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■鬼龍の里拾遺伝■

ソラノ
【2648】【相沢・久遠】【フリーのモデル】
<鬼龍の神官の手記>

星の痛みが見える
界の悲鳴が聞こえる

全ての事象を、我が事として知覚する

憎悪、後悔、嫉妬……人の穢れには限りが無く、
天地さえもが歪み澱んで、そこに負の律が生まれる

忌むべき「神眼」の力が、身を、魂を、蝕む

壊れているのは、この俺か
狂っているのは、この界か

答えは…………



まだ、わからない




流れゆく者、久遠を生きる者

【流れゆく者】

 生き続けた長さよりも、生き抜いた強さこそを、証にしたい。
 怠惰に伸びた時間よりも、最期の一瞬の満足こそを、手に入れたい。
 
 叶えたい望みがある。
 残したいものがある。
 
 命など、要らない。
 その価値を、知らないわけでは、ないけれど……。
 
 
 


【魔の山】
 
 なぜ、こんな重要なことを、忘れていたのだろう?
 相沢久遠は、目の前を走り去って行く列車を遠くに眺めやりながら、ふと、苦笑とも自嘲ともとれる複雑な表情を、一瞬、見せた。
「重要だよな。トモが見たっていう青い花畑を、まだ、見ていない」
 身を翻す。いきなり山に入っていくような素振りはない。
 自力で探しても、先日の二の舞になることはわかっていた。先導役が必要なのだ。だからと言って、いかにも猜疑心の強そうな、よそ者嫌いの長老たちに、案内を頼む気には到底なれない。
 誰がいいかな、と、考え、真っ先に顔が浮かんだのは、里長ではなく、刀剣鍛冶師だった。
「あいつか……」
 それほど付き合いがあるわけでもない。
 里で初めて顔を合わせたが、挨拶程度のものだった。
 気になったのは……彼の周りを取り囲んでいた、黒い影。死の匂いのようなもの。
 人外の存在である自分だからこそ、気付いたと言うべきか。

 あいつは、長くない。
 既に、寿命が、尽きかけている。
 病気でもなく、事故でもなく、もっと違った理由で、命を食い潰しているのだ。
 それが何であるかは、わからないけれど……。

「おい、真名。流はどこだ? ……ったく。名前の通り、ちょろちょろと……」
 里長の真名の方が、先に見つかった。青い花畑なら、自分が案内するとの申し出だったが、久遠は断った。少し、踏み込んで、鍛冶師に質問したいことがあったのだ。それは、里長ではなく、流本人に訪ねてみるべきだろう。
「流は……魔の山におります」
 里長が、振り返る。彼女が、厳しい顔つきで、じっと睨み付けている方向に目をやると、そこだけ厚い雲に覆われて、奇妙に朧に霞む赤黒い山の姿が、確かに見えた。
「魔の山?」
 随分と、遠くにあるように見える。
 車で何時間もかかりそうだ、と、久遠は思った。が、その考えを、すぐに打ち消す。
 ここは鬼龍だ。近くのものが遠くにあり、遠くのものが近くにある。ここで常識に囚われていては、何も見えなくなってしまう。魔の山は、徒歩で三十分もすれば着くだろうと、案の定、里長が、教えてくれた。
「あの山に、流がいるのか?」
「はい。流は、わたくしたちが、どれほど止めても、あの山に入ることをやめてはくれません」
「あの山に入ったら、何か……危険なのか?」
「あの山が、流の命を、喰い潰しております。いえ……流だけではなく、鬼龍の鍛冶師の筆頭の命を、ことごとく、食らってきました。あの山が……」
「……どういうことだ?」
 その質問には、里長は、答えなかった。
 ただ、曖昧に、微笑んだだけだった。
「相沢さま。相沢さまがお帰りになる時、流を、一緒に、連れて行っては頂けませんか。恐らく、拒むでしょうが……構いません。引きずって行っても。わたくしは、あの山に、これ以上、流を近づけたくはないのです。付け焼き刃的な、延命の方法でしかありませんが……東京にいれば、流の寿命が、少なくとも、これ以上、削り取られることはありませんので……」
 
 
 
 魔の山には、どうやら、外の人間は、近付いてはいけない決まりらしい。
 久遠が山に向かって歩き出すと、すぐにも長老らに邪魔をされた。振り払って進むのは簡単だが、こんな棺桶に片足を突っ込んだようなご老体たちを蹴散らすのも、何やら馬鹿らしい。
 既に夜闇が辺りを包み、慣れぬ山歩きも、あまり気分の良いものではなかった。帰るか、と、溜息を一つ吐いたとき、唐突に、背の高い人影が、遠くに浮かび上がった。
「流」
「妖狐か」
「相沢久遠だ。妙な呼び方をするな」
「十六人も客人がいたんだぞ。いちいち名前なんか覚えられるか」
「だったら、今、覚えろ。今は一人だ。これで忘れたら、今度から、お前を痴呆と呼んでやるからな」
「……ったく。口の減らない……」
「お前といい勝負だろ」
 何となく、お互い、くっ、と、笑った。
 似たもの同士、と、認め合ったのだろうか。二人とも、完全に、我が道を行く人間だ。そして、ひたむきに我が道を突き進んでいくことの出来る無謀な人間が、二人とも、決して、嫌いではなかった。
「忘れ物が、あってね」
「彩藍の花か」
「ご名答。誰かさんが放置してくれたおかげで、彩藍どころか、源泉の滝に突き当たってしまったんでね」
「俺のせいかよ」
「誰かのせいさ。言っておくが、僕は、具体的に名は挙げていないぞ」
 交流を楽しむと言うよりは、どう考えても憎まれ口を叩きながら、歩き続ける。
 一際強く、風が吹き抜けたその後に、見たい、と思っていた幻の光景が、開けた。
 
 



【夜の幻想】

 明るい陽の元で見るものとは、比べようもないくらい、恐ろしいほどの、青。
 空も、月も、雲も、その雲が隠す遠くの峰までも、全てが、一様に、青く染まって見えた。
 他に色はない。夜の闇が、他の余計な色を、完全に排除してしまう。「青」だけが、際立って、そこにある。呑み込まれてしまいそうだと……思った。
「夜の彩藍……」
 月明かりを受けて、青い花が、青い光を放っているかのように。
 微かな葉ずれの音が、夕暮れを過ぎて現れた訪問者を、静かに迎え入れた。
「トモ」
「あ……久遠兄ちゃん」
 夜の彩藍に惹かれた客人は、どうやら、自分だけではなかったらしい。奇しくも同じ時間に、よく見知っている顔が現れた。
「来れたな。彩藍の花畑」
「うん……」
「何だ? 元気ないな」
「藤丸がいなくなったんだ」
「藤丸? その懐にいるのは何だ?」
「犬じゃなくて、人間の方!」
「は?」
 その時、子犬が、主の腕を放れ、花畑に飛び込んだ。
「こ、こら、藤丸!」
 朝幸の制止も振り払い、子犬が駆ける。
 一度、二度、飛び跳ねるたびに、彩藍が、波のようにざわめく。白い毛並みが……青の中に、映える。
 朝幸が、子犬を追いかけて、自らも彩藍の群の中に歩を進める。どうにも捕まらず、ついに、助けてくれと悲鳴を上げた。子供に混じって馬鹿をするのも面白いかと、久遠も、花の中に足を踏み入れた。
 自分のものでもない、朝幸のものでもない、まして鬼龍の里人のものでもない、不思議な笑い声を、その時、聞いた。

「鬼さん、おいで。手の鳴る方に」

 驚いて、振り返る。むろん、そこには、誰もいない。
 
「こっちだよ。風使いさん。遅いなぁ……そんなんじゃ、風に、笑われてしまうよ?」

 白い子犬の傍らを、白い人影が、並びながら、走っている。
 久遠は立ち止まり、目を凝らした。あれは何だ? 輪郭が、うっすらと、青白い燐光を放つ。十歳くらいの男の子だ。だが、明らかに、人間ではない。
 あれは何だ?
 もう一度、問いかける。今度は、答える声が、あった。流だった。
「風の精霊だ」
「風の精霊?」
「仮の名を与えたな。実体化している……」
「実体……化?」
「ああ……でも、薄い。まもなく、消えるな」
「消える?」
「仮の名では、永続的に、姿を留めることは出来ない。真の名でないと……」
 もう一度、白い人影を見ようと、久遠が振り向く。流と話したわずかな間に、だが、時間は過ぎ去ってしまっていた。光る影は、どこにもいなくなっていた。朝幸と、犬の藤丸が、やや呆然とした顔をして、突っ立っている。
「行ったな」
「行ったって……まさか、死んだのか?」
「いや……」
 精や霊たちに、死という概念はない。消滅はあるが、それとても、鬼龍にいる限り、彼らが消えて無くなることはない。見えなくなっただけだ。感じられなくなっただけだ。まだ、ちゃんと、そこに居る。

 朝幸を…………見ている。
 ほんの数時間の、短い間の、友だけど……。

「全く。ここに来るたびに、驚かされる」
 久遠が、やれやれと苦笑する。彼とても妖狐だ。どちらかと言えば、幻想世界の住人に近い。上手く現実に紛れてはいるが、自分がどちら側の存在かと聞かれれば、迷わず前者と答えるだろう。
 それでも、鬼龍に来るたびに、驚かされる。
 隣で、久遠の心情を見透かしたように、生意気な鍛冶師が笑った。

「まだまだだな。この程度で驚いているようじゃ」
「言ってろ。ここに慣れてしまったら、現実世界に帰れなくなる。驚くくらいで、ちょうどいいんだ。お前の方が余程不安だぞ」
「本っ当に口が減らないな。お前は」
「お前と渡り合うのに、おとなしい人間じゃ分が悪い。僕くらいで丁度いいのさ。お互い、皮肉の一言に、反撃十言くらいは並べ立ててやれるからな」
「嫌な取り合わせだ」
「最強だろう?」
「最凶の間違いじゃないのか」
「そうとも言うな」
「ったく、これだから……」

 気が合うのか、合わないのか。
 ひとしきり、声を立てて笑った後、ふと、久遠が、表情を引き締めた。
 
「真名に頼まれている。引きずってでも、お前を連れて帰れ、ってな。頼むから、僕に鬼火の力を使わせるなよ。流」
「真名の奴……余計なことを」
「……心配している。お前のことを。それがわからないほど、子供ではないだろう?」
 痛いところを突かれたらしく、流が、一瞬、黙り込む。わずかな逡巡の後、しぶしぶと、刀工は頷いた。

「…………わかった……」


 
 
 
 【久遠を生きる者】
 
 長く怠惰に生きるよりも、強く一瞬にかける方を、大抵の人間は、望むのだろう。
 人それぞれで、間違っているとも、正しいとも、僕には、言えない。
 
 だけど、生きている限り、しがらみは付いて回る。
 死の傍らには、必ず、泣いて悲しむ人間が現れる。
 
 たった一人で生きてきたわけではないだろう?
 望みを叶えて、さっさと逝って、それで、お前は、満足することが出来るのかも知れないけれど……。
 いきなり目の前から去られた者たちは、どうなる?
 
 運命は、変えられる。
 運命を既に変えた人間が、ここにいる。
 
 どちらも、手に入れてみせればいい。
 望みも。
 命も。
 
 仕方ないから、ほんの少しだけ、力を貸してやるよ。
 なぁ…………流。
 
 
 
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1294 / 葛西・朝幸(かさい・ともゆき) / 男性 / 16 / 高校生】
【2648 / 相沢・久遠(あいざわ・くおん) / 男性 / 25 / フリーのモデル】

NPC
【鬼龍・真名(きりゅう・まな) / 女性 / 16 / 神官】
【鬼龍・流(きりゅう・ながれ) / 男性 / 24 / 刀剣鍛冶師】

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■         ライター通信          ■
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ソラノです。久遠さま。いつもお世話になっております。
今回、無事、彩藍の元へご招待することが出来ました。
一部、朝幸さんとリンクした作りになっています。

流がメインで、真名が少し、という感じで書いています。
二十代の男同士なので、友情もの?っぽく。(どこが……汗)
久遠さんに引きずられ、しぶしぶと流は東京に戻りました。色々と素行の悪い奴ですが、ビシビシ指導してやって下さい。(笑)

それでは、今回は、お申し込みありがとうございました。