■チョコレートを作ろう!■
結城 翔 |
【1660】【八雲・純華】【高校生】 |
街を埋め尽くす鮮やかなピンクや赤のリボンとハート。
ハートの風船で作られたオブジェ、建物や景色を模したチョコレート細工。
漂うのはチョコレートの甘い香り。
…そう、2月の町はバレンタインデー一色!
いやがおうにも心は浮き立ち、大切な誰かを思い浮かべずにはいられない。
あまーいミルク、生クリームたっぷりのトリュフ、可愛いピンクのイチゴチョコに純白のホワイトチョコ、ちょっぴりほろ苦いビターetc。
さぁ、貴女は誰に、どんなチョコレートを送りますか…?
居並ぶ銀色の機材。
泡だて器にボール、大理石、のし棒に型…。
そう、これから我々は憧れの手作りチョコを作るのだ。
「おいにゃが講師ですにゃー。」
バレンタインを控えた女性達の戦場に、猫シェフの能天気な声が響いた…。
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チョコレートを作ろう!
「と、言うわけでようこそお越しくださいましたにゃー!」
「………。」
極々普通の女子高校生である八雲 純華は言葉を失った。
バレンタイン向けチョコレート教室…一人一人に合わせたリクエストにお応えしたレシピをご用意しますの張り紙に惹かれてやってきた彼女らを出迎えてくれたのはなんと、満面の笑顔の猫(人間サイズ)だったからである。
「うわー、おっきいけど可愛い方ですねー。あ、肉級触ってもいいですか?」
「にゃ、照れるのにゃ…/////」
途中で一緒になった同じ参加者の女性、如月 縁樹さんは極々普通に…イヤむしろ嬉しそうに猫の手を握ってたりなんかして。
自分の反応の方がおかしいのだろうかなんて一瞬考えもしたけれど多分それはない…はず。
…だって猫だし。おっきいし。喋ってるし。
「この手で大丈夫なんですか?包丁とかもつの?」
「だーいじょうぶにゃ、この道云十年、おいにゃにおまかせにゃ!」
極々自然に、和やかに進んでいく会話…。
深く考えちゃいけないような気がしてきた。
…大丈夫だって言ってるし。
「云十年ですか、すごいですねー。」
…人間だろうと猫だろうと美味しいケーキの作り方を教えてもらえるなら問題ない…よね、多分。
そうやって無理矢理自分を納得させて、純華は遠のきかけた意識を繋ぎとめた。
「さて、まずはどんなチョコが作りたいのかリクエストを聞かせてにゃ。」
はりきってます、という様子の猫。
「あ、あの、私が作りたいのは実はチョコじゃなくてチョコケーキなんですけど…」
「僕もチョコではなく親友用のチョコプリンと義理のガトーショコラとブラウニーを焼きたいと思ってるんですけど。」
彼はその言葉を聞くやいなや、ふらりよろりとよろけて床に手をついた。
「…バレンタインにゃのに…」
「ね、猫さん?」
滂沱たる涙を流しつつ床に縋り付いている…何か悪いことを言っただろうかと覗き込もうとした瞬間、絶叫が上がった。
「折角のバレンタインにゃのににゃんでちょこじゃないのにゃー!!」
「あ、いえ、あの、折角だからハート型のチョコケーキを作ってみたいなと思って…」
途端、それまで泣いていたのが嘘のようにきらきらした大きな金色の目が輝いた。
「ハートケーキ!バレンタインにゃね、恋にゃね、本命にゃね!?」
「ハ、ハイ…////」
ぐぐっと身を乗り出されて、詰め寄られて思わず後退り。
なんだか急に恥ずかしくなって火照る顔を両手で押さえたら猫さんは一層嬉しそうになってそれでますます恥ずかしさが増した。
勿論恥ずかしいだけじゃなくて半分は嬉しいと言うのもあるのだけれど。
「告白するにゃ!?」
「あ、いえ、その、もう付き合ってます…」
にゃぱーっと笑って猫さんはなにやら顎に手を当て一人でうんうんと頷きだした。
「いいにゃねぇ、若人は。そう言う恋人達の役に立ててにゃによりにゃ。人と関わっていけるのは素晴らしいことなのにゃ…。」
…なんだかちょっとヘンな人(猫)かもしれない…。
「如月さんはにゃんでチョコじゃないのにゃ?」
急に話を振られて、縁樹は目を瞬かせて自分の顔を指差した。
「んー…普通のチョコだったら溶かして型に流すだけで家でも出来そうですから。折角ですから少し手の込んだものをと。」
溶かして固めるだけのチョコでは市販のものと味も変わらなくて面白味にかけるし。
「にゃるほどにゃ…よし、まずはガトーショコラからいくのにゃ!八雲さんはハートの型で焼いてもらうにゃ。そのあとチョコプリンとブラウニーで、八雲さんには必要にゃいかも知れにゃいけどまぁ知ってて悪いもんではなし、お付合い願うにゃ。出来上がりは自分で食べてもいいしにゃ。」
「はい、よろしくお願いしますっ。」
「お願いします。」
真っ赤になって勢い良く頭を下げる純華に、こっそり苦笑しつつ縁樹も頭を下げた。
彼氏の為に一生懸命になってすごく普通っぽくて可愛いと思う。
ひょっとしたら遠い昔、自分にもあんな頃があったのだろうかと考えてみたりはするものの、何時生まれたのかどんな風に生まれたのか覚えていない縁樹にはひどく遠い。
…多分ありえないだろうなあ…。
「まずは粉をふるうところから始めるのにゃ。」
魔法のようにどこからともなく取り出された粉ふるい。
「ココアと薄力粉は30gずつ、これは一緒にふるってしまってOKにゃ。これに限らず粉ものは特に順番が指定されている時以外は一緒にふるってしまってOKにゃよ。」
計りで計って粉ふるいの上へ。
「チョコとバターは湯煎して溶かすのにゃ。チョコレートは60g。溶けやすいように削っておくといいのにゃ。バターはお菓子作り用の無塩のモノを用意するのにゃ。こちらは50g。電子レンジでも簡単に溶けるから家でやる時は面倒だったら耐熱製の皿に入れてチンしてしまうのも手にゃ。」
次々とその材料は一体どこから出てくるのか…レストラン猫の厨房は摩訶不思議ワールドである。
「さて、その間にしておかねばにゃらないことは?」
「…オーブンの余熱?」
「ビンゴにゃー!焼き始める時に設定温度になってるように先に予熱しておくのがポイントにゃ。これは簡単作業にゃのでおいにゃがやっとくから二人は型にバターを塗るのにゃ。」
そういって二人に渡されたのはそれぞれ円形とハート型のケーキ型である。
「…こっちはいいとして…そっちは用意してあったんでしょうかね。」
「…普通に使ってたらイヤですね。」
可愛いハートの型を見つめつつ、女二人は小さく呟いた。
「さてここまでが下準備!こっからが本番、ふわふわのメレンゲの作成にかかるにゃー!これは重要にゃよ!この行程で手を抜くとケーキはぺしゃんこになるにゃ!」
ケーキを膨らませるための最大のポイント、それはメレンゲである。
ベーキングパウダーが入っているわけでもないのに何故あのように膨らむのか。
その秘密はこのメレンゲなのだ。
メレンゲは卵の白身を掻き混ぜて作る…すなわち白身に細かい空気の泡を含ませて作るのである。
その空気こそがケーキを柔らかく膨らませてくれる秘密兵器なのである。
…とは言っても手動でメレンゲを作るのには膨大な時間と手間と労力が必要である。
「そこで登場電動泡だて器ー!」
秘密道具の如き口上と共に現れたのは機械の先に小さめの泡だて器が二つくっついたような形の電動泡だて器である。
「あると便利そうですよねー、普通の家ではあまり使わないから買いませんけど…」
「量販店では980円ぐらいで売ってるにゃからこれからもお菓子作りをする予定があるんだったら買っておくというのもいいかも知れにゃいにゃよ。」
…流石は電動。
透明だった卵の白身は見る間に泡だって空気を含み白く変わっていく。
もったりとさっくりと不思議な手触りになったところで猫はOKを出した。
「このままにしておくと泡はだんだん崩れていってしまうにゃから急ぐにゃよー。」
お菓子作りには慣れていないものの料理の腕は可もなく不可もなく及第点の純華とそこそこなんでもこなす縁樹のペアである。
大してトラブルも起きずにケー作りは着々と進められていく。
「別のボールで卵黄とグラニュー糖、生クリームを混ぜ合わせるにゃ。そこに最初にふるった薄力粉とココアを入れて混ぜる。さらに溶かしバターとチョコを入れて…ここまではしっかり混ぜてOKにゃ。」
もったりまったり黒くなっていく生地。
溶けたチョコレートの甘い香りが漂って食欲をそそる。
「今度はそこにさっきの真っ白メレンゲにゃ。泡を潰さないようにさっくり混ぜるのがポイントにゃ。潰してしまうとケーキもつぶれてしまうから要注意にゃ!」
混ざっていなかったら、と思ってついつい混ぜすぎてしまいやすいのだがそうすると泡を潰してしまうことが多いので気をつけなくてはならない。
粉が残っていても美味しいとは言えないだろうしかといってぺチャンコも…。
「あとは型に入れて、10pぐらいの高さから数回落として空気を抜いたらOKにゃ。空気抜きをしないとあとで中に空洞が出来てしまうことがあるから気をつけるにゃよ。」
「…これで出来上がりですね。」
「みゃ、あとは170度のオーブンで4,50分にゃ。その間にチョコプリンとブラウニーを作ることするにゃー!」
まだもったりとした黒い塊でとてもおいしそうと言う状況ではないが、これが膨らむところを想像するとわくわくどきどきする。
オーブンの中でゆっくり回り始める型を見て、御互いを見て、縁樹と純華は小さく笑った。
…漂う甘く芳ばしい香り。
出来上がりは上々、上に茶漉しで粉砂糖をかければ出来上がりである。
『…いしょー!』
と、聞き覚えのない声があがった。
猫の手元から聞こえたような気がして目をやると…見本で作っていたからのケーキが自分で型から出てくるところだった。
『よ!』
針金めいた手足がついているのは何かの冗談だろうか…。
『あっじみ、あっじみー、あったかいうちに食べておくんなーっと紅茶とコーヒーどっちとがあうかね、俺。』
「あ、可愛いですねー。」
「………。」
…ミナカッタコトニシテイイデスカ?
白い箱に詰めて、ピンク色のリボンをかけた、大切なあの人に送るためのチョコケーキ。
落とさないよう、壊さないよう細心の注意を払って両手で捧げ持ち、純華は彼の下へと駆けていく。
初めての手作りの贈り物を渡すため。
「…よし!」
恥ずかしいみたいな嬉しいみたいな擽ったい思いを抱えながら小さく呟き、純華は彼の家のドアを叩いた。
― END ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
1660/八雲純華/女性/17歳/高校生
1431/如月縁樹/女性/19歳/旅人
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました〜。
急な企画でしたのであまり笑いの要素が入れられませんでしたが少しでもお楽しみいただければ幸いです。
この猫シェフが出ているノベルはこっそりシリーズ化していますので(笑)、宜しければまたご参加ください。
それでは、ご縁がありましたらまた…。
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