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■アトランティック・ブルー #2■

穂積杜
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
 不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れた。
 
 しかし。
 
 差出人不明の脅迫状。
 謎のぬいぐるみ。
 幽霊船の噂。
 狙われている存在とそれを狙う存在。
 客としてまぎれこんでいる異質な何か。
 三つの品物の写真。
 そして、姉妹船と航路の謎。
 
 哀しいかな、予感は的中。
 楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
 アトランティック・ブルー #2
 
「弥生様……」
 ラウンジを離れ、どちらへ向かったのか……デルフェスは右、左と周囲を見回し、弥生の姿を探す。
 プロムナードとなっているそこには乗客の姿が多数、見受けられ、探すことは困難ではあったが、それでも弥生の姿を探した。
 弥生が忘れていった茶封筒を渡したいという気持ちがそうさせたが、それ以上に、失礼だと思いながらも確認した封筒の中身のことが気になった。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
そんな内容の手紙に、四枚の写真。そのうちの一枚は、恰幅のいい男。弥生はその男を追って、ラウンジをあとにしている。
 手紙の内容や弥生の行動からは二通りのことが考えられた。
 ひとつは、写真の品物の持ち主は、弥生が追ったあの男であり、弥生はそれを奪おうとしているということ。
 もうひとつは、写真の品物の持ち主は、弥生が追ったあの男ではなく、弥生は奪われたそれを取り戻そうとしているということ。
 豪華客船での旅、誰もが楽しそうな表情を浮かべているなかで、ひとり緊張とも怯えともつかない表情を浮かべている弥生が気になり、声をかけ、言葉を交わした。
 アンティークショップの話をしたときの、あの瞳の輝き。純粋な、子供のような素直なそれは、悪事に手を染めているもののそれではなかった。
 弥生様は写真に写っている三つの品物をあの男性に奪われ、それを取り戻そうとしている……きっと、そう……デルフェスは思う。
 その役目を果たすことが危険であることは、手紙の内容が示唆している。この封筒を渡し、そして……。
「あ……」
 デルフェスは小さく声をあげた。
 弥生が追った恰幅のいい男を乗客のなかに見つけ出す。ひとりではなく、数人の男を連れているから、彼も目立つといえば目立つ。弥生はあの男を追っているわけだから、その周囲に、もしかしたら……彼らからは死角となりそうな位置に弥生の姿を探す。思ったとおり、彼らから見えないと思われる場所に弥生は、いた。
 その姿を見つけたことに安堵したあと、弥生の様子を見守る。少し離れ、男を追う弥生のあとを追う。プロムナードを抜け、エレベータホールへ移動したところで、弥生は追跡をやめた。男は数人の連れと共にエレベータへ乗り込み、姿を消す。
「弥生様……」
 小さく息をついている弥生にそっと声をかける。そっとかけたつもりなのだが、それでも弥生は驚いた。
「! その声……デルフェスさん!」
 弥生は振り向き、目をぱちくりさせる。
「驚かせてしまいましたわね……申し訳ありません」
「いえ、そんなこと……全然」
 弥生はにこやかにひらひらと横に手を振る。デルフェスはそんな弥生を見つめたあと、やや遠慮気味に茶封筒を差し出した。
「こちらをラウンジにお忘れになったので……」
「あ! 私ったら……ありがとう、デルフェスさん」
 忘れていったことにはまるで気づいていなかったらしい。弥生は苦笑いを浮かべながら封筒を受け取った。
「弥生様……わたくし、弥生様に謝らなければならないことが……」
「?」
「失礼だとは思ったのですが、こちらの封筒の中身を拝見させていただきました。勝手なことをして申し訳ありません」
 非礼を詫び、頭を下げると弥生はとんでもない、頭など下げないでくださいと慌てて横に首を振った。
「そんな……そんなこと気にしないで下さい! いいんですよ、中身なんて。そんな大事なものでは……」
「ないこともございませんでしょう?」
「……」
 弥生はなんとも言えない表情で視線を伏せる。
「弥生様、わたくしにできることがございましたら、及ばずながらお手伝いさせていただきたいのですが……」
 遠慮気味に、しかし、はっきりとした申し出に弥生は伏せていた視線を戻し、デルフェスを見つめる。
「でも……デルフェスさん、この手紙を見たでしょう?」
「はい」
「私が南条さん……ああ、写真のあの人のことだけど……の宝物を狙っているように思えなかった……?」
 戸惑い気味な笑みを浮かべながら弥生は言う。
「弥生様とおはなしをして、それはないと思いましたわ」
 穏やかな笑みを浮かべ、デルフェスは答えた。弥生はその言葉を聞き、ほんの少し頬を染め、照れたような表情を浮かべた。
「ありがとう、デルフェスさん。嬉しいけど、なんだかちょっと照れちゃうかも……」
「? そうですか?」
「ええ。でも……」
 弥生はコホンと咳払いをする真似をしたあと、デルフェスへと向き直った。
「デルフェスさん、力を貸していただけますか?」
 デルフェスを真っ直ぐに見つめ、弥生は言う。
「はい、喜んで」
 その眼差しを受け止め、デルフェスは答える。そして、お互いにくすりと笑った。そのあと、少しばかり場所を移動し、人けのない通路へとやって来る。そこで、弥生はやや厳かな表情で切り出した。
「封筒のなかの三つの品物は、とある博物館で飾られる予定のものなの。既に飾られているものも含まれているけど」
「まあ、そうでしたの……弥生様のものというわけではなかったのですね。それでは、弥生様は博物館から奪われたあの品物を取り戻そうと?」
 弥生はこくりと頷いた。
「あれらは個人所有のものだったの。だけど、いずれも寄贈していただけることになって……でも、ちょっと問題があってね……」
 問題の難解さは弥生のため息の深さが物語っているような気がした。デルフェスは黙って弥生の話を聞く。
「あの写真の人、南条さんは博物館と所有者さんとの間に立って、話をつける……言ってみれば、仲買人のようなことをしている人なの。でも、ふと三上さんがあることに気づいて……あ、三上さんというのは、博物館の人です」
「手紙を書かれた方ですわね。弥生様と同じく品物を追っておられる方……で間違いはございませんか?」
「ええ。その三上さんが博物館に並んでいるものが、どうも本物ではないらしい、と。もちろん、博物館に展示する際に複製を作る場合はあるんだけど……」
 弥生はなんともいえない表情でため息をついた。品物によっては、劣化を防ぐために複製品を展示することもある。それはどこの博物館でも行われている。
「今回の場合はそうではなくて……どうやら、本物であった展示品がすりかえられているみたいなの……」
「まあ……それでは、あの写真の方が本物の展示品を?」
 とんでもない話だ。デルフェスは口許に手をそえ、驚く。
「そう、それで、すりかえた本物の展示品を裏で売りさばき、私腹を肥やしているらしいの。南条さんは慎重な人で、なかなか隙を見せなかったけれど、今回、どうにか……この三つの品物の情報を掴んでね、沖縄で取引をするらしいって」
「それで、三上様と弥生様は南条様を追っておられるのですね……」
「まだ、疑惑でしかないから、あまり騒ぎ立てるわけにもいかなくて……とにかく、証拠を押さえることにしたの」
「そうでしたの……」
 つまり……デルフェスは弥生の話をまとめる。
 弥生たちは博物館の展示品が南条によって偽物にすりかえられ、裏で取引されているらしい事実を知った。
 今回、どうにか手に入れた情報は、あの三つの品物が沖縄へと運ばれ、どうやらそこで取引がされるらしいというもの。そして、三つの品物は別々のルートで運ばれている。判明している二つのルート、陸路は三上、海路は弥生が追っている。
「取引をされる前に、運んでいる品物を押さえることができれば、これほど嬉しいことはないけれど……」
 それはちょっと難しいかも。弥生は苦笑いを浮かべ、小さく息をつく。
「それでは、どうなさいますの?」
「南条さんが自分で運んでいるらしいことは、なんとなくわかったの。どうやら、今夜、倉庫で、ある人物に品物を見せるらしいわ。そのときに、品物を取り戻す……というのはちょっと無理っぽいから、せめて現場を写真におさめてやるわ」
 ぐっと拳を握り、弥生は言う。
「詳しいお時間や場所等はわかっていらっしゃいますの?」
「ええ、時間は今夜十時。場所は第二倉庫と呼ばれているところらしいわ」
「夜までには、まだ、お時間はありますわね」
 にこやかにデルフェスは微笑んだ。
 
 場所の確認を終えたあと、船内のプロムナードを歩き、そこに飾られている絵画や彫刻を楽しむ。
「デルフェスさんって、さすがアンティークショップの店員というか、詳しいわ」
「たまたま知っていたにすぎませんわ。わたくしの知識はやや偏り気味ですから……こちらの壺などは、ちょっとわかりませんもの」
 中華風の壺を示し、デルフェスはやんわりと笑った。
「鳳凰の絵柄の壺……そうね、中国のものなんだろうけど、私もそれ以上のことはわからないわ」
 もう少しでプロムナードも終わるというところで、デルフェスはふと足を止めた。そこにある一枚の絵画が気になる。
「どうかしたの? ……綺麗な女の人の絵ね」
 絵画を見つめ、弥生は言う。
「ええ……」
 確かに、描かれている女性は美しく、清楚でありながら、どこか妖艶なものを感じさせる。だが、気になるところはそこではない。プロムナードに飾られている絵画や彫刻のそばには、必ずといっていいほど、プレートがあり、そこに題名や作者についてが刻まれていた。なのに、その絵画にはプレートがない。
「あら、プレートを忘れているみたいね。乗務員さんに言っておいた方がいいかもしれないわ」
 プレートがないことに気がついた弥生は近くの乗務員を呼ぶをプレートがないことを告げる。乗務員はすみませんと頭を下げて去っていった。
「……」
「まだ、何か気になる?」
 デルフェスはいいえと答え、軽く横に首を振った。次の絵画を楽しみ、プロムナードを抜ける。そのあとも弥生と行動を共にし、船内散策、会話を楽しんだ。
 問題の時間が近くなり始めると、弥生はどこかそわそわし、落ちつかない素振りを見せ始めた。
「弥生様、少しお時間には早いようですが、そろそろ倉庫に参りませんか?」
「そ、そうね……なんだか緊張して……」
「そういうときは、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出すと良いらしいですわ」
 そう告げると、弥生は何度かそれを繰り返した。幾分か落ちついたように見える。
「カメラは持ったし……うん、大丈夫ね」
 お互いに視線をあわせ、頷いたあと、下見をしておいた第二倉庫へと向かう。立入禁止である場所であるため、周囲をよく確認し、こっそりと足を踏み入れる。照明はほとんど落とされていて、明るくはない。だが、真っ暗というわけでもない。
「きっと、この辺りで品物を見せるわよね……」
 倉庫のなかを見回し、弥生は位置の予測をつける。歩き回り、自分たちからはよく見えるが、相手からは見えにくい場所を選び、そこに身を隠す。
 時間が近づくと、倉庫の扉が開き、弥生が追っていた恰幅のいい男が姿を現した。やはり数人の男を連れ、その手には鞄が下げられている。
 それからしばらくが過ぎ、扉が再び、開かれた。男がひとり現れる。お互いに何か言葉を交わしたあと、恰幅のいい男は、連れに命じて鞄を開けさせる。あとから来た男はその中身を確認する。
 弥生はカメラを構えた。
 鞄の中身が露となったところで、シャッターを切る。
 カシャという音は小さなものではあったが、閃光はいただけない。
「あ……いけない……」
 弥生は小さく声をあげる。カメラのフラッシュに気がついた男たちは、こちらに注意を向け、足早に駆け寄ってきた。
「弥生様、こちらですわ」
 デルフェスは弥生を招く。荷物の隙間を通り、扉まで辿り着けば、どうにか……だが、追ってくる男の方が足は速かった。追いつかれ、殴られそうになるその瞬間。
「!」
 デルフェスは弥生に換石の術を使う。はっとした表情のまま、弥生の姿が石へと変わる。それを見た男は驚き、動きを止めた。
「な……なんだ……?!」
 驚き、怯む男に換石の術を使うことは、そう難しいことではなかった。ひとりが石へと変わると、それに驚いた他の男たちは声をあげて逃げていく。
「ば、化け物……」
「祟りだ……!」
「どうした?! なんだというんだ?!」
 しかし、問いかけには答えず、男たちは倉庫を飛び出した。その勢いと様子に恰幅のいい男も、あとから来た男も倉庫をあとにする。
「化け物……祟り……ひどいですわ」
 確かに、常識的に考えれば逃げだすに値する現象であったかもしれないけれど。それでも……デルフェスは少し哀しそうな顔で小さく呟いた。
 
 九州での引き取りの仕事を終え、アンティークショップへと帰還する。
 そこに至るまでの道のりに苦労はなかった……といえば嘘になる。引き取った品物は、それはそれでいわくがあることはわかっていたが、不運を呼ぶものであったらしく、思いもよらぬ出来事が連続して起こった。自分であったから、無事にここまで戻って来れたようなものだとデルフェスは思う。
「おかえり。お疲れさん」
 不運がわかっていたのか、蓮は煙管を傾けながら艶やかに目を細める。
「思ったよりも日数がかかってしまいましたわ。申し訳ありません」
「いや、早い方だよ。ああ、そうそう。留守中に訪ねて来た人がいたよ。夏目とかいったかねぇ……写真が決め手となって、博物館の件は無事に片がつきました、だとさ」
「弥生様がいらしたのですか。そうですか、そちらの問題は解決しましたのね。よかったですわ」
 デルフェスはにこりと微笑む。証拠の写真を撮ったあと、恰幅のいい男とその仲間に写真のネガを狙われたが、換石の術で弥生とネガを守り通した。弥生が気づくと危機から脱していることにしきりに小首を傾げていたことを思い出す。
「また、遊びに来ると言っていたよ」
「では、近いうちに会えるかもしれませんわね」
 デルフェスは引き取ってきた品物を蓮へと渡す。
 背後で扉が開く音がした。
「こんにちは、デルフェスさんいらっしゃいますか?」
 聞き覚えのある声にデルフェスはにこやかに振り向いた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463歳/アンティークショップ・レンの店員】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、鹿沼さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
今回は船旅にお付き合いくださってありがとうございました。鹿沼さまの船での出来事は一応、これで完結です。
最後に本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。