。大変、お待たせしてしまいました、
『リッキー・ホラー・ショウ』をお届けします。

ははは、なんといいますか、「パロディ的な面白さ」にしたいなと思って企画したのですが、
考えてみれば『東京怪談』自体がもともとホラーなわけで、それをパロディにして
さらにホラーって……。なにかホラーではないものになってしまった部分も(汗)。
みなさんの、普段のイメージを残しつつも、ちょっと新鮮味のある人物配置にしてみたつもりですが……

また、今回はいろいろ考えた末に『マルチ・エンディング』になっています。
ヴァージョンは4つ。みなさんをお二人ずつのペアにわけ(独断と偏見で)、
第3パートが各ペアごとに、まったく違った展開になっています。
従来の「個別執筆」ではありません。
他のペアのノベルをごらんください。
別の結末では、みなさんのPCさんはさっくり死んでいたりします(笑)!

☆受注時にお伝えしていたとおり、本ノベル内での死亡は、他のノベルには一切、
 影響はありませんのでご安心下さい。

>ウォルター・ランドルフ&ユーリ・コルニコフさま
すいません……なんか……いろんな意味で(笑)。
まさか「原作」(笑)を踏まえたプレイングをいただけるとは思わず。
かなり他とは違う展開になりました。
でもハイヒールは勘弁(笑)。

それでは、また機会があればお会いいたしましょう。
ご参加、ありがとうございました。