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■優しい吸血鬼■

【2667】【鴉女・麒麟】【骨董商】
 郊外の、さほど広くはない雑木林の中にある薄暗い小屋には、一人の優しい吸血鬼が住んでいました。
 彼は昔々に人を愛し、友としたことがあって、それ以来人間の血を口にしないと誓っていました。不味くて栄養価の低い動物の血を啜ることは、吸血鬼にとっては屈辱的で、同胞間では許されることではなかったのですが、それでも彼は友人達のことを考えると幸せだったので、人間の血を吸おうとは思いませんでした。
 常に薄暗いこの小屋を訪れる者はほとんどありませんでしたが、彼は外の村で暮らす友人や、好意を寄せている女のことを考えながら、温かい毎日を過ごしていました。

 ところがある日。新月の晩に彼の小屋の戸をノックする者がありました。彼は久し振りに友人の誰かが訪ねて来たのだろうかと心を躍らせ、そこに誰がいるのかも確認せずに戸を開けたのです。

 ひゅっと喉が細く鋭い音を鳴らしたのが彼の耳にも入りました。

 驚いて相手の顔を見ると、それは全く知らない人物で、怒りと恐怖と興奮とが混ざったような奇妙な表情をしていました。それから両腕が真っ直ぐとこちらに伸びているのが見えました。
 その腕を先へと辿っていくと、上着の胸に刺さる短刀が目に入りました。
 吸血鬼は自分の胸に刺さる短刀を不思議そうに撫で、それからもう一度男の顔を見ました。男が唐突にがたがたと震えだし、何も言わないまま逃げ出そうと踵を返した時。

 男の背中に生温い血飛沫が浴びせられました。

 恐る恐る男は振り返りましたが、それからはもう一歩たりとも動けなくなってしまいました。目の前の吸血鬼が、刺さっていた短刀を、肉が裂けることすら構わず乱暴に弾き抜き、勢い良く血を飛び散らせたまま、自分の血の付いた刃を旨そうに舐めとっていたからです。
 彼の目は赤く、うっとりと細められていました。
 それからみるみるうちに吸血鬼の傷を負った体は再生され、動けないままでいる男の方に2、3歩歩み寄ると、舌なめずりをして、そして――。

 その日彼は、全てを忘れて「高潔な」吸血鬼に戻ったのでした。
優しい吸血鬼


■序章■

 郊外の、さほど広くはない雑木林の中にある薄暗い小屋には、一人の優しい吸血鬼が住んでいました。
 彼は昔々に人を愛し、友としたことがあって、それ以来人間の血を口にしないと誓っていました。不味くて栄養価の低い動物の血を啜ることは、吸血鬼にとっては屈辱的で、同胞間では許されることではなかったのですが、それでも彼は友人達のことを考えると幸せだったので、人間の血を吸おうとは思いませんでした。
 常に薄暗いこの小屋を訪れる者はほとんどありませんでしたが、彼は外の村で暮らす友人や、好意を寄せている女のことを考えながら、温かい毎日を過ごしていました。

 ところがある日。新月の晩に彼の小屋の戸をノックする者がありました。彼は久し振りに友人の誰かが訪ねて来たのだろうかと心を躍らせ、そこに誰がいるのかも確認せずに戸を開けたのです。

 ひゅっと喉が細く鋭い音を鳴らしたのが彼の耳にも入りました。

 驚いて相手の顔を見ると、それは全く知らない人物で、怒りと恐怖と興奮とが混ざったような奇妙な表情をしていました。それから両腕が真っ直ぐとこちらに伸びているのが見えました。
 その腕を先へと辿っていくと、上着の胸に刺さる短刀が目に入りました。
 吸血鬼は自分の胸に刺さる短刀を不思議そうに撫で、それからもう一度男の顔を見ました。男が唐突にがたがたと震えだし、何も言わないまま逃げ出そうと踵を返した時。

 男の背中に生温い血飛沫が浴びせられました。

 恐る恐る男は振り返りましたが、それからはもう一歩たりとも動けなくなってしまいました。目の前の吸血鬼が、刺さっていた短刀を、肉が裂けることすら構わず乱暴に弾き抜き、勢い良く血を飛び散らせたまま、自分の血の付いた刃を旨そうに舐めとっていたからです。
 彼の目は赤く、うっとりと細められていました。
 それからみるみるうちに吸血鬼の傷を負った体は再生され、動けないままでいる男の方に2、3歩歩み寄ると、舌なめずりをして、そして――。

 その日彼は、全てを忘れて「高潔な」吸血鬼に戻ったのでした。


■6.或る少女■

 退屈な日常を持余していました少女は、吸血鬼の話に興味を抱きました。
 はっきり言ってしまいますと、少女は話のほとんどについてはさして興味を持っていませんでした。例えばこれが狼男の話ならきっと耳を貸すこともなかったでしょう。彼女は吸血鬼の話ではなく、吸血鬼に興味を持っていたからです。
 人間の血液を糧とすることで、半永久的に生き続けるその化け物は、普通の人間だとすると脅威でしかないのでしょうが、彼女にとってはある種の『同士』とも言えました。何故ならば彼女もまた不死の体を持っていたからです。
 少女――麒麟は、夜も更けた村にふらりと出、勘を頼りに吸血鬼を探し始めました。
(彼はどうやって退屈な日々を過ごしているのかな)
 もう60年以上も一人でひっそりと暮らし続けていたらしい吸血鬼は、このどうしようもない空白をどのようにして埋めているのかが少し気になりました。彼女はまだ17年間しか生きていませんでしたが、これからの長い年月を思うと、それを聞いてみたいような気持ちになりました。
(ああ、でも彼は吸血鬼に戻ってしまっていたんだっけ)
 その事実を思い出し、麒麟は些か落胆して息を吐きました。「高潔な」吸血鬼に戻ってしまったらしい彼には、恐らく人と話す気などないだろうと思われたのです。
 月も星もない真っ黒な空を見上げて、麒麟は五感を研ぎ澄ませました。夜の冷たい空気が彼女の黒く長い艶のある髪を揺らして、足早に走り去って行きます。顔を俯かせた先に水の張った桶を見つけて、彼女は薄く笑みを浮かべました。
 件の吸血鬼が持つという、赤い瞳――。
 桶に映る自分に同じ色を見つけて、彼女は少し笑うと、またゆっくりと歩き出しました。
「時間は十分にあるらしいからね……僕にもキミにも」
 楽しそうに呟くと、麒麟は村のはずれに向かって行くのでした。


■8.夜の帳■

 月も星も見えない夜。小さな村には街灯などというものはなく、ぽつぽつとある酒場から漏れ出てくる光だけが道の頼りでした。
 麒麟はほぼ静かと言える村を音もなく歩いていました。何かに誘われるようにして歩く彼女を目にし、翼は思わず声をかけてしまいました。
「キミ、そっちは危ないよ」
 麒麟は長い髪を揺らして振り返り、にっこりと笑いました。
「知ってる。多分キミと似たような目的だろうから」
 そう言って、麒麟はまたふらりと歩き出しました。

 闇の中にある森では、正確に道を進むなんてことは不可能なことでした。ですが何か大きな力によって突き動かされている2人には、この闇はあってなきに等しい物でした。
 静かに森を行く二人の元に得たいの知れぬ気配が近寄って来ていました。吸血鬼とはまた違う、生きた動物の殺気です。がさりと藪から十数匹の狼が出で、それらは二人を一定の距離を守って囲みますと、静かに獲物を狩る準備を整えたのでした。
「ヴァンパイア・ウルフだ」
 掌に銀色の長剣を握り、翼が呟くように言いました。
「彼が長年渇きを潤すために何万と殺した内の数十頭が、こんな風になっていてもおかしくはないということか……」
 まさかこんな所で手間を取るハメになろうとは思ってもいなかった翼は、小さく舌打ちをして隣りに立つ麒麟を横目に見ました。彼女からは少し普通の人と違った気を感じるのですが、この場が危ないようならどうにかして逃れてもらおうと思ったからです。
 けれども、麒麟は薄い笑みを貼り付けたまま、まっすぐ狼の群れと向き合っていました。
 そしてその笑みが一層酷薄に映ったかと思うと、じゅっという音と共に囲んでいた狼のうち、真正面にいたものが一瞬にして消え去ってしまったのです。
 それを合図に一斉に飛び掛って来た狼達に応戦しながら、2人はまた走り出しました。
「温度変化?」
「当たり。僕は自分の回り10m四方の空間内なら、好きなように温度を変えられるんだ」
 飛び掛ってくる狼の何体かの牙や爪が彼女らの皮膚を浅く、或いは深く切り裂きましたが、それは見る間に消えていき、何もなかったかのようになりました。翼も麒麟も直感的に、自分たちは同じ「不死の者」だと気付いたのです。
 夜の帳は下りきって、舞う血飛沫すら黒く、まるで闇の底のような世界の中を、2人はひた走るのでした。


■9.彼の決断■

 ノイシュと沙月がその場に着いた時、吸血鬼は周囲を狼に囲ませて、その中央で沈黙に伏して佇んでいました。その場所はやはり木の葉が空を隠しているものの、少しばかり開けていて、その隅の方に横たえられた娼婦の姿を見つけると、2人は他には目もくれずそこへ駆け寄ったのでした。
 吸血鬼の赤い目がそれを捕え、彼は酷薄に笑うと長い腕をすっと横に走らせて、狼達に「襲え」という命令を下したのです。
 沙月が娼婦を抱き起こし、彼女が息をしているのを確認してほっとした表情を見せました。それを横目にノイシュはすぐさま結界を張り、襲い来る狼達を退けます。
「そこまでだ」
 澄んだ声が闇を裂いて、その場の空気の流れを止めました。吸血鬼が振り返ると、そこには麒麟と翼の姿がありました。
 静かに戦いは始まりました。渇きを満たした吸血鬼は凄まじいパワーと大柄な体型には似合わぬスピードで翼に襲いかかりました。翼は剣の鞘を取り払わぬまま吸血鬼の攻撃を受け流しつつ、反撃の隙を狙いました。
 麒麟はノイシュと沙月、娼婦の方へと向かうと襲い来る狼をその力で蒸発させていきました。
 そうして徐々に朝が近くなり、吸血鬼の攻撃が鈍くなり始めたところで翼が剣の鞘を取り払いました。彼の攻撃を刃の背で受けて、反動を利用して思い切り退け、彼の体は無様に地面に落ちました。そこへ翼がゆっくりと剣を向けたその時です。

「待ってくれ!」

 叫んだのは沙月でした。彼は恐る恐る吸血鬼の方へと近付いて、地に伏した彼を庇うように両手を広げました。
「彼に立ち直る機会を」
 そう言って、翼が腕を下ろしたのを見ると、沙月は一度息を吐いて次に吸血鬼の方に向き直りました。
「一人ってのがどれだけ辛くて寂しいか……俺にもわかるよ。でもあんたは好きなやつのために耐えて来たんだろ?……幸せ、だったんだろ……?」
 うつ伏せたまま動かない吸血鬼に、ノイシュもその側に寄って静かな声で言いました。
「人に害を為すから退治するだなんて、人間至上主義な考えはノイシュの本意じゃないの。でもあなた、きっと後悔するのでしょう?」
 続いて小さく呻き声を上げて、起き上がった娼婦が事態に気付き、彼に駆け寄っていきました。
「お願い、彼を殺さないで……!彼がすべて悪いわけじゃないわ」
 それを傍らで見ていた麒麟も、ふうと息を吐いて力を抜き、仕方ないといった表情を作って言いました。
「君の……名前が知りたい。長い付き合いになるかもしれないしね」

「困ったな、悪役になったみたいだ」
 翼は少し表情を和らげて、それからまたすぐに引き締めて吸血鬼に向かい、押し殺した声で告げました。
「以前のように生きるか、それともここで生を絶つか」
 吸血鬼はようやく体を起こし、自分を囲む5人の顔を順に眺めると、ゆっくりと一度瞬きをしました。
 彼の瞳の赤は消え、本来の色である漆黒の、滑らかな色を宿していました。
「こうしてまた友を得られたことに……」
 吸血鬼は立ち上がり、それから跪いて言いました。
「感謝を。伴う渇きは甘んじて受け入れよう」
 彼の目からは透明な液体が零れていましたが、誰もそれを指摘するものなどいませんでした。
 朝の訪れを告げる太陽ですら届かない森の中で、けれどもそこは確かに温かい空気に包まれていたのです。



                           ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2667/鴉女・麒麟(からすめ・きりん)/女/17才/骨董商】<或る少女
【2364/郡司・沙月(ぐんじ・さつき)/男/17才/高校2年生】<或る青年
【2727/ノイシュ・シャノーディン(のいしゅ・しゃのーでぃん)/女/23才/人形使い・祓い師】<或る旅人
【1979/葛生・摩耶(くずう・まや)/女/20才/泡姫】<或る娼婦
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女/16才/F1レーサー兼闇の狩人】<或る者

(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。ライターの燈です。
「優しい吸血鬼」へのご参加、ありがとうございました。

>鴉女麒麟様
 2度目のご参加ありがとうございます!
 麒麟さんの温度変化の能力は、とても対多人数戦に向いていて助かります。涼しい顔で消し尽くす、というイメージが。
 今回もクールに書こうかと思ったんですが、それよりも戦闘を楽しんでる感が前面に出てしまいましたが、いかがでしたでしょうか。

 それではこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!