■音楽都市、ユーフォニア ─巣鴨崩壊後日談─■
x_chrysalis |
【1787】【応仁守・雄二】【応仁重工社長・鬼神党総大将】 |
音楽都市、ユーフォニア。
──それは、『調和』と云う名を騙り、ユートピア思想に依存する運命共同体の顔をした独裁国家の理想図である。
音楽は、ただ美しいだけでは無い。
それは暴力となり得る一面も、また非常に効果的に洗脳の材料として用いられる一面も合わせ持つ。
『壮大な実験』を以てユーフォニア市の最初の拠点となる筈だった東京、巣鴨。
ここは、彼等の尽力に依てその実験を阻止され、陥落を免れた。東京コンセルヴァトワールも今後は表立って大々的には活動を行えない。
然し、組織とは個人の集まりである。そして、ユーフォニアの思想を掲げる個人は既に世界へ向けてばらまかれた。
文化遺伝子<ミーム>は、限り無く増殖する。
──────………、
「忍先生で良ければいくらでもあなたに差し上げるわ。私は一人で充分。磔也とは違うの。──私はね、」
「──パパは?」
「クシレフの次のミームを生んでみたいの。もう面倒なオーケストラなんて必要無い。……一人でも、世界を動かせる音楽家の私のミームを」
「……本当の所云うと、もう、何も遣る気が起きないんだ」
「やる事ァ全部遣っちまって、目標が無くなったってとこかねェ。……ま、その内起きるだろ」
(「音楽都市、ユーフォニア ─破壊へのカコフォニー─」)
|
音楽都市、ユーフォニア ─巣鴨崩壊後日談─
【1f:2003-12-XX】
「申し上げます」
──とある冬の夜。
この日、応仁守・雄二(おにがみ・ゆうじ)の部屋のドアを叩いたのは彼が社長を勤める応仁重工の社員でも、またその傘下に位置する音楽事務所の人間でも無かった。
彼の前に大仰な程恭しい態度で跪いた男の目は、闇の世界を飛び回る諜報員の顔だ。それは、彼の属する秘密結社、鬼神党員を動員する総帥権代行を総帥より委ねられた鬼神党総大将「大将鬼」へのみ向けられる顔である。
──ぎしり、と彼に背を向けてロールトップデスクの前に深く腰掛け、窓の外に東京の摩天楼を眺めていた男が椅子を回転させた音が重々しく響いた。腕を組んだその男の表情は、部屋に流れた空気の密度を反映するかのようである。
齢40も半ばを過ぎた頃、頑健な身体付きに見合う掘りの深い顔立ちに、端正に整えて前髪を上げた知性の伺える額の下の眼光は鋭い。──年上好みの若い女性であれば、十人中九人は確実に「ステキ……、」と溜息を吐きそうなナイスミドルだ。
「云って見給え」
「は」
片膝を付き、右手を反対の胸に当てて頭を垂れていた男は彼のカリスマ性溢れる声に顔を上げた。
「──柾・晴冶の事で、社長に御報告に伺いました」
「……ふむ、」
柾君か、と男は──応仁守・雄二は意外そうにやや表情を緩めた。……音楽事務所専属の映像作家である青年、柾・晴冶。日々、芸術の追求に心を砕き、大人しく8ミリを片手に飛び回っているだけの彼に、一体何の問題が起こったのだろう? ……と。
雄二は、以上の疑問を全く平静に思案していた。が、筆者が聞けば聞いて呆れるというか、目許を覆って天を仰ぎたくなるような評価である。柾は確かに、脳内の93%程が芸術、主に映像それに付随する音楽の事で占められており、世間的な常識というものを母親の胎内所か前世に置き忘れて来たような人間である。大人しい? ──とんでもない。一体何の問題を? ──彼の存在自体が問題であり、彼の取る行動は逐一珍騒動である。
然し雄二は、柾を問題児だと思った事は一度も無い。確かに彼を引き取って未だ半年にも満たない。が、この先もずっとそうであろう。何故ならば、雄二は柾の更に上を行く人間なのである。彼のような大物が、ちょっとばかり頭のイっちゃった人間を見て何を驚く事があろうか。
……と云う訳で。
「何があったんだね、柾君に?」
「実は今日、ソマリアとドラマで共演した女優が彼女のプロモーション映像の撮影を見学に来ていたのですが、柾は彼女を見るや否や『君は聖マリアの受胎告知を信じるか否か!』と議論を吹っ掛けまして、その女優は不安のあまりその場で泣き出してしまいました。間の悪い事にその現場を女優のマネージャーが目撃した上在らぬ勘違いをして、裁判だ、名誉毀損だと訳の分からない事を叫び出し、見兼ねたソマリアがそのマネージャーをどうやってか魅了して不思議な事に女優もマネージャーも30秒後には全ての出来事を忘れて一件落着……、──と、失礼しました。つい、日常茶飯事な事の方を申し上げました。取り消します。忘れて頂けますか」
「うん、忘れよう」
外見の醸す雰囲気の割りに、あっさりと雄二は発言の訂正を認めて頷いた。そして、1秒後にはそうした「他愛無い事」は本当に彼の記憶から消え去っていた。
「──水谷・和馬の事です」
「水谷」
雄二はその名前を反誦しながら、顎に手をやって軽く首を引いた。
「ふ────む、……誰だったかなあ?」
大物の記憶には、小者の名前など影も形も留まらないのである。
「柾の恋人を殺害し、柾をも呪い殺そうとした男です(つーか、何でそんな事忘れてるんですか……大将……、)。ソマリアが関わった彼の事件後、意識不明で運ばれた都内の病院から行方知れずになっていました」
「おお」
思い出した。ぽん、と雄二は手を打ち、ロールトップデスクの抽き出しを開けた。
──ちら、と神妙に取り繕った顔の奥から好奇心に溢れた一瞥を素早く投げ、男は耳を澄ます。大体、次に何が聴こえて来るかが彼のような古株には分かっているのだ。
──じゃー────ん♪
雄二が抽き出しからどうやってか取り出したアコースティックギターが、心にまで染み入るような朗々たるGメジャーのコードを大きく響かせた。
それまで重く沈んでいた室内の空気が、一時に軽やかな色彩に包まれた。心無しか、照明の明度までが微妙ーに変化したようである。
「思い出したぞ、幻想交響曲、コレだね、コレだ!」
──……たーららーららーらーーららーらーーらーらーーらーー(じゃじゃんっ、じゃじゃんっ、じゃじゃんっ、じゃじゃんっ)♪
クラシックに多少の興味のある人間ならば、直ぐにピンと来るメロディとバッキングだ。そう、御存じエクトール=ベルリオーズ作曲作品番号14番「幻想交響曲」の第1楽章に流れる「固定楽想<idee-fixe>」である。
驚いた事に、雄二はファーストヴァイオリンに拠る旋律とその他の低弦楽器に拠る伴奏を、ピッキングとカッティングを巧みに使い分けて同時に奏した。この異様な編成で構成されたオーケストラ曲を一台の楽器に編曲したものとしては、独奏ピアノの為の編曲をフランツ・リストが遺している。世界中のプロのピアニストの中でも完璧に弾き切れるのは僅か数人程と云われている超絶技巧の結集であるが、この時の雄二のギターは、前者のピアノ版幻想交響曲を弾ける事だけが取り柄の不良学生が聴いても顔色を変えたであろう神が降臨したような物であった。
──……ほう、と敬愛する総大将の美しいギターの調べに溜息を洩してから、男は一瞬で顔を引き締め、「左様です」と相槌を打つ。
「で、幻想交響曲がどうしたんだい? さてはエクトール君(ぇ)、冥土から柾君に会いに甦りでもしたのかな?」
「お言葉ですが大将、幻想交響曲の事ではありません。因みに半分は正解です。甦ったのは水谷です」
「そうか、それは残念だ、はっはっは」
──じゃん! じゃっ、じゃん……、(←第4楽章最後のギロチンが落ちた音を模して)
既に雄二の表情からは、当初伺えた取っ付きの悪そうな悪の大将的雰囲気は消え失せていた。目がキラキラと輝き、手にしたギターを玩具のように爪弾きながら(但し玩具っぽくてもそこから流れる六弦の調べは神の音楽が如く)、某美白歯磨きのCMに修正無しで出演が即可能っぽい輝きを口唇の端に光らせて笑う彼は、ただ、1人の音楽好きとしてそこに存在していた。
「そうだった。で、水谷が?」
「現れました」
「うん、何処に?」
「巣鴨です。……巣鴨ユーフォニアハーモニーホール」
かい摘んで御説明致します、と男は胸元からステープラーで留めた書類を取り出した。
要は、「巣鴨ユーフォニアハーモニーホールとは何ぞや?」という事であるが。
「……この、東京コンセルヴァトワールという組織ですが、音楽教育機関というには余りにも裏が在り過ぎました。これは前身を東京音楽才能開発教育研究所と云い、6年前に自主解体された訳ですが、──それはIO2の目を暗ます為の小細工であった事は明白です」
「IO2。また、何故音楽教育機関が」
「音楽才能開発教育研究所は、優れた演奏家を生む為と称してクローン人間の生産やあんなことやこんなことまでしていたのです」
「何とっ!!」
「流石に、彼のリンスター財閥までがセレスティ・カーニンガム総帥直々に動き始めました」
「……おお、リンスター財閥か。芸術への造詣も深い総帥だとは聞いていたが」
「それだけではありません、文化遺伝子、……<ミーム>、と呼ばれますが、連中は『クシレフ』と『シェトラン』という2種類のミームを、人間の脳内へ転移させて飼っています。この2つのミームを所有した人間がオーケストラピアノの前に出会った時、悲劇が……」
──と、諜報員がそこまで(やや劇的効果上乗せで)説明した時だ。いつの間にか戸口に立っていたのは、背筋のピンと伸びた、凛とした表情の美しい若い女性、──雄二の娘である。
「悲劇、……それも音楽を愛する人間に取っては許し難い、仕組まれた悲劇よ。……お父様」
「……、」
わなわな。ギターのネックに掛けた雄二の指先が震えていた。
「……如何にも、許し難い」
「ウィンさんや、葛城樹君も動いているわ。彼等は今、巣鴨に……、」
「……何と……、……ウィン君に、葛城君。それは、……、」
そう、音楽を邪悪な目的に使用するとは、雄二には真に怪しからん事実であった。応仁守社長、この怒りを納める為には勢いに任せてDマイナーのコードをフォルテシモでかき鳴らすしか無かった。で、楽理的には「死」を現すというDマイナーのコードを力の限りかき鳴らしている内に、彼の怒りはすこ──んと抜けて行った。マイナーコードの響きも、雄二の表情のメタモルフォーゼに従ってぐにゅ、とDメジャーに変化していた。
「何だ、面白そうな事になってるじゃないか!! 良かろう! 任せ給え!! 後の事は全て引き受けようじゃないか〜♪(じゃかじゃかじゃかーん♪)」
「……、」
くらり、と額を手で覆った少女の身体が傾いた。
「お嬢様、大丈夫ですか」
最早、諜報員が雄二に対して物申せる事は一言も無かった。仕方ないので(でも無いが)彼は娘の方を気遣っている。
「……お父様……、」
「さあ! 邪悪な悪の組織、音楽の敵、東京コンセルヴァトワールよ! いつでも掛かって来ると良い! 応仁グループが待っているぞ、はっはっは!!」
「──……、」
一本、すっと筋の通ったようにぴんと伸びていた少女の背筋は今やくな、と蹲っていた。
「お嬢様……、」
「……、」
少女は黙ったまま頭を振る。……良いのよ、……分かっていたのよ、もう何も云わなくて良いわ……。
「海は良いなあ〜♪ 共感と融和の音楽に倖あれ!!」
云い忘れたが、秘密結社『鬼神党』は悪の組織では無い。彼等のモットーは『一日一善』なのである。
【2f:2004-03-2X】
ビルディングの屋上から殺伐とした東京の街を、乾いた風を身に受けながら眺めている青年がいる。
彼の脳裏に、微かに音楽が聴こえて来る。限りない程の繊細な美しさが哀しい程のストリングス・シンフォニーは、ベートーヴェンの交響曲第九番第一楽章の冒頭である。
それはすぐに立ち消えてしまう。然し青年はそこで、「O Freude, nicht diese Tone、」と呟く。つまり、シラーの、『歓喜に寄す An die Freude』の一節である。
再び、彼のイメージの中に音楽が聴こえ出す。スケルツォやレスタティーヴォの断片が間断無く現れ、次第に高揚して行く音楽は、有名な歓喜の主題に移行する。青年は両手を翳し、伸びやかな声で歌い出す。「Freude Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt; Alle Menschen werden Bruder, Wo dein sanfter Flugel Weilt.(汝の神秘なカは、引き離された者を再び結びつけ、汝の優しい翼の留まる所、人々は皆兄弟となる)」
その背後には既にフルオーケストラとフルコーラスが流れている。同時に、青年の足許から一面の白い鳥の群れが舞い上がり、後には陶然とした表情の青年が残される。
静寂の中に、青年は歓喜に包まれる。
青年とは、つまりウィンの従弟葛城・樹(かつらぎ・しげる)である。年末に柾がほぼ強制的に樹を撮影に狩り出した新作映像が出来上がったので、この日、応仁守音楽事務所の映写室では身内だけの試写会が行われていたのである。
「素敵……、」
試写室の特等席から映像を鑑賞していたトップアイドル、イヴ・ソマリアがその緑色の瞳を陶然と潤ませながら溜息を吐いた。
「試作だ」
柾は、不満そうに吐き捨てた。
「試作? 充分じゃないー? 少なくとも私はとても素敵だと思うわ。柾さんには、映像作家としてのこだわりがあるかも知れないけど……」
「映像は、良く出来たと思う。でも」
「でも?」
「音楽が、そのまま使えれば、の話。……出来たからって、どう使える訳でも無い」
「どういう事?」
イヴは身を乗り出した。柾は未だ不満そうに憮然と腕を組んで真正面を見据えたまま語り出した。
「この映像、音楽と映像のタイミングが重要なんだ。今回は、葛城君に歌って貰った他に俺が元々持っていたCDの音源を使った。ワルター指揮、コロンビア交響楽団の。第九は何枚も聴いたが、今回撮りたかった映像にはこのワルターのじゃなきゃ駄目だった。……だが、そんなもの、使える訳が無いだろう。権利は今でも──が持っているんだ。著作権の問題をどうにかしなきゃ、メディアに乗せられない事くらい分かっている」
「ああ……、」
……意外。柾さんが、そんな現実的な問題に頭を使っていたなんて……。ちら、とイヴは思う。
「幻想の時は、前の事務所が──響に交渉してくれていたんだが、お互いのスポンサーがライバル同士で駄目だった。……結局事件で流れたが、あれに関しては先に映像が出来れば、それに合わせて指揮出来る人間と弦が良く響く楽団を後から探しても良いということで後回しにしてたんだが、……そういう事だよ。全て、金とか権利なんだ。元が取れるジャンルじゃない事は自分でも分かってるし、かと云って学生やアマチュアのオケは駄目だ。使えない。指揮者だってそうだ、俺の云う事を聴いてくれる若手は未だ未だ甘いし、年季が入ってたらそれはそれで映像サイドの云い分なんざ聴いてくれやしない」
もぅ、水臭ぁい、とイヴはセイレーンの甘い声で囁きながら柾の肩に腕を絡めた。
「どうして応仁守さんに相談しなかったの? 応仁守さんだったら、音楽界へ発言する事だって出来るわ」
「オケだぞ、オーケストラ、それも最高の楽団一個。たかがオケだが、それがどれだけ重要か──、」
「何て水臭い事だ、柾君!!」
突如、軽快なギターのメジャーコードと共に発せられた声に、柾が全身を跳ね上がらせた。
彼自身、大分「イッちゃって」る人間であるだけに、その彼がここまで全身で驚きを表現する相手はそうそう居ない。──で、柾を驚愕させ得た「大物」とは無論、ここの主たる応仁守・雄二である。
「応仁守さ──、」
唖然として振り返った柾だったが、雄二の姿を認めるや否や彼の瞳は輝き、本来のゲージュツ魂を取り戻したと思しい。何せ、彼の手には柾も最初の一瞬で虜になってしまった美しいハーモニーを奏するギターが在ったのだから。
「嗚呼、応仁守さん!」
「うん、皆まで云わなくて良いぞ柾君。何を卑下しているんだね、元の取れないジャンル!? 利益だけが芸術の価値だなんて、まさか君が本当に信じている訳では無いだろう。ヴィジュアルオペラは素晴らしい! それこそ、破壊と暴力のミームに対抗し得る最大の手段なんだ! 好きなだけ撮りなさい、必要な物は全て用意してあげよう! さあ!!」
さあ、と雄二は右手ではオープンのギター弦を、左手は一度柾の肩を強く叩いた後に遥か彼方を──もうここまで来るとイヴには見えなかった、雄二と柾にだけ見えている明るい未来の方角へ人さし指を真直ぐに突き出した。
「君に、スポンサーも給料も何の心配も要らない、発言権利さえ君の自由になるコーラス一団をプレゼントしてあげよう! うん、ちょっと訳ありで引き取った少年少女合唱団なんだが、不満ならば一度聴いて見給え、なかなか素晴らしいアンサンブルだ。そうそう、それと、君の好きそうな、古典に忠実な端正な演奏をするピアニストも一人居るぞ、彼は僕と同じ年代だが、ピアニストの中では若手になるだろう。それは僕の事務所の所属じゃ無いが、イヴ君の恋人の妹君がパトロンなんだ。きっと、快く貸し出してくれるだろう! はっはっは! どうだい、これで安心かね、君の未来も、ヴィジュアルオペラの未来も中々ステキに明るいじゃ無いか!」
「……応仁守さん、」
「君は、芸術の事だけ考えていなさい、下らない権利争いに芸術家が頭を悩ませる事など無い! 全て私に任せて付いて来給え!」
「……、」
──ふぅ。
「お義父様、素敵」と両手を胸の前で組み合わせたイヴだったが、気の所為か彼女の口唇から漏れた吐息は溜息のようにも聴こえた。
「応仁グループはこれからも、破壊、支配のミームに対し共感と融和の音楽のミームを広げていくのさ!」
──じゃかじゃかじゃんっ♪
「応仁守さん」
「うん、何だい柾君!」
「……未だ、お願いがあるんですが」
「云って見給え!」
「葛城君も、俺の自由に使わせて貰えないでしょうか、今後」
「問題無し!」
え。
と流石に怪訝な瞳を雄二へ向けたのはイヴだったが、最早少年の精神で語り合っていると云って過言ではない大の男二人は双方、何ら気に留めなかった。
「それと」
「未だあるかね、イヴ君だって遠慮は要らないぞ、尤も、イヴ君の場合ヴィジュアルオペラよりも彼女のプロモーションビデオが優先になるだろうが」
「……先日、事務所で素晴らしく美しい女性を見掛けたのですが、彼女を起用させて貰えないでしょうか」
「……はて、誰の事だろう? 何せ、美しい女性ならばウチにはイヴ君を始め色々出入りするからね、」
「……何でも、応仁守さんのお嬢さんだと云うことをお聞きしたのですが」
「……それは、」
雄二は俄に悲しそうな表情になった。合わせて、ギターの響きも明るいメジャーコードのベタ弾きから哀切なマイナーコードのアルペジオに変わった。
「……本人が許さないだろう、済まないが」
【3f:2004-03-XX】
「……お父様」
彼女は、伽藍堂の社長室に呆然と佇んでいた。
鬼神党の定例幹部会に先駆けて、『大将鬼』たる父を呼びに馳せ参じたのだが──。……こんな事もあろうかと、予定時刻より大分早い時間にやって来たというのに、……それでも遅かったらしい。
つかつか、と背筋を真直ぐ伸ばし、凛とした足取りで彼女は雄二のデスクへ歩み寄った。
書き置き、無し。携帯電話、放置。
「……、」
彼女は更に──父とは云え、他人の抽き出しの中身を勝手に開けるのはどれほど不躾な事かは自然と理解しているし、厳格な祖父の躾からそうした振る舞いをする事は無かったが、彼女はそこにだけは何が入っているか分かっていたので──デスクの一番上の抽き出しを開けた。
(どうやってかは彼女にも理解出来ないが、そこに仕舞われている筈の)ギターも、無し。
「……ウィンさんのホテルへ行ったわね……」
──またミニコンサートの打ち合わせ、かな。……お父様……、
「……ウィンさんがあんなに期待して下さっているのだし、張り切るのは良いけれど……。……たまには幹部会にも出て欲しいわ。事件の時だけじゃ無くて……」
同じ頃、東京某所では、娘の苦労を知ってか知らずか、哀切なジャズのスタンダードナンバーを殊更明るい調子でギターをバックに弾き語る男の姿を見る事が出来た。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1588 / ウィン・ルクセンブルク / 女 / 25 / 万年大学生】
【0931 / 田沼・亮一 / 男 / 24 / 探偵所所長】
【1548 / イヴ・ソマリア / 女 / 502 / アイドル兼異世界調査員】
【1787 / 応仁守・雄二 / 男 / 47 / 応仁重工社長・鬼神党総大将】
【1831 / 御影・涼 / 男 / 19 / 大学生兼探偵助手?】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1985 / 葛城・樹 / 男 / 18 / 音大予備校生】
【1990 / 天音神・孝 / 男 / 367 / フリーの運び屋・フリーター・異世界監視員】
【2194 / 硝月・倉菜 / 女 / 17 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
NPC
【柾・晴冶 / 男 / 27 / 映像作家】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
御参加、誠に有難うございました。
わたくしの方こそこんな事でいいのかとても不安です……。
応仁守様なら、幻想交響曲をギター一本でも演奏出来るだろうと信じています。
敬愛を込めて x_c.
|