■地下世界のダンディ■
リッキー2号 |
【2585】【城田・京一】【医師】 |
宮内庁・地下300メートル。今日もまた、係長・八島真は、東京を騒がせる奇妙な事件の始末に忙殺されている。かたわらのソファでは、河南教授が用もないのにあらわれて、くつろいでいた。どこかズレた日常が、東京の地下には人知れず存在しているのだ……。
そして今日も、事件が起きる。
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〈No Smokin'〉の伝説
着信があったのは、ちょうど病院の退けどきだった。
帰途についていた城田京一は、あたりをちょっとあたりを見回して、人影がないことを確かめると、カバンの底からそれをそっと取り出す。
もしも、病院の知人が一緒にいたら――「城田先生、携帯変えました?」と、問われたかもしれない。だが、そうではないのだ。それは彼の持っている二つ目の携帯電話なのである。限られた目的のために、限られた人脈だけが番号を知っている。
「はい?」
「――〈ラボ・コート〉かね?」
非通知の相手は言った。
「こちらはIO2日本支部。キミに仕事を依頼したい」
「正直、驚いた」
「1ミッション、三万円と言ったのはおまえだ」
「なんというか……きみがそれをわざわざ上司に報告しているイメージがね、なくってさ……」
「冗談だったとでも言うのか」
「とんでもない」
「なら問題ないな」
「もうひとつ驚いた……というか、呆れたというか」
「なんだ」
「どうして、パートナーがきみなんだ」
「気にくわないか」
「そっちこそ」
「これは仕事だ」
「わたしもだ」
「なら問題ないな」
「ああ、問題ないね」
『諸君――』
トレーラーの中にいるのは、運転手を除くと、かれらふたりだけだった。
すなわち、迷彩服に、大小さまざまの銃器やコンバットナイフ、手榴弾をぶらさげた、戦争映画から抜け出してきたような男と、黒いコートにレイバン、長い日本刀を二本、携えている、ヤクザ映画から抜け出してきたような男である。
どこからか、スピーカーの音声が聞こえてくる。
『もういちど、簡単に任務の内容を説明する。場所は港区××の、廃工場。同所は某組織の首都圏における拠点のひとつと目され、本任務はその拠点の壊滅、および構成員の殲滅が目的である。構成員は自然人であるが、物理的武装の他、多少の魔術知識を有しているものもいる模様、その点に、注意すること。目標、ならびに、任務の妨げになると判断される人・事物については、すべて、破壊もしくは殺傷して構わない。なにか質問は?』
ふたりとも、一言も発しなかった。
『では、5分後に、現場に到着する。本任務にあたる主務は諸君ら二人のみ。すなわち暗号名〈鬼鮫〉、および、暗号名〈ラボ・コート〉両名である。増援はないものと心得よ。この両名によるチームを、暗号名〈No Smokin'〉と呼称する。……それでは、健闘を祈る』
きっかり5分後、トレーラーは停車する。荷台からはふたりの男が音もなく降り立ち、夜の闇の中へと消えていくのだった。
もう夜も更ける頃ではあったが、四人の男たちはテーブルを囲んで、カードゲームに興じていた。いずれおとらぬ、こわもての男たちである。見るからに、危険な空気の中に、男たちのくわえた煙草の煙がたちこめていた。
「畜生、ツイてねぇ」
男の一人が忌々しげにつぶやく。別の男が、それに呼応するように下卑た笑みを浮かべた。ぐい、と、酒瓶を呷る。
「降りるのか」
「ちょっと待て」
「さっさとしろよ、夜が明けちま――」
だん、と、音を立てて開いたのは、扉だった。
ふいをつかれて、かれらはただ、ぽかん、と押し入ってきた二人組のほうに顔を向けることしかできなかった。まったくの無防備だったのだ。
ひゅん――、と空を切る刀の切っ先。
パン、パン、と、思いのほか軽い銃声。
「あ――」
刀が切り落とし、弾丸がはじきとばしたのは、男たちのくわえている、火のついた煙草の先端だった。
「なんだ、この部屋……換気扇ないの?」
「ふん」
迷彩服の男が露骨に顔をしかめ、相棒のレイバンは無表情に鼻を鳴らした。
「な、なんだ、てめぇら!」
ようやく、男の一人が立ち上がって、ベルトに挿した銃を抜こうと――したようだった。したようだったが、抜くことはできなかった。
「ひ――ッ」
すでに、男の腕には手首から先がなかった。息を呑む男の喉がぱっくりと切り裂かれる。吹き出す鮮血。そして凍りついたように椅子から動くことのできない三人の男の額に、こめかみに、次々とはぜたように穴が穿たれてゆき、声もなく、かれらは卓につっぷした。
はずみで倒れた酒瓶から流れ出したウィスキーが、男たちの血と混じり合い、テーブルの上のカードと賭金を濡らしてゆく。
「行くぞ」
刃を一振り、刀身についた血と脂を飛ばすと、鬼鮫はきびすを返した。ラボ・コートがそれにつづく。後に残された屍体には目もくれない。
血まみれの夜は、まだ始まったばかりだ。
この連中が、いかなる咎でIO2の標的となったのか、実はふたりはよく把握していなかった。組織は、このふたりに限って、説明の必要はないと判断したのかもしれないし、説明されたがよく聞いていなかったのかもしれなかった。すなわち、そういったことに意味を見い出すふたりではなかったのである。
「楽しそうじゃないか」
逃げて行く敵の背中を撃ち抜きながら、ラボ・コートが言った。
「そう見えるか?」
とびかかってきた男を一刀のもとに切り伏せて、鬼鮫がこたえる。しかし、その表情に違いがあるようには見受けられない。ただ頬を、返り血が伝っているだけだ。
「楽しんでいるんだね。いいことだ。仕事を楽しめるというのは」
「楽しくなどない」
はげしい戦闘の渦中にあってさえ、世間話でもするような調子のふたりだった。
「ただ、血がたぎるというだけだ」
「わたしにはそれさえないよ」
冷え冷えとした声で、ラボ・コートは呟く。
「ならなぜ闘う。なぜ殺す」
「わたしはきみとは違うさ。殺すことに意味なんかない。『なぜ』闘い、殺すのか、そういうことを考えない――だから、闘い続けられるんだ」
「なら俺と同じだ。殺すことに意味などあるものか。呼吸と同じだ」
いったい、その晩、幾人の人間が手足を切り落とされ、頭を吹き飛ばされたのか――、数えるものはいなかった。殺戮は、夜を徹して続くかと思われたのだが。
「――!」
レイバンの奥で、鬼鮫の目に、暗い炎が灯った。
(構成員は自然人であるが、物理的武装の他、多少の魔術知識を有しているものもいる模様、その点に、注意すること)
ささやかれるのは、人の言葉ではない。
廃棄されたままの、機械が放置されている廃工場内の地下に出現した、それは異形の空間だった。スクラップの積み上げられた塊のようにみえるものは、どうやら、なにか――想像することさえはばかられるなにかを象った神像であり、祭壇であるらしかった。そしてこの、異形の神殿の、どこかに何者かがひそんでいて、あやしい呪文を唱えているのだ。
「気をつけろ。呪術がくるぞ」
さすがに、その手のこととなれば鬼鮫のほうに一日の長があると思われたが。
「へえ、どんな?」
「わからん」
「……」
ふいに、闇がかれらを襲った。
まるで盲目にでもなったかのように、視界から一切の光が奪われる。ねっとりとした質感さえ感じられる真の闇。
その闇の中で、獰猛な、なにかの猛り、吠える声が響いた。それに続く、刃の打鳴らされる音と、連発する銃声……そして、静寂。
あらわれたときと同じくらい唐突に、光は戻ってきた。
「あらら」
床の上に、幾人か人間が血まみれで倒れ伏している。人間のように見えて……人間とも思われぬ連中だった。爪や牙が、獣のそれに変じているのだ。その中に混じっていた男が、むくり、と身を起こす。
「おい」
鬼鮫は口をへの字にして言った。
「5発も俺にあたった」
ラボ・コートは肩をすくめる。
「不可抗力だよ。……これって――」
「化物だ」
「でも……人間だろ」
「人間であることを、やめた連中だ」
鬼鮫の爪先が、屍の頭を蹴飛ばす。それから、今、気づいたように、
「腕はいいのか」
と問うた。ラボ・コートの迷彩服がぱっくり裂けて、血に染まっていたのだ。
「ああ、深いな。ちょっと待って、すぐ、縫ってしまうから」
「早くしろ。まだいるぞ。獣化しても歯が立たんとわかったら、逃げ出すかもしれん」
「きみみたいにすぐ治らないんだから……」
「ふん」
ずかずかと、先へ進もうとする鬼鮫。ラボ・コートが、足早にその背中を追った。
「――こちら、チーム No Smokin'。任務完了。ただいまより帰還する」
うっすらと、夜空が藍色に変わり始める。
「何人か逃がした」
ラボ・コートが言った。
「多少は構わん。この次に殺せばいい」
「この次なんてあるの」
「俺たちの戦争は終わらん」
鬼鮫の唇に、かすかに、皮肉な笑みが宿った。
「やっぱり楽しそうだ」
「ふん」
「……ちょっと羨ましいくらいだよ」
傭兵の、最後の言葉は、近付いてくるヘリの音にかき消される。
下ろされた縄梯子に、鬼鮫が掴まった。
ラボ・コートは、それへ軽く手をあげて言うのだった。
「またね、戦友」
鬼鮫は聞こえなかったふりをした。
ミッション完了。まずまずの成功といってよく、初組のチームとしては好成績だと、IO2指令部は評価した。とはいえオーバーナイト・センセーション……というわけでもない、地味な幕開けであったかもしれぬ。だが……
チーム No Smokin' ――、後に、IO2日本支部内にその名をとどろかせることになる、イレギュラーな二人組の伝説の、それが始まりだった。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2585/城田・京一/男/44/医師】
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■ ライター通信 ■
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リッキー2号です。
NPC登場シチュノベ・ゲームノベル(?)、ご依頼、ありがとうございました!
そんなわけで、Aチームならぬ、チームNo Smokin' の結成です。
伏線……というか、タネを捲いたのは自分の筆のひと滑りなのですが、こんなにハマるとは……。
ついでにもうひと滑りして、「伝説の始まり」にしてしまいました……が、いったい、何が始まるっていうんでしょうね。ガクブル。
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