■アトランティック・ブルー #1■
穂積杜 |
【2863】【蒼王・翼】【F1レーサー 闇の皇女】 |
東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
手頃な値段で気軽に豪華客船気分を味わえる船をというコンセプトをもとに設計されたその船が、今、処女航海に出る。
旅行会社による格安パックツアーの客もいれば、四国や九州といった目的地に向かうついでに噂の客船に乗ってみたという客もいるし、船上で行われるライヴが目的の客もいる。それぞれ目的は違えど、乗船困難気味だったこの船に運良く乗船できた乗客たちの表情は希望と期待に満ちていた。
楽しい旅路になる……はずだった。
明るい表情をしている者たちが多いなかで、それ以外の表情を浮かべていれば、自然とそれに目が行くもの。
やたらと周囲を気にしている眼鏡の青年。
憂いをたたえた瞳でひとり海を眺める少年。
大きなぬいぐるみを抱き、通路に佇む幼い娘。
見るからに胡散臭そうなサングラスにスーツの男たち。
華やかな雰囲気を漂わせながらも時折、視線を鋭くする女。
難しい顔で何もない空間を見つめてはため息をつく少女。
あまり一般的とは言いがたい雰囲気に、つい彼らを見つめてしまったが。
「どうかしましたか、お客様?」
乗務員にそう声をかけられ、なんでもないと軽く横に手を振る。
何かが起こりそうな気配を感じつつ、動く豪華ホテル、アトランティック・ブルー号へと足を踏み入れた。
|
アトランティック・ブルー #1
乗船券を取り出し、すっと受付嬢へと差し出す。
「アトランティック・ブルー号へようこそ。乗船手続きを行いますので、申し訳ありませんがこちらにお名前をお願いします」
白を基調とした制服に身を包んだ受付嬢は明るい笑顔で署名欄を示した。ペンを取り、裏はカーボン紙になっているそこにさらさらと自らの名前を記入する。
……蒼王翼、と。
「蒼王さま……でございますね。……」
そう言った受付嬢はそのまま手を止める。
「もしかして……あ、い、いいえ、申し訳ありません。特等客室でご予約を承っておりますが、間違いはございませんか?」
はっとしたものの、自分の立場、職務を思い出したのか、受付嬢は端末に何やら軽く入力を行う。そして、やや緊張した様子でそう問うてきた。
「ええ、それで」
特等客室、ひとり部屋。それに間違いはない。送られてきた招待状にはそうあったはずだ。深く頷く。
「それでは、こちらがルームキーのほか、お食事等、あらゆる施設を利用するにあたって必要となります、ブルーカードです」
受付嬢は名前を記入した紙の二枚目をぴりりと点線で切り、傍らにあったパンフレットに添え、最後に深い青色のカードをその上に乗せて差し出した。
「船内に設置されております端末に、こちらのカードを差し込みますことでお客さまの個人的な情報……お部屋の番号や、今後のご予定……船内のイベントといった情報が表示され、予約やその取り消しなども行うことができます。それでは、良い船旅を」
そんな明るい笑顔と声に見送られ、廊下を歩き、乗船ゲートへと向かう。……背中で、今のは、もしかして……絶対、あの蒼王翼だよという受付嬢の少し驚いたようなはしゃいだ声を聞きながら。
今回は特別に招待乗船券を受け取った招待客ということで、正体を隠すようにあまりに地味であるのもどうかと思われるし、だからといって自分の正体が露骨にわかってしまうというのも考えもので……そう、今のように騒がれてしまうから……どうしたものかと思ったが、ある特定の契約を交わしているマスコミ関係者しか乗船していないとのことで、まあそれほどに気にする必要はないかと特に変装をすることなく乗船するに至る。
だが、受付嬢には気づかれた。乗客のなかにも自分に気づく者がいると見ておいた方がいいかもしれない。その実力でF1では名が知れているし、それに特別な興味はなくとも、男装の麗人ということで違う方面から取りあげられることもある。そのせいか、実は、ファンのなかには若い女性が多いことも知っている。そして、そこからF1自体に興味を持ってくれたりということも……入口がどうであれ、自分自身がF1を世間に広めることに貢献しているということは嬉しい。
建物を抜け、現れた乗船ゲートと白い巨体……アトランティック・ブルー号。
空の青と船の白。
翼は眩しそうに客船を見あげ、目を細める。
周囲は騒然としていて、噂の豪華客船には乗船できなかったが、せめて見送ろう、歴史ある瞬間をカメラにおさめようという人々で溢れていた。一般人というよりもマスコミ関係者が多いのか、テレビカメラが何台も設置され、船や乗客の様子にレンズを向けている。が、自分が乗船ゲートに近づくと、そのレンズが一斉に自分の方へと向いた。
「蒼王翼だぞ!」
カメラのフラッシュには慣れているが、しかし、いきなりのそれに驚く。何より、たくさんの人がいるというのに、そのなかから自分を見つけ出すというマスコミ関係者のその才能に驚いた。
これは、半ば仕事のようなもの。招待状を受け取るに至った理由はいくつか考えられる。仕事上の付き合いを考慮というのももちろんあるだろうし、先方にもそれなりの打算というものがある。つまり、話題性やイメージアップへの貢献……無下にはできないので、爽やかな笑みを浮かべ、軽く手を振っておく。
閃光の祝福を受けたあと、船内へ。
特等客室は他の客室とは階層も違っていれば、待遇も違う。特等客室へ向かうとすぐに乗務員が抱えている荷物を運ばせて下さいと現れ、部屋まで案内してくれた。礼を述べ、妥当と思われるチップを渡す。客室係に対し、チップを渡すことは、もはやお約束。招待されていようが、それは関係がない。礼儀の問題だ。
「このあと、出航セレモニーが行われます。お時間があるようでしたら、デッキにてお楽しみください」
もちろん、こちらからでも楽しめますがと付け足し、客室係が去ったあと、室内を見回す。
豪華絢爛という言葉が似合う内装。骨董的価値がありそうな調度品、かと思えば、最新設備と思われる薄型テレビを始めとするホームシアターが楽しめたりと、古風と最先端が見事に融合したような空間が広がる。
こうやって部屋を眺めていると、ごく普通にホテルの一室にいる気分になる。ここが船内であるというふうには感じない。ただ、窓へと近づき、その眺めを見るならば、その限りではないのだが。
窓から離れ、二つほどある扉を開けてみる。片方は洋式のトイレ。もう片方は大きな鏡の洗面台、そして、薄い青を基調とした広い浴室。ゆったりと横になれそうな浴槽には、もちろん、ジャグジー機能つき。入浴剤を見る限りでは、泡風呂も楽しめそうだ。浴槽の近くにあるパネルに触れてみると浴室の灯が消えた。かわりに浴槽のなかに淡い青色の灯が点灯、緩やかにその色を変えていく。浴槽に水をはり、その下から淡い光で照らしたならば、幻想的な空間を楽しめそうに思えた。
灯を消し、浴室をあとにする。部屋へと戻り、テーブルの上に置かれたパンフレットを手に取る。
それにはアトランティック・ブルー号の概要、施設についてが記載されている。
重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつがこの特等客室ということになる。
船の主だった施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルもあるらしい。
食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料……ただ、例外として、アルコールの類だけは別料金。だが、これは……関係ないだろう。
汽笛が聞こえてきた。
そういえば、出航セレモニーがどうとか言っていたか……この部屋の窓から様子をちらりと覗き見る。なかなか盛大のようだ。どうせならデッキで眺めてみるかと翼は部屋をあとにした。
船上の人数もかなりのものだが、見送る人数もかなりのものだった。
船は汽笛、港は空砲を合図としてどこぞかの楽団による生演奏が始まる。その演奏のさなか、たくさんの白い鳩が一斉に飛び立った。
汽笛が再び、鳴る。
船が動きだした。港が、見送る人々が少しずつ遠くなり、演奏が遠くなる。揺れはほとんど感じられない。
出航したところで、船内の散策でもと歩きだす。そして、誰もが楽しそうな表情を浮かべている光景に不似合いな存在に気がついた。
難しい顔で何もない空間を見つめては、ため息をつく少女。
五感が鋭いがために、聞きたくない会話も聞こえてしまう……というのは、自分にとってはあまり喜ばしいことではないものの、こういう状況の場合は利点として活用できる。近づくことなく相手の様子を伺うことができるのだから。
なぜ、あんなにも難しい顔で、しかも何もない空間を見つめてはため息をつくのか。
それが気にかかり、それとなく少女の行動を見守る。
中学生か高校生か……おそらく、自分とさほど変わらない年齢だと思われる。どこか清廉な雰囲気を漂わせ、表情とその雰囲気のせいか近寄りがたいものを感じさせた。静と動でわけるとすれば、静という印象か。
「低級な輩が多いな……やはり、あれに引き寄せられているのか……」
そんな呟きを聞く。少女が見つめる空間には何もないのだが……よくよく見ると薄くもやのようなものがかかっているようにも見える。少女がすっと手を伸ばすと、もやが霧散した。
『そうでございましょうな。このままでは人に障りを起こしましょうぞ』
少女の周囲に人の姿はない。だが、少女の言葉に答えるような声がする。
「そうだな……だが、あれは、狡猾」
少女は呟き、深いため息をつく。
「そう簡単に見つけだせるとも思えない……」
視線を伏せ、憂鬱な表情で少女は続ける。
『これはまた随分と弱気ですな』
またも少女に答える声がするが、これはまたさっきの声とは別のもの。どうやら、少女の周囲には目に見えぬ二つの存在があるらしい。
「……私は……いや、なんでもない」
言いかけ、少女は口を噤む。そして、何かを吹っ切るように左右に首を振ったものの、そのまま俯き、動かない。
それを見守っているうちに、天井から少女の白い首筋に何かがゆっくりとおりてくることに気づいた。
あれは……?
それは、小さな蜘蛛だった。するすると音もなく首筋へとおりたとうとする蜘蛛に不穏なものを感じ、少女のもとへと向かう。そして、すっと取り出したハンカチで蜘蛛をなぎ払った。飛ばされた蜘蛛は床に転がり……それを靴の底で踏みつぶす。
「……?」
少女は一連の出来事には気づいた様子はないが、背後に立ったことで自分の存在に気がついた。顔をあげ、不思議そうに自分を見つめる。
「……失礼」
それだけ告げると歩きだす。少女の視線を感じていたが、振り向かずにその場から離れた。ある程度、距離を置いたあと、小さく息をつく。
あれは……あの蜘蛛はなんだったのか。
少女が口にしていた『あれ』とあの蜘蛛は関係があるのか。
……わからない。
だが、不穏な何かがこの船に乗り込んでいることは間違いなさそうだ。
行くところ、常に不穏な影あり……これも自らの運命か。
翼は諦めとも不敵とも思える笑みを浮かべる。
そして、身を翻し、デッキをあとにした。
−完−
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、蒼王さま。
イメージを崩していないことを祈るばかりです。少女には接触しないとありましたが、展開上、ちょこっと接触してしまいました。
今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(29日から窓を開ける予定でいます)
願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。
|