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■インタレスティング・ドラッグ:1『蔓延』■

リッキー2号
【1956】【ウォルター・ランドルフ】【捜査官】

(ねえ、『ギフト』って知ってる――?)
(青と赤のツートン・カラーの、ちいさなカプセルなんだって)

……それは、路地裏の暗がりの中で、
あるいは、陽光が差す学園のテラスで、
大音量が、煙った空気を震わすクラブのフロアで、
笑いさざめく街の雑踏で、
ゴーストネットOFFの掲示板で――
思いもかけず耳に飛び込んできた、どこか心騒がさせられる噂だった。

(『ギフト』を飲むと、“とくべつなちから”が貰えるらしいよ)
(出来ないことなんて、なくなるんだって……)

(ねえ)
(欲しいと思わない?)
(ひとにはない、特別な力。特別な贈り物――『ギフト』)
(手に入れる方法、教えてあげようか……?)



「実は……判断をつけかねていまして」
 草間興信所のソファーに坐っている黒服に黒眼鏡の男は、そう口火を切った。そして、テーブルの上に、写真を広げた。相対していた草間の眉がひそめられる。探偵は、短くなったマルボロをねじるように灰皿に押し付けた。
「酷いな。……今、評判のアレか」
「察しがいいですね。ええ、ここ数カ月、都内で連続する猟奇殺人ですが……もし、これが、ただの殺人事件――というのも何ですが、猟奇的であっても、通常の、人の為す犯罪であるなら、それは警察の管轄です。あるいは、草間さんの」
「本来は、な」
 黒眼鏡が苦笑する草間を映しだした。
「警視庁のプロファイラーも困惑しています。被害者の選定、殺害方法、周期、地域、いずれもバラバラです。そして数が尋常でない。まるで――」
「…………」
「東京中で、複数の猟奇殺人者がいっせいに活動をはじめたとでもいうように」
「案外、そうなんじゃないのか」
「だとしても、それは偶然ではありえませんよね。……もし、この背後に、人知を越えたなにかがかかわっているとすれば、私たちの仕事になります。だが、現状ではどちらとも判別する材料がない」
「それで俺か」
「“境界”に立つ、草間さんだからこそ、お願いできるのです」
 零がそっと置いていった緑茶を啜って、彼は続けた。
「ところで、草間さん。『ギフト』という名の薬をご存じで?」
「よく効く頭痛薬なら教えてくれ」
「麻薬の類と考えられています。一種の都市伝説のように情報が流布しているのですが」
 とん、と、彼の指が、テーブルの上の一枚の写真を示した。
 凄惨な殺人現場の、目を覆いたくなるような有様を写した写真――その片隅に、ぽつんと、それが写り込んでいる。
「噂では『ギフト』は赤と青のツートン・カラーのカプセルだと」
「これが、その?」
「わかりません。それは現場検証時に撮られた写真ですが、押収された物件の中には、そのようなカプセルなんて、どこにもなかったのですからね」
「消えた証拠品、か。……それがなにか、関係が?」
「わかりませんが、『ギフト』の噂の広がりと、殺人事件の急増の波は重なっています」
「ドラッグに、猟奇殺人。……世も末だ」
「何かが起ころうとしている――そんな気がするんです。この、『東京』で」


インタレスティング・ドラッグ:1『蔓延』


「『ギフト』って知ってるか――?」
 その問いに、ウォルター・ランドルフは片眉を跳ね上げて肩をすくめてみせただけった。
「青と赤のツートン・カラーの、ちいさなカプセルなんだそうだ」
「ミスター草間」
 米国から特別に派遣されている捜査官――というふれこみではあったが、どちらかというと、西部劇の保安官じみた印象の青年は、デスクのへりに腰掛けて、事務所の主を見下ろした。
「警察に協力しておいてソンはないと思うぜ?」
 今度は、草間のほうが苦笑を漏らす番だった。
「まあ、最後まで聞けよ。その殺人事件と関係あるかもしれないことなんだ」
 そして、何枚かの写真を取り出す。
「こんなものを何処で?」
「情報源は探偵の生命線だ」
 その点については、探偵は言葉を濁した。
「……こっちも提供できる情報があれば出す用意がある。『ギフト』っていうのは何だい。ドラッグなのか」
「そうらしいな。……ここに写っているカプセルがそうだという話がある」
「現場に落ちていた……」
「ところが、消えちまったらしいんだな」
 ウォルターは、その写真を手にして、じっと眺める。
「……その黒服の男は信用できるんだな」
「……! おまえ――『見た』んだな」
 捜査官は、写真を突き返して、にっと笑った。
「オーケイ。猟奇殺人の影に謎のドラッグ。申し分のないシナリオだ。……なにか新しいことがわかったら教えてくれ」
 カウボーイハットを頭に乗せた後ろ姿を、草間は無言で見送る。ややあって、彼のハーレーが立てるいななきを、遠くに聞いた。

■ 捜査線 ■

「キッド、これを見てくれ」
 ボスが、分厚い書類の束を差し出してきたのは、昨日の夜のことだった。
 そのとき、首都圏郊外で頻発するUFO目撃事件を追っていたウォルターだったが、ボスが、書類と一緒にタリーズコーヒーのラテのカップを寄越してくれたのを見て、直感的に新しい仕事だと理解した。
「殺人事件……たしかに、これは……数も半端じゃないし、内容的にも――日本じゃめずらしいシリアルキラーの快楽殺人のような感じですが」
 上目使いにボスの顔色をうかがう。ウォルターの青い瞳は、しかしこれは“通常の”警察の仕事の範囲では?という疑問を投げかけていた。
「そのようでもあるし、そうともいいきれない。だいたい、一時期に、これだけの事件が重なること自体、“普通じゃない”――そうだな?」
「イエッサー」
 なかばあきらめ顔で、ウォルターは頷いた。
 当分は、山積みのDVDを消化できる夜の時間はなくなりそうだ――。
 そして、ウォルター・ランドルフは、この悪夢のような事件に、かかわることになったのである。

「警視庁の佐藤と言います」
 日本の時代劇をこよなく愛するウォルターが、佐藤と名乗ったその男を、「いかにも刑事ドラマに出てくる刑事のような男だ」と思ったかどうかは定かではない。
 ともかく、そのいかにも刑事風の刑事の男は、警視庁で問題の事件のひとつを担当しているのだった。
「早速ですが、被害者の遺留品を見せていただいても?」
 彼は頷いて、ビニール袋に小分けにされた品物を机の上に並べていった。
 おそらく若者が着ていたものだと思われる衣服だったが、どれもが今では暗褐色に変色した無残に血に染まっている。
「被害者はいずれも、全身に無数の針のようなものを突き立てられたような傷を負っています。ひとつひとつはさほど大きい傷ではないのですが、数が尋常ではないので、出血多量になってしまったんですね」
「酷いな」
 ウォルターは遺留品のひとつを手にとった。
 瞬間、目の前にスパークする映像。
 凄まじい苦痛の感覚が、なだれこんできて、思わず彼自身も呻きをあげてしまう。
「ウォルターさん……?」
「いや……平気だ。なんてこった。……凶器は見つかっていない?」
「今のところは。ですが、大量の針状のものというと……。いったい、どうやったらこんな殺し方ができるのか、サッパリですよ」
(でも実際に、針を刺されて殺されたみたいだ)
 ウォルターは別の物に手をのばす。常人とは違い、触れることでそこに残留する情報を読み取ってしまう彼にとって、それはいささか勇気のいることだった。
「…………」
 顔をしかめた。
 その物からも、全身に冷たく硬い金属のものが、侵入してくる、うすら寒い感触が伝わってくる。すぐにそれは火をつけられたような痛みにかわる。倒れ伏した犠牲者が、アスファルトの上に自分の血が流れていくのを見たその映像を、ウォルターは追体験する。
 ゆっくりと遠ざかっていく……スニーカーが目に入る。
(犯人か――?)
 そしてその向こうに見える、革靴。
(複数犯なのか)
「犠牲者は、現状で7人。いずれも、原宿近辺で遊んでいる若者たちのようですよ」
 佐藤の、説明は続いていた。
「被害者同士につながりは」
 刑事は肩をすくめてみせた。
 当然、そうした通りいっぺんのことは、すでに調べてあるはずだ。……それでも、掴めないのである。
 ウォルターもむろん、事件の資料にはすでに目を通してある。
(動機が見えない。ただ殺したいから殺す……快楽殺人なんだろうか)
「そう……ところで、ミスター」
 ウォルターが言った。
「『ギフト』というドラッグのことを知らないだろうか」
「…………何です」
「いや……どうもその噂が流れ出した頃から、猟奇殺人が急に増えているんでね」
「あいにくと麻薬は担当外で」
 佐藤は申し訳なさそうに言った。
「そりゃそうだ。ボスは仕事を押し付け過ぎだ……」
 ぶつぶつ言いながら、次の品物へと目を転じる。
 そんなウォルターの横顔を見つめる佐藤刑事の視線が、冷ややかに輝いたことに、彼は気づかない。

■ 消えたカプセル ■

 ウォルターが日本に、いや、東京に来て、驚いたことのひとつが、その多様性である。
 いくら彼でも、まさか日本人が皆、着物を着て、ちょんまげや日本髪で暮らしている等と信じていたわけではない。だが、逆に、この街の混沌とした具合を知った今は、むしろそういう人もどこかにいるのではないかとさえ思えてくる。
 渋谷、新宿、六本木、銀座、池袋、青山、上野――。
 東京の街は、それが同じひとつの都市だと信じられないくらいに土地土地の色合いや空気の匂いが違うのだから。
 そして、原宿。
 ウォルターは、竹下通りを歩いている。
 被害者の多くは、この近辺で遊んでいた高校生や大学生、フリーターの若者たちだという。
(もし、あの事件と例のドラッグが関係あるのだとすれば)
 思案顔で歩くカウボーイスタイルの白人男性は、原宿を背景にすると、なんとも奇妙な取り合わせに映った。
「すまない、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
 ウォルターは、店先にいる女子高生の一団に声をかけたのだが。
「何?何? 何のテレビ?」
「いや、違うんだ――」
「ぎゃー、あたしらガイジンにナンパされてるよ!」
「…………」
 つくづく、日本は面白い国だと思う。
 街もそうなら、そこに息づく人々も……この女子高生たちと、たとえばあの佐藤刑事や草間探偵らが、同じ人種とは思えないではないか。
 くくく、と押し殺した笑い声を、彼は聞いた。
「苦戦されているようですね」
 ウォルターの眼光を、黒い眼鏡がはねかえす。
「あんた……」
「情報は、私がご提供できると思いますよ」
 黒服の男は、そう言ってにやりと微笑むのだった。

「ミスター草間に聞いたのかい」
「それもありますが……あなたのことは以前から存じ上げていますよ、ミスター・ランドルフ」
「ウォルター……いや、キッドでいい」
 黒服に黒ネクタイの男と、ウォルターは、原宿の喫茶店で向かい合って座っている。机の上には色とりどりのフルーツに、生クリーム、アイスクリームが盛られたパフェがふたつ。店内の他の客は若い女性ばかりだ。これまた、異様な光景であった。
「でも、どうして?」
「まあ、簡単に言うと、こういう場合にお手伝いいただける方のリストアップをしていまして」
 先ほど渡された名刺を、ウォルターは見返した。

  宮内庁 長官官房秘書課 第二調査企画室・調伏二係
  係長  八島 真

「ミスター草間に『ギフト』のことを教えたのはあんたなんだな」
「フフフ、“ご覧になった”のでしょう。ええ、そうです」
「警察の現場写真をどうやって手に入れた。警視庁と宮内庁は何の関係もない組織だろう」
「簡単なことですよ。警視庁内の友人から非合法にちょっと拝借しただけで。そんなことよりも……その後の調査で、いよいよ、今、東京で頻発している猟奇殺人事件群と、『ギフト』の関連性が明白になってきました」
「あれは一体、何なんだ」
「あなたのような方には必要のない薬です。……そう、私にも」
 言いながら、八島と名乗った黒服の男は細いスプーンを巧みに操って生クリームをすくった。
「でも……必要とするひともいる。そうしたひとたちへの……まさしく、『贈り物』なのですね。……少々、危険な贈り物ですが」
「…………」
「『ギフト』を追っても殺人者にはいきあたりませんよ。ですが、殺人者を追えば、『ギフト』がからんできます。なぜなら、かれらは結果だからです。『ギフト』という贈り物のね」
「『ギフト』が……殺人犯たちを生み出している……?」
「それが、『ギフト』を配布している存在の、意図したところかどうかはわかりませんが」
「ちょっとまて、配布している存在というのは――」
 彼自身の言葉を遮るように、携帯電話が鳴り出す。
「……何だって? 本当に?」
 電話を取って話しはじめたウォルターの顔が厳しくひきしまった。
「重要参考人が見つかった。今から行ってくる」
「お気をつけて」
 八島は笑みを送った。だが、黒眼鏡のせいで、今ひとつ、その感情を読み取ることは難しいのだった。

「盗みで前科のある男ですが、4件の事件での、目撃証言に一致します。原宿にバイト先があるようで」
 佐藤と落合い、その場所に向かう頃には、日も傾きはじめていた。
「こんな、ところに……?」
 足早に佐藤が向かった先は、放棄された工場跡のような建物だった。
「さあ、こっちです」
 促され、ウォルターも錆びた門扉のあいだから、中へ入る。
「妙だな。人の気配がしないが……」
 次の瞬間!
 高等部に鈍痛をともなう衝撃を受けて、彼は倒れた。
「……っ!」
 拳銃の台尻による、渾身の力をこめた殴打だった。
「手間かけさせやがって」
 ずるずると、足を持たれて埃の積もった冷たい床の上をひきずられていく。
「事件を追うのも、『ギフト』を嗅ぎ回るのも勝手だ。でもそのふたつを……結びつけるのは感心しないな」
「佐藤――刑事……」
 もうろうとした意識の中で、ウォルターの目に入ってきたのは、彼の革靴だった。そう、遺留品に残された残留記憶の中にある、現場から立ち去っていった靴だ。
「まさか……事件……に」
(……ここに写っているカプセルがそうだという話がある)
(ところが、消えちまったらしいんだな)
(簡単なことですよ。警視庁内の友人から非合法にちょっと拝借しただけで)
 脳裏にフラッシュする断片的な記憶。
「そうか。証拠品のカプセルを持ち出したのも!」
「今さら気づいても遅い」
 ウォルターの半身を、後ろから抱えるように起こした佐藤刑事は、とりだした手錠で、彼の手を後ろ手に戒める。
 鉄の輪が嵌る冷たい音が、無情に響いた。

■ 殺人者はそこにいる ■

「……どうしても、やらなきゃダメ?」
 その男は――まだ若い男だったが、態度ゆえにもっと幼く見える。
 しかし、どこにでもいるような青年であり……ただ、おどおどと、視線がさまよっているさまから、精神の不安定さが感じられた。
「おまえの『能力』で始末したほうがいい。そうすれば、あの事件のひとつとして処理できるんだからな」
「でも、オレ……」
「いいから、おまえは俺の言う通りにしてりゃいいんだ!」
 佐藤が、青年に向かって怒鳴った。別人のように、悪意と怒気とをはらんだ、黒い空気を放っていた。
「念のために、俺は先生に連絡しておく。そのあいだに殺っとけ」
 言って、佐藤は背を向けた。
「しょうがないなあ」
 気弱そうな目が……ウォルターを捕らえた。
「…………」
 気弱そうではあったが、その奥に、心の脆さゆえに壊れてしまったなにかがあるのを、ウォルターは感じ取った。すなわち、それは狂気である。
 青年は両手を広げた。そして――
「!」
 ざん、と、金属的な音を立てて、その両腕一面が、びっしりと、青白く輝くなにかにおおわれたではないか。それは彼の皮膚を突き破るようにして生え出したとしか見えない、針か棘のようなものだった。
「へへへ」
 渇いた笑い声。
「これがオレが与えられた『ギフト』……『ヘッジホッグズ・ジレンマ』さ。オレの“針”は痛いよ〜」
 ウォルターは後ろ手に手錠をかけられた状態で、床の上に胡座をかいている姿勢。その前に立つ青年が、何をしようと……避けるのは難しい。不快な汗が、じっとりと、ウォルターの額ににじんだ。
「そんなにスグには死なないところが残酷なんだよね〜。みんな、のたうちまわってたもんな〜」
「おまえが犯人なんだな。なぜ殺した」
「なぜ、だって」
 ぷっ、と青年は吹き出した。だが、なにがおかしいのかは、ウォルターには理解できなかった。いや、誰であっても理解などできはしないのだ。
「オレはね、ずっとずっと学校でもイジメられてたんだ。……弱いヤツは、強いヤツらを怯えて暮らすしかない。そうだろ? でも、オレは『ギフト』をもらった。それで強い側に回った。それだけのことさ。そりゃ、本当はこんなことしたくないけど……佐藤さんたちにも、恩返しはしないといけないし」
「彼の指示なのか」
「実験だよ、実験。オレの能力のね。……あんまり余計なこと喋ると怒られちゃうよ。佐藤さんもだけど、先生がいちばんおっかないんだ。さあ、悪いけど、死んでもらうから」
「ま、待て――」
 問答無用、とばかりに、青年が両腕を振るった。
 一斉に、ミサイルか機銃掃射かといった勢いで放たれた『針』が――ウォルターの身体に突き刺さった――……かと見えたが。
「えっ!?」
 全身に針を突き立てられた無残な彼の姿が、ひとつまばたきすると、消え失せていた。床の上には針の刺さった一枚の紙切れ。
「間に合った……!」
「ミ、ミスター八島!」
「動かないで、手錠の鎖を切ります」
 黒服の男は、ニッパーを取り出した。
「な、なんだ、おまえ――」
 狼狽する青年がわめきだすより先に、廃工場になだれこんでくる警官の一団。そしてそれに混じった黒服の男たち。
「よし、これでいい」
「サンクス! どうしてここが?」
「詳細は秘密ですが、“警視庁の友人”に関係しています。……警察内部に証拠品の『ギフト』のカプセルを処理した人物がいるはずだと思ったのでね」
「佐藤刑事を調べていたのか!」
「彼は?」
「そ、そうだった。追わないと――」
 そのとき、悲鳴が上がった。見れば、警官がふたりほど、顔や手や胸に無数の針を刺されて苦しんでいるのが目に入った。
 青年が逃げ出そうとしている。
「来るな!来るな! 針山にするぞ!」
 めちゃくちゃに腕をふりまわすと、光の針がシャワーのように放たれ、床と言わず壁と言わず、人と言わず、突き刺さっていくのだった。
「往生際が悪いぞ!」
 ウォルターの手が銃をとった。
 襲い掛かってくる針の群れを、床に転がるようにして避けながら、銃爪を引く!
 ヒュウ、と、八島が口笛を吹いた。
 正確に、弾丸は青年の脚だけをきれいにかすめ、その自由と戦意を奪っているのだった。

 そして――
「待てッ!」
 ウォルターは、走る佐藤刑事――事ここに及んでもはや彼は刑事ではいつづけられないだろうが――の背中を追っている。
「神妙にお縄を頂戴しやがれ!」
 ウォルターは走りながら銃を構えた。百発百中の銃口が逃げる男を狙った――が。
 急ブレーキの音が耳を突き刺さる。追う二人と、逃げる男のあいだに、黒塗の車が割り込んできたのだ。
 あわてて、その後部座席に乗り込む佐藤。
「コラ!待て!」
 残念ながら、そう言われて待つ犯罪者などおるまい。猛スピードで発進する車に、排気ガスを浴びせられて、彼はせきこんだ。
「畜生」
 どこで覚えたものか、あまり上品とはいえない日本語で、悪態をつく。
 ふと、彼はそこで、路上に落ちているものに目を止めた。
 赤と青のツートンカラーの、小さなカプセル。
(『ギフト』――)
 はっとして、それを拾い上げる。
(これさえあれば、出所をたどれる)
 ウォルターはぐっと、カプセルを握り込んだ。
 人々をまどわし、陰惨な殺人のひきがねとなってきた忌わしいドラッグ。その背後に、想像以上に巨大な闇がよこたわっていることを、彼は感じ取っている。
 彼の青い瞳が、闘志を秘めて輝くのだった。

(第1話・了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1956/ウォルター・ランドルフ/男/24歳/捜査官】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
お待たせいたしました、「インタレスティング・ドラッグ:1『蔓延』」をお届けします。
お先に受注いただいた前半組の方と、納品のタイミングが非常に間があいてしまい、申し訳ありませんでした。

このたびは、初のシリーズものシナリオにご参加いただいて光栄です。
第1話にあたる本作は完全個別執筆ということで、いつもの調査依頼等にくらべると、
分量的には控え目になっていますが、そのぶん、各PCさまそれぞれのストーリーを
クローズアップする形になっています。

>ウォルター・ランドルフさま
いつもありがとうございます。
さて、まだまだ捜査は終りそうにありません。ちっとも仕事は減りませんが、そこはそれ、八島係長もおつきあいしますので。
なぜか原宿でパフェを食べるふたりの図。特に意味はなかったのですけど、なんとなく微笑ましい風景かなーと思いついたので、書いてしまいました。事件が落ち着いたら、また行きましょうね(!?)。

よろしければ、第2話以降もおつきあいいただけるとさいわいです。
ご参加ありがとうございました。