■戦え!■
silflu |
【1855】【葉月・政人】【警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課】 |
戦え、という誰かの声が、その男の頭の中では24時間響いていた。
だから戦った。目に付くものを老若男女問わず殺した。
警察では手に負えなかった。人間であるはずのライダーは、どういうわけか不思議な力を使う。物に手を触れないで爆発させたり、空を飛んだり。
危ない麻薬でもやっているのか、暴力ゲームにはまりすぎて精神に異常をきたしたのか、誰にもわからない。
本人にさえ、もはや何ひとつわからないのだ。ただ唯一、彼は自分のことをこう名乗っていた。
『ライダー』と。
ともかく彼は覚醒していた。誰か見知らぬ者と殺しあうために。
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【戦え!】
警視庁がようやく超常現象対策班を出動させる頃には、『警察は役に立たない』『対応がずさん』など、信頼されるはずの都民から辛辣な言葉を立て続けに投げかけられていた。犠牲者が何十人と出ているので無理はなかった。
所詮ただの人間だと、かの殺人狂を甘く見て、普通の武装警官で十分だとタカをくくっていた上層部の責任は明らかだった。
内心ではそう思いつつも、葉月・政人は特殊強化服『FZ-00』を装着し、特殊白バイのトップストライダーで現場に急行していた。
都内に配置された定点カメラとパトロール警官、市民の通報を頼りにライダーの位置はすでに特定している。
――警察の威信にかけて今日こそライダーを捕らえる。彼の頭は誇り高き信念で占められていた。
ただ、ひとつだけ不審な点があった。ライダーが今いるのはおよそ20ヘクタールの面積を誇る、都内でも有数の大きさの公園。彼は30分前から、中央広場に居座って動かないという。しかも、彼はそこで誰を襲うこともなく、逃げる人々を追うこともない。そのままでいれば政人の到着を待つだけだ。
(まさか、観念したわけではあるまいに。それとも正常を取り戻したか?)
公園に着いた。
園内は当然バイクは禁止だが、構わずトップストライダーを乗り入れる。中央の大広場に繋がる木々のトンネルを走った。
そうして、彼を見つけた。
広場は一般の学校のグラウンドほどの大きさ。その真ん中にTシャツとジーパンの後ろ姿があった。トップストライダーは人影に20メートルまで接近した。
「ライダー! お前を逮捕する!」
政人が怒鳴ると、ライダーはゆっくりと振り向いた。
背筋がにわかに寒くなった。姿形は本当に普通の青年なのに、その顔だけがこの世ならぬ歪みを刻んでいる。殺人鬼というよりは、地獄の鬼のようだ。
「待っていた……警察のエリート……」
ライダーは唇を吊り上げて言った。
「待っていただと? 逮捕する前にその理由だけ聞いておこうか」
「一般人は飽きた。たまには……つええやつを……殺してみたいいい!」
奇声を上げて飛びかかってきた。両手には血のような赤を孕んだ黒いオーラが見える。
政人は冷静にトップストライダーのエンジンを唸らせ、鉄の体当たりを仕掛けた。ライダーはあっけなく吹き飛び、地面に叩きつけられた。
そして、すぐに起き上がる。政人は、あの程度ではほとんど堪えないとわかって、
「遠慮なくFZ-00の性能を発揮できるな」
やはり最大限に武力を行使せねば解決できないことを残念に思った。
「ははー、面白い面白い面白い面白い面白い面白くなってきた! ……もっと面白いやつが来たようだしな!」
ライダーの言葉の意味はすぐに政人にもわかった。
頭上を見上げた。青い空を切り裂くような鋭いジェット音が響いてくる。間もなく人影が近づいてくる。
それは叫んだ。
「銀の螺旋に勇気を込めて、回れ正義のスパイラル! ドリルガールらせん、ご期待通りに只今見参!」
右手にドリル、背中にウィング、肩にショルダーカバー、頭にはやはり何やら機械を装着している。近未来からやってきたような風貌の少女が、政人の右隣に降り立った。
「やはり君ですか。ドリルガール」
「ええ、あたしですよ。アレが最近噂のライダーですよね。助太刀させてもらいますっ」
「助かる。奴は手強い。手勢は多い方がいい」
政人が言った、その時。
「久々にちぃと暇を持て余しておったが、なかなか面白いことになっておるようじゃな」
ふいに飄々とした声が聞こえたかとおもうと、政人の左隣に、男が立っていた。
男と言うにはあまりにも激しい外観だった。赤と金のマダラのたてがみめいた長髪。ガッシリした肉体と金色の鋭い眼光は、竜を連想させた。それでいて、気配もなくいつの間にか接近していたのだから、只者ではないどころの話ではない。
「あなたは?」
らせんが問うと、
「人造六面王・羅火。何でも屋といったところか」
彼は笑いながら答えた。
「わしも混ぜてもらおうか。手勢は多い方がいいのじゃろう? ま、わしは好きにやらせてもらうが」
「殺す結果になるかもしれないということですか? 彼はどうしようもないほど罪を犯しましたが、殺さずに逮捕しなければならない。参加は認めますが、くれぐれもその点、念頭に置いてください」
政人は鋭く言った。さすがにここでは刑事の彼に指揮権がある。
「こいつぁいいや……! てめえらまとめてぶっ殺してやるぁ!」
ライダーは狂喜した。揃いも揃って屠りがいのある者たちが目の前にいるのだ。
そして――彼は飛翔した。
体から発する赤く揺れうごめくオーラ。それを浮力、推進力として、まさしく自在に空を駆けている。
来た。凶悪なジェットと化したライダーは、おそらくは自己最強のスピードを発現させて、政人たちに突っ込む!
「戦えって声が、いつにも増して……聞こえてくるぜぇえ!」
ライダーの顔は、鬼以上の悪鬼羅刹となっている。
「なるほど凄まじいな。では、こちらも際限なくぶちかましてくれようぞ!」
前に出たのは羅火だ。
「オウ!」
気合一閃、羅火の体から宝石のようなものが飛び出し、迫り来るライダーを迎撃する。
それは敵に着弾すると、轟音上げて爆発した。
「うわわ、何ですかー?」
らせんが耳を塞ぎながら素っ頓狂な声を出す。無理はない。まるでダイナマイトを連続で投げたような、破滅的な攻撃だった。
眼前はもうもうとした黒煙に包まれた。
「……まさか死んじゃったりとか?」
らせんが不安そうにささやく。
「今のはほんの余興よ。この程度で死にはすまい」
羅火がキッパリと言うと、
「く……ははは! 何てデタラメな攻撃なんだ!」
甲高い笑い声。一同は頭上を見上げた。青空を背に、浴びたように全身を血だらけにしたライダーが、心底楽しそうに笑い続けている。
そのまま暗黒オーラを纏い急降下してくる。標的は迷うことなく羅火だった。
「ほう、傷を負わせたわしが憎いか?」
信じがたいこと。羅火は両腕を広げ、その場に踏ん張った。彼もこの戦闘を楽しんでいるのだ――!
「きゃあ!」
らせんが悲鳴を上げる。黒い隕石は羅火に直撃した。足元にはあまりの衝撃でクレーターが形成される。
「ぐふっ……おお、効いた効いた。久しぶりに血の味を舐めたわ」
羅火は潰されていなかった。目は血走り、口元には赤いものを垂らしながら、しっかりとライダーの急降下爆撃に耐えた。
「どうもぬしは宙が好きなようじゃの。どうせなら今度は飛ばされてみい!」
羅火はライダーの足首を掴んだ。そして、回る、回る、回る。
「ぬうううううあありゃあ!」
何十回転もの末のジャイアントスイング。まるでロケット噴射だ。
だが、宇宙まで飛ばされるかとも思えるその勢いを、得意のオーラ噴出で相殺した。ふらつきながらも、ライダーは確かに止まった。
「頑丈じゃの。いや、さすがのわしもなかなかに疲れたわ」
羅火が腰を下ろした。本当に疲れたのだろう。
ライダーはまた空を旋回し始めた。相変わらず頭上から攻める腹のようだ。
政人は歯噛みした。いかに特殊強化服FZ-00といえど、あのように高速で滑空することは不可能。しかも、物理的なダメージではたやすく参らせることは出来なさそうだ。
「ドリルガール、奴の速さに対抗できますか」
言われたことを理解して、彼女はゴーグルの奥を光らせた。
「了解しました!」
らせんは背のウィングを広げ、助走無しで宙に浮かんだ。
「不埒な悪行三昧もそこまでです。正義のドリルを受けなさい!」
ドリルを突き出し、らせんはライダーに突進する。
「はぁ! 空中で犯すってのもオツだな?」
卑猥な言葉を吐きながら、ライダーはひときわ大きなエネルギー弾を放った。らせんがその場に静止する。
「お、乙女に向かってそんな不潔なこと! 許せないから自爆しなさい!」
ドリルを立てて構える。そして呟く。
「空間湾曲」
瞬間、右手のドリルを中心として、空間が伸びる。縮む。曲がる。
エネルギー弾は――ブーメランのように放った本人へと戻っていった。
「キイイイイイ!」
ライダーは再びエネルギー弾を繰り出し、相殺することで自爆を避けた。
恐ろしい爆発。ふたつのエネルギー弾のぶつかりは、山を揺り動かすほど大気をとどろかせた。
間もなく公園上部一帯は、闇の煙に包まれた。
「……どこだ?」
ライダーは、自分が作り出してしまった事態にほんの一瞬躊躇した。
そして、彼女はその隙を見逃さない。
「ふざけるな、なぜ見える?」
ライダーが叫んだ。
「あたしのヘッドセットディスプレイはあらゆる情報を提供するのよ!」
微笑む少女が目の前に現れた。ライダーの腹に、ドリルが刺さった。
「ガ――!」
それは、精神にのみダメージを与える神秘の螺旋。超常に繋がった内部ネットワークを破壊する。
つまり、狂った殺人鬼ならばなお効果は高い。
「――」
ライダーが無防備で墜落する。その下で待ち受けているのは。
「そうら! もういっちょ!」
赤い闘神・羅火は落ちてくるライダーを蹴り上げて、再び宙に浮かす。
意識したわけではなかったが、彼が狙撃するのにちょうどいい位置に。
かつてない好機。その中で、警視庁から現場のすべてを任されている政人が、ただ傍観しているわけはない。
政人はグレネードユニットが装着されてあるライフルを構え、ターゲットに照準を合わせる。
「ふたりとも、この機会を作ってくれたことを感謝します」
ドウ!
放たれた弾丸は、ライダーに当たって爆発するのではなく、網を広げた。それは瞬く間にライダーの体に絡みついた。
科学の粋を集めたネット弾からは、何者も逃れることは叶わない。
網に飲まれたライダーが地に落ちた。ここに東京都内を蹂躙した犯罪者は捕縛された。
政人はすかさずライダーに駆け寄る。
「ライダー、逮捕する。戦いはこれで終わりだ」
政人は網目の隙間に手を入れ、動けないライダーの手首に特殊合金の手錠を嵌めた。
同時に、サイレンの音が近づいてきた。公園に護送車が到着したのだ。
一体ライダーをを戦いに駆り立てたものは何だったのか。それは、これから明らかにされるだろう。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2066/銀野・らせん/女性/16歳/高校生(/ドリルガール)】
【1855/葉月・政人/男性/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員】
【1538/人造六面王・羅火/男性/428歳/何でも屋兼用心棒】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
東京怪談でバトル系を書くのはあまりないので、ずいぶん
楽しんで書けました。
さて、タイトルの由来ですが、たぶん書くまでもないと
思います。
それではまたいつか。
from silflu
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