■駅前マンション〜ある日の回覧板■
日向葵 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
だいたい月に一度の周期でマンション内を一周する回覧版がある。
その回覧版の内容は様々で、最近事件が多いから気をつけてとか廃品回収だとかそんなごくごく普通のものからこのマンションにしかないような――陰陽師や退魔師に向けた仕事募集のメッセージや最近マンション内で起こった怪奇現象に関する事柄などなど。
ちなみに、そういった怪奇現象関係の内容は、ある程度以上の霊力のある人間でなければ見えないよう、管理人のじーさんが小細工をしている。
一応だが、ここには少数の一般人も住んでいるのだから……。
『ひな祭りをやりましょう』
回覧板はそんな見出しから始まっていた。
毎度ながら会場はマンション屋上。雛人形を持ち込んで、ちょっとしたパーティをやりましょうということらしい。
ちなみに雛人形は、大家のじーさんが用意してくれるらしい。
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駅前マンション〜ある日の回覧板
その日は運悪くまったく調査員が掴まらなかった。しかもタイミング悪く武彦も別の仕事が重なっていた。
普段仕事がないくせに、たまに来るとそういう時に限って人が掴まらないとは。何か呪いでも受けているんじゃないだろうか、草間興信所は……。
そんなことをつらつらと思いつつやってきたのは、最近建てられたというとあるマンション。
このマンションに住んでいる住人から、おかしなことが起こるから調べて欲しいという依頼が来たのだ。
だが事前調査や聞き込みはいくらでもできるが、本格的霊現象ともなればシュラインは、霊能者がやるような浄霊などはまったくできない。そもそも霊感があまりないので、霊現象に気付かないことだってあり得るのだ。
「とりあえずできるところから行きますか」
そうしてまず向かったのはマンションの方。依頼をしてきた住人だけでなく、他の住人からの証言も聞きたかったのだ。一通り巡って話を聞き、このマンションに起こる怪奇現象をまとめてみるとこういうことらしい。
一、夜中に泣き声が聞こえる。
二、水回りの故障が異様に多い。
三、危険だと言うことで立ち入り禁止になっているはずの池のほとり――このマンションは昔からあった池の一部を埋め立てて建てられた――に白い着物の女性が立っている。
「うーん……」
とりあえず自分一人で調べられるのはこれくらいだろう。……一旦戻ろうと帰路につき、その通り道でのことだった。とあるマンションの前で知った顔を見つけて、立ち止まる。
駅前マンション――妖怪や術者が大量に住むそのマンションを見つめて佇んでいるのは、海原みそのだった。
「あら、みそのちゃん?」
声をかけると、みそのはくるりとこちらに振り返った。
「こんにちわ」
「こんにちわ。どうしたの、こんなところで?」
「少々気になる流れを見つけまして。その元を辿ってきたらこちらに辿り着いたのです」
「気になる流れ?」
「はい。乱れた自然の流れを、どなたかが直しているのですわ。……一時凌ぎにしかなりませんけれど」
「それ、多分ここの住人の誰かの仕業だと思うわ。このマンションって、術者や妖怪がたくさん住んでるみたいだから」
みそのの考え込む様子を見て、シュラインはにっこりと笑った。
「そうねえ、気になるなら聞きに行ってみましょうか。大家さんなら何か知ってるかもしれないわよ」
マンションに入って行くと、ちょうど大家の部屋の前に男性が一人、立っていた。様子から見て、彼も大家のところに訪ねて来たのだろう。
「こんにちわ。貴方も大家さんに用事なの?」
シュラインが声をかけると、男は振り返って頷いた。
「わたくしたちもこちらのお家に用事があってまいりましたの」
穏やかに微笑むみそのに、男はそうかとだけ言って――まあ、通りすがりの相手にならそんなものだろう――二人の様子を確認してから再度チャイムに手を伸ばした。
「やあ、いらっしゃい」
「……あ、どうも…」
チャイムを押してから一秒も経っていないのではないだろうか。あまりにも速い対応に、男性は多少驚いている様子。男性が黙ってると、老人は後ろに立っていたシュラインとみそのに気付いてにっこりと笑った。
「おや、お嬢さんと…そちらのお嬢さんは初めてだね、こんにちわ。とりあえずお入りなさい」
こうして三人は、家の中に招き入れられた。
部屋にはすでに先客がいた。天薙撫子と冠城琉人の二人だ。知らない顔もいるということでさらりと自己紹介をして――先ほどの男性の名は龍神吠音というらしい――、集まった理由をそれぞれに話す。撫子、琉人、吠音の三人は蛟の住処探し。シュラインとみそのは、流れが乱れていてそれを一時的に整えている人がここにいると思われたのでそれが気になって…とのこと。
シュラインとみそのの問いの答えは大家の老人が持っていた。
蛟の池が潰されたことで流れが乱れ、新しい住処が見つかるまで蛟が少しでも生きやすいように流れを整えているのだそうだ――大家本人が。
話を聞いて、シュラインとみそのも蛟の新しい住処探しに協力することとなった。
シュラインの元の仕事はその新築マンションの怪奇現象の解決。おそらく池を潰された蛟が原因なのであろうとすぐに予想がついたのだ。ならば、蛟の新しい住処を探すのは怪奇現象の解決にも繋がる。
一方みそのはもともとが神に仕える巫女である。それに蛟といえば龍に属する神の者。可能な限りお手伝いしたいと思うのは自然な流れであろう。
「まずは水場を探すのが先決ね」
シュラインの発言に、一同そろって頷いた。
「…まず水場を見つけなければ、住めるかどうか相性をみることもできませんものね」
「綺麗な水場探しか、得意分野だ」
多少胸を張りつつ、吠音が言う。
「ああ、あとは別の龍神様にお聞きしてみるというのも手ですわ」
ぽんっと撫子が穏やかに告げた。
「別の龍神様?」
琉人の問いに、シュラインとみそのは思い当たるところがあった。
「水龍(すいり)様のことですね」
「そうねえ。何か良いアドバイスをくれるかもしれないし」
こうして話し合った結果。一行は二手に分かれることとなった。
この周辺で水辺を探す組と、水龍のところに話を聞きに行く組だ。
「候補を出したら実際に本人に見てもらった方が良いと思うんだけど…。動かしても大丈夫かしら」
「いや、止めといたほうがいいと思うな。結構参ってる感じだった」
この中で実際の蛟に会っている唯一の人物、吠音が告げる。
「そうですねえ…。ではこちらから出向いて、先に蛟さんにどのような場所が良いか聞いてみましょう。そうすれば探す段階から絞ることもできるでしょう」
そうしておおまかな方針も出してから、五人は駅前マンションを出発した。
蛟本人への引越し先希望調査と、周辺の水場探しを他の三人に任せ、シュラインと撫子は水龍の住む公園へとやってきた。
水龍は以前に知り合った水の龍神で、妖怪の類いの憩いの場となっているこの公園の守護者でもある。
「おや、久しぶりじゃのう」
水龍の住処である泉に行くと、彼女はすぐさま姿をあらわした。
相変わらず、外見に似合わぬ口調で告げる。
「お久しぶりです、水龍様」
「久しぶり、水龍ちゃん」
「わざわざこんなところまで足を運ぶとは……わしに何用か?」
東京郊外にあり、尚且つ公園というには少々広すぎる敷地を持つ場所。確かに周辺住人ならばともかく、都心付近に住んでいるとなかなか足を伸ばせないのも事実だ。
「ええ、水龍様にお伺いしたいことがあるんです」
「ほう?」
「住んでた池を埋めたてられて住処をなくしてしまった蛟がいるの。どこか良い引越し場所を知らないかしら?」
それを聞いて、水龍は大袈裟に溜息をついた。
「またか。まったく最近の人間はどうしようもないな。……まあよい。わしの知っておる、蛟の住めそうな場所を紹介してやろう。なんならここで引き受けても良いぞ」
「ありがとうございます」
「どうもありがとう」
「ただし、条件がある」
お礼を言ったところでそう付け足されて、二人は改めて水龍を見つめる。
「最近はこちらの住宅事情も厳しくてのう。住めそうな場所にはたいがい先住者がおる。土地神を探してるような場所ならば、歓迎してくれるとは思うが……」
何を言いたいのか察した二人は、水龍の言葉を最後まで待たずに頷いた。
「場所の紹介さえしてもらえればあとの交渉は私たちでなんとかするから大丈夫」
「交渉がなかなか進まなかったら、手狭ですけど一旦うちの神社内にある水場に緊急避難していただいても構いませんし」
「そうか…。まあ、本当に行き詰まったらわしのところに連れて来い」
「はい。お気遣いありがとうございます」
こうして二人は水龍からいくつかの水場を紹介してもらい、蛟のいるマンションへと向かった。
見つけた水場の場所や地形を蛟に伝え、最終的に残った候補は二つ。
「えーと、あんまり離れない方が良いのよね?」
「そうですねえ……。あんまり長い時間池から離れるのは辛いですぅ」
言いながらも、蛟はするすると吠音の方へと寄って行った。
「あら?」
「龍神さんが気に入ったんですかねえ?」
不思議そうな琉人や撫子を余所に、吠音は蛟に手を伸ばす。蛟はそのまま吠音の手に乗った。
「ん?」
軽い調子で尋ねる吠音に、蛟は弱々しくも明るい声で答えた。
「龍神様に仕えてる方だからでしょうか…傍にいるとちょっとラクですぅ。これなら、引越し先を見て回るくらいはできそうですぅ〜」
「そうですか? それはよかった」
「それじゃ、行きましょうか」
そして一行は一番近いところから順に水場を見て行くことにした。
まず近い方の水場。そこはあまり広い池ではないが、神社のほとりでなかなかに静かな場所であった。
それに、神社の敷地内であれば今回のように住宅建築で池が潰されてしまうこともそうはなかろう。
問題はといえば、神社ということはすでになんらかの神様が住んでいるだろうと言うことである。
「すみません……少々お願いがあるのですけれど……」
「話をしてくださらないでしょうか?」
みそのと吠音が声をかけると、その神社の神様らしき者はすぐに姿を現わした。
「ん?」
「こちらの蛟さんが住んでた池を潰されて困っているの。こちらの池に住まわせてもらえません?」
シュラインがそう説明をすると、その神様はじーっと蛟を見つめる。
「まあ、構わぬか。どうせその池には今はなにも住んでいない。別に問題はないと思うぞ」
案外とあっさり決まって、一行は少々拍子抜けもしたが、きちんと礼を告げて、再度蛟に意思確認をする。
「一応、候補地はもう一つありますけど…どうしますか?」
「ここで大丈夫ですぅ。せっかく見つけてくれたのにすみませんけどぉ、良いって言ってもらえましたし〜。それに静かで居心地も良さそうですぅ」
琉人の問いに、蛟はにこにこと明るい声音で答えた。
「そう? なら良かったわ」
「いやあ、無事新しい住処が決まって良かったなあ」
「はいぃ。いろいろありがとうございますぅ」
ひょいと池に飛び降りた蛟は、次の瞬間、ふわりと長い髪を揺らして振り返った。
「先ほどはせっかくのお茶をいただけずにごめんなさいね〜」
「あら、もしかして白い着物の女性って…」
「はいですぅ。最近は人の姿になる力もありませんでしたけど、最初の頃はなんとか気付いてもらおうと頑張ってたんですぅ」
「では今ならお茶を飲めるんですねっ」
妙に意気込んで言う琉人に、蛟はにっこりと微笑んで見せた。
その笑顔を受けて琉人はますます気合を入れて、宣言する。
「ではせっかくです。皆で引っ越し祝いのお茶会をしましょう」
「ここで騒いだら神様にご迷惑になりませんか?」
みそのの言葉に、吠音も同感だと頷いた。が。
「構わぬよ。何も知らぬ人間に騒がれるのは腹が立つが、おぬしらのような者ならば歓迎するぞ」
響いた声に一行は顔を見合わせて明るく笑った。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
2209|冠城琉人 |男|84|神父(悪魔狩り)
1388|海原みその|女|13|深淵の巫女
0328|天薙撫子 |女|18|大学生(巫女)
2619|龍神吠音 |男|19|プロボクサー
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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ライター通信
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こんにちわ、日向 葵です。依頼にご参加いただき、どうもありがとうございます。
蛟さんの引越し先探索、お疲れ様でした。
いろいろと考えてくださったのですが、あまり本文中にその様子を出せず…もうしわけありません。
水龍のほうに聞きに行くと言ってくださった方と言わなかった方とで分けた結果こうなりました(をい)
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