■闇風草紙 １ 〜出会い編〜■
杜野天音 |
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【2259】【芹沢・青】【高校生／半鬼？／便利屋のバイト】 |
■出会い編■
夜のとばりが静かに街を覆う。だが、彼の眠る街は眠らない――東京。人々がそれぞれの思惑と夢を持って行き交う。イルミネーションに照らされた灰色の空の下で、今夜も熱い風が行き場をなくしてさ迷っている。
ガシャーーン！！
暗い路地の奥。肩を大きく揺らした男が、空き部屋になったスナック前に立っている。
その顔には嬉しくて仕方のない、歪んだ表情がこびりついていた。
「ガラスの割れる音はシビレルだろ〜」
「く……僕が何をした」
素手が窓ガラスにめり込んで、割れた透明な板の間を赤い液体が流れている。
その狂喜に満ちた背中の向こうに、少年がひとり立っていた。
「お前、衣蒼の人間なんだろ？ 家族に心配かけちゃ、いかんよなぁ〜」
「なるほど、家の迎えか……。心配してもらうほど、世話にもなってないさ」
衣蒼未刀――封魔を生業とする家に生まれた異端児。力をより強くするために、家から出ることを許されず修行ばかりの生活をしていた。
未だ見えぬ刀と呼ばれる真空剣を操るが、封魔したことは１度だけだった。
「せっかくの力、もったいないじゃないか。いらないなら、オレにくれよ」
「好きで得た力じゃない！！ 僕は戦いたくないんだ……」
男はニヤニヤとした笑みを浮かべ、長く割れたガラスの破片を掴んだ。
勢いをつけ、未刀の胸目掛けて走り込んでくる。
「ひゃっほ〜。だったら、金に替えさせてもらうだけだぜ！！」
闇を風が切り裂いた。
笑みを張りつかせたままの男の体が二つに折れる。なんの支えもなく、ビールビンを薙ぎ倒し、男はその場に崩れた。
「くそ…足が――」
逃げなくてはいけない。分かっているのに見動きが取れない。這いずるようにして、路地を更に奥へと進む。右のふくらはぎには男の投げたガラスが刺さったままだ。
街灯とネオンがちらつく場所まで来た時、未刀は意識を失った。
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闇風草紙 〜出会い編〜
□オープニング□
夜のとばりが静かに街を覆う。だが、彼の街は眠らない――東京。
人々がそれぞれの思惑と夢を持って行き交う。
イルミネーションに照らされた灰色の空の下で、今夜も熱い風が行き場をなくしてさ迷っている。
ガシャーーン！！
暗い路地の奥。肩を大きく揺らした男が、空き部屋になったスナック前に立っている。
その顔には嬉しくて仕方のない、歪んだ表情がこびりついていた。
「ガラスの割れる音はシビレルだろ〜」
「く……僕が何をした」
男の素手が窓ガラスにめり込んで、割れた透明な板の間を赤い液体が流れている。
その狂喜に満ちた背中の向こうに、少年がひとり立っていた。
「お前、衣蒼の人間なんだろ？ 家族に心配かけちゃ、いかんよなぁ〜」
「なるほど、家の迎えか……。心配してもらうほど、世話にもなってないさ」
衣蒼未刀――封魔を生業とする家に生まれた異端児。力をより強くするために、家から出ることを許されず修行ばかりの生活をしていた。
未だ見えぬ刀と呼ばれる真空剣を操るが、封魔したことは１度だけだった。
「せっかくの力、もったいないじゃないか。いらないなら、オレにくれよ」
「好きで得た力じゃない！！ 僕は戦いたくないんだ……」
男はニヤニヤとした笑みを浮かべ、長く割れたガラスの破片を掴んだ。
勢いをつけ、未刀の胸目掛けて走り込んでくる。
「ひゃっほ〜。だったら、金に替えさせてもらうだけだぜ！！」
闇を風が切り裂いた。
笑みを張りつかせたままの男の体が二つに折れる。なんの支えもなく、ビールビンを薙ぎ倒し、男はその場に崩れた。
「くそ…足が――」
逃げなくてはいけない。分かっているのに見動きが取れない。這いずるようにして、路地を更に奥へと進む。右のふくらはぎには男の投げたガラスが刺さったままだ。
街灯とネオンがちらつく場所まで来た時、未刀は意識を失った。
□同色の風景――芹沢青
色だけで判断される世界なんて、こっちから願い下げだ。
そう、言葉に出来ればきっと楽に違いない。けれど、異世界が存在するわけでもなく、生きるためにはこの世界の慣習に乗っ取って生活するしか手はない。
青い髪。
テレビアニメじゃあるまいし、冷ややかな視線を感じないで生きたことなどありはしない。
「ま、ここならそうでもないか……」
都会。誰も互いに干渉しようとしない空間。俺が住むには――性格には逃げ込むには最適の場所だ。便利屋という見かけを必要としないバイトにもありつけたし、できるだけ俺を自分たちから遠ざけようとした親戚たちの顔も見なくて済む。やつらも世間体があるからか、高校には通わせてくれている。バイトが案外楽しくて単位落さないくらいにしか通ってはいないけれど。
遙か昔に「青い髪の鬼の血が混じった」という伝説がある旧家に生まれた。先祖返りなんて言うつまらない偶然を手にして生を受けたばかりに、半鬼と疎まれてきた。両親さえもまっすぐに愛してくれることはなかった。
異質な青褐色の瞳と青い髪。そして、雷を操る力。
でも、周囲の人間が一番恐れたのは、人を――人だけではなく精神活動のあるもの全て――支配する力。まだ能力の制御が出来なかったころに、決定的な事件を起こしたから。
「寒い……。くそ、遅くなったな」
アパートのひとり暮らし。待っている人間なんてもちろんいないが、寝る時間が減るのは痛かった。
世の中に俺と同じ感覚を持ったヤツなんているのか？
いつになく思考することをやめられないのは、空に昇る月の光が冷たさばかりを与えるからだろうか。自虐的に笑って、俺は角を曲がった。
早く帰りたいとの思いが近道をさせる。
「こ、こいつは……まさか死体に出食わすとはね」
日頃はあまり通らない奥まった路地。街灯もまばらな都会の闇。曲がった先で見たのは、現実離れした光景だった。転がっていたのは男の死体。剥かれたままの目が闇を睨んでいる。趣味の悪い豹柄のシャツに入れ墨。ろくな男ではなさそうだった。
数秒見つめて、すぐに目を離した。感じること何もない。見慣れているわけでもないのに、嫌悪感も驚きも、可哀相だと思う気持ちすらないのは、人への信頼を失っているからかもしれない。自分に関わりのない人間が傷ついている姿にさえ、心を動かされなくなっている自分はすでに破錠しているんだ。
ふいに人の気配を感じた。
闇に目を凝らすと、遠くに黒い塊。近づくとゴミステーションに寄りかかるように倒れている少年の姿だった。闇に溶ける黒い服装、黒髪。そこに広がっているのは血だった。刺さったままの大きなガラス片。
「俺と同じくらいの奴じゃないか――。こいつが犯人……か？」
――なぜだ。手が痺れる。
俺は関わる気なのか？
ま、このまま放置して良く通る道で死なれても寝覚めが悪い。
死体には何も感じなかったのに、俺はこいつを見捨てることができないと直感した。無意識のうちに手を伸ばしていた。
青白い顔色は血が大量に失われていることを示している。早急に治療しなければならない。だが、ここで抜けば血が噴き出して証拠を残すことになる。人を殺めている可能性がある以上、病院に行くのは避けた方がいいだろう。
「家に連れて帰るか……」
意識を失っている少年。自分が負った傷のほとんどを俺はいつも自分の手で治していた。我流だが大丈夫だろう。
肩に担ぐと闇を選びながら歩いた。うまい具合に月は雲に隠れて、事の次第を見守っている。比較的、家が近かったことを感謝しつつ俺は進んだ。
これから始まる、先の長い運命を連れて。
＋
何もない部屋に戻った。冷蔵庫と机。それからベッド。男のひとり暮らしにしては片付いているかもしれないが、家庭を連想させるものを家に置いておく気はない。気づきたくもない寂しさを見せつけられるだけだ。
「結構重かったな。手始めにガラスを抜くか」
俺はゴミ袋を敷いて、ガラス片を掴んだ。抜いた瞬間に傷口から鮮血が流れ出す。傷より上部を縛っていたから、それも次第に止まる。よく怪我をする自分のために買っておいた包帯で、傷に当てたガーゼを巻く。幸いにも、鋭利なガラスだったらしく長さの割りに、口の開かない傷だった。思ったよりも早く完治するかもしれない。
俺はまだ意識の戻らない少年を自分のベッドに寝かせた。すでに深夜。明日は自主休校にして、ついてやることにした。縛っている部分を時折緩めなければ、下部は壊死してしまうからだ。
ポスター１枚貼ってない壁を見つめる。
――普段なら、こんな訳ありな奴は放って置くのにどうしてこんな人が良い事やってるんだろう。
ベッドまで貸してやってるし……。
俺は改めて不思議に思った。なぜ、俺はこいつを助けたんだろう。
ただのケンカとは思えなかった。死んでいた奴はチンピラのようだったが、ただ絡まれただけという印象はない。俺はあることを思い出した。
「そういえば、あの男なんで死んだんだ？」
血が流れていなかった。殴打された様子もなかった。ではなぜ？
「――う…うう」
どのくらい経っただろうか。俺が冷蔵庫を覗き込んだ時、ベッドで唸り声がした。
俺は反射的に精神支配を試みた。痛みは相当あるはずだが、倒れていた理由などをさり気なく聞き出すにはない方がいい。長時間は無理だが、しばらくは痛みがないと錯覚させることは出来るだろう。
青褐色の瞳が鮮やかな青色に変化。半鬼としての血が力を発動する。痛みに眉根を寄せていた少年の顔が緩む。そして、目を開けた。
「――ここは……僕は、どうしたんだ……？」
状況が把握できずに頭を振っている。俺は驚いた。
「あんたは？ 僕はどうしてここに……？」
問いかけてくる少年の見開いた大きな瞳は俺と同じ色をしていた。底のない悲哀が滲む青色。
込み上げるのは、歓喜の気持ち。
辛うじて押さえて俺は現状を話した。
「俺は芹沢青。青でいい。……いくところがないなら置いてやる。まずは傷を治すんだな」
「ゴメン――。誰も巻き込むつもりじゃなかった」
「謝るのはいいよ。それより、名前くらい名乗るのが筋じゃないか？」
「未刀、衣蒼未刀。ゴメン……」
また謝っている未刀を見て可笑しくなった。女の子のような丹精な顔立ちで、困ったように眉を寄せている。白い顔は幾分か色を取り戻していたが、まだ青白い。
「おまえさ、何をやってる奴なんだ？」
問いかけると、未刀は睫毛を伏せて布団を握り締めた自分の手を見つめた。
「あ、言いたくなかったらいい。俺は部屋を提供するだけで、干渉するつもりはないから」
「――やっぱり、あんたは僕に関わらない方がいい」
未刀がベッドから降りた。
僅かに隠し切れなかった痛みがあったのか、足を押さえてうずくまる。
「おい、大丈夫か！ 俺は出てけなんて言ってないぞ。怪我してるんだ。動くなよ！」
俺の制止を振り切って、未刀は足を引きずりながら玄関に向かった。後を追いかけた。
瞬間、ふたり同時に動きを止める。
金属の冷たいドアの向こうに異質の気。空気が凍るほどの霊気。
「下がってくれ」
「なんでだ！ 俺の家だ。俺が守る」
未刀は困った表情を浮かべて、俺を押し戻した。そして叫んだ。
「仁船！ 僕は帰らない！」
声がドアを突き抜けて届いた時、ドアが勢いよく開いた。
そこに立っていたのは白い闇。長い白髪を緩く結び、未刀と似た顔立ちの男。瞳も同じ青い色をしている。
「なるほど、父上の命も兄のお願いも聞けない――ということなのですね？」
口の端だけ上げて、仁船と呼ばれた男は視線を未刀から俺へと移してきた。見詰め合った途端、悪寒が背中を這い登る。未刀と同じだと思った瞳は別物。視線を交わしている俺ですら、見えていないかのようにぼんやりとした光。尋常でない感覚に動けなかった。
兄と言っている以上、未刀と仁船は兄弟なのだろう。
血がつながっていても、信頼関係にあるとは限らない。それは自分が一番よく知っている。
似ていると思った。未刀と俺は。
「そうだ。さすがに探すのは早いらしいな。でも、ここはもう僕とはもう関係のない場所だ」
「そうですか……。ま、そういうことにしておきますか、どうせ貴方のことですから、ここを破壊されることを恐れているんでしょう……」
「なんだと！ 未刀、俺がこいつをやっつけてやる！ 俺の家を守るために出て行くなんて言うな！」
強引に兄弟の会話に乱入した。
俺には力がある。使うのは今ではないのか？
けれど――。
「ゴメン……。助けてくれたことは感謝する。でも、僕のことは忘れてくれ……」
「あ、おいっ！ 待てよ――」
掴もうとした俺の手を擦りぬけて、未刀は仁船と共に闇に消えた。ドアは閉まり、何もない空間だけが残った。
俺は追いかけようとして止めた。
また、出会うかもしれない。
俺にとっておまえは、同じ色の風景を見ることのできる唯一の人間になるかもしれないから。
閉まったドアをいつまでも見つめ続けた。
□END□
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
＋1559 /芹沢・青（せりざわ・あお）/男/16/高校生＋半鬼＋便利屋のバイト
＋NPC/衣蒼・未刀(いそう･みたち) /男/17/封魔屋（逃亡中）
＋NPC/衣蒼・仁船(いそう･にふね)/男 /22/衣蒼長男
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターの杜野天音です。初なのに大変遅滞してしまい、申し訳ありませんでした。
未刀との出会いは如何でしたでしょうか？
同じ瞳の色。ずっとそれを気にして生きてきた青くんの心と、未刀の心が通う日がくることを願います。仁船を選択してどうでしたか？ 彼を選ぶと戦闘はなしになっています。気に入って頂ければ幸いです。
闇風草紙は連作となっております。
次回のシナリオＵＰ予定などは「東京怪談〜異界〜 闇風草紙」にてご確認下さい。
またお目にかかれることをお祈りしております。ありがとうございました！
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