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■漆黒の翼で 1■

山崎あすな
【2920】【高木・貴沙良】【小学生】
【 序曲 -オーバーチュア- 】

 まったく、なんだって言うんだ。
 悪態ばかりが漏れるのも、仕方がないだろう。
 だからといって、このまま引き下がるのも腹が立つ。
 何がなんだかわらかないままに襲われ、追われ――今にいたっているのだから、せめて理由ぐらいは聞かなければ。

 まぁ、店は「CLOSE」の看板を出して、電気は消してきたしかまわないかぁ……。

 などというくだらないことを考えながら、漆黒の片翼を背負った男――ファーは大きなため息を漏らした。


 時間は少しさかのぼる。
 何一つ変わらない日常の中を、今日も紅茶館「浅葱」のウエイターとして働いていたファーは、軽快に鳴り響くカウベルに反応して「いらっしゃいませ」と一言漏らした。
 めずらしく、午後の三時――おやつどきだが、客は一人も入っていない。
 そこに、久しぶりの客。
 水を用意して、腰をおろした客の下に運ぼうと思ったが、その動きが完全に止まる。
「な……」
 信じられないほどの静寂の中に、うっすらと感じ取った殺意。殺気。けれど――熱を感じさせない冷たさの中に、それは存在した。
 今まで感じなかったものを突然感じ取ったのだから、異端者として平穏な空間の中に入ってきた存在が、感じさせているに違いない。
 水を持っていきたくないと思う反面、このまま放っておいても危ないと思う気持ちもどこかに存在する。

 また厄介なことが持ち込まれた……。

 なぜかこの紅茶館「浅葱」という空間には、厄介ごとが持ち込まれやすい。そして、ファーは常にそれに巻き込まれているのだ。
 いい加減嫌気が差している。
 だからといって――この殺気を無視するわけにはいかない。
「ご注文は?」
 水と氷が入ったグラスを静かにテーブルに置くと、いつもの通りに声をかける。そこでやっと、ファーは客の顔を見ることがかなった。
 不気味――とも思えるほど、真っ白に染まった肌。どこも焼けた後なんて見られない。それにあわせるかのような見事な白髪。開かれた瞳から覗くのは――緑の瞳。
 見たところ、十代後半といったところだろうか。人形のように綺麗な少女だった。
「――そう、やはりそうなのですか……」
 突然、口を開く少女。
 落ち着いたというよりも、感情が一切こもっていないような、その台詞。
「え?」
 自分が話しかけられたのだとばかり思い、思わず聞き返すファー。しかし、それは自分への言葉ではなかった。
「わかりました。では――狩りましょう」
 刹那。
 音も立てず、ただ静かに振り下ろされたものがなんだったのか、ファーには理解することができなかった。
 けれど本能が、自分をその「攻撃」から回避させた。
「……貴方を狩ります」

 よく見れば、彼女は自分の身長ほどある大きな鎌を担いでいる。
 多分さっきは、あれが振り下ろされたのだろう。

 よく避けた。

 自分を自分で、ほんの少しだけ褒めながらも、投げかけられた言葉の意味がよくわからなくて、疑問符が頭に浮かぶ。
「私は、ダークハンターと名乗っているもの」
「俺が何をした?」
 彼女が何かも気になったが、とにかく今はそっちのほうが気になった。
 しかし、彼女はファーの問いに口では答えない。もう一度振り切られた大鎌が、その答えだと物語っているかのように。

 話はできない。
 だったら――逃げるしかない。


 わけもわからずに殺されるなんてごめんだ。
 せめて、話ができる相手だったら――
「どうしたもんだか……」
 ため息混じりにつぶやいた言葉。空に輝いていた太陽は夕陽に変わり、もう沈みかけている。
 つい先ほどやっと、追ってくる少女を振り切ったところだ。店に帰りたいが、このまま帰ってしまったら、自分の居場所を相手に告げているようなものだ。
 だからといって、頼れる知り合いもいないこの街で、どこに行けと……?
 路地を抜け、表通りに出る曲がり角が目の前に見える。

 ドンッ

「っ……」
 あまり辺りを見渡していなかったファーは、ちょうど角を曲がろうとした瞬間、誰かとぶつかった。
【 漆黒の翼で - 序曲 - 】


「きゃぁっ」
 小さく上がった悲鳴に思わず耳を疑う。
 何かにぶつかった感覚はあったが、本当に些細なものだったため、自分が電信柱にでもぶつけてしまったのだとばかり思っていたが。
 どうやらそうではなかったらしい。
 大通りに出てすぐ。無機質に通り過ぎていく人ごみの中にある違和感。動くことなく、さらに言えば、座り込んでしまっている小さな少女が一人。一瞬、大きな人形でも落ちているのかと見間違えるほど身長、幼さを全面に残した愛らしいさに、印象深い銀色の長髪。
 幼い少女とぶつかって、吹っ飛ばしてしまったらしい。
 やっと状況を理解して、ファーは少女に近寄ると、抱き上げて起こしてあげる。
「すまなかった」
「いいんです。大丈夫です。気にしてません」
 目線を彼女に合わせると、その大きな金の瞳に正面から見つめられると、思わず「かわいい」という言葉が漏れてきそうだ。
 ぱちぱちと、瞬きを繰り返す少女が見つめる先にあるものは――ファーの背に片方だけある、漆黒の翼。
「……黒い翼ですか……」
「気になるか?」
「はい。本物なんですか?」
「ああ。正真正銘、背中から生えている」
 すると少女は手を伸ばし、何の嫌悪感も持つことなく、好奇心をいっぱいに抱えて片翼に触れた。

 刹那。

「なっ!」
 流れ込んできた感覚に、熱く血が滾る。フラッシュバックする映像が脳を支配する。一体何が意識に飛び込んできたのか。
 逆流しているかのような血の流れ。高鳴る心音。荒れる呼吸。

 ――もしも、この手を強く握っていなかったら――

「……お、まえ……いったい……」
「私も昔は持っていた、黒い翼……世界は違うでしょうが、同属、ということかもしれません」
「どう……ぞく?」
 勝手に動き出そうとしている左腕を無理矢理押さえつけ、少女のあどけなさを残しながらも、底知れぬ何かを感じさせる目の前の彼女へと疑問を返す。
「ゆっくり、お話を聞かせてください」
「それは、いいが……手、を、はなしてくれない……か?」
 苦しみをこらえながら、必死にうったえる。これ以上は耐えられる自信がない。
 意志と反して動こうとしているこの左腕が、一体少女に何をするのか。それさえもわからない。だからこそ、これ以上彼女が羽根に触れていたら。
「あぶ、な……い」
「――はい。わかりました」
 彼女はそっと手を離す。
 そのとたん、詰まっていた呼吸を取り戻したファーは何度か咽ると、乱れた呼吸が整うまで、肩で大きく息を吸い、吐きだし、また吸いこみと繰り返した。
「お急ぎのようですが、大丈夫ですか?」
 そうだった。
 少女に言われてはっと気がついたが、ファーは追われていたのだ。周りに意識を張り巡らせ、どこまで相手が追ってきているのかを確かめようと集中する。何も感じることはできない。最悪の事態――ぎりぎりまで近づかれていて、気配を消されているか、あるいは嬉しい事態――引き離し、追っ手を振り切ったか。
 けれど常に、前者を想定しながら行動したほうがいい。安心し、一息ついた無防備なところを襲われては、一番やっかいだ。
「お前のことも気になるが、今は追われていて、相手をしている暇がない」
「何かの災難にあわれているのなら、お力をお貸しいたしましょうか?」
「……いや、関わるとお前まで危険なことに――」
「むしろ、私に関わったほうが危険です。常に危ない橋を渡っているようなもの、ですので」
 表情一つ変化させることなく、どこまでも深い金の瞳で少女は簡単に言ってみせた。
「……そう、なのか……?」
「はい」
 大きくうなずいて、笑顔を見せると、ファーはどこかほっとした。瞳から感じる金の混沌を覗く限り、年相応に見えないこの少女だが、こうしてみるとしっかり幼く感じる。
「お前、名は?」
「高木貴沙良です。表向きは、小学生ということにしておいてください。あなたのお名前はなんですか?」
「ファーと言う。紅茶専門店のウエイターだ」
 少女――貴沙良は右手を差し出す。ファーは一瞬ためらったものの、小さな手をそっと握り返した。親子とも、兄妹とも見えるその風景に不自然なところがあるとすれば、ファーの片翼ぐらいだろうか。
 そのほかは、なんの疑いもない、ただの一般人。
 二人は人ごみにまぎれるように、貴沙良の案内のもと、彼女が暮らしているという家へ向かうことにした。

 ◇  ◇  ◇

「では、あなたを襲ってきていると言うのは、大きな鎌を持った女性ということなんですね」
「そうなるな」
 ファーは一通り、今日の今までのことを貴沙良につげると、彼女は一つ真剣な表情を見せて
「ダークハンター、かもしれません」
「ダークハンター……?」
「はい。聞いたことがあります。人と敵対する魔物や超常能力者などを狩る存在で、巨大な鎌を操る少女がそう、自らを称していると」
「人と敵対する魔物……超常能力者……」
 身に覚えがないわけではない。
「ファーさんは、人に敵対するのですか?」
「するつもりはないが……」
 口にして思い出したのは、先ほどの自分。
 貴沙良に羽根を触れられ、「何か」が自分の中に沸き起こった。
 熱く滾る血が、本能に何を告げていたのか。
 命じられた本能のままに動こうとした左腕が、貴沙良に伸びて何をしようとしたのか。

 それは――人と敵対する行為なのか――

「ファーさんの片翼には、魔力が込められているんですね」
「魔力……?」
「はい。そこへ私が無理矢理強い力を送り込み、いつも正常に流れているその力を狂わせました。さっきはごめんなさい」
 小さく頭を下げる貴沙良。もう、彼女とは手を繋いでいない。
「――はい、ここがうちです。身を隠すには絶好ですし、話もゆっくりできます」
 大通りからはずいぶん進んで、貴沙良に案内されるがままに到着した場所は高級マンションが立ち並ぶ一角。
「……すまない。邪魔、させてもらってもいいのか?」
 驚きつつも、そんな気持ちは心の中にしまって、ファーは高層ビルのような背の高い建物を見上げた。
「はい。一人で暮らしていますし、もし泊まる場所にお困りでしたら、ゲストルームも空いていますから」
「……こんなところに、一人で?」
「そのことについても、中でお話しますね。ですから、ファーさんのことも聞かせてください」
「あ、ああ」
 ここで立ち話をしていたら、まだ追ってきているであろうあの少女に追いつかれるだけだ。
 それにしても、ここに歩いてくるまでに一度も接触しなかったことを考えると、完全に撒いたのかもしれない。
「ファーさん?」
 後方の空が気になって、じっと見つめていたのだろうか。
 足を進ませようとしないファーを不信に思った貴沙良が、声をかけてくる。
「姿を一度も見せなかったな……」
「あ、それは多分、濃厚な魔力を解き放ち感覚を狂わせていたからだと思います。しばらく、気配を察されることもありません」
「……そうなのか……」
 いつの間にそんなことをしていたのか。
 歩きながら、自然にそんなことまでできてしまうのか。
 一体彼女は何者だ。
 本当にこのまま、彼女を信じて中へ入っても良いのか――?

 もしかすると、追っ手の仲間だという可能性も考えられなくはない。

 けれど……
「それじゃ、ファーさん。行きましょう」
 少女が見せてくれるこの表情に、まさか裏があるとはどうしても、思えない。

 ◇  ◇  ◇

 中に入ると外装を裏切らず、いたるところに手の込んだ部分があると感じる。明るくひらけており、窓から見える景色も抜群だ。小学生が一人暮らしをするような代物ではない。
「さて、私のことについて、どの程度お話させていただけばよろしいか……」
 ソファーに腰をおろし、落ち着いた様子の貴沙良がファーの疑問を晴らそうと、自身について話をしようとする。
「……さっき、俺の中にある力を狂わせた、と言っていたが、あれは?」
「はい。私は人であっても、別の魂を持つもの。七歳で交通事故に遭い、九死に一生を得たのですが、そのときに一部の記憶と引き換えに、前世の記憶と能力を呼び覚ましてしまいました」
「前世?」
「私の前世は、異世界の魔王の一人です。人間に協力し、同胞たちから追われる存在となりましたが」
 感心するようにファーは首をうなずかせた。
「それで? 俺のこいつに触れて、一体何をしたんだ?」
「私が持っている魔力と、同じ気質の力を感じました。まるっきり同じものとは言えませんが、私の力に反応を見せたのはファーさん自身です」
「俺が……?」
「自己防衛のためかもしれませんが、私が送りこんだ力を排除するために、拒絶反応を見せた。ですから……」
 すると貴沙良は立ち上がり、先ほどと同じようにファーの片翼に触れる。
「お、おい!」
 また同じようなことを繰り返してはいけない。
 ファーはすぐに彼女の手を振り払おうとするが――

「……こうして、自然な流れの中に、私の記憶を乗せれば、同じ気質である力は同調します」

 血が滾ることもない。
 勝手に身体が動くこともない。

 むしろ――

「……これが……お前の前世……」
「はい。そうです」

 流れ込んでくる意識に胸が締め付けられると同時に、安堵を覚える混沌の闇がそこに存在する。
 前世の貴沙良は強く気高く、何よりも――心優しい魔王だったようだ。人間に力を貸した魔王。それが同胞たちには気に入らなかった。そして、貴沙良は今でも追われる身。かつての同胞たちから、裏切り者と、いつだって命を狙われている。
「俺は……自分自身の過去を知らない――いや、捨ててきた。だからなぜ片翼なのか、お前がいう魔力というものが体内に存在するのか、よくわかっていない」
「ですがそれが原因で、狙われているのですよね。そこに何か、理由があるはずです」
 これ以上相手の精神内に入り込むことはできない。
 けれど、彼が狙われる理由がすぐそこにある。
 この漆黒の翼の中に――
「きゃぁっ」
「貴沙良っ?」
 突然。
 少女があわてて手を離し、後ずさるように数歩下がって、ファーとの距離をとった。
「どうした……?」
「い、いえ、入ってはいけない領域を侵しそうになってしまったようです。また、ファーさんの力を逆なでするところでした」
「……お前、一体何を……?」
 何をされたのかまったくわからないが、少女は見るみるうちに顔を青くしていく。
「……あなたは……」

 私と似ている。
 けれど私と少し違う。

 あなたは過去を捨てた。
 私は前世を拾ってしまった。

 確かにこのままでは、あなたが人と敵対してしまうことに、間違いはないかもしれない。

 けれどきっと……止める術はあるはずです。


「――過去と向き合うか、過去を振り切るか、選択権を持っているのかもしれません」


 貴沙良に言われた言葉は、ファーにとってよくわからないものだった。
 わからないものだったが――頭のどこかで、その言葉を何度も繰り返す自分が存在した。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖高木・貴沙良‖整理番号:2920 │ 性別:女性 │ 年齢:10歳 │ 職業:小学生
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました!
初めまして、高木貴沙良さん。ライターのあすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第一話目、いかがでしたでしょうか。

大人びた精神面と、かわいらしく幼さを感じさせる容姿のギャップの表現に力を
入れました。似たもの同士、でもどこか違う二人。貴沙良さんはとてもファーと
の関係に深みを出しやすく、二人のやり取りを描かせていただけて、とても楽し
く、何よりも描きやすかったです。

楽しんでいただけたら、大変光栄に思います。
また、二話への参加も心よりお待ちしております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。

                           あすな 拝