■迷子の座敷童子■
ゆみ |
【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
都会の雑踏の中では、誰も他人のことなんか気にしてはいない。それはよくあることだった。
けれども、あんな――見たところ十歳くらいの、小さな男の子が泣いているのを見ても、誰もなにも思わないというのだろうか?
だが、そう考えいていて、ふと、人々は男の子を無視しているのではなく、本当に見えていないのではないだろうか――ということに気がつく。
よく見てみれば、男の子に目をとめている人間はひとりもいないのだ。
「あの……もしかして、僕が見えるんですか?」
男の子がとことこと歩いてきて、首を傾げる。どう答えたものかと考えあぐねていると、男の子はぱっと顔を輝かせた。
「よかった! 見えるんですね。実は僕、座敷童子なんです。あの、お願いします、僕の家を探してもらえませんか?」
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迷子の座敷童子
都会の雑踏の中では、誰も他人のことなんか気にしてはいない。それはよくあることだった。
けれども、あんな――見たところ十歳くらいの、小さな男の子が泣いているのを見ても、誰もなにも思わないというのだろうか?
だが、そう考えいていて、ふと、人々は男の子を無視しているのではなく、本当に見えていないのではないだろうか――ということに気がつく。
よく見てみれば、男の子に目をとめている人間はひとりもいないのだ。
「あの……もしかして、僕が見えるんですか?」
男の子がとことこと歩いてきて、首を傾げる。どう答えたものかと考えあぐねていると、男の子はぱっと顔を輝かせた。
「よかった! 見えるんですね。実は僕、座敷童子なんです。あの、お願いします、僕の家を探してもらえませんか?」
「座敷……童子?」
突然、話し掛けられて、海原みなもはぱっちりとした青い瞳をしばたたかせた。
こんなところで座敷童子に会うなんて、珍しいこともあるものだ。それに、座敷童子なんて、だいたいは姿が見えないものと相場が決まっているのに――それでもみなもに見えるということは、よほど力の強い座敷童子なのかもしれない。
「ええっと、座敷童子さんは迷子なんですか?」
それなのに、そんなに力の強い座敷童子が迷子になっているなんて、どういうことだろう。不思議に思いながらみなもは訊ねた。
「そうなんです。あの……お願い、できませんか?」
「いえ、いいですよ。困ってる子を放っておくなんてできませんから。座敷童子さんは、お名前、なんて言うんですか?」
「僕ですか?」
一瞬、男の子はきょとんとする。
そうしてすぐに微笑を浮かべて、
「礼司……です」
照れくさそうに答える。
「礼司さん、ですね。じゃあ、まずは交番に行きましょう。おまわりさんに礼司さんが見えなくっても、私が代わりにお話しますから、安心してくださいね」
言いながら、みなもはそっと礼司に向かって手を差し出した。
礼司はためらいがちに、その手を握ると、みなもを見上げて照れくさそうに笑う。
「……あ、でも、その前に家に電話しちゃいますね」
「あの、この辺りに古いおうちはありませんか?」
交番へ行くと、みなもは警官にそう訊ねた。
警官は若い男だったが、この辺りのことはよく知っているようで、
「この辺りには古い家なんてなかったと思うよ? 一番古い家でも10年かそこらじゃないかな」
と答える。
「そうですか……」
じゃあ、この子はどこから来たのだろうか。
寄る辺ない風情でみなもの手を握る礼司を見つめ、みなもはそっとため息をついた。
「なにか、探してるの?」
「はい……そうなんです。礼司さん、っていう10歳くらいの男の子の家なんですけど……」
「え、礼司くん?」
みなもが名前を答えた途端、警官は目をぱちくりさせる。
「それって……この間亡くなった、江古田さんのところの?」
「名字はわかりませんけれど……礼司さん、という10歳くらいの男の子のいる家は、このあたりではそちらだけなんですか?」
礼司は座敷童子なのではなかったのだろうか。みなもは内心、驚きながらも、そんなことはおくびにも出さずに訊ねた。
「ああ、そのはずだよ。でも、どうしたの? 見たところ、お友達にしてはちょっと大きいようだけど」
「え……それは、その……」
まさか、ここにその本人がいるからです――とは言えるわけもない。みなもは言葉につまってしまう。
「なんだか……色々、事情があるんだね」
それを警官はなにやら勝手に解釈したらしく、鼻をすんすん鳴らしながら頷いて、メモ帳にさらさらと地図を書いて寄越す。
「ここが江古田さんの家だから。お線香上げに行ってあげると、礼司くんも喜ぶと思うよ」
「はい、ありがとうございます」
みなもは丁寧に頭を下げて、礼司の手を引き、メモに記された家へ向かった。
メモに書かれていた通りの道を歩いて行くと、江古田と表札のついた大きな家へたどりついた。
座敷童子のいそうな古い日本家屋からは程遠い、近代的なフォルムの家だ。邸宅、という言葉がふさわしい。
「ここが……礼司さんの家?」
みなもは隣の礼司に訊ねた。礼司はしばし考え込んだ後で、小さくうなずく。
「そう……よかったですね」
「ありがとう」
言いながら、礼司はみなもの手を引いて家の敷地内へと入っていこうとする。
「あ、あたしは……」
そろそろ帰らないと、とみなもは言いかけたが、礼司はそんなことは聞かない。みなもも仕方なくあきらめて、礼司に手を引かれて家の敷地内へと足を踏み入れた。
門をくぐって小さな庭の中にしつらえられた小道を通り、みなもは礼司に連れられて、建物の前へとたどりつく。
「こっちです。僕の部屋は、2階」
「え、あ、待ってください」
礼司はみなもの手を引いて、どんどん家の中へ入っていく。
そうして、ぴかぴかの学習机と黒いランドセルの置いてある、いかにも子供部屋らしい部屋へとたどりつくと、礼司はぽふり、とベッドの上へダイブする。
「ここが礼司さんのお部屋ですか? 座敷童子じゃ、なかったんですね」
愛されていたのだろうということがひと目でうかがい知れる部屋に、みなもは表情をやわらげた。
「ううん、僕、座敷童子ですよ」
ベッドでごろごろと寝そべりながら、礼司が答える。
「でも……礼司さんって、この家の子供なんでしょう? 部屋だってあるし……」
「座敷童子って、家に幸せを運んでくるんでしょ? 前、お父さんが言ってたんです。お父さんががんばれるのはお前のおかげだよ、って……」
「……そうだったんですか」
自慢げに語る礼司を見ながら、みなもはふっと微笑みを浮かべた。
「僕、気づいたらあそこにいて……うちがどこか、わからなくって。だから……ありがとう」
「構いませんよ。お役に立てたのでしたら、嬉しいです」
みなもはそう答えると、静かに部屋を出た。
自分が家の中にいるのが家の人間に知れてしまったら説明に手間がかかりそうだし、礼司を見ていたら、なんだか、自分も早く家に帰りたくなってしまったのだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 / 海原みなも / 女性 / 13歳 / 中学生】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、新人ライターの浅葉里樹と申します。発注、ありがとうございました。座敷童子が迷子っておかしくないか……? と無茶苦茶なシナリオだったのですが、ご参加いただけて嬉しかったです。
人魚の能力を生かせるような場面がなくて申し訳なかったのですが、お楽しみいただければありがたく思います。
今回はありがとうございました。もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどございましたらお寄せいただけますと喜びます。
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