■【庭園の猫】言わない想い■
秋月 奏 |
【0428】【鈴代・ゆゆ】【鈴蘭の精】 |
言えない想い――。
言わない想い――。
告げなければいいの。
言わなければいいの。
全てが消えないように溶けない様に、散りゆく桜の様に。
全て、儚いものならば。
「…だから、この風鈴の名前は」
「封じの風鈴――鳴らない風鈴ゆえにそう言われる」
沈黙する。
黙される。
もし、誰かに言えぬ想いがあるのなら。
貴方の、その想いを形と色にした。
風鈴を手にしてみませんか?
募集人数:一人から
プレイング傾向:3月、卒業シーズンゆえに言えぬ想い…封印した想いがベースになります。
プレイングには言えぬ想いと、風鈴の形と色合いを添えて下さいね。
色について無い場合はこちらで考えます(汗)
※尚、前回のものに参加されてなくても参加できますのでお気軽にどうぞ♪
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【庭園の猫】言えない思い
――…忘れてる事だって在るよ……。
10年と言う月日の中では覚えている事もあれば忘れてしまっている事だって……。
生まれてから、10年。
言葉でいえば簡単で、けれど思い返せば遠くに思える月日。
今、こうして風に揺れているのも「10年」の中に入っていて。
簡単に括れはしない月日であるんだって思うのと同時に、昨日の事さえ一昨日の事さえも思い返せるのに、どう言うわけなのか――。
(毎日色々なことが起こるから全部覚えてはいられなくて日々が過ぎていく)
言えなくて、胸の奥にしまいこんだ言葉もある。
言ったらどうなっていたのだろうと考えてしまう事もある程の、言葉たち。
忘れてしまっている事、覚えてはおけなかった思い出たち……。
ゆらゆら風に揺れる鈴蘭が――まるで、考え込むかのように二度、三度と頷くように動いた。
◇◆◇
ちりん。
工房の中で少女は、真剣な表情をしながら筆を動かしていた。
鈴代・ゆゆは、少女が動かす筆の動きを見ながら何を描いてるのか訪ねた。
「ねえねえ、何描いてるの?」
「えっと…ですね……沈丁花を描こうと思ってたんですが……」
これでは単なる小花の一群ですね。
少女は苦笑しながら、筆を置いた。
風鈴には描きかけの白い花。
なるほど、確かに良く見ると沈丁花に見えないこともないような気がするが……。
(何かが、違うんだよね……)
ゆゆは、風鈴を陽に透かすように考え、漸く「ああ!」と合点がいった様に手を叩く。
「ね、これ…沈丁花のお花は白一色じゃなくて、黄色とか赤とか、部分部分に入ってるんだよ♪」
「あ……そうでしたね! 想像しながら描くとどうしても白一色に思えてしまって……」
再び少女は筆を持ち、顔料を溶きながら風鈴へと丁寧に筆を走らせていく。
緑の葉が加わり、花々に小さな修正を施していくと、それらは見ている限り「沈丁花」と言って良いような仕上がりになり、ゆゆと少女は嬉しそうに頷きあった。
「出来たね♪」
「はい。……やはり、今度からは見本をこちらの中に持ってくるべきですね」
「そうだね。それが一番だけど……ねえ、いつもは誰が風鈴の絵付けしてるの?」
「猫ですね。無論、封じの風鈴や思い出の風鈴になると逆に持ち主の色合いが出たり絵が浮かび上がったりしますので、一概に…とは言えませんが」
「封じの風鈴?」
「はい。言わなくても良い思いや、そう言う言葉が詰まった黙する風鈴です」
「…って事は鳴らない風鈴なの? 風鈴なのに?」
「はい。……興味がありますか?」
少女の問いかけにゆゆは一瞬考え込むように揺れた。
興味がある、と言うよりは。
(…私の風鈴も、其処にあるの?)
と言う疑問だった。
――忘れている事だってあるのに………心の奥深く、沈黙する部分だけが忘れない、なんて。
(……凄く、不思議)
だから、ゆゆは「興味がある」ではなく、こう答える事にした。
「興味、じゃなくって……見てみたいな。猫ちゃんも其処に居るんでしょう?」
「ええ、多分。…もしかしたら鈴代さんがそちらに行くのを待ち構えているかもしれません」
「あはは、まっさかぁ!」
「いえいえ、本当ですよ? いつも猫のお付き合い本当に有難うございます」
では行きましょうか…と手を差し伸べる少女へ、ゆゆは手を差し出すと、にっこり楽しそうに微笑んだ。
◇◆◇
『花は花にしかなれない』
不思議な言葉だなって思うよね。
じゃあ例えば。
「人は人にしかなれない」の?
様々なものを作り出し樹木をなぎ倒し、空気を汚した「人」は花から見れば「悪魔」なのに。
…なのに「花は花」なの?
それだけ?
それだけの存在にしか――なれない?
……考えることは沢山ある。
大好きな人たちの事とか……言えない大切な思いとかも勿論、そう。
でも、でもね――?
(……時折、本当に困るくらいに難しいね)
色々な、事が。
(……ああ、やっぱりこれも私が花の精だからかなあ……?)
…人でなければ。
こう言うことは……解らない――思い、なんだろうか……?
◇◆◇
普通なら、凄い音の出迎えがあるだろう場所に、音が無いのは不思議なものだ。
工房から少し離れたとある場所にある沢山の風鈴は陽を浴び、風に気持ち良さそうにそよいでいるのに、風鈴は音を立てず沈黙するばかり。
まるで風に揺れる花のよう。
ゆらゆら揺れては音さえ立てずに花びらを散らす――桜にも似て。
その中に一人、立ち尽くす人物が一人。
何時の季節であろうとも黒尽くめの、まるで夜を切り取ったかのようなその姿――猫である。
鳴らない風鈴の一つに猫は手を伸ばし、それらをじっと見ると――ふたつの足音が近く、止んだことに気づいた。
「やあ、来たね」
猫はゆゆと少女に向かい、にっこり微笑むとまた風鈴へと向き直った。
大小さまざまな風鈴があり、様々な形があり、色があり……ゆゆは「うわぁ」と溜息を漏らす。
「ねえねえ! これって皆、誰かの風鈴なの?」
「そうだよ。言えない思い……告げなくとも良い思い……それら全てがこの中にある」
「ええ。人は時に沈黙する者でもありますね……そして言えぬ言葉は人だけに当てはまる物ではなく」
一つ、少女は風鈴をゆゆへと差し出す。
首を傾げつつも、ゆゆは少女から風鈴を受け取ると「これは?」と聞いた。
「鈴代さんのですよ。とても綺麗な円形と色をしてるでしょう?」
「私の? 私でも風鈴があるんだね……」
「誰にだってある。……言えぬ言葉と思いさえあればね」
ゆゆは、猫と少女の言葉に何か考える物を受けながらも、ただ「本当に綺麗な形と澄んだ水色だね」と言うに留めた。
何故か、この場所で言ってはいけないような気がしたのだ。
風鈴の音さえも――黙されてしまう、この場所では。
(……皆が黙ってる中、私だけ、この二人に話すのは公平じゃないもの)
ぐるりと周りを取り囲む風鈴を見ながら、ゆゆは心の中でそっと呟く。
そう、公平じゃないから……だから。
……言えない思いだって、本当は誰かに聞いて欲しい筈。
でなければ……本当に辛くて、私なら泣いてしまう。
「秘すれば花」って言うけれど……花々だって秘めたくて秘めてる訳じゃないもの。
(何処に対しても――誰に対しても……言えないだけ。声にする手段を持たないだけなの)
……哀しいね。
言えない想いがあるという事も、言えない言葉があるという事も。
◇◆◇
「…ところで、猫?」
「なんだい?」
「何時まで私たちは此処で立ち話をしなければならないのでしょうね?」
「ああ。そう言えばそうだった……申し訳ない」
猫はそう言い、見ていた風鈴を漸く吊るすと歩き出した。
それを追う様に少女も歩き、ゆゆが更に後を追う。
くいくい、と少女の服をゆゆは引っ張り、
「……ちょっと、今日の猫ちゃん…変じゃない?」
と、少女へと耳打ちした。
ふ、と少女の顔が翳り………
「猫は、ある風鈴を見る時だけ……過去に戻ってしまうんです」
そう、呟く。
確かにある風鈴をずっと見つめていた――あれは、もしかすると。
「…猫ちゃん自身にも言えなかった思いや言葉があるの……」
「はい。――私にも、猫にもそれは等しくあり。そして、出来るのならば……ああ、いいえ。……これは言ってはいけないことですね」
ごめんなさい。
それだけ言うと少女は笑顔を浮かべ、ゆゆを見る。
だが、その笑顔は。
何処か――無理をしているようで、ゆゆには少し物悲しく見え……。
……ゆゆの掌の中、考え込むかのように――微かに風鈴が、揺れた。
◇◆◇
庭園内、四阿(あずまや)。
猫は、お茶と水を持ってこよう、と言い、いつもの笑みを浮かべると何故だろうか少女の頭を撫でた。
少女は猫の行動に対し何も言わぬまま、ゆゆへと席をすすめ、ゆゆは風鈴をテーブルの上に置くとちょこん、と椅子に座った。
きらきらと風鈴が陽にあたり柔らかな光を投げる。
「先ほどは失礼しました」
「ううん、良いの♪ 誰にだって言えない事があるもの……この、風鈴みたいに」
でもね?と、ゆゆは言葉を続ける。
「誰にも言えない事って…何だろうな…とも思うの。例えば、私は鈴蘭の精だけれど……だけど、自分が鈴蘭だっていう事で悩む事があるよ……私はみんなと同じように食事ができなくて、洋服を着替えたりとか、みんなが普通にやっている事ができないの」
本当の姿は別のところにあるんだもの。
家にある、鈴蘭の花。
それが私の持つ――本来の姿。
猫ちゃんが人の姿を取る様に、猫の姿を取るように、私自身が本当に持つ姿もある。
だから―――………
この姿は、ただ真似ているだけの借り物なの。
ううん、真似て見せかけているだけの幻と言っても良い。
服もすぐに変えられるし、物を掴んだり風に吹かれたりも意識してやってる。
……掴んだように見せかけて、風の向きに合わせて動かしてるだけ。
口も瞬きも笑う顔や怒る顔も全部真似してるだけなんだって……解ってる。
(解ってるから――忘れて居たい事もあるし……)
でも、お話してる私は「本物」で、猫ちゃんや女の子…友達に会う私は「本物」だから…他の人にそれさえ解って貰えればいいとも思うの。
それって……。
「おかしい、かなあ……?」
ゆゆの言葉に少女は遠くを見、首を二度振ると「いいえ」と答えた。
その答えに合わせた様に猫が飲み物をそれぞれに差し出す。
ふわりと漂う紅茶の馨りが、何故か心に沁みた。
「……ありがと♪ けど、たまに考えてて悲しくなる事もあるよ。私は人じゃないんだ、って。真似してるだけなんだ、って」
「そんな……」
少女の言葉に「ううん、そうじゃなくって!」と、ゆゆは慌てて言葉を重ねた。
「哀しいって言うより、そうなんだって思えてしまうの。でも……それでも友達や、大好きな人にこうして会って、お話ができて、笑って貰えるから、元気が出るし、表に出て行く事もできるから」
言えずに居た言葉も、言えなかった思いも……哀しいけれど、全て自分自身の為に封じた言葉だった。
人と人との間にも境界が在って、それは私自身と人の間にも同じことが言えて。
花だけれど――ううん、花だからこそ、一層、人のことを解りたいって思うのに越えられない、境がある。
(……不思議。この風鈴を見てると色々と思い出せる)
忘れていたこと、今になって思うこと――色々な、事が。
…そして何時しか、風鈴を見続ける、ゆゆの両手に猫と少女――ふたりの手が重なる。
「……?」
きょとんと、ふたりを見る、ゆゆ。
「……大事なお話をお聞かせ頂いて有難うございます」
「少女の言う通りだ。……言い難い話だったかもしれないが……聞かせてもらえて嬉しかったよ」
お互いの手が、重なるように見えるだけ。
意識して、肉体を持っているように見せかけているだけ――なのに。
(……触れてくれてる……?)
不思議。
不思議だけれど……嬉しくて、ゆゆは涙が溢れそうになるのを堪え、笑顔へと表情を変えていく。
「――うん。……普段は絶対言わないよ……」
猫ちゃんと女の子に対してだから、言えたんだからね?
その言葉が、少女と猫に聞こえたか聞こえていないかは定かではないが――テーブルの上の風鈴が、きらきらと……まるで、言いたくて言えなかった事を言い終えた後のように澄んだ光を放ち、輝く。
澄み切った青空のように――花々が焦がれて止まない、空と、水の青さのように。
―End―
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■ 登場人物 ■
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【0428 / 鈴代・ゆゆ / 女 / 10 / 鈴蘭の精】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■ 庭 園 通 信 ■
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こんにちは、秋月です。
いつも、本当にお世話になっております。(^^)
今回のゲーノベにも参加してくださり誠に有難うございます!
今回ばかりは鈴代さんにお逢い出来ないかも…と思っていましたので
お名前を見かけた時には「わ♪」と一人喜んでおりましたv
そして今回は「風鈴」を扱うことと鈴代さんは多く、こちらのお話に
参加して頂いていますので少女と風鈴の作業を見る、と言う所から
はじめさせて頂きました♪
女の子ふたりの会話に私自身本当に楽しく書くことが出来ました、
有難うございます♪
では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。
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