■漆黒の翼で 2■
山崎あすな |
【2916】【桜塚・金蝉】【陰陽師】 |
【 夜想曲 -ノクターン- 】
『おい、スノー』
「なんですか?」
『あの男、何もわかっちゃいないみたいじゃないか。それでも狩るのか?』
昨日一日。
追跡を繰り返し、何度も接触をしたが疑問ばかりが残っているという顔をしていた。
『説明ぐらい、してやったほうがいいんじゃないのか?』
そうかもしれない。
だが、わかっていてとぼけているのかもしれない。
「いえ……それはできません」
そこで隙を見せてしまったら、自分が危ないのだから。
『……そうか』
自分の相棒でもあり、半身でもあり、命でもある大鎌『へゲル』の言っていることも一理ある。
だが――
「見逃さない」
――私はダークハンター……――
何一つ変わりない紅茶館「浅葱」で、真っ暗な中、小さな明かりを一つつけて片付けをしていたファー。
――貴方はいつか、人に害をもたらす――
脳裏に響くのは、昨日から突如、自分の前に現れた少女の声。
――だから……狩ります――
なぜ、自分が人に害をもたらすのか。
なぜ、少女がそのことを知っているのか。
問う暇はなかった。
「……俺は、人に害をもたらすのか……?」
だから、自問をしてみる。
だが、答えを返してくれるものなど、一人もいない。
誰もその答えは、持っていないのだから。
だったらあの少女から、直接聞き出すしかない。
けれど――わかってくれるだろうか。
教えてくれるだろうか。
問答無用で大鎌を振り下ろす、あの少女が。
自分の声に耳を傾けてくれるのだろうか。
答えは否。
ファーがわざとわからないふりをし、相手の隙を狙っているのかもしれないと、思われていたらおしまいだ。
敵に情けをかけるような性格もしれそうにない。
目の前にいる敵を、逃すような性格もしてそうにない。
「俺が聞いても、ダメだ」
誰かの力が必要だ。
もし、自分でないものが少女との接触を試み、話を聞けたのなら少しは状況が変わるかもしれない。
「でも一体、誰の力を借りれば……」
そんなとき。
ファーの脳裏に浮かんだ一人の存在。
「……まさか、また、世話になるわけにもいかない」
散々迷惑をかけてしまったのだから、また力を借りることなんてできない。
強く心に思ったのだが。
からん、からん。
遠慮がちに開いたドアの先に見えた人影に、その決心は揺らいだのだった。
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【 漆黒の翼で - 夜想曲 - 】
――自分が一体何をしたいのか。
世の中の道理なんてものがあるとしても、自分が信じる未知であればそれが全て。
自分自身と向き合って、自らの意志のもとに生きていけば、それでいい。
紅茶館「浅葱」へと二人を案内し、店の中に入ってもらうといつものくせだろうか。湯をすぐにわかし、紅茶を淹れ、カウンターへ腰をおろした二人にさしだす。
「……余裕だな」
「いや、落ち着くだけだ」
素直に受け取ればいいものを、一言投げかけたのは金蝉。しかし、落ち着いた様子で答えるファー。湯気立つティーカップからは、いい香りが漂っていた。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
出された紅茶を優雅な仕草で一口。心がほっとする瞬間をくれる、その紅茶の暖かさを感じる。
「ああ……どこから話すべきかわからないが……」
まずは今日一日のことを話すべきだろう。
まったく興味のなさそうな視線をこちらへと向けてくる金蝉と、鋭さを決して忘れない視線で射抜いてくる翼を交互に眺めて、ファーは重い口を開いた。
「ダークハンターと言っていたあの子に命を狙われる理由もわからないし、彼女が言っていたいつか人の害となる、という言葉の意味もわからない」
それはそうだ。わかっていたのなら、こうしてファーが苦悩する理由自体ないのだから。
「ただ俺は……人間じゃない。だから、そう言われるのかもしれない」
「確かにそうだね。僕も人間では無いから、彼女にああ言われたのかもしれないしね」
翼もターゲットと口にされていた。人の害になる可能性のある女。一体その言葉にどんな意味が込められているのか。
翼にはわかっているようだった。ファーのように、よく自分を知らないわけではない。
人間ではないと、簡単に口にしている。しかし、彼女はどっからどうみても、外見は人間そのものだ。
ファーが背負っている黒い翼のようなものはない。黙っていれば天才レーサーとしての認識しかないというのに、隠そうとはしていない。
「銃弾を叩き落した力は、関係ないのか?」
そこに口を挟んだのは金蝉。
自分の銃弾をいとも簡単に落とした力を、よく「わからない」と表現したファーの言葉が不満なのだろうか。
「あれは……」
自分自身でも説明をすることができない、ファーの力。
「異世界からこの地にきているのだが、そこではあまり驚かれない力だった」
「風を操ったりもできる?」
「突風を吹かせたりすることなら、できるかもしれないが。それは直接自然の風を使っているのか、風を作り出してやっていることなのか、原理がまったくわかっていない」
使えて当たり前であり、自然に使うことができてしまった力。
「その力を――抑えられなくなることは?」
言われてファーは閉口する。返す言葉がない。
そうならないとはっきり言えるわけではないし、そうなったこともないので例を挙げることができるわけでもない。
けれどその沈黙が、翼の視線をさらに鋭くさせた。隣に座り、ひしひしと翼の気持ちを感じている金蝉。
この男に対して、お前の地が騒いでいるのか……
必死になって抑えなければいけないほど。
「答えられないのか?」
「ああ……否定も肯定もできないから、困っている」
「抑えられないことがあるかもしれないとでも、思ってるってこと?」
弱気かもしれないが、言い切ることは決してできない。
ファーは首をうなずかせる。
その刹那。
ぐっと翼が拳を握った姿。
ファーには見えないところで、そっと自分を抑えようとしている様子。
なぜこんなにもこの男に入れ込んでいるのか。
この男のために何かをしようとしているのか。
「僕の血は、キミのことを邪なるものと判断している」
「……え?」
「記憶や精神的にはそのことを忘れ去り、違うものとして生きていたとしても、その肉体に刻まれた記憶に僕の血がしっかりと反応している」
ファーは信じられないと言った視線を向けた。
何を言われているのかわからない。
「過去の記憶は?」
「捨てた」
「捨てた?」
「ああ……片翼と一緒に、異世界へ」
「その過去の記憶に、不浄な力はなかった?」
ファーが狙われる理由。
捨ててしまった過去にある真実。
もしそこに――不浄なる存在が映っているのだとしたら。
翼はファーを狩るのだろう。
「曖昧で、よく覚えていない……」
ファーが目を伏せながら答える。真剣に思い出そうとがんばっているのか、それともその伏せた瞳に全てを隠しているのか。
さすがにそこまでは翼は判断できなかったが、後者ではない、そんな気がする。
嘘のつけなさそうな性格だ。無駄にまじめで、無駄にものを抱えて――
「そうか」
どこか翼は、ファーを自分自身を重ねているのだろう。
他人の目から見る蒼王翼という存在が、今のファーのようなものなのではないかと。
人間として生きようと足掻いているが、どうしてもそうはできない一瞬があって。
その一瞬を――癒してくれる存在を、求めている。
だから助けるのか?
だから真実を探すために、自分の危険を犯してまで――
「わかった。それじゃ僕が、あの少女に話を聞いてくる」
ダークハンターとかいう女と、話をしにいくのか?
静かな動作で立ち上がった翼は、ファーが何かを言って止める言葉も気にせず、紅茶館「浅葱」を後にした。
「……おい」
「……なんだ?」
完全に翼がいなくなってから、金蝉はファーに叩きつけるような視線を送る。
「自分自身で全てを判断して、殺されるか生きるのか決めろ」
「は……?」
「お前はどうしたいんだ?」
他人が何を言おうと、自分自身の問題ないのだから、自分で全てを解決させるのが一番だ。
「お前自身の耳で真実を聞いて、死にたいのか生きたいのか決めろ。死にたければ俺がすぐにでも殺してやる。翼がお前を狩ると判断したのなら、やっぱりお前を殺してやる。お前が生きたいと願い、翼の判断が狩るのではなく守るのであれば――」
翼もこの男も、所詮人間ではない。
けれど人間でいたいと、もがき、足掻き、今を生きている。
「うざい、ダークハンターとやらを殺せばいい」
だったら後悔しないように――翼も、ファーも――自身の足で歩かせるべきだ。
◇ ◇ ◇
「場所は、掴んだのか?」
よく知った声に、動きを止めた。
「金蝉……」
「ダークハンターの場所はわかったのか?」
「わかったよ。だから今から、言って話をしてくる」
「だったら、こいつを連れて行け」
強制的に連れてこられた――という雰囲気ではなかったが、流れるような金髪と、闇と同化する漆黒の髪が、並んでこちらに瞳を送っている。
「こいつが真実を知り、こいつが死ぬか生きるか決めるんだったら、こいつ自身にやらせるべきだろう」
紡がれる、無駄を一切省いた金蝉の台詞。
「馬鹿な事を言うな金蝉! 直接あわせてしまっては、危険だろうっ!」
「危険? どこにいたって、こいつにとっては危険だろう」
熱くなる翼とは対照的に、いつ、聞いても温度を下げさせられる声を発する金蝉。
「お前はこいつを守るために、ダークハンターとかいう奴に会いに行くのか?」
違う。真実を知るために。
ファーを守りたいなんていう、正義感からじゃない。
「お前自身が納得のいく理由を掴みに行くためだろう? だったらこいつがいてもいなくてもいいはずだ。むしろいたほうが好都合だ」
ファーは何も口にしない。
まるで、黙っていることを強要されているかのように。
「お前が判断した瞬間に、殺すことも、生かすこともできる」
金蝉は説得しているんじゃない。
「連れて行け」
命令している。
それでもこうして話をして、連れて行くことを薦めてくれているあたり、はっきりと命令とは言えないのかもしれない。
翼へと考えるチャンスを与えてくれているのだ。
そんなとき。
「――どうやら、ここで話したことは無駄だったようだな」
金蝉が翼のさらに先へ、鋭い視線を飛ばし、そんな言葉をつぶやいた。そしてすかさず、銃を手にする。
「出向いてくれるとは、光栄じゃねぇか」
翼は金蝉の不適な笑みを確認してから、ゆっくりとした動作で振り返った。
◇ ◇ ◇
「また、三人一緒にいる……」
つぶやいたスノー。答える声は無い。鎌をしっかりと握り――無駄のない動作で臨戦態勢をとるが。
不思議そうな表情一つ。
スノーがまじまじと鎌を見つめている。
「……変……」
「キミの能力の全てがその鎌にあると聞いて、悪いけれど封じさせてもらうよ」
さらっと言って見せた翼だったが、スノーの表情は何一つ変わらない。冷たい無表情が張り付いたままだ。
「話を聴かせてほしい」
「なんの? あなたの? その男の? それとも、片翼の男の?」
前の立っている全員が、スノーにしてみれば敵も当然。
「……片翼の男が、なぜ危険なのかを、聴かせて」
迷うことなく翼は答えた。自分の危険性なんて百も承知。金蝉については、聞くまでも無い。
今知りたいのはただ――
「ファーを狙う理由、ただそれだけでいい」
スノーは逃げようとはしない。ただ、自分たちと距離を置いておきたいようには見える。今は戦闘をするにはいい間合いだが、話をするには少し遠すぎる。
翼が数歩近づくと、スノーは身を下げた。
これでは距離が変わらない。
もう何歩か、翼が近づく。もちろんスノーは、身を下げようとした――
だが。
「……ん?」
足を下げた瞬間に感じた抵抗。よく見るとしっかりと張られた結界。
「これで話をせざる終えないだろう? さあ、どうして彼を狙うのか、話して」
「そこまでして話を聞きたいの? 殺してしまえば早いのに……あなたもいつかは、私のターゲットになるのに」
淡々とした口調の中に込められる、確かな殺意。
「人ではなく、いつか人の害となるもの。人間として生き、足掻いても無駄」
人間ではない。
人間の害になる。
「暴走し、あなたが全てのものを不浄なる敵とみなしたとき、私があなたを狩る」
「――こいつが何ものかなんざ興味ねぇんだよ。とち狂ったら俺が引導を渡してやる。貴様の出る幕はねぇよ」
飛んできた声は、ずいぶん後方からのように感じたが、気がつけば、すぐそばにいてくれている――金蝉のもの。
「いいから、はっきりわかってないことをはっきりさせてぇから、早くあいつのことを話せ」
「……変な人」
スノーは金蝉へと視線の先を変更し、何度かまばたきをすると、ポツリとつぶやいた。
「片翼の男の捨てたはずの翼には、触れた者を支配し、自らの欲望のままに殺しを快楽とする意志が込められている」
聞こえた静かな声。
「異世界から来た、堕天使――ルシフェル」
一番驚きを隠せなかったのは、ファー本人だろう。
「あなたの羽根が今、あなた本人へ帰ることを望み――この地へ舞い降りている」
突きつけられた真実。
理解したファーの過去と、力の意味。
金蝉は何かを決意し、拳に力を入れた翼を隣に感じながら、持っていた銃の引き金に手をかけた。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖桜塚・金蝉‖整理番号:2916 │ 性別:男性 │ 年齢:21歳 │ 職業:陰陽師
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‖蒼王・翼 ‖整理番号:2863 │ 性別:女性 │ 年齢:16歳 │ 職業:F1レーサー兼闇の狩人
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は発注、本当にありがとうございました!
「漆黒の翼で」シリーズ第二話をお届けさせていただきました。
少しでも楽しんでいただけたのなら、本当に光栄です。
金蝉さんの考え方と、翼さんの考え方の違いから生まれる相違点
を、気持ちの描写を多くすることで描かせていただきました。う
まく伝わればいいなぁと思います。
それでは失礼します。最終話への参加もお待ちしております。
この度は本当にありがとうございました!また、お目にかかれる
ことを心より願っております。
あすな 拝
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