コミュニティトップへ



■アトランティック・ブルー #1■

穂積杜
【2093】【天樹・昴】【大学生&喫茶店店長】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 手頃な値段で気軽に豪華客船気分を味わえる船をというコンセプトをもとに設計されたその船が、今、処女航海に出る。
 旅行会社による格安パックツアーの客もいれば、四国や九州といった目的地に向かうついでに噂の客船に乗ってみたという客もいるし、船上で行われるライヴが目的の客もいる。それぞれ目的は違えど、乗船困難気味だったこの船に運良く乗船できた乗客たちの表情は希望と期待に満ちていた。
 
 楽しい旅路になる……はずだった。
 
 明るい表情をしている者たちが多いなかで、それ以外の表情を浮かべていれば、自然とそれに目が行くもの。
 
 やたらと周囲を気にしている眼鏡の青年。
 憂いをたたえた瞳でひとり海を眺める少年。
 大きなぬいぐるみを抱き、通路に佇む幼い娘。
 見るからに胡散臭そうなサングラスにスーツの男たち。
 華やかな雰囲気を漂わせながらも時折、視線を鋭くする女。
 難しい顔で何もない空間を見つめてはため息をつく少女。
 
 あまり一般的とは言いがたい雰囲気に、つい彼らを見つめてしまったが。
「どうかしましたか、お客様?」
 乗務員にそう声をかけられ、なんでもないと軽く横に手を振る。
 
 何かが起こりそうな気配を感じつつ、動く豪華ホテル、アトランティック・ブルー号へと足を踏み入れた。

 アトランティック・ブルー #1
 
 話は少しさかのぼる。
 数日前の荘からの一本の電話。それが発端だった。
『あ、昴くん?』
「ああ、こんにちは、御子柴さん」
 名乗らなくても声でわかる。何かいいことでもあったのか、その声はいつもより弾んでいるような気がした。
『あ、こんにちは。来週って、予定、空いてるかな。もう、入っちゃった?』
 予定がないこともないが、空けられないこともない。
「そうですね……空けられますよ」
『本当にっ? やったー!』
 電話口で荘は喜んでいる。いったい、何がそんなに喜ばしいのか。
『あ、ごめんごめん。実は、荷物を運ぶという依頼が入ったんだ。目的地は沖縄。とても高価なものらしくて、狙われているわけではないけれど、念のためということで、本物とダミーとを運ぶことにしたんだ。……昴くん、ひとつ頼まれてくれる?』
「仕事のお誘いですね。そういうことでしたら、はい、喜んで」
 にこりと笑みを浮かべ、こくりと頷く。
『沖縄までの道のりは、もちろん、経費。それだけでも嬉しいんだけど、なんと豪華客船に乗れるんだよ〜』
「豪華客船……ですか?」
『そう、アトランティック・ブルー号、処女航海、一等客室!』
 その名前は聞いたことがある。最近、巷で噂の豪華客船で、その乗船券はなかなか手に入らず、航海日が近づくにつれて価値を増しているという。荘の声が弾んでいる本当の理由がわかったような気がした。
「すごいですね、楽しみですよ。でも、ひとつということは、他にもダミーがあるということですよね?」
『そう。もうひとりは孤月さんにお願いしたんだ。それじゃあ、待ち合わせは……』
 待ち合わせ場所と日時を決め、電話を切った。
 それが数日前のこと。
 そして、今日、豪華客船は処女航海の日を迎える。
 
 荘、孤月のふたりと合流し、依頼の品と対面する。
 それは同じ型、色のトランクのなかにあるらしく、中身がなんであるのかはわからない。そのトランクのうちのひとつが差し出される。
「はい、これが今回、運ぶ荷物だよ。……大事に扱ってくださいね!」
 これから豪華客船に乗船するせいか、荘の表情はいつにも増してにこやか。孤月もにこやかで……おそらく、自分も。だが、考えてみれば自分たちはいつもこんな調子であるような……?
「本物はひとつ、ダミーがふたつ……本物は……」
 トランクを受け取りながら孤月は言う。
「はい、俺しかわかりません。……言っておいた方がいいかな?」
 荘は小首を傾げる。
「いや、いいよ。それぞれに自分の荷物を守りきる……逆に、わからない方がいいかもしれない。自分が本物だと思っていた方が気合が入るからね」
 その言葉に荘は頷き、そのあと、自分を見つめる。なので、にこりと笑みを返した。荘も笑みを返してくる。
「楽勝な依頼だよね〜、軽い、軽い!」
「そうですね、かなり軽いです」
 中身はいったいなんなのか。トランクの重さを差し引いて考えると……本当に軽いものが入っているのだろう。
「……いや、たぶん、荘さんはそういう意味で言ったわけではないと……」
 そう言った孤月の笑みは心なしか引きつっているような気がする。
「え?」
 もしかして、何か、違った?
「……ま、まあ、とにかく、乗船手続きを終えたら、部屋を確認して……それから、自由行動にしようね。せっかくの豪華客船なんだし」
「そうですね。軽いですから、持っていても差し支えはなさそうです」
 これを持ったままでも十分に移動は可能そうだ。そう思い、口にしたのだが。
「……」
 ふたりは何故か微妙な微笑みを浮かべている。
「?」
 ……とりあえず乗船手続きを行ってしまうことにした。
 
 客室は三等、二等、一等、特等というクラスがある。
 今回は、一等客室。
 何が違うのかといえば、部屋の位置、部屋の広さ……そして、待遇。特等と一等の乗客はメインレストランでの食事が十八時から可能で、二等、三等の乗客は二十時からとなっている。つまり、混雑することなくゆっくりと食事を楽しめるということだ。船内のイベントや施設においても、予約が少しだけ先に行えたりと何かと優遇されるという。
 乗船手続きを終え、乗船してまだわずか。それほどの時間も過ぎていないし、それほどの揺れを感知しているわけでもない。
 なのに。
「……う〜」
 猛烈に気分が悪かった。自分はこんなにも船に弱かっただろうか……いや、悪くない。何がいけないんだ……昨日、徹夜したことか……と、くらくらした頭を押さえているうちに、ふたりの背中が遠くなった。これはいけないと慌てて追いかける。
「ふたりとも……」
 そんなすたすたと歩かないで……置いていかないで……と歩いているうちに、肩が触れた。
「す、すみません、少しばかりよそ見を……本当に申し訳ありません……」
 頭を下げるが、相手は相当に怒っているのか、何も言わなければ、動かない。
「昴くん」
 荘の声。
「すみません……あ」
「どんなに謝っても相手は許してくれないよ」
「え? ……ああ! ……うっ」
 見あげれば、相手はブロンズ像。許してくれるわけもなければ、動くわけもない。
「昴さん、もしかして、船酔い……?」
 孤月の声に心配そうな声に、笑みを浮かべてみせる。
「ちょっと頭がくらくらするだけです。大丈夫、大丈夫、だい……」
 大丈夫と頷いているうちに目がまわってきた。あまり頭は動かさない方がよさそうだ。頭を押さえ、目を瞑ると……ふたりのため息が遠くに聞こえた。
 
 エレベータで一等客室のフロアへとやって来る。
 いけない、いけないですよ、こんな状態のときにエレベータなんて……と思いつつも、階段で移動するとかなりのものとなるため、大丈夫だと頷き、エレベータへ乗り込んだまではよかったが、やはりよくなかった。
 ……くらくら度、アップ。
 目の前が暗くなってきたような気がする。これは早いところ部屋で休んだ方が良さそうだ。はぐれまいとふたりのあとについていき、扉が開くのを待つ。
 とりあえず、部屋に入ったら……ベッドを決めてもらって、横になろう……。
「……」
「……ねぇ、ちょっと」
 そんな囁くような小さな声が聞こえる。
「誰、この人?」
「し、知らないよ……」
「だって、さっきからずっとついてきてるし、なんか待ってるみたいだけど……」
 怪訝そうな声は女性と男性のもの。……あれ、女性が一緒だったっけ……いや、ふたりとも男性だ。
「……すみません、間違えました」
「そ、そうですか……」
 扉は開き、そして、閉まった。自分だけが通路に残された。
「……」
 このままでは、いけない。豪華客船で遭難……そんな馬鹿な。こういうときは……そうだ、パンフレットで位置を確認。乗船手続きの際に受け取ったパンフレットを取り出し、広げてみる。
それにはアトランティック・ブルー号の概要、施設についてが記載されている。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつが自分たちの一等客室ということになる。
 船の主だった施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミングなど。船上結婚式用のチャペルもあるらしい。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料……ただ、例外として、アルコールの類だけは別料金で、ブルーカードの提示が必要となるらしい。
 ……なるほど。
 まったく、役に立たないようだ。パンフレットをしまい、歩きだす。自分の位置を確認するには、人に訊ねるのが一番なのかもしれない。
「……うん、船には無事に乗り込めたわ。そっちはどう?」
 そんな若い女性の声が聞こえる。
「そう……大丈夫、無理はしてない。でも、それらしいものは持ってないみたいなの。部屋に置いてあるのか……それとも……とにかく、もう少し様子をみてみる。え? 顔? うん……確かに、南条は私の顔を知っているものね……わからないように変装したつもりだけど……どうかな、わからない。うん、また連絡するね」
 そして、声が途切れる。
 会話中でなければいいか。ちょっと失礼、ここはどこですか……と訊ねてみようと近づいた。
「あの……うわっ」
「きゃあっ……だ、大丈夫ですか……?」
 べつに驚かすつもりもなければ、転ぶつもりもなかった。だが、転倒している自分がいる。
「だ、大丈夫です……」
 起きあがる自分に手を貸す女性。華やかな雰囲気を漂わせてはいるが、その表情は不安げで、自分を心配そうに見つめている。
「顔色がよくないみたいですけど……あの、人を呼びましょうか?」
「大丈夫です……」
「でも……ちょっと失礼して……少し、熱が……」
 彼女の指先が額に触れた。
 そのとき。
 断片的な映像が脳裏を過った。
 骨董的価値がありそうな鏡。
 細長い桐の箱。
 そして、彼女と何故か……荘に手渡されたトランク。
 それは一瞬のことで、何を現しているのか今の自分にもわからない。
 だが。
「あなたとはこれからも関わるようだ……お世話になります」
 その鋭い視線と表情に彼女ははっとする。が、それも一瞬。
「う……」
「しっかり、しっかりして下さい……誰か、誰か来て下さい……!」
 彼女の声が遠くなる。
 意識は闇のなかに沈み……。
 
 目を覚ました自分に、白衣の男は言った。
「寝不足ですな」
「面目ありません……ご迷惑をおかけしました」
 ベッドの隣に椅子がひとつ。誰かがずっと傍にいてくれたような気がする。
「……」
「彼女は、ずっと君についていたんだよ」
 大丈夫だよと言ったんだがと男は付け足す。
「あの、彼女にお礼を言いたいのですが……名前は……」
 それを問うと、男は近くにあった紙を手に取る。そして、言った。
「夏目弥生さんだね」
「そうですか、ありがとうございます」
 丁寧に礼を述べて、医務室をあとにする。トランクに異常はなさそうだが、自分の瞳はこのトランクと彼女とを告げた。
 ……何か、繋がりが?
 しかし、いったい、どんな繋がりがあるというのか。
 考えつつ、部屋へと辿り着く。それは気分がすっきりしていれば、なんの造作もなくたやすいことだった。
「……あ、あー……ご心配おかけしました……」
 部屋に戻った自分を待ち受けていたのは、少し怒っているような、しかし、心配しているような……そんな複雑な表情で仁王立ちしている孤月と荘だった。
 
 −完−


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2093/天樹・昴(あまぎ・すばる)/男/21歳/大学生&喫茶店店長】
【1085/御子柴・荘(みこしば・しょう)/男/21歳/錬気士】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、天樹さま。
ボケているときと真剣なときの差……ボケばっかりとなってしまったような……(汗)
#2に参加していただけるときは真剣な面で取り返させていただきたいなと思います。

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(29日から一週間、窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。