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■大いなる褌■

里子
【0389】【真名神・慶悟】【陰陽師】
 ひととは考える葦である。
 つまり考えなく場ただ芽生え伸び、枯れていくものと何ら変わりない。
 それはある意味驕りでもある。あるがままの存在としての価値を貶める言葉でもあるからだ。
 しかし、人足りえる為に人は思考する。そうして己を万物の霊長と名乗るのだ。
 人であるが故の、それは業だ。
 ――すなわち。

「即ち、こんな不条理な事は認めないと私は人として思考する、と」
 草間が細かい灰の散ったデスクの上に広げていた原稿用紙を覗き込み、麗香は実に事務的にそれを読み上げた。草間は顔を上げもしない。
「なにをしてるのよ一体?」
「手記を認めている」
「なんで?」
「理由がいるか?」
 顔も上げずに万年筆を滑らせている草間に、麗香は胡乱な視線を投げた。
「――随分と根性がないこと」
「なんとでも言え」
 その間にも手記はどんどん進められていく。

 ――その実在を認めまた受け入れた瞬間、私の人としての自我は崩壊するだろう。いや葦と呼ばれることさえ、それを受け入れることに比較すればまだ易しい。
 私は認めない断じて。認めるわけには行かないのだ。

 業を煮やした麗香は草間の万年筆を奪い取った。抗議の声などまるで聞かずにその原稿用紙に書き加える。

 ――認めないとそう思考する事自体が既に認めているのだ。その存在を。

「待てコラ!」
「逃避もいい加減にして頂戴」
 ばしんと麗香はデスクを叩き、そして持参してきていた一枚のプリントアウトを草間に突きつけた。ネットショップのTOPページらしい。

OMF。〜あなたの夢を叶えます〜
夢の一枚をあなたに。素材柄フィット感総てあなたの思うが侭。
オーダーメイド褌ショップはあなたの夢を叶えます。

「認めん!」
「認めなさい! ついでに人を派遣して調べて頂戴! あれがあの様子じゃうちの編集部はお終いなのよ!」
 麗香が指指す先には三下の姿があった。
 フリルのついた褌一枚の姿である。興信所までは麗香に頭から毛布を被せられていたが今ではとっくに振り払っている。しかも己が今異常な状況にあることは無自覚らしい。
「なんなんですか〜編集長〜?」
 ときょとんとしている。いやなにって褌なんです。

「おかしいのよ明らかに。三下君は三下君だけど、いくらなんでもあんな下着の趣味はないわ」
 柄にしても形状にしても。と、麗香は眉を顰めた。
「まだ被害は少ないけど結構な噂なのよ。行き成り褌姿で出歩いてその異常性に気付いてないって人が出てるって」
「だから俺にどうしろと!」
「だから逃避は止めて調べて頂戴」
 無情に、麗香は言い切った。
大いなる褌

 ひととは考える葦である。
 つまり考えなく場ただ芽生え伸び、枯れていくものと何ら変わりない。
 それはある意味驕りでもある。あるがままの存在としての価値を貶める言葉でもあるからだ。
 しかし、人足りえる為に人は思考する。そうして己を万物の霊長と名乗るのだ。
 人であるが故の、それは業だ。
 即ち、こんな不条理な事は認めないと私は人として思考する。
 ――その実在を認めまた受け入れた瞬間、私の人としての自我は崩壊するだろう。いや葦と呼ばれることさえ、それを受け入れることに比較すればまだ易しい。
 私は認めない断じて。認めるわけには行かないのだ。

「おい草間ってば、くーさーまー?」
 耳元で叫ぶ褌雷鬼にも全く反応はなし。草間の完全無欠な現実逃避っぷりに、鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)は小首を傾げた。
「っかしーなー。耳があんのに聞こえてねえみてーだぞ」
「……もの凄まじく気持ちは分かるが」
 遠い目をしたのは真名神・慶悟(まながみ・けいご)。なんとなくこのシリーズでは被害者となるために生まれてきたような男である。本人にそう言えば間違いなく筆者が十二神将に追われることとなるが。
「あ〜? だって何がだよ。なんか問題でもあんのか?」
「問題しかないとは思わんのか?」
 草間は何も聞こえないとばかりに必死に麗香に台無しにされた手記に向かっているし、来客用ソファーにはちょこんと草間の現実逃避の元凶が座っている。フリル褌な三下忠雄である。慶悟はその三下を指先で示してみせる。
「はぁ?言ってる意味が分かんねぇよ。一体何が問題なんだよ? 三下? 何か変か?」
「あの姿を変でないと言い切るならお前こそ変だ」
「あ〜?」
 言われて郡司はまじまじと三下を見つめる。そこまで見なくとも一目でわかりそうなものだが、郡司がぽんと手を打ったのはかっきり三分後の事だった。
「あ、なんだぁ、今日は何かいい感じだと思ったら褌じゃんか♪ そっか、そっか! お前もついに褌の良さが分かったんだな!」
 ひょんと飛び上がった郡司はその勢いのままどすんとソファーに飛び乗り、バシバシと三下の肩を叩く。
「――予想は出来た反応だが」
「我思う故に我あり、ひととは考えなければならない、そして戦わなければならない。そうそれこそが聖戦であり、ジハード。ヨハネ黙示禄になど負けるな人類……」
 現実逃避は著しくとも一応耳は聞こえているらしい。草間はブツブツと呟きながらそう手記に書き加えていく。
 真名神慶悟恋人ナシ何故か時折扶養赤の他人発生二十歳独身。ハッキリ言わせて貰えば帰りたい。何で聞いてしまったのだろう俺はそんなに日頃の行いが悪いのか。
 思わず床に座り込んでのの字でも書こうかと思った瞬間、やけに明るい郡司の声がその耳に届いた。
「あ〜!! お前、何食ってんだよー! 俺にも寄越せよな」
「いいですけど残り物ですよ〜?」
「いんだよ食いもんなら♪」
 パリパリという乾いた咀嚼音。そして漂ってくる油の香り。
 慶悟は恐る恐る顔を上げた。やはりと言うか郡司が三下から取り上げて口に運んでいるものはスナック菓子だ。
「…………」
 慶悟は遠い目になった。草間興信所にスナック菓子。零はそんなものは買ってこないし、この事務所の影の支配者である所の某女性も、名目だけは持ち主である所の草間も、スナック菓子などは持ち込まない。
 何故そんなものが今ここにあるのか。答は明白で誰かが持ち込んだからだ。
 ――そして。
「……これも宿命か」
 慶悟は陰鬱と吐き出した。
 リュックサックに山ほどの菓子を詰めている幼女と、何故かこういう自体の時にはその幼女の保護者宜しく一緒についてくるある女の姿が脳裏に浮かぶ。多分予想は外れてはくれまい。マーフィーの法則は生きている。
「んあ? なんだ腹すいたのか? ちっともったいねーけど一個だけならやるぞ?」
 歯型のついたスナック菓子の欠片を差し出してくる郡司に、慶悟は最早突っ込む気力もなかった。

 さて、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)の調査内容は感嘆明瞭。
 さっぱりわけが分からないと言うのが結論だった。兎に角も褌を発注するとそれが届く。己の名義で発注された褌を手にした途端、夫が息子が祖父が恋人が行き成り服を脱ぎ捨てそれを着用する。そしてその事に何の疑問も抱かない。きっぱり分かったのはそれのみであった。通販の箱に記されている住所は褌県褌郡褌村ふんどし。明らかに虚偽である。何で宅配業者がこんなものを受け付けたのかもわからない。勿論サイトに住所の記載もなく、代金はネットマネー清算。見事なばかりにわけが分からない。
 そうなってくるとまあ取れる手立ては一つである。現物を入手することだ。シュライン以外の面子は大胆にも迷わずその手段を取っていたが。
 時間差はあっても同じ日の発注。届く日は同じ。
 そしてどいつもこいつも人情ない事に勿論自分の住所では発注はしてない。総て草間興信所着@月@日。
 ――そして悪夢の日を向かえる。

「おっはよーごっざいまーす。清清しい朝ねー」
「……やっぱりきやがったか」
 最も遅れて興信所へとやってきた冴木・紫(さえき・ゆかり)の元気な声に、やっぱりかと慶悟はその場で頭を抱えた。その肩を片方ずつ海原・みあお(うなばら・みあお)と郡司が叩く。
「まあ元気だしなよ」
「なんだなんだ折角の褌日和に暗いじゃねーか!」
 誰のせいだそして褌日和って一体なんだ。
 怒鳴る気力も沸いてこない慶悟をシュラインはいっそ面白そうに眺めた。やっぱり人情ないというよりも、すっかり慣れてしまったが正しい。ついでに慶悟の心配よりも、いまやすっかり自閉も極みとなって、給湯室に閉じこもって己の手記を零相手に朗読している草間のほうが目下のシュラインの心配事であった。やばいと言うかもう突き抜けてしまている。
「さーて面子も揃った所で」
 わくわくと藤井・葛(ふじい・かずら)が興信所の入口に積まれた包みを指さした。
「開けてみっか」
「おう! 褌褌〜♪」
 実に嬉しげに包みに飛びつく郡司は兎も角、慶悟は渋い顔を崩さない。
「――おい」
 傍らでニヤニヤしている紫に問い掛ける。紫はそのたちの悪い笑顔で慶悟に向かって包みを差し出していた。
「なによ?」
「俺は一枚。白フンを発注しただけなんだが?」
 紫が差し出している包みは軽く山になっている。どう見ても5つはある按配だ。
「あーそれそいつらがすっげ楽しそうにサイト見て頼んでたぞー?」
 葛が三下に包みを渡しながらいう。そのそいつらとは言うまでもなく紫とみあおのことである。紫の足元にチョコチョコ寄ってきていたみあおは紫と顔を見合わせるとねーとタイミングをあわせて首を傾げる。
「似合うわよ絶対!」
「うん! ぜったいこういう不幸にはあいつが引っ張られてくるんだから全部あれ名議すればいいのよって紫お姉ちゃんいってたけどホントにいるんだもんなー」
 微妙に会話がかみ合っていないが何があったかだけは嫌というほど分かる。要するに紫が企んでみあおがのりまくったのだ。
「お前等な……」
 がっくりと床に懐いた慶悟に、シュラインは今度こそ気の毒そうな視線を投げた。
「ま、まあ兎に角あけてみたら?」
「あけたが最後正気をなくすんだろう?」
「んなこともねーみたいだけど」
 葛がひょいっとソファーを指さす。元々正気を失っている三下は置いておくとして。早速新しい褌を締めてしまった郡司は実にご機嫌だった。
「褌ふんどし〜♪ どーだ大人の魅力だろ?」
 両手を腰に当ててふんぞり返る郡司の股間から聳え立っているのは立派なカルシウムだった。骨ともいう。正確には、牡鹿の角である。かぶいたのが欲しいと言い張って注文したようだが。
「……ものすごく正気じゃないけど」
 シュラインは額に指をあてる。紫がそれを引き継いだ。
「ものすごーく正気じゃないけど郡司はいつもあんなもんよ」
「確かに」
 妙に納得した慶悟はごくりと唾を飲み下す。イヤだと喚いても絶対にムダなのは分かりきっているからだ。今更姿を隠しても、この場にいる総員が草の根分けても探し出すだろう。主として紫とみあお、そしてノリノリの郡司が。
「……く」
 そして、包みを開けた瞬間。慶悟の意識は遠ざかった。

 ひととは耐えがたい苦痛の前に自ら記憶を封印する事があるという。
 恐らくこれはそういう出来事だった。私の目の前にいる彼にとっては。(冴木紫のルポより抜粋)

 慶悟の名誉のために。それは省略しよう。
 有態に言うと生着替えである。省略してないとか突っ込みは却下である。描写してないだろう克明には。してもいいのだがまあ筆者にも情けはある。
「……」
「…………」
「……………………」
「…………………………」
 下りた沈黙は4人分。
「お。行けてんじゃん♪」
「ん? 何がだ?」
 慶悟はケロリとした様子で肩を叩いてくる郡司に応えている。
「……本気で正気じゃなくなるのね」
 シュラインが冷や汗を流す。さしもの紫もどこか呆気に取られたように呆然と言った。
「幼女」
「みあおだってば!」
「藤井さん」
「なんだよ?」
「とりあえず記念撮影」
 呆然としていてもそこだけは押えておくらしい。二人は顔を見合わせると嬉々としてシャッターを切った。
 郡司と、そして郡司にとても嬉しげに肩を抱かれてきょとんとしている慶悟の写真を。
「まあお約束は済んだとして、これからどーしましょうか」
「だから一体あんたらどうしたんだ?」
 慶悟が不思議そうに問い掛けてくる。葛は眉間に皺をよせた。
「いやどーしたもこーしたもなあ」
「だからどうした?」
 どうしたってどうしようもない。なんかホントにどうしようもないのである。
 何しろ本人に自覚がないのである。
「タチ悪いわねー。これは」
「そうね。……本気で正気じゃないみたいだし。随分と乱暴な話だわ」
「だよなあ」
「三下ももどらないしねー」
 女性四人がしみじみと呟いたその時、閃光が事務所を満たした。

『なんじゃと無礼な!』
 突如として響いたその声に、一同は顔を見合わせた。
 光輝は未だに続いている。そしてその声はどうも天井から響いている。もしかしたら天上かも知れない。
「無礼ってなにがだよ?」
 素で答えたのは葛。それに声は更に憤懣やるかたないという口調で応える。
『性質が悪いとは何事ぞ!』
「なにごとって。まー三下はいいけど。でも他の人は一寸かわいそうな気もするよみあおは」
『なんと! 褌のどこがかわいそうなのじゃ!』
「だよなあ、やっぱ褌だぜ!」
「あんたは黙ってなさい」
 すぱんと郡司の後ろ頭を張り倒したシュラインは、その光輝に目を眇める。
 なんとなく漠然と予感はある。あるがしかし認めたくない。言葉にするのを躊躇ううちに正しくシュラインが発し様としていた質問を発したものがあった。
「で? あんた一体なんなんだ?」
 被害者である。被害者が自ら問い掛けている。被害者の自覚がいまのところはないが。
『なにと言われてものぅ。神じゃ』
「おっ? ひょっとして褌神か!?」
『おうともよ! 雷小僧は流石に察しがよいのぅ』
 声は途端に機嫌よさげになる。
 光輝の中では顔を見合わせるのは難しいが、紫とシュライン、葛とみあおは顔を見合わせた。
「……さらっと神とか言ってくれたわね」
「んなもんが出てくんのか最近は。つか褌の神ってなんだよ一体」
「だから褌のかみさまじゃないの?」
「……頭痛がしてきたわ」
『おおおぬし等かそう言えば! 残留思念を粗略にしたり、褌の霊に適当なことを吹き込んだりしたのは!』
 心当たりのある者も多い。一同はは? と問い返す。
『つまりのう。余りにも地上で褌が廃れておるのでな。ここはやはり神たるわしの出番じゃとそう思ってのぅ』
「いやだからって正気じゃなくするのはどうかと思うんだけど」
 シュラインは呆然としたまま呟く。
『仕方ないじゃろ。そうでないとだーれも締めてくれんのじゃから』
「だからって正気じゃ無くしてどーすんのよ」
 紫は慶悟の首を引っつかみ、頭上の光輝に翳す。一瞬何処を掴んでいいのか悩んだりもした。服着てないのだから当然だが。
『ふむう。気に要らんか』
「なんかわからんが正気でないというのはあまり褒められたことじゃなかろうな」
 被害者が言うなだから。
『ふむ。それなら……』
 一際光輝が強くなる。葛と紫、シュラインは蒼白になった。
 この会話の流れなら。つまり正気に戻すわけで、正気に戻っても服は着ておらず……
 そして。
 もの凄まじい絶叫が興信所に響き渡った。

 それきり光輝は消え去った。代わりに激怒する男が一人残ったがそれは兎も角。
 正気じゃなくなる、という部分を取り払われたOMFの褌はその後もぼちぼち発注があったらしい。
 ――そして悪夢の日を向かえる。

「………………」
「真名神。ねー真名神ってば」
「………………………………」
「いやだから私が流石に今回ばっかりは悪かったから。だからねー」
「………………………………………………」
「ちょっと真名神? いや気晴らしの酒くらいは付き合うし、驕りなら。ほらいい加減機嫌直したら?」
「………………………………………………………………なあ」
「はい?」
「頼みがある」
「金以外なら聞くわよ?」
「一緒に神を殺す方法探してくれ」
 座りきった目つきで慶悟は紫の両肩を掴んだ。その手を振り払うのに紫がありとあらゆる手を使ったというが、その結果は後日二人して図書館へと通い詰になる辺りから察してもらいたい。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【1415 / 海原・みあお / 女 / 13 / 小学生】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【1312 / 藤井・葛 / 女 / 22 / 学生】
【1838 / 鬼頭・郡司 / 男 / 15 / 高校生・雷鬼】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。今回は参加ありがとうございました。

 褌三連作、これにて終了でございます。私が出すゲームノベルの褌はこの大いなる褌が最後となります。
 トリに相応しく、神です神様。ええ褌の神様です!<止まれお前は

 今回はありがとうございました。また機会がありましたら宜しくお願いいたします。