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■宇宙公安バルザー! 「突破! バルザーvs地球人!」■

ALF
【1865】【貴城・竜太郎】【テクニカルインターフェイス・ジャパン社長】
●依頼
「警察にも逮捕できず、もう何日も犯人は野放しと聞き‥‥気を揉んでおりましたところ、ここを紹介されたものですから」
 応接セットの向こう、疲れ果てた様子の老婦人は、俯きながら話を切りだした。
「一人娘でした‥‥人付き合いの苦手な子でしたけど‥‥‥‥それでも、あんな所で死ななければならないと言う事はなかったはずです」
 赤居と言う名の老婦人‥‥その頬に流れる涙を、草間武彦が居ない今、この草間興信所を預かる零が静かに見つめる。
 赤居とは、バルザーに殺された女性の名だ。
 老婦人はその母親。彼女は、復讐‥‥そして、娘と同じバルザーによる死が、他の誰にも訪れない事を望んでいた。
「犯人を‥‥今も逃亡中の犯人を、退治してください。どうか‥‥お願いします」
 深々と頭を下げる老婦人。
 黙って話を聞いていた零は、そこでようやく口を開いた。
「わかりました‥‥草間興信所は、その依頼を受けさせていただきます」

●『赤』
 人々の闘争心を奪い、他人を慈しむ心を与え、地球に完全なる平和をもたらす“浄化”‥‥その実現の時は迫っていた。
 しかし、今少しの時間が必要。その為‥‥
「将軍‥‥あれは『赤』の道に外れるとして、書記長自らが封印したはず。書記長の許可はおとりになったのですか?」
 地下牢の前、付き従うリン・パラの問いに、パーマ頭に小太りの男が苛立たしげに言葉を投げかえした。
「黙れ! 今は僅かな時間でも稼げれば良い! だいたい、お前が不甲斐ないから、こんな事になるのではないか!」
「‥‥申し訳ありません」
 表情一つ変える事無く言葉を返し、リンは一歩下がると更に言った。
「将軍自らの御出陣、成果を期待しております。では、私は他に仕事がございますから」
 そう言った後、きびすを返して歩み去るリンを見送り、将軍は不機嫌そうな表情のままで地下牢のドアを開けた。
 その奥‥‥壁に半ば埋め込まれるような形で、真紅の装甲を纏う者が存在している。
 頭部を覆うヘルメットと、口周りに撒かれたマフラー。その間に見える血に飢えた目が、将軍を睨み据えた。
 将軍は少し怯えた様子ながらも、空威張りに胸を張って見せながらそれに言う。
「‥‥赤軍派オルグよ。お前を出してやる。赤の理想の為に戦う日が来たのだ」
「‥‥ついにこの日が来たか」
 赤軍派オルグの目が喜悦に歪む。
 赤軍派オルグ‥‥それは、『赤』の理想にはそぐわない、忌み子と呼ばれるべき存在。理想の為には戦いを厭わない、狂戦士であった。

 将軍を捨て置き、一人自室に戻ったリンは、深い溜め息をついた。
 書記長の理想には、やはり将軍も議長も相応しくはない。
 だが、何事も浄化が始まるまでの辛抱‥‥浄化の際には、絶対に将軍にも議長にも浄化の光の中に入ってもらう。それで、彼らも素晴らしい人間になれる事だろう。
「もう少しの辛抱なのだ‥‥そうだな、ミナ」
 リンは、自室の片隅に置かれたベッドの上に横たわる少女に声をかけた。
 そこにいるのはミナ・ルー。
 地球人の毒牙にかかり、心を壊された少女。
 リンは、彼女に歩み寄ると、優しく髪を撫でてやりながら囁く。
「ミナ‥‥必ずお前を治す。だから、また歌声を聞かせてくれ」

●バルザー
 身に巻き付けたマントが風にはためく。
 バルザーは、富士を目指してバイクを走らせていた。
 目的は、自分がこの地に下りてきた時に使った宇宙船‥‥人の居ない場所に秘匿して置かれたそれが目的。
 もちろん、それで宇宙に上がり、『赤』を皆殺しにするのである。バルザーは、『赤』を抹殺するために地球に送り込まれたのだから‥‥
 しかし、彼は何の罪もない地球人を殺した。また、自身を妨害する地球人を何人も打ち倒して来ている。
 その為、バルザーはここ数日、執拗な追跡と幾度もの攻撃を受けていた。
 その結果‥‥進むべき方向を違い、彼は追い込まれていた。罠の中へ‥‥

●富士演習場
「名目は、在日米軍と自衛隊の共同演習‥‥実体は、バルザーを獲物にしての狩り場よ」
「大げさだね」
 巨大な三脚歩行戦車シルバールーク改Dに寄りかかりながら、IO2のNINJA、ヴィルトカッツェはそんな感想を漏らした。
 シルバールークのパイロット、渡辺美佐はその傍らに立ち、気怠げに答える。
「ま‥‥警察力の限界超えたしね」
 一般の警察ではバルザーに対処できない事を悟った日本政府は、IO2に指揮権を委譲した。
 その結果、IO2はテロ対策班の派遣と、自衛隊および在日米軍への支援要請を決定。同時に、警察や各種退魔組織などにも自主的な協力を求め、万全の体勢でこの罠を作りだした。
 民間人に影響の出ない環境下で、バルザーを一気に殲滅する。
「‥‥罠が閉じたよ。バルザーが演習場内に入った。もう、逃げられない」
 パワードスーツ内蔵の通信機から、通信を受け取ったのであろうヴィルトカッツェが口を開く。
「そっか‥‥」
 渡辺は、肩をすくめると、コックピットに戻るべく歩き出した。
「じゃ、愛の逢瀬の続きは、バルザーを倒した後でね☆」
宇宙公安バルザー! 「突破! バルザーvs地球人!」

●依頼
「警察にも逮捕できず、もう何日も犯人は野放しと聞き‥‥気を揉んでおりましたところ、ここを紹介されたものですから」
 応接セットの向こう、疲れ果てた様子の老婦人は、俯きながら話を切りだした。
「一人娘でした‥‥人付き合いの苦手な子でしたけど‥‥‥‥それでも、あんな所で死ななければならないと言う事はなかったはずです」
 赤居と言う名の老婦人‥‥その頬に流れる涙を、草間武彦が居ない今、この草間興信所を預かる零が静かに見つめる。
 赤居とは、バルザーに殺された女性の名だ。
 老婦人はその母親。彼女は、復讐‥‥そして、娘と同じバルザーによる死が、他の誰にも訪れない事を望んでいた。
「犯人を‥‥今も逃亡中の犯人を、退治してください。どうか‥‥お願いします」
 深々と頭を下げる老婦人。
 黙って話を聞いていた零は、そこでようやく口を開いた。
「わかりました‥‥草間興信所は、その依頼を受けさせていただきます」

●『赤』
 人々の闘争心を奪い、他人を慈しむ心を与え、地球に完全なる平和をもたらす“浄化”‥‥その実現の時は迫っていた。
 しかし、今少しの時間が必要。その為‥‥
「将軍‥‥あれは『赤』の道に外れるとして、書記長自らが封印したはず。書記長の許可はおとりになったのですか?」
 地下牢の前、付き従うリン・パラの問いに、パーマ頭に小太りの男が苛立たしげに言葉を投げかえした。
「黙れ! 今は僅かな時間でも稼げれば良い! だいたい、お前が不甲斐ないから、こんな事になるのではないか!」
「‥‥申し訳ありません」
 表情一つ変える事無く言葉を返し、リンは一歩下がると更に言った。
「将軍自らの御出陣、成果を期待しております。では、私は他に仕事がございますから」
 そう言った後、きびすを返して歩み去るリンを見送り、将軍は不機嫌そうな表情のままで地下牢のドアを開けた。
 その奥‥‥壁に半ば埋め込まれるような形で、真紅の装甲を纏う者が存在している。
 頭部を覆うヘルメットと、口周りに撒かれたマフラー。その間に見える血に飢えた目が、将軍を睨み据えた。
 将軍は少し怯えた様子ながらも、空威張りに胸を張って見せながらそれに言う。
「‥‥赤軍派オルグよ。お前を出してやる。赤の理想の為に戦う日が来たのだ」
「‥‥ついにこの日が来たか」
 赤軍派オルグの目が喜悦に歪む。
 赤軍派オルグ‥‥それは、『赤』の理想にはそぐわない、忌み子と呼ばれるべき存在。理想の為には戦いを厭わない、狂戦士であった。

 将軍を捨て置き、一人自室に戻ったリンは、深い溜め息をついた。
 書記長の理想には、やはり将軍も議長も相応しくはない。
 だが、何事も浄化が始まるまでの辛抱‥‥浄化の際には、絶対に将軍にも議長にも浄化の光の中に入ってもらう。それで、彼らも素晴らしい人間になれる事だろう。
「もう少しの辛抱なのだ‥‥そうだな、ミナ」
 リンは、自室の片隅に置かれたベッドの上に横たわる少女に声をかけた。
 そこにいるのはミナ・ルー。
 地球人の毒牙にかかり、心を壊された少女。
 リンは、彼女に歩み寄ると、優しく髪を撫でてやりながら囁く。
「ミナ‥‥必ずお前を治す。だから、また歌声を聞かせてくれ」

●バルザー
 身に巻き付けたマントが風にはためく。
 バルザーは、富士を目指してバイクを走らせていた。
 目的は、自分がこの地に下りてきた時に使った宇宙船‥‥人の居ない場所に秘匿して置かれたそれが目的。
 もちろん、それで宇宙に上がり、『赤』を皆殺しにするのである。バルザーは、『赤』を抹殺するために地球に送り込まれたのだから‥‥
 しかし、彼は何の罪もない地球人を殺した。また、自身を妨害する地球人を何人も打ち倒して来ている。
 その為、バルザーはここ数日、執拗な追跡と幾度もの攻撃を受けていた。
 その結果‥‥進むべき方向を違い、彼は追い込まれていた。罠の中へ‥‥

●富士演習場
「名目は、在日米軍と自衛隊の共同演習‥‥実体は、バルザーを獲物にしての狩り場よ」
「大げさだね」
 巨大な三脚歩行戦車シルバールーク改Dに寄りかかりながら、IO2のNINJA、ヴィルトカッツェはそんな感想を漏らした。
 シルバールークのパイロット、渡辺美佐はその傍らに立ち、気怠げに答える。
「ま‥‥警察力の限界超えたしね」
 一般の警察ではバルザーに対処できない事を悟った日本政府は、IO2に指揮権を委譲した。
 その結果、IO2はテロ対策班の派遣と、自衛隊および在日米軍への支援要請を決定。同時に、警察や各種退魔組織などにも自主的な協力を求め、万全の体勢でこの罠を作りだした。
 民間人に影響の出ない環境下で、バルザーを一気に殲滅する。
「‥‥罠が閉じたよ。バルザーが演習場内に入った。もう、逃げられない」
 パワードスーツ内蔵の通信機から、通信を受け取ったのであろうヴィルトカッツェが口を開く。
「そっか‥‥」
 渡辺は、肩をすくめると、コックピットに戻るべく歩き出した。
「じゃ、愛の逢瀬の続きは、バルザーを倒した後でね☆」

●浄化について
「教えられるわけがない」
 『赤』による浄化作戦の詳しい話を聞こうとした田中・裕介に、『赤』の女幹部リン・パラはすげなくそう返した。
 場所は『赤』の本拠である宇宙船の中‥‥曲線と淡い色彩で形成された、やけに心和む造りの船内。その一室での事である。
「お前は同志じゃない。ただ、ミナを守りたいだけなのだろう? 馴れ合いは止そうじゃないか。互いに、必要なこと以外を知りあう意味はない筈だ」
 リンの問いに田中は頷く。
 そう‥‥田中は明言している。彼は、『赤』などどうでも良いと考えていると。ならば、『赤』にしても作戦の重要な点を教える事はできない。妨害が入る危険を抑えるために。
 ただ‥‥リンは田中に向け、少しの思案の後に話し始めた。
「一つ言っておこう。私も、ミナも、この浄化は最良の手段ではないと考えている。地球人達が自らの意志で平和な世界を築き上げるのが最良だと‥‥それくらいは理解しているのだ」
「なら何故?」
 話に乗り、先を促す田中。その話の中身を吟味するのは、全てを聞き終えてからでよい。
 リンは、感情を込めずに言葉を続けた。
「平和な世界の完成には何年もの‥‥いや、宇宙政府の先例を見るに、何千年もの時を費やしても、完成出来ないかも知れない。その間にどれだけの尊い命が失われる? どれだけの悲劇が起こる? 今日明日にも死んでいく者達が居るのに、彼らを捨て置いて良いのか?」
 その言葉に、特に説得しようと言うような気持ちは込められていなかった。
 恐らくは、リンが自らの意志でそういう話し方を選んだのだろう。
 リンがその気になれば、田中の思想を激変させる話し方だって出来る。だが、今はただ、自分の考えを聞いてもらえればよいと判断して。
「浄化を行えば、わずか数日の内に平和な世界が完成する。それ以上、戦争や犯罪で死ぬ者は居なくなるだろう。貧困に起因する飢餓で死ぬ者も少なくなる。また、地球人達が互いのことを考えて生き始めれば、自然、進む環境破壊にも歯止めがかかる」
 田中は、それが本当に正しいのかどうか‥‥判断は下せなかった。リンは田中に向かって、少しだけ微笑みながら言う。
「お前がどう考えているのかに興味はない。また、地球人がどう考えようとも知った事ではない。地球上で『生きたい』と願う命が、無為に失われている現実‥‥これを地球人達が独力で打破できない以上、私達はやらねばならないと、ただそれだけなのだから」

●TI社
 テクニカルインターフェイス日本支社長、貴城・竜太郎は、半ば窮地に立たされていた。
 その独断からIO2と揉め事を起こしてしまった‥‥無論、アメリカの本社も良い顔をしていない。
 何せ、IO2の力はアメリカや欧州各国での方が強いのだから、日本のとばっちりで連鎖的に‥‥と言うのが有り得る。それに、現段階でも客離れという形で少なくない影響が出始めていた。
 その状況を打開するために‥‥貴城は、IO2に連絡を取り、客を招き入れている。
 社長室の中、貴城と向き合う形で応接セットに座る中年男。IO2の基本通り、サングラスに黒ずくめのスーツ。
 貴城は、彼に向かって言葉をかける。
「現在逃亡中の犯人を捕まえる為、TI社は兵器弾薬の供出を行います。かわりにですが‥‥犯人並びに所持品の分析をTI社ラボで行わせてはいただけませんでしょうか?
「‥‥兵器の供出には感謝します。しかし、こちらからは、それが何であれ見返りをお渡しする事は出来ません」
 黒服はすげなく返した。
 公的機関が、一部の企業に対して便宜を図ることを普通は“癒着”と言ったりする。そんなことは、当たり前だが出来るはずもない。
 で‥‥この申し出はTI社の勇み足として公表され、同業他社の失笑を買い、本社の怒りを買うことになるわけで‥‥貴城は、自分の首をわざわざ絞めたとしか言いようがなかった。
「‥‥では、武器の提供だけをさせていただきます。それで、武器使用のデータと、実戦データの収拾はかまいませんか?」
 貴城は、条件を落として再度の交渉を持ちかける。
 自兵器使用のデータ収集‥‥それくらいならば認められるだろう。ついでに、IO2やバルザーの戦闘データを入手できればなお良い。
「‥‥そうですね。それは問題ないと思います。後で契約書類を届けさせましょう。しかし‥‥武器供出など、思い切ったことをしますね」
 黒服は貴城の提案を承諾しつつ、探るような目で貴城を見据えた。貴城は、肩をすくめて見せ、どうという事もない様子で答える。
「宇宙からの脅威を前に地球人同士が対立するのは愚かな事です」
「そうですね。もっとも、対立を煽ろうとしたのは、TI社製の強化服を着た‥‥“改造人間”ですけどね」
 黒服から、皮肉げな言葉が返った。
「何にせよ、全てが明らかになれば、貴方の御意見に添う形での決着が付くと思います。つまり‥‥愚か者の末路と言いましょうか」
 黒服に言われて、貴城は内心で言葉に詰まる。
 IO2は、前回の事件にTI社が関係していると察しているのだろう。無論、その関係が立証されれば貴城の身の破滅だ。
「我社の製品を使用したから、犯人が社員と考えるのは早計ではありませんか?」
「もちろんです。ですが‥‥テロリストに一線級の商品が渡るような杜撰な管理体制には問題があると言わざるを得ません。テロ支援の疑いをかけられても、仕方がないでしょうなぁ」
 貴城が反撃にと切り出した言葉に返ったのは、黒服の冷ややかな声だった。
 強化装甲服の類は、その辺の犯罪者が手に入れられる物ではない。その辺の犯罪者が簡単に手に入れられるようだったら、会社の管理が杜撰すぎる。
 貴城は思考に沈む。
 これならば、誰かトカゲの尻尾でも用意して、犯人として突き出した方がましだったかも知れない。適当なクローンに、偽の記憶でも植え付けて‥‥
 と、考えていた時、部屋の電話が鳴る。
 素早くそれを取り、受話器を耳に押し当て‥‥そして、貴城は黒服に言った。
「我が社のビルの一つが襲われています。それも‥‥相手は超常能力者のようで」
「‥‥わかりました。至急、取り押さえましょう。それが、私達の仕事ですから」
 黒服は答を返し、懐から出した通信機のボタンを押す。もちろんそれは、IO2の出動を要請するものに他ならなかった。

●私的正義の執行者=テロリスト
 一人の女性が居た。
 彼女は両親に愛されて育ち、本人もその愛に応えるようにすくすくと育ち‥‥大学を卒業後、とある一流企業に就職した。
 日常の仕事をそつなくこなしていたある日、同じ課の社員と親密になり、つい先日には結婚の約束をした。その日にもらった指輪は、その指に輝いている。
 一人の若者が居た。
 彼は父の居ない母子二人だけの貧しい家庭に生まれた。だが、彼は道を誤ることなく真っ直ぐに生き、努力の末に一流大学へと入り、更にはある一流企業に就職した。
 エリートとしての道を歩き始めた彼は、給料の中からそれなりの金額を溜め始めていた。苦労しつつ自分を育ててくれた母へ、今までの恩返しをしようと‥‥その為の貯金だった。
 他にも多くの人々が居る。
 彼らは普通の人々だった。
 いや、この一流企業に就職している事を考えるに、むしろ努力を惜しまない良き人々であったと言えるだろう。
 その誰もが家族を持ち、友人を持っていた。恋人が居る者もいる。子供が居た者も少なくはない。

 皆が死んでいた。

 崩壊したTI社ビルの瓦礫に埋もれて。

 もちろん、たまたまこのビルを訪れていただけで、TI社とは何の関係もない人間もいたし、それどころかビルの前を歩いていただけの通行人にも巻き込まれた者はいた。
 それら全てが、今はもう瓦礫の下である。
 その瓦礫の中にただ一人立つのは、ヘレティック‥‥冠城・琉人。
 銀野らせんという少女から、彼は習志野・愛の死を聞かされた。人体実験にも等しい処置の末に、苦しみ抜いて死んでいったと‥‥
 それが冠城のトラウマに触れた。自らが受けた人体実験の残したトラウマに。
 そして、愛を救えなかった悔しさ、殺したTI社への怒り、バルザーを止められなかった無力感‥‥全てに突き動かされて、TI社を襲ったのだ。
 ビルに常駐していた銃を持たない普通の警備員が、超常能力者である彼を止める事など出来るはずもなく。ビルは見ての通りに崩壊した。
 全て‥‥冠城が殺したのだ。
 TI社は確かに習志野・愛を殺した。しかし、そんな事実を知っていた者は、この死体の山の中には居ない。
 彼らも会社を動かす歯車の一つ‥‥誰もが、少しはその責任を持つだろう。しかし、それはここで無為な死を賜らなければならない程の罪であっただろうか? 彼らの罪は、ただ会社に属したというだけなのに。
 冠城は涙を流していたが、それは死者に対する憐憫の情からではなかった。
 周囲には、死者の霊の嘆きと憎しみが満ちている。それすらも、冠城は聞き流していた。
 すべては、TI社が悪いのだから。
「どうしたのかなキミ。そんなに怖い顔しちゃって。言いたい事あったら、お姉さんに言ってごらん」
 かけられた声に、冠城は顔を上げる。
 いつの間にか、瓦礫の山の側に停車していたベンツ。その中から出てきた妖艶な女性。
 それは、TI社のエターナル・レディ。
 彼女は、瓦礫とその合間に転がる肉片を見ながら、ベンツに背を預けて冠城と対峙する。
 無言のまま構えを取る冠城‥‥だが、レディは少し嘲るように笑って言うだけだった。
「あら、戦うの? でも、あたしは何もしないわよ。貴方の始末は、社会がしてくれる。何故なら貴方は、正義も何もない、ただのテロリストですもの」
「テロリスト‥‥」
 言われた言葉の意味がわからなくて、冠城は言葉を繰り返した。
 そんな冠城にレディは更に言葉をぶつける。
「そう、ただの人殺しね。このビルに何人が働いていたのか‥‥重役から、掃除のおばさんまで含めて、何人死んだのかしら?」
「お‥‥お前達が、習志野・愛にしたことを考えれば‥‥何をしたかわかっているのか!? 愛ちゃんを殺したお前達が‥‥」
 怒りのあまり、言葉が形にならない。
 だが、習志野・愛の事があるからこそ、冠城はこの凶行に及んだのだ。
 しかし、レディはその言葉を待っていたかのように口端を笑みに曲げる。
「習志野・愛? それなら‥‥こうして、ちゃんと生きているわよ。今は、記憶障害の治療中ですけどね」
 言いながら、レディは車の中から、病院着を着た習志野・愛を出して見せた。
 彼女は、眠っている様子で、胸が僅かに上下している事で生きているとわかる。
 実はそれは、培養された愛のクローンだった。
 何せ、生きた細胞サンプルは文字通り腐るほど有ったのだ。TI社の技術をもってすれば、そこからクローンを作る事も容易い。
 その上で、現在このクローンには、記憶‥‥家族や学校関係者の証言、写真やビデオフィルムなどの情報から構築した記憶を、まっさらな脳に入力している最中だった。
 無論、その記憶は穴だらけではあるが、生まれてからその日までの記憶を完全に保有している人間など居ないし、多少の事は記憶障害の一言で片が付く。それに、記憶は生活の中で少しずつ都合が良いように補完されていくものだ。
 よって、このクローンは完璧に愛の代役を果たすことだろう。
 魂が違うとか、霊的な面での違いは出るかも知れないが、流石にそこまで面倒は見られない。
 もっとも、もともと愛との付き合いなど無きに等しかった冠城に、その違いを見分ける事など出来よう筈もなかった。
 レディは習志野・愛のクローンを車の中に戻し、そして僅かばかり得意げに冠城を見る。
「貴方が戦った理由はこれで全く無くなったようね‥‥無意味に人を殺した気分はどう? 気持ちよかった? でしょうね。貴方は正義の味方ですもの‥‥悪人認定した相手は殺し放題? 正義の味方って、本当‥‥楽しそう」
「く‥‥」
 冠城は愕然としていた。
 自分を動かした情報‥‥それが全て間違いだったとしたら、冠城は全く罪のない人間を無差別に殺したというだけの事になる。
 自覚した罪の重さに俯き、瓦礫を見下ろした冠城は、そこに手を見つけた。誰の物かはわからない‥‥肘から先のない‥‥子供の手。
 苦痛に戸惑い、恐怖に泣き叫ぶ少女の霊が、初めて冠城に見えた‥‥
「うわああああああああああっ!?」
 絶叫する冠城。そんな冠城にレディは微笑みを向けると、さっさとベンツに乗り込んだ。
「時間稼ぎ終了。さようなら、テロリストの坊や」
 レディがすべき事は、IO2の到着を待つこと‥‥後は、IO2が全てよろしくやってくれる。この手の事の後始末を専門にやっている組織なのだから、仕事が速くて確実だ。それに、どうせこのビルには隠すべき物もない‥‥
 走り出すベンツの中、レディは轟く声を聞いた。それは、IO2が冠城に投降を呼びかける声だった。

●トラックの中で
 軍とIO2の共同作戦地域に潜入するわけにも行かず‥‥民間人協力者として草間興信所から派遣された皆は、米軍のトラックに乗って演習地入りしていた。
 途中、デモを行っている人々を何度も見たが、特に過激な行動を起こすわけでもなく、ただ拡声器で騒いでいるだけなので、関係者は完全に無視を決め込んでいる。
 大規模な演習に伴う反戦デモなどいつものこと。そもそも、演習地には入ってこれないのだから、何一つ影響はない。
 ゲートが遠くなり‥‥民間人と完全に離れたのを確認してから、レミントン・ジェルニールは一緒に来ていた草間零に言った。
「犯人退治と言っても‥‥復讐だからな‥‥あまりそういう依頼は受けるべきではなかったと思うがな‥‥」
「すいません‥‥でも、今回は復讐だけが願いというわけでもないようでしたから」
 霊は、少し反省した様子ではあったが、それでもちゃんと言い返す。
 確かに‥‥今回の件は復讐が全てというわけではない。犯人は放っては置けないだろう。
 レミントンは、受けたのならそれを全力で取り組もうと思い直し、気を和ませようと零の頭を撫でた。
「わかった。今回の件は良い。でも、次からはこういう事件は気をつけろ」
「はい‥‥」
 零の素直な返事‥‥それで、再び車内に沈黙が下りる。流石に、この状況下で物見遊山という気分になる者などいないのだろう。
 そんな中で、草間興信所とは関係なく独自の経由でこのハントに参加した宮小路・皇騎が、同乗のIO2捜査員に向かって口を開く。
「犯人は、駅前で左翼団体と乱闘騒ぎを起こす。被害を受けたらしい左翼団体は逃亡して行方知れず。犯人も現場から逃走‥‥」
 それは、ネットなどで調べられる限りのこの件に関する情報だった。
「翌週、小学校に侵入。教師一人を殺害。もう一人、教師が行方不明。この事件の詳細を知ってると思われる小学生の女の子がいたのですが、心に傷を負って入院‥‥他に、警察の包囲網を突破する際にも、警官が一人殺されてますよね。いや、これは共犯者の仕業だったかな?」
 ほとんど、情報に隠蔽はかけられていない。
 ただ、わかっていない事も多く、ネット上から全ての真実を引き出せはしなかった。
「問題は、犯人が何故そんなことをしたのかが全然わかっていないという事ですが‥‥左翼組織への一方的な攻撃に、市民が巻き込まれたという事なんですかね?」
「どっちにしろ、倒すしかないだろう。それが、仕事なんだ」
 トラックの向かいの席からレミントンが言うのに、宮小路は肩をすくめて返す。
「そうなんですけどね‥‥背景が全然見えないってのが、気にくわない」
 何が起こっているのか‥‥これが、突然に人を殺したくなった超常能力者の暴走とか言うのならそれでも良い。
 しかし、本当にそれだけなのか?
 犯人の凶行は、事件の規模に比して少なすぎる‥‥やろうと思えば、街一つ単位で殺せるのが超常能力者だ。その現実に照らしてみるに、被害者が一人で残りは逃走の際の抵抗による負傷者だけだというのは‥‥
「不明だよ。何せ、襲われたって言う組織が、公開されてる組織じゃないみたいでその存在すら掴めなくて‥‥関連しそうな団体とかも調べたんだけどね」
 案内として同行していたIO2捜査員‥‥NINJAのヴィルトカッツェが、不機嫌そうに言葉を返す。民間人が危険な場所に行くのが気にくわないのだ。
 まあ、それはともかく、犯人バルザーの自供があるわけでもないので、彼が何をしていたのかなど全然わかっていない。
 言えるのは、彼が少なくとも一人を殺害し、警察の手を逃れて逃げ回ってる危険な超常能力者だと言う事だけだ。
 と‥‥
「彼は宇宙公安調査庁に所属する捜査官でした。そして、地球に逃げ込んだ犯罪者を追ってきた‥‥」
 呟くように言ったのは、トラックに同乗していた警視庁のFZ−01。本来は、捜査上の秘匿情報であり、警視庁がメンツにかけて箝口令をしいた情報でもある。
 だが、FZ−01は口を開いていた。少なくとも‥‥何も知らない誰かに、バルザーを殺されたくはない。バルザーは有る意味、自分達の姿に他ならないのだから。
「宇宙人というのは置いておくとして‥‥」
 宇宙人が真実存在するのか否か、情報がないので、そこは判断のしようがない。宮小路はそう判断して、問題を違う場所に絞った。
「追っているのは犯罪者なんですか?」
「彼らは『赤』‥‥宇宙から来た反戦団体です。地球から戦争をなくすことを目指しています」
「反戦団体が犯罪者ですか?」
 FZ−01の台詞に宮小路は首を傾げた。普通に考えれば変な話だ。
「宇宙政府は、軍政でも敷いているんですかね? だから、平和主義者に弾圧を‥‥」
 宮小路の言う見解は、地球でも比較的よく見られる光景である。
 政府の方針に何かと反対する反戦主義者が、政府の思想弾圧に真っ先に潰されるのは良くある話だ。
「そうかもしれませんが‥‥それはもう、わからない事ですね」
 FZ−01は首を横に振って答える。
 今になって思えば、もっと腹を割って話し合う時間が欲しかった。会うのはいつも戦いの場‥‥互いの立場から共に戦うわけにも行かず、ついには追い追われる関係となった。
「結論から言うと、彼は、彼の世界の法に則って行動し、結果としてそれが地球の法に触れた。これが彼が追われる理由です‥‥地球人に対する害意とかは全くないんです」
「それでも‥‥法に反した以上、もうどうにもならない。故意じゃなくても犯罪は犯罪だからな」
 レミントンは、FZ−01がまるで自分の罪を告白するように語っているのを笑うかのように、きつめの言葉をぶつけた。
 一方で宮小路は、相手が思ったよりも凶悪ではないことを計算に入れながら、相手を止めるという方向に話を持っていけないかと考える。
「では、どうして人間を殺したのでしょうか? 学校の教師、赤居さんは確実にバルザーに殺されています。同じく教師の狩野さんもまた行方知れず。バルザーの目的が宇宙から来た犯罪者にあるなら、地球人を殺す必要など無いはずですが‥‥」
「‥‥わかりません。その理由を知っているだろう立った一人女の子は‥‥恐らく、貴方達も知っている通りでしょうから」
 FZ−01は言う。一人の少女‥‥彼女は、PTSD治療の為に未だ治療中とされている。あくまでも表向きは‥‥
 トラックの片隅で、思い詰めたような表情を浮かべていたドリルガールらせんが、僅かに強くその拳を握った。
 彼女は知っている。少女‥‥らせんと知り合いだった習志野・愛はもう死んだのだ。
「草間興信所は、殺された人の母親から依頼を受けたのよね?」
 そう言ってからドリルガールは、それが正しいと迷いもしないで零に向かって言う。
「貴方の依頼主に伝えて。『貴方の娘さんは確かに殺されなければならない人ではなかったけど、教師としては失格だった。彼女のせいでたった10年しか生きられなかった女の子がいた』って、ね」
 零はその言葉を受け止め‥‥首を横に振った。
「‥‥馬鹿な事を言わないで下さい。そんなこと、言えるわけ無いじゃないですか」
 依頼人‥‥いわば客。それなのに、『あんたの娘は人殺しでした』などという意味の暴言をぶつけるなど、出来るはずもない。
 大体において、「自衛隊は人殺しの団体だから、自衛官であるお前の父親は人殺しだ」と少女に言った赤居と、「あなたの娘が教師失格だったせいで、事件に巻き込まれた少女が死んだのだ」とその母親に伝えようとしたドリルガール‥‥どの程度の差があるのだろう?
 両者とも、自らの正義感から発した言葉で他人を傷つけようとしているという部分に置いては、全く差異はない。そして、それに気付いていないというのは病根の深さを現していた。
「そう言うの‥‥間違ってると思います」
 零はそれだけ言うと再び黙り込む。しかし、その目には非難の色が宿っていた。
「ともかく‥‥です」
 気まずい沈黙の満ちたトラックの一角を無視するようにして、宮小路はFZ−01に聞く。
「説得して止められないんですか? 地球人を敵としていないのなら、話し合いの余地もあると思いますが?」
「無理ですよ。彼は彼の法で動き、彼の任務を果たそうとしている。それ以外に、彼には何もないんですよ」
 FZ−01はそう答えた。
 だが‥‥彼は知らないのかも知れないが、正確にはバルザーにも、僅かではあったが地球での活動で得た物があった。
 敵対行動をとらず、話しかけてきた地球人に対しては、素っ気なくはあったが言葉を返している。また、地球人の少女ととも会話していたし、彼女の言葉を信じて『赤』が存在すると思いこみ、学校襲撃も行った。
 地球人‥‥彼らが友好的であった場合には、バルザーはそれなりに対応している。
 彼は、地球人に対して何か働きかけをする権利を持たなかった。積極的に友好関係を得ようとすることもできなかった。全ては、彼を動かす法がそれを認めていないからである。
 それでも、同じく法は、地球人が積極的に求めてきた時、任務に影響のない範囲で接触を行うことを認めてもいた。また、任務に影響のない範囲なら、地球人を助ける事も許されている。
 結局はその中途半端さが、バルザーを追い込んでいったのだと言えなくもない。それでも‥‥彼は、この僅かに許された権利を、喜びはすれ、疎ましくは思っていなかった。
 誰も知らない内心の話では有っても‥‥だ。
「だから‥‥僕も彼の意志を受けなければならない。彼が彼の世界の法を守るように、僕も僕の国の法を守る‥‥」
「倒すしかない‥‥と言う事ですか」
 FZ−01の、未だ迷いの混じる決意を受け、宮小路は呟くように言った。
 お引き取り願う‥‥そう考えても良いが、IO2に捕まった段階で地球の法で裁かれることだろうから、そう言うわけにも行かないだろう。
 法は曲がらない。だから価値がある。
「そんなのは、最初から決まっていた事だ」
 レミントンはそう言い、武器として持ってきていたライフル取り出した。そして、手慣れた様子で調整を始める。
 その手の動きを見ていたヴィルトカッツェは、忠告するというわけでもなく、ただ言葉を漏らしたかのように言った。
「ヘリから20mm機銃とか撃ち込んでも、吹っ飛ばされるだけでまた立ち上がってたから、9mmじゃ抜けないと思うよ」
 今まで、幾多の超常能力者と戦い‥‥その上で生き延びてきたのは伊達ではないようで、バルザーは驚異的な耐久力を持っていた。
 特に彼の持つ盾の防御力は凄まじく、今までにその盾を貫いた攻撃はない。
「‥‥じゃあ、別な手段を使うさ」
 レミントンは取り合わず、銃の手入れを続けた。と‥‥その時、誰ともなくトラックの外に目をやった。木々の向こう、空が赤く燃えているのが見える‥‥
「ああ、あれ‥‥あそこに犯人が居るの。今は、砲爆撃が始まったみたいだね」
 その方向を軽く一瞥して、ヴィルトカッツェは誰に都もなく言った。
 現在行われているのは、米軍と自衛隊、そしてIO2による砲爆撃だった。
 野砲、迫撃砲、ミサイルの類が惜しげもなく投入されている。それが許されたのは、某TI社による協力のお陰。
 さらに、IO2最終兵器との位置づけのシルバールーク部隊を投入しての砲撃も行われていた。IO2製の特殊砲弾は、通常のそれよりもかなり威力が高い。
「あの中は、超高熱と爆風の嵐‥‥今踏み込めば、死は免れない」
「じゃあ、目標も‥‥」
 レミントンは聞きながらも、ヴィルトカッツェの様子からその問いが楽観に過ぎないことを悟って、むしろ安心していた。これなら、自らの力で依頼を果たすことが出来る‥‥
 ヴィルトカッツェは、燃え上がる空を見ながらも、臨戦態勢を崩しては居なかった。
「楽観視はしてないの。犯人は攻撃力はそれほどでもないけど、とにかく防御力が高くて‥‥実際、反応はまだある」
 言うなり、ヴィルトカッツェは立ち上がるとトラックの荷台の端へと歩いた。
「行って様子を見てくるから、所定位置で待っていて」
 言い残し、躊躇する事もなく、ヴィルトカッツェは荷台から飛び降りる。その姿は、あっと言う間に遠くへと離れていった‥‥

●終焉
 陽炎に空気の歪む焼けこげた大地。
 そこをバルザーは歩いてくる。その手のシールドを中心に、景色が歪んで見えていた。
 空間湾曲場の最大解放‥‥その防御により、前哨戦たる砲爆撃を抜けたのだ。それでも、装甲の各所は歪み、焦げ、砕けてもいる。
 その彼はただ真っ直ぐに歩き続けていた。その先に何があるのか‥‥それを語る事はない。
 ただ、一つ。その前には幾重にもバルザーの敵が待ちかまえていた。
 その内の一人‥‥IO2のNINJA、ヴィルトカッツェが立つ。
「投降しなさい! 貴方には、殺処分許可も出ています! これ以上抵抗すれば、こちらとしても相応の対処を行いますよ!」
 警告の言葉‥‥とはいえ、そんなのは形式的なものでしかない。既に問答無用の攻撃は始まっているのだ。
 やはりバルザーは足を止めなかった。ただ、一言。
「‥‥‥‥退いて欲しい。地球人とは戦いたくはない」
「なら、どうして止まらない!」
 止まれば‥‥逮捕と言う事にはなるだろうが、少なくとも戦いはしなくて済む。
 だが、それはバルザーには許されていない。
「それが‥‥果たすべき義務だからだ」
 静かに首を振り、バルザーは続ける。
「自分と君達の従う法は違う。君達が宇宙法に従わなくても良いように、自分も地球の法に縛られる事はない」
「宇宙法? 何を言って‥‥」
「何にしても、戦うしかねぇって事だなぁ!」
 ヴィルトカッツェの問いを掻き消したのは、空から降ってきた叫声とメガライフルの発射音だった。
 直後、ヴィルトカッツェをも巻き込んで、バルザーは閃光の中に消える。
「IO2を巻き込んだぞ」
 飛行形態でW・1105を運んできていたW・1107が言う。W・1105は、W・1107から身を離して飛び降り際に答えた。
「かまうことはねぇ! 俺の銃口の前にいるのが悪いんだ!」
 そう言いながらW・1105は、両肩のキャノン砲もあわせて、メガライフルを撃ち放つ。
 新たな攻撃が、ヴィルトカッツェとバルザーの居た場所に吸い込まれるように突き進み、新たな爆発を引き起こした。
 と、そこにW・1106から通信が入る。
『行ったぞ‥‥巻き込まれるな』
 素っ気ない言葉‥‥だが、W・1106から送られてきたものは、大型リニアレールガンから放たれた弾体。それは、W・1105が起こした破壊の嵐を更に拡大する。
 再び上がった爆炎が、天高く煙の柱を打ち立てた。
「死んだか‥‥」
「まだだな」
 W・1105の発した言葉に、空から見下ろしていたW・1107が答える。
 煙が晴れた‥‥
 バルザーは生きている。その手の盾は、今の猛攻をも防ぎきっていた。
 しかも、その手にはヴィルトカッツェが抱かれている。彼女をバルザーが庇ったのは明白だった。
「‥‥生き残った上、女庇ってたとはな。馬鹿にされたもんだ」
 W・1105が、バルザーの前で笑い混じりに言葉を発する。
 それに対したバルザーは、レーザー警棒を抜いて宣言した。
「‥‥地球人による妨害を確認。思想犯罪への協力及び宇宙公安調査局への妨害と認識。攻撃制限、限定解除。地球人を無力化、排除する」
「ご高説は受け取った!」
 シールドに内蔵された24ミリバルカンを放つW・1105。その銃弾は、バルザーの持つ盾の直前でその動きをねじ曲げられ、有らぬ方向に飛んで地に墜ちる。だが、
「所詮は盾だ! 一方からの攻撃しかかわせない‥‥そうだろう!」
 W・1107がバルザーの背後上空から撃ち下ろした二連装ガトリングガン「シェード」と専用マシンガン「ホイール」。の弾丸が、バルザーの背で弾け散った。
 盾が有効なのは向けられた正面と、一部側面のみ‥‥完全な防御ではない。
 バルザーは、盾をW・1107に向ける。
「馬鹿が!」
 喝采を叫ぶW・1105の放ったメガライフルの一撃が、バルザーの背を焼いた。
 よろめくバルザー。その足下で、ヴィルトカッツェが僅かに動く。
「‥‥敵?」
 呟いて見上げたその時、大型リニアレールガンの弾体‥‥直後に大型高エネルギーライフルから放たれたエネルギー光がバルザーを襲った。
 その直撃により起こった閃光に、ヴィルトカッツェは目を閉ざされる。しかし、彼女に被害が及ぶことはなかった。バルザーの盾に守られて‥‥
「ひゃははは!!! 壊れろお!! 壊れろオオオオォ!!!」
 W・1105は、ヴィルトカッツェの事などかまわずに、とにかく撃ちまくる。
「黙って攻撃しろ」
 喜色満面の声を上げるW・1105に言葉を返しながら、W・1107もまたさらなる攻撃を続けていた。
『まだ倒せないのか‥‥クズ鉄ども』
 W・1106の足止め砲撃にくわえて、W・1105とW・1107が挟み込んでの全力射撃‥‥バルザーは何故かヴィルトカッツェを庇っており、満足に反撃もできない。
 僅かずつ削られていく装甲‥‥死は目前かと思われた。が、バルザーはレーザー警棒を正眼に構える。
「レーザー警棒‥‥オーバードライブ」
 バルザーの手の中、レーザー警棒のリミッターが外され、2mあまりの長さに伸びた。
 途端、無防備な体に銃弾が無数に着弾するが、バルザーは気にもしない。ただ、ヴィルトカッツェを庇って立ち位置は維持する。
「フライトシールド‥‥」
 バルザーは次に、シールドを投げる。重力を無視して地面と水平に飛ぶシールド‥‥バルザーは跳躍すると、サーフボードに乗るかのようにシールドの上に立った。
「穿滅!」
 直後、シールドは急激に速度を増し、空を引き裂いて飛ぶ。
「何ぃっ!?」
 W・1105が驚愕の声を上げた。
 一瞬でバルザーは、恐るべき速度に達する。
 巻き起こすソニックウェーブは、その全てがレーザー警棒に巻き取られ、その刃を強化していた。どうやらシールドを中心に空間をねじ曲げているらしい。
 無論、撃ち放たれる全ての銃弾も、その空間に巻き込まれて弾道を曲げられる。
「俺の攻撃がきかねぇえええええええっ!」
 絶叫の直後、W・1105はバルザーにその身を貫かれる。直後、倒れるW・1105を後目に進行方向を変えたバルザーは、W・1107に向けて突進した。
 上空、弾幕を張りながらも回避に移るW・1107。しかり、バルザーはそのスピードでは有り得ない旋回性能を見せてそれを追う。
「俺に‥‥追いつくだと!?」
 焦りの声を上げた時、既にバルザーの姿は目前にあった。W・1107はバルザーの突進を胸に受け、一撃で地に墜ちる。
 そしてバルザーは、最後の目標を目指した。
 リニアレールガンやエネルギーライフルの直撃を、尽く受け流し、バルザーはW・1106に狙いを定め‥‥飛ぶ。
「これほどの敵か‥‥」
 撃ち続けながら、W・1106は皮肉げに呟いた。その攻撃の全ては効果を及ぼしていない。
 バルザーが目前に迫る。だが‥‥その時だった。
「空間湾曲!」
 W・1106と、バルザーの間に割り込んだのは、ドリルガールらせん。
 ドリルガールの魔法のドリルが、バルザーのシールドが起こす空間湾曲場を受け止め‥‥干渉し、消滅させた。
「‥‥‥‥」
 W・1106はこの隙にと、リニアレールガンとエネルギーライフルを放つ
 空間湾曲場を失ったバルザーは、その攻撃に為す術もなく吹き飛ばされ‥‥地面に激突して、大地を削りながら、地を転がる。
 そして、止まったそこに走り込んだレミントンが、素早く銃を4発撃ち込んだ。
 能力を使用した上でのグロックでの射撃。拳銃弾ではあったが、超常能力「死点の鬼眼」を使っての射撃は、バルザーの両肘両膝を消滅させ、その動きを完全に止める。
 また、同じく駆け込んだFZ−01はバルザーの盾を確保。遠くへ投げ捨てた。
 最後に、宮小路が名刀『髭切』と妖刀『村正』の二刀でもってバルザーを押さえつける。
「犯人確保‥‥無駄な抵抗はしないことです」
 宮小路は、まだ動こうとしているバルザーに言った。
 バルザーは‥‥何の感情もなく、おもむろに言葉を発する。
「任務継続不能。現時点を持って、地球を赤色汚染警戒星域に認定。保護から、監視へとプログラムを移行する。これにより、宇宙公安の自爆装置作動‥‥宇宙公安の存在の全ては地球上から消滅する」
「な‥‥」
 驚き、声を無くす宮小路。そこに、FZ−01が割り込んだ。
「ど‥‥どうして、自爆なんてしなくちゃならないんです!」
「‥‥君か‥‥」
 バルザーが顔だけを動かし、FZ−01を見た。FZ−01は、そこに今まで見る事の出来なかった、感情の様な物を感じる。
 希薄ではあったが‥‥確かにバルザーは笑っていた。
「君は任務を果たした。おめでとう」
「い‥‥いえ、僕は‥‥‥‥」
 本当に任務を果たしたのか? こうして、バルザーは目の前に倒れている。しかし、任務達成の実感はなかった。
 ただ‥‥虚しい。
「自爆は、自分の任務を止めるために必要なプロセスだ。オルグ獣は、死ぬか、任務を達成するかしなければ、その活動を止められない」
 バルザーはFZ−01の葛藤など気付かない様子で言葉を続ける。
「もう時間がない。すまない‥‥そして、ありがとう。君とした握手を忘れない」
「な‥‥何を‥‥‥‥」
 何を言うべきなのか? わからないFZ−01に、バルザーは最後の言葉を送った。
「殺してしまった女性と傷つけてしまった少女に‥‥代わりに祈りを捧げてやってくれ。作られた存在の自分に、祈る神は居ないから」
「勝手なことを‥‥貴方が殺したくせに。あの女は死んで当然だったけど、愛ちゃんも死んだのよ!? もう、祈りなんて届かないわ! 黙って、死んで行きなさい!」
 ドリルガールの憎悪に歪んだ声が響いた。
 少女の死を知らされ、バルザーは少なからず動揺したようだったが、やがて無念そうに溜め息をついた。
「もう‥‥時間だ。逃げろ」
 バルザーの言葉。それを合図に、その場にいた皆は一斉に逃げ出す。FZ−01は最後に‥‥一言残して走り出した。
「地球の平和は地球人で守ってみせます」
 その言葉が届いたかどうか‥‥だが皆が走り去った後でバルザーは最後を迎える。
 それは爆発ではなく、消滅だった。
 バルザーを構成していた全てが、爆発の中で原子よりも小さな物に分解され、拡散していく。
 何もかもを消滅させて、バルザーは消えた。
 ただ、直径数十mの半球状のクレーターを残して‥‥
 そして、バルザーの自爆と同時刻、富士山中で同様の爆発があった。
 現場には、同じくクレーターはあったが、その爆発した何かを特定できるような物は何一つ残っては居なかった。

●赤軍派オルグ
「バルザーが死んだようだな」
 戦場を遠く見‥‥将軍が呟く。
 何をするまでもなく、地球人達の手でバルザーは殺されていた。
「ふん‥‥貴様などいらなかったというわけだ。まあ良い。帰るぞ‥‥」
 将軍は不機嫌に鼻を鳴らしてから、傍らに付き従う赤軍派オルグに言う。だが、赤軍派オルグはその言葉に、侮蔑の笑みを浮かべた。
「帰る‥‥あの牢獄へか?」
「当たり前だ。バルザーが死んだ今、貴様など‥‥」
 言いかけ‥‥将軍の言葉は凍り付く。
 振り向いたその先、赤軍派オルグは光り輝くビームゲバ棒を抜いていた。
「な‥‥何のつもりだ」
 必死に威厳を保ちながら、腰の銃に手を伸ばす将軍‥‥だが、その動きを終わらせる前に、赤軍派オルグはビームゲバ棒を振る。
 将軍の手首が、ポロリと落ちた。
「ひっひあああああっ! 手が! 手が!」
「俺はもう戻らない。お前達のやり方はうんざりだ。俺が正しいやり方で世界を革命してみせる。この地球の同志達と手を組んで‥‥」
 赤軍派オルグは、顔を隠すヘルメットとマスクの奥で、明らかに笑っていた。
 将軍は、まるで信じられない物を見るかのような目で赤軍派オルグを見上げる。
 その前で赤軍派オルグは、腰の辺りから短く切った鉄パイプの様な物を取り出した。
「『赤』のくだらない平和主義。人道主義。そしてあんたの面‥‥全部、反吐が出る」
 言いながら振り下ろした鉄パイプ爆弾が、将軍の胸にめり込み、そして突き刺さった。
 直後、赤軍派オルグは将軍の体を蹴り飛ばす。
 まるでゴムマリのように宙に舞う将軍‥‥そして、ある程度飛んだ所で、将軍は爆発した。
 破片も残さず、空の閃光に消える将軍。
 それを見届け、赤軍派オルグは歩き出す。何もない荒野へと‥‥
「戦い、血を流して勝ち得てこそ、革命には意味がある‥‥俺がそれを実証してやろう」

●傍観者達の戦い
「バルザーが死んだ‥‥か」
 戦場を遠く見ながら、田中・裕介は安堵の息を吐いていた。
 これで、ミナがバルザーに消されることはない。全ての問題が解決したわけではないが‥‥それでも、少しは安心できる。
 後は、洗脳のこと、『赤』の事、浄化の事‥‥
「で‥‥これから、どうするのだね?」
 突然かけられた声に振り返る田中。振り返った先にいたのは、半仮面の男‥‥
「‥‥アンサズ!」
 怒りの声。同時に田中は、その手に大鎌を握りしめていた。
 だが、アンサズは何ら動ずることなく、言葉を紡ぎ続ける。
「『赤』の浄化‥‥そしてそれは赤による心の侵略行為です。まさか、それに協力はしないでしょう?」
「ミナの心を弄んだ男が、『赤』の浄化を罪だとうそぶくのか!」
 アンサズの嘲笑混じりの台詞に、田中は怒りを込めてかえす。だが、アンサズはそれにも嘲笑をもって返した。
「言動の不一致を責めるなら、君も自省したまえ。ミナを助けたいと思ってるらしいが、君のそうやって戦って事態を解決するやり方と『赤』の理想は所詮相容れない」
 田中の持つ大鎌を指さすアンサズ。
「『赤』に頼りつつ、浄化装置は良くないなどとは虫が良すぎる」
「何故それを‥‥そうか、心を読んだな」
 自分の考えを読んで、そこを突いてきている‥‥動揺を感じずにはいられない田中は、相手の手を推測する事で動揺を押さえ込もうとした。
 しかし、自分でも迷っていることを憎む相手に的確に突かれ、矛盾を暴き立てられるのは酷く動揺を誘う‥‥
 アンサズは笑み混じりに言葉を続けていた。
「何にせよ、浄化を否定するならばミナは結局、君の敵にしかならない。それで救うつもりなのだから、君もとんだ道化だな」
「ミナは、『赤』から引き離す! 浄化も止めさせる!」
 動揺の中で田中は叫んだ。だが、アンサズは肩をすくめ、今度は田中を哀れむ様に言った。
「それが道化だと言うんだ。彼女は彼女の正義を信じ、それに殉じる覚悟もできていた。そんな彼女からその正義を奪う事‥‥それは、『赤』の浄化とそう大きな隔たりはない。まさか、地球規模は拙いが、ミナ一人くらいなら問題はないとか言わないだろうね?」
「く‥‥‥‥黙れ‥‥黙れ!」
 田中は‥‥瞬時にアンサズとの距離を詰め、大鎌を振るう。だが、それは何も居ない空を切り裂くのみ。
 アンサズは、やや離れた場所にテレポートし、なおも田中に言葉を投げ掛ける。
「どんな性質のものだろうと、暴力を振るう男はミナから嫌われるよ。気をつける事だ」
 言い残してアンサズは、テレポートで宙に掻き消えるかのようにして消えた。
 田中は、大鎌を握り周囲を警戒し‥‥そして、がっくりとそこに膝をつく。
 迷いを抉られ、心が酷く疲れていた。
「くそ‥‥」
 呟いて田中は立ち上がる。
「一度‥‥戻ろう」
 『赤』の宇宙船に戻る‥‥その約束はしていた。定められた場所に行けば、田中は『赤』の宇宙船に引き上げられる。
 戻ってどうするか‥‥まだそれは決まっていなかったが、それでも今はミナを姿を見たかった。

「‥‥あまりからかうと、怪我をするわよ」
 テレポートで、富士のハイキングコースに戻ったケーナズを、イヴ・ソマリアは待っていてくれていた。
「何‥‥面白くて、ついね。で、そちらの首尾は‥‥」
 半仮面を外しながら聞くケーナズに、イヴは首を振って答える。
「ミナの洗脳が解除されたわ。それに、コンタクトも出来なくなってる‥‥」
「‥‥流石に、手が早い」
 ケーナズの表追うが僅かに曇った。
 イヴはそのまま言葉を続ける。
「向こうの技術は高いわ。考えてみれば、『赤』は思考制御系の技術に長けていたみたいだし‥‥やっぱり、あの田中って子に返したのは失敗だったかも。使い道が無くても、手元に残しておくべきだったわ」
「それは仕方がないでしょう。まさか、『赤』を頼るとは思わなかった。そうでなければ、ミナは確実に彼の足枷になっていたでしょうからね」
 計算違い‥‥そう言わざるを得ない。
 そして、もう一つの計算違いが、今日、目前で起きてしまっていた。実は、そちらの方がダメージは大きい。
「バルザーだけど‥‥どうするの?」
 イヴが切り出す。ケーナズは、「ああ」と小さく返し、それから言った。
「彼の力を借りることは出来なくなった‥‥もう、私達自らの手でどうにかするしかないでしょう。これからは『赤』の本拠地探しですね」
「そう‥‥ね。負けないよう、頑張りましょう」
 言いながらイヴは、踵を上げて背を伸ばすと、ケーナズの首に手を回して抱き寄せて、唇を重ねた。『赤』には負けないと言う決意を確認しあうかのように‥‥

●帰還
「依頼‥‥果たしましたね」
 夕日の沈む中、零は残されたクレーターを見ながら言った。
 クレーターも今は埋め立て中で、一夜経たずして痕跡を消してしまうだろう。
 後はきっと、ダミーで架空の存在しない犯人がでっち上げられて終わりだ。
「何か‥‥釈然とはしないが。ともかく、依頼はこれで果たした。後は帰るだけだ」
 レミントンは零の横に立って言う。
 実際、バルザーという存在についてわからないことが多く‥‥ただ来て、殺しただけ。しかも、相手の自爆‥‥
 宇宙政府がどうとか言っていたのも謎だ。本当にそんな物はあるのか?
 何にせよ、全て終わってしまったのだから、これ以上、追うこともできない‥‥
「行こう。もう、ここに用はない」
 レミントンはきびすを返す。
 零さえついてきていれば、ここに残される物など、どうでも良かった。

●浄化の始まり
 宇宙船内‥‥その部屋からは、銀に輝く月が見える。
 その月を見せる窓の前、『赤』の女幹部リン・パラは同じく女幹部のミナ・ルーと共に立っていた。
「これより、浄化を始める‥‥ミナ、設定変更を」
「はい‥‥リンさん」
 美貌で豊満な体型の女性であるリンと、少女のあどけなさを残したミナ‥‥二人は、窓の前に置かれた操作盤に向かい、浄化発動の設定を変更していた。
「馬鹿な! 止めろ! そんな設定では船内にまで浄化の光が溢れる! 我々まで浄化されるぞ!」
 縄で縛り上げられ、床に転がされた『赤』の大幹部であり、リンとミナよりも地位が高いはずの議長が喚く。その議長に、リンは冷たく言い放った。
「議長‥‥我々が受け入れられない物を、どうしてこの地球の人々に強制する事が出来るんです?」
「わ‥‥我々はかまわないのだ! 地球を支配する我々は‥‥」
 見苦しく足掻く議長‥‥リンはそれを無視して、操作盤の上に手をかざした。如何なる機構によるものか、リンを個人識別した操作盤は、起動スイッチのケースを開く。
「地球は地球人達の物です。そんな事もわからない濁った目‥‥開かせて差し上げましょう」
 最後に‥‥リンは議長に微笑みかけ、それから傍らのミナを抱き寄せる。そして、ミナの手を取ると、一緒に起動スイッチを押した‥‥
「やめろぉおおおおおおおっ!」
 議長の叫び。
 直後‥‥月光が白さを増した。その光が増すに連れ、船内もまた白く染まっていく。
 同じく、白い月光は、地球にも降り注ぎ始めていた‥‥

●IO2危機対策会議
 アメリカ合衆国、IO2本部。
 月光が白さを増した事に関し、今、会議が行われている。地球全体の変化という未曾有の状態‥‥だが、会議に参加する者達は、緊迫すると言うよりも、困惑の様相を見せていた。
「月光の効果は、人間や幽霊、妖物‥‥地球上に存在する全ての知的存在に影響し、他者を害する行動への意欲を失わせ、逆に他者を救いたいと思う心を増幅する。要するに、世界中をキリスト並の善人だらけにしてしまう訳です」
「影響を免れないと言うのに例外はありません。召喚した魔族に月光を浴びせた途端、自らの罪を悔いて泣き始めたのには驚きましたが‥‥」
 神への反逆者、悪意のみの存在である魔族すらもが、その効力から逃れることは出来ない‥‥これは非常に恐るべき事であった。
 しかし、これのもたらしたものは、破壊的なものではなく‥‥むしろ、救済なのである。
「世界各地の紛争地域でも、ここ数日は大きな作戦行動は行われていません。影響が出ていると考えて間違いないでしょう」
「犯罪率も日々低下の一途を辿っています。シカゴに殺人の無い夜がくるとは思ってもみませんでしたよ」
 紛争地域、犯罪多発地域、それら人間同士の衝突が原因で悲劇が起こる場所での死者は急速に減少していっていた。
 また、目に見えないところでは、募金される金額や、ボランティア参加者の増加という変化も起こっている。
 全てが、冗談のような平和へと向かっていた。
「これは、我々に与えられた福音なのか‥‥それとも侵略なのか。何にせよ、全ては手の届かない天空の高みにある」
 その場にいた誰もが、何気なく空を見上げる。一様に浮かべるのは、不安を押し殺した表情。
「月の光は強くなっている。地球人類全てが、その効果に完全に毒されるまで、もう何日もないだろう‥‥」

●浄化を待つ日々
『社長。衛星レーザー砲による攻撃は、その全てが失敗に終わりました。バルザーの時に観測された空間湾曲式防御フィールドの大規模な物が、宇宙船周辺に張り巡らされている模様です』
「なるほど‥‥」
 社長室に届いた部下からの報告に、ただそれだけを呟いて貴城は通信を切った。
 ありとあらゆる攻撃がその軌道を歪められ、彼方へと飛ばされる。これでは、長距離攻撃はもちろん、直接乗り込むこともできない。
「バルザーを生かしておかなかったのはこちらのミス‥‥痛いですね」
 社長の座‥‥所の話ではなく、地球から戦争と呼べる物が無くなるか否かの瀬戸際だった。
 もし無くなれば、TI社は当然、その商品を売ることが出来なくなる。それは、何としても避けなければならない。
「とはいえ‥‥如何なる手段が残って居るんでしょうかね」
 貴城は立ち上がり、窓に下ろされたブラインドに歩み寄ると、その隙間から空を窺う。
 昼の白い月‥‥それは、貴城を嘲笑うかのように空に浮かんでいた。

「‥‥送って上げたいけど‥‥無理よ。空間が歪んでいるの。しかも、常に歪みは変動している。この歪みを切り裂くか、貫くか出来ないと、本拠地にはたどり着けない」
 ホテルの一室。窓を閉め切った部屋の中、二人でベッドに横になりながらイヴとケーナズは話し合っていた。
「『赤』の地上施設はあくまでも発着点でしかなくて、転送装置も浄化装置も宇宙船側‥‥幾つか潰しての結果だから、地上施設から宇宙船へのルートはないと判断して良いわ」
 イヴの報告を聞きケーナズは、その労をねぎらうかのようにイヴの額に軽くキスをして、事実を確認する為に呟く。
「空間が歪んでいる‥‥と言う事は、テレポートで飛び込んだりすれば、何処に出るかわからないと言う事ですか」
 幾らテレポートとはいえ、位置座標もはっきりしない上に、ほぼ常時その存在位置を変え、その上でテレポート先となる宇宙船の中を見たことすらないという状況では、完璧なテレポートなど出来るはずもなかった。
 そして、少しでも着地点がずれれば、そこは宇宙空間‥‥死が待っている。
「籠城戦にはうってつけですね。もっとも、『赤』の方針からいって、向こうから攻めてくる事はないのでしょうが」
 そして、防御さえ固めていれば、地球は綺麗さっぱりと掃除され、善人の住む善人の国になる。ケーナズ達の敗北というわけだ。
「私達の手でなんとか出来る‥‥そう考えたのは、間違いだったのかもしれません」
 ケーナズはここに来て考えの甘さを悟る。
 敵が宇宙にいること‥‥そして、自分達以上の進んだ技術を持っていること。その二つは、想像以上に厄介だ。
「おそらく、バルザーは持っていたのでしょう。空間の歪みを貫いて、敵母艦に到達する手段を。考えてみれば、『赤』の技術はバルザーの所属する宇宙の技術なのですから当然ですけどね」
「でも、バルザーは死んだわ。今となっては誰も、『赤』の宇宙船に到達出来ない」
 イヴが言葉を返す。
 そう‥‥バルザーは死んだ。もはや、彼の力を借りることは出来ない。
「そう‥‥ですね。それでも、何とかしなければならないわけですが‥‥」
 月の光は、ケーナズの心も蝕んでいる。ともすれば萎えてしまう闘争心‥‥それが、やがて完全に消え果てたとき、ケーナズの敗北が決まるのだ。
 ケーナズは、窓の外を透視して見る。
 空は朱に染まっていた。
 太陽が沈み‥‥また月の時間がやってくる。


 今、世界に救済の危機が迫っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】

2209/冠城・琉人 (かぶらぎ・りゅうと)/84歳/男性/神父(悪魔狩り)
2475/W・1107 (だぶりゅー・いちいちぜろなな)/446歳/男性/戦闘用ゴーレム
2457/W・1105 (だぶりゅー・いちいちぜろご)/446歳/男性/戦闘用ゴーレム
1865/貴城・竜太郎 (たかしろ・りゅうたろう)/34歳/男性/テクニカルインターフェイス・ジャパン社長
1855/葉月・政人 (はづき・まさと)/25歳/男性/警視庁対超常現象特殊強化服装着員
1481/ケーナズ・ルクセンブルク (けーなず・るくせんぶるく)/25歳/男性/製薬会社研究員(諜報員)
2407/W・1106 (だぶりゅー・いちいちぜろろく)/446歳/男性/戦闘用ゴーレム
1548/イヴ・ソマリア (いヴ・そまりあ)/502歳/女性/アイドル歌手兼異世界調査員
1098/田中・裕介 (たなか・ゆうすけ)/18歳/男性/高校生兼何でも屋
0166/レミントン・ジェルニール (れみんとん・じぇるにーる)/376歳/女性/用心棒(傭兵)
2066/銀野・らせん (ぎんの・らせん)/16歳/女性/高校生(/ドリルガール)
0461/宮小路・皇騎 (みやこうじ・こうき)/20歳/男性/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
2196/エターナル・レディ (えたーなる・れでぃ)/23歳/女性/TI社プロモーションガール

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■         ライター通信          ■
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 もう少し、バルザーを庇う人がいると思ったのですが、一人も居なかったため、めでたくバルザーは死にました。
 ほとんどオーバーキル状態です。

 次の問題は、ついに始まった浄化の方。
 バルザーが居ない今、彼の宇宙船を使うという当初の予定は使えない。
 さて、どうしたものか‥‥

 いや、浄化が完成しても、世界が平和になるだけなんだけどね。