■【狭間の幻夢(ゆめ)】魔人の章■
暁久遠 |
【2920】【高木・貴沙良】【小学生】 |
―――――それは、ある日の午後のこと。
貴方はなんとなく町を歩き回っていた。
空の頂点には太陽が爛々と輝き、地に佇む貴方を照らす。
―――今日もいい天気だ。
そんなことをぼんやりと考えたその時。
――――――――ザァッ。
貴方の頭上に、唐突に大きな影が被さった。
「!!」
貴方が驚いて目を見開いている間に、その影はあっという間に貴方の頭上を通り過ぎ、何処かへと消えていってしまった。
逆光の為しっかりと判断することは出来なかったが、どうやら大きな鳥のようなものが頭上を通りすぎたらしい。
いや、鳥の羽のようなものを持った…『人間』か?
奇妙な影の正体に頭を悩ませる貴方。
しかしその目の前に、ひらひらと何かが舞い落ちてきた。
反射的に手を伸ばしてそれを捕まえると、その正体は―――大きな、ヤツデの葉。
自分の掌を軽く超えるほどの大きなその葉は、少なくともこの辺りに生息している木ではないのはすぐに見て取れた。
不思議に思って裏返してみると、そこには文のような物が。
『・招待状・
ただいま我々は非常に困っております。
しかし、それを解決するためには、どうにも人手が足りません。
これを読んだ方、どうかお手伝いお願い致します。
喰魔山管理役より』
「…『喰魔山<くらまやま>』?」
聞いた事がない名称に眉を寄せる貴方。
しかしその疑問は、すぐに解消されることになった。
……すとん。
―――軽い音と共に、貴方の目の前に看視者が到着したからだ。
「あ…」
驚く貴方を他所に、看視者はふっと貴方に目を向け―――ぴたりと、貴方の手の中にあるヤツデの葉に目を留めた。
そして何か考えるような仕草をしてから―――貴方の腕を掴み、地面を蹴った!
とん、と軽い音と共に高々と飛び上がる貴方と看視者。
戸惑いの声をあげる貴方すら半分無視状態で、看視者は貴方の片腕をしっかり掴んだままとんとんとビルや屋根の上を軽やかに飛んでいく。
一体何がどうなっているのかと目を白黒させる貴方にちらりと視線を向けた看視者は、ぽつりと呟いた。
「――――――あのヤツデは、『招待状』だから…」
「『招待状』?」
その言葉に不思議そうに首を傾げる貴方を見ながら、看視者は簡単な説明を行う。
このヤツデは『喰魔山管理役』なる者からの招待状なのだ。
それは無差別に撒き散らされるが、文章を読むことが出来るのは能力者のみと言う変わった術が施されているもので。
何が起こるかわからない場所ゆえ、安全のために超常現象にある程度対処できる力を所持する能力者のみを招待する運びになっているのだそうだ。
…まぁ、看視者の場合は統治者からの依頼も兼ねているので、行きたくなくても行かなければならないらしく。
貴方を発見した時、丁度同じ招待状を持っているのだから連れて行ってもいいだろう、と半ば巻き込む形で拉致することにしたのだという。
…要するに、貴方は行く行かないの選択肢を選ぶ前に、強制的に拉致された、と言うことだ。
そのことで恨めしげに看視者を睨むが看視者達はさらりとその視線を受け流し、黙々と進む。
そして視界は二転三転。
人が多く雑多に建物が立ち並ぶ街中から少しずつ建物がぽつぽつと減っていき、気づけばどこか懐かしい雰囲気漂う大きな山が目に入った。
ぽつぽつと点在するビルや家に囲まれるようにして、しかし全く揺らぐ様子がないように、堂々と鎮座するそれ。
驚いて目を見開く貴方だが、看視者は止まらない。
そのまま田んぼの脇道を軽く蹴って高く飛び上がると―――――そのまま、山の入り口へと着地した。
「ここは…」
「ここが『喰魔山』だよ♪」
呆然とした貴方の疑問に答えたのは、看視者ではない、少女のような…それでいて少年のような、不安定な声。
驚いて声のした方―――山の入り口へと目を向けると、そこには二人の『人』が立っていた。
――――――いや、『人』ではなかった。
「どーも初めまして♪俺たちが届けた招待状、受け取って貰えたみたいだねv」
「其方も忙しいところに呼んでしまってすまなかったな」
入り口に立っていた二人には―――『羽』があった。
黒い脇辺りまである髪をポニーテールにしてあり、くりっとした大きな瞳は右が金、左が金の変わった色彩<いろ>を持っている。
チャイナと膝丈の着物を混ぜたような変わった服にスパッツ、膝まである編み上げブーツを着た少女なんだか少年なんだか判別しかねる子供の腰から、真っ白な蝙蝠のような奇妙な翼があった。
そしてもう一人。
黒く足首まであるややたるませた長い髪を腰辺りで縛り、切れ長の瞳は射るような冷たさを帯びた白銀色。
陰陽師の式服のような衣装に、草履。
和風スタイルの落ち着いた青年の背からは、漆黒の翼が生えていて。折りたたまれたその両翼のそれぞれの中間点には、直径十センチくらいの緋色の石が埋め込まれるように点在していた。
――――どちらも、姿からして、やはり人ではなさそうに感じた。
しかしこの二人、見る限りではどうにも兄弟が親子にしか見えないのだが…それよりも、むしろ何故こんな格好で、それもこんな人里離れた山の中にいるのだろうか。
訝しげな貴方の視線に気づいたのか、子供の方がにこりと笑うと、貴方に向かって握手を求めるように手を差し出す。
「俺は神翔<かしょう>だよ。
こっちのひょろ長いのは鳴<なる>ってゆーんだ」
「ひょろ長い言うな」
どげしっ。
「あ」
笑顔の神翔の説明に不満を持った鳴からの蹴りツッコミが神翔の背中にキレイに入った。
顔からずべしゃぁっ!と見事にスライディングをかます神翔。
驚いたように目を丸くする貴方の目の前で、神翔はがばぁっ!と体を起こした。
ちょっと鼻の頭がすりむけている辺り、結構痛そうだ。
「なんだよ鳴!ホントのことじゃんかぁ!!」
「人に変な印象を持たせるような紹介はやめろといつも言っているだろうが!!!」
きゃんきゃん吠える神翔と怒鳴り返す鳴。
最初の印象とは違い、どうにも漫才コンビの印象が拭えない。
どうすればいいのだろうと戸惑っている貴方とじーっと見ている看視者に気づいたのか、二人ははっとして佇まいを直す。
そして『こほん』とわざとらしい咳をすると、鳴は真面目な顔で口を開いた。
「まぁ、私達の名前はこれで知ってもらえたと思うが。
私達の素性についてなど色々と気になることもあるだろうが、とりあえず我々の住居へと案内させてもらう。
話はそれからだ」
その言葉に頷いた貴方と看視者は、前を歩き出す神翔と鳴に着いていき、山の中へと足を踏み入れるのだった。
***
「――――――そういうワケで、私達はきちんと『統治者』から許可を貰って暮らしているわけだ」
先ほどの邂逅から約一時間後。
数十分ほどかけて木や草をきちんと避けられた一本道を真っ直ぐに通った先にあった古風な一軒家の中。
外見の割には意外と近代的な内装の家の中に入り、鳴に入れてもらった茶を飲みながらの話の締めくくりが、これ。
―――鳴の無駄に長い話を要約すると、こうだ。
神翔と鳴は純正のあやかしだが、ここの森に住む他のあやかし達は大抵が何かしら半端な部分を持つ者達らしい。
それゆえ戦闘能力もほとんどの者が皆無に等しく、人と争う気も持たない者ばかり。
だからこそ黒界では攻撃や蔑みの対象になることが多く、それを回避する意も込めて、統治者がこの『喰魔山』にそれら半端なあやかしたちを集め。
そして用心棒も兼ね、人界で暮らしたいと思っていた神翔と鳴の申請を『喰魔山の管理役になる』と言う条件でもって受けたのである。
「ここの山はなんだか不思議な力があるみたいでね。
純正のあやかしは近づくことすら難しいみたいなんだ」
あ、俺達は看視者から喰魔山の気の影響を受けない術を施して貰ってるから平気なんだけどね☆と笑い、神翔は話を続ける。
「それにここの山の草木は全てが純正のあやかしにとっては普通の人間にとっての『毒』に等しいほどの威力を持ってるんだ。
草木の汁や木屑の欠片が付着しただけでもアウト。被れたりそのだけ腐ったりしちゃうみたい。
ついでに言うと、食べれば下手すれば即死、ってトコだね」
あー、でも黒界のあやかしにしか威力がないみたいだから、結局のところ黒界以外の存在に対してはほとんど無力なんだけど。
そう言って笑顔を向ける神翔。
「…そういうわけで、この喰魔山は半端者の孤児院のようなものであると同時に、対あやかしの能力を持つ天然の要塞も同然、と言うわけだ」
だからこそ、ここに住まう半端者達は皆健やかにすごせる。
そう言ってしめくくる鳴を見ながら、貴方は口を開いた。
「…それじゃあ、『困ってる』って…?」
その疑問に、神翔と鳴は苦虫を噛む潰したような表情を浮かべる。
そして少々の沈黙の後、神翔が困ったように眉尻を下げて口を開いた。
「……それがさぁ。どっかの開拓業者がこの山を開拓の対象にしてるみたいなんだ」
その言葉に、貴方は驚いたように目を見開く。
「この山がなくなれば半端者達の行き先がなくなる。
そうなれば、ヤツらは黒界に戻るしかない。
…そうなると、また半端者に対する虐待が酷くなるだろう…」
できればそれだけは避けたいと悲しげに目を伏せる鳴を見て、貴方は戸惑うように視線を看視者に向ける。
しかし看視者はただ話を静かに聴いているだけ。どうやら話が終わるまで動く気はないらしい。
「何度か人のフリして此処の開拓は止めてって適当に理由でっちあげてお願いしたんだけど、あっちは聞く耳持たず。
とにかくそんな事情は知らぬ・存ぜぬ・今更開拓止められぬ、の一点張り」
「このままでは喰魔山が崩されてしまうのもそう遠くはない」
「だから…」
そこで言葉を切った神翔は、がばぁっ!といきなり立ち上がる。
驚いて目を見開く貴方を他所に、神翔はぐっと拳を握りながら声を荒げた。
「――――こうなったら俺達で開拓を無理矢理やめさせるしかないって、決めたんだ!!」
「……は?」
あまりにも唐突な発言に、貴方は完全に目が点。
いきなり何を言い出すんだと言わんばかりの表情に気づいたのか、鳴が呆れたようにコーヒーを飲みながら口を開く。
「…要するに、奴らが此処を開拓したくないと思わせればいい、と私達は考えたわけだ。
とは言え、我々には財力はないからな。金での交渉は不可能。
……となれば、最終的に残るのは実力行使、と言うわけだ」
「だから俺達がその開拓業者に対して徹底的にイタズラや嫌がらせをして、ここの山を開拓しようとしたら祟りが起こるとでも思い込ませればいい!
俺はそう考えた!!!」
「…とりあえず最終的な交渉はしてみるつもりではいるが、恐らく希望は持てまい。
その時は徹底抗戦だ。
私は必要な機材の破壊や、威嚇も兼ねたギリギリ直撃しないように調整して人間達へ攻撃。
神翔は他のあやかし達を先導して悪戯の限りを尽くす。
悪いとは思うが、相手の都合よりこちらの都合。
二度とそのような考えが湧かぬよう、容赦はしないつもりだ」
「それで他の業者にもその話が広がれば、俺達としては万々歳だしね!!
この山が開拓されないようになれば、それでいいわけ♪」
交互に為されるトーンもテンションも違う言葉に少々混乱しかけながらも、貴方は大方のところを理解した。
要するに、開拓をやめさせるため、業者達に嫌がらせや脅しを行えばいいわけだ。
直接人間に危害を加えるつもりではないようだし、彼等の住処になり得るところが此処しかないのなら、仕方がないだろう。
此処まで聞いてしまった以上、放っておくわけにもいくまい。
既に今回の行動について話し合いを始めている看視者と鳴・神翔を見ながら、貴方は面倒なことになったかもしれないと、深々と溜息を吐くのだった。
――――――――勝負は明日の昼間から。
はてさて、喰魔山が開拓されぬよう、どうするか。
○
どうも初めまして、もしくはこんにちは。暁久遠です。
微妙なOPでごめんなさい。全看視者に対応したOPにしようとすると何かと描写に制限がかかるので…(汗)
この異界での第3回目のゲームノベルは、イタズラ系(笑)にしました。
いまだに戦闘してませんが、そこはご容赦くださいませ…(滝汗)
看視者達や神翔・鳴ら特殊NPCや世界観については、異界の「狭間の幻夢(ゆめ)」を御覧下さいませ。
今回のシナリオは、大雑把に言えば「魔人・看視者(一人)と一緒にイタズラ及び実力行使で工事の立ち退き要請!」となります(をい)
出会った看視者・鳴(立ち退き最終要請及び実力行使)と神翔(イタズラし放題)のどちらと一緒に行動をとるか・看視者が二人組の場合、どちら(一人)が一緒に来るか・どんな行動をとるか―はお忘れなく書いて下さい。勿論、属性についての明記も必須ですよ。(属性名か、お任せか)
複数人数打ち合わせの上での同時参加の場合は、その旨をお書きください。
喰魔山の気になることや、看視者達の気になることなども聞きつつ、思いっきり実力行使しちゃってください☆(笑)
参加人数は特に決めておりません。期間内は開けっ放しの可能性高し(をい)
ではでは、ご参加お待ちしております。
|
【狭間の幻夢】ユニコーンの章―鬼―
●公園で●
夜も更けた頃。
ある公園のブランコに、3人の人影があった。
高木・貴沙良と鬼斬と御先だ。
貴沙良と御先はブランコに腰かけ、鬼斬は正面にある危険防止の低めの柵に腰かけて正面から2人を見つめている。
状況説明役は、口数の多い御先が自然と担当することになった。
本来、小学生である貴沙良は、普通ならこんな遅い時間にうろついていいわけがない。
…まぁ、今日は家で寝ようと布団に入った時にふと外にでかけてみたくなり、こっそりと世話になっている叔父夫婦の家を抜け出しただけではあるのだが。
「…話は解りました」
きぃきぃとブランコをこぎながらにこにこと事情を話す御先に、貴沙良は小さく頷いた。
「…それにしても、やっかいです」
「厄介?」
貴沙良がそう呟きながらわずかに眉を顰める。10歳とは思えない大人びた仕草は、やはり前世の記憶が関係しているのかもしれない。
不思議そうに首を傾げた御先を見、貴沙良は困ったように口を開いた。
「7歳以前の記憶や、前世の思い出の場所を見られてしまった場合、今の私には案内できないからです」
幾ら忘れてしまったといっても、無意識下に残っている可能性がある記憶。
また、例え知ってはいても、その場は異世界ゆえに案内することは難しい。
肩を落とした貴沙良を見つつ、御先は呑気にもぽむ、と手を打った。
「あぁ、そのことね」
「そのことって…気軽な…。
もし本当にそうなってしまったら、致命的なことになりかねないんですよ?」
緊張感のない態度の御先を思わず睨む貴沙良。
「―――それはない」
しかしそんな貴沙良を宥めるように、鬼斬の声が空気を伝った。
「…どうしてそんなことを言い切れるんですか?
確証なんて…」
「黒界のユニコーンに異世界へ渡る力はない。
別の異界に移りたければ、狭間から繋がっている異界を探しまわって見つけるしか手段がないからな。
時間も手間もかかる手段をユニコーンがわざわざ選ぶとは思えない」
訝しげな貴沙良の視線を受けつつもきっぱりと言い切る鬼斬。
そしてそれに続くように、御先がぎこぎことブランコを漕ぎながら口を開いた。
「それにねー、ユニコーンは『本人が覚えている記憶』しか読み取れないの。
記憶喪失になったり、覚えてない部分の内容はどんなに頑張っても読み取る事はできないんだよ。
だから、貴沙良チャンが覚えていない記憶はユニコーンには読み取れないってワケ」
わかったー?とくすくす笑いながら軽く貴沙良の額を指先で突付く御先。
額の叩かれた箇所を抑えつつ恨めしげに見る貴沙良に、御先は今度は声を抑えずに笑った。
「…まぁ、この世界で…だったら案内できますけど」
「そりゃ良かった♪」
むすっとしながらも喋る貴沙良に御先は満足げに微笑む。
と、貴沙良は急に真剣な表情になると、2人を交互に見つめてから口を開く。
「―――ただし、1つ条件があります」
「「『条件』?」」
ハモって聞き返した2人に貴沙良は小さく頷くと、言葉を続ける。
「…ユニコーンを、必ず黒界に連れ帰ること。
それが無理なら、私に関する記憶を完全に消去すること」
「どうして?」
貴沙良の言葉にきょとんとして聞き返す御先に、彼女はゆっくりと瞬きしてから、もう一度口を開いた。
「私の過去・正体を知る存在は脅威です。
敵対するものに発見されるものに可能性が上がってしまいますから」
「…あー、そっか…それもそうだね」
貴沙良の言葉に納得したようにぽりぽりと後ろ頭を掻きながら頷く御先。
それに満足そうに小さく笑うと、貴沙良は2人をしっかりと見据える。
「…看視者さん達も、このことについては口を閉ざしてくださいね?」
「うん、わかった♪」
「あぁ」
2人が頷いたのを確認してから、貴沙良はブランコから立ち上がり、御先を見た。
「…じゃあ、行きましょう。
心当たりのある場所は道すがら案内しますから」
そう言って微笑むと、鬼斬が柵から身体を離し、御先もにっこりと笑いながらぴょん、と漕いでいたブランコから飛び降りる。
「…んじゃ、ちょっと失礼☆」
「え?…きゃっ!?」
小走りで貴沙良に近寄った御先は、微笑みながらそう言うと、貴沙良を軽々と抱き上げた。
幾ら大人びていても身体は10歳の少女。
外見上中学生の御先に軽々と抱えられるのも微妙だが、元々彼は年齢不定。腕力も普通の人に比べたらよっぽどあるので問題はない。
「あ、あのっ、ちょっと…!」
戸惑い気味に声を上げる貴沙良ににっこりと笑みを返し、御先は口を開く。
「大丈夫、貴沙良チャン全然重くないからv
あ、きーちゃんは女の子の扱いへたっぴだから俺がやるんだよー☆」
「「……」」
問題はそこじゃないのだが…。
何だかズレたことを言う御先に思わずがくっと項垂れた貴沙良だったが、文句を言っても笑って誤魔化されそうな気がしたので、潔く諦めることにした。
「…早く行きましょう。ユニコーンに逃げられないうちに」
「あはは、そうだねー♪」
「…」
貴沙良の言葉に頷いた2人は、地面を軽く蹴る。
たん、と軽い音がして、まるで重力がないかのように、彼らの身体は宙に浮いた。
―――行き先は、山。
●『私』が始まった場所●
「この辺りです」
貴沙良のその声に合わせて、鬼斬と御先は地を蹴る足を止めた。
すたっ、と軽い着地音を立てて3人はとまった。
高くそびえる山の中腹。
向こう側にある町から3人がやってきた場所へと繋がる山道はコンクリートで塗り固められていたが、崖との境目を表す真っ白なガードレールはところどころ凹んでしまっていた。
御先にそっと降ろされた貴沙良は、真っ直ぐに前を見て歩き出す。
無言で後をついてくる2人と1体(毛玉)の気配を背に感じながら、貴沙良はある程度歩いた所で足を止めた。
その視線の先にあるのは―――ひしゃげたガードレールを直したのがよくわかる新品で傷も少ないそれと、既に枯れ始めている花束。
…そこは、『貴沙良』にとって、最大の不幸が起こった場所。
家族旅行の帰り。
夜闇の中、あれが楽しかった、あそこはまた見たい、と楽しく思い出を語り合う家族を乗せて走る乗用車が一台。
それは、家族としては非常に幸せな風景だったが…運転をする者としては、致命的だったのかもしれない。
上機嫌で話しを聞いていた父親は、無意識にアクセルを踏む力を強めていて。
楽しそうな話に混ざろうと、ほんの一瞬だけ、前から目を逸らしてしまったのだ。
―――気づいた時には、目の前には真っ白なガードレール。
山道の急ブレーキを曲がり損ねた車は、そのままガードレールを突き破り…崖を滑って谷底に転落してしまった。
最後に『貴沙良』が見たのは―――自分を抱きしめる母親の服の色。
―――次に目が覚めた時には、真っ白な壁に囲まれた一室だった。
病院のベッドで人工呼吸器や点滴に繋がれ、身体中に包帯を巻かれていた自分。
目を覚ましたことに気づいた看護婦が慌てて医師達を呼びにいき、駆けつけた叔父夫婦は目を開いた貴沙良を見て、それは泣いて喜んだ。
貴方だけでも助かってよかった、と。
父と母は即死だったらしい。貴沙良は母親に庇われたおかげか、生死の境を彷徨ったものの、幸い一命は取り留めたのだそうだ。
しかし、貴沙良は泣かなかった。
――――――泣くための…悲しむための記憶を、失ってしまっていたから。
代わりに得たのは、『貴沙良』になる前の魔族であった頃の記憶と、その力の一部。
貴沙良が記憶を失っていると知った叔父夫婦は、また泣き出してしまった。
どうしてこの子がこんな目に、と深く…深く嘆いて。
それを見ながら、貴沙良はぼんやりと思っていた。
『私』は――――今まで普通に暮らしてきた「私」ではなくなったのだ、と。
彼女にとって、此処は終わりの場所であり…また、始まりの場所でもあった。
何も知らない無垢な小学生でなくなった『私』の記憶が始まったのは、ここなのだ。
「…何度来ても、あまり気持ちの良い場所ではありませんけど」
そう言って、貴沙良は花束の近くに佇む1つの影に視線を移す。
そこには、その場にはそぐわない存在―――――ユニコーンが、静かに佇んでいた。
【…追いついたか】
冷ややかな視線は、あまり貴沙良の来訪を歓迎してはいないようだ。
【我が記憶を読んだ闇の娘を1人連れてきたか…】
「…ユニコーン」
淡々と話すユニコーンに、貴沙良は極力警戒して逃げられないように気をつけながら少しずつ歩み寄る。
「貴沙良チャン!」
驚いて声を上げる御先を軽く無視しつつ、貴沙良はユニコーンから1mほど離れた所で足を止めた。
【…なんだ、小娘】
「私には高木・貴沙良と言うれっきとした名前があります」
目を細めて低い声で問いかけるユニコーンをものともせず、貴沙良はきっぱりと言い切った。
【……ならば貴沙良。
主はあ奴らを案内すると言う役目は果たした筈。
これ以上しゃしゃりでる必要がどこにある?】
「…貴方が私の過去を知っているからです」
【……】
その言葉にどこか納得したように瞳を一層細くしたユニコーン。
反応があったことを理解した貴沙良は、更に言葉を続けた。
「ユニコーン、貴方の要望は何?
此方の要望は少し角を分けてもらうことと黒界への帰還、もしくは私に関する記憶を抹消することです」
【後者は貴沙良、主自身の要望だな?
……我の要望については、己が頭で考えろ】
貴沙良の言葉に、ユニコーンはどこか馬鹿にしたような口調でそう言い返す。
その言い方に貴沙良は一瞬眉を寄せたが、すぐに少し考え込んでから、貴沙良は口を開いた。
「……新鮮な人参ですか?」
――本人、至って大真面目。
「【…は?】」
「…へ?」
思わず他の3人が間抜けな声を上げると、貴沙良は口元に手を当てながら困ったような表情をした。
「よく知りませんけど、馬といったら人参じゃないんですか?
あぁ、例えどんな内容でも、そこの看視者さんがきっと叶えてくださいます」
言葉の途中でぽむ、と手を打った貴沙良は、ぽかんとしている看視者2人を指差す。
その動きに、ようやく動き出す3人。
鬼斬は呆れたように額に手を当て、御先は面白そうに笑いながら拍手を送っている。
ユニコーンはというと…。
顔を俯かせ、静かに身体を震わせていた。
「……ユニコーン?」
異変に気づいた貴沙良が不思議そうに身体を屈めてユニコーンの顔を覗き込む。
―――と。
【…く、ククッ…ククク…はははははは…!!!】
ユニコーンが、急に身体を大きく逸らし、天を仰いで大声で笑い出した。
驚いて2、3歩後ずさって呆然とする貴沙良の隣に、苦笑気味の御先とやや呆れ顔の鬼斬がやってくる。
「…どうやら、ユニコーンの笑いのツボを突いたみたいだねぇ」
戸惑いを浮かべる貴沙良を見、散々笑ってようやく笑いが収まってきたユニコーンが声を出した。
【くく…済まぬ済まぬ。
まさかこの我を普通の馬と同じように扱われるとは思わなんだ…】
「……」
「俺も伝説だのなんだのって騒がれて神聖化されてるユニコーンを普通の馬扱いするコがいるとは思わなかったけどね」
流石貴沙良チャン、とくつくつ笑いながら頭を撫でられ、貴沙良は益々むくれる。
【そうむくれるな。
…我は貴沙良、主のことが気に入った】
「……え?」
唐突な言葉にきょとんとする貴沙良を他所に、ユニコーンは淡々と言葉を続けた。
【貴沙良が望むと言うならば、この角も友好の証として謙譲しよう。
元々追いかけ合いで我に追いついたのだ、権利は充分にある】
「…あ、ありがとう…」
貴沙良の礼の言葉に、ユニコーンは頭を緩く左右に振る。
【礼には及ばぬ。
それと…主自身の希望も叶えねばな】
「私の…?」
【黒界に帰るという選択肢もあるが、我はまだこの人間界で生活したい。
折角の主との記憶を無くすのは少々口惜しいが、それが貴沙良のためになるのならば仕方あるまい。
どちらにせよ、黒界に帰れば主に会えなくなることに変わりはないしな】
「…じゃあ…」
淡々とした口調ながらもしっかりと決意を込めた物言いに、貴沙良は少しだけ顔を強張らせる。
記憶を消されるくらいなら大人しく帰ってくれると思ったのだが…それは、少々の思い違いだったようだ。
ユニコーンはしっかりと頷くと、看視者の2人に目を向けた。
【あぁ。
―――――我の貴沙良に関する記憶を、消して欲しい】
ユニコーンの瞳に、迷いの色はない。
●記憶●
ユニコーンの決意を聞いた御先は、自分から記憶を操作することを申し出た。
「…記憶を消すなら、私が…」
「貴沙良チャンが記憶を消して、そのあとまたユニコーンと顔を合わせちゃうの?」
くすりと笑いながら言われた言葉に、貴沙良は思わずぐっと言葉を詰まらせた。
「大丈夫。記憶改ざんに関してはエキスパートだから。
貴沙良チャンに関する記憶、きっちり作り変えてあげる♪」
だから安心して、と笑う御先に、貴沙良は渋々といった感じで小さく頷いた。
「じゃあ、貴沙良チャンはこの中に入ってて」
そう言った御先がぽん、と隣を漂っていた毛玉を掴んで投げる。
それを反射的に受け取った貴沙良の周りの空間が、一瞬にして歪んだ。
自分の周囲1mの空気だけが急に入れ替わってしまったような、そんな変な感覚。
「あの…!」
「あ、そうそう。そこから出ちゃ駄目だよ?
その結界はマジックミラーみたいなモノで、こっちからの声や姿は筒抜けだけど、そっちの声や姿・気配は全く聞こえも見えもしないからー」
ユニコーンの記憶を消して遠ざけるまで、そこにいろと言外に言われているのがわかった貴沙良は、仕方なくそこにいることにした。
何時の間にか毛玉は結界を抜け出し、鬼斬の頭の周辺をふよふよと漂っている。
貴沙良がいる場所―ユニコーンにとっては先ほどまでいた場所―を一瞥したユニコーンは、静かに看視者に視線を戻した。
【…始めてくれ】
静かに告げられた言葉に、御先がこくりと頷く。
ゆっくりと歩み寄ると、ユニコーンの真正面で足を止めた。
そしてそっとユニコーンの額に手を添えると、静かに目を閉じる。
つられるようにユニコーンが目を瞑ると、御先の手のひらから強い光が溢れ出した。
キィィ…!と耳障りな高音を発しながら、光はユニコーンの額を覆うほどに強くなる。
ぶつぶつと御先が小さな声で何かを呟いていた。恐らくなにかの呪文だろうが、離れている貴沙良に聞き取ることは出来ない。
【――――貴沙良】
凛とした声に名を呼ばれ、貴沙良ははっとしてユニコーンを見る。
ユニコーンは瞳を細め、どこか優しい色を込めた眼差しを貴沙良に向けていた。
【短い間だったが、久々に笑わせて貰った。
……有難う】
ユニコーンが瞳を再度閉じながらそう言うと同時に、キィン、と一際大きな音が響く。
その後、光は徐々に御先の手の平の中に吸い込まれていった。
「…ふぃー」
目と閉じたまま微動だにしないユニコーンとは対照的に、御先は疲れたように息を吐くと、額から手を離して一歩あとずさる。
それと同時に、今まで沈黙を保っていたユニコーンの瞳が、緩々と開いていく。
その紅い瞳が完全に開いた頃、ユニコーンが声を発した。
【―――主ら、何時の間に此処に…?】
…本当に、なにもわかっていないような戸惑いを含んだ声。
完全に自分も、この場に来た理由も忘れてしまったのだろうか。
戸惑うユニコーンと貴沙良を他所に、御先はにっこりと微笑んで口を開いた。
「やっだなー、ユニコーンってば早くも痴呆症ー?
俺らと追いかけっこしてて此処で追いつかれたの、もう忘れたの〜?」
笑顔で告げられたのは、どう考えても無理のある内容。
大丈夫だろうかとやきもきする貴沙良を他所に、ユニコーンは2人の様子を見てから、こう返した。
【―――そうか。
そういえば…そうだったな】
え、と声を上げかけて、貴沙良は慌てて自分の口を塞いだ。
幾ら何でも納得するのが早すぎやしないだろうか。
あんなに怪しいのに納得するなんて…もしかしてこのユニコーン、記憶が残っているのでは…と、貴沙良は急に不安になる。
もしそうならば、自分がやらなければならない。そう思って一歩足を踏み出しかけた時。
【走り回っている我に追いついた主らが、変わった得物で捕獲しようとしたのだったな…。
ふむ、態勢を崩して落下した時に、軽く頭を打ったのやも知れぬ…】
ユニコーンはふと思い出したように、ぽつりとそう呟いた。
「そーだよ、思い出したー?」
【あぁ。
…しかし、主らも随分と荒っぽい手段を取ったものだな…】
「あはは、メンゴメンゴ☆」
軽口を叩き合うユニコーンと御先は、貴沙良の存在など初めからなかったかのようだ。
妙に呑気な会話を交わす2人を見ながら、鬼斬は割り込むように話し掛けた。
「…追いかけ合いは俺達の勝ちだ。
約束通り、角を分けてもらいたい」
【おぉ、そうだったな。
よかろう、我が角、ある程度なら分けてやろうぞ】
その言葉に頷いたユニコーンは、小さく笑ってから頭を傾ける。
鬼斬はその言葉を聞き、何時の間にか手に持っていた刀を持ち上げた。
恐らく、御先が記憶を操作している間に取り出したのだろう。…毛玉の口から。
黒塗りの柄は一切の装飾もなく、辛うじて刀の柄と解るくらい簡素なもの。
鞘に入ったそれは、やや長めの日本刀だ。
その鞘もまるで闇のように真っ黒で、装飾らしい装飾は全くなかった。
鬼斬はその柄をしっかりと握ると、軽く上下に振る。
その動きに合わせて、鞘はするりと滑り落ちた。
そこから現れたのは…まるで血のような紅色の刀身。
月の光を浴びて、それは赤黒く輝いていた。
【…ほぅ、中々美しい刀を持っているな、闇の】
「……」
少々感心した様子のユニコーンの言葉にも表情1つ変えることなく、鬼斬は刀を軽く振ってから、刃を角の先端付近に宛がう。
「…一瞬で済ます」
鬼斬がそう呟いた瞬間、鬼斬の手が一瞬だけブレた。
―――――直後。
ず…とユニコーンの角が先端から数cm程下の所で、不自然にずれた。
そのまま支えを失って落下する角の先端。
それは、鬼斬の出した手の中にすとんと静かに収まった。
「…終わったぞ」
【あぁ。中々良い腕前を持っているようで安心したぞ】
「……」
【くく、随分と不愛想な男だ】
満足げに言うユニコーンの言葉に無言で返す鬼斬。
ユニコーンはその態度にくつくつと笑うと、くるりと身を翻す。
「じゃあユニコーン、今日は角の提供、どーもありがとね♪」
【あぁ。ではな】
笑顔で手を振る御先に、振り返ったユニコーンはそう答えてから前を向き、地面を軽く蹴った。
こん、と蹄を鳴らして宙に飛び上がったユニコーンは、まるで宙を舞うように軽やかに足を動かし、あっという間に何処へと消えてしまう。
薄青い月の光をその身に受けながら遠ざかっていくユニコーンは…見えなくなるまで、一切此方を振り返ることはなかった。
●墓参り●
「…貴沙良チャン、もう出てきてもいいよ?」
ユニコーンが完全に見えなくなったのを確認してから、御先は後ろに向けて声をかける。
その声を聞き、貴沙良がそっと足を一歩踏み出した。
ふわり、と変な感覚がして、空気の質が変わる感じがする。
違和感に思わず眉を寄せながら、貴沙良は困ったような表情で御先の顔を見上げた。
「…本当に、あれで記憶が書き換えられたのですか?
もし失敗していたら…」
「だいじょーぶだってば。もー貴沙良チャンは心配性だなー☆」
くつくつと喉の奥で笑いながら、御先はつん、と軽く貴沙良の額を突く。
「そんなに心配なら…ユニコーンの記憶、見てみる?」
「え…?」
御先の言葉に驚いて目を見開くのと、御先の手の平からぽん、とゴムボールが飛び出すかのように、手の平大の玉が現れた。
驚く貴沙良に笑みを深めた御先は、中を覗いて御覧、と言って貴沙良にそれを手渡す。
恐る恐る玉を受け取って覗き込んだ貴沙良は、驚いて目を見開いた。
ユニコーンの視点から見た今回の出来事の記憶が、事細かに映像として流れている。
…勿論、貴沙良が関係している部分だけが、だが。
「…ね?ちゃんとユニコーンの記憶だったでしょ?」
「……はい」
にこにこと笑う御先に玉を返した貴沙良は、念を押すように口を開く。
「本当に…ユニコーンから、私の記憶だけが消えたんですね…」
「そういうことになるね」
顎に手を当ててくすりと笑いながら答えた御先に、貴沙良は少しだけ表情を曇らせた。
自分は相手のことを知っているのに、相手は自分のことを知らない。
それはとても不思議で、奇妙で…少しだけ寂しく感じる。
自分から提示した条件だったが、実際それが現実になると、心の中に違和感が残っているのがわかった。
…叔父夫婦も、自分が記憶を無くしていることを知った時は、こんな気持ちだったのだろうか。
そう思うと、ただでさえ世話になっていて申しわけないと思う気持ちが、一層強くなるような気がした。
「…貴沙良チャン?」
ぼんやりとしていた自分の耳に、訝しげな御先の声が届いてくる。
覗き込むようにしゃがみ込んでいるその姿を見て、貴沙良は首を左右に振った。
「…なんでもないです」
そう言って貴沙良はくるりと身体を回転させると、ガードレールの方へ歩み寄った。
その前にしゃがみ込んで、枯れかけている花にそっと触れる。
かさり、と音がして、腐りかけの植物特有の香が花をついた。
「花…枯れかけてますね…」
簡単だけどどこかで花を摘んで供えよう、と貴沙良が立ち上がりかけた時。
すっと、顔の横に数本の花を持った手が差し出された。
…鬼斬の手だ。
「…使え」
「要約すると、『お供えするなら、これを使うといいよ』ってことね?」
「…これは…?」
言葉少ない鬼斬の言葉をにっこり笑って捕捉する御先に、思わず受け取った差し出された花と鬼斬の顔を見比べる貴沙良。
「これ、ささやかだけどお手伝いしてくれたお礼のシルシね♪
あ、こっちはお持ち帰り用ね」
「…」
そう言って花束とは別に造花らしき物を渡され、貴沙良は花に目を落とした。
それは、百合によく似た花。
しかしそれは普通の百合とは違い、透明で向こう側がぼんやりと透けて見え、また月の光を受けて七色に変化する。
その不思議な輝きは、少なくともこの世界のものではないことは容易に理解できた。
造花の方も、やや硬質な手触り以外は、本物と比べても遜色ないほどだ。
「それは虹蘭花(コウランカ)って言う黒界に生えてる花。七色に変化する変わった花なんだよ☆
水分さえあればどこででも育つし、水をやらなくても自分で空気中の水分を吸収する変わった花なんだよ!!
ま、切花だから寿命は1週間が限度だけどね」
ゴメンね、と小さく苦笑する御先に、貴沙良は小さく首を左右に振った。
「いえ…有難う御座います。
取りに行く手間が省けて、助かりました」
それにとても綺麗な花だ。
きっと父と母も喜んでくれるだろう。
そっと虹蘭花の花束をコンクリートに置いた貴沙良は、手の平を合わせ、そっと目を閉じた。
両脇にしゃがむ気配があったから、恐らく看視者の2人も同じことをしているのだろう。
少しの間、この場を沈黙が支配した。
間もなく1分が経とうかという頃になって、貴沙良はようやく瞳を開いた。
立ち上がると、看視者の2人が貴沙良を待つように佇んでいる。
「…お待たせしました。行きましょう」
そう言って一歩踏み出した貴沙良は、一度だけ振り返る。
そして小さく頭を下げた後…今度は、2度と振り向かなかった。
●帰還●
行きと同じように御先に抱えられた貴沙良は、自分の住まう叔父夫婦の家の、自分の部屋のベランダまで送って貰った。
静かに、極力音を立てないように着地した御先から降ろされた貴沙良は、2人に小さく頭を下げる。
「わざわざ送ってもらって、どうもありがとうございました」
「いえいえー。こっちも手伝ってもらったから、おあいこだよ、
今日は本当にありがとね、貴沙良チャン♪
じゃあ、バイバーイ☆」
「…今日は世話になったな」
極力声を抑えて笑いながらぶんぶんと両手を振る御先と小さく頭を下げた鬼斬は、貴沙良に背を向けるとベランダの柵に足をかけ、そこを軽く蹴る。
とん、と軽い音を伴って行きよりも高い跳躍を見せた2人は、あっという間に家の屋根を通って暗闇の中に紛れて消えてしまった。
あっという間に静かになった場所。
先ほどまで妙に騒がしい存在といたせいか、静寂を少しだけ寂しく感じた自分に、貴沙良は思わず苦笑した。
手の中には、虹色に輝く造花が1本。
茎をつまんで月の光に透かすと、月が虹色に光ながらぐにゃぐにゃと歪んでいた。
「……今日は、不思議な体験をしましたね…」
まぁ、たまにはこんな日も悪くはないかもしれないが、毎日は勘弁してほしいかもしれない。
造花を枕元の机の上に置いて、貴沙良はパジャマに着替えるとベッドに潜りこんむ。
明日、叔父夫婦にこの造花を見せたらなんていうだろか。
所詮は作り物、きっと『綺麗だね』で済まされてしまうだろう。
だけれど…これは、自分とユニコーンが出会った、唯一の証に思えて。
大事にしようと思っている自分に、貴沙良はなんだか可笑しくなった。
貴沙良は小さく笑った後、そっと…瞳を閉じた。
―――明日を、少しだけ楽しみに感じながら。
<結果>
交渉:成功。ユニコーンから角を分けて貰えることができた。
ユニコーンは貴沙良を気に入ったようだったが…。
ユニコーンの貴沙良に関する記憶の抹消に成功。ユニコーンは貴沙良のことを完全に忘れたようだ。
報酬(?):虹蘭花(コウランカ)の花&造花を入手。
終。
●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業/属性】
【2920/高木・貴沙良/女/10歳/小学生/闇】
【NPC/鬼斬/男/?/狭間の看視者/闇】
【NPC/御先/男/?/狭間の看視者/光】
【NPC/わた坊(玉)/無性/?/空飛ぶ毛玉/?】
【NPC/?/男/?/ユニコーン/光】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
異界第一弾「ユニコーンの章」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
やはりというかなんというか、今回の参加者様方の属性は光・闇・無の3属性のどれかのみでした。
やっぱり地水火風の属性はあまりいらっしゃないんでしょうか?うーん…(悩)
また、参加者中、男性はたったお1人でした(笑)やっぱりその辺も特徴といえば特徴…ですか?(聞くなよ)
なにはともあれ、どうぞ、これからもNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)
NPCに出会って依頼をこなす度、NPCの信頼度(隠しパラメーターです(笑))は上昇します。ただし、場合によっては下降することもあるのでご注意を(ぇ)
同じNPCを選択し続ければ高い信頼度を得る事も可能です。
特にこれという利点はありませんが…上がれば上がるほど彼等から強い信頼を得る事ができるようです。
参加者様のプレイングによっては恋愛に発展する事もあるかも…?(ぇ)
また、登場する『あやかし』の名前を知ることができると、後々何かいいことがあるかもしれません(をい)
・貴沙良様・
ご参加どうも有難う御座いました。
御先が大分馴れ馴れしく接してしまいましたが…大丈夫でしたでしょうか?(びくびく)
ユニコーンに気に入られましたが、残念ながら彼自身が人間界に残ることを希望したため、貴沙良様に関する記憶を消す事になりました。
もし見かけて話し掛けても「お前誰?」みたいなリアクションをされてしまうのでご注意下さいませ(汗)
報酬(?)は役に立たない微妙なものですが、とりあえずお礼の印と言う事で受け取ってやってください(礼)
色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。
|
|