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■大いなる褌■

里子
【2475】【W・1107】【戦闘用ゴーレム】
 ひととは考える葦である。
 つまり考えなく場ただ芽生え伸び、枯れていくものと何ら変わりない。
 それはある意味驕りでもある。あるがままの存在としての価値を貶める言葉でもあるからだ。
 しかし、人足りえる為に人は思考する。そうして己を万物の霊長と名乗るのだ。
 人であるが故の、それは業だ。
 ――すなわち。

「即ち、こんな不条理な事は認めないと私は人として思考する、と」
 草間が細かい灰の散ったデスクの上に広げていた原稿用紙を覗き込み、麗香は実に事務的にそれを読み上げた。草間は顔を上げもしない。
「なにをしてるのよ一体?」
「手記を認めている」
「なんで?」
「理由がいるか?」
 顔も上げずに万年筆を滑らせている草間に、麗香は胡乱な視線を投げた。
「――随分と根性がないこと」
「なんとでも言え」
 その間にも手記はどんどん進められていく。

 ――その実在を認めまた受け入れた瞬間、私の人としての自我は崩壊するだろう。いや葦と呼ばれることさえ、それを受け入れることに比較すればまだ易しい。
 私は認めない断じて。認めるわけには行かないのだ。

 業を煮やした麗香は草間の万年筆を奪い取った。抗議の声などまるで聞かずにその原稿用紙に書き加える。

 ――認めないとそう思考する事自体が既に認めているのだ。その存在を。

「待てコラ!」
「逃避もいい加減にして頂戴」
 ばしんと麗香はデスクを叩き、そして持参してきていた一枚のプリントアウトを草間に突きつけた。ネットショップのTOPページらしい。

OMF。〜あなたの夢を叶えます〜
夢の一枚をあなたに。素材柄フィット感総てあなたの思うが侭。
オーダーメイド褌ショップはあなたの夢を叶えます。

「認めん!」
「認めなさい! ついでに人を派遣して調べて頂戴! あれがあの様子じゃうちの編集部はお終いなのよ!」
 麗香が指指す先には三下の姿があった。
 フリルのついた褌一枚の姿である。興信所までは麗香に頭から毛布を被せられていたが今ではとっくに振り払っている。しかも己が今異常な状況にあることは無自覚らしい。
「なんなんですか〜編集長〜?」
 ときょとんとしている。いやなにって褌なんです。

「おかしいのよ明らかに。三下君は三下君だけど、いくらなんでもあんな下着の趣味はないわ」
 柄にしても形状にしても。と、麗香は眉を顰めた。
「まだ被害は少ないけど結構な噂なのよ。行き成り褌姿で出歩いてその異常性に気付いてないって人が出てるって」
「だから俺にどうしろと!」
「だから逃避は止めて調べて頂戴」
 無情に、麗香は言い切った。
大いなる褌

 ひととは考える葦である。
 つまり考えなくばただ芽生え伸び、枯れていくものと何ら変わりない。
 それはある意味驕りでもある。あるがままの存在としての価値を貶める言葉でもあるからだ。
 しかし、人足りえる為に人は思考する。そうして己を万物の霊長と名乗るのだ。
 人であるが故の、それは業だ。
 即ち、こんな不条理な事は認めないと私は人として思考する。
 ――その実在を認めまた受け入れた瞬間、私の人としての自我は崩壊するだろう。いや葦と呼ばれることさえ、それを受け入れることに比較すればまだ易しい。
 私は認めない断じて。認めるわけには行かないのだ。

「旦那旦那。気持ちはわかっけど正気に戻ってみねーかここは一つ?」
 威吹・玲璽(いぶき・れいじ)はとりあえず自閉しまくっている草間の肩をゆさゆさと揺さぶってみた。しかし見事に無駄だった。草間はぶれる視界にも全くめげずにブツブツいいながら手記を認め続けている。揺れるおかげか手元の文字は全く一切読めるシロモノにはならないのだがそれでもやっぱり構わない。或る意味途方もなく根性の入った自閉である。
「ダメだなこりゃ……」
 肩を竦めた玲璽はその瞬間にはたと気付いた。
 何故自分はここにいるのだろう? 別にそんなに居たいわけでもないし用があるわけでもないし。否が応なく巻き込まれるのは毎度の事の気がしても、巻き込んでくれる対象がこの状態ということはつまり――
「何処へ行くのかね?」
「で? 何処行くつもりなの?」
「いやまともな人生への一歩目を踏み出そうかと」
 つまりで逃げようとコソコソドアへと向かった玲璽の右肩を掴んだのは桐生・アンリ(きりゅう・あんり)、左腕を掴んだのは瀬川・蓮(せがわ・れん)である。
「逃げられちゃ困るよ。僕の仲間にも被害がでてるんだからさ」
「いやだから俺がいなくてもいーでしょーが」
 13歳の子供に低姿勢になってしまう25歳成人男子というのも如何なものか。にーっこりと微笑んだ蓮はなだめるように玲璽の肩を叩いた。
「これも運命だしね」
「陳腐な一言で片付けるなあああぁああぁ!!!!」
「陳腐なんて随分な言い草じゃない?」
「運命なんつー単語の何処が陳腐じゃねーってんだよチクショウ」
 強引に肩から手を振り払った玲璽は『それにっ』とソファーの上の異物。草間を自閉させている元凶を示した。
 麗香の置き土産、フリル褌三下である。いいわね三下君、君の仕事は今から私がいいと言うまでこの興信所に張り付いていることよととっくりと麗香に言い聞かされている。
 ――草間が自閉している隙に。
「あんな運命受け入れられるかああぁああぁ」
「ふむ、確かに」
 それまで黙っていたアンリが相槌を打つ。おお味方登場かとちょっと喜びかけた玲璽だったが次の瞬間その喜びはものの見事に崩れ去った。
「フリル付きの褌はいただけないな。褌たるものやはりSimple is best.ではないかね」
「そんな問題じゃねー!!!!」
「何を言うのかね! 褌というこの素晴らしい文化に対しての冒涜というものだよその発言は!」
 アンリはうっとりと虚空を見つめて語る。
「越中、六尺、もっこ……形は様々なれどもその真髄は締め上げる事にある! このような貧弱で可愛らしいレースやフリルで褌をつくろうなどとは言語道断。文化への反逆というべきではないのかね!」
「……やけに詳しいね」
 心なしか蓮が身を引いたが桐生先生聞いちゃいねえ。
「私も下着はこの間から褌を愛用しているのだよ。実に爽快な締め心地だ。やはり伝統というものは疎かにするべきではないのだよ」
 桐生教授、嘗て関わった褌騒動よりこちらすっかりその魅力に取り付かれてしまっているらしい。強制的に褌になっている三下より自主的な分始末に終えないと言うか凄いと言うかなんか色々である。
 玲璽はがっくりと膝をついた。
「……いないのかここに俺以外にまともな人間って……」
「我思う故に我あり、ひととは考えなければならない、そして戦わなければならない。そうそれこそが聖戦であり、ジハード。ヨハネ黙示禄になど負けるな人類……」
「草間も自閉してんじゃねー!!!!」
 がっしゃん。
 妙に重々しい音が響く。その音に一同は漸くその存在に気付いた。W・1107(だぶりゅー・いちいちぜろなな)446歳性別男職業戦闘用ゴーレム。
 こんなものに気付かないあたり事態がどれほど混迷していたかを無言で証明しているようなものである。性格には自閉一人、事態を舐めているもの一人、錯乱一人、感動一人という打ち分けである。チームワークも何もあったもんじゃない。
 W・1107は無言で右腕に内蔵された二連装ガトリングガンをポイントした。
 事務所にカビを発生させそうな自閉症探偵に向かって。
「目標発見……攻撃開始」
「すんなあああああああっ!!!!」
 止めに入ったのが玲璽オンリーという辺りが尤も深刻な問題だったかもしれない。

 さて、調査は見事なまでに空振りだった。
 オーナーに突撃取材を試みたかったアンリも、サイトにあった出張所住所に出かけていってそこが単なるテナント募集中の開きフロアでは引き返してくるはずがない。何故か本社が千代田だと決め付けていた蓮もご同輩である。決めたところでそんなところにはないのだから遺憾ともし難い。因みにサイトに記されていた本店の住所は褌県褌郡褌村ふんどし。明らかに虚偽である。何で宅配業者がこんなものを受け付けたのかもわからない。代金はネットマネー清算。見事なばかりにわけが分からない。
 W・1107に至ってはそもそも調査する前にでかけた先で人だかりと悲鳴を巻き起こすのが精々。覚悟を決めてしまっている玲璽には調査の意志はないときている。
 どうしようもないといえばどうしようもない。
 そうなってくるとまあ取れる手立ては一つである。現物を入手することだ。シュライン以外の面子は大胆にも迷わずその手段を取っていたが。
 時間差はあっても同じ日の発注。届く日は同じ。
 そしてどいつもこいつも人情ない事に勿論自分の住所では発注はしてない。総て草間興信所着@月@日。
 ――そして悪夢の日を向かえる。

「おはよう! 清清しい朝だな!」
 元気溌剌と草間興信所の扉を開いたのは誰あろう桐生アンリ教授現在やもめ白い歯もまぶしいナイスガイ。
「……よーす、旦那」
 逆に暗雲背負っているのは威吹玲璽元スジモノ候補現職バーテンダー彼女がちょっと欲しいお年頃(?)。褌への愛の差はこんな風に哀しいほどに傍目に現れてしまう。うんうんと頷いた蓮は我関せずとただおはようと挨拶する。尤も我関せずでいられるのも今の内の話かもしれないが。
「おはよう」
 がっしゃん。そろそろ機械油さしたほうがいいだろうと思われる音を立ててW・1107がアンリの挨拶に答えた。アンリはニコニコと上機嫌でその側に歩み寄り肩を叩く。
「おはよう。それで現物は届いたかな?」
「……」
 W・1107は無言で己の立っていた場所を譲った。そこには四人分の通販内容とは思えないほどの数の包みだか箱だかが詰まれている。アンリは目を輝かせた。
「定刻を守って届けられるとは! やはり扱う商品故だろうか。素晴らしい!」
「……正気かい」
 玲璽の遠い目で遠い声など勿論聞こえては居ない。
「まあまず開けて見てくれたまえ」
 無邪気に笑う地の奴隷に、蓮と玲璽は顔を見合わせた。開けたらどうなるか。それは三下の姿で否というほど分かっている。正気でなくなり、褌一丁に何の疑問も抱かず徘徊するようになるのである。止める手立てもわかってない以上、はっきり言って確実にそうなる。
「えーっと」
「いやちょっと俺は下準備が」
「そうかね?」
 自分の分の包みを抱えて小首を傾げるアンリに、じりじりと二人は後すさる。玲璽はこそこそと自分のジーンズに『脱げるな』等と声をかけてみたりしている。必死である。往生際が悪いとも言う。
「了解」
 躊躇するナマモノ二人よりも先に動いたのはW・1107。全く迷わず包みを開けると、やはりまったく迷わず褌を装着する。
「……」
「…………」
「………………」
 給湯室で自閉している草間以外の面子は沈黙した。
 異様といえば異様だが、そもそも着衣らしくものは身につけていない戦闘用ゴーレム。褌一枚装備した所で何もかわらない。
 まあそれにしても居様と言えばやっぱり異様なので、黙りこくったりしてしまうわけだが。
「素晴らしい!」
「あ?」
「へ?」
「素晴らしいよW・1107君! 完璧だ! 完璧な褌の締め方ではないか! いや最先端な身形の割によく文化を勉強しているようだね!」
 論点が違うだろうがこの親父。
 蓮と玲璽がそう突っ込まなかったのはただただ脱力してしまっていたからである。そして感動に打ち震えるアンリは即座にくるりと二人へと向直る。
「さあ! 我々も開けてみようではないかね!」
「へ?」
 真っ先に被害にあった包みに記されていたお届け先の名前は瀬川蓮。続いて被害にあった包みに記されていた名前は威吹玲璽。



 覚えてないよその瞬間のことなんて。まあ思い出したくもないけど。
 後日談:瀬川蓮



 二人の名誉のために。それは省略しよう。
 有態に言うと生着替えである。省略してないとか突っ込みは却下である。描写してないだろう克明には。してもいいのだがまあ筆者にも情けはある。
「……」
「…………」
 下りた沈黙は2人分。 そもそも口数の少ないW・1107はいいとしてアンリもまた流石に度肝をブチ抜かれて沈黙してしまっている。
「私だって褌否定派じゃないが……」
 頬から冷や汗を流すアンリに玲璽が不思議そうな視線を投げた。
「どうかしたのか?」
「どうかしているのはキミだと思うがね」
「なにが?」
 きょとんと蓮も小首を傾げてみせる。
 二人とも立派に褌姿である。勿論それに何の疑問も抱いていないようだ。玲璽に至っては散々用心してその上ジーンズの下に海パンまで装備していたというのにその用心さえも忘れ去っているようである。無論褌はナマ装着。海パンは部屋の片隅に脱ぎ捨てられている。
「いや確かに褌は素晴らしいが……しかしなぁ、どんなに褌が素晴らしくても下着姿で歩くのは確かに感心しない」
 きょとんと傾げられる首は二つである。アンリは深深と溜息を吐いた。
「いくらなんでもこれは性質が悪いというものだ」
 しみじみと呟いたその時、閃光が事務所を満たした。

『なんじゃと無礼な!』
 突如として響いたその声に、一同は顔を見合わせた。
 光輝は未だに続いている。そしてその声はどうも天井から響いている。もしかしたら天上かも知れない。
「意味が把握出来ない。返答によっては攻撃を開始する。何者だ」
 がっしゃん。W・1107が天井に向かって腕を構える。だが威嚇などしなくてもその光源は喋りたくてたまらなかったらしい。直ぐに返答が帰ってきた。
『性質が悪いとは何事ぞ!』
「いいはずがないとは思わないのかね?」
『なんと! 褌のどこが性質が悪いのじゃ!』
 なんとなく漠然と予感はある。その期待にアンリが胸を躍らせている内に、正しくそのままの質問をW・1107がした。
「その返答は質問に対しての答えに該当しない。もう一度だけ質問する。何者だ」
『なにと言われてものぅ。神じゃ』
「やはりそうなのかね!」
 アンリが瞳を輝かせる。
『おおおぬしは! 残留思念を一人庇ってくれたのは!』
 アンリには心当たりがしっかりある。その事件を経て己は褌に目覚めたのである。
『つまりのう。余りにも地上で褌が廃れておるのでな。ここはやはり神たるわしの出番じゃとそう思ってのぅ』
「ほほう!」
 眩しい光源の中ではメモはとれない。アンリは一言たりとも聞き逃すまいと耳を欹てる。
『こうしてその素晴らしさを進める為にのう。いんたあねっとなるものを駆使してありがたい褌を広めておるのじゃよ』
「ふむ」
「なんかよくわかんないけど大変そうだねー」
「そうだなー」
 被害者が二人して何かうんうん頷きあっている。勿論褌一丁は継続中だ。
「まあそれはいいとしてこんな正気を失わせるのは如何なものかな?」
『仕方ないじゃろ。そうでないとだーれも締めてくれんのじゃから』
「何を言われますか! 私は褌を愛用しているぞ。だが、褌姿で歩くのだけはいただけない。日本には秘してこそ華という言葉もある」
『ふむう。気に要らんか』
「技などに頼らずとも褌の素晴らしさはきっと広まることだろう!」
 アンリが自信満々で胸を張った。
『ならお主に免じるとしようかのう』
 一際光輝が強くなる。
 この会話の流れなら。つまり正気に戻すわけで、正気に戻っても服は着ておらず……
 そして。
 もの凄まじい絶叫が興信所に響き渡った。

 それきり光輝は消え去った。代わりに激怒する子供が一人と地の底まで落ち込んだ男が一人残ったがそれは兎も角。
 正気じゃなくなる、という部分を取り払われたOMFの褌はその後もぼちぼち発注があったらしい。

「うむ便利だな! なにしろ売っている場所が少なすぎて自作するしかなかったからなー」
「下半身の稼動に利点あり。機能的」
「いや素晴らしい!」
「標準装備に追加」
 噛合わない会話をする二人は、どうやらそれなりに幸せそうである。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1973 / 威吹・玲璽 / 男 / 24 / バーテンダー】
【2475 / W・1107 / 男 / 446 / 戦闘用ゴーレム】
【1439 / 桐生・アンリ / 男 / 42 / 大学教授】
【1790 / 瀬川・蓮 / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー)】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、里子です。今回は参加ありがとうございました。

 褌三連作、これにて終了でございます。私が出すゲームノベルの褌はこの大いなる褌が最後となります。その二回目募集と言う事で、本気でラストです。(まあ草間にシナリオがあったりもしますが)
 トリに相応しく神様の登場です。神様。
 褌の神様に祝福された皆様。おめでとうございますええ。<待て

 今回はありがとうございました。また機会がありましたら宜しくお願いいたします。