■駅前マンション〜ある日の回覧板■
日向葵 |
【1388】【海原・みその】【深淵の巫女】 |
だいたい月に一度の周期でマンション内を一周する回覧版がある。
その回覧版の内容は様々で、最近事件が多いから気をつけてとか廃品回収だとかそんなごくごく普通のものからこのマンションにしかないような――陰陽師や退魔師に向けた仕事募集のメッセージや最近マンション内で起こった怪奇現象に関する事柄などなど。
ちなみに、そういった怪奇現象関係の内容は、ある程度以上の霊力のある人間でなければ見えないよう、管理人のじーさんが小細工をしている。
一応だが、ここには少数の一般人も住んでいるのだから……。
『ひな祭りをやりましょう』
回覧板はそんな見出しから始まっていた。
毎度ながら会場はマンション屋上。雛人形を持ち込んで、ちょっとしたパーティをやりましょうということらしい。
ちなみに雛人形は、大家のじーさんが用意してくれるらしい。
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駅前マンション〜ある日の回覧板
その日海原みそのは、何やら気になる流れを視つけて、その元に行くべく歩いていた。
薄い水色の、ふわりと薄い――普段着と言うよりは余所行きドレスといった感の服装に、行き交う人々の目がチラリと止まるが、本人はまったく気にした様子もなく。
そうして歩いて辿り着いたのは二十階建ての大きなマンションだった。
気になる流れ――それは、何かの要因で自然のあるべき流れを歪められ、乱れている様(さま)……ではない。
悲しいことだが、自然の恩恵に感謝の意を示すことを忘れ、神々や精霊の存在を忘れた現代ではよくあることだ。冒さざるべき神域、聖域を崩して建物を建てる。
そうして乱された流れは、荒れるままにされて災害を起こしたりする。それでも、しばらく経てば流れは新しく安定できる道を探して落ちつくが――そしてまた開発が為されて流れが荒れる、その繰り返しだ。
さて、今回みそのが見つけた気になる流れ、とは、乱れた流れに誰かが手を加えているらしい――というものである。もちろん、一時凌ぎにしかならないことだが。
「一体どなたがこんなことをしているのでしょう……」
それが絶対的に悪いとは言わないし、時にはそれが必要なこともあろう。だがどんな目的でこんなことを実行しているのかは大変に気になった。
できないことではないが、簡単なことでもない。特に、人間にとっては。
まあ、人間に混じって暮らす神や妖怪も多いこのご時世だから、蓋を開けてみたら実行してたのは神様でしたなんて可能性も充分にあるが。
「あら、みそのちゃん?」
知った声に振り向くと、そこにはシュライン・エマが立っていた。
「こんにちわ」
「こんにちわ。どうしたの、こんなところで?」
まあ確かに…。マンションを見つめて立ち止まっていると言うのは、端から見て気になる光景であるかもしれない。
「少々気になる流れを見つけまして。その元を辿ってきたらこちらに辿り着いたのです」
「気になる流れ?」
そこで事情を説明すると、シュラインは少し考えた後に教えてくれた。
「それ、多分ここの住人の誰かの仕業だと思うわ。このマンションって、術者や妖怪がたくさん住んでるみたいだから」
そういえば……妹にそんな場所があるという話を聞いた覚えがある。
ここのことだったのかと納得して、だが目的はやっぱりわからないままである。
「そうねえ、気になるなら聞きに行ってみましょうか。大家さんなら何か知ってるかもしれないわよ」
マンションに入って行くと、ちょうど大家の部屋の前に男性が一人、立っていた。様子から見て、彼も大家のところに訪ねて来たのだろう。
「こんにちわ。貴方も大家さんに用事なの?」
シュラインが声をかけると、男は振り返って頷いた。
「わたくしたちもこちらのお家に用事があってまいりましたの」
穏やかに微笑むみそのに、男はそうかとだけ言って――まあ、通りすがりの相手にならそんなものだろう――二人の様子を確認してから再度チャイムに手を伸ばした。
「やあ、いらっしゃい」
「……あ、どうも…」
チャイムを押してから一秒も経っていないのではないだろうか。あまりにも速い対応に、男性は多少驚いている様子。男性が黙ってると、老人は後ろに立っていたシュラインとみそのに気付いてにっこりと笑った。
「おや、お嬢さんと…そちらのお嬢さんは初めてだね、こんにちわ。とりあえずお入りなさい」
こうして三人は、家の中に招き入れられた。
部屋にはすでに先客がいた。天薙撫子と冠城琉人の二人だ。知らない顔もいるということでさらりと自己紹介をして――先ほどの男性の名は龍神吠音というらしい――、集まった理由をそれぞれに話す。撫子、琉人、吠音の三人は蛟の住処探し。シュラインとみそのは、流れが乱れていてそれを一時的に整えている人がここにいると思われたのでそれが気になって…とのこと。
シュラインとみそのの問いの答えは大家の老人が持っていた。
蛟の池が潰されたことで流れが乱れ、新しい住処が見つかるまで蛟が少しでも生きやすいように流れを整えているのだそうだ――大家本人が。
話を聞いて、シュラインとみそのも蛟の新しい住処探しに協力することとなった。
シュラインの元の仕事はその新築マンションの怪奇現象の解決。おそらく池を潰された蛟が原因なのであろうとすぐに予想がついたのだ。ならば、蛟の新しい住処を探すのは怪奇現象の解決にも繋がる。
一方みそのはもともとが神に仕える巫女である。それに蛟といえば龍に属する神の者。可能な限りお手伝いしたいと思うのは自然な流れであろう。
「まずは水場を探すのが先決ね」
シュラインの発言に、一同そろって頷いた。
「…まず水場を見つけなければ、住めるかどうか相性をみることもできませんものね」
「綺麗な水場探しか、得意分野だ」
多少胸を張りつつ、吠音が言う。
「ああ、あとは別の龍神様にお聞きしてみるというのも手ですわ」
ぽんっと撫子が穏やかに告げた。
「別の龍神様?」
琉人の問いに、シュラインとみそのは思い当たるところがあった。
「水龍(すいり)様のことですね」
「そうねえ。何か良いアドバイスをくれるかもしれないし」
こうして話し合った結果。一行は二手に分かれることとなった。
この周辺で水辺を探す組と、水龍のところに話を聞きに行く組だ。
「候補を出したら実際に本人に見てもらった方が良いと思うんだけど…。動かしても大丈夫かしら」
「いや、止めといたほうがいいと思うな。結構参ってる感じだった」
この中で実際の蛟に会っている唯一の人物、吠音が告げる。
「そうですねえ…。ではこちらから出向いて、先に蛟さんにどのような場所が良いか聞いてみましょう。そうすれば探す段階から絞ることもできるでしょう」
そうしておおまかな方針も出してから、五人は駅前マンションを出発した。
知り合いの龍神のところへ行くという二人を見送って、残る三人――琉人、みその、吠音――はまず蛟のいる池へと向かった。
池はマンションによって半分どころかほとんど潰され、今は申し訳程度に水場が残るのみとなっている。
「わたくしが見つけた乱れはここのものだったのですね…」
言いながらも、みそのはともかくこの周囲の流れを確認する。乱れた流れはマンションに導かれ、そこで少し正されてこちらに戻ってきている。
「蛟さん、いらっしゃいますか?」
何故か魔法瓶の水筒と急須と湯のみをしっかり手にして、琉人が池の方へと声をかけた。
と。
「はぁい〜」
よれよれとした声が池の中から返ってくる。
白く細長い――蛇のような姿をした蛟は、三人の前まで出てくるとぺこりと頭を下げた。
「お世話かけましてすみません〜。ありがとうございますぅ〜。本当は何かお礼をすべきなんでしょうけど、今はこうやって姿を見せるのも辛く…」
「そんなふうに言わないでくさいな。力を失ってしまったのももとはあのマンションが原因。貴方のせいではありませんもの」
「そうそう。だからさ、あんまり気になるなら、引越しした先で新しい場所を守ってくれればそれで良いし」
「どんな場所に住みたいんですか?」
お茶を差し出しながら聞く琉人――が。蛇の姿の蛟は、手がないため、お茶を受け取れなかった。仕方なくお茶は地面に置かれたが、元気のない今の蛟では湯のみのところまで頭を持ち上げるのも大変そうである。
「ええと……私が生きていける場所であればどこでも…。住めば都と言いますし、多少向かない場所でも、住んでいればそのうち慣れると思いますぅ」
「そうですか?」
蛟の答えを聞いて、三人はそれぞれに能力を発揮する。
琉人は霊たちに水場の調査を頼み、みそのは流れを見る力である程度の力の集う場所を探す。そして吠音はこの場の水を通して龍の力を借り、水鏡を作って周辺の水場を探す。
ちょうどその探索が終わった頃――龍神の元へ行っていた二人が蛟の池の方へと合流した。
見つけた水場の場所や地形を蛟に伝え、最終的に残った候補は二つ。
「えーと、あんまり離れない方が良いのよね?」
「そうですねえ……。あんまり長い時間池から離れるのは辛いですぅ」
言いながらも、蛟はするすると吠音の方へと寄って行った。
「あら?」
「龍神さんが気に入ったんですかねえ?」
不思議そうな琉人や撫子を余所に、吠音は蛟に手を伸ばす。蛟はそのまま吠音の手に乗った。
「ん?」
軽い調子で尋ねる吠音に、蛟は弱々しくも明るい声で答えた。
「龍神様に仕えてる方だからでしょうか…傍にいるとちょっとラクですぅ。これなら、引越し先を見て回るくらいはできそうですぅ〜」
「そうですか? それはよかった」
「それじゃ、行きましょうか」
そして一行は一番近いところから順に水場を見て行くことにした。
まず近い方の水場。そこはあまり広い池ではないが、神社のほとりでなかなかに静かな場所であった。
それに、神社の敷地内であれば今回のように住宅建築で池が潰されてしまうこともそうはなかろう。
問題はといえば、神社ということはすでになんらかの神様が住んでいるだろうと言うことである。
「すみません……少々お願いがあるのですけれど……」
「話をしてくださらないでしょうか?」
みそのと吠音が声をかけると、その神社の神様らしき者はすぐに姿を現わした。
「ん?」
「こちらの蛟さんが住んでた池を潰されて困っているの。こちらの池に住まわせてもらえません?」
シュラインがそう説明をすると、その神様はじーっと蛟を見つめる。
「まあ、構わぬか。どうせその池には今はなにも住んでいない。別に問題はないと思うぞ」
案外とあっさり決まって、一行は少々拍子抜けもしたが、きちんと礼を告げて、再度蛟に意思確認をする。
「一応、候補地はもう一つありますけど…どうしますか?」
「ここで大丈夫ですぅ。せっかく見つけてくれたのにすみませんけどぉ、良いって言ってもらえましたし〜。それに静かで居心地も良さそうですぅ」
琉人の問いに、蛟はにこにこと明るい声音で答えた。
「そう? なら良かったわ」
「いやあ、無事新しい住処が決まって良かったなあ」
「はいぃ。いろいろありがとうございますぅ」
ひょいと池に飛び降りた蛟は、次の瞬間、ふわりと長い髪を揺らして振り返った。
「先ほどはせっかくのお茶をいただけずにごめんなさいね〜」
「あら、もしかして白い着物の女性って…」
「はいですぅ。最近は人の姿になる力もありませんでしたけど、最初の頃はなんとか気付いてもらおうと頑張ってたんですぅ」
「では今ならお茶を飲めるんですねっ」
妙に意気込んで言う琉人に、蛟はにっこりと微笑んで見せた。
その笑顔を受けて琉人はますます気合を入れて、宣言する。
「ではせっかくです。皆で引っ越し祝いのお茶会をしましょう」
「ここで騒いだら神様にご迷惑になりませんか?」
みそのの言葉に、吠音も同感だと頷いた。が。
「構わぬよ。何も知らぬ人間に騒がれるのは腹が立つが、おぬしらのような者ならば歓迎するぞ」
響いた声に一行は顔を見合わせて明るく笑った。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
2209|冠城琉人 |男|84|神父(悪魔狩り)
1388|海原みその|女|13|深淵の巫女
0328|天薙撫子 |女|18|大学生(巫女)
2619|龍神吠音 |男|19|プロボクサー
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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ライター通信
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こんにちわ、日向 葵です。依頼にご参加いただき、どうもありがとうございます。
蛟さんの引越し先探索、お疲れ様でした。
気になる流れってどんなものだろうと考えた結果、本文のようになりました。
流れが乱れていたらそれはそれで気になるだろうけど…今の世の中、すでに自然の流れは乱れまくっているような気もしたので(汗)
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