■アトランティック・ブルー #2■
穂積杜 |
【2839】【城ヶ崎・由代】【魔術師】 |
東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れた。
しかし。
差出人不明の脅迫状。
謎のぬいぐるみ。
幽霊船の噂。
狙われている存在とそれを狙う存在。
客としてまぎれこんでいる異質な何か。
三つの品物の写真。
そして、姉妹船と航路の謎。
哀しいかな、予感は的中。
楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
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アトランティック・ブルー #2
客室をあとにし、通路を歩く。
向かうは、メインレストラン……なわけであるが、しばらく歩いたところで、妙なことに気がついた。
それとなく様子をうかがわれているような……。
七重は何も語らないから、どういう経過があったのかはわからない。ただ、自分が客室をあとにして、船内を散策、再び客室に戻って来たときには、既にそれは七重のもとにあった。
クマの、ぬいぐるみ。
褒め言葉で表現するならば愛嬌のある顔のそれは、いってはなんだが、あまり高価そうにも見えないし、その人を小馬鹿にしているようなユーモラスな表情のせいでお世辞にも品があるとはいえない。子供が持っているならば、べつにおかしくもないし、むしろそれは自然であるともいえる。
だが、七重と同型と思われるそのぬいぐるみと同じものを手にしている存在は、明らかに大人と呼ばれる範囲にある年齢にある。しかも、それはひとりではなく、複数に存在しているわけだが、そんな彼らはそれとなくこちらをうかがっている。
隣を歩く七重もその視線には気づいていると思うのだが、普段と同じく落ちついていて彼らを気にした様子を見せない。だから、同じように気づかないふりで通路を歩いてはいるものの、気になるといえば、気になる。七重は……まあ、性格なのかもしれないが、しっかりとそのぬいぐるみを手にしているわけであるし。
「何か大切なものなのかい?」
おそらく、そうなのだろうけど。城ヶ崎はクマのぬいぐるみを見やり、訊ねる。
「これは……はい、借りたものです」
視線がクマのぬいぐるみにあることに気がついた七重は、同じようにクマのぬいぐるみを見やり、答えた。
「かなり大切なものらしいね」
借りたもの。なるほど、それならば普段にも増して大切に扱うだろう。城ヶ崎はそれ以上の追求はしなかった。彼らが会話に耳をそばだてている可能性も否定できない。そのまま、その話題には触れず、メインレストランへ。
テーブルに案内され、椅子に腰をおろす。七重は椅子を軽く引き寄せ、その椅子にクマのぬいぐるみを座らせている。それについても特に触れずにメニューを開き、基本となるコースを決めたあと、料理を選択した。
さすがにレストラン内にはクマのぬいぐるみを持った存在は見られなかった。七重が持つこのぬいぐるみも気になるところではあるが……と思ったところで、不意に子供の声がした。
「おにーちゃん」
にこにこと笑顔を浮かべながら七重の袖を引いている少女がいる。次いで、その父親かと思われる男が現れた。
「こら、そっちではないだろう……ああ、君は……先程は、どうも」
男は七重に気がつくと軽く頭を下げてくる。同じように七重も会釈で返した。
「いえ、こちらこそ」
どうやら、七重がクマのぬいぐるみを手にするに至った理由は彼らにありそうだ……そんなことを思いながら光景を見つめていると、男は不意に自分の方へと向き直り、七重にしたように頭を下げてきた。
「先程は息子さんにお世話になりまして」
「そういう風に見えるのかな」
息子さん。まあ、純粋に年齢的なものだけを見ればそういうものかもしれない。城ヶ崎は穏やかに答えた。
「あ、これは失礼しました。……ななこ」
男は事情を察したあと、娘へと呼びかける。これ以上はご迷惑だからとテーブルから離れる素振りを見せた。
「もうちょっと……」
少女はもう少しだけ話をしたいという顔で答える。その様子を見て、七重へと視線を向ける。七重はこくりと僅かに頷いた。
「娘さんは七重くんともう少し話をしたいようだし、どうですか、こちらで夕食をとられては」
「……ご迷惑では?」
戸惑うような表情で男は僅かに小首を傾げる。いえいえと穏やかに答えると、ではお言葉に甘えてと男は軽く頭を下げ、娘を椅子に座らせると自らも椅子に腰をおろした。
「娘さんと二人で旅行ですか」
「旅行……ええ、そのつもりも少しはあって、娘を連れてきたのですが……思ったよりも仕事に時間がとられてしまい、娘の相手ができずにいます。彼には、先程、娘がお世話になりまして」
ちらりと七重を見やり、男は言う。
「客船に乗りつつも、仕事を……それはまた難儀だね。仕事は何を?」
「医薬品のルートセールスです。一般家庭ではなく、医療機関と製薬会社が主な取引先ですが」
「ということは、この船とも取引を?」
乗船していても仕事をしているということは、そういうことなのだろう。それを問うと男は苦笑いを浮かべた。
「ええ。その関係で乗船券を手に入れまして、日頃お世話になっています皆様をご招待させていただいたというわけです」
「なるほど、接待か」
こちらはこちらでそんな会話を交わしていると、子供は子供で会話を楽しんでいるらしく、七重と少女は言葉を交わしている。とはいえ、少女が一方的に話しているようにも見えなくもなかったが。
夕食を終えたあと、少女とその父親と別れ、客室へと戻る。
一息いれたところで、封筒の彼女のことを思い出す。クマのぬいぐるみも謎ではあるが、こちらはこちらで気になるところ。それについての思考を巡らす。
確か、あの娘さんは……城ヶ崎は彼女の行動を思い出してみる。
普通に旅行を楽しむような雰囲気を漂わせていながら、時折、その視線を鋭くする。それが目にとまり、話しかけてみたわけだが、話しているあいだも誰かを気にしている様子を見せた。最終的には、その気にしている誰か……恰幅のいい中年の男だったが、それを追うようにして席を立ち、去った。
去り際、彼女は封筒を置いていった……いや、忘れていった。
そのなかには、四枚の写真と一枚の手紙。
四枚の写真のうち、一枚があの恰幅のいい男の写真で、残りの三枚は品物。
一枚は、古そうな鏡。
一枚は、絵巻物でも入っていそうな細長い桐の箱。
一枚は、龍宮城の玉手箱を思わせるような漆の箱。
手紙の内容から、この三つの品物を彼女が追っていることは間違いないとしても……しかし。
彼女の行動は、うっかりにしては度が過ぎているような気がする。誰かが巻き込まれることを計算しているような気さえするのだが……。
とりあえず、それは置いておくとして。
大して長くもない会話でわかったことは、考古学に興味を示していることと、それは父親の影響であるらしいこと、現在は学生であるということ。これらは嘘ということも考えられなくはないが、本人はとりあえずそんなことを言っていた。
これらを踏まえ、まずは最近、発掘された遺跡や遺物について調べることにした。幸い、ここには図書館やインターネットルームもあることであるし。
七重に出掛けることを告げようとしたが、部屋にはその姿がない。おかしいなと思いつつ、考える。……そういえば、先程、何か七重が口にしていたような……そう、出掛けるとかなんとか。
「……」
出掛けたということか。では、自分も出掛けるとしよう。城ヶ崎は客室をあとにし、インターネットルームへと向かう。通路を歩いても、レストランへ向かうときのような不自然な光景、クマのぬいぐるみを持った存在に出会うことはない……と思ったが、そんなことはなかった。
インターネットルームが近いという場所に、クマのぬいぐるみを持った存在がちらほらと見られる。が、自分に対して注意を向けてはいない。
そのままインターネットルームへ足を運ぼうかと思ったが、ふと見覚えのある男を見つけ、足を止めた。恰幅のいい男がラウンジへと向かっている。
あの男がいるということは、彼女も近くにいるのではないか……付近に彼女の姿がないかと探してみる。
……いた。
こちらに気づいている気配は、ない。
インターネットルームへ足を運ぼうと思ったが、少しばかりそれは後回し。彼女の行動を見守ることにした。
昼間と同じく、数人の男を連れた男は誰かを待っているようだった。ラウンジで適当なテーブルにつくと時計を気にする。やがて、男がひとり現れた。同じテーブルにつき、挨拶的内容の会話を交わしだす。それほど声が大きいというわけではなかったが、よく耳を傾けていれば、その内容はどうにか、耳にすることができる。
今夜二十二時に倉庫で例の品物を見せる……そんなようなことを彼らは話し、別れた。ラウンジを去り、それに伴い、彼女もラウンジを去る。
おそらく、この会話は彼女にも聞こえていたはず。
男は場所と時間についても詳しく話をしていたから、そこへ行こうと思えば、迷わずに行けるだろう。
しかし、それが少しばかり気にならないこともない。
大切な取引(?)の話を人が多いこんな場所でするだろうか。……後ろめたいことがないだけかもしれないが、それにしても。
とりあえず、時間と場所はわかっている。
その話は頭の片隅に置いておくとして、インターネットルームで情報を集めることにした。
インターネットルームにはいくつかのパソコンが置かれ、衝立で仕切られている。思ったよりも利用者は多い。空席を探し、椅子に腰をおろそうとしたのだが、そこに見覚えのある姿を見つけた。
七重だ。
「七重くん」
敢えて無視をすることもないので、声をかけてみる。やはりクマのぬいぐるみを手にしているが、心なしか困っているように見えた。
「あ、城ヶ崎さん……」
「ここで暇つぶしかい?」
それとも、そのクマのぬいぐるみのことが気にかかり、調べものか……後者なのではないかと思ったが、七重はこくりと頷いた。
「はい。城ヶ崎さんも暇つぶしですか?」
「まあ、そんなものかな」
七重にならば写真を見せても構わないかと封筒の写真のうち、三枚、品物が写っているものだけを見せる。
「これがなんであるのか調べようとしているところだよ」
「お手伝いしましょうか?」
写真を見つめ、七重は言う。
「七重くんの用件は済んでいるのかな? ……では、お願いしようかな」
七重がこくりと頷いたので、協力を仰ぐことにした。隣が空席であったので、そこに腰をおろし、自らも作業を始める。
とりあえずは、最近、発掘された遺跡や遺物についてから。各方面の記事をあたり、三枚の写真にあるような品物はないかを探す。
しばらく探してみたが、それらしい記事はみあたらない。最近に発掘されたものではないのだろうか……少しずつ情報をさかのぼってみる。
そうしていると、七重が声をあげた。
「城ヶ崎さん、これではないでしょうか」
「どれどれ……」
七重が探し出したものは、三枚の写真のうちの一枚だった。古そうな鏡の画像は、写真のものとよく似ている。
「博物館に展示されているものだそうです」
どうやらどこかの博物館のサイトらしい。新たに展示されることになった品物とある。そこに書かれている説明は皆無に等しかったが、竹内という人物から寄贈されたものだということはわかった。
「竹内さんという方が寄贈したもののようですね」
「らしいね。実際に博物館へ足を運んでみれば、もっと詳しいことがわかるのだろうけど……」
博物館の案内サイトであるから、ひとつひとつについての詳しい説明はない。それを求めるべきではないのかもしれないが、実際に博物館へ行っている時間はないし、行くこともできない。
「この鏡について、もう少し調べてみますね」
「ああ、お願いするよ」
博物館に展示されているはずのものを、あの男が持っているとしたら……城ヶ崎は鏡のことは七重に任せ、盗難についての情報を調べてみる。
つい最近で限ったことをいえば、博物館関連で盗難があったという話はない。さかのぼれば盗難についての記事がないこともなかったが、三つの品物とは当てはまらないものばかりだった。
……盗難ではない?
いや、盗難だとしても発覚していない……?
「城ヶ崎さん、竹内さんという方について少しわかりました」
「七重くんは情報検索が上手いね。いや、何がわかったのかな」
的確にキーワードをついているのかもしれない。ともかく、七重が新たに発見した情報に目を通してみることにした。
それによると、竹内という人物はそれなりの資産家であったらしい。骨董の類を好み、写真にある鏡を手に入れたものの、その後、不幸が続いている。妻と二人の娘を亡くし、それから鏡を博物館へと寄贈したとある。
「こういう記事も見つけました……」
七重はマウスをクリックして、画面に記事を呼び出す。そこには、電車へ飛び込み、車が崖から転落、首吊りの三つの記事があった。いずれの記事も自殺であり、当事者は女性、名前は竹内とある。
「これは、また……どうやら、妻は車、二人の娘はそれぞれ電車、首をくくっているらしいね……」
車はブレーキの跡がないことから、事故ではなく、自殺と判断されたしい。電車への飛び込みも、目撃者がいて、自ら飛び込んでいるから、自殺。首吊りは遺書らしきものはなかったものの、他者が関与した形跡が見られないことから自殺と判断されたらしい。
「竹内さんにはもうひとり娘がいるみたいですね」
「なるほど、鏡のせいで三人が亡くなったから、慌てて鏡を手放した……?」
「そうみたいです。竹内さんの前に鏡を所有していた方も、身内に不幸があったみたいですよ。女性だけに」
「……何かいわくのある鏡なのかな?」
とりあえず、所有者の身内……女性だけに不幸が振りかかるらしいが……城ヶ崎は時計を見やる。
まだ時間はある。
さて、どうしたものか……。
−完−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男/42歳/魔術師】
【2557/尾神・七重(おがみ・ななえ)/男/14歳/中学生】
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■ ライター通信 ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、城ヶ崎さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありません。
三つの品物のうち、ひとつしかわかっていませんが……鏡はいわくのある呪いの品物です。
今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(窓を開けるのは今週末、もしくは来週頃になりますが、よろしければお付き合いください)
願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。
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