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■【庭園の猫】抜け出した思い出■

秋月 奏
【2480】【九重・結珠】【女子高生】
ちりん……と。

庭園の中で、鳴る風鈴の音一つ。

「……また、抜け出してしまったの……?」

少女は誰に言う事もなくぽつりと呟いた。
黒髪が風になびく。

「見つけなくてはいけないのね……猫を。風鈴が、壊れる前に」

りん……。


少女の言葉に答えるように強く、強く、鈴の音が響いた。


庭園から抜け出した猫を探すべく。

特徴は少女の色彩と同じ。
闇夜のような黒い毛に、悪戯を好むような銀月の瞳の色。

出来うるだけ、早く。

思い出という名の記憶が猫から溢れ出してしまわぬうちに。



―――――――――――――――――――――――――――

予定参加人数:1人から3人(個別文章になる可能性、アリ)

ライターより:探すのは、猫です。が、猫が庭園から逃げると
風鈴売りの少女は、かなり困ってしまいます。
この庭園の中で保存されている数々の思い出を猫が持っているからですが……。
探す場所は、街の中にある施設なら何処でも可です。

尚、何か懐かしいと思うもの、についてプレイング内に書いてくださると(^^)

それでは、ご参加お待ちしております。
【庭園の猫】抜け出した思い出

ちりん、ちりん―――と。
鈴が鳴った。

猫が歩けば鈴が鳴る。

りんりん、りんりん、風に問う様に。

鈴が鳴るから、猫は歩く。

ただ、ただ、何処かを目指しているような、だが楽しんでいるような歩調で。

そして――門を、通り抜けると。

「にゃぁ」

硬く蕾を閉じたままの――梅の花へと言葉かけるように、鳴いた。



                       ◇◆◇


「……あら?」

馴染みの深い道――の、筈だった。
毎日の日課でもある、お気に入りの散歩道。
なのに、馴染みのある風景は何処にもなく――ただ、ただ緑溢れる庭園風景が目の前に広がっていた。

(いつもの道を歩いていた筈なのに何処を間違えてしまったのかしら……?)

困ったように小首をかしげつつ、辺りを見る。
すると。
一人の少女が静かに、こちらを見ていた。
遠目から見ても、銀と解るその瞳はまるで泣いているかのように潤んでいて何か悪いことをしてしまったかのような錯覚さえ抱かせた。

「…あ、あの! すいません、無断侵入というわけではなくて…気付いたら……」

と、九重・結珠は言うも、これ以上どうやって説明すれば良いのか解らぬまま、口を噤む。
此処へ入ってしまっている事は事実だから。
だが少女は、静かに首を振り、涙を浮かべた瞳を結珠へと向け続けた。

さわさわと庭園に植えてある樹木が揺れ、さやぎを作る。

りん……。

涼やかな音色を奏でたのは少女の持つ、赤い風鈴だろうか。

「あの……?」

戸惑いがちに風鈴を持つ少女へと、結珠は問いかけようとした――その時。

『……本当に困っているの』
『全く。猫と来たらいつも気まぐれ。少女の言うことなど聞きやしない』

(――え?)

きょろきょろ、結珠は誰が言ったのだろうかと考え、辺りを見回す。
だが誰も居ない。
あるのは少女と――庭園に織り成す緑に花ばかり。

『ねえ、だからお願い』
『猫を探して』
『黒い猫、真っ黒で瞳の色は――少女と同じ、月の銀。何処にでも居て』
『――また、何処にも居ない……そんな猫を』
『少女は猫が居なければ、此処から出ることはかなわないから』

――………お願い、探して。

さわさわ、さわさわ。
樹木と花の大合唱。
"何となく"しか解らない筈の植物たちの気持ちも此処では不思議と良く聞こえる。

(凄く不思議…だけれど)

此処で少女に出逢ったのも、何か縁があっての事なのかもしれない、――結珠は少女へと優しい笑みを向け。

「猫ちゃんを――探せばいいんですね?」

ちりん………。

答えは涼やかなまでの風鈴の音。
少女は結珠へと微笑を返すと深く、深く、頭を下げた。


                       ◇◆◇

『――猫』

何処かから猫を呼ぶ声。
猫は構わず、歩き続ける。

『猫――聞こえておるなら返事くらいせい……少女が泣いておるぞ』

だが猫は振り返らない。
ただ、歩くのみ。
何処に向かうのか――樹木にさえ告げずに。

春、まだ浅い中に咲く梅の花々が、猫の態度にあきれたように溜息をつき――樹木は風に揺れる。
少女が持つ風鈴へと何かを伝えるべく。

                       ◇◆◇


風が、一瞬吹くのを止めた。
気まぐれに吹く風に向かい結珠は微笑を浮かべ、空を見上げる。
空の色は冬と春の間をさまよっているように、霞がかっていて山並みも今日は上手く捉えることが出来ない。
こう言う風に空を見てから、山の方を見ると薄靄で曇り見えなくなるのを。

『――花曇、と言うんだよ』

大好きな兄の声が、不意に傍で聞こえたような気がして、結珠は微笑を深めた。

薄く霞がかかり、空気が澄んでいると近く見えるはずのものたちさえも覆い隠してしまうのだと。

そう兄が教えてくれたのを、ふと思い出す。
街並みの風景が、いつもと変わらないのに霞があるか無いかだけで大分印象が違うから、結珠も今度良く見てみるといい。

(そうだ――お兄ちゃんが教えてくれたから、空を見るの大好きになったんだわ)

春、眠気を誘うような空。
夏、ただ高く、四季の中では一番に青い空。
秋、夏より低くなり少しばかり灰色の。
冬、秋を引き継ぐ、凍った青の空

(空は見れば見るほどに違う色を見せるから……本当に、不思議……)

人の心のようだ、と言う人もいるけれど。
でも、それよりももっと深いものを――空に感じてしまう。
不思議は空の色の数だけ、あるような気がして。

髪を撫でるように風が再び吹く。
髪を抑え、淡い色のワンピースを翻して結珠は植物や動物たちの声に導かれていくかのように、少しずつ、少しずつ……人通りの少ない場所へと歩いていった。

ちりん、ちりん――と。

何処か遠く、踊る様な鈴の音が響いている。

りんりん、りんりん。楽しむように軽やかな音が。


                       ◇◆◇


庭園の中、少女は一人風鈴を見つめ溜息をつく。
優しそうな、本当に、たおやかで優しそうな少女だった。

言葉を言えずに礼だけをした自分を彼女はおかしくは思っていないだろうか?

いつもならば、きちんと声を出して話せる状況であった筈なのに――風鈴が。

(……何故なのか、解らないままに)

色を、赤く赤く染め変えられてしまっているのだ。
本来の色とは、かなり違うであろう色に。

どうにか、今の「赤」の状態で風鈴は止まっているけれど――暫くは集中しなければまた色が変わってしまう。

(……猫の馬鹿)

声に出して呟くことは出来ないから、心の中でのみ呟く。
何も、こんな時に抜け出さなくっても良いじゃない。
――そう、呟くことも忘れずに。


                       ◇◆◇

『止まって』
『止まって』

植物たちの声に結珠は足を止め、どの辺りまで来たのだろうかと周辺を見回した。
すると、ぽつんと建つ一軒の店があり、人の姿はと言うと――結珠以外、誰も無く。

「……? こんな所に雑貨屋さん……? え……?」

結珠は、いつもとは違う道に出ていたことに漸く、気付いた。
ひたすら、植物たちに聞きながら歩いていたので人通りが少なくなっている道へ来てたなど考えもしなかったのだ。

(帰り道も…迷わずに帰れるかな?)

困りながらも、アンティークを扱っているような雰囲気もある雑貨屋に不思議と心惹かれていく自分を抑えられずに結珠はショーウィンドウをじっと見つめた。

何かが、ある――。

そう、感じたのは……ショーウィンドウの少し奥まったところにある天球儀。
授業に使うような骨太な細工のそれではなく、インテリアにも使えそうな。
木製の台座は美しく磨かれ輝きを放ち、球体は夜空の色を映しながら輝く星々も克明に描いており、球体の内部にライトが仕込まれているのだろうか、点灯を繰り返すたび星座が浮かび上がり、今は見えない夜の星々を思い起こさせるに充分だった。

「……綺麗」

ぽつりと漏れた自分自身の言葉に結珠は、小さい頃のことを思い出した。
先ほど、兄の言葉を思い出したように――、兄が結珠へと誕生日に天球儀を贈ってくれた時の事を。

大好きな、大好きな、お兄ちゃんが贈ってくれたものだから、じっと見てはどの星がどの辺りにあるのか考えては空を見て。
そんな私を見てお兄ちゃんも一生懸命、天球儀の見方を調べながら一緒になって星空を見てくれた。
まだ寒い冬の夜空。
吐く息が白くて、お兄ちゃんが寒いだろうって、自分のマフラーを私に巻いてくれたっけ……。

「ねえ、お兄ちゃん。あの星は何て言う星?」
「あれはリゲル。……オリオン座は何処にあるか解るか?」
「えっと、えっと……リゲルって、今言った上の一番光ってる星がオリオン座?」
「そう。天球儀ではここら辺、だな」
「……あ、本当だ。こうして見比べてみるのも楽しいね」
懐中電灯で天球儀を照らしながら、教えてくれて、凄く凄く楽しい時間だったのに。

……私の身体は、ホンの少しの我慢も出来なかった。

ふたりで星を眺めていたのが祟って風邪を引いてしまったから。
幼い頃はあまり丈夫ではなくて、無理するごとに風邪を引いていた……。
でも、でも…お兄ちゃんと一緒に星を見た時にまで風邪引かなくてもいいじゃないって、自分のことながら悲しくて。
熱の所為ばかりでもなく、涙が後から後から溢れて止まらなかった。

「結珠――頭、痛いのか?」
「違う……違うの……」

私の身体の弱さが嫌いなの。
熱を出してごめんなさいって言いたいのに、言えない。
ぽんぽんと布団を叩く掌。

「また、熱が下がったら……見てみような、星。今度はあまり寒くないときに」
「…………うん」

不思議。
いつもいつも、お兄ちゃんは私が言いたいことを解っている様に言葉をくれる。
何度も何度も熱でぬるくなるタオルや氷枕を取り替えてくれて、必死で看病してくれながら、私の事を本当に気遣ってくれて。
一番、近くて――けれども遠い大好きな人。

(……家に帰ったら……)

もう一度、天球儀を見てみようかな――と、ふっと考えた瞬間。
私が、今しなくてはいけないことを思い出した。

「い、いけない……今は思い出にひたるより猫ちゃんを探さないと……!」

慌てて、再び周囲を見る。
『止まって』と植物たちが言った言葉を信じて。

すると。

――ちりん、と。

近くで鈴の音が響き、

「にゃあ……」

銀の瞳を細めながら、猫は結珠の足元へと擦り寄ってきた。

「猫、ちゃん……?」
足に擦り寄る猫を抱き上げ、問い掛ける。
すると、
「にゃ?」
猫は「その通り」と言うかのように声を出す。
植物たちも歌うように『猫だ』と言う。
ごろごろ、気持ちよさそうに結珠の頬に擦り寄る様子はまるで子猫のようだ。
「……どうして出てしまったの?」
くすぐったくて瞳を細めながら、優しく叱るように、「駄目よ」と結珠は言い、猫を抱きかかえ歩く。
見かけより、随分軽い猫の身体を少し不思議に思いながら。
少女が待つ、庭園への帰り道を植物たちに聞きながら。



                       ◇◆◇


ざわざわ、ざわざわ。庭園の中では風が吹き荒れる。
鳴ることを忘れたように風鈴は風に踊るばかりで用を為さない。

(――あ……)

『帰ってくる』
『帰ってくるよ、少女。あの、虚け者。――猫が』
『今日は少しばかり帰りが早い。猫は猫のままだ』
『だが、帰ってくる』
『一体今日は何がしたかったのか、相も変わらず気まぐれで』

だがじきに帰ってくる。
もう一人の少女に連れられて。

『ただいま』と声に出さず、『にゃあ』と猫の言葉で鳴き、この場所へと。


                       ◇◆◇

庭園へと無事辿り着いた時、結珠がこの目で見たものは。
猫を小さな掌で叩く少女の姿と。
――結珠の腕の中から離れた猫の姿が緩やかに人の姿へと変わる、そんな映像だった。

(え? え?)

一瞬、何が何だか解らなくなってふたり?を見比べる。
「ごめんなさい」と結珠へ謝る少女と、微笑う、猫であっただろう青年と。

だがそれを遮るように樹木が猫へと問う。

『猫、どうして出ていったんだい?』
「心外だね、私は出て行ったんじゃないよ? ――探しに行ったんだ」
『何を?』
「この子が持つ、風鈴の持ち主。赤く色を変えたこの風鈴の」
そして猫は一旦言葉を区切る。
「…それにしても」
『何だ?』
「少女も君達も私が脱走するのが常だと思っているようだね? …私は最初に門の梅たちに「にゃあ」と猫の言葉で話し掛けているんだが…ヒントにもならなかったかい?」
猫は楽しそうに問い掛けた樹木へと言葉を放つ。
樹木は、その答えに唖然とするかのように一瞬、黙り。
『……それがヒントになると思う猫の考えを疑うが。まあ、いい。…あとは少女に任せる』
――それだけ言うと、眠るように沈黙した。

樹木から任された少女は結珠へと再び「すいませんでした」と深く頭を下げた。

「いえ。あの……喋れたんですね?」
「先ほどは本当に失礼しました。…風鈴を抑えるのに精一杯でしたから、言葉を発することが出来ず樹木や花たちに助けてもらいました」
「風鈴って…貴方が持っている、それですよね?」
「はい……これは、猫も言っていましたが赤く、変色してしまっているのです……」
「変、色?」
おかしな言葉を聞いたような気がして結珠は首をかしげる。
綺麗な透明度のある赤の色彩は、この風鈴に似合っているようにさえ思うのに猫も少女も"変色"したと言っている。

(…こんなに、綺麗なのに……)

天球儀を見ていた時の事を思い出す。
丸い、夜空を映したような紺青の球体。
天に散らばる星々を。

結珠は赤く変色してしまった風鈴を憐れむようにそっと触れようとした――その時。
猫の手が結珠の手を掴んだ。

「まだ、触れてはいけないよ。……君の手に渡るには少しの細工が必要だ」
「何を……」

おっしゃっているんですか、と言いたかったのに結珠は声を出せなかった。

「君の中にあったものだ。私は探した、風鈴の持ち主を。けれど見つからない……どうしようかと思った時、あの店先で君を見つけた」
風鈴が誰の力も借りずに宙へと浮く。
りん……。
聞くだけで物悲しくなるような音色は何処までも澄みきり、庭園に響きわたった。
「君の中にあった思い出だ……君へ還ってこそ風鈴は完成する」
「…ああ、ではこの風鈴の変色は」
少女は微笑む。
嬉しそうに幸せそうに結珠を見つめながら。
「――貴方が、得る事で漸く本来の色を取り戻すのですね」
「…ごめんなさい、私にはおふたりが何を言っているのか良く……」
解らない、解らないけれど。
じっと見つめていると風鈴が急速に様々な色へと変化してゆく。
赤から紫へ紫から青へ、くるくる、くるくる、万華鏡のように。
何時の間にか、猫が掴んでいた手は離され結珠は風鈴へと手を伸ばす。

この色だといい、と思った淡い桜色に何時しか風鈴の色は落ち着き――結珠の手の中、優しく包まれた。


                       ◇◆◇

「……ところで、一つだけ聞きたいことがあるのですけれど」
四阿(あずまや)の中、疲れたでしょう?と結珠は少女からお茶を勧められ喉を潤していた。
猫は、再び黒猫の姿へ戻り、のんびり日向ぼっこをしている。
「はい?」
「何故、あの風鈴は変色していたんでしょう?」
「想いが」
「――?」
「…とても大切な想いであると同時に様々な感情がその中で起こったからだと思います。そう……多分、悩みが原因ではないかと」
ホンの少し顔を寂しげな表情へ変えて少女は結珠へと答えた。
「悩み……?」
ぽつり、と。
結珠は少女の言った言葉を口の中で反芻させる。
自分でさえ解らない悩みがあるのに、風鈴はそれらをきちんと反映させていて。

(…まだ、解らないことだらけだけれど……)

気付かない、想い。
気付かない、願い事。

結珠の中にある花は――、まだ咲かない。

密やかに、いつか咲く日々を夢見ながら、固く蕾を閉ざしたまま。

――空を恋う様に、まっすぐに。



・End・

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■   登場人物                  ■
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【2480 / 九重・結珠  / 女 / 17 / 高校生】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■        ライター通信           ■
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初めまして、こんにちは。ライターの秋月です。
今回はこちらのシナリオにご参加くださり誠に有難うございます!
九重さんは初めてのご参加ですね。
本当に素敵なプレイングでしたので、私が書けるかどうか不安があったのですが
少しでも楽しんでいただけたなら良いなあ、と思います。
尚、猫達により渡された九重さんの手の中にある風鈴は
九重さん本人の音を出します。
楽しければ楽しく、哀しければ哀しく……と言う様に。
もし、桜色から再び変色してしまった場合は少女と猫に申し付けていただければ
メンテいたしますので(^^)

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。