■河童の花嫁■
遠野藍子 |
【2152】【丈峯・楓香】【高校生】 |
「迎えに来たんだよ」
今日転校して来たばかりの彼―――池ノ元三郎(いけのもとさぶろう)にそう言われて岡本奈枝(おかもとなえ)は困惑を隠し切れなかった。
「なんだよ、忘れてるのかよ」
子供のように拗ねて口を尖らせる三郎は可愛らしく見えたが、ソレとこれとは全く別問題。
「訳のわかんない事言わないでよ。付き合いきれないわ」
奈枝はそう言って踵を返したが、
「奈枝、お前6歳の時に静ヶ池で溺れたことあるだろう」
と言われて足を止めた。
「なんでそんなこと知ってるの!?」
たしかに、奈枝は6歳の時に父の田舎にある大きな池で溺れて、それ以来筋金入りのカナヅチになったのである。小学校の体育の授業は奈枝にとっては拷問に近かった。
そんな水に対する恐怖は歳を重ねるにつれて徐々に克服できたが、それでもやはり風呂ですら長時間浸かっていると不安になる為、いつも烏の行水だ。
「そりゃそうだ、あの時オレがお前のこと助けてやったんじゃないか。その代わり、お前オレの嫁になるって約束しただろう」
なぜか得意げな三郎の姿に、古い記憶が呼び起こされる。
……。
………。
「あの時の―――河童!?」
奈枝のその声に三郎はにんまりと笑った。
大きめの三郎の口がにっとつりあがる様に奈枝はわなわなとさしした指を震わせる。
そう、子供心にどうせ信じてもらえないだろうと誰にも言っていなかったが奈枝は溺れた時に、河童の子供に助けられたのだった。
しかし、言わせてもらえば、奈枝を溺れさせたのもまた河童の子供だったのだが。
「さぁ、約束だ。オレと行こう」
そう言って差し出された手は人間のそれと全く変わらない。その手を奈枝は力いっぱい拒否した。
「イヤ!」
「何で!?」
三郎はその反応に心底意外そうな顔をする。
「何でって当たり前でしょう。あたしまだ高校生だし、泳げないし、それに河童になんてなるつもりなんてないし!」
「約束が違うじゃないか!」
子供がダダをこねる様に三郎は地団太を踏む。
「知らない知らない知らない!命がかかってたんだから『うん』って言うに決まってるでしょ」
2人は延々と放課後の教室で言い争い続けた。
◇◆◇◆◇
「―――というわけなのよ、雫〜」
奈枝は中学時代に可愛がっていた後輩である瀬名雫(せな・しずく)に泣きついた。オカルト不思議大好きな彼女ならなんとか力になってくれるのではないかと思いついたからだ。
「だからって奈枝先輩……、なにも売り言葉に買い言葉で勝負するなんて言わなくても良かったのに」
お互いに譲らない奈枝と三郎は結局あらためて勝負をする事になったという、奈枝の方が勝てば三郎は諦めて池に帰る、逆に三郎が勝てば昔の約束を守ると。
ちなみにその勝負はというと、
「しかも泳げないくせに水泳勝負なんて」
さすがの雫も呆れ顔だった。
カナヅチの奈枝にとってはどう考えても勝負にならないため代理をたてても良いし、勝負の場所やルールは奈枝が決めても良いと言う。
「だから、雫に相談したんだって。一生のお願い、ね?」
雫の両手をぎゅっと握って奈枝は拝み倒した。
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河童の花嫁
■丈峯楓香■
「―――というわけで、ここにいる先輩を助けて欲しいの」
そう言って雫は作戦を練るために協力者である面々に岡本奈枝(おかもとなえ)を紹介した。
雫に最初にこの話を聞いた丈峯楓香(たけみね・ふうか)はまず相手が河童だということに驚いた。
「河童って、河童!? くちばしで頭のてっぺんが禿げてて緑色の……?」
そんな典型的な河童の姿を頭に思い描いた楓香は、河童は別にいいのだが、そんな彼氏は嫌だなぁ……と言うのが本音だった。
少なくとも、自分はちょっと引いてしまうし、少なくとも自分の友達が彼氏としてそんな人(?)を連れてきたら驚くこと間違いなし、だ。
「ね、慧那ちゃんもそう思うでしょ?」
同じく雫に話を聞いてやってきた友人の夕乃瀬慧那(ゆのせ・けない)に楓香は同意を求めた。
しかし、慧那は慧那で、
「河童って皮に人間を引きずり込んで“しりこだま”を取るっておじいちゃんが昔言ってた……きっと彼女も狙われてるんだよ。結婚は名目で“しりこだま”を!!」
と、自分の世界に没頭していていまいち楓香の問いかけを聞いているのかいないのか定かではない。
まぁ、楓香は楓香で、河童と喫茶店やカフェに行った場合などを想像して、
「どうしよう、指を鳴らして店員さんに『きゅうりを』なんて言われたら」
などと見当違いなことを考えているのだからどっちもどっちだろう。
まず、本当に楓香が想像しているような河童だとしたら……水かきだってついているし指なんて鳴らせないだろう。
お年頃の2人としては奈枝の災難(?)が全くの他人事ではないのかもしれない。
いつか現れるかもしれない自分の王子様が河童ではそれはショックだろう―――と。
「とにかく、あたし達が協力して絶対奈枝さんを河童の魔の手から助けてあげるから! ね?」
楓香の台詞に慧那が頷きながら2人してがっちりと奈枝の手をぎゅっと握っている。
『河童は退治!』という図式が2人の頭でばっちり固まっているのは明らかだ。
そんな女の子同士の会話を男2人、真名神慶悟(まながみ・けいご)と龍神吠音(たつがみ・はいね)は微妙な表情をして眺めていた。
「まぁ、そんなに結論を急ぐこともないんじゃないか2人とも」
慶悟は一言断ってからタバコに火をつけてそう言った。
「えぇ、何でぇ? だって、昔助けて貰ったことは確かなのかも知れないけど、相手は河童よ河童!」
やたらと楓香は『河童』を強調する。
「まぁ、その河童クンとやらに会ってみないことには話は進まないが……多分、想像してる河童とはちょっと違うんじゃないのか?」
「あ、俺も真名神さんの意見には賛成な。今時、そんなくちばしにてっぺん禿げで甲羅背負った河童がそのまんまの姿でここらに現れると思うか?」
吠音に言われてようやく確かに―――と楓香と慧那は納得する。
「確かに、そのまんまの格好で転校生ですなんて紹介されたら……奈枝さんもすぐに気付くよね」
ハハハ、うっかりうっかり……と、楓香は笑って誤魔化す。
「まぁ、別にそんな見かけからちょっとってわけじゃないんですけど……でもやっぱり、あたしそんなの困るんです! だってまだ高校生だし、結婚なんて言われても実感ないし! 河童って言われても沼とか池とかそんなとこに住めるわけないし、それにだいいち親になんて言って説明すればいいわけ、アタシ!?」
先日のやり取りを思い出したのか、奈枝はバン!とテーブルを両手で叩いた。
テーブルの上の各自が注文した飲み物がテーブルと一緒にぐらぐらとゆれる。
「先輩落ち着いてってば」
雫にどうどうと宥められて奈枝は興奮してしまった自分を恥じるように少し頬を染めて俯いた。
「とりあえず、問題の河童クンに会って話を聞こう。ここでこうしてても埒があかないしな」
吠音が、そう言って席を立つのを奈枝が引き止めた。
「あ、待って下さい。一応、そう言われると思って呼んであるんです。多分もうすぐ―――あ、来た来た」
その声に、4人は奈枝の視線の先を辿り――――
「「……えぇぇ、嘘ぉ――――!!」」
楓香と慧那が同時に大声で叫んだ。
■■■■■
「コンニチワ、池ノ元三郎です」
そう言って少年は4人に向かって頭を下げた。
どう見てもちょっと童顔気味ではあるがごくごく普通の少年だった。
ごくごく普通というか、言うならばアイドル系の容姿をしていた。
すっかり、くちばしにてっぺん禿げで甲羅背負った典型的な河童を想像していた楓香と慧那の予想を覆し過ぎていて、2人は大絶叫したのである。
あまりにも食い入るように楓香と慧那に見つめられて三郎はさすがに居心地が悪そうだった。
「ありじゃない?」
「ありだよねぇ」
暗号めいたやり取りを2人はひそひそと交わしている。
「こらこら、お嬢ちゃんたち、それはさすがに失礼じゃないの?」
吠音は人の悪い笑みを浮かべてそう言った。
騒いでいるお嬢ちゃん2人を吠音に任せて、慶悟は三郎に問い掛ける。
「池ノ元クンって言ったっけ? 俺としては異種族間の婚礼というのは古来から伝わる話に全くないわけじゃないから完全に反対というわけではないんだけどな……でも、ちょっと強引じゃないか? 河童といえども男であることには変わりないんだ。男と女の色恋沙汰ならば段階を踏むというのが男のマナーってもんだろう? それに焦って目つきを買えた男は嫌われるぞ」
嫌われるの一言に、三郎は一瞬たじろいだが、
「じゃあ、約束を守らない奈枝はマナー違反じゃないんですか?」
と問い返した。
痛いところを突かれて、
「だ、だってあの時は死にそうだったのよ! 心神喪失状態だったんだから結婚だろうが何だろうが助かる為なら『うん』って言うわよ」
と奈枝は横から口を出して必死で反論する。
「オレはずっとあの約束信じて10年も待ってたんだぞ!」
「知らない知らない知らない! だって、その10年1回も姿も見せてないくせにいきなり『結婚』って何よ。河童の世界じゃどうか知らないけど人間の世界でそんな話聞いたこともないわよ」
黙って聞いていれば、再び泥掛け試合がはじまってしまった。
「ストップ、スト―――ップ!」
吠音が2人の間に割って入る。
きっと数日前の売り言葉に買い言葉の水泳対決というのもこうやって決まってしまったんだろうなぁと容易に想像がつく。
片や純粋培養らしい河童(ガキ)と片や気が強いお嬢ちゃんの2人では話し合いですむ話も話し合いですまなかったというのがそもそも発端なのだろう。
「まぁねぇ、三郎の方の言うことにも一理あるんじゃないの。言葉には力があるからな……例えどんな状況であろうと、言の葉にのせて誓ったことは守られるべきだと思うけどね、俺は」
「そんな―――」
「―――と、言いたいところだけど水泳勝負するって言ったんだからやっぱりここは水泳勝負で決めれば良んじゃないか」
「でも、奈枝さん私と一緒で泳げないんでしょ? 海なんか行かないから泳げたって何の得にもならないもんねー」
カナヅチということで慧那は妙に奈枝に親近感を抱いているらしい。
「あ、慧那ちゃんもそう思う? だって多少泳げたところで海の真中で船が沈没したら泳げる人だって死んじゃうんだから関係ないよね、ね?」
いや、だから問題はカナヅチなのに水泳勝負などと豪胆というか大胆というか無鉄砲というか……すっかり問題が摩り替わっているところが問題なのではないだろうか。
「カナヅチ談義は置いておくとして、勝負の場所とか時間はこっちで指定しても良いんだよな?」
「はい。お願いします」
そう言って席を立とうとした三郎をそれまで黙って成り行きを見守っていた慶悟が呼び止めた。
「ひとつ聞きたいんだけどな。助けた時に彼女がもしも『嫌だ』と言っていたらどうした?」
「それは……」
思いもしなかったらしい質問に三郎は口篭もる。
「ま、勝負のときまで考えといてくれ」
それだけ言うと慶悟はひらひらと手を振って見せた。
去っていった三郎の姿が見えなくなってからがまたひと騒ぎだ。
「……なんかエライ普通の少年って感じだったよなぁ」
あまりにも聞き分けのない河童ならば龍神を祭る一族の末裔としては龍神の力を借りて懲らしめることも考えていた吠音だったが、三郎本人に会ってすっかりそんな気はなくしてしまっていた。
今となっては、とりあえずちゃんと勝負をして結果を出させてやりたいと思ってしまっている。
一方、楓香と慧那はと言えば、
「奈枝さ〜ん、三郎くんぜったいそこらの男の子なんかよりカッコイイし優しそうだし良いじゃない、何で駄目なのぉ」
「私もそう思う。ねぇ、楓香ちゃんだったらアリでしょ?」
「ありだよ、あり!」
と大騒ぎである。
「だってでも河童なんだよ、2人とも忘れてるかもしれないけど」
逆に責められて奈枝はたじたじになっていた。
「そうだけど、ぜんぜんくちばしでもてっぺん禿げでも緑色でもないのにぃ」
こだわるところはそこだけなのか!?―――乙女心は複雑怪奇である。
「で、どうするんだ水泳勝負は?」
本日何回目になるだろうか、吠音が話を本題に戻す。
「何せ、相手は河童だからなぁ、一応水泳指南しようか? まぁ、俺が泳いでも良いんだけど」
奈枝は大きく首を横に振る。
「あたしが泳ぐのは絶対無理!」
「はーい、それならあたしが奈枝さんの変わりに泳いであげようか? それに良い考えもあるんだ♪ 慧那ちゃんとも協力するし♪」
「ねー」
楓香は自ら立候補して、慧那と顔を見合わせている。
「まぁ、それでもいいが……、相手は河童だぞ。多少のことじゃ普通の人間じゃ勝てないと思うけど」
奈枝が泳ぐにしろ楓香が泳ぐにしろ吠音としては大なり小なり水に少し細工をさせてもらうつもりではいるのだが。
「まぁ、やる気があるんならやれば良いんじゃないのか。真名神さんは?」
「俺は式神を召喚して代わりに勝負させようと―――」
話を振られて、そう答えた慶悟の台詞を聞いて、慧那が、
「え、何の式神ですか!?」
とがぶりよってきた。
体を引き気味にしながらも、慶悟は、
「式神十二神将の『騰蛇』だ」
と答えた。
「やっぱりすごいなぁ、真名神さん」
尊敬の2文字が露骨に浮かぶ目で慧那は慶悟を見つめている。
「『とうだ』ってなぁに慧那ちゃん」
「んーとね、道衣を着た頭が蛇の形の人形の式神なんだけど水に縁が深いからきっと泳ぎも得意なんだよ! あたしの式神は楓香ちゃんにこの前落書きされた人形の紙しか使えないから水泳勝負で変わりに泳がせちゃったら破れちゃうんだよねぇ」
「河童と泳ぎで勝負と言うのはそれだけでアンフェアだからな。こちらも選りすぐりのエキスパートを遣わせてもらってもいいだろう」
全くちんぷんかんぷんでわけがわからないという顔をしていた奈枝だったが、
「えぇと……とにかくよろしくお願いします」
と、頭を下げた。
「だーいじょうぶ、奈枝さん。どーんとこいよ♪」
あくまで楽観的に楓香は豊かとは言いがたい胸をたたいて見せた。
■■■■■
2週間後、市民プールにてその勝負は行われることになった。
ちなみになぜ市民プールかと言うと、それはひとえにそこが温水プールだったからだ。
「じゃーん、どう、どう?」
水着姿で現れた楓香はくるっと回って水着姿を披露した。ちなみに、楓香にどう説得されたのか、奈枝と同じく『カナヅチーズ』で水に入る予定のない慧那も水着を着ている。
「今年の夏に買ったばっかりなんだよ〜♪」
実はこの水着を見せたいだけなのでは?と微妙に疑ってしまうくら楓香は嬉しそうに水着姿を見せる。
「え、奈枝は水着じゃないのか?」
「だって、あたし泳げないもん」
奈枝が水着姿ではないことに三郎はあからさまにがっかりしている。
「なんだ、三郎くんはやっぱり彼女の水着姿が見たかったのか」
「いや、そういうわけじゃ」
「へぇ、じゃあ見たくないのか」
「見たくないわけないじゃないですか」
どうも純粋な河童をからかうという快感を覚えたらしい吠音がやたらと三郎をかまう。
「そりゃそうだよな。男なら好きな女の水着姿は見てみたいよなぁ」
いったいどちらの味方なのか、判らないようなことを吠音は言っている。
「そう思って、あたし奈枝さんの分も水着用意してきたから!」
「えっ!?」
思いがけない楓香の台詞に、奈枝は顔を青ざめさせる。
「ほら、奈枝さんこっちこっち。慧那ちゃん、手伝ってよ」
「うん」
「え、ちょ…ちょっとまってってばぁ〜」
有無を言わさず楓香と慧那の2人が奈枝を更衣室へと引きずっていった。
数分後―――
「おっまたせぇ」
連れていかれたときと同じように、楓香と慧那に両サイドから腕を掴まれて水着姿の奈枝が現れた。
「……」
「かわいいかわいい」
セパレートタイプで下にショートパンツを合わせた露出は少なめの水着だったが、奈枝の雰囲気には良く似合っていた。
「まぁ、少し凹凸は足りないけどな」
とは、余計な一言だ。
三郎と代理で泳ぐ楓香はもちろんなのだが、慧那と吠音、そして強引に着替えさせられた奈枝も水着となった今、水着を着ていないのは慶悟だけであった。
プールサイドにスーツ姿。
似合わないことこの上ない。
「真名神さんも水着持って来れば良かったのに」
と楓香は言ったが。
「俺は泳ぐ予定はないしな……それに何より、温水でもこの時期じゃ泳ぐ気なんかしないだろう」
外を見れば、確かにどんよりとした空模様で今にも雨が雪に変わりそうな天気である。
「別に面倒だと言うわけじゃないぞ。泳ぎもできないわけじゃないからな。断じて。……ちなみに言い訳でもないからな」
それは言わないほうが良かったのでは―――どう考えても墓穴を掘っているとしか思えない台詞であった。
その場にいる全員にじっと無言で見詰められて慶悟は大きく咳払いをした。
「さ、早くはじめよう」
そんな慶悟の台詞も白々しく聞こえたのは無理もないだろう。
プールはどこにでもあるごくごく普通の50メートルプールと幼児用の浅いプールがある。
もちろん、今回の勝負ではこの50メートルプールを使う。
泳ぐのは三郎と楓香、そして慶悟の式神の3人(?)だ。
スタートは同時で、楓香は50メートルを泳ぎきればゴール。
三郎と式神はその3倍の150メートルを泳がなければならない。
ちなみに、一応慶悟の式神はそのままの姿ではなく慶悟がつくった奈枝の形代に憑依させて泳がせるのだ。当然、慶悟の式神は慧那の紙人形と違い水に入ったところで破れる心配はない。
「じゃあ、俺がスタートと言ったら開始だからな」
3人が6コースあるうち1コースずつ間を空けて台に立つ。
第1コースが楓香。第3コースが三郎、第5コースが式神の順だ。
「用意………スタート!」
吠音の声が室内プールに響き渡り、3人が一斉にプールに飛び込んだ。
さすがに三郎と式神の速さは桁違いで気がつけばあっさりまず1回目、50メートル地点でのターンをした。
ちなみにその時点では本当にわずかにだが三郎がリードしている。
「楓香ちゃん頑張って!」
楓香は平泳ぎで一生懸命前を目指しているようだが……その楓香の隣のコース楓香と三郎の間に突如として現れたものがあった。
「え!? あ、あれ何?」
その物体に気付いた奈枝はびっくりした顔で、……というより、まぁ、アレだけ大きかったら誰でも気付くだろうが緑色をした長い、そして何故かトゲトゲした―――
「巨大なニガウリ?」
と首をかしげた。
しかも、そのニガウリもどきには目、口、鼻があって『僕を食べて〜♪』と歌うようにしゃべっている。
そう、楓香がいっていた良い作戦とは楓香の能力で作り出したニガウリ―――もとい巨大きゅうりに三郎を誘惑(?)させるという原始的な作戦なのだが――――見事失敗だった。
三郎がそのきゅうりを見ている様子は全くこれっぽっちもない。
そして、いつのまにか2回目のターンも終わり最終ターンに差し掛かっている。
一方楓香はというと全身ときゅうりのことだけ考えているつもりなのだがやはりこの能力にはかなりの集中力を要するため、どんどんスピードは落ちていた。
「こうなったら最終手段ね。私の水に干渉する能力すごいんだから」
慧那は楓香の作戦が失敗した場合水の流れを変えて三郎を妨害するという指名を受けていた。そして、その予定通り慧那はプールの水に力を集中させた。
「お、おい! ちょっと待て!」
慶悟は幸か不幸か、慧那の能力について知っていたのだが式神のほうに集中している為に一瞬反応するのが遅くなった。
慶悟が止めるまもなく……そして、慶悟の予想通り、慧那の能力は暴走、プールの水がトルネードのように一瞬にして天井近くまで上がりプールの中央に勢いをそのままにして叩きつけるように落ちた。
当然反動で水面は大きく波打った―――プール全体に。
慧那の予定では三郎のコースだけを狙う予定の波だったが、当然慶悟の式神にも、楓香にも襲い掛かった。
波にのまれて楓香の集中力は当然途切れ、ニガウリもどきは姿を消す。
しかも、被害はそれだけにとどまらず、
「楓香ちゃん! 大丈夫!?」
と、奈枝がプールサイドに駆寄った瞬間に、再度水が暴走し奈枝へと襲い掛かり、奈枝も波にのまれプールの中に引きずり込まれた。
「奈枝!!」
「龍神様、お力お借りします」
「式!」
吠音、慶悟、三郎がそれぞれ叫んだ。
吠音は龍神の力を借りて暴走するプールの水に働きかけ、慶悟は騰蛇に楓香の救出を命じ、そして、三郎は奈枝の元へと急いだ。
■■■■■
「ごめんなさぁいぃぃ」
助かった楓香と奈枝に、慧那は泣きそうになりながら謝る。
「ちょっとびっくりしたけど、うん、でも大丈夫だったから気にしないで」
凹んでしょげてしまっている慧那に奈枝はそう言った。
「勝負のやり直しは……むりだろうなぁ」
吠音はそう言ってプールを見た。中の水は半分以下になってしまっている。
「真名神さん、この前の答えですけど……オレ、多分、あの時奈枝が嫌だっていっても助けたと思います」
「だろうな」
さっきの様子を思い出して慶悟は加え煙草のままにやりと笑った。
「それが正解だ」
そのやり取りを聞いていた慧那は、
「ね、奈枝さん、勝負を駄目にしちゃった私が言うのもおかしいけどこのままじゃ駄目?」
「え?」
「ほら、変な河童じゃなくてかっこいい河童なら良いんじゃない?」
「そーだよ、三郎くんも、まずはお友達からでもいいじゃない、ね? 奈枝さんも、ほら、今だってなんだかんだ言って三郎くん勝負そっちのけで真っ先に奈枝さんのこと助けに行ったんだし」
そう言われれば、奈枝とて強硬に嫌だと言えるわけもない。
確かに、奈枝自身にも聞こえていた。水に飲まれた瞬間に奈枝の名前を呼ぶ三郎の声を。
ちらりと三郎の様子を伺えば、三郎はじっと奈枝を見つめていたかと思うと目をそらした。
そして罰を言い渡されるかのように背中を小さく丸めている。
思わずその姿に、奈枝は吹き出した。
突然笑い出した奈枝に、三郎は顔を上げた。
「もう、いいわよ。すぐに結婚てのがナシならそれで」
「奈枝―――っ!」
喜びのあまり三郎は奈枝に抱き着こうとした。
「だから、それをやめろって言ってるのよ!」
とすぐに奈枝の声がプールに響き渡り、楓香、慧那、吠音、慶悟の4人は笑い声を上げた。
この先、三郎との関係がどうなるかなんて奈枝自身にも判らないが、でも、まぁ、それも良いかなと奈枝は思う。
奈枝自身が、思えるようになったと言った方が正しいだろう。
昔と今では奈枝も変わったし三郎も変わったのだ。
この先だって、きっとお互いに変わっていくだろう。
その変わった先にまた新しい関係がきっと生まれるはずだから――――
Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2619 / 龍神吠音 / 男 / 19歳 / プロボクサー】
【2152 / 丈峯楓香 / 女 / 15歳 / 高校生】
【0389 / 真名神慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】
【2521 / 夕乃瀬慧那 / 女 / 15歳 / 女子高生・へっぽこ陰陽師】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。遠野藍子です。
この度は御参加ありがとうございました。
このゲームノベルは2度目の募集ということになっているので人数を少なめにしたのですが、偶然にも最近他の作品などに参加していただいたPC様ばかりということで個人的にはとても書きやすかったのですが……風邪をひいて寝こんだりしてみたのでかなり崖っぷちでした。
やはりプレイングが違うと内容も微妙に違ってくるらしく、今回の水泳勝負はこんな感じになりました。前回のものと比較するのも微妙に楽しいかもしれませんね。
近日公開予定のこの続編もこんな感じのラヴコメだかギャグだか、なんなんだかという感じのお話になるとは思います。
ではでは、また、何かの機会にお会いできること楽しみにしております。
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