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■アトランティック・ブルー #2■

穂積杜
【1085】【御子柴・荘】【錬気士】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
 不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れた。
 
 しかし。
 
 差出人不明の脅迫状。
 謎のぬいぐるみ。
 幽霊船の噂。
 狙われている存在とそれを狙う存在。
 客としてまぎれこんでいる異質な何か。
 三つの品物の写真。
 そして、姉妹船と航路の謎。
 
 哀しいかな、予感は的中。
 楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
 アトランティック・ブルー #2
 
 客室へと戻る。
「あ、おかえり、荘さん」
 出迎えてくれたのは、弧月……だけ、だった。室内に昴の姿はない。どうやら、まだ戻ってはいないらしい。
「ただいま、弧月さん。昴くんは……まだ、みたいだね」
 返す言葉と笑みがどこか苦いものを含んでしまうのも仕方がない。未だ船内を彷徨っているのだろうか……ああ、昴くん、君は今、どこに。
「具合が悪そうだったからね。どこかで休んでいるのかもしれないけれど……」
「うん……それにしても……」
 遅いし、心配だ。本気で探しに出掛けようかと思い始めたそのとき、扉が開いた。反射的に扉を見やる。と、そこには昴の姿があった。
「……あ、あー……ご心配おかけしました……」
 昴はすまなそうな笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げる。
「……」
 それを弧月と共に見つめたあと、互いに顔を見あわせる。そして、どこか苦笑いのような、安堵の笑みを浮かべ、吐息をついた。
「……よかった。心配したんだよ〜」
「具合の方はもう大丈夫ですか?」
 そんな声をかける。
「はい、もうすっかりしっかりばっちりです」
 昴はにこやかに答えた。表情と態度からその言葉どおり体調は良くなったと判断できる。とりあえず、安心した。
「それならよかったけど。そうそう、二人とも船内を歩いてみてどうだった? 俺はちょっと気になる女性に会ったんだけど」
 荘はエレベータで見かけ、デッキで言葉を交わした彼女のことを二人に話した。
「なんていうか、華やかな雰囲気を漂わせているんだけど……時折、ふいっと視線を鋭くするというか……ちょっと気になって声をかけてみたんだけど、やっぱり何か問題を抱えているみたいだったな……」
 何でも屋であることを話したあとの、表情、そして『例えば』を強調したあとに続けられた言葉。あの話は『例えば』ではない……おそらく。
「俺もそんな雰囲気の女性を見かけたよ、荘さん」
 そう言ったのは弧月だった。そして、茶色の封筒を取り出すとそのなかから写真を四枚ほど取り出し、テーブルの上へと並べた。
 一枚は、恰幅のいい中年の男。
 一枚は、古そうな鏡。
 一枚は、絵巻物でも入っていそうな細長い桐の箱。
 一枚は、龍宮城の玉手箱を思わせるような漆の箱。
 それらを示しながら弧月は言葉を続けた。
「その雰囲気が気になって、声をかけてみようとしたけれど、その前に席を立ってしまって……そこに残されていたものが、これ。彼女は写真の……この男を見張っているように思えたよ」
 弧月は恰幅のいい中年の男の写真を指で軽くとんとんと叩いた。
「へぇ、なんだかその女性も気になるね……」
 自分の出会った女性も気になるが、弧月が出会ったという女性も気になる。何かと問題を抱えている女性が多いものだと思いながら写真を覗き込んだ。そのうちの一枚がふと目に止まる。
 細長い桐の箱。
 なんだかこれに似たようなものを見なかっただろうか……いや、どこにでもあるといえば、あるような箱なのだが。骨董品の類は、大抵、こんな箱に収められているわけであるし。
「その女性、こんな感じのイヤリングをしていませんでした?」
 昴はそんな言葉と共にイヤリングを差し出した。その手のひらの上にあるイヤリングには見覚えがあった。
「あ!」
「あ……」
 自分が声をあげると同時に、弧月も小さく声をあげている。その声に驚き、思わず顔を見あわせたあと、お互いを指で指し示す。
 もしかして。
「やはり……」
 昴は神妙な顔で視線を伏せ、呟く。
「やはり……?」
「彼女と関わったのは、まったくの偶然でした。……いえ、その、ちょっと道を尋ねようかと……いや、まあ、それはともかくとして、どうやら彼女と俺たちの未来は交錯するようですよ……」
 視線を戻し、昴は言う。
「それは……」
「ええ、月読によるものです。彼女に触れたとき……」
 昴は弧月が並べた写真を見やる。
「これらが見えました。それから、何故か……このトランクも」
「え、これ?」
 昴は三つのトランクを見つめた。荘は写真のあとに、自分が仕事として預かっているそれを示され、困惑する。
「そういうわけで、これを調べてもらえると」
 そう言い、昴は弧月の手にイヤリングを渡す。
「ところで、彼女のイヤリングをどうして昴くんが持っているんだろう?」
 考えてみると昴がイヤリングを持っていることが不思議だった。それについて訊ねてみる。
「実は、具合が悪いところを介抱していただいていたりなんかして……そのときに引っ掛かってしまったんでしょうね」
 なくしてしまって困っているかもしれませんねと昴は少し困ったような笑みを浮かべる。
 そういえば。
 デッキで会った彼女は、なんだかひどく落ち込んでいた。時間的なものから考えれば、自分が彼女にそこで会ったときには、彼女は既に昴や弧月に会っていたことになる。弧月と会ったあたりで、写真をなくし、昴と会ったあとにイヤリングをなくし……ただでさえ問題を抱えているというのにそれでは憂鬱そうな顔にもなるかと荘は妙な納得をする。
「弧月さん、この写真も調べてもらえますか? あ、それとも、もう調べたかな?」
 物に触れることでその物が重ねてきた時間を読み取る力、それで写真を調べれば、何か新しいことがわかるかもしれない。
「ああ、写真の方は既に。わかったことは、手紙にあるようなことと……ああ、手紙が一緒に入っていますよ」
「手紙?」
 封筒を手に取り、中身を確認する。手紙が一枚、入っていた。取り出し、目を通す。
『ひとつは陸路、もうひとつは海路、残るひとつの経路は不明だ。私は陸路を押さえる。君は海路をよろしく頼む。乗船券はどうにか手配した。三上。追伸。あまり無茶はしないように』
 手紙にはそう書かれていた。目を通したあと、昴へと手渡す。
「他には、その中年の男の名前は南条というらしいことと、どうやらその三つの品物は沖縄で取引されるらしいこと、かな」
 弧月は言う。それから、手にしていたイヤリングを写真の横に置いた。
「このイヤリングで彼女の今日の一日の行動がわかったけれど……ずっと、この南条という男を追っていますね。その途中、昴さんと会って……」
「こうなる、というわけか……」
「少し気になるのは、彼女の行動は……どうにも素人で……いや、素人なんだろうけど、こういうことに関して。……もしかしたら、相手に気づかれているかもしれない」
 なんともいえない顔で弧月は言った。
「……」
 お互いに表情を確かめる。
 その瞳を見て、意思は同じだと確信した。
 
 預かっているトランクのこともあるので、ひとりは部屋に残ることにし、夕食も交代でとることにした。順番としては、昴が見張りの番であるので、弧月と共にそれじゃあよろしくと客室をあとにする。
「それじゃあ、あとで、弧月さん。……気をつけて」
「ええ」
 ダミーのトランクを持って出掛けた弧月を見送る。トランクを狙っているものが本当にいるのかどうかを話し合った結果、ダミーのトランクを持って船内を歩いて相手の出方を窺うことに決めた。弧月はその囮ということになる。本来ならば、その役目は自分が引き受けるべきかもと思いつつ、トランクのことも気になれば、昴や弧月の話から彼女のことも気にかかり、結果として快く引き受けますよと言った弧月の言葉に甘えた。
 さて、彼女を探そうかと扉の前から移動しようとすると、ふと、少し離れたそこに彼女の姿を見つけた。胸元に手を添え、戸惑うような表情で佇んでいる。
「あの……お願いが……あるんです……」
 彼女は言う。その胸に添えられた指に僅かながら力がこめられた。緊張していることは見ていてよくわかる。だから、なるべく穏やかに声をかけた。
「ええ。そうだ、夕食は……まだですよね?」
 別れてからそれほどの時間は過ぎてはいない。思ったとおり、彼女はこくりと頷いた。それを確認して、同じように頷く。
「俺もまだなんです」
 部屋で話を聞いてもいいが、それでは余計に緊張させてしまうかもしれない。場所をレストランへと移し、食事をしながら彼女の話を聞くことにした。
「えーと、先程も名乗りましたが、改めて。御子柴荘です」
 注文を終えたあと、改めて自己紹介をすることで、彼女が話しやすい環境を整える。
「私は、夏目弥生といいます。学生ですが、ある博物館でアルバイトというか、お手伝いをしています」
 なるほど、彼女の名前は夏目弥生、学生……見た目からして、高校生ということはあり得ないから、大学生なのだろう。博物館と聞き、三枚の写真を思い浮かべる。が、そういえば、あの封筒のことは……少し考え、とりあえず、黙っていることにした。
「御子柴さんにお願いしたいと思っていることは、そのことと関係があります……」
「博物館ですか?」
「はい。実は……」
 弥生は俯き、言いにくそうな表情で言葉を濁したあと、意を決したという表情で顔をあげると荘を見つめた。
「博物館に展示されているものが、本物から偽物にすりかえられているらしいんです」
「展示品が、本物から偽物に?」
 弥生はこくりと頷いた。
「ええ、いつの間にか……ある人がそれに気づいて、それについて調べました。はっきりとは断定できないんですが、疑わしい人が浮上しました」
 その疑わしい人物があの写真の男、南条なのだろう。弥生の話を聞きながら、写真の人物を思い浮かべる。それから、弥生の行動と三枚の写真を結び付けて考えてみる。なんとなく、事情が呑み込めてきた。
「南条という男です」
 弥生の口から飛び出したものは、予想どおりの名前。荘は相槌を打ちながら話を聞く。その間に料理が運ばれてきた。
「どうやら、すりかえた品物を独自のルートで売り払っているらしいんですが、南条はなかなか慎重な男で、隙を見せませんでした。が、どうにか、情報を掴みました。沖縄で取引をするらしいんです」
 そうなると、あの三枚の写真が取引されるらしい博物館に展示されていたもので、それを取引される前に取り戻したい……そんなところだろうかと依頼の予測をつけてみる。
「その品物……写真をお見せできたらよかったんですが……どこかで落としてしまったらしくて……」
 実は、それ、連れが拾ってます……と言えば話は早いのだろうが、とりあえずはそのまま弥生の話を聞くことにした。
「とりあえず、三つほどあるのですが、南条はそれをそれぞれ別の手段で沖縄へと運んでいるらしいんです。ひとつは陸路で、三上さんが……あ、三上さんというのは、博物館の人で疑惑に気づいた人なんですが……その人が追っています。ひとつは、南条自身が。もうひとつは……南条の部下が誰かに依頼した……というところまではわかっているのですが、それ以上のことはわかりません」
「……」
 運ぶことを、誰かに依頼した。
 自分に仕事を託した相手は、南条という名前ではない。しかし、渡されたトランクの中身を確認したとき、ちらりと見たものは……三枚の写真のうちの一枚とよく似ていた。とはいえ、ああいった箱はありがちではある……。
「御子柴さん?」
「あ、いえ。それで、弥生さんは南条という男が持っているそれを追っているわけなんですね?」
「はい。取引をされる前に、運んでいる品物を押さえることができれば、これほど嬉しいことはありません。ですが、本物を奪い返すことは、私にはとてもできそうにないですから、せめて証拠の写真だけでも撮れたらと思っていました。でも、それすら……」
 弥生はしゅんとした顔で言った。心なしか声も小さい。
「弥生さんが俺に依頼したいことは、品物の奪回ですね」
「はい。証拠を押さえるだけでも十分です。あの……その……こういうのって、依頼料は……」
 弥生は不安げな表情で依頼料について訊ねてくる。
「今回は、貴女の不安が取り除かれることが、俺にとっての報酬ですよ? こんな素敵な豪華客船を楽しめないのは損ですからね?」
 荘は優しく微笑み、そう告げた。
「御子柴さん……」
「料理が冷めないうちにいただきましょう。ね?」
 
 とりあえず、今夜は行動を起こさないように弥生に告げたあと、別れる。
 気になることは、あのトランクのこと。
 中身の箱は写真に似ている。
 依頼人の男は南条ではない。
 届け先は沖縄。
 弥生の話と自分の依頼について考えると、疑惑は半分といったところだろうか。
 もし、弥生が持っていた写真の一枚、どうやって運ばれているのかわからない品物が、トランクのあれであったなら……。
 荘は客室へと戻る通路で考える。
 もし、そうであると仮定した場合、トランクを狙っている存在がいるとしたら、それは……弥生になるのではないだろうか。
「ううーん……あ」
 唸りながら、ふと昴の言葉を思い出した。
 昴は月読で見たと言っていなかっただろうか。
 弥生を。
 三枚の写真を。
 そして、トランクを。
「……」
 それでは、自分が運んでいるものは……三つの品物のうちのひとつ……だろうか。
 どうしよう。
 荘はこめかみに手をやると深いため息をついた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1085/御子柴・荘(みこしば・しょう)/男/21歳/錬気士】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】
【2093/天樹・昴(あまぎ・すばる)/男/21歳/大学生&喫茶店店長】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、御子柴さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
トランクの中身は……三枚の写真のうちのひとつです。
弥生はその言葉のとおり、御子柴さまが運んでいることを知りません。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(少々、オフが落ち着かぬ状態で、窓を開けるのは六月の中旬頃になりそうです。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。