■駅前マンションの怪〜異界編■
日向葵 |
【2209】【冠城・琉人】【神父(悪魔狩り)】 |
マンションのある場所を通りがかった時だった。
貴方は、おかしな気配を感じて足を止めた。
ぱっと見には、なにも妙なところはない。
だが確かに、それは存在していた。
この世界とは違う場所への接点。
それがどこに通じているのかは知らないが・・・・・。だが、このまま放っておけるようなものでもない。
自分のようにこの存在に気付いて避けたり、もしくは自分から入って行くのならともかく。
誰かがまったく気づかないままに入りこんでしまったりしたら大変だ。
歪みを封印しようとして――。
あるいは、どうすれば歪みを消せるのかわらなくて――。
あるいは、結局誰が巻き込まれようと自分には関係ないのだからと歩き去ろうとして――。
その時。
突然に歪みが増大した。
視界が光に包まれる。
そして、
光が途絶え視界が戻ってきた時。
貴方が居たのは――
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駅前マンションの怪〜異界編・植物の世界
外が光った。
見慣れた――というほどではないが、見たことのある光だ。
「……またですか」
またと言っても二回目だが、前回の出来事から半年弱。短いんだか長いんだか微妙な感じだが、普通そもそも異界への扉なんてもの自体が珍しいことを考えると……たった半年で二度も異界への扉が開いた駅前マンションは、やっぱり異常なんだろう。
「さて、今回はどんな世界なんでしょうね」
経験者の余裕からか、冠城琉人はのんびりと言って管理人室に向かう準備をした。
と。
外に出た瞬間。
「おおおおおおっ!」
琉人はその光景に目を奪われた。
右も左も床も全部緑。植物だらけ!
なにか、新しいお茶にできそうな植物があるかもしれない!
琉人はきらきらと期待に満ちた瞳で辺りを見まわした。うぞうぞと微妙に動く――明らかに風ではない――植物の茎や蔦。その先っちょについている様々な種類の葉っぱ。
お茶の使者・琉人がこれに目をつけないわけがない。
「これもなんだか美味しそうですねえ」
いくつかの葉っぱに目をつけて、採取しようとしたその時。
うにょっと蔓が動いた。どうやら、葉っぱを取られるのを阻止したいらしい。
「ふっ……この程度の妨害で私を阻止できると思っているのですか?」
この時点で、琉人の頭にはほぼお茶のことしかない。
迫り来る植物の蔦を拳闘の動きでかわし、神速の左ジャブで撃墜する。
そんな攻防がしばらく続いたのち……とうとう、琉人はチャンスを得た。植物の動きが少しだけだが鈍くなったのだ。
珍しいお茶を手にするのは今がチャンス!
さっと手を伸ばした琉人は見事なタイミングで美味しそうな葉っぱを数枚入手した。
当初は追いかけてくるだろうと思っていたのだが、どうも、取られたあとは諦めるつもりらしい。たんにもう動けないだけかもしれないが。
「もう何枚か、取れますかね」
まだまだ、珍しい葉っぱはたくさんあるのだ。お茶の使者としては是非にも、この全種類をお茶として試してみたい。いや、もちろんその前に毒の有無は確認するが。
こうして――琉人は両手いっぱいに妖しげ葉っぱを抱えて、管理人室を訪れた。
「おや、見ない顔だね。大変だったろう、上がって行きなさい」
チャイムの音から数秒の間もおかずに扉を開けた老人は、おだやかに微笑んで不破恭華を迎え入れた。
「え? あの?」
まるで旧知の仲であるように招かれて、恭華のほうが混乱してしまう。
「ああ、自己紹介がまだだったね。私はここの大家をしている者だ」
「……あ、私は――」
正確には向こうは名乗っていないのだが、雰囲気におされてつい、名乗ろうとした――ところ、老人はあっさりとそれを遮った。
「いや、あとでいい」
ゆったりと、部屋の中へと歩きながら、言葉を続ける。
「全員揃ってからの方が二度手間にならない」
「全員?」
他にも人がいるのだろうか?
そりゃあ、恭華が巻き込まれたのと同じように巻き込まれている者が他にいたってまったくおかしくはない。だが、彼らがここに来るとは限らないではないか。
だが老人はそんなことはまったく気にしていない様子でお茶の準備を始めてしまった。
湯のみの数は八つであった――と。茶葉がない。急須も湯のみも茶菓子も準備しているのに、何故か。
「さて、そろそろかな」
ひょいと立ちあがった老人は、またゆったりと玄関に向かって歩き出し、ちょうど玄関ドアについた頃、ピンポーンっとチャイムが鳴った。
「やあ、いらっしゃい」
扉の向こうにいたのは両手にいっぱいの葉っぱを抱えた冠城琉人。と、その一歩後ろに天薙撫子。ちょうど管理人室の前で一緒になったのだそうだ。
「こんにちわ」
撫子は名前の通り、大和撫子という言葉がぴたりとはまる着物姿で会釈した。
「こんにちわ、良く来たね。まあとにかく、上がって行きなさい」
「どうもこんにちわ。すみませんが、台所をお借りしてもよいですか?」
さっき摘んできたばかりのこの世界産の謎の葉っぱを早くお茶にして飲んでみたい琉人は、手早く挨拶をすませるて老人の許可を得ると、さっと台所の方へと向かって行った。
さて、その二人に遅れること数分。次にやって来たのはシュライン・エマと真柴尚道の二人であった。やはり外で偶然一緒になったと言う二人は、老人の勧めに従って卓を囲む。
「あと二人、だな」
「そろそろでしょうか」
老人の言葉に、すでにネクロマンシーで周囲の調査を始めていた琉人が頷いた。
そして五分後に崎咲美里が、さらにその四分後に城ヶ崎由代が到着した。
それぞれにざっと自己紹介をして、それから、口を開いたのは大家の老人であった。
「さて。何が聞きたい?」
これは主に異界初体験の里美、由代、恭華に向けられていた。残る四名は実は以前にも異界へ飛ばされた経験がある。二度目ともなれば落ちついたもので――すでに帰る方法も知っているし――のんびりお茶などすすっている。
「ここは、いったいどうなってるんですか?」
新聞記者らしい落ちついた聞き方で問うた里美に、老人は楽しげに笑ってみせた。
「ここは空間が微妙に歪んでいてな……異なる世界との扉薄いんだ。それでも、普段はぴったりと閉じてるから気付く者は少ない。他の気配も多いからまぎれてしまうしな。そういった扉――歪みと呼ぶ者もいるが――は、気紛れに現われては開くものだから、いつどこに開くかという予測は難しいんだよ。気付いた者は自主的に動いて扉を封印したりしてくれているが、間に合わないことも多い……今回みたいにな」
「帰る方法はないのですか?」
由代の問いに答えたのは、老人は以前と同じ――もちろん今回初体験の三人は知らないが、残り四人……以前にも異界に飛ばされたことのある者はまったく聞き覚えのある台詞で答えた。
「世界を決定するのは、扉が開いた時、一番最初にこの世界を訪れた者だ。誰かの意思や性質に影響されて、この世界は曖昧なものから確固たるものへと変質していく」
「その意思を壊せば……世界は曖昧なものへと戻る――元の世界に戻れるということ、ですか?」
恭華が尋ねると、老人はうむと鷹揚に頷いた。
「さて、こっちは出掛ける準備、できたわよ」
髪をまとめ、老人から借りうけた救急セットを手に、シュラインが全員を見まわした。
「俺はもともと準備らしい準備はないし」
「すみませんが、葉っぱの保管をお願いできますか?」
「説得を聞いてくれる相手ならいいのですけどね」
微妙に緊張感に欠けた様子で、それぞれ立ちあがる。
四人に少し遅れて、今回異界初体験の残る三人も立ちあがった。
目指すは世界の中心地である。
「なにか、動く影を見たのよ」
繁る緑の中を歩きながら、シュラインがそんなことを呟いた。
「生き物がいるということでしょうか?」
「世界の意思が動いてたら面倒だな……」
撫子の推測に、尚道が軽く息をついた。
「確かに……」
由代が、尚道に同意してぐるりと周囲に目をやった。
右も左も前も後ろもどこまでも植物だらけ。視界が悪いったらありゃしない。
「あれ?」
先見の力で何かわからないかと意識を凝らしていた里美が、ふいに、声をあげた。
「どうしたんですか?」
「あそこ」
里美が指差した先。少し開けた場所になっているが……何も、いない。
少なくとも、今は。
「あと十分。ここで待ってみてください」
「どういうこと?」
恭華の問いに、里美は言葉を選び選び説明する。
自分に予知能力があること。何か手掛かりがないかと少し先の時間を見ていたところ、あそこに、獣らしき姿が見えたということ。
「よし、じゃあこっそりどっかに隠れるか」
「そうだな。野生の獣というのは警戒心が強い」
尚道と由代が頷き合い、残る面子もそれの意見に頷いた。幸い、隠れる場所はいくらでもある。里美の能力のおかげで獣がどちらの方角から来るかもわかっていたから、隠れるのはそう難しいことではなかった。
そして待つこときっかり十分。
草葉の影から姿を現わしたのは、小さなドラゴンであった。
ぴゃあぴゃあと鳴く姿は可愛らしく、危険な獣には見えない。それでも一応用心してゆっくりと、警戒心を抱かせないように様子を見る――と。
「ぴーーっ!」
ドラゴンが、こっちを見た。
「すぐに気づかれてしまいましたね」
逃げる様子のないドラゴンに、隠れる必要もないと判断したのか、撫子は苦笑しながらも姿を現わす。
「でも、なんだ、こいつ……?」
ぴぃっと一声鳴いたドラゴンは、くるりと一行に背を向ける。そして数歩歩いたところでちらとこちらを見、また少し進む。
「ついてこい……ってことか」
おそらくそれが正解だろう。由代の言葉に頷き、一行はドラゴンを追って緑の奥へと入って行った。
一行が連れられてやってきたのは、森の奥の開けた場所。そこには、大きなドラゴンが一体、鎖に絡まってがんじがらめになっていた。
「酷い……」
思わず。撫子がそう呟く。
「これは……どちらが原因なのかしらね」
ドラゴンを助けたい――瞳はそう語りつつも、表面上は冷静に、シュラインは呟く。
「……おそらく、鎖のほうだと思う。いや、力の気配はドラゴンの方にあるんだが……」
魔術に長けた由代は、気配でそれを感じ取った。
「鎖のせいでこんなふうになったってことか」
恭華が張り切って小太刀を取り出した。――と、その時。
周囲の蔦が突然動き出して、恭華の足首を絡めとってそのまま宙へと持ち上げた。
「ちぃっ!」
慌てて尚道が蔦に向かって駆け出した。尚道が蔦に触れた瞬間――なにせ蔦はどう頑張っても地面から生えているから、触れるのはたいして難しくなかったのだ――蔦が、ぼろぼろと崩れていく。
「ありがとう、助かった」
「……刀に怯えたみたいですね」
すでにすっかり落ちついている蔦と、そしてドラゴンの様子を確認しつつ、琉人が告げた。
「怖がらなくて大丈夫だよ」
ドラゴンに近づいていった里美はにっこりと笑って、治癒の力を解放する。鎖によって傷ついたらしいドラゴンの怪我が、ふっと癒えていく。
「さて、それじゃ改めてっと」
「ええ。鎖を破壊しましょう」
尚道と撫子がそう言い合って、そして。
ドラゴンが大人しくしてさえいれば、鎖を破壊するのは簡単なことだった――そして。
世界が消える瞬間。
一行は、ドラゴンの正体を見た。
それは――コンクリートに囲われ、好きに根を伸ばすことのできない街路樹、であったのだ。小さなドラゴンは、その根元にひっそりと咲く、小さな雑草。
扉が開き、視界が光に染まる。
「戻ってこれたみたいね」
いつも通りの様相に戻ったマンションを見て、シュラインがほっと息をつく。
「ああ、そうだ、冠城さん。せっかくだしあの葉っぱ、少しもらえないかね?」
「ええ、構いませんよ」
すでにすっかり世間話に入った琉人と大家の老人はさっさと下に降りて行ってしまった。
残された面子はしばらく顔を見合わせて、誰ともなく歩き出した。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
2209|冠城流人 |男|84|神父(悪魔狩り)
0328|天薙撫子 |女|18|大学生(巫女)
2158|真柴尚道 |男|21|フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)
2839|城ヶ崎由代|男|42|魔術師
2836|崎咲・里美|女|19|敏腕新聞記者
0086|シュライン・エマ|女|27|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2983|不破・恭華|女|18|大学生
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ライター通信
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こんにちわ、日向 葵です。
ギリギリですね、ごめんなさい……(滝汗)
今回は原因を推理してくださった方がいらして、楽しかったです。
せっかくなので今回は、皆様の意見を元に(笑)意思の正体を決定しました。
楽しませていただきました、お茶の使者!(笑)
とにかくお茶を出すことを頑張ってみました。
今度、琉人さんに分けていただいた謎の葉のお茶でお茶会でも開きたい気分です。
それでは、またお会いする機会があることを祈りつつ……。
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