■I’ll do anything■
九十九 一 |
【0164】【斎・悠也】【大学生・バイトでホスト(主夫?)】 |
都内某所
目に見える物が全てで、全てではない。
東京という町にひっくるめた日常と不可思議。
何事もない日常を送る者もいれば。
幸せな日もある。
もちろんそうでない日だって存在するだろう。
目に見える出来事やそうでない物。
全部ひっくるめて、この町は出来ている。
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彼の疑問と挑戦結果
動物が好きだという人はとても多い。
柔らかそうな毛並みやピクリと反応する耳にユラユラと動くシッポ、それらを撫でてみたいと思ったりするのは当然の反応だろう。
そう言った感情を持った人の中に、悠也もまた含まれていた。
「こんにちは」
チャイムを鳴らし、インターホンでの会話の後ドアが開かれる。
「どうした?」
「よかったらお裾分けにと思って」
箱の中に入っているのは苺のムース。
中が何か解らないはずなのだが、持ち前の勘の良さでお菓子の類であると見当は付いたのだろう。
ニッと笑いかけ悠也をうちへと招き入れる。
「ありがとな、ちょうど腹減ってたんだ」
「リリィさん達は?」
「買い物とか色々、ナハトはそこ」
毛布の上で丸まってウトウトとしていた。
「皆さんの分はありますけど、全部は食べないでくださいね」
「……おう」
年と為と釘を差すが、箱を受け取ると嬉しげにキッチンにむかいお茶の用意を始める。
「お手伝いします」
見とれるような動作で、実に手際よくお茶の支度をこなしていく。
「助かる、俺が入れるより上手いからな」
「ありがとうございます、紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」
「んー、中見て決める」
箱を開けたりょうが、色鮮やかな出来映えにおっと表情を輝かせる。
「すっげ! プロ並みだよな、本当に」
「今回のも良くできて、決まりましたか?」
「そうだったな、ムースだから紅茶にしとく。銘柄は適当にそっちの棚から選んでくれ」
「はい」
ムース系は一般的に味がぼやけがちだと思われているが、糖度を上げたり、苺をくわえるなりして味を引き立たせればずっと美味しくなる。
「どうぞ」
ご希望通り苺ムースと入れ立ての紅茶を前にそれは嬉しそうに食べ始めた。
「いただきます」
フォークを突き立て、大きくすくい取ったムースをパクリと口へと放り込む。
かなり良い食べっぷりだ。
「―――っ、うっめぇぇぇ!!!」
バシバシと足を叩き始める辺りは大げさともいえる感情表現だが、悠也としては作った甲斐がある。
「そう言えば、ナハトさんを今の状態から人に戻す時に呪文唱えますよね」
「ああ」
食べるのに専念している所為で聞いてないように思えるが、そう見えるだけで実際は聞いているからまあ大丈夫だろう。
「だったら人から狼の状態に戻す時は何かあるんですか?」
なんとなく気になっては居たのだ。
状態を変化させると言う事は、変えることと戻すこととワンセットであるのが常識的な見解だろう。
「あるぜ、言ってなかったっけ?」
紅茶を飲みながらほっと一息。
「条件が幾つかあるんだけどな、俺が危険だと判断した時に人に変化して、力使いすぎた時に戻る訳だ」
それはキーワードが言えない場合の保険なのだろう。
「で、任意の時にも戻せるようになったのが最近になってからの事な」
「確か『厳粛で破ることの出来ない夜』でしたね」
頷いてから手近にあった紙に走り書きをして悠也へと差し出す。
「ナハト・S・ワーシュネー、つまりセイクレイドと引っかけてあるんだ」
「ああ……そう言うことですか」
Sacredの訳には『厳粛で破ることの出来ない』という意味が存在する。
「そうすると人から狼の姿にする時は『神聖な』か『捧げられた』ですか?」
「正解、最初に言った『神聖な夜』が鍵になってるんだ」
「何か意味が?」
名前の一部を使っているのだから、言霊を用いているかも知れないと思ったのだが。
「言葉自体は鍵みたいなもんだな、波長を合わせて今借りてる力をやりとりしてるんだ。キーワードとかがあった方が解りやすいだろうって事になってな」
「そう言う事ですか」
仕組みとしては、鍵や調整可能機能の付いた砂時計と言った所か。
流れているのは砂ではなく魔力とかそう言ったものだ。
「右目が接点になってるんですね」
「そ、後は触媒能力も使ってるみたいだからな。このおかげで離れてても言葉だけ力のやりとりが出来るんだ」
説明して居る間に、綺麗にムースはきれいに無くなっている。
「……他になんかあったはず……」
冷蔵庫をのぞきにいっている間に悠也はナハトに視線を移しながら、今聞いた説明を反芻し始めた。
必要な事はキーワードと波長を合わせ、力を送り込む事。
つまりは触れてさえすれば、それは接点を持っているから恐らくは力のやりとりは可能だ。
それはあくまでも基本。
簡単に波長と言っても色々とあるのだ。
属性、気の流れ、霊力や魔力と言った物。
一瞬だけ力なら異なる属性でも可能なのかも知れないが、長時間体内に力を留め元の姿を維持するのに必要なのは同じ波長だ。
それらを完全に合わせる事で足りなかった物を互いに補っている、それは例えるのなら血のような物だろう。
「もしかしたら」
「………?」
立ち上がった悠也がナハトに触れるとピクリと片耳が跳ねた。
「少し試したいことがあるんですが、構いませんか?」
触媒能力とはトランプのジョーカーのような物だとも解釈……つまりは足りない力を補うための物と仮定した場合、悠也の力でも可能ではないかと考えたのだのである。
今はまだ想像に過ぎない、だからこそ試してみたくなったのだ。
完全にナハトに波長を合わせる事は容易くないだろう。
何しろ自分が持ち合わせた属性を相手の物に変えようとしているのである。
理屈では解っても、それが可能なのはそれが悠也であるからこその話だ。
ナハトを抱き締め様々な属性を合わせていく。
これぐらい合わせれば、可能だろうか。
「厳粛で破ることの出来ない夜」
「―――っ!?」
「……? 悠也が言っても元に……」
背後から聞こえたりょうの言葉はピタリと止まる。
大きな気配が動く所為でかき消されたとも言う。
力が一気に持っていかれる感覚。
だが、目を開ければ目の前には確かに人の姿を保ったナハトが座り込んでいた。
「………こ、これは?」
驚いたように悠也を見上げるナハトにニコリと微笑み返す。
「……上手く行ったみたいですね、どこかおかしい所は?」
「いや、特にないが……この気配!」
先を続ける前に、悠也が無言で口元に指を当てることで口止めさせた。
「な、何やったんだ……」
目を白黒させながら尋ねるりょうに答える前に、ナハトに向き直る。
「その前に、意外に疲れますから」
波長を合わせる事もそうだが、今ナハトに力を貸しているのだ。
もう少し慣れれば、色々とアレンジが効くかも知れないが……今はこれだけ解れば十分だろう。
「忙しくて何ですが元に戻しますね」
「………ああ」
許可を得てから、先ほど聞いたキーワードを唱える。
「『神聖なる夜』」
再び変身する時の力が流れる気配。
戻ってきた力を受け止めて、悠也は元のように調整し直す。
やっぱり普段が一番楽だ。
「お疲れさま」
「いや、そんなあっさりと……」
「あっさりとじゃありませんよ、少々難しかったですし」
そうは言うが、顔色の一つも変わっていないのでは信じがたい。
「少々って……」
何から質問するかと行った表情だったが、最初に出た言葉は。
「なんなんだ?」
考えた物の一番先に浮かんだのはその言葉と言った所か。
犬の姿に戻ったナハトを撫でてから、少しだけからかってみたくなった。
「俺は、ナハトさんと同じですから」
含みのある口調と表情。
「……それって」
口にくわえたタバコすら落としそうな気配に、ニコリと微笑んだ悠也がりょうの肩に手を置き囁きかける。
「ネタにしたり、他にもらしたら……安眠できないと思ってくださいね」
その微笑みが恐ろしい。
「――――っ!?」
声にならない悲鳴を上げてから悠也が離れるとフラフラと移動してソファーへと座り込む。
どうやら効果がありすぎたらしい。
「それじゃ、また」
「………おう」
しばらくはこれで遊べるかも知れないとりょうに解らないように苦笑しながら、悠也は家を後にした。
【終わり】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
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■ ライター通信 ■
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飼い主が脅えきってます(笑)
今頃言わないようにしないと、と必死で考えてる頃です、
例え表面上は平静を装ってても突けばすぐに笑える事になるでしょう。
戻す方法があるという質問にはありがたく思ってます。
ナハトを人に戻す設定の下りは書くチャンスがなかったので、
それに波長や属性を合わせ力を貸す事で戻せるという考えはおもしろい所に目を付けたなと、
普段はりょうとナハトの間だけで力のやりとりをしている訳ですが、
能力と関連性という切っ掛けが合っての事なので、それを補う能力がある悠也君なら可能でしょう。
それでは犬と飼い主を構ってくださってありがとうございました。
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