■闇風草紙 1 〜出会い編〜■
杜野天音 |
【2187】【花室・和生】【専門学校生】 |
■出会い編■
夜のとばりが静かに街を覆う。だが、彼の眠る街は眠らない――東京。人々がそれぞれの思惑と夢を持って行き交う。イルミネーションに照らされた灰色の空の下で、今夜も熱い風が行き場をなくしてさ迷っている。
ガシャーーン!!
暗い路地の奥。肩を大きく揺らした男が、空き部屋になったスナック前に立っている。
その顔には嬉しくて仕方のない、歪んだ表情がこびりついていた。
「ガラスの割れる音はシビレルだろ〜」
「く……僕が何をした」
素手が窓ガラスにめり込んで、割れた透明な板の間を赤い液体が流れている。
その狂喜に満ちた背中の向こうに、少年がひとり立っていた。
「お前、衣蒼の人間なんだろ? 家族に心配かけちゃ、いかんよなぁ〜」
「なるほど、家の迎えか……。心配してもらうほど、世話にもなってないさ」
衣蒼未刀――封魔を生業とする家に生まれた異端児。力をより強くするために、家から出ることを許されず修行ばかりの生活をしていた。
未だ見えぬ刀と呼ばれる真空剣を操るが、封魔したことは1度だけだった。
「せっかくの力、もったいないじゃないか。いらないなら、オレにくれよ」
「好きで得た力じゃない!! 僕は戦いたくないんだ……」
男はニヤニヤとした笑みを浮かべ、長く割れたガラスの破片を掴んだ。
勢いをつけ、未刀の胸目掛けて走り込んでくる。
「ひゃっほ〜。だったら、金に替えさせてもらうだけだぜ!!」
闇を風が切り裂いた。
笑みを張りつかせたままの男の体が二つに折れる。なんの支えもなく、ビールビンを薙ぎ倒し、男はその場に崩れた。
「くそ…足が――」
逃げなくてはいけない。分かっているのに見動きが取れない。這いずるようにして、路地を更に奥へと進む。右のふくらはぎには男の投げたガラスが刺さったままだ。
街灯とネオンがちらつく場所まで来た時、未刀は意識を失った。
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闇風草紙 〜出会い編〜
□オープニング□
夜のとばりが静かに街を覆う。だが、彼の街は眠らない――東京。
人々がそれぞれの思惑と夢を持って行き交う。
イルミネーションに照らされた灰色の空の下で、今夜も熱い風が行き場をなくしてさ迷っている。
ガシャーーン!!
暗い路地の奥。肩を大きく揺らした男が、空き部屋になったスナック前に立っている。
その顔には嬉しくて仕方のない、歪んだ表情がこびりついていた。
「ガラスの割れる音はシビレルだろ〜」
「く……僕が何をした」
男の素手が窓ガラスにめり込んで、割れた透明な板の間を赤い液体が流れている。
その狂喜に満ちた背中の向こうに、少年がひとり立っていた。
「お前、衣蒼の人間なんだろ? 家族に心配かけちゃ、いかんよなぁ〜」
「なるほど、家の迎えか……。心配してもらうほど、世話にもなってないさ」
衣蒼未刀――封魔を生業とする家に生まれた異端児。力をより強くするために、家から出ることを許されず修行ばかりの生活をしていた。
未だ見えぬ刀と呼ばれる真空剣を操るが、封魔したことは1度だけだった。
「せっかくの力、もったいないじゃないか。いらないなら、オレにくれよ」
「好きで得た力じゃない!! 僕は戦いたくないんだ……」
男はニヤニヤとした笑みを浮かべ、長く割れたガラスの破片を掴んだ。
勢いをつけ、未刀の胸目掛けて走り込んでくる。
「ひゃっほ〜。だったら、金に替えさせてもらうだけだぜ!!」
闇を風が切り裂いた。
笑みを張りつかせたままの男の体が二つに折れる。なんの支えもなく、ビールビンを薙ぎ倒し、男はその場に崩れた。
「くそ…足が――」
逃げなくてはいけない。分かっているのに見動きが取れない。這いずるようにして、路地を更に奥へと進む。右のふくらはぎには男の投げたガラスが刺さったままだ。
街灯とネオンがちらつく場所まで来た時、未刀は意識を失った。
□リーンの鈴 ――花室和生
チリリ。チリチリリ――。
どこからか鈴の音が聞こえる。
「私、鈴ってつけてたかなぁ?」
首を傾げつつ歩き続ける。といっても当てはない。だって、現在迷子中……なのだ。
ひとりで出かけたのが良くなかった。急にダメになった友人に「キミだけじゃ、行かない方がいいんじゃない?」と言われていたのに。
どうにも自覚が足りないらしい。
新しく出来たカフェ「四部音符」のドアを出るまでは順調だったはず。なのに、歩いて5分で何処を歩いているかさえ分からなくなってしまったのだから。
「ま、歩いてたらいつかは知ってるところに出るよね♪」
ワンテンポずれていると言われる性格。でも、いつもノンビリと前向きでいられるんだから、私はこれでイイって思っている。
「あれ……また鈴の音」
耳のごく近くで響いているかのような鮮明な音。
手をかざして聞き入る。聞いたことのあるような、初めて耳にしたような涼やかな音。
「あ! もしかして、リーンの鈴……かしら?」
私の祖母は元天使。そう言えば彼女から聞いたことがある。天界では恋をする瞬間に鈴の音が響き渡るという逸話を。
祖母も恋をして空から地上に舞い降りた人。
その血をひいている私にも、恋する鈴の音が聞こえるのかもしれない。
「なぁんてね♪ 今度おばあちゃんにしっかり聞いておこう」
口元に微笑みを浮かべながら、角を曲がった。
――あの黒い人影はなんだろう。
専門学校を出たのは夕方4時過ぎ、カフェでゆっくりして今はすっかり日が暮れている。
イルミネーションに照らされたそれは、少年の姿をしていた。
「だっ大丈夫!? 怪我してるの……?」
私は駆け寄った。
うつ伏せに倒れている彼の足からは血が大量に流れ出している。血を見るのは平気ではない。自分の血液検査を見ても倒れそうになるのに。
でも、迷ってはいられない。
こ、この人、死んじゃうよぉ……。
ワタワタと歩きまわる。周囲を見渡しても人通りはない。私は滅多に使うことのない受け継がれた力を発動する決心をした。
友人が見ていたらびっくりされるほどの決断の早さだったかもしれない。
彼の白い手を取った。
チリーーーン!!
「きゃっ! な、なに?」
鼓膜を破らんほどの鈴の音。思わず目を閉じた。頭の中で繰り返し反響している。しかし、ただ一度切り鳴って音は消えてしまった。
不思議な出来事。
視線を落すと、意識のない少年の姿が目に入った。今は時間が大切――気を取り直すと、天の生物である「エヴァニール」を呼んだ。
金の羽が舞う。首の長い鳥が天の窓より飛来する。
滑るように狭い路地に降りると、瞬時に私と彼をすくい上げ空に舞いあがった。
「私の力が役に立ってよかったvv」
夜を舞う金色。
向かっているのは私の管理しているアパート。こんな歳で大家だなんて、可笑しいよね。
私の持っていた癒しの手で、彼の顔色は青から本来の色へと戻っていく。エヴァの背から眺める夜景は、相変わらず目を奪われるほど綺麗で。彼にも見せてあげたかったと思う自分が、ちょっと不思議。
だからまた、私は首を傾げてしまうのだった。
+
そっと瞼に掛かっている黒髪に触れた。
長い睫毛がしっかりと閉じた瞳を隠している。規則正しい呼吸が頬をくすぐる。目を開けたらどんな色の瞳をしているんだろう……。
「青ならいいな……」
私の瞳は緑色。若草のように淡い。
昔あこがれた映画の主人公は真っ青な目をしていて、端正な彼の顔と重なる。
もう一度、髪に触れた。
「僕に触るな!!」
「きゃっ! い、痛い」
突然、伸ばした腕を掴まれた。強い力で握り締められる。
叫んで、彼を見た。
私の体を刺し貫く鋭い眼光。だけど、その奥にあったのは想像していた通りの真っ青な瞳。どこか寂しげな空の色――。
「キレイ……」
「はぁ? ――あんた、追っ手じゃないのか?」
なんのことだか分からず首を傾げる。
「ゴメン。助けてくれたのか……」
傷が治っていることに気づいたらしく、彼はすまなそうに目を伏せた。
六花荘の一室。私の部屋、私のベッド。ラベンダー色のカバーに彼の体が倒れ込んだ。
「あ、あの……こ、これどうぞ!」
体力が戻っていないんだ。ずっと食べていないのかもしれない。
不安が後から後から迫ってきて、私は鞄から学校の授業で焼いたチョコチップマフィンを差し出した。
彼の目が丸くなった。
あ、かわいい……。
恐い顔と眠っている顔しか知らなかった。
警戒心の緩んだ彼の表情は、心和む柔らかさを持っていた。
「あ、ああ。……ん」
マフィンを口に運んでいる彼に自己紹介する。と、彼は僅かに視線を泳がせた後、自分は衣蒼未刀だと名乗った。
際だって彼の食べる速度が遅いわけではなかったが、時間は驚くほどゆっくりと過ぎた。時間の経過と並行して、胸がホコホコしてくる感覚が強くなって行く。
「僕はもう行くよ。お菓子ありがとう」
食べ終わると未刀くんはすぐに立ち上がった。
声を掛けようと口を開くと、右手で遮られた。
「これ以上、僕に関わらない方がいい……。何も知らない方がいいんだ」
その瞬間、ドアをノックする音。
未刀くんの動きが止まる。小さく舌打ちすると、返事をしようとする私の口をもう一度右手で遮られた。
「僕が出る。あんたは隠れてるんだ」
緊迫感に頷くことしかできない。私に出来たのは、ソファの影で彼の姿を見守っていることだけ。
ドアノブに彼の白い手が掛かった。
叫びそうになった。
なんて、未刀くんに似ている人だろうか!
「兄上自ら、お出迎えとはね……。なんと言われようとも僕は帰らない!」
彼が兄と呼んだ人物は、白髪の長身。瞳は感情という色を持っていないかのよう――。
「愚弟を持つと苦労する。父上がお待ちですよ」
「放っておいてくれと伝言するさ。それが仁船の役目だろ?」
仁船はさも可笑しそうに含み笑いを零した。
「ああ、あのソファはいいですね……。壊してみたくなりましたよ」
「ク、クソ! 分かった……一緒に行く」
私は体が震え出すのを止めることができなかった。見えるはずのないソファを通り越して、仁船の尋常ならぬ視線が纏わりつく気がしたから。
ドアの再び閉まる音。
そして、長く続く無音の時間。
ようやく這い出した部屋の中に、未刀くんの姿はなかった。
「守ってくれたの……?」
問いかけても答えは返ってこない。
人型の残るベッドカバーだけが、彼がいたことを記憶している。
そっと触れるとまた鈴の音が鳴り響く。
チリン。
それは小さく、微かに届いた――。
□END□
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
+ 2187 / 花室・和生(はなむろ・かずい) / 女 / 16 / 専門学校生
+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)
+ NPC / 衣蒼・仁船(いそう・にふね) / 男 / 22 / 衣蒼家長男
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ライターの杜野天音ですvv
「出会い編」ということもあり、和生の説明が長くなりましたが、ふんわりした女の子の参加にとても喜んでおります。
未刀との出会いは如何でしたでしょうか? お似合いの二人かなぁと思っているのですが(笑)
私の不手際で登場NPCを選択できることを、シナリオ受注の際に明記し忘れました。なので、独断で兄を登場させました。都合上破壊行為は無しにしたかったので、この選択となりました。気に入って下さると嬉しいです!
他のPLさんの話もよかったら読んで下さいませ。
闇風草紙は連作となっております。
次回のシナリオUP予定は「東京怪談〜異界〜 闇風草紙」にてご確認下さい。
またお目にかかれることをお祈りしております。ありがとうございました!
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