■漆黒の翼で 2■
山崎あすな |
【2863】【蒼王・翼】【F1レーサー 闇の皇女】 |
【 夜想曲 -ノクターン- 】
『おい、スノー』
「なんですか?」
『あの男、何もわかっちゃいないみたいじゃないか。それでも狩るのか?』
昨日一日。
追跡を繰り返し、何度も接触をしたが疑問ばかりが残っているという顔をしていた。
『説明ぐらい、してやったほうがいいんじゃないのか?』
そうかもしれない。
だが、わかっていてとぼけているのかもしれない。
「いえ……それはできません」
そこで隙を見せてしまったら、自分が危ないのだから。
『……そうか』
自分の相棒でもあり、半身でもあり、命でもある大鎌『へゲル』の言っていることも一理ある。
だが――
「見逃さない」
――私はダークハンター……――
何一つ変わりない紅茶館「浅葱」で、真っ暗な中、小さな明かりを一つつけて片付けをしていたファー。
――貴方はいつか、人に害をもたらす――
脳裏に響くのは、昨日から突如、自分の前に現れた少女の声。
――だから……狩ります――
なぜ、自分が人に害をもたらすのか。
なぜ、少女がそのことを知っているのか。
問う暇はなかった。
「……俺は、人に害をもたらすのか……?」
だから、自問をしてみる。
だが、答えを返してくれるものなど、一人もいない。
誰もその答えは、持っていないのだから。
だったらあの少女から、直接聞き出すしかない。
けれど――わかってくれるだろうか。
教えてくれるだろうか。
問答無用で大鎌を振り下ろす、あの少女が。
自分の声に耳を傾けてくれるのだろうか。
答えは否。
ファーがわざとわからないふりをし、相手の隙を狙っているのかもしれないと、思われていたらおしまいだ。
敵に情けをかけるような性格もしれそうにない。
目の前にいる敵を、逃すような性格もしてそうにない。
「俺が聞いても、ダメだ」
誰かの力が必要だ。
もし、自分でないものが少女との接触を試み、話を聞けたのなら少しは状況が変わるかもしれない。
「でも一体、誰の力を借りれば……」
そんなとき。
ファーの脳裏に浮かんだ一人の存在。
「……まさか、また、世話になるわけにもいかない」
散々迷惑をかけてしまったのだから、また力を借りることなんてできない。
強く心に思ったのだが。
からん、からん。
遠慮がちに開いたドアの先に見えた人影に、その決心は揺らいだのだった。
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【 漆黒の翼で - 夜想曲 - 】
――何をすれば全てがうまくいくのか。
世の中に最善なんてつごうのいい言葉がそうそう転がっているとは思えないが、できれば最善に少しでも近づけるように――
今を生きていたい。
紅茶館「浅葱」へと二人を案内し、店の中に入ってもらうといつものくせだろうか。湯をすぐにわかし、紅茶を淹れ、カウンターへ腰をおろした二人にさしだす。
「……余裕だな」
「いや、落ち着くだけだ」
素直に受け取ればいいものを、一言投げかけたのは金蝉。しかし、落ち着いた様子で答えるファー。湯気立つティーカップからは、いい香りが漂っていた。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
出された紅茶を優雅な仕草で一口。心がほっとする瞬間をくれる、その紅茶の暖かさを感じる。
「ああ……どこから話すべきかわからないが……」
まずは今日一日のことを話すべきだろう。
まったく興味のなさそうな視線をこちらへと向けてくる金蝉と、鋭さを決して忘れない視線で射抜いてくる翼を交互に眺めて、ファーは重い口を開いた。
「ダークハンターと言っていたあの子に命を狙われる理由もわからないし、彼女が言っていたいつか人の害となる、という言葉の意味もわからない」
それはそうだ。わかっていたのなら、こうしてファーが苦悩する理由自体ないのだから。
「ただ俺は……人間じゃない。だから、そう言われるのかもしれない」
「確かにそうだね。僕も人間では無いから、彼女にああ言われたのかもしれないしね」
翼もターゲットと口にされていた。人の害になる可能性のある女。一体その言葉にどんな意味が込められているのか。
翼にはわかっているようだった。ファーのように、よく自分を知らないわけではない。
人間ではないと、簡単に口にしている。しかし、彼女はどっからどうみても、外見は人間そのものだ。
ファーが背負っている黒い翼のようなものはない。黙っていれば天才レーサーとしての認識しかないというのに、隠そうとはしていない。
「銃弾を叩き落した力は、関係ないのか?」
そこに口を挟んだのは金蝉。
自分の銃弾をいとも簡単に落とした力を、よく「わからない」と表現したファーの言葉が不満なのだろうか。
「あれは……」
自分自身でも説明をすることができない、ファーの力。
「異世界からこの地にきているのだが、そこではあまり驚かれない力だった」
「風を操ったりもできる?」
「突風を吹かせたりすることなら、できるかもしれないが。それは直接自然の風を使っているのか、風を作り出してやっていることなのか、原理がまったくわかっていない」
使えて当たり前であり、自然に使うことができてしまった力。
「その力を――抑えられなくなることは?」
言われてファーは閉口する。返す言葉がない。
そうならないとはっきり言えるわけではないし、そうなったこともないので例を挙げることができるわけでもない。
けれどその沈黙が、翼の視線をさらに鋭くさせた。
心がどんなに清浄なものを放っていても――
血が騒ぐ。
「答えられないのか?」
「ああ……否定も肯定もできないから、困っている」
「抑えられないことがあるかもしれないとでも、思ってるってこと?」
弱気かもしれないが、言い切ることは決してできない。
ファーは首をうなずかせる。
その刹那。
体内で逆流する魂。
血が煮えたぎるのではないかと思うほど、熱く込み上げてくる何か。
けれどそれを抑えることは容易だ。
自分で自分の制御ができるかどうかわからないなどと言っている、ファーとは違う。
自分はこれを抑えつけ、人間として生きてきたのだから。
「僕の血は、キミのことを邪なるものと判断している」
「……え?」
「記憶や精神的にはそのことを忘れ去り、違うものとして生きていたとしても、その肉体に刻まれた記憶に僕の血がしっかりと反応している」
ファーは信じられないと言った視線を向けた。
何を言われているのかわからない。
「過去の記憶は?」
「捨てた」
「捨てた?」
「ああ……片翼と一緒に、異世界へ」
「その過去の記憶に、不浄な力はなかった?」
ファーが狙われる理由。
捨ててしまった過去にある真実。
もしそこに――不浄なる存在が映っているのだとしたら。
翼はファーを狩るのだろう。
「曖昧で、よく覚えていない……」
ファーが目を伏せながら答える。真剣に思い出そうとがんばっているのか、それともその伏せた瞳に全てを隠しているのか。
さすがにそこまでは翼は判断できなかったが、後者ではない、そんな気がする。
嘘のつけなさそうな性格だ。無駄にまじめで、無駄にものを抱えて――
「そうか」
どこか、重なる自分の姿。
他人の目から見る蒼王翼という存在は、もしかするとこんな風に映っているのかもしれない。
人間として生きようと足掻いているが、どうしてもそうはできない一瞬があって。
その一瞬を――癒してくれる存在を、求めている。
助けてやれないか。
力になってやれないか。
自分ができることはなら、あるじゃないか。
「わかった。それじゃ僕が、あの少女に話を聞いてくる」
情に流されたとか、自分と重なるからとか、そんな気持ちだけが支配しているわけじゃない。
ダークハンターと称した少女と話をし、ファーを狩るかどうか判断しなければいけない。
もし、ダークハンターが自分を狩りにくるというのなら、返り討ちにすればいい。
――それから自身で判断して、ファーを狩るか狩らないか、決める――
静かな動作で立ち上がった翼は、ファーが何かを言って止める言葉も気にせず、紅茶館「浅葱」を後にした。
◇ ◇ ◇
風はいつだって素直に自分のそばにいてくれる。
冷たい夜の風に吹かれながら、かざした手の合間を風がすり抜けていくと、自分の知りたいことを教えてくれるのだ。
一人で飛び出してきてしまった。多分ファーだろうが、止める声も聞かずに。
「同情じゃない。真実のための行動だ……」
自分が今、最善に近づくために何をするべきか。
翼自身が考えてのこの行動だ。誰にも文句など言わせない。
「ダークハンターがどこにいるのか、教えてくれる?」
風に問う。居場所だけわかればいい。直接会わなければいけないと、血が騒ぐから。
翼は風から返ってきた答えを身体の中に受け入れ、閉じていた瞳を大きく開く。
そして、一歩を踏み出そうとしたそのとき。
「場所は、掴んだのか?」
よく知った声に、動きを止めた。
「金蝉……」
「ダークハンターの場所はわかったのか?」
「わかったよ。だから今から、言って話をしてくる」
「だったら、こいつを連れて行け」
強制的に連れてこられた――という雰囲気ではなかったが、流れるような金髪と、闇と同化する漆黒の髪が、並んでこちらに瞳を送っている。
「こいつが真実を知り、こいつが死ぬか生きるか決めるんだったら、こいつ自身にやらせるべきだろう」
紡がれる、無駄を一切省いた金蝉の台詞。
「馬鹿な事を言うな金蝉! 直接あわせてしまっては、危険だろうっ!」
「危険? どこにいたって、こいつにとっては危険だろう」
熱くなる翼とは対照的に、いつ、聞いても温度を下げさせられる声を発する金蝉。
「お前はこいつを守るために、ダークハンターとかいう奴に会いに行くのか?」
違う。真実を知るために。
ファーを守りたいなんていう、正義感からじゃない。
「お前自身が納得のいく理由を掴みに行くためだろう? だったらこいつがいてもいなくてもいいはずだ。むしろいたほうが好都合だ」
ファーは何も口にしない。
まるで、黙っていることを強要されているかのように。
「お前が判断した瞬間に、殺すことも、生かすこともできる」
金蝉は説得しているんじゃない。
「連れて行け」
命令している。
それでもこうして話をして、連れて行くことを薦めてくれているあたり、はっきりと命令とは言えないのかもしれない。
翼へと考えるチャンスを与えてくれているのだ。
そんなとき。
「――どうやら、ここで話したことは無駄だったようだな」
金蝉が翼のさらに先へ、鋭い視線を飛ばし、そんな言葉をつぶやいた。そしてすかさず、銃を手にする。
「出向いてくれるとは、光栄じゃねぇか」
翼は金蝉の不適な笑みを確認してから、ゆっくりとした動作で振り返った。
◇ ◇ ◇
「また、三人一緒にいる……」
つぶやいたスノー。答える声は無い。鎌をしっかりと握り――無駄のない動作で臨戦態勢をとるが。
不思議そうな表情一つ。
スノーがまじまじと鎌を見つめている。
「……変……」
「キミの能力の全てがその鎌にあると聞いて、悪いけれど封じさせてもらうよ」
さらっと言って見せた翼だったが、スノーの表情は何一つ変わらない。冷たい無表情が張り付いたままだ。
「話を聴かせてほしい」
「なんの? あなたの? その男の? それとも、片翼の男の?」
前の立っている全員が、スノーにしてみれば敵も当然。
「……片翼の男が、なぜ危険なのかを、聴かせて」
迷うことなく翼は答えた。自分の危険性なんて百も承知。金蝉については、聞くまでも無い。
今知りたいのはただ――
「ファーを狙う理由、ただそれだけでいい」
スノーは逃げようとはしない。ただ、自分たちと距離を置いておきたいようには見える。今は戦闘をするにはいい間合いだが、話をするには少し遠すぎる。
翼が数歩近づくと、スノーは身を下げた。
これでは距離が変わらない。
もう何歩か、翼が近づく。もちろんスノーは、身を下げようとした――
だが。
「……ん?」
足を下げた瞬間に感じた抵抗。よく見るとしっかりと張られた結界。
「これで話をせざる終えないだろう? さあ、どうして彼を狙うのか、話して」
「そこまでして話を聞きたいの? 殺してしまえば早いのに……あなたもいつかは、私のターゲットになるのに」
淡々とした口調の中に込められる、確かな殺意。
「人ではなく、いつか人の害となるもの。人間として生き、足掻いても無駄」
人間ではない。
人間の害になる。
「暴走し、あなたが全てのものを不浄なる敵とみなしたとき、私があなたを狩る」
「――こいつが何ものかなんざ興味ねぇんだよ。とち狂ったら俺が引導を渡してやる。貴様の出る幕はねぇよ」
飛んできた声は、ずいぶん後方からのように感じたが、気がつけば、すぐそばにいてくれている――金蝉のもの。
「いいから、はっきりわかってないことをはっきりさせてぇから、早くあいつのことを話せ」
「……変な人」
スノーは金蝉へと視線の先を変更し、何度かまばたきをすると、ポツリとつぶやいた。
「片翼の男の捨てたはずの翼には、触れた者を支配し、自らの欲望のままに殺しを快楽とする意志が込められている」
聞こえた静かな声。
「異世界から来た、堕天使――ルシフェル」
一番驚きを隠せなかったのは、ファー本人だろう。
「あなたの羽根が今、あなた本人へ帰ることを望み――この地へ舞い降りている」
突きつけられた真実。
理解したファーの過去と、力の意味。
翼は決意を胸に、その手を握り締めた。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖蒼王・翼 ‖整理番号:2863 │ 性別:女性 │ 年齢:16歳 │ 職業:F1レーサー兼闇の狩人
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‖桜塚・金蝉‖整理番号:2916 │ 性別:男性 │ 年齢:21歳 │ 職業:陰陽師
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は発注、本当にありがとうございました!
「漆黒の翼で」シリーズ第二話をお届けさせていただきました。
少しでも楽しんでいただけたのなら、本当に光栄です。
金蝉さんの考え方と、翼さんの考え方の違いから生まれる相違点
を、気持ちの描写を多くすることで描かせていただきました。う
まく伝わればいいなぁと思います。
それでは失礼します。最終話への参加もお待ちしております。
この度は本当にありがとうございました!また、お目にかかれる
ことを心より願っております。
あすな 拝
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