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■アトランティック・ブルー #1■

穂積杜
【1085】【御子柴・荘】【錬気士】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 手頃な値段で気軽に豪華客船気分を味わえる船をというコンセプトをもとに設計されたその船が、今、処女航海に出る。
 旅行会社による格安パックツアーの客もいれば、四国や九州といった目的地に向かうついでに噂の客船に乗ってみたという客もいるし、船上で行われるライヴが目的の客もいる。それぞれ目的は違えど、乗船困難気味だったこの船に運良く乗船できた乗客たちの表情は希望と期待に満ちていた。
 
 楽しい旅路になる……はずだった。
 
 明るい表情をしている者たちが多いなかで、それ以外の表情を浮かべていれば、自然とそれに目が行くもの。
 
 やたらと周囲を気にしている眼鏡の青年。
 憂いをたたえた瞳でひとり海を眺める少年。
 大きなぬいぐるみを抱き、通路に佇む幼い娘。
 見るからに胡散臭そうなサングラスにスーツの男たち。
 華やかな雰囲気を漂わせながらも時折、視線を鋭くする女。
 難しい顔で何もない空間を見つめてはため息をつく少女。
 
 あまり一般的とは言いがたい雰囲気に、つい彼らを見つめてしまったが。
「どうかしましたか、お客様?」
 乗務員にそう声をかけられ、なんでもないと軽く横に手を振る。
 
 何かが起こりそうな気配を感じつつ、動く豪華ホテル、アトランティック・ブルー号へと足を踏み入れた。

 アトランティック・ブルー #1
 
 目の前には三つの同じ色のトランク。
「よく来てくれた。運んでもらいたいものは、これだ。君に言われたとおり、偽物を二つ用意している」
 部屋には二人の男。うちひとりは正面の机に座っていたが、自分が訪れると立ち上がる。そして、その三つのトランクのうち、ひとつを示した。
「これが、本物だ」
「中身を確認させていただきます」
 厳かな表情と声で言い、トランクの中身を確認する。……シルクの布にくるまれた細長い箱のようなものが、固定されている。これを無事に届けることが、今回の依頼。
「確かに」
 確認を終えると、わきから進み出た男がしっかりとふたを閉める。そして、ダイヤルの部分を動かした。
「四桁の数字をあわせ、この鍵を差し込まなければふたは開かない。これを君に渡しておこう。四桁の数字はそのタグに書いてある」
 男はタグのついた鍵を差し出す。そして、トランクを見やった。
「衝撃を吸収する素材とデザインとはいえ、中身は大変高価なものだ。乱暴には扱わないでくれ」
 言うまでもないかなと男は続け、軽く笑う。そして、伺うようにちらりと視線を向ける。そう、確かに言われるまでもない。中身が壊れていては、無事に届けたうちには入らない。その視線を受け止め、頷いた。
「本物、偽物の重量はほぼ同等。手で持ったくらいでは判断がつかないだろう。これをこの住所に届けてくれ。君にこれを託したことは、もちろん、内密にしてあるが、万が一ということもある。くれぐれも気をつけてくれ」
 そう言い、男は封筒を差し出す。
「乗船券だ。クラスは一等。これはあくまで経費であり、報酬の一部だ。残りは依頼遂行後、振り込む……質問はあるかな?」
「いえ、特にありません」
 本物と他二つのダミー、そしてそれらの鍵を受け取り、部屋をあとにする。
 扉を閉めたあと、ぐっと拳を握り、笑みを浮かべた。
 期日までに荷物を届けることが今回の依頼。
 届け先は、沖縄。
 そして、沖縄までの交通手段は陸路でも航空路でもなく……豪華客船による航路。しかも、処女航海。その乗船券はなかなか手に入らず、航海日が近づくにつれて価値を増しているという。それが、経費であり、報酬の一部。……本当は三等客室というところをなんとかもうちょっと上になりませんかと相談し、一等客室を確保したがために、報酬の一部とされてしまったが、それでも!
 荷物は軽いし、豪華客船には乗れるし、沖縄には行けるし。それでもって、当たり前のことながら、報酬までもらえてしまうし……荷物を届けたあとは、沖縄で少し遊ぶというのも悪くはない。
「おっと、そろそろ時間だ。ふたりと合流しなくちゃな」
 荘は、はやる心を抑えつつ豪華客船の待つ……いや、今回、共に依頼を遂行するふたりが待つ港へと向かった。
 
 昴、孤月のふたりと合流し、トランクを渡す。
 三つのトランクのうち、本物はひとつだけ。誰が本物を持つかは自分だけが知っているということになる。
「はい、これが今回、運ぶ荷物だよ。……大事に扱ってくださいね!」
 それぞれにトランクを手渡す。これから豪華客船に乗船するということもあって、顔がにこにこといつにも増してにこやかになってしまうのだが、それは自分だけではないらしい。目の前のふたりも妙ににこやかに感じる。……とはいえ、目の前のふたりは普段からして穏やかにしてにこやかなのだけれど。
「本物はひとつ、ダミーがふたつ……本物は……」
 トランクを受け取りながら孤月は言う。
「はい、俺しかわかりません。……言っておいた方がいいかな?」
「いや、いいよ。それぞれに自分の荷物を守りきる……逆に、わからない方がいいかもしれない。自分が本物だと思っていた方が気合が入るからね」
 孤月の答えに頷き、それでいいかなと確認のために昴を見やる。にこりと微笑んだのでそれでいいのだろうと判断し、にこりと笑みを返す。
「楽勝な依頼だよね〜、軽い、軽い!」
「そうですね、かなり軽いです」
 トランクを上下させながら昴は言う。……いや、そうでなく。確かに、軽いんだけれど、このトランク。
「……いや、たぶん、荘さんはそういう意味で言ったわけではないと……」
 笑みは浮かべていても、それはやや引きつり気味。孤月の言葉にそうそうと頷く。
「え?」
 にこりと昴は笑う。
「……ま、まあ、とにかく、乗船手続きを終えたら、部屋を確認して……それから、自由行動にしようね。せっかくの豪華客船なんだし」
「そうですね。軽いですから、持っていても差し支えはなさそうです」
 トランクを手に昴は微笑む。……いや、だから、そうでなく。
「……」
「?」
 ……とりあえず乗船手続きを行ってしまうことにした。
 
 客室は三等、二等、一等、特等というクラスがある。
 今回は、一等客室。
 何が違うのかといえば、部屋の位置、部屋の広さ……そして、待遇。特等と一等の乗客はメインレストランでの食事が十八時から可能で、二等、三等の乗客は二十時からとなっている。つまり、混雑することなくゆっくりと食事を楽しめるということだ。船内のイベントや施設においても、予約が少しだけ先に行えたりと何かと優遇されるという。
 報酬の一部とされてしまったけれど、これはこれでよかったかもしれない。一等客室にしてよかったかも……としみじみと小さな幸せに浸る。
「さて、一等客室のフロアは……あれ、昴さんは?」
「え? あ、あれ? 隣にいたと思ったんだけど……」
 気づくと孤月とふたりだけになっている。隣に立っていたはずの昴の姿がない。きょろきょろと周囲を見回すと……ふと、華やかな雰囲気を漂わせていながらも、時折、視線を鋭くする女性の存在に気がついた。
 何故、あんな視線を?
 気になり、見つめるが、その視界にふいっと昴が映った。知らない誰かのあとについて歩いている。
「……」
「……あ」
 思わず見守っていると置いてあるブロンズ像に肩が触れた。……ぺこぺこ頭を下げて謝っている。
「……」
 昴くん……。額に手を添え、ふるふると横に首を振ったあと、昴のもとへと向かう。そして、声をかけた。
「昴くん」
「すみません……あ」
「どんなに謝っても相手は許してくれないよ」
 そう言いながらもさり気なくあの女性の姿を探す。……もう、いない。
「え? ……ああ! ……うっ」
 納得した昴の顔色は少し青ざめているような気がする。……もしかして、もう、船酔いか? まだ、乗船して間もないというのに。
「昴さん、もしかして、船酔い……?」
「ちょっと頭がくらくらするだけです。大丈夫、大丈夫、だい……」
 ……本当に、大丈夫なのか? 孤月と顔を見あわせる。そして、ため息をついた。
 
 エレベータで一等客室のフロアへとやって来る。
 番号を確かめ、ブルーカードで扉を開ける。乗船手続きの際に渡されたブルーカードというこの青色のカードがルームキーや身分証明の役割をするという。
「さて、部屋についた。昴くんは少し部屋で休んだ方がいいよ……って、いないんですけど?」
 扉を開け、振り向いたそこには孤月の姿しかなかった。
「えっ」
 驚き、孤月は周囲を見回す。そして、ため息をついた。
「直線距離にして、10メートルないよ……」
 エレベータからここまでの距離は……ほんのわずか。かなり具合が悪いようだから、はぐれないように注意を向けてきたのに。
「また、誰かについて行ってしまったのかな……」
「確かに、エレベータをおりたとき、数人一緒だったけど……とりあえず、部屋に入ろうよ、孤月さん」
「昴さんは?」
「大丈夫だよ。部屋の番号はわかっているんだし、ブルーカードも持っているから、部屋の鍵も開けられる。昴くんはやるときはやってくれる人だと思うし……それにね、ここが一番大きな理由なんだけど……」
 そう言って小さくため息をついたあと、言葉を続けた。
「探しても、見つけ出せないような気がするんだ……」
「……」
 
 依頼を受けてはいるが、船内散策も楽しみたいからと、ふたりが船内を楽しみ、ひとりが部屋で荷物を見張ることにした……のだが、昴はいない。とりあえず、昴が船内散策を楽しんでいる……とは思えないが、楽しんでいることにして、孤月か自分、どちらかが部屋に残ることになったわけだが。
「孤月さん、先にどうぞ」
 とは言ったものの、それだけでは孤月は気にするかもしれない。そこで、言葉をこう続けた。
「まずは、依頼を受けた当人として、俺に見張りの一番手を勤めさせてよ。仕事は仕事、遊びは遊び……ということで、楽しんできてくださいねっ」
 そう言い、孤月を送りだす。
 室内は広く、窓辺から海を眺めることができる。ほとんど揺れを感じることはないから、こうしていると、海辺のホテルの一室のような気がしてしまう。ここが船内であるということをまったく感じさせない。
 ソファに腰をおろし、テーブルの上にあったパンフレットを手に取り、広げた。
それにはアトランティック・ブルー号の概要、施設についてが記載されている。
 重量は118000トン、最大乗客は約3000人、全長は約300メートル、幅は約45メートル、水面からの高さは約55メートルとある。客室は1340室で、そのうちのひとつがこの一等客室ということになる。
 船の主だった施設は、大小様々な七つのプール、映画館、劇場、遊技場、図書館、インターネットルーム、スケートリンク、ロッククライミングなど。船上結婚式用のチャペルもあるらしい。
 食に関するものは、メインとなるレストランの他に二十四時間営業で軽食やデザート等を楽しめるフードコーナー。これら食に関する費用は基本的に乗船料金に込みとなっているとある。つまり、好きなとき、好きなだけ、どれだけ食べても無料……ただ、例外として、アルコールの類だけは別料金で、ブルーカードの提示が必要となるらしい。
 パンフレットを置き、近くに置いてあったリモコンを手に取る。それをテレビへと向けた。番組プログラムは船内で特別に組まれたもの。船内の様子をリアルタイムで映しているものから、施設の案内をしているもの、ニュースや映画、お子様向けのアニメなどもある。部屋で時間をつぶすことは、そう難しいことでも辛いことでもなさそうに思えた。
 
 時間はあっという間に経過し、孤月が部屋へと戻ってくる。そこで、見張りを交代し、今度は自分が船内散策へ。乗船したのは午後だから、もう陽は暮れかけている。
 そうか……もう夕暮れ。
 まずは、デッキに出てみることにした。夕陽に染まる海と空はさぞかし綺麗であろうと思ったそこで……彼女を見つけた。あの華やかな女性だとすぐに気がついた。海を眺めるその姿に憂いのようなものを感じ、思わず、声をかける。
「綺麗な夕陽ですね」
 声をかけると彼女はすぐに反応した。顔を向けた彼女に言葉を続ける。
「こんばんは。よかったら……少し、話しませんか?」
 その言葉に、彼女はほんの少し戸惑うような表情と仕種を見せた。
「少しあなたの視線が寂しそうに見えたので……余計なことでしたか?」
 できる限り、優しく、相手を労るように言葉を口にしたつもりで、彼女にもそれが伝わったのかもしれない。一瞬、視線を伏せたあと、にこりと笑った。
「ちょっと落ち込むことがあったから……そういうのものまで表に出てしまうなんて……本当に駄目ね、私」
「そういうものは表に出た方がいいんですよ。むしろ、出さなければ駄目です」
 うんと頷いてそう言うと、彼女は目を細め、微笑む。
「それに、落ち込むということは、失敗に対して反省をしているということでもあるから……大丈夫、次はきっとうまくいきますよ」
「ありがとう。少しずつだけど、元気が出てきたわ。……次はきっと……そうね、うまく……やらないと」
 自分の言葉に励ましを感じ、元気が出てきたことも確かであるように見えるが、それでも彼女が抱えている問題はなかなかに深刻そうに思える。それについて訊ねたいところだが、あまり深く訊ねることは失礼でもある。
「そう、俺は何でも屋をやっているんですが……この船に乗ったのも、とある依頼を受けて、なんですよ」
 少し話題を転換してみる。彼女は不思議そうに小首を傾げた。
「何でも屋さん……?」
「怪事件からペットの捜索までなんでもこなしますよ」
「だから、何でも屋さん? ……知らなかった、そういう人っているのね」
 ……なんだか面白がられているような気がする。だが、彼女の表情は確かに明るくなった。
「じゃあ……例えば……例えば、よ? 盗まれた品物があって、それを取り返してほしい……とか、そういう依頼も引き受けたりもするの? あ、例えばだからね、例えば」
 それは……例えばと繰り返しているけれど……例え話ではないのではないだろうか。そんなふうに勘繰ってしまえるほど、彼女は『例えば』を強調する。だが、至って普通の調子で答えておくことにした。
「そうですね。そういうことも引き受けたりしますよ」
「……。そういうのって……相場は……すごく、高い……んですよね……?」
「事と次第によります。依頼者さんと相談ですね」
「そう……そうよね。……」
 顎に指を添え、彼女は考えるような仕種を見せる。
「風が冷たくなってきましたね。……そろそろデッキから離れた方がいいかもしれない。風邪をひくといけませんから」
「……そうね」
 デッキから離れ、ラウンジまで歩く。その間、彼女は何かを思案しているのか、一言も口を開かなかった。
「……もし、航海中に力になれることがあれば、力になります。……名乗るのが遅れましたが、御子柴です。部屋の番号は……ここに」
 そう言って、部屋の番号を紙に書き、手渡す。安心させるように笑みを浮かべたあと、身を翻した。
「御子柴さん……!」
 その声に立ち止まり、振り向く。
「あの……ありがとう……」
 呟きのような小さなその声に、笑みで応える。
 そして、再び、歩きだした。
 彼女とはもう一度出会う……それを確信しながら。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1085/御子柴・荘(みこしば・しょう)/男/21歳/錬気士】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】
【2093/天樹・昴(あまぎ・すばる)/男/21歳/大学生&喫茶店店長】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、御子柴さま。
依頼を受けての乗船ということで……依頼を引き受けるところからお話を始めさせていただきました。御子柴さまの掲示板でのイメージで書かせていただきましたが、イメージを壊していないことを祈るばかりです。本物を運んでいるは誰なのか、私にもわかりませんので(笑)、次回参加いただける場合はそれを教えていただけたらと思います。

今回はありがとうございました。#1のみの参加でも旅の一場面として楽しめるようにと具体的な事件が発生するまでは話を進めておりません(一部、例外な方もいらっしゃるかもしれませんが^^;)よろしければ#2も引き続きご乗船ください(29日から一週間、窓を開ける予定でいます)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。