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■アトランティック・ブルー #1■

穂積杜
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 手頃な値段で気軽に豪華客船気分を味わえる船をというコンセプトをもとに設計されたその船が、今、処女航海に出る。
 旅行会社による格安パックツアーの客もいれば、四国や九州といった目的地に向かうついでに噂の客船に乗ってみたという客もいるし、船上で行われるライヴが目的の客もいる。それぞれ目的は違えど、乗船困難気味だったこの船に運良く乗船できた乗客たちの表情は希望と期待に満ちていた。
 
 楽しい旅路になる……はずだった。
 
 明るい表情をしている者たちが多いなかで、それ以外の表情を浮かべていれば、自然とそれに目が行くもの。
 
 やたらと周囲を気にしている眼鏡の青年。
 憂いをたたえた瞳でひとり海を眺める少年。
 大きなぬいぐるみを抱き、通路に佇む幼い娘。
 見るからに胡散臭そうなサングラスにスーツの男たち。
 華やかな雰囲気を漂わせながらも時折、視線を鋭くする女。
 難しい顔で何もない空間を見つめてはため息をつく少女。
 
 あまり一般的とは言いがたい雰囲気に、つい彼らを見つめてしまったが。
「どうかしましたか、お客様?」
 乗務員にそう声をかけられ、なんでもないと軽く横に手を振る。
 
 何かが起こりそうな気配を感じつつ、動く豪華ホテル、アトランティック・ブルー号へと足を踏み入れた。

 アトランティック・ブルー #1
 
 乗船券を取り出し、そっと受付嬢へと差し出す。
「アトランティック・ブルー号へようこそ。乗船手続きを行いますので、申し訳ありませんがこちらにお名前をお願いします」
 白を基調とした制服に身を包んだ受付嬢は明るい笑顔で署名欄を示した。ペンを取り、裏はカーボン紙になっているそこにさらさらと自らの名前を記入する。
 ……鹿沼・デルフェス、と。
「鹿沼さま……でございますね。……一等客室でご予約を承っておりますが、間違いはございませんか?」
 端末に何やら軽く入力を行った受付嬢は相変わらずの明るい笑顔でそう問うてきた。
「はい」
 一等客室、ひとり部屋。それに間違いはない。穏やかな笑みを浮かべ、頷く。
「それでは、こちらがルームキーのほか、お食事等、あらゆる施設を利用するにあたって必要となります、ブルーカードです」
 受付嬢は名前を記入した紙の二枚目をぴりりと点線で切り、傍らにあったパンフレットに添え、最後に深い青色のカードをその上に乗せて差し出した。
「船内に設置されております端末に、こちらのカードを差し込みますことでお客さまの個人的な情報……お部屋の番号や、今後のご予定……船内のイベントといった情報が表示され、予約やその取り消しなども行うことができます。それでは、良い船旅を」
 そんな明るい笑顔と声に見送られ、廊下を歩き、乗船ゲートへと向かう。
 良い船旅を。
 その言葉に蓮のことを思い出す。
 美術品であれ、骨董品であれ、いわくつきであるものばかりを扱うアンティークショップ。べつにそれが専門というわけではないものの、店内に並ぶものは、どれも妖しげな気配をまとい、不穏な噂を囁かれるものばかり。そして、またひとつ……品物が増えることになる。
 ある日のアンティークショップにかかってきた電話は、買い取りについて。いくつか言葉を交わした蓮は、その品物というより、品物のいわくが気に入ったのか、わりと簡単に商談は成立。大抵の場合が持ち込みであれど、距離的に難しく、また郵送は危険(?)だということで、できれば取りに来てほしいというのが先方の願いだった。そのかわり、買い取りとはいえ、ほとんど引き取りに近く、買値はゼロに等しい。では、取りに行かせるよということで……蓮は自分に品物を引き取ってくるように言った。
 場所は、九州。最初は飛行機という話であったものの、蓮は何かを思い出したらしくどこかへと電話をかけた。そして、言ったのだ。
『巷で話題になっている豪華客船が処女航海だとか。どうせなら、それで船旅を楽しんできな……なに、帰りは大変なんだ、行きぐらいは……まあ、ともかく、楽しんできな。一応、言っておくかい。……良い船旅を』
 入手困難気味であるというのにさらりと電話一本で乗船券を手に入れる蓮をさすがだと思いつつ、なんだか気になることを言っていたような……? 帰りが大変だとか、なんとか……いったい、どういうことやら。
 まあ、とにもかくにも、乗船するに至り、本日は晴天。
 建物を抜け、現れた乗船ゲートと白い巨体……アトランティック・ブルー号。
 きっと良い船旅になりますわ……空の青と船の白を眩しげに見あげ、デルフェスは目を細めた。
 
 さてと。
 乗船したあと、まず自分がやるべきことは、自室の確認。受付嬢の話に従い、端末にブルーカードを差し込んでみようかと端末を探す……と、なんだか自分が注目されていることに気がついた。
「……?」
 何かおかしいかしら……ドレスの裾がめくれているとか……胸元に手を添えながら、服装を確かめる。特におかしいところはない……と思う。
 ともかく、目的を果してしまおうかと端末まで歩き、カードを読み込ませる。受付嬢が言っていたとおり、様々な情報が表示された。そのなかに、自室の番号や位置、これから行われる船内のイベントの時刻等の情報もある。劇場での上演プログラムの案内や各施設の利用時間なども調べることができるらしい。
 そういえば、具体的にはどのような施設があるのだろう。ふとそれを思い、受付嬢から渡されたパンフレットを広げてみる。
 それにはアトランティック・ブルー号の概要、施設について記載されている。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分の一等客室ということになる。三等客室ではなく、一等客室をさらりと取ってしまうなんて……さすが、マイマスター。改めて感心してしまう。
 船の主だった施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミング、船上結婚式用のチャペルもあるらしい。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料というわけだが……自分にはあまり関係がないかもしれない。
 とりあえずの確認を終え、自室へと向かう。周囲の乗客は誰もが楽しそうな表情を浮かべ……ているわけではなかった。
 楽しそうなという表現からは明らかに遠い存在を数人ほどみつける。純粋に旅行を楽しむために乗り込んだとは思えない彼ら……何かが起こりそうな、そんな気配を感じさせる。その数人のなかでも特に気になる存在は……そう、華やかな雰囲気を漂わせながらも、時折、視線を鋭くする女性。
 何かに怯えている……もしくは、追われている……?
 しばらく様子を見守っていると、場所を移動した。ラウンジでひとやすみということなのか、飲み物を注文する。
それなら。
 彼女が誰かから声をかけられる前に……自分がかけてしまおう。ゆっくりとラウンジを歩き、彼女へと近づく。その間も、気のせいか……周囲が妙にざわついているような。
「こちら、よろしいでしょうか?」
 テーブルには四つの椅子。そのうちのひとつに彼女が腰をおろしている。その隣を手で示しながら声をかける。
「ほ……本物だわ……」
 彼女は驚愕の表情でそんな言葉をぽつりと呟く。
「?」
 言葉の意味がわからないまま、笑みを浮かべながら答えを待つ。すると、はっとした彼女は慌ててどうぞと付け足した。
「ありがとうございます。では、失礼して……ああ、ではアイスティーをお願いします。ええ、レモンを添えて」
 腰をおろすとすぐに現れたウェイトレスにとりあえずの注文をする。もちろん、それが飲みたいというわけではなく、雰囲気のためだ。自分は飲食を必要としない。
「こんにちは。……?」
 なんだかじっと見つめられているような気がする。しかも、少しばかりその頬は赤く染まっているような、呆然としているような……気のせい?
「あ、ごめんなさい。じろじろと見つめてしまって……失礼だわ、私」
「わたくしの顔に何か……? そういえば、先程から視線を感じるのですけれど……」
「それは……だって、どこのお嬢様かしらって思うもの。この船の内装はわりとクラシカルだけど、あなたの雰囲気はそれに似合いすぎていて」
 くすりと彼女は笑う。なるほど、おかしいのではないらしいので少し安心した。
「本物……というのは?」
「ああ、それは……私はこの船の雰囲気から浮かないようにといつもより少し華やかにしたつもりなんだけれど……あなたは、本物。本物のお嬢様……ううん、お姫様。昔、童話で読んだお姫様が目の前に現れたみたいで、思わず」
「まあ……そうでしたの。でも、わたくし……本物というわけでは……」
 少し困ったような笑顔で答えると、彼女はにこりと笑った。
「私にとっては本物だわ。物腰も付け焼き刃ではないもの。……そういうの、少しくらいはわかるつもり」
 その言葉に微笑みで応えたあと、胸に手を添える。
「わたくしはデルフェスと申しますの」
「私は夏目弥生です。よろしく、デルフェスさん」
「こちらこそよろしくお願いしますわ、弥生様」
「様! そ、そんな、様なんて……」
 弥生はあたふたと慌てた動作でひらひらと手を横に振る。その敬称はとんでもないと言いたげだが、自分にとっては普通のこと。小首を傾げたあとに言った。
「お気に召しませんか……?」
「お気に召すとかそういうことではなくて……そんな風に呼ばれることなんて、お店くらいだから」
「お店……わたくし、アンティークショップの店員ですの。九州まで注文の品を取りに行くことになり、折角だからと今回この船を利用させていただきました」
 にこやかに語ると、弥生はああと強く頷いた。
「店員さん……なんだかすごく納得できました、今の。アンティークショップ……デルフェスさんの雰囲気だと洋風なものを扱っているのかな……お店もこう、上品というか、華やかで……なんだか想像がつくかも」
「……わたくしの知識は西洋アンティークに偏り気味なのですが、お店には和風洋風中華風、様々な品物が置いてありますわ」
 無国籍風……なんてものもあったりして。店には本当に様々な品物がある。そのほとんどがいわくつきという点が他のアンティークショップとは一味違うところ。
「きっと素敵なお店なんだろうな……デルフェスさん、よかったら店の場所を教えてもらえませんか? 私、美術品とかはわからないけれど、骨董品とか眺めるの、結構、好きなんです……金額的にちょっと手が出ないので、本当に眺めるだけ、なんですが……」
「興味を持っていただけて嬉しいですわ。けれど……少々、危険な品物も置いてありますの……本当にお教えしてよろしいのでしょうか……」
 やや戸惑い気味に言うと、弥生は微妙な表情で小首を傾げた。
「危険……? 刀とか剣とか……? そういうものも好きですよ」
 にこりと弥生は笑う。だが、何が危険か。刃物が危険というわけではない。勿論、危険な刀剣類も置いてあるにはあるのだが。
「いえ、そういう意味では……。わかりましたわ。お店の名前はアンティークショップ・レンといいますの。場所は……」
 簡単に場所を説明する。自分はあの店にいることが多いから、弥生が訪れたときも自分がさり気なく付き添っていれば、微妙に奇妙ないわくつきの物品に見込まれる(とりつかれるとも言う)こともないだろう。
「そんなところにアンティークショップがあったなんて。穴場なのね、きっと。結構、そういう店はチェックしているつもりだったけど……ありがとう、この件に片がついたら、きっと」
 弥生が『この旅行』ではなく『この件』と口にしたことが少し気になった。そして『片がつく』という表現。思ったとおり、ただの旅行というわけではなく、何か事情があるのだろう。
「はい、お待ちしておりますわ。ときに、つかぬことをお訊ねしますが、弥生様はおひとりでの旅行ですの?」
「ええ、そうなんです。とても二人分のチケットは手に入らなくて……あ」
にこやかに語っていた弥生の表情が不意に変わる。あの鋭い眼差しになった。その視線の先を伺ってみると……恰幅のいい男を中心に会社員かと思われるスーツ姿の男が数人いる。ラウンジでの休憩を終えたのか、席を立つところだった。
 時折、視線が鋭くなるのは、あの人たちの動きに警戒をしているから?
 でも、なぜ?
「ごめんなさい、デルフェスさん、私……」
 弥生は申し訳なさそうな表情を浮かべる。そんな顔をすることはないと穏やかな笑みをたたえつつ、横に首を振った。
「いいえ、お付き合いして下さってありがとうございます」
「もう少し、おはなししたかったけど……アンティークショップの話とか……ごめんなさい、本当に」
 そして、失礼しますと頭を下げ、席を立った。そのまま、恰幅のいい男と数人が去った方向へと小走りにかけていく。
 追われているのではなく、追っているのかしら?
 弥生の背中を見送り、自分も一旦、部屋に戻ろうかと席を立つ。数歩ほど足を進めたところで、ウェイトレスに声をかけられた。お客様というその声に振り向くと、弥生が座っていた席の隣を示す。
 そこには茶色の封筒がぽつんと残されていた。
 
 おそらく、弥生が残したのであろう茶封筒の中身を確認してみる。
 勝手に人のものを覗くのは少し悪いような気はするが、それは時と場合による。中身が弥生のものであれば、預かっておくし、そうでなければウェイトレスに渡そうと思う。
 封筒の中身は写真だった。
 一枚は、あの恰幅のいい男。
 一枚は、古そうな鏡。
 一枚は、絵巻物でも入っていそうな細長い桐の箱。
 一枚は、龍宮城の玉手箱を思わせるような漆の箱。
 そして、一枚の手紙。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
 手紙と写真とを封筒にしまう。これは弥生のもので間違いないような気がする。彼女の様子と文面とを考えると。
「弥生様……」
 この封筒のなかの写真と手紙から考えられることはいくつかある。
 三枚の写真は品物。一枚の写真は先程の男。そして、手紙は弥生にあてられたもの。もし、この写真の男が三つの品物の持ち主であるのならば、弥生は……。
「いいえ、そうとも限りませんわ……」
 逆のことも考えられる。三つの品物はあの男に奪われた。そうであるならば。
 しかし、この状況ではどちらとも言えない。
 ともかく、もう一度、弥生に会わなければ。……この封筒を渡すためにも。
 デルフェスは封筒を丁寧にしまう。
 そして、ラウンジを離れた。周囲の視線を集めているような気はしたが、それは気にしないことにして。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463歳/アンティークショップ・レンの店員】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、鹿沼さま。
アンティークショップ・レンの店員さんなんですね。鹿沼さまのしとやかさが少しでも表現できていると良いなと思っております(食べ物や飲み物は普通に口にしてしまってよいのでしょうか?)

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(納品から一週間後に窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。