■漆黒の翼で 1■
山崎あすな |
【2863】【蒼王・翼】【F1レーサー 闇の皇女】 |
【 序曲 -オーバーチュア- 】
まったく、なんだって言うんだ。
悪態ばかりが漏れるのも、仕方がないだろう。
だからといって、このまま引き下がるのも腹が立つ。
何がなんだかわらかないままに襲われ、追われ――今にいたっているのだから、せめて理由ぐらいは聞かなければ。
まぁ、店は「CLOSE」の看板を出して、電気は消してきたしかまわないかぁ……。
などというくだらないことを考えながら、漆黒の片翼を背負った男――ファーは大きなため息を漏らした。
時間は少しさかのぼる。
何一つ変わらない日常の中を、今日も紅茶館「浅葱」のウエイターとして働いていたファーは、軽快に鳴り響くカウベルに反応して「いらっしゃいませ」と一言漏らした。
めずらしく、午後の三時――おやつどきだが、客は一人も入っていない。
そこに、久しぶりの客。
水を用意して、腰をおろした客の下に運ぼうと思ったが、その動きが完全に止まる。
「な……」
信じられないほどの静寂の中に、うっすらと感じ取った殺意。殺気。けれど――熱を感じさせない冷たさの中に、それは存在した。
今まで感じなかったものを突然感じ取ったのだから、異端者として平穏な空間の中に入ってきた存在が、感じさせているに違いない。
水を持っていきたくないと思う反面、このまま放っておいても危ないと思う気持ちもどこかに存在する。
また厄介なことが持ち込まれた……。
なぜかこの紅茶館「浅葱」という空間には、厄介ごとが持ち込まれやすい。そして、ファーは常にそれに巻き込まれているのだ。
いい加減嫌気が差している。
だからといって――この殺気を無視するわけにはいかない。
「ご注文は?」
水と氷が入ったグラスを静かにテーブルに置くと、いつもの通りに声をかける。そこでやっと、ファーは客の顔を見ることがかなった。
不気味――とも思えるほど、真っ白に染まった肌。どこも焼けた後なんて見られない。それにあわせるかのような見事な白髪。開かれた瞳から覗くのは――緑の瞳。
見たところ、十代後半といったところだろうか。人形のように綺麗な少女だった。
「――そう、やはりそうなのですか……」
突然、口を開く少女。
落ち着いたというよりも、感情が一切こもっていないような、その台詞。
「え?」
自分が話しかけられたのだとばかり思い、思わず聞き返すファー。しかし、それは自分への言葉ではなかった。
「わかりました。では――狩りましょう」
刹那。
音も立てず、ただ静かに振り下ろされたものがなんだったのか、ファーには理解することができなかった。
けれど本能が、自分をその「攻撃」から回避させた。
「……貴方を狩ります」
よく見れば、彼女は自分の身長ほどある大きな鎌を担いでいる。
多分さっきは、あれが振り下ろされたのだろう。
よく避けた。
自分を自分で、ほんの少しだけ褒めながらも、投げかけられた言葉の意味がよくわからなくて、疑問符が頭に浮かぶ。
「私は、ダークハンターと名乗っているもの」
「俺が何をした?」
彼女が何かも気になったが、とにかく今はそっちのほうが気になった。
しかし、彼女はファーの問いに口では答えない。もう一度振り切られた大鎌が、その答えだと物語っているかのように。
話はできない。
だったら――逃げるしかない。
わけもわからずに殺されるなんてごめんだ。
せめて、話ができる相手だったら――
「どうしたもんだか……」
ため息混じりにつぶやいた言葉。空に輝いていた太陽は夕陽に変わり、もう沈みかけている。
つい先ほどやっと、追ってくる少女を振り切ったところだ。店に帰りたいが、このまま帰ってしまったら、自分の居場所を相手に告げているようなものだ。
だからといって、頼れる知り合いもいないこの街で、どこに行けと……?
路地を抜け、表通りに出る曲がり角が目の前に見える。
ドンッ
「っ……」
あまり辺りを見渡していなかったファーは、ちょうど角を曲がろうとした瞬間、誰かとぶつかった。
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【 漆黒の翼で - 序曲 - 】
やわらかい風が吹き荒れた。
自分の身体を包み込むように、暖かく、けれどどこかで束縛してくるような――
「……ん?」
気のせいではないようだ。
どうやら、自分は今、周りに集まってきた風によって、その行動を捉えられてしまったらしい。
けれど、決して攻撃的ではない。
むしろ――
「そこから動くな。空ばかり見上げて歩いていると、大通りを行くものとぶつかる」
ただ単に自分の動きを止めたかった、という雰囲気すら感じる。
とても中性的な声。女性なのか、男性なのか。その声を聞いただけでは判断がつけにくい。
聞こえたほうを見つめてみると、そこには整った顔立ちをした少年が立っていた。
「すまない。他のことに気を取られていて」
「だから空ばかりを見上げて?」
「ああ」
今だって、後方の空からいつ襲撃されるか、気が気でない。
突如、自分を襲ってきた少女。何も考えずに店を出て、逃亡することもう数時間。追いつかれてはまた引き離し、追いつかれ、引き離し。そんなことの繰り返しばかりで、さすがに体力を失ってきた。
けれど少女は空から自分を探している。今いる場所も、すぐに見つかってしまうのだろう。だから、大通りに出て、たくさんの人に紛れてしまおうと考えた。
「この風は、お前が?」
「そうだよ。傷つけることも、守ることもできる」
「便利だな」
いつまでもここで立ち往生しているわけにはいかないが、礼ぐらいは言わないと。
そう思ったファーが口を開こうとした瞬間。
「――ちっ!」
舌打ち一つ。
近づいてきた殺気。その身を凍らせるのではないかと思うほど。殺気から感じる緊迫感が、心臓を握りつぶさんとする。
「ぶつからないようにしてくれたこと、感謝する。すまない、先を急いで――」
出会った少年に一つ頭を下げて、すぐにその場を立ち去ろうとしたが、少年が表情を厳しく変化させていることに気がつき、言葉を思わずつぐむ。
「……お、い……?」
手を差し伸べて、少年に触れようとしたが、響いた銃声がそれを許さない。
「なっ」
今日は次から、次へと一体なんなんだ。
胸裏でつぶやき一つ。銃声がした方角へ視線を向けると、こちらを鋭くにらみつけている意志の強い瞳とぶつかった。金髪と身にまとっている和服がアンバランスであり、ひときわこの空間で自身を目立たせている青年。自分と対して変わりない年だろうか。
決してその目をファーからはずすことなく、大またに少年の横まで近寄ってきた。すると、少年は先ほどまでの厳しい表情を一変させ、やわらかく寄り添った青年を見た。
「金蝉、どうした?」
青年は投げかけられた言葉に答えようとはしない。無口なのだろうか。それとも、あまりに憤りを感じていて、声すら出ないのだろうか。
「……やれやれ、どうやら怒らせてしまったみたいだ」
ため息混じりにそうつぶやくと、少年はまた先ほどと同じような厳しい表情に変え、
「それより、この気配は一体なんだ? キミに関係しているのか?」
ファーの後方の空を遠く見つめた。
「あっちから来る」
「……俺を追っている少女のものだ」
「追われている?」
「ああ」
「追われているというよりむしろ、僕には引き寄せられているように思える」
ファーがその疑問に首をかしげている暇は、一瞬も用意されていなかった。
ビルの上にその足を下ろした少女は、他の何にも目をくれず、そこから身を躍らせ、大きな鎌を振り下ろす。響き渡る轟音に、通行人のほとんどが悲鳴を上げ、こちらに注目した。
三人はそれぞれ鎌が通る軌跡から散り、騒がしくなる周囲の目を気にすることなく構えた。
「こんなに人の多いところで襲ってくるなんて、迷惑きわまりない」
「ターゲットが増ええている……人の害になる可能性のある……女」
少女のつぶやき。
「それに――人の害としか思えない、男」
鎌で金髪の青年を指差す少女の態度に、思わず苦笑をもらしたのは「女」と言われた、風を操る少年。
「そういうキミは一体なんなんだ? 人の害となるものを狩る、正義の味方?」
「ダークハンター……名はスノー」
少女――スノーが視線を青年から離し、ゆっくりとファーを見つめる。
「けれど、一番危険なのは片翼の男。自分で制御できない力……」
どこまでも深い緑の瞳で見つめられると、何もかも吸い込まれそうになる。
「貴方はいつか、人に害をもたらす」
しかし、ここで屈するわけにはいかない。
「だから……狩ります」
銃を構えた金髪の青年と、いつでも抜けるようにと剣の柄に手を当てている少年――いや、スノーは確か女と言っていた。二人の厳しい視線も同時に感じる。
「後ろの二人は後です。今の最優先事項は――貴方」
いっきにつめられる間合い。
避けようと思っても、周りを囲っている野次馬のせいで逃げ場所がない。
ファーが心中で一つ舌打ちをし、その手をスノーにかざした――刹那。
「……邪魔……」
小さく言葉を漏らしたスノーのコースが変わる。何かを避けたのだろう。
しかし、スノーが避けたということは、もちろんその直線状にいたファーが今度は的になってしまうわけで。
「なっ」
ファーは驚きを隠せないまま、どこからか放たれた「弾丸」をかざした右手寸前で失速させる。
「……あいつ……」
放ったのは間違いなく、金髪の男。仲間という意識があるわけではないが、容赦なさすぎる。もし、自分がここで避けたとしたら、確実に野次馬へと当たっていた。
視線を合わせると、表情は変わっていないものの、落ちた弾丸へと疑問を感じているようだった。
『三人同時にっちゅーのは無理やろ。いったん引かないか? スノー』
「確かに、面倒……」
宙に浮いていたスノーとその手にある巨大な鎌が会話をする。
そして、少女の影が遠ざかろうとした刹那。
「簡単に逃がすとでも思ったのかっ」
声が響いたか否か、突然スノーの動きが止まった。
『スノー!』
「動かない……」
風が彼女の身体を束縛したのだ。叩きつけるように、地面に落とされたスノーは間一髪、何とか直撃は避けたが、体制を崩して着地している。
そこを、弾丸が容赦なく狙う。響く銃声。しかし、同時に何かが弾丸をはじく音。人ごみの中に落とされたスノーへと、狙いをはずすことなく打ち込まれた弾丸だったが、どうやら一発も本人には当たっていないようだ。
「……逃がした」
次にスノーがいるはずの場所の視界が開けたときには、もう少女の姿を見つけることはできなかった。空を飛んでではなく、人に紛れるように姿を消したのだろう。
先ほど、ファーがそうしようとしたように。
「おい、貴様」
声をかけてきたのは金髪の男だ。礼儀も何もあったものではない。ファーもあまり礼儀のある人間だとは思わないが、ここまでではないと彼の姿を見て思った。
「……なんだ?」
「どうやってこいつを落とした?」
「――自分でも、よくわからない。火をおこすことも、今ここで、あんたを遠くに吹き飛ばすこともできるが、なぜそのような力を持っているか、俺が聞きたいくらいだ」
けんか腰の会話。近づいてきた少年――いや、少女?――が苦笑をもらしながら、「もっと穏便に会話できないのか? キミたち」と声をかけてきた。
「僕は蒼王翼。名前ぐらいは聞いたことがあるかも知れないけれど、キミは?」
正解は、少女だった。
蒼王翼の名前は、ニュース番組をつけていてば、嫌でも耳にするものだ。天才F1レーサーとして、世界に名をとどろかせている少女を、ファーは知っている。
「……ファーという名だ」
「こっちが、桜塚金蝉」
彼の名も聞いて驚きを覚えた。厄介ごとによく巻き込まれるファーが、依頼人から何度かその名を聞いたことがあった。
「……陰陽師の?」
「そう」
「そうか……厄介なことに巻き込んですまなかったな」
謝罪を一つ。
先ほどまで見せていた中性的な表情を、完全に少年の目つきに変えると、翼は剣を抜き、ファーの首筋に突きつけた。
「――むしろ、あの少女の言っていることが正しければ、僕がキミを狩る」
思わず絶句するファー。
あの少女の言っていることが正しいか、間違っているかなんて、自分にはわからない。わからないから――その謎を解くためにこうして逃げ、何とか少女から話を聞こうとしているのに。
「その黒い片翼が何かを引き寄せている。だとしたら、黙って見過ごすわけにはいかない」
相変わらず無口な金蝉と紹介された男。しかし、いつでも発砲できるようにと、その手から銃を離そうとしない。
「敵としてみるわけではないけれど、味方としても見ることはできないこと、理解してほしい」
「すぐに死にたかったら、殺してやってもいいが?」
そこでやっと口を挟んだ金蝉だったが、あまりにも冗談に聞こえないその台詞に、ファーの背筋が凍る思いをした。
「話ぐらい、聞いてあげるよ」
「……そうしてもらえると、ありがたい……」
緊張感を解けないまま、ファーは二人を危険かもしれないが、紅茶館「浅葱」へと招き入れることにした。
ゆっくり話をできる場所が、他に思いつかなかったのだ。
◇ ◇ ◇
『厄介な相手が一緒におったな』
「……今回の目的は、あくまでこの羽根の根本を断ち切ること」
『だがもし、あの二人があいつの味方につく、なんちゅーことになったら、一筋縄ではいかんやろ?』
「……先に、始末しておくとでも?」
『動きを封じるあの女は、特にやっかいや』
闇夜に身を隠したスノーの瞳が光る。
相棒の言うとおりだ。彼は口数は多いものの、的を得ていることしか言わない。
だとしたら、ターゲットを変えることが賢明だろうか。
「闇の継続者と呼ばれた吸血鬼……」
今夜の満月は――真っ赤な血に染まったような輝きを見せていた。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖蒼王・翼 ‖整理番号:2863 │ 性別:女性 │ 年齢:16歳 │ 職業:F1レーサー兼闇の狩人
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‖桜塚・金蝉‖整理番号:2916 │ 性別:男性 │ 年齢:21歳 │ 職業:陰陽師
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は、発注ありがとうございました!
初めまして、蒼王翼さん。ライターのあすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第一話目、いかがでしたでしょうか。
男装の麗人、ということで、勘違いから表現させていただきました。スノーと
同業者であり、スノーのターゲットにも入っているということで、大変戦闘の
多い一話目になってしまったのですが…。金蝉さんとの言葉はなくても通じ合
っているコンビネーションの良さを、少しでも表現できていたら嬉しいです。
楽しんでいただけたら、大変光栄に思います。
また、第二話目の参加も心よりお待ちしております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。
あすな 拝
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