コミュニティトップへ




■くまのタマゴ■

angorilla
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 この世界では、不思議の扉があちらこちらに開いている。



 冬にしてはひどく穏やかな午後。
 陽射しのぬくもりを背に感じながら、草間は事務所の自分の机に突っ伏してうとうとしていた。
 心地よいまどろみに身を任せる至福のひと時。
 だが。
 ここは『草間興信所』―――そうそう穏やかな時間は長続きしない。

 がちゃんっばりっどさどさごとっっ

「な、なんだ!?」
 自分以外は誰もいないはずのここで、盛大にモノをぶちまける音が響き渡る。
 慌てて跳ね起き、混乱状態のままで草間は音の発信源である給湯室へ駆けつけた。
 そうして目にしたものは、
「……………………なんだ?」
 いかんともしがたい不可解な光景。
 かつて冷蔵庫の中身であった酒瓶や口の開いていた缶詰などがこれでもかといわんばかりに床にぶちまけられていた。
「………うう、出られない〜」
 かわりに、本来食物が入れられている冷蔵庫の内側からは、ライトブラウンのふかふかしたくまのぬいぐるみが外に這い出ようとしているのである。
 じたばたと不自由な空間で動くその手の先には、なぜか体とは質感のまったく違う三日月の鋭い爪が3本ずつ伸びていた。
「あ、こんにちは。あの、あの、もしかして貴方が草間探偵さん、ですか?」
 ふと顔を上げた拍子に草間に気付いた彼は、自分を呆然と見下ろしているものに至極丁寧な口調で話しかけてきた。
「…………ああ、まあ、そうだな………」
 これは何かの冗談だろうか。それとも夢の続きか何かか?
 そう思わずにはいられなかった。
「ああ!良かった!あの、僕、どうしても草間探偵さんにお願いしたいことがあって。あ、申し遅れました。ボクはロドルフというもので……と、ちょっと待ってくださいね。今ここを出ますから……ああ、おなかがつかえるぅ」
 何とか窮屈なそこから出ようともがくが、冷蔵庫の本来の中身は外に押し出され、被害が拡大していくだけである。
 こんな惨状を放置していたら、きっと買出しから戻ってきた零は烈火のごとく怒るだろう。
「……手伝おうか」
 いまいち現状を把握しきれないながらも、草間はぬいぐるみに手を差し伸べた。
 ぐいぐいと彼の綿が詰まっている腕を引っ張り、格闘すること約2分。
 何とか、ロドルフは広い空間へと自分の足で降り立つことに成功した。
 それから改めて、彼は草間を見上げ、深々と頭を下げたのである。
「ええと、あらためまして、こんにちは。怪奇探偵さんの名を聞いて、この方ならと思ってまいりました」
「……………ほお………」
「実は、僕たちの大切なタマゴが魚に食べられてしまったんです」
「…………………は?」
「そいつは大きくて、しかも、森の中をすばしっこく泳ぐんです。とても僕たちでは太刀打ちできません。」
「………魚…森…卵……?」
 草間のズボンを掴み、縋りつく眼差しでぬいぐるみは見上げる。
 彼は必死に語った。
 巨大魚が樹の間を泳ぎ、小鳥が水の中を飛び、木にはタマゴが生って、つながらない公衆電話がずらりと並ぶでたらめでおかしな世界での大事件。
 そんな場所から救いを求め、彼は現れたのだ。草間興信所の冷蔵庫を扉に代えて。
「お願いします!あいつを捕まえてください!そして、夜明けまでにタマゴを取り返してください!なんとしても明日までに取り返さないと大変なことになるんです!」
 彼は真剣であり、かつ本気だった。
 これはとても重要なことだ。
 草間は長い長い茫然自失状態からなんとか脱却を果たすと、深い深い溜息の後に頷いた。
「………お前さんが困っているってことはよく分かった。とにかく頼みを聞いてくれそうなやつに声を掛けてみよう」
 いまいちロドルフが語る世界を理解できていないままに、草間は彼を連れて応接間の黒電話に向かった。

********************
今回は初のコラボ企画です。不思議な世界を楽しんでみてください。

シナリオ:高槻ひかる
作画:矢高あとり

募集人数:1〜2人