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■闇風草紙 3 〜休日編〜■

杜野天音
【2187】【花室・和生】【専門学校生】
□オープニング□

 僕はどうしてここにいるんだ……。
 逃げ出せばいい。
 自分だけ傷つけばいい。
 そう思っていたのに――。

 関わってしまった相手に心を許すことが、どんな結果を招くのか僕は知っている。
 なのに、胸に流れる穏やかな気配。
 僕は、僕はどうすればいいんだろうか?
 今はただ、目を閉じて声を聞く。
 耳に心地よい、あんたの声を――。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■未刀が怪我をしているところを助け、再会した時彼を襲っていた天鬼と
 共に戦った貴方。精神的に疲労している彼。
 家に呼び、流れる平穏な日々。
 その中で、貴方と未刀は心を通わせていく。フリーシナリオ。

闇風草紙 〜休日編〜

□オープニング□

 僕はどうしてここにいるんだ……。
 逃げ出せばいい。
 自分だけ傷つけばいい。
 そう思っていたのに――。

 関わってしまった相手に心を許すことが、どんな結果を招くのか僕は知っている。
 なのに、胸に流れる穏やかな気配。
 僕は、僕はどうすればいいんだろうか?
 今はただ、目を閉じて声を聞く。
 耳に心地よい、あんたの声を――。


□天使のドアと君の声 ――花室和生

 目の前に広がる光景に僕は不思議な気分でいた。
「ええと…どうぞ。どれでも好きなものから食べてね、未刀くん」
「ああ……食べるよ」
 返事をしたが、すぐに箸を取れなかった。あまりにもたくさんの料理が並んでいて、どれを食べたらいいのか分からなかったからだ。
 彼女が作ってくれた料理のほとんどを見たことはある。父が強引に出させた政治パーティで食べたものもある。けれど、ひと口食べて味がまったく違うことに驚いた。
 冷たさを感じない。箸をつけたどの料理も心まで温かくなる味。夢中で口に運んだ。
 そして何より、目の前で少し心配そうに見つめ、僕が食べ始めると頬を染めて嬉しそうに笑う花室の顔。視線を感じ頬が熱くなった。
 ――そうか、こんな風に食事中に見守られたことはない。
     ずっとひとりだった。
 照れくさい。嬉しい気持ちがわき上がってくるけれど、それを素直に表現する方法を知らなかった。
「美味しい……かなぁ?」
「あ…うん」
 短く返事をすることしかできなかった。

 食事の後、花室は僕をソファへと誘った。
 ここは彼女の管理する六花荘という名のアパート。住人よりも間取りは多いらしいが、部屋は3つほど。台所と居間、それに寝室らしい奥間。淡い色で揃えられた室内は、シンプルであちこちに花が飾ってあった。
 促されるまま座り込む。目を閉じた。耳を澄ますと、食器の鳴る音やスリッパの足音が聞こえる。
 安堵。
 そんな言葉、自分には似つかわしくない。
 ここにいるべきではないのかと何度も自問する。忘れられない過去を思えば、一刻も早く彼女の元を去るのが有益なはずだ。
 ――でも、できない。
 泣きたい気分になった。狂おしいほどに暖かさを求める自分がいる。それでも求めてはいけないと律する自分も同時に存在するのだから。葛藤に心が揺らいでいた。
「これをね、読んで欲しいなぁって思ったの」
 ふいに降ってきた声。
「花室……絵本?」
「うん。これね、私が子供のころから大好きで、それで…その……よかったら未刀くんにも読んで貰いたくて」
「なぜ?」
「えっと……。よ、読んだら話すね」
 彼女が持ってきたのはトレイに乗った紅茶と、数冊の絵本だった。どの表紙にも白い翼が描かれている。
 白い翼――それは花室も持っているもの。
 ひと口紅茶を飲んでから、絵本すべてに目を通した。心配そうな顔で花室がソファの横に膝をついている。隣に誘うと、困ったように眉を寄せた後僕の右隣に腰を下ろした。
 最後に手に取った本の内容に心を奪われた。改めて表紙を見ると「Door」と言う名が印してあった。
 物語はごく単純なもの。けれど胸を離れていかない。

  『ドアを叩く音。男は過去の嫌な出来事を思い、出ようとはしなかった。
   本当はひとりでいることが寂しくて仕方なかったのに。
   それでも叩き続けられるドア。あまりにも続く音に男はイラ立った。
   文句を言おうと開けたドアの向こうに立っていたのは天使。
   「ああ、よかった。お届けモノです」
   手渡されたのは手紙。優しい心の詰まった。
   男は泣いた。ドアは再び閉じたが、もう寂しくはなかった。
   だって、これからドアはいつだって開いているのだから。          』

「これ、もう一度読んでくれないか」
「うん」
 耳に届くのは花室の僅かに舌足らずな声。ゆっくりと、殊更ゆっくりと唱えられる呪文のように、心が穏やかになっていく。
 ――母親とはこんなものなのか……。
    知りもしないのに、懐かしい気がする。
 まるで母に甘えているかのような感覚に陥った。自分を産んだことで、その命を天へと戻してしまった母。兄である仁船が自分を恨むのは仕方のないことのように思えた。柔らかく癒される時間を永遠に失うことの恐ろしさと怒りが、自分に向けられているこのを理解した気がした。逆の立場だったなら、僕も同じことをしたかもしれないから。
 涙が滲んでいた。視界がぼやける。
 僕は気づかぬ内に、花室の額に自分の額を合わせていた。ぶつかった感触と揺らめく髪が頬をくすぐる。伝わってくる体温が僕の心まで暖めてくれるように感じた。
 なぜか、彼女の言葉が途切れた。 
「どうかしたのか?」
 問ってみたが返事はなく、ただ身体を固くして震えている。
 もっと声を聞かせて欲しいのに。僕は花室の肩を左手で掴んだ。途端、彼女がソファに倒れ込んだ。
「うわっ、なんで倒れるんだ!?」
 慌てて支える。彼女はフラフラと立ち上がった。驚いて腕を掴むと、真っ赤な顔で振り向いた。
「ごめんなさい! わ、わたし……そのあの、慣れてなくて……」
「何を言ってる? 僕が何かしたか?」
「えっ…ええと。何かしたって言うか、その…よく考えたら二人っきりなんだなぁって、それであのおでこが」
 やっぱり彼女の言っていることが理解出来なかった。慄くように頬を染め掴んだ腕から逃れようとする花室。僕は離したくなった。
 逃げる腕を強引に身体ごと引き寄せた。
 抱きしめる。
「きゃっ! だ、だめぇーー!」
 鼻腔を突く甘い香りと柔らかな身体。それを感じた瞬間、押しのけられた。僕は思わぬ出来事にバランスを失った。
 暗転。
 次に気づいたのは、ソファの上だった。

 どうやら、サイドテーブルで頭を打ったらしい。目は覚めたが思考はぼんやりとしている。
 ――何か間違ったことをしただろうか。
    女性に関わったことなど皆無だから……な。
 薄目の向こうに見える天井を見つめていた。そこに聞こえてきたのは花室の声。何を言っているのかよく分からないけれど、ひどく心地良い。
 もっと聞いていたいと思った。
 額にひんやりとした感覚。一気に現実へと引き戻された。
「――ちくん、未刀くん! あ…よかった……気がついたのね」
「絵本に出てくるのと同じだ」
「え? ……あ、翼が」
 次第にはっきりしていく視界の中に浮かんできたのは、安堵の表情と彼女の背に広がる白い翼。無意識に発現していたのか、花室も驚いている様子だった。柔らかな髪が肌に触れる。見下ろされているのに、嬉しいのはなぜだろう。
 恥ずかしそうに翼を仕舞った花室に尋ねる。
「下の名前はなんて言った?」
「え? あの、和生。平和の和に生きる」
「平和に生きる――僕には、与えられないものかもしれない」
「そ、そんなことないよ! 私は絵本に出てくる天使みたいに清らかでも万能でもない。けど……けど、これだけは約束できるよ」
 花室は真っ直ぐに僕を見た。涙が滲んで大きな翡翠の瞳が色彩を光に揺す。
「私はずっと傍にいるって決めたの。未刀くんの優しさを私は知ってる。他の誰が気づかなくても私だけは知ってるから、だからきっと笑って過ごせる日がくるの」
 珍しく強い調子で叫んで、僕の胸を叩く。
 僕は、僕は――傍にいてもいいのだろうか。
 守りたい。誰かが花室を傷つけたりしないように、支え支えられる。癒し、癒される。
 同じ明日を歩いて行きたい。
 願わずにはいられない。
「花室……和生。僕は、和生の傍にいても……いいのか」
「さ、最初から…そう言ってるのにぃ」
 耐えていたらしい涙が白い頬を伝っていくのを見た。僕の目にも同じものが浮かんでいることに気づく。
 ひとりじゃない。
 ひとりじゃない。
 そんな些細なことが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。
 繰り返す。呪文のように。

 そっと抱きしめた細い肩の向こうにあの絵本。
「ドアを叩く者……和生」
「…え……?」
「いや、なんでもない」
 彼女こそ、僕に光をくれる天使。彼女の言うように、絵本で読んだ天使とは違うかもしれない。けれど、和生は僕にとってかけがえのない天使。
 出会って僅かに十日。
 それでも心が繋がる奇跡。
 僕はすべてを語らなければならないと思った。辛い過去も、過ちも、そして胸に湧き上がるこの気持ちも。
 開け放たれたドアの向こうに、和生が柔らかな笑顔で立っている。
 目を閉じた。太陽が夕刻の証を山に沈めるまで――。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 2187 / 花室・和生(はなむろ・かずい) / 女 / 16 / 専門学校生

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 いつもいつも遅刻ですみません。出来上がりました、ライターの杜野天音です。
 今回、もう少しドキドキするコミカルな感じにしようと思っていたのですが、ついシリアスになってしまいました。未刀は女性の扱いに慣れていません。故に結構大胆です(*^-^*)
 休日編如何でしたでしょうか? 希望通りの仕上がりになっていればいいのですが。
 未刀も罪作りですね。こんなに素敵な和生ちゃんの心を奪ってしまって。羨ましい限りです。

 次回は「戦闘編」。まだ会ったことのない分家方の連河楽斗が登場します。しばし、お休みしておりますが、4月中旬には再開する予定です。
 詳しい時期などは「異鏡現象〜異界〜」にてご参照下さい。ありがとうございました。