コミュニティトップへ



■インタレスティング・ドラッグ:2『追跡』■

リッキー2号
【1956】【ウォルター・ランドルフ】【捜査官】
 不思議な、ひびくような歌声だった。
 ブラウン管の中で歌っている彼女は、紅白歌合戦にも出ていなかったし、誰もが知っているというほど有名ではなかったが、そのぶん、カルト的な人気を持っている。
 SHIZUKUという名で呼ばれている彼女の、それは新曲のようだった。プロモーション用のフィルムは、歌う彼女のすがたに、雑多ないろいろな他の映像を重ね、あるいはカットバックで細かく挿入し、コラージュのような効果を狙ったものだった。
 その、目まぐるしく切り替わる画面の中に――
 ほんの一瞬、そのカプセルが映った、ような気がした。
 そして、新たな噂が、ネットワークの中をかけめぐる。
(ねえ、知ってる?)
(SHIZUKUの新曲のプロモーションビデオにね……)
(『ギフト』のカプセルが映っているって――)


 赤と青のツートンカラーの小さなカプセル。
 それが、今、あなたの手の中にある。
 『ギフト』という名の、薬なのだという。飲んだものは、“特別な力”が与えられ、その望みがかなうとされている。
 

「例の猟奇殺人はずいぶん落ち着いたみたいだな」
 草間武彦はくわえ煙草で新聞をめくりながらつぶやいた。
「一過性の――流行り病だったとでもいうつもりか。……それとも、なにかが潜伏し、次の段階へと移る、嵐の前の静けさなのか……」
 探偵の思考は、しかし、突然の電話のベルにさえぎられる。
「はい、草間興信所――ああ、麗香か」
 しばらく、受話器を耳にあてていた草間の顔が、怪訝な色に曇った。
「……おいおい、殺人の次は行方不明か……。案外、もう殺されちまってんじゃないのか。死体が出るまでは殺人事件も失踪だ」
「でもね、消えた人間たちは、どうも、自分の意志で消息を断った節があるのよ」
 電話の向こうで、碇麗香は言った。
「もうひとつ、面白いことを教えてあげましょうか。……いなくなった人たちのほとんどが、その前に、誰かに『ギフト』の話をしていたり、それに興味があったそぶりを見せているのよ」
 麗香が唇に微笑を浮かべるのが、見えたような気がして、草間は舌打ちをした。
「また『ギフト』かよ」


 赤と青のツートンカラーの小さなカプセル。
 それが、今、あなたの手の中にある。
 それを手に入れたいきさつについては、また別の物語になるだろう。ともあれ、どこか不吉な色合いをはらむ噂にいろどられたカプセルが、目の前に存在していた。


 都内某所の、地下の空間では、黒服に黒眼鏡の男たちが、声をひそめて話し合っていた。
「まったく、とんだ『贈り物』ですね。これ以上、あんなものをバラまかれてはたまらない」
「でも、一体、誰が何のために……?」
「さあね。……少なくとも、ただの親切心だということはないでしょうよ」
「IO2が動き出したという情報もあります」
「厄介ですね。物騒なことになりそうだ」
 まさに――
 物騒そのものの、刃をおさめた仕込み杖を片手に、ダークグレーのコートを羽織った、IO2のエージェント、〈鬼鮫〉が、時を同じくして、東京の街を闊歩していた。
 レイバンの奥で、危険な光を目に宿しながら。


 さまざまな人々の運命と思惑を結晶させたような、赤と青のツートンカラーの小さなカプセル――、それが今、あなたの手の中にあるのだ。
インタレスティング・ドラッグ:2『追跡』


「おまえは与えられた」
 男は告げた。
 その言葉は死の宣告のように重々しく、また、神の子の誕生をしらせるように厳かだった。
「来るがいい。与えられたものが集う場所へ」
 そして手を差し伸べる――
「ランドルフさん……?」
 声をかけられて、ウォルター・ランドルフははっと我に返った。
 気がつけば、そこは先ほどまでと変わらぬ六畳間。このところ頻発する失踪者たちのひとりが住んでいたワンルームマンションの一室である。
「あ、ああ、すまない。なんでもない」
 とりつくろう。同行してくれた巡査が首を捻った。
(見えたぞ。あの男は誰だ)
 これといった特徴のない顔立ちの、フロックコートを着た中年の男だった。しかし、その顔がぎょっとするほど無表情なのだ。つくりものめいた、ガラス玉のような瞳が、丸眼鏡――いわゆるロイド眼鏡というやつだ――の向こうからじっと見つめてきていた。そして抑揚のない声で語りかけてくる。
(あいつがやってきて、連れて行ったんだ。消えた男は自発的に着いて行った。なぜだ。そして何処へ……? 「与えられたもの」――そう、『ギフト』だ)
 部屋は失踪時のまま。住んでいたのは二十代の青年だというが、それにしてはわりと小ぎれいに片付いている部屋を子細に検分しながら、ウォルターは考えをめぐらせている。
(『ギフト』……か。『ギフト』――“贈り物”……)
 贈られるものによっちゃ、悪い気はしないんだが。
(あなたのような方には必要のない薬です)
 そう言った男の声と顔を思い出す。ウォレットの中には、まだ名刺があるはずだ。
「ん?」
 ウォルターは、棚に置き去りにされている一枚のCDを見つけた。
「ああ、SHIZUKUですね」
 巡査が、のぞきこんで言った。
「これが噂の」
 SHIZUKUの新曲のビデオに、『ギフト』の映像が映っている。あやしい噂については、ウォルターも承知していた。
「ウォルターさん、興味あるんですか?」
 なにをどう勘違いしたか、巡査がにやにやと訪ねてきた。真顔で、ウォルターは応える。
「興味あるね。非常に」
 ジャケットの少女は、ただ、屈託のない笑みを浮かべている。

■ コンマ5秒の手がかり ■

「あら、お構いなく」
 お茶を出してくれた職員に優雅に頭を下げながら、黒衣の女は婉然とした笑みを浮かべた。
「黒澤――早百合さん」
 対面のソファーに座った黒服黒眼鏡の男――八島真が、その名を反芻する。
「どうぞよろしくお願いします」
「い、いや、そう仰られましても……」
「『ギフト』事件――」
 黒澤早百合の紅い唇からこぼれた言葉に、八島の眉がぴくりと反応した。
「捜査の進展は如何かしら」
「……あなた、何が目的なんです?」
「まあ、心外だわ」
 さも意外な言葉を聞いたというふうに、早百合は目を丸くした。どことなく芝居がかっているが、しかし、本心の読めない女だった。
「わたくし、この事件では『二係』のみなさんに全面的にご協力したいと考えておりますの」
「…………」
 無言で、八島は茶を啜った。静岡の玉露だった。
 宮内庁のはるか地下に、秘密裏に存在するこの特殊機関では、今日も、黒服の職員たちがそれぞれの秘密の任務にあたっている。職員以外で、この領域に足を踏み入れることができるものは多くはない。
「……わかりました。ご助力はありがたく頂戴しましょう。実は、ちょうど出かけるところだったんです。このあと、すこしおつき合いいただけますか?」
「よろこんでお供しますわ。……でも、一体、どちらへ?」
 早百合の問いに、八島が片頬をゆるめて答える。
「アイドルのおっかけをしに行くんです」

 総じて、東洋人は若く見えるものだが、その少女はことさら、幼げな顔立ちだった。
 手元のデータでは18歳のはずだが、中学生と言っても通じそうだ。
 どこかしら不思議な印象の、マイナーコードの旋律に乗せて、唄われる声は反響するような効果がかけられている。
「ここが問題の箇所だ」
 男にそう声をかけられるまで、ビデオに見入っていたことに気がつき、ウォルターは苦笑する。
 画面がコマ送りに変えた。めまぐるしく切り替わる画像。唄う少女の姿にかぶるようにして、雑多なものの映像が重ねられ――
 一時停止。
「……なるほど」
 ウォルターは、ポケットから取り出したそれと、画面の中のものを見比べてみる。
 赤と青のツートンカラーのカプセル。
「結論からいうと同じ物で間違いないと思う」
 そういう男は映像解析のスペシャリストである。FBIの依頼を受けることもあるという。
「それで、これはその……」
「サブリミナル効果のことを心配しているなら、それはノーだ。目のいい人間なら視認できるスピードだしな」
「そうか。安心した」
 ウォルターは、画面の中のカプセルを、あらためて見つめた。
「ではなぜ、こんな画像が使われているか、だな……」

「すいませんねェ、お待たせしちゃって」
 言いながらあらわれたのは、よれたシャツの上にジャケットをひっかけ、無精髭をはやした、四十がらみの男だった。
 渡された名刺に、映像ディレクターなる肩書きがしめされているのを、シュラインは見てとる。
「あなたが、SHIZUKUちゃんの最新のPVを担当された?」
「ええ、そうですよ」
 そこは都内某所、とある制作会社のオフィスである。
 雑然としたデスクのあいまを、この男と同じような風体の、小汚いといえばそうだし、ある意味で“業界的”といえばそう見えなくもない男女が忙しそうに動きまわっている。壁にはびっしりと、ポスターが貼られていた。
「というか、ずっと彼女の映像関係はウチでやらしてもらってるんだよね。デビュー以来、ずっと。……ちょっとクセの強いアーティストだし。いろいろと――特殊でしょ?」
「今度の新曲……」
「『彼方への階段』」
「それのビデオについて、今、ネットで噂になっているのはご存じ?」
「ああ、あれね」
 にやにやと笑いながら、男は言った。シュラインは油断なく、男の表情、しぐさから声音まで、感覚を研ぎすまして観察する。
「あの娘らしいなァ、って感じですよ」
「というと……」
「いいですか。あのビデオにミックスされている映像は、メインとなる本人の姿をのぞいて、三十八種類あります」
「そんなに?」
「ほんの数秒使っただけのものも含めてね。そして、そのうちの半分は――SHIZUKUちゃん本人から提供された素材なんですよね」
「えっ、それじゃあ」
「そ。……麻薬だかなんだか知らないけれど、彼女が面白がって入れたんでしょ。噂になるのを見越して、さ。本当は頭痛薬かなんかなんじゃないっすかねぇ」
 そう言って、男は豪快に笑うのだった。

 そして。
「あら?」
「おや……」
「ヘイ!」
「シュラインさん。それにウォルターさんも。奇遇ですね」
「ここで出会ったということは――」
「SHIZUKUのことを調べてるってことね?」
「そうなりますか。」
 八島と早百合。シュライン。ウォルター。建物の前でばったり鉢合わせをした三組は、それぞれに苦笑を漏らしたり、微笑んだり、驚きに目を丸くしたりしてした。
「……なにかわかりました?」
 八島がシュラインに訊ねた。そのうしろから、早百合がじろりとシュラインを眺めている。
「……今のところ収穫ナシ。あとは……」
「本人に聞くしか?」
 ウォルターが後をひきついだ。ぴん、と眉毛を跳ね上げて、八島はそれに肯定を返すのだった。

■ 消えたアイドル ■

「そんなのムリムリ。無理に決まっているでしょう」
「そこをなんとか。手間はとらせないから――」
 食い下がるウォルターに対しても、男はにべもなくかぶりを振る。
「直接、会わせてもらうのがダメなら……他の連絡法法を教えてもらえないかしら。本人に直接届くメールアドレスとか、もちろん、電話番号とかならうれしいですけれど……」
「あのねぇ、あんたたち」
 男は、SHIZUKUのマネージャーだという。まだ若いが、それなりに敏腕そうな雰囲気をただよわせている。
 4人が訪ねたのは彼女の所属事務所だった。
「そんなもの教えられません。だいたい、彼女は忙しいんです」
 だが結局――
 かれらはものの十分もその場にとどまることを許されなかった。
「shit!」
 悪態をついてから、女性の前であまり品のいい態度ではなかったと思いなおしたのか、ウォルターは咳払いをした。
「……すまない」
 八島は肩をすくめる。
「でも困ったわね。どうする? この線は諦めて、他の手がかりをあたる?」
 連れ立って建物を出た4人は、あてもなく歩きながら話し合っている。
「SHIZUKUがなんらかの形で『ギフト』に関係していることは間違いありません。できるだけ早期に接触すべきでしょう。多少、強硬な手段でもね」
 ウォルターはちょっと驚いた目で八島を見た。この男、こんなにアグレッシブだっただろうか――?
「せめて彼女のスケジュールがわかればいいんだが」
「わかりますよ」
「えっ」
「今夜18時からアーバンホールでシークレットライブが予定されているんです。ファンクラブの会員にだけ告知された情報です」
「八島さん……ファンクラブの会員にだけ告知された、ってあなた、まさか……」
「会場へ乗り込んで、突撃取材をすることは可能かと思います」
 シュラインの言葉を遮って、八島は結論づけた。シュラインの言いかけたことに思い当たって、早百合とウォルターが目を丸くするのだった。

 アーバンホールは席数900弱の他目的ホールだ。いかにカルト的な人気を誇るとはいえ、そこは“怪奇系”などというマニアックな路線の歌手であるSHIZUKUのこと、さすがに武道館というわけにはいかなかったらしい。もっとも、今日のイベントはあくまでも「シークレット」がコンセプトであるのだが。
「……黒澤さん。どうかされましたか?」
 先頭をあるいていた八島が、ふいに振り返って言った。
「え? ……ああ、なんでもありませんわ。たぶん……気のせいだと思う」
 言いながらも、どことなく不審な様子で、周囲をうかがう早百合。
 シュラインとウォルターはまた違った意味合いで、周囲の様子を驚きの目でもって観察している。
 開場時間に向けて、三々五々、集まってくる参加者たちは皆、黒づくめだった。十代の少女が多い。皆、ルージュやマニキュアまでもが黒かった。
「この中なら、確かに八島さんも浮かないわね」
 感心したように、シュラインは言った。
「行きましょう。あちらが楽屋口だ」
 4人はホールの裏手へと回る。
「おかしいな。誰もいないぞ」
 警備員の詰所をのぞきこんでウォルターが言った。それを聞いて、早百合の顔に険しい影が差す。
「ラッキーだった……のかしら?」
 当惑気味のシュライン。ともあれ、かれらは難なく、館内に入り込めたのだが。
「妙に静かだ……開演前の楽屋ってこんなものなのか?」
「いいえ」
 早百合が言った。「SHIZUKU」の名が書かれた紙の貼られた戸口を見つけ、彼女は駆け寄る。ドアを開け、ため息をついた。
「彼女はいないわ」
 早百合のうしろから室内をのぞきこんだシュラインの顔が曇る。
「荒れてるわね。まさか……連れ去られた?」
 ウォルターが飛び込む。鏡の前に倒れた椅子にふれる。彼の脳裏に、見覚えある少女のが腕を掴まれている姿がフラッシュした。
「女だ。……ここを出て――そのエレベーターに乗った!」
「搬入用ね。地下で止まってる」
「追いましょう。階段で降りられる」
 4人ぶんの足音が、フロアに響く。
 降りた先は、搬出用の通路であり、なかば倉庫のようにして使われてもいるようで、セットの類や木材が多数、置きっぱなしになっている。
 その影から、のそりと、ひとりの警備員があらわれた。
「おい、あやしい女を見なかったか? SHIZUKUを連れているはず――」
 ウォルターが言い終えるよりも早く!
 男は警棒を振り上げて襲い掛かってきた。飛び退いたウォルターをかすめて、警棒がコンクリートの柱をしたたかに打つ。男の目は、あやしい赤い光を灯しているのだった。

■ 人形遣い ■

「こ、こいつ」
 あきらかに、警備員は正気ではない。
「ククク――」
 そしてその口からは――異様なことに、あきらかに女性の声音で含み笑いが漏れたのだ。
「その声!」
 忌々しげに早百合が叫んだ。
「やっぱりあんただったのね、弓香! こそこそと私の後を付け回していると思ったら!」
「お、お知り合いですか……?」
「あの声の持ち主にね。不祥の弟子といったところかしら」
「警備員の身体を操っているというわけか」
「ったく、どこでそんな芸当を身につけたのよ?」
「『だって、黒澤さぁん』」
 それは奇妙な腹話術だった。
「『あれだけお願いしたのに、黒澤さんたらわたしに「ギフト」をくれないんだもの。手に入れる機会をうかがってたら、黒澤さん、SHIZUKUのことを調べてて……ふふふ、あの子が私に薬をくれたわ。……正確には、無理矢理いただいちゃったわけだけど』」
「彼女は無事なんでしょうね」
「『もちろんよ。抵抗するからちょっと可愛がってあげただけ。彼女は恩人よ。私に「ギフト」をくれた。見てよ、この力――』」
 警備員の身体が、まさしく操り人形のように動いた。
「『素敵でしょう? うふふ。これが私の与えられた「ギフト」――「ストレンジ・ダンス」。お人形は一体だけじゃないのよ?』」
 ゆらゆらと、ゾンビのような足取りで、何人もの人間が、いつのまにかセットや木材のあいだからあらわれ、かれらを取り囲んでいた。服装からして、皆、コンサートのスタッフたちであるらしかった。
「あんた、私にこんなことをしてタダで済むと思ってないでしょうね」
「『あんまり怒るとしわが増えますよ、黒澤さん。ぎすぎすした女は婚期を逃しちゃいますよぉ』」
「言わせておけば!」
 ふいに、角材を持った男が襲い掛かってくる。それに続くように、操り人形と化した人間たちが手に思い思いの武器を持って、いどみかかってきた。
「べらぼうめ!」
 銃で角材を受け止め、ブーツで男を蹴り飛ばしながら、ウォルターは悪態をついた。
「悪人なら気兼ねなく戦えるが、こいつぁ……」
「そういう、陰険な女なのよ。やっぱり採用するんじゃなかったわ」
 ひらり、ひらりと、巧みに攻撃をかわす早百合。その手の中に、いつのまにか、黒い刃を持つ剣が握られていた。だが、その切っ先が人に向けられることはない。
「参りましたね――」
 と言いつつ、本当に困っているのかどうなのかさだかではない黒眼鏡の八島の背後で――彼にかばわれながら、意識を研ぎすませていたシュラインが叫んだ。
「見つけた。その裏よ!」
 はっ、と息を呑む、その息遣いさえ……シュラインの尋常ならざる聴覚はとらえていた。ぴたりと指さされた方向にあったのは、なにかのセットの一部のようだったが――
 次の瞬間には、早百合の剣が放った雷撃が、それを粉砕している。
 悲鳴。そして、ばたばたと、まさしく糸を切られたように倒れてゆく人々。
 くすぶる煙の中で、女がひとり、うずくまっており、その傍らに、ひとりの少女が寝かされている。まぎれもなく、SHIZUKUその人だった。
「さあ、おしおきの時間よ?」
 パチパチと散った青い火花に照らされた早百合の顔はどこまでも冷たく、しかし美しい。女はひっ、と、喉の奥で上ずった声をあげた。


「大変、お世話になりました」
 ぺこりと頭を下げる。
 そんなしぐさは、ごく普通の女子高生なのだが。
「ま、大事がなくてなによりです」
 SHIZUKUのライブは開演時間がすこし遅れたものの、予定通り行われた。終了後、ようやく当初の目的通り、面会がかなったというわけだ。
「どうやって『ギフト』を手に入れたの?」
 と、シュライン。
「あんなもの、『ボウシヤ』を使って誰にでも手に入れられるわ」
 くすくすと、悪戯めいた笑みを、彼女は浮かべた。
「それを自分のビデオに挿入したのは?」
 これはウォルター。
「ちょっとしたメッセージみたいなものね。誰か、アクセスしてくれる人がいると思ったの。みなさんみたいに」
「そのせいで、あんな危険な目に遭ったのよ?」
 あきれた、と言わんばかりに早百合が言った。
「多少の危険は覚悟の上よ。それよりも、私は『ギフト』の謎を解きたい。こんなにエキサイティングなことって他にないわ」
 一同は顔を見合わせる。
「SHIZUKUさん。これはそんな面白半分で首をつっこんでいい事件じゃないのだと思います。……今後は、こうしたことは慎んでいただけますね?」
「はぁい」
 明るく返事する。
 が、とうてい、真剣に受け止めているとは思えず、ウォルターとシュラインはやれやれ、といった調子で目を見交わした。
「それより、情報交換をしない?」
 今言った八島の言葉をまるで聞いていなかったように、彼女は持ちかけてきた。
「なんでもいいから、『ギフト』のことを教えて。私も知っていることを話すわ。こう見えても……けっこう、いろいろ調べてるのよ」
「あのですね……」
「OK、SHIZUKU」
 八島を制して、ウォルターが言った。
「何を知っているんだい?」
「『ギフト』がその人の強い意志や欲望、コンプレックスを形にして人に“能力”として与える薬だっていうのは、知っているでしょ? 『ボウシヤ』が薬をバラまいて、その結果、能力を持った人たちを、今、『メガネヤ』たちが集めている」
 すらすらと、聞いたこともない話が出てくる。SHIZUKUの言葉に、嘘はないようだった。
「『ギフト』を造っているのが誰か、教えてあげるわ。――シルバームーン社のひとたちなのよ」
「ええっ」
 シュラインが声をあげた。その企業の名を知らないものなどいなかっただろう。
「どういうことなの? 一体、何が目的で」
「だからそこが謎なのよ」
 神妙な顔つきでSHIZUKUは言った。
 早百合は部屋の隅でひそかに、ため息をつく。――八島さんたら、こんな子のいったい何がいいのかしら?
「でも、『ギフト』って……」
 そして、夢みるような調子で、“怪奇系アイドル”を自認する少女は言うのだ。
「面白い薬だと思わない。ほんと……こんな面白い薬……一体、何のためにつくられたのかしら?」
 もちろん、その答を知るものなど、その場には誰もいなかった。

(第2話・了)

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【1956/ウォルター・ランドルフ/男/24歳/捜査官】
【2098/黒澤・早百合/女/29歳/暗殺組織の首領】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

リッキー2号です。
お待たせいたしました、「インタレスティング・ドラッグ:2『追跡』」をお届けします。

キャンペーンシナリオの第2話にあたる本作は、それぞれのPCさま個人の事件としてはじまったものが、しだいに交錯しはじめる……という形で、3名様ずつ×4ヴァージョンのノベルとして作成されています(冒頭のパートのみ完全個別です)。
よろしければ、他のヴァージョンもお読みいただくと、事件のまた別な側面があきらかになっていると思います。

さて、シュラインさん&ウォルターさん&早百合さんのチームでは、
おもにSHIZUKUを追う展開になりました。ごらんのとおり、なかなかお騒がせなことになっております。
そして異界『宮内庁地下〜』の八島さんのNPC紹介のところにSHIZUKU云々とあるのが、実は伏線だったことにお気付きでしょうか(笑)。

よろしければ、第3話もおつきあいいただけるとさいわいです。
ご参加ありがとうございました。