■アトランティック・ブルー #1■
穂積杜 |
【1847】【雨柳・凪砂】【好事家(自称)】 |
東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
手頃な値段で気軽に豪華客船気分を味わえる船をというコンセプトをもとに設計されたその船が、今、処女航海に出る。
旅行会社による格安パックツアーの客もいれば、四国や九州といった目的地に向かうついでに噂の客船に乗ってみたという客もいるし、船上で行われるライヴが目的の客もいる。それぞれ目的は違えど、乗船困難気味だったこの船に運良く乗船できた乗客たちの表情は希望と期待に満ちていた。
楽しい旅路になる……はずだった。
明るい表情をしている者たちが多いなかで、それ以外の表情を浮かべていれば、自然とそれに目が行くもの。
やたらと周囲を気にしている眼鏡の青年。
憂いをたたえた瞳でひとり海を眺める少年。
大きなぬいぐるみを抱き、通路に佇む幼い娘。
見るからに胡散臭そうなサングラスにスーツの男たち。
華やかな雰囲気を漂わせながらも時折、視線を鋭くする女。
難しい顔で何もない空間を見つめてはため息をつく少女。
あまり一般的とは言いがたい雰囲気に、つい彼らを見つめてしまったが。
「どうかしましたか、お客様?」
乗務員にそう声をかけられ、なんでもないと軽く横に手を振る。
何かが起こりそうな気配を感じつつ、動く豪華ホテル、アトランティック・ブルー号へと足を踏み入れた。
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アトランティック・ブルー #1
確かに、どうにか乗船券が手に入りませんか……と頼んだかもしれないけれど。
「お客様、荷物はこちらに置いてもよろしいですか?」
とんと旅行カバンを置いた客室係の声にはっとする。
「あ、はい、そこに……えっと、あの……」
荷物を部屋まで運んでもらったのだから、やはりチップを渡すべきだろうか、だとしたら、妥当な額はどの程度なのか。自分の荷物は自分で運ぶつもりであったから、チップの用意などしていない。
「はい?」
荷物を運んだ客室係の青年はにこやかに言葉を待っている。
「ありがとうございます」
それで、チップは……と小さく言葉を続けようとする前に、青年は口を開いた。
「恐れ入ります。あと少しで出航です。セレモニーがありますから、お時間があるようでしたら、デッキへどうぞ。それでは」
何かありましたら遠慮なくどうぞと丁寧に頭を下げ、青年は部屋を出て行った。結局、チップは渡すことができなかった。小さくため息をついたあと、思い出したように部屋のなかを見回す。
無駄に、広い。
そして、豪華絢爛という言葉が似合う内装。骨董的価値がありそうな調度品、かと思えば、最新設備と思われる薄型テレビを始めとするホームシアターが楽しめたりと、古風と最先端が見事に融合したような空間が広がる。
もう一度、ため息をついたあと、二つほどある扉を開けてみる。片方は洋式のトイレ。もう片方は大きな鏡の洗面台、そして、薄い青を基調としたこれまた広い浴室。ゆったりと横になれそうな浴槽には、もちろん、ジャグジー機能つき。入浴剤を見る限りでは、泡風呂も楽しめそうだ。浴槽の近くにあるパネルはなんだろうと触れてみると浴室の灯が消えた。代わりに浴槽のなかに淡い青色の灯が点灯、緩やかにその色を変えていく。浴槽に水をはり、その下から淡い光で照らしたならば、幻想的な空間を楽しめそうに思えた。
灯を消し、浴室をあとにする。部屋へと戻り、もう一度、見回してみた。
「確かに、チケット、どうにかなりませんかって言ったけど……」
苦笑いを浮かべ、呟く。両親が関与していた企業から働きかけてもらったおかげで乗船券が手に入ったとはいえ、特等室をとってくれと頼んだつもりはなかった。これも両親の威光の名残なのか……特等室であることを嬉しく思い、喜ぶこともできるのだが、どうにもこの部屋は豪華すぎて落ちつかない。自分ひとりに対し、空間が広すぎる。これならば、家に残った同居人が一緒に来ても問題はなかったかもしれない……が、同居人の場合、ここまで来る方法が問題だ。……同居人はやや目立つ姿をしているから。
そう、同居人。考えてみれば、ひとりで家に残っているわけで……多少、不安がないわけではない。なるべく連絡を取るように心掛けることにした。
不意に汽笛の音が響く。
そういえば、出航のセレモニーがあると言っていたっけ。
青年が運んでくれたカバンからカメラと取材に必要な筆記用具類を取り出す。
さあ、取材開始。
……スポンサーなし、掲載予定なしの、所謂、自腹自発取材だったりするけど。
凪砂は少しの苦笑いを浮かべたあと、部屋をあとにした。
船上の人数もすごいことになっているが、見送る人数もまたすごいことになっている。船を見送る場合、よくカラフルなテープを投げたりするものなのだが……それは、全面的になかった。かわりに、空砲があがり、どこぞかの楽団による生演奏が始まる。
そして、たくさんの白い何かが一斉に飛び立った。
「……鳩?」
青い空に飛び立つ白いそれは、鳩だった。これは是非、写真に収めなければとカメラを構え、何度かシャッターを切る。楽団の演奏も押さえておきたい。カメラのレンズを向け、シャッターを切った。凄まじい数の見送りの人間……いや、これはもしかしたら見送りではなくて、ただこの船を見てみたいと思っただけの人たちかもしれないが……とりあえず、これらも収めておくことにして……もちろん、見送られる乗客も。
ファインダー越しに適当な乗客を探す。誰であれ乗客の表情は、明るく、輝かしい。旅立ちの希望に溢れていると思った。今の自分もあんなふうな明るく、輝かしい表情を浮かべているのだろうか……と、白を基調とした制服に身を包んだ客室乗務員の男と言葉を交わしている青年が目についた。その表情は明るくはない。何か困ったことでもあったような顔をしている。
……もう、トラブル発生?
これだけの人がいるのであれば、問題が起こることは必至。どれだけ準備、予防線を張っておいてたとしても問題皆無では終わらないだろうとは思う。だが、まだ出航段階。問題が起こるには早すぎる。
何を話しているのかまでは、わからない。周囲の喧騒に声は消されてしまう。とりあえず、そんな光景に一枚。理由は、困った顔をしている青年が、ちょっといい男だったから。すごくいい男ではなく、あくまで、ちょっといい男。
青年と客室乗務員はその場から去った。問題を解決するためにどこかへ向かったのかもしれない。それを見送ったあと、楽しそうな乗客を選び、シャッターを切った。掲載予定があれば、写した相手に承諾を得に行くところだが、生憎とその予定はない。自分個人の思い出のアルバムにひっそりしまいこまれる可能性が高いから、承諾を得に行くことはしなかった。
汽笛が再び、鳴る。
船が動きだした。港が、見送る人々が少しずつ遠くなり、演奏が遠くなる。だが、動いていても、揺れはほとんど感じられなかった。船の上にいるとようには思えない。これが巨大な船というものなのかと感心したあと、目の近くに手を添え、その青さが眩しい空を見あげる。
こうして、人々と演奏に見送られ、潮風とカモメを供としてアトランティック・ブルー号は処女航海へと旅立った……と、記事の出だしはこんな感じでいいかな? 凪砂は手帳を取り出すと、さらさらとそう書きこむ。
そして、私の旅も始まった……ぱたんと手帳を閉じる。取材だけではなく、プライベートも充実させなくちゃね……というか、半分以上道楽みたいなものだから、気をつけなくてもプライベートの方が充実しちゃいそうだけど。
凪砂は苦笑いを浮かべたあと、小さくはぁとため息をついた。
まずは、最も偉い人……という言い方もなんではあるが、この船において最も権限と責任を持つ男……つまり、船長に取材を申し込んでみることにした。この船についていろいろと話を聞きたいところだが、おそらく忙しいはず。だから、一言だけでもコメントをということで頼み込んでみることにした。少々、卑怯かもとは思いつつ、乗船券を手配してくれた企業の名を借りて。
だが、頼むまでもなかった。
一旦、部屋に戻って来ると、扉が叩かれた。誰だろうと開けてみると、がっしりとした体型のどこか風格を感じさせる中年の男とスーツ姿の二十代後半と思われる青年が立っていた。中年の男は身を包んでいる制服から、この船の関係者だとすぐにわかったが、客室係にしては、威厳がありすぎる。戸惑い、言葉を口にできずにいると、相手から頭を下げてきた。
「こんにちは。お忙しいところを申し訳ありません。私はこの船の出資元であるセントラル・オーシャンの都築と申します。こちらは、富永」
船長ですと都築と名乗った青年は付け足した。自分から出向くことなく、相手から出向いてきた。これも特等室である特典なのかもしれない。
「こ、こんにちは……あの、わざわざ、すみません……」
いきなり訪れるとは思っていないから、心の準備ができてはいない。戸惑いながらそんな言葉を口にすると、都築と富永は顔を見あわせ、少し笑った。
「いえいえ、突然に訪れて驚かせてしまったようで。とりあえずのご挨拶ですので、今はこのまま去らせていただきますが、何かありましたら遠慮なくご相談ください。インフォメーションに連絡をいただければ、すぐに参りますので」
それでは失礼しますと都築と富永は頭を下げる。……いけない、このまま去られてしまっては。折角の機会を逃すことはない。
「あ、あの……!」
「……はい?」
「私、今回、取材で……自発的取材ですけど……あ、いえ、それで、船の構造とかいろいろと話を聞けたらと思いまして……それから、船内の撮影許可をいただけたら、と」
「お客様のお名前は、雨柳凪砂さまで間違いございませんよね?」
問われ、小さくはいと答え、頷く。それを受け、都築は大きく頷いた。
「では、そのお名前で、取材許可を通達しておきますので。船内の撮影も自由にどうぞ。但し、申し訳ありませんが、立入禁止区域、スタッフオンリーとあります場所へのおひとりでの立ち入り、撮影はご遠慮ください」
「ひとりということは……」
「ええ。ご希望とあれば、スタッフ付き添いでの見学も可能です。……いつもお世話になっておりますから」
……やはり、これも企業のおかげというか、親の威光というか。とにかく、感謝しておいた。
「ありがとうございます……!」
「この船に関することは、私や富永が取材を受けるべきだとは思いますが、やるべきことがいくつか残っている段階でありまして……」
「あ、ええ、ご挨拶の途中なんですよね。それは……時間があるときにでも……」
「そう言っていただけるとありがたいですよ。これから、取材敢行ですか?」
富永が穏やかに訊ねてくる。そのつもりなのでこくりと頷いた。
「それでは、船内を案内させましょう。……そこの君。そう、そこで壁を磨いている君のことだよ」
富永は廊下に声をかける。ふと廊下を覗き込むと言葉のとおり、背を向けて壁を磨いていると思われる行動をとっている背が見えた。声をかけられ、手を止める。俯き加減に歩いて来ると、富永から少し離れた場所で足を止めた。
「清掃はいいから、船内の案内を頼みたい」
「はい……」
緊張しているのか、顔をあげずに答える。その態度に不審を覚え、この人に案内してもらって大丈夫なのかと少し不安になる。
「では、参りましょうか……」
「え、ええ……」
本当に平気なのかしらと思いながらも答える。部屋を出て、案内係に任命された乗務員に続こうとすると、富永が声をかけた。
「待ちたまえ」
その声にびくりとしながらも、乗務員は足を止める。
「……粗相のないようにな。それと、もうひとつ上の制服に変えてもらいなさい」
「……はい」
声がどこかほっとしたように聞こえたのは、何故なのか。かなり緊張しているように見えるから……この人はよほど小心者なのか、あるいは。
歩きだした乗務員に続き、赤い絨毯が敷かれている廊下を歩き始める。角を曲がったところで、不意に足を止められ、急には止まれずにその背中に衝突する。小さく悲鳴をあげると、背中が振り向いた。
「止まるときは止まると言ってもらえると助かります……」
ちょっと鼻が痛いかもと軽くさすりながら凪砂は言った。
「ごめん。ああ……緊張した。それで? 案内だっけ?」
「え、ええ……?」
なんだろう、この人は。その態度は接客の教育を受けた者のそれとは思えない。それに、振り向いたその顔には……どこか見覚えがあるような。
「なに? 俺の顔に何かついてる?」
「あ、いえ、そうじゃない……です……」
凪砂はまじまじと目の前の青年を見つめた。まず、その制服のはちきれそうなボタンがなんとも言えない。富永が言うとおり、とりあえず制服のサイズをひとつ上にした方がいいと思われる。間違いなく知らない相手だが、やはりその顔にはなんとなく見覚えのようなものを感じる。よくある顔……というふうにも思えない。
「で、船内の案内なんだよな。べつに、子供じゃないんだから、ひとりでまわれるだろう?」
「……」
べつに案内してくれと頼んだのは自分ではないし、それは富永の気遣いだった。なのに、相手はそんなことを言ってくる。驚き、言葉が出てこない。しきりに瞬きをすることしかできなかった。
「そうだな……じゃあ、これ。これをやるから。これさえあれば、船内で迷子になったりはしないだろう」
そう言って差し出されたものは、アトランティック・ブルー号のパンフレットだった。船内案内図が記載されているから、確かにこれを見て歩けば迷うことはない。だが、そんなものは部屋にもあれば、そこかしこにもどうぞとばかりに置かれている。
「じゃあな」
「……」
すたすたと去って行く背中を見つめる。と、行きかけて、青年は戻ってきた。
「ごめんな。やることさえなければ、案内できたんだけど……ひとつ、貸しにしておいてくれよな……」
そう言って罰が悪そうに笑い、髪をかく。それから、背を向け、今度こそ振り向かずに去って行った。
「……変な人」
なんだか素行が怪しいし。でも、悪い人でもないみたい。凪砂は小さく息をつくと手渡されたパンフレットを広げてみた。ふわりと何かが床へと舞い落ちる。……紙だ。拾い、手に取ってみる。
「アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号の姉妹船として誕生し、国外級の規模を誇りながらも、処女航海は国内に決定。設計はおろか、構成部品、内装から皿やフォークといった備品に至るまで、姉妹船であるパシフィック・ブルー号とまったく同じである……なにこれ?」
メモだった。下手ではないが、上手くもない文字でそう書いてある。さらに続きがあった。
「記念すべき航海にも関わらず、セントラル・オーシャン社の上層部および上層部の血族は揃ってキャンセル、乗船せず……」
これは……このメモの内容は、いったいどういうことなのだろう。凪砂はメモを手に、しばらくその場に佇んでいた。が、そうしていても始まらない。こうしている間にも時間は過ぎていく。メモの内容は気になるが、事実かどうかもまだわからない。……確かめてみる価値は十分にあるとは思うが。
メモは手帳に挟んでおくことにして、パンフレットを改めて眺める。これを見れば、船の構造もなんとなくは、わかる。重量は118000トン。最大乗客は約3000人。全長は約300メートル。幅は約45メートル。水面からの高さは約55メートル。数字だけ見ても、なんだか想像が難しい。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分の特等室ということになるが、特等室の数はほんの僅かしかない。改めて親の威光……以下略……というのは冗談にしても、すごいなと思う。凪砂は感動にも似た思いを抱きながら、廊下を歩きだした。それなりの余裕を持たせて作っているせいか、窮屈な印象は受けない。揺れることもないから、ごく自然にホテルにいるような気持ちにもなる。
船の施設に関しては、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミングなどというものまである。今の自分には縁がないが、ウェディングチャペルも気になるところだ。……船上結婚式、案外といいかもしれない。
食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているため、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料という扱いになっている。……食いしん坊さんにはたまらく魅力的かもね。
取材をしたい場所も、個人的に楽しみたい場所も多く、乗客の話も聞きたい。どこから手をつけようかと迷ってしまう。それに……歩くと見えてきた青い海。あの陽光にきらめく青い水面が夕陽の色に染まる場面も押さえておきたい。
「はぁ……」
何から始めよう。パンフレットを胸に抱き、凪砂は嬉しいため息をついた。
夜は夜でライトアップされるらしいけれど、やはり定番ともいえる陽光の下でプールを楽しまなくては。
まずはプライベートを充実させることにし、屋内プールへと足を運ぶ。屋外にもプールがあるという話だが、今回は季節的な関係で使用不可。それが少し残念といえば残念だが、仕方がない。用意してきた水着に着替え、屋内プールを見回した瞬間に、その残念な気持ちも消えた。光を多く採り入れているそこは、屋外とさして変わらない。出航からそれほど時間が過ぎてはいないせいか、利用客はまばらで、利用する方としては理想的な状態といえた。
いくつかあるプールは、波のあるプールであったり、流れるプールであったりとひとつひとつ特徴が違う。そのうちのひとつ、なんでもない、特にこれといった特徴がない、極めて一般的なプールに近づき、そっと足先を水面につけてみる。
心地よい冷たさ。
ゆっくりと足から腰、腰から胸へと水に浸かっていく。温水であるため、冷たすぎるということはない。
「気持ちいい……」
まずは水のなかを歩いてみる。自分が動くたび、腕や足を動かすたびに、複雑な波紋が広がっていく。そのまま水面に顔をつけ、プールの端まで泳いでみる。うん、調子はいい。さらに、ターンをして泳いだあと、貸し出し中の大きな浮輪を手に取り、波のあるプールへと行ってみる。浮輪の上にちょんと座り、心地よく揺られてみたり、流れるプールで流しそうめんの如く、流されてみたり……少し疲れを感じたら、プールサイドでトロピカルなジュースを片手にちょっと休憩。さらに気だるくなったら、ゆったりとした椅子の背を大きく倒して横になり、少しだけお昼寝。
そう、少しだけ……少しだけ、ね……。
ふと、目を覚ます。
プールを照らしだす光は、夕陽の色。
「え?!」
はっとして身体を起こす。光を採り入れる大きな窓の外は、すっかり夕刻の気配。少し眠るつもりが、すっかり寝入ってしまったらしく、気づけば夕刻。
慌てて飛び起き、水着から着替える。あたふたと支度を整えたあと、デッキへと飛び出した。
絶好のポイントを探し……シャッターを切る。これで一日目の夕陽はOK。夕陽の色に染まる海と空を押さえたあとは、対比となる人物を探してみる。誰かいいモデルさんはいないかなと周囲を見回し……見つけた。ひとり夕陽の海を少し憂鬱そうにも思える表情で見つめる学生服の少年。
ファインダーから覗いても、やはり『絵』になる構図だ。題して『黄昏の少年』。シャッターを切ったあと、はっとした。あのどこか見覚えのあるきつそうな制服の青年は、出航セレモニーのときのあの人だ。あのとき、困ったような顔をしていた人……もちろん、制服を身につけてなどいなかった。
「……」
やたらときつそうな制服……つまり、それというのは……そういうこと? それに、やらなくてはいけないことがあると言っていたことや、あのメモの内容……。
「撮りましょうか?」
不意にそんな声がした。はっとすると目の前に『黄昏の少年』がいる。憂いを帯びていることはなく、穏やかな、にこやかともいえる表情を浮かべていた。
「え? あ、ええ……」
カメラを手にしていたからそんなことを問われたのかもしれない。それに、考えごとをしていた自分は少年の方を見つめていたらしいから。
「では、撮ります。……撮りました」
定番の『チーズ』という言葉はなかった。気づくとシャッターが切られている。微笑んだつもりだが、あれでは写り具合はどうなのやら。最悪、目を閉じている可能性もなきにしもあらず。
「ありがとうございます。学生さん……ですよね。修学旅行か何かなんですか?」
もしくは、春の遠足か……しかし、遠足にしては遠出すぎるような気がしなくもない。確か、東京から出航し、四国まで寄港はしないはずだ。それに、少年の制服は傷んだところが見られず、まだ、新しい。着古したという感がない。
「いえ、そういうわけでは。それに、僕は……まだ、今年、中学に入学したばかりで」
なるほど、制服が綺麗なわけだと凪砂は妙な納得をしながら頷いた。
「この船がプリンセス・ブルーと同じ航路を辿ると聞いて、どうしても……」
少年はそう言いながら夕陽の水面を見つめる。その眼差しはどこか寂しげで憂いを感じさせた。
プリンセス・ブルー。
さっきのメモにあったものは、パシフィック・ブルー。そして、この船はアトランティック・ブルー。
「???」
「……叔父が呼んでいるので、失礼します」
少年は頭を下げ、去る。それを見送り、小さくため息をつく。なんだか気になることが多いけれど……夕陽が沈みゆくなか、空は紅から藤色、藍色へと鮮やかな色を見せている。輝く星は、一番星、金星か。
素直にそれを美しいと受け取り、カメラを構えかける……が、その手をおろした。今、この光景は少しずつ変化している。この光景だけは、写真ではなく……自分の心に焼き付けておこう。
凪砂はデッキに佇み、沈みゆく夕陽を見つめ続けた。
−完−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1847/雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)/女/24歳/好事家】
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■ ライター通信 ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、雨柳さま。
船内取材ということで、オープニングの六人には関わらないと受けまして、七番目の存在がちらほらと……。次回も参加していただける場合、船長への取材および都築同行で船内施設見学も実現しますので。特に聞きたいことや気になる場所があれば、どうぞ。
今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)
願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。
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