コミュニティトップへ



■花唄流るる■

草摩一護
【1856】【藤野・羽月】【学生/傀儡師】
【花唄流るる】

 あなたはどのような音色を聴きたいのかしら?

 あなたはどのような花をみたいですか?

 この物語はあなたが聴きたいと望む音色を…

 物語をあなたが紡ぐ物語です・・・。

 さあ、あなたが望む音色の物語を一緒に歌いましょう。



 **ライターより**

 綾瀬・まあや、白さん(もれなくスノードロップの花の妖精付き)のNPCとの読みたい物語をプレイングにお書きくださいませ。^^

『花唄流るる  ― 貴女の温もりが深く優しく染みこむから ― 』

【撃ち落とされた鳥】

 貴女がいなくなって崩壊してしまった私の世界の空は色を失った。
 私はもうその色の無い空を見上げる事は無い。
 空を見れば嫌でも思い出すから、
 ――――私の下から彼の下へと飛びたっていった貴女を。
 ―――――――涙を流しながら見送る事しかできなかった銀の鳥が飛んでいったどこまでも透き通るような青い空を。


 空を見上げない代わりに見つめてばかりいる地面。
 色の無い低く重い空にも、近い地面にも嘲りを覚えて、
 それが私の心を窒息させそうなほどに息苦しくさせる。


 そんな息苦しさに喘ぐ心は、この期に及んでまだ尚、貴女に救われる事を望んでいるのだ。何かの映画のようにラストには鳥篭から逃げたカナリアが戻ってくるように私の下にも逃げ出した銀の鳥が舞い戻ってきてくれるようにと。そうして貴女が私だけを愛してくれるようにと。幾ばくかの儚い希望にすがりついて。
 だけどそのくせ私は貴女の目を自分に向けたいがための足掻きをする事ができない。それがまた余計に喘ぐ私を窒息さようとするぐらいに息苦しくさせる。


 愛したい、貴女を。
 愛されたい、貴女に。
 望むのはそればかり……。
 私は今でもどうしようもなく望むのだ。貴女が欲しいと。
 狂おしいほどに貴女を愛しています。


 エィメン。エィメン。エィメン。エィメン。エィメン。エィメン。エィメン。エィメン。シュヨ、ドウカワタシノノゾミヲカナエタマエ。
 ――――そう叫びたくなる。貴女が想う神ならば私を救ってくれるであろうか?


 雨。
 世界を潤す自然の恵み。
 私が手に持つ傘を強く叩いて降る雨は一向にやむ気配どころか雨脚が弱くなる気配さえ見せる事は無い。
 その冷たい雨の帳の向こうで傘も持たずに立っている少女がいた。年頃は彼女と同じぐらい。
 腰の辺りまである長い髪の少女はその華奢な身を喪服のような黒の制服で包んでいた。全身黒詰めの少女は私に死神を連想させる。


 手に持つ死神の鎌で無慈悲に命を狩る硝子細工の冷たく美しい死神を。
 

(主上?)
 烙赦が声をあげたのは私がその場で足を止めたからか。
 私は彼女の前で、足を止めた…車にひかれて死んだ哀れな黒猫を挟んで。
「貴女の?」
「いいえ、違うわ。野良猫よ」
「そう」
「ええ」
 交わした言葉はそれだけで、もう彼女は私にかまうことなくその場にスカートを折ってしゃがみこむと、雨に濡れ、そして血と泥に汚れた黒猫の死体を持ち上げた。そのまま彼女は冷たい土砂降りの雨が降る中を歩いていこうとする。
 その彼女の背に私は声をかけた。
「どこへ行くのですか?」
 彼女は足を止めてわずかばかりにこちらを振り返った。
「この子を埋めてあげられる場所を探すわ」
「なら、私の家に来るといい」
 今度は完全に振り返った。毛先から雫を垂らす額に張り付いた前髪を片手だけで猫の死骸を抱く彼女は人差し指で掻きあげながら小首を傾げる。
「家?」
「そう、家。私の家の庭の隅に埋めてあげればいい」
 そう言うと彼女はおもむろにその紫暗の瞳を細めた。
「知らないの?」
「何を?」
「家の庭に死体を埋めるのは風水的には良くないのよ。悪い気がそこに溜まって、良い気をせき止めてしまうから。そんなんじゃ、猫だってありがた迷惑じゃない?」
 彼女はひょいっと肩をすくめると、また私に背を向けて歩き出してしまった。
 私はなんと言ってよいのやらわからずしばらく途方に暮れていたが、やがて雨にぐっしょりと濡れて彼女の華奢な身体に張り付く髪と服を見て、自分がやるべき事に気がついた。
「烙赦。少し走ります。私にしっかりとしがみついてなさい」
(わかりました、主上)
 小走りに走って、彼女の隣に並んだ。そしてそっと彼女の上に傘を持っていく。
「何のつもり?」
「雨の日には傘をさすものだ」
「今更無駄よ。もう全身しっかりと雨に濡れているもの」
「それでも少しは違うでしょう」
「違わないわ。それにあたしの上に傘を持ってきたら、あなたが濡れるじゃない」
「私は良いのですよ。傘をさしていたのは烙赦、この人形を濡らしてしまいたくなかったからで、私自身は雨に濡れるのはそんなに嫌いじゃない。そして今はこれ以上、貴女を雨に濡らしたくはない」
 彼女は小さくため息を吐き、そしてちらりと細めた紫暗の瞳で私を見つめると小さく微笑んだ。それはどこか懐かしい匂いがする優しい表情だった。そう、まるで余裕のある母親のような。
「あなた、少々頑固だわ」
「貴女がそうさせている」
 そう、私自身も驚いているのだ。自分の行為や言動に。名も知らぬ人とこんなにも会話をしている事に。名? そう言えば…
「貴女、名前は?」
 私がそう言うと、彼女は今度は眉の端を少しあげて、それからくすくすと笑い出した。私は自身でも自分がいかに間の抜けた事を口にしているかわかっているので、自分でもわかるぐらいに顔をしかめさせて、赤くさせてしまう。
(主上。顔だけではなく耳も真っ赤です)
 ………烙赦よ、その事については何も言うな。
「あたしは綾瀬まあや、よ。藤野羽月君」
 藤野羽月、それは私の名前だ。なぜ、彼女は私の事を知っている?
 彼女は肩をすくめる。
「あなた、もう少し自分というモノを意識した方がいい。あなたは中学生ながらに既に神業と専門家や評論家に評されるほどの人形を作ると有名なのだから。それにあなた、なかなかに美男子だからね。当然、女の子ならチェックしているでしょう」
「貴女も?」
 彼女はくすりと笑った。ただただ笑うという事を純粋に実行したようなそんな表情。あの人が浮かべていた見ているだけで思わず心がふわりと包み込まれるようなそんな優しい笑みとは正反対のどこか見ている者の心を居心地悪くさせる笑みだ。ひどく悪戯っぽいそんな…そう、悪戯好きの仔猫が捕まえたネズミを弄ぶようなそんな表情。しかし不思議とそんな表情に私は嫌悪感を抱きはしなかった。それはきっと私を見つめる彼女の紫暗の瞳が……
「貴女も私をチェックしていたのですか? それで名前を知っていた?」
「どう答えて欲しい? ナンパした方としては」
 思わず私は彼女が口にした言葉に目を見開いてしまう。
「ナ、ナンパって誰が?」
「あなたが」
 ずいっと彼女は私の顔を覗き込んできて、唇を目の前で動かせる。雨に薄れる事無く香った彼女の香水の香りと、顔にかかったくすぐったい吐息が私の心臓の脈打つスピードを早くさせた。
 彼女は戸惑う私の顔の前でにんまりと笑う。
「違うの?」
「違いますよ」
「そう。それは残念ね」
 げんなりとした様子で彼女は肩をすくめた。
「どこまで本気なのですか?」
「あら、失礼ね。あたしはいつでも何事にも真摯よ。そう、たとえそれがナンパでもね」
「だから違います」
「年上には興味は無いの?」
「・・・」
「ああ、あるんだ。と言うか、つい最近まで年上に恋をしていたのね? そして手痛い失恋をした。それで私を敬遠するわけだ」
「なぁ」
「ああ、当たりだ。わかりやすいね、あなた。カマをかけただけなのだけど」
 と、言うか、あなたが私を戸惑わせるのだ。
 ―――――だけどこの感覚は嫌いじゃない。
「うん、いいんじゃない。年上趣味。姉さん女房は金のわらじを履いてでも探せと言うし。ナンパのターゲットはいつも年上なの?」
「何を訊いているのですか? しかもそんな無意味にいい笑みを浮かべて。と言うか、貴女が私にちょっかいをかけているのでは?」
「うん、いいオモチャを見つけたわ」
 ………きっと今の私は次の獲物を探している時の連続殺人鬼そっくりの表情をしているに違いない。普段は無口・無表情で通しているこの私が。
 そうこうして私達は公園に行き着いた。
 彼女は公園の桜の樹の根元に猫をそっと横たえると、雨に濡れて幾分柔らかくなっている土を両手で掘り返し始めた。
「私がやります。雨に濡れているとはいえ、女の人には酷だ」
「大丈夫。あたしがやるわ」
「だけど」
「お願い。あたしにやらせて」
 そう言った時の彼女の顔を見て私はもう何も言えなくなってしまった。
 一体どちらの彼女が本当の彼女で、どちらの表情が仮面なのだろう?
 その時の彼女の顔は泣きたいのを我慢し続けている頑なな幼い少女のそれだった。
 そんな事をしていると、ココロが壊れてしまうよ、と言いたくなるほどの。
 だけどきっと彼女はそれを望まないから、私は言わないけど。
「烙赦」
(はい、主上)
「おまえは私の着物の懐の中に」
(はい)
 烙赦を雨に濡らせるのも、また雨に濡れた地面に下ろすのもしのびない。だから私は烙赦を着物の懐に入れると、彼女の隣にしゃがみこんで両手で穴を掘った。
 指先に伝わる土の冷たさと固さに指が少し痛んだ。
 私にとってはその痛さはただ今この時に感じるだけの些細などうとでもない痛みなれど、しかし彼女にとってはその痛みはずっと長い事彼女が抱き続けてきた痛みへの贖罪の痛みなのだろう。意味のある痛み。
 ―――――いや、違う。彼女は贖罪など必要としてはいない。彼女は許されたいとは微塵も望んではいないのだ。
 それがちらりと横目で見た彼女の横顔から痛いほどに感じられた。
 ―――――痛い? どこが?
 私は愕然とする。
 そう、心が痛いのだ、彼女を見ていると。
 彼女のその紫暗の瞳は幼い頃に見たあの近所の子どもらに石をぶつけられて撃ち落された鳥を思い出させる。冷たいアスファルトの上で、どこまでも抜けるように青い空を憧れるように見つめる撃ち落された鳥の目…もう、自分が二度とその空を飛ぶ事が出来ない事を知っている撃ち落とされた鳥の目と同じ目をしているのだ、彼女は。
 撃ち落された鳥と、銀の鳥に羽ばたかれていってしまった私。なぜか私はもう空を飛べない彼女ならずっと私の側にいてくれるかもと想ってしまった。
 今胸にあるこの想いを彼女に伝えたら一体彼女はどんな表情をするだろうか?
 困ってしまう?
 それとも……すがりつく私を受け入れてくれるであろうか?
 そうして今、この指先に感じる土を掘り返す痛みを共有しているように、いつか彼女が今その心に抱いている痛みを私に共有させてくれるであろうか?
 きっと私にはその痛みを真に理解してあげることはできずとも、だけど知ろうとがんばる事はできるし、少しは彼女の痛みを和らげてあげることはできるかもしれないから……


 だから私を貴女の側に……
 だからずっと私の側に……


「ありがとう」
「え?」
 猫を埋葬し終えると、彼女は頬に張り付く髪を泥で汚れた手で掻きあげながらそう言った。
「あたしがこの猫の代わりにあなたにお礼を言わなければいけい気がしたの。だから。ありがとう、羽月君」
 彼女は泣きそうなぐらいに綺麗でそして哀しげな笑みをその雨に濡れた白磁の美貌に浮かべながらそう言った。
 私は顔を横に振りながら、取り出したハンカチで彼女の頬を拭う。
 そうしたらその手には彼女の手が重ねられた。
「綾瀬さん?」
「年上はもうこりごり?」
 ただ私はすぐ目の前にある彼女の笑う顔(同時に泣いているような、泣き出す寸前のようなそんな顔にも見えた)を見つめて、
「あたしの彼氏になりなさい」
 彼女は瞼を閉じる。
 そして私はそれが当たり前なようにそっと彼女の唇に自分の唇を重ね合わせていた。
 触れた彼女の唇のやわらかみ。心地良い彼女の唇の弾力が私の心に優しく伝わってきて、私の心に走る罅に優しく染み込んでいく。
 だけど重ねあわされた彼女の手から伝わってくる仄かな温もりは私を責めているように感じられた。


 ――――――――――――――――――――
【ビーズの指輪】

 たとえば、私が貴女の前世のお相手だったら、貴女は彼の下へ羽ばたいてはいかずに私の腕の中にいてくれましたか?


 たとえば、私がもしも貴女が彼に出会う前にこの胸に抱いていた感情を素直に伝えていれば、そうしたら貴女は私を受け入れてくれましたか?


 たとえば、私が幼い子どものようにただ感情のままに泣いてしまっていたならば、そうしたら貴女は私の隣にいて、前のように私の頭を撫でてくれましたか?


 たとえば、あと2年早く私が貴女と同じ時に生まれてきていたなら、そうしたらその2年で貴女と私の間にあるモノを埋める事ができていましたか?


 たとえば、私が貴女の従弟ではなかったなら、ただ偶然…いや、前世の繋がりなどというモノ以上の出会いをしていることができていたなら、貴女は私を好いてくれましたか?


 たとえば……


 たとえば…延々と思い浮かべずにはいられないその言葉。
 私にとって貴女はすべてだった。
 貴女の笑顔を見られれば、それが幸せ。
 貴女の声を聞く事ができれば、それはもう私のその日一日を満たす幸せの音色。
 貴女の温もりを今も私の手は覚えている。
 ――――その温もりが今も私の心を温い…そしてとても痛い戒めとなって縛っている。
 そう、私にとって本当に貴女という人が幸せの結晶だったのです。
 だけど貴女を中心にして出来上がっていた私の世界はあの日、貴女に痛いほどに苦しいほどに恋焦がれる私だけを残して壊れた。貴女と彼が運命の出逢いを果たしてしまったあの日に……。


 あの日から私は今も冷たい雨に打たれて、首輪をつけたまま放り出された捨て犬のように残骸だらけの壊れた世界を彷徨っている…。


 私は今も時折、貴女の夢を見ます。
 夢の中の貴女の赤い瞳の中には私の顔が映っています。
 だけど私はわかっているのです。貴女の瞳に映るのは私でも貴女の心にあるのは彼だと。それでも私はかまわないから、ただ感情のままに貴女を抱きしめてしまうのです。しかしその瞬間に貴女は銀の鳥となり、私の夢という鳥篭から飛びたっていってしまう。
 そこで夢はいつも醒めてしまうのです。


 そうして私は潜った布団の中で体を丸める。母の子宮の中にいる胎児のように。
 夢の中の貴女すら私の想い通りにはなってはくれない。
 夢の中の貴女すら彼の下へ行ってしまう。
 夢の中の私はそしてただひとひらの雪のようにひらひらと落ちてくる銀の羽根を見続けて、涙を流すのです。


 もう絶対に私は人を好きにはならない・・・
 ――――――そう想っていたのに・・・・・・・


「どうしたの?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「そう」
 それで会話は終了した。
 私は中断していた人形作りの手を動かせるし、隣り合って座る彼女はただ私の作る人形を見つめている。腕に烙赦を抱きながら。
 私と綾瀬まあやはあの日より世間一般的に見れば恋人同士という事になっているのかもしれない。
 だがただあの雨の日にほんの一度だけ…十数秒だけ唇を重ね合わせただけで、その後は私は彼女の肌には触れようとはしないし、彼女も私に何かを求めはしなかった。そう、私の心さえも。
 そして私は私で、この腕の中から青い空へと銀の鳥が羽ばたいていってしまった心の傷があるから、だからその傷がどうにも痛んで私は翼をもがれて地に落ちたその黒い鳥に触れられないでいる。ただ足下で青い空をじっと見つめているそれを見ているばかり。


 いっそうの事、その目も潰してしまおうか?
 そうすればもう絶対にその黒い鳥は私の腕の中にいてくれるはずだから。
 そんな抱いてはいけない念を抱いてしまう自分に時折、ぞっとする。


「くぅ」
 考え事…と言うか、また抱いてしまった罪深い思考に手元が狂い、私は道具で自分の指を切ってしまった。
「大丈夫?」
「ええ」
「見せて」
 左手の人差し指に浮かんだ赤い血の珠。それを細めた紫暗の瞳で見据えた彼女は何の躊躇いも無くその傷ついた指先を口に含んだ。
 そして服のポケットから取り出したばんそうこうを慣れた手つきで私の指に巻いてくれる。
「すみません」
「いいの」
 そう言った彼女はおもむろに私の額に自分の額を重ね合わせた。
 私は目を見開いてしまう。
「熱は、無いか」
「熱?」
「ええ、だってあなたが珍しく怪我をしたから。だけどただの河童の川流れ、サルも木から落ちる、という奴だったようね」
 額をあわせたままくすりと笑った彼女に私は苦笑いを浮かべた。伝わる彼女の優しい温もりと心地良い振動を感じながら。
「どうして貴女は弘法も筆の誤り、と言えないかな?」
「これ、我の性分なり、ってね」
 そう悪戯っぽく笑いながら言った彼女はそのまま私と二度目のキスをした。わずかに血の味がするキスを。
 唇を重ね合わせたまま、私は彼女が畳についている右手に自分の左手を重ね合わせる。そうして私たちは唇を重ね合わせるようにお互いの手を握り合った。だけどやはり私には彼女の手から伝わる温もりや力が私を責めているように感じられて、だから私は彼女の手をごまかすようにただ力強く握り締めた。


 貴女という温もりが私の心に走る罅にそっと深く優しく染み込んでいく。
 だけどそれと同時に貴女の指先が私の罅をそっと撫でていくから、
 その度に私の心は痛みを感じる。
 その痛みが私を責めるのだ。
 なぜなら私はまだ………


「帰るわ」
 唇を離した彼女の第一声がそれだった。
「ええ」
 立ち上がろうとする私に彼女は静かに笑う。
「ここでいい。バイバイ」
「え、あ、それでは。さようなら」
「ええ」
 そして彼女は帰っていき、私はひとり私の部屋にいる。烙赦はちゃんと彼女を玄関まで見送りに行ったが、私は動けなかった。唇を離す瞬間に見つめた彼女の前髪の奥にある切れ長な紫暗の瞳は私のすべてを見抜いているかのようだったから。


 どうしようもなく追われた青い空に憧れる地に落ちた黒い鳥。
 だけど地上を這う私は青い空を見上げる事は出来ない。
 それは未だにその青い空に銀の鳥を探してしまおうとするから。
 心は求めている。銀の鳥を、今でもどうしようもなく。
 黒い鳥を知った今でも。


 私は立ち上がり、部屋の箪笥の一番上の引き出しの奥から小さな箱を取り出した。
 そしてそれを開ける。
 その中には小さな小さなビーズの指輪が入っていた。
 それはまだ幼かった頃に姉に習って作ったビーズの指輪。
 それを彼女の誕生日に渡して、そして自分の想いを告げるつもりだった。だけどその時に私は知ってしまった……
 ――――彼女がずっと探している人がいると。
 そしてだから私はその指輪で結ぼうとしていた彼女との絆が幼心にもあまりにも浅はかでそして脆く感じられて、
 結局は私が彼女のためにと作ったビーズの指輪は渡せずに未だにこうして私の手の平の上にあるのだ。


 今でもどうしようもなく彼女が好きだ。
 たとえ彼女が運命の人と巡り逢えたとしても…。
 それで諦めがつくようなそんな想いではない、彼女への気持ちは。
 だけど………
 出逢ってしまった、私も………
 綾瀬まあやに。
 彼女だけで構成されていた私の世界。
 だけど綾瀬まあやによってもたらされた別の価値観。新たな世界が構成されていく中で、それでも必死に抗うように…半ばムキになって彼女のいなくなった崩壊した世界にそれでも居続けようとするのは………
「………動かねばならぬか、私も」
 私は彼女の携帯電話に電話をかけた。


 ――――――――――――――――――――
【雨上がりの夕方の空】

 2月14日。
 雨は朝から降っていた。
 雨は嫌いじゃない。
 雨に濡れるのは好きだったし、
 しとしとと降る雨を見つめるのも好きだった。
 それに最近加わった理由は青い空を雨雲が隠してくれるのと、
 雨は彼女と出逢った日の天気だから。

「こんにちは、羽月君」
「こんにちは、綾瀬さん」
 私はぺこりと頭を下げた。
 今日の彼女はどことなく雰囲気が違って見えた。ん?
「綾瀬さん、その指のばんそうこうは?」確か昨日は無かった。
「ああ、気にしないで」
 彼女は軽く肩をすくめた。そして肩にかかる黒髪を掻きあげながらわずかに小首を傾げる。
「で、なに?」
 素っ気無い言葉でこうやってストレートにモノを言うのが彼女だとわかっていてもやはり少々これには私は戸惑ってしまう。私の女性の基準はずっと彼女だったから。
「チョコレートでもくれるのかしら?」
 チョコレート?
 思わず眉根が寄ってしまう。
 彼女はため息を吐いた。
「昨日のあなたのファンの女の子たちに同情するわ」
 何を言っているのであろうか?
 ふわりと吐いたため息で額の上で踊った彼女の前髪を見つめながら私は小首を傾げる。
「今日は2月14日。バレンタインでしょう。昨日、今日は学校が無いからとチョコレートをもらわなかったの?」
「昨日の帰りは校門から貴女と一緒だったでしょう? 私が何かを持っていましたか?」
 彼女は肩をすくめた。
「本題に戻りましょう。で、なに?」
 私は咳払いを一つして、
「公園まで付き合ってください」
「公園、ね」
 彼女は珍しく無表情でそう呟いた。


 まず最初にそれをやろうと決めて思い浮かんだ場所が公園だった。
 多分それはそこが彼女との想い出深い場所だから。そう、歩き出すには丁度良い。
 そして同じように桜の樹の下に立つ。墓標となるべき桜の樹の下に。そこで告げる。お別れを。
「決めていたのです。この桜の樹の下で別れようと」
 彼女は肩をすくめた。
 私は握り締めていたビーズの指輪を手を開いて、外界の空気にさらした。
 それは色褪せる事無く、幼い頃に見たままの綺麗さを保ち続けている。
「かわいい指輪ね」
 彼女がぽつりと言った。
「はい。これは私が彼女のために作った指輪なのです。この指輪を渡して、そして永遠の愛も伝えるつもりでした。幼いなりに必死に」
「そう」
「ええ」
「だけどお別れです。この指輪とも。そして私の腕から飛んでいった銀の鳥とも。私には貴女がおられるから」
 私が小さく微笑むと、彼女はわずかに目を見開き、そしてその後に同じように小さく微笑んで額を重ね合わせた。


 伝わってくる貴女の温もりは私の心に走る罅に深く優しく染み込んでいく。
 それが今は本当にとても心地良い。


 そしてそのままお互いが当然その後にそうするように決められていたが如く唇を重ね合わせて、手を握り合った。強く握り合う手の中でビーズの指輪の糸が切れた感触が伝わった。
 それはとても心に痛く、そして寂しい感触だったけど、
 だけど彼女の優しい温もりと唇の感触が、
 罅の中に染み込んでいくから大丈夫。
 そうやって私が彼女の唇の感触と身体の温もりに救われるように、いつか私も本当には私に心を開いてはくれていない……いや、きっとその哀しく痛い過去故にこれから先、永遠に誰にも心を開かないであろうまあやの心をそれでもほんの少しでも開かせて、彼女を私の温もりで癒す事はできるであろうか?


 きっと私は貴女の運命の相手ではない。
 ひょっとしたら貴女にも彼女と同じように前世から繋がっていて、だからこそそんな貴女を真に救える誰かがいるかもしれない。
 だけどもうそれでも構わない。それならそれでそれまでの間だけでも私が貴女の支えになりたい。
 私はもう貴女を愛しているから。心が痛いぐらいに。
 もう今の私なら、彼女もそしてひょっとしたらいつかそうなるかもしれない貴女も、どちらもその幸せを祝福する事はできるから。
 だからそれまでは私に貴女を支えさせてください。
 私は貴女だけを見るから、
 私は貴女の抱える暗い闇の痛みを理解しようとするから、
 私は貴女を護るから、
 だから私を貴女の隣に置いて、そしてそれを許してやってください。


 私はひとりで桜の樹の下に穴を掘って、そしてその穴の中にビーズと切れた糸を入れて、土をかけた。
 その部分だけ色が違う土はどこか物哀しさを感じさせたけど、握った彼女の手に優しく労わるような力が込められたから、私は彼女に微笑んだ。
「さあ、行きましょう」
 そう言う私に彼女は、わずかに頬を赤らめながら(これには本当に驚いてしまった)鞄から綺麗にラッピングされたひとつの紙袋を取り出した。
「なんとなくここで渡しておきたい気分だからさ。ここであげるわ」
 私、に? と言う言葉は喉から出る寸でで飲み込んだ。言っていたらきっと怒られていたから。
 そして私は、
「ありがとう」
 と、彼女に伝えた。
「ん」
 そして私たちは手を繋ぎあい、その桜の樹に背を向ける。背を向ける瞬間に、


 さようなら。ありがとう。


 と、埋めたビーズと糸に告げた。
 そうして私たちは歩き出す。
 久方ぶりに見上げた空は雨上がりで、とても綺麗で澄んだすみれ色の夕方の空をしていた。
 彼女は公園を出る時にほんの一瞬だけ桜の樹を振り返ったが、私はそれを振り返らずに歩いた。どこまでも晴れ渡る夕方のすみれ色の空の下を。


 ― fin ―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1856 / 藤野・羽月 / 男性 / 15歳 / 中学生/傀儡使い



 NPC / 綾瀬・まあや



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


こんにちは、藤野羽月さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。

『花唄流るる』綾瀬まあやご指名ありがとうございます。^^


どうだったでしょうか?
プレイングに書かれていたご期待に少しでも添える事が出来ていたらいいのですが。^^

ストーリーはやはり最初にこれを持ってこねばと想い、二人の馴れ初めと、
そして羽月さんの前に踏み出す心理を描写させてもらいました。
うんうん、男の子はこうやって大きくなっていくものだよね、と想いながら。^^

今回は適度にちゃっかりとラブラブで適度にシリアスな感じのお話になりましたが、
また次の機会がありましたら今度はそれこそ軽めのラブコメタッチでお話を書いてみたいなーと想います。^^

失恋したあとの儚い男心&前に歩き出す、成長していく羽月さんの姿に好感を持っていただけていたら幸いです。^^
ちなみに男の子は大抵こんな感じだと想います。

姉さん女房は金のわらじを履いてでも探せ発言やあたしの彼氏になりなさい発言をする綾瀬まあやは書いていて非常に楽しかったです。
そしてこんなどこまで本気かわからぬ綾瀬まあやにしっかりといつの間にかはまっている辺りは、
やはり羽月さんの心の優しさの現われなのでしょうね。
しっかりと綾瀬まあやの心を理解しながらも、それでも隣にいようとするのは本当に優しく情が深くなければできないと想いますから。

前半の前の恋に苦しむ、そして未だに他の男性と結ばれてしまった彼女を想い続ける彼の姿があるからこそ、
ラストの公園で振り返らずに去っていく彼にはそれだけの成長をしたのと、そして真摯な想いに覚悟を抱いたのだな、というのがわかって、
それが同じ男として見てもカッコよいなと想います。^^
雨上がりの綺麗なすみれ色の空はきっとそんな彼の心の現われなのだと想います。


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にありがとうございます。
綾瀬まあや、ふつつかな娘ではありますがなにとぞ、よろしくお願いいたします。幸せにしてやってください。(ぺこり
失礼します。^^