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■成人式を邪魔しないで■

ゆみ
【2593】【深薙宜・更紗】【酔天経理アルバイト(笑)/何でも屋】
 ざっくりと切り裂かれた赤い振袖のすそを見ながら、貸し衣装店の主である布谷尚人は盛大にため息をついた。
 振袖が切り裂かれる事件は、これでもう、10件にもなる。
 お客が試着室にいる最中にしか事件はおこらないので、はじめはたちの悪い嫌がらせかなにかだろう、とたかをくくっていた。商売をやっていると、他人から恨みを買うことも多いのだ。
 だが、さすがに、こうも続くとなると、ただのイヤガラセとは考えにくい。
 被害者には特に共通点はなさそうだし、軽症とはいえ、怪我をしている人間も出ているのだ。わざわざ自分の身体に傷をつけてまで嫌がらせをするような人間が、複数いるとは考えにくい。
「……困った。せめて誰の仕業なのか、わかればいいけど……このまんまじゃ、商売あがったりだ」
 布谷は頭を抱えてつぶやいた。
 そのとき、来訪者を知らせるベルの音が鳴り響いた。
 お客だろうか? 布谷はすっかり疵物になってしまった振袖を片付けて、慌てて部屋から飛び出した。
成人式を邪魔しないで
 ざっくりと切り裂かれた赤い振袖のすそを見ながら、貸し衣装店の主である布谷尚人は盛大にため息をついた。
 振袖が切り裂かれる事件は、これでもう、10件にもなる。
 お客が試着室にいる最中にしか事件はおこらないので、はじめはたちの悪い嫌がらせかなにかだろう、とたかをくくっていた。商売をやっていると、他人から恨みを買うことも多いのだ。
 だが、さすがに、こうも続くとなると、ただのイヤガラセとは考えにくい。
 被害者には特に共通点はなさそうだし、軽症とはいえ、怪我をしている人間も出ているのだ。わざわざ自分の身体に傷をつけてまで嫌がらせをするような人間が、複数いるとは考えにくい。
「……困った。せめて誰の仕業なのか、わかればいいけど……このまんまじゃ、商売あがったりだ」
 布谷は頭を抱えてつぶやいた。
 そのとき、来訪者を知らせるベルの音が鳴り響いた。
 お客だろうか? 布谷はすっかり疵物になってしまった振袖を片付けて、慌てて部屋から飛び出した。

「ああ、裕介くん。ちょうどいいところに」
 そう布谷から声をかけられて、長い黒髪をひとつに束ねた青年――田中裕介は首を傾げた。
 なにか、人手のいるようなことでもあったのだろうか。確かにこの時期、人手が必要ではあるだろうが……こうも喜ばれると、なにか不思議な気分になる。
「なにかあったんですか?」
「ああ、そうなんだよ。最近、振袖が切り裂かれる事件が何度も起きていてね……すっかり困っていたんだ。確か、裕介くん、そういうことを解決したりもしてるんだっただろう?」
「ええ、まあ……。まずは、その振袖を見せていただいてもいいですか?」
 裕介が言うと、布谷はうなずき、裕介を奥へと案内する。
 そうして切り裂かれた振袖を2,3枚出してくると、裕介の前に広げて見せた。
「これは……ひどい。いたずらにしてはたちが悪すぎますね……」
 疵物になった振袖を見、裕介は眉を寄せた。
 袖が大きく裂かれていたり、裾に切れ目が入っていたり……試着室で引っ掛けてしまった、などのことはありえないような傷のつき方だ。どれも、すっぱりと、なにか鋭利な刃物のようなもので切り裂かれているように見える。
「まあ……!」
 そのとき、裕介の背後で声がした。
 見ると、メガネをかけた和服美人――友人である天薙撫子が、目をまるくして立っている。
「……天薙か。そういえば、ここの常連だったな」
「ええ……でも裕介様、これはいったい、どういう……?」
 事情が飲み込めないのか、撫子が訊ねてくる。
「どうやら、事件らしい」
 そうは答えたものの、今来たばかりでまだ人に説明できるほど事情を飲み込めていない裕介は、布谷に事情を説明するよう促す。
 布谷が裕介にしたのと同じような説明をもう一度くりかえすと、撫子は細い眉をつり上げてうなずいた。
「そんなこと……許しておけませんね。振袖が切り裂かれるだけでも許せないのに、けが人まで出ているなんて……!」
「ああ、さすがにたちが悪い」
「あら、どうしたの、それ!」
 うなずきあった裕介と撫子に、また後ろから声がかかる。
 見ると、真っ赤なカットソーに黒いタイトスカートをあわせた勝気そうな美女が腰に手を当てて立っていた。
「ああ、深薙宜さん」
 親しい相手に声をかけるかのように、布谷が声をかける。どうやら、布谷の知りあいらしい。
「こちらは深薙宜更紗さん。コーヒー専門の喫茶店を経営してる方でね……よく、コーヒーを飲みに通ってるんだ」
「ええ、今日は新しい豆が入ったから、知らせに来たんだけど……なにか、事件でもあったのかしら?」
 更紗が振袖を見て首を傾げる。
 そこで、布谷がまた、先ほどふたりにしたのと同じように更紗に向かって事情を説明した。
「……なるほどね。せっかくのお祝いに向けての綺麗なべべに傷をつけるなんて……ずいぶん、困った子もいたものね」
「ええ……振袖に傷をつけた上、成人式を楽しみにして来た方々にまでけがをさせるなんて、許せません! 犯人を捕まえてやりましょう!」
「そうね……ねえ、布谷さん、試着室でしか事件は起きない、のよね?」
「今のところは、そうかな……」
「だったら、囮を使えばいいんじゃないかしら?」
「それだと、危険過ぎませんか?」
 裕介が訊ねる。
「大丈夫よ、こう見えても、居合い錬士6段なの。あたし。裕介クン、だったかしら? 心配してくれてありがとうね」
 にこ、と更紗が微笑む。
「でしたら、わたくしも囮になります。いつ、誰のところに現れるかわからないのでしたら――囮の数は、多いほうがいいですよね」
「……大丈夫なのか?」
「はい、相手が人でないのなら……よほどの相手でない限り、負けはしません」
 真剣な面持ちで撫子がうなずく。
「布谷さん、振袖を2枚、お借りできますか? 少しくらい暴れても大丈夫そうなものだとありがたいんですが」
「暴れても大丈夫そうな……そもそも振袖は暴れるものじゃないからなあ……」
 考え込みながらも、布谷は振袖を探しはじめる。裕介もそれを手伝おうと、近くにかけてある振袖に手を伸ばした。

「さて……と」
 振袖を持って試着室の中に入ると、更紗は真っ先に気の刀を具現させた。
 刀を具現させている間、更紗の霊感は飛躍的に強くなるのだ。
 刀をかたわらに置き、しばらく待ってみるものの、特になにかが起こる気配はない。
「……やっぱり、着替えないとダメ、ってことかしらね。28にもなって振袖……少し泣けてくるわねえ」
 ぼやきながらも、更紗は着ていた服を脱ぎ、布谷から借り受けた派手な柄の赤い振袖に袖を通す。
 腰紐を結んだあたりで、隣の試着室から悲鳴が聞こえた。撫子だ。
「なにがあったの!?」
 更紗はすぐにかたわらの刀を取り、着替えの途中なのにもかまわず、試着室の間にある仕切りを一刀両断にした。
 急がなくては、犯人に逃げられてしまう。外からまわるよりは、こちらの方がよほど早い。
「深薙宜様……」
 隣の試着室では、青い振袖を羽織っただけの状態の撫子が、鋼線で着物姿の小さな男の子を縛りつけている。
「そいつが、犯人?」
 更紗は言った。撫子は小さくうなずく。
「は、離せよっ!!」
 撫子の腕の中で、男の子はじたばたと暴れている。
 だが、撫子の鋼線は見た目よりもずっと丈夫なようで、男の子がいくら暴れてもびくともしない。
「捕まえたのか?」
 裕介が試着室のカーテンを開けて、中をのぞきこんでくる。
「ええ、なんとか……きゃっ」
 言いかけた撫子が、あわてて振袖の前をかきあわせる。
 裕介はそれを見ると頬を赤く染め、無言で試着室のカーテンを閉じる。
「その子はとりあえず、あたしが預かるわね。だから服、着た方がいいんじゃないかしら?」
「は、はい……」
 うなずいた撫子は、すっかり真っ赤になっていた。

「……さて。それで、どうしてこんなことをしたんだ?」
 腕組みをして裕介が訊ねる。
 男の子はぷい、とそっぽを向いて、なにも答えない。
「いったい、どうしてこのようなことをされたのですか? よくないことだということくらい、わかっていたはずですよね?」
 撫子は男の子の目線にあわせて、静かに訴えた。
 悪霊の類であれば会話が成り立たないこともあるだろうが、この男の子は外見からして言葉が通じそうに見えた。
 男の子はやはりそっぽを向いたままだったが、撫子はじっと男の子の答えを待つ。
「……カマイタチがもの切ったからって、なにが悪いんだよ」
 しばらくして、男の子がぽつりと言った。
「カマイタチ……? でも、カマイタチって、たしか、3匹でワンセットじゃなかったかしら?」
 更紗が首を傾げる。
 カマイタチというのは更紗の言う通り、3匹でワンセットの妖怪だ。はじめの1匹が転ばせて、2匹めが傷をつけ、3匹めが痛みを感じさせない薬を塗る。
 1匹だけで行動しているカマイタチの話など、撫子も聞いたことがない。
「……はぐれたんだよ」
「つまり、迷子ってことか」
「ま、迷子とか言うなよ! オレにはちゃあんと、弥平って名前があるんだからな!」
 裕介に言われて、弥平がじたじたと暴れる。カマイタチなのだから鋼線を切ってしまえばいいのだが、撫子の鋼線はカマイタチの子供に切れるようなやわなものではないのだった。
「なら、弥平クン。ひとつ聞かせて欲しいんだけど……どうして振袖を切ったりしたの? ちょっとやりすぎだって思わない?」
「……それは……」
 更紗が訊ねると、弥平はつぶやいてうつむいた。
「ものを切るのはカマイタチの習性ですから、しょうがない部分もあると思います。でも……わかりますよね? 本当は、こんなこと、してはいけないってことくらい……」
 撫子が優しくさとす。
「わかってるよ! でも……使わなかったら、鎌が錆びつくじゃないか。そうしたら……また、みんなに会ったときに、使えない」
「……そういうことか」
 裕介が静かにため息をつく。
「もちろん、だからってこんなことをしていいことにはならないけどな。……布谷さん、どうしますか?」
「え? うーん、そうだなあ……振袖を切られたのは困ったけど、子供のすることだし、あんまり怒れないような気もするな」
「……」
 布谷の言葉に、弥平が顔をゆがめる。
「大丈夫ですよ、今からでもできることがきっとあるはずですから」
 撫子が弥平の頭をよしよし、となでる。
「布谷様、振袖……もしよろしかったら、わたくし、修繕してみようかと思うのですけれど」
「修繕? でも、結構大きく切られてるし……」
「大丈夫です、切れ目も綺麗ですし……もしもダメでも、縫い直して別のものを作ることは可能ですから。かまいませんか?」
「でも、そんなことを任せるのは悪いような」
「いいんです。普段、お世話になっていますから。それに……このまま捨てられてしまったら、着物がかわいそうです」
「じゃあ……お願いしようか。ああ、そうだ、縫い直すときに、子供用の着物に縫い直すことはできるかな」
 ふと思いついたように、布谷が訊ねてくる。
「子供用……ですか? 布の大きさは充分ありますし、多分、できるとは思いますけれども……子供用の振袖を作るのでしょうか」
「いや、弥平くん、だったかな。ここに住むんだったら新しい着物も必要だろうからね。柄は多少派手な気もするけど」
「ここに……住む?」
 弥平がきょとんと首を傾げる。
「だって、行くところがないからここにいるわけじゃないか」
「……」
 弥平が目をぱちくりさせる。撫子はそれを見、笑みをこぼした。
「……そういうことなら、俺も手伝いますよ。裁縫は得意ってほどじゃないですけどね」
 裕介がくす、と笑って言う。
「あたしは……うーん、めんどいなぁ。うん、じゃあ、作業のおとものコーヒーを淹れることにしようかな。腕前はプロ並よ、なにせプロだから。なにがいい? リクエストくれたら、ちょっとひとっ走り店まで戻って、出前してあげる」
「……ね、だから、こんなことはしないようにしましょうね」
 弥平に目をやり、撫子は優しくさとした。
 弥平はしばらく視線をさまよわせ、顔をあげる。
「その……アリガト」
 そして、照れくさそうに口にしたあとで、弥平はにぃっと笑みを浮かべた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1098 / 田中・裕介 / 男性 / 18 / 高校生兼何でも屋】
【2593 / 深薙宜・更紗 / 女性 / 18 / 喫茶店経営/何でも屋】
【0328 / 天薙・撫子 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女)】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきましたライターの浅葉里樹と申します。
 更紗さんの所有されている他のOMC作品を拝見したところ、まだノベル作品はなかったので、もしかして自分が初ノベルだろうか……と少しドキドキしております。
 目許のホクロに私もハートを射抜かれかけたので、更紗さんはきっとむちむちとした色っぽいお姉様に違いない――と思いましたので、そのような感じに書かせていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどございましたら、お寄せいただけますと嬉しく思います。ありがとうございました。