■人形博物館へようこそ!■
日向葵 |
【2334】【セフィア・アウルゲート】【古本屋】 |
東京某所にあるアンティークドール博物館――かつては個人所有だったものをそのまま人形博物館として使っているそこは、雰囲気たっぷりの白い洋館で周囲のレンガ塀には蔦が覆っていて、昼に見れば綺麗だけど夜はちょっと恐いかも……。
一見すればただの博物館。けれど、実はここには十人の動くお人形さんが住んでいます。
普段はきちんと展示物のお人形さんをやっている彼女たちだけれど、実はみんな退屈しているのです。
もちろん、下手に騒ぎを起こして幽霊だのなんだの言われたくはないですから、退屈でも我慢してじっとしてます。
ときどき、夜中に抜け出したりもしてますけれど。
でも……もし、妖怪だとか幽霊だとかを信じていて怖がらない人が目の前に現れたら。
そうしてその人が話しかけてくれたら。
お人形さんはきっと返事をかえしてくれるでしょう。
だって、一日中ずぅっと喋らないでじっとしてるのって、結構大変なんですよ?
|
人形博物館へようこそ!〜魔法の絨毯で行こう
ある日の夕方。
そろそろ本日の閉館時間を迎えようかという人形博物館の屋根の上で、三人のセフィアがぐっと気合を入れていた。
お人形さんサイズの小さな分身体三人の横には、これまたお人形サイズの、何故か絨毯。
「がんばりましょうね」
一人の言葉に残る二人――と一枚がうんと頷いた。
……ことのきっかけは今から一ヶ月ほど前のことになる。
この人形博物館の動くお人形たち主催による二人三脚レース。セフィアも参加していたそのレースでペアとなった人形エレノーラに、ぜひぜひ、空の散歩をプレゼントしたい。
あのレースの最中にちょっと空中散歩をする機会があったのだが、その時のセフィアはエレノーラを満足させてあげることができなかったのだ。
レースの時は思いつきでちょっと飛んで見せただけで、突発的な行動だったから当然準備も足りなかったし、仕方がないと言えば仕方がないことなのだが……。
「エレノーラさん、喜んでくれるといいな……」
言いながら、あの時のエレノーラのはしゃぎようを思い出してほややんっと笑みが零れる。
分身セフィアの一人の呟きを聞いて、残る二人も微笑を浮かべて頷いた。
セフィアたちは絨毯を手に空を飛び、エレノーラの部屋の窓の前の空中で、ふわりとそこに留まった。
――さあ、空の散歩にでかけよう!!
ココンッ。
閉館時間を過ぎて明かりの落ちた室内で。
窓から聞こえた音に、エレノーラは首を傾げて視線を向けた。時折小鳥が訪ねてくることはあるけれど、彼らは窓枠を止まり木として利用しているだけで、こんなふうにノックをしてくることはまずない。
風の音にしてははっきりしすぎているし……。
不思議に思いつつカーテンを引くと、にこにこと楽しげに笑う三人のミニサイズセフィアと目が合った。
「こんにちわ」
「遊びにきました」
「今から出れます?」
三人のセフィアの手には何故か可愛らしいオレンジの絨毯。
目を向けると、絨毯はヒラヒラと手――の変わりに絨毯の端を振った。
「お空の散歩に行きません?」
何がなんだかわからず半ば茫然としていたエレノーラは、その一言にぱっと表情を輝かせた。
「連れて行ってくれるの? 行きたいっ!」
わーいっと両手を上げて、内鍵を開けて窓を開ける。
出窓に腰を下ろしたミニセフィアたちはにこにこと笑って、
「この前のレースの時はあんまり飛べなかったでしょう? 今度はいっぱい飛びましょう!」
ガッツポーズで宣言する。
「素敵! どうもありがとう」
子供らしく無邪気に喜ぶエレノーラを微笑ましく思いつつ、セフィアは絨毯さん――実はここに来る前にすでに招魂をかけてある。さっきからなにやら絨毯が勝手に動いているのはそのせいだ――に合図をする。
と、絨毯はすっと両足……いや、床についている方の角端を器用に動かして歩いてエレノーラの前まで行った。すいと背中……じゃない、表側を上にして床に広がる。
「さあ、どうぞ」
分身ミニセフィアの一人が乗って下さいと示すと、エレノーラはわくわくと瞳を煌かせて絨毯の上に座った。
「しゅっぱつしんこう〜っ!!」
元気に宣言したのはエレノーラ。
「はい♪」
三人のセフィアたちも楽しげに返事を返し、ミニサイズセフィア三人に支えられた絨毯は、ふわりと宙に浮きあがった。
時刻は夕方。
そろそろ陽も沈もうかという頃。
「うわあ、素敵……。ちょうど夕焼けの時間なのね」
西の空が赤く染まっているのを見つけ、エレノーラがほうっと息をはく。
「空が燃えているみたい……」
「明日はきっと晴れですね」
「このまま夕日を追いかけるのも楽しそう」
全員同じ姿なもんで誰が誰やらわからぬが――まあ、結局は全部同一人物だから同じか――ミニサイズセフィアのうちの一人の発案により、空飛ぶ絨毯は特に目的なくゆっくり西へと飛んで行く。
「エレノーラさんはどこか行きたい場所、ありますか?」
「そうねえ……。横浜の夜景が見てみたいわ。あ、でもちょっと待って……遊園地のパレードも捨て難いし」
「両方とも行きましょう♪」
遊園地のパレードは時間が決まっているが、横浜の夜景は時間など決まっていない。遊園地の後に行っても充分間に合うはず。
「まあ、良いの?」
「もちろんです!」
「きゃーっ」
はしゃぎにはしゃいで騒ぐエレノーラ。前もってセフィアに頼まれていた絨毯は、必死に体を動かして、エレノーラが落ちないようバランスを取った。
さてまずやってきたのは夜の遊園地の上空である。
「前に雑誌で見たの。八時から綺麗なパレードがやるんですって」
自慢げに胸を張ったエレノーラは、だが軽快な音楽が流れてきた途端、ぱっと絨毯の端に寄って下を見つめた。
パレードの周辺にはたくさんの見物客。
「特等席ですね」
「ええ、ほんとう!」
ライトアップされ、暗闇の中に浮かび上がるドレスや、ダンサー。パレードの車は物語を元に綺麗な装飾が施されていて、こちらもライトアップされている。
「私、あのお話知ってるわ」
ぴっと指差し、語り始めるエレノーラに相槌を打ちながら、夢の国の出来事のようなパレードにはしゃぐ。
パレードが終わってからもしばらく余韻に浸り遊園地の空に留まっていた――その時だ。
ヒュルルル〜〜
口笛のような細い音。そして。
ドォンッ!!
パッと空に咲く光の華。
遊園地のシンボルとなっているお城のバックに咲いた華は城を鮮やかに染め、夜空をも染める。
「うわあ……」
はしゃぐ言葉も失って、エレノーラは空の花畑を見つめた。
十数分ほど次々と上がっていた花火は、夜空に一際大きな華を咲かせて終わった。
「予想外に良いものが見れたわね」
にっこりと笑い掛けるエレノーラの様子が嬉しくて、セフィアも満面の笑みで返す。
ひとつ、ふたつ。
少しずつ明かりが消える。
「もう閉園時間なのね。残念」
「遊園地は終わってしまいましたけど、まだまだ夜はこれからですっ」
「横浜の夜景、見に行きましょう」
少し寂しそうなエレノーラに、セフィアはぐっと元気いっぱいに告げた。エレノーラは、にっこりと微笑んで頷く。
「ええ、そうね。宝石箱をひっくりかえしたようなような夜景って、きっとすごく素敵よ」
おそらく情報を仕入れた雑誌にでも載っていたのだろうフレーズを告げて、エレノーラは横浜の方角に視線を向けた。
それはまさに、宝石箱をひっくりかえしたようなようなという言葉がピタリと嵌る光景だった。
星のほとんどない空と、ネオンと家の明かりに輝く地表。
「宝石よりも、星が落ちてきたみたいな雰囲気だわ」
左手の方はある地点で唐突に光が途切れ、その先は吸い込まれそうな闇が広がっていた。
多分あの辺りから先が海なのだろう。
星落つる賑やかな地表とは対照的に、月明かりの仄かな光はほとんどが夜の海の闇に吸収されて、ただ小さな反射光が波間に漂うばかり。なんとも静かなものである。
いつしか。
エレノーラの視線は夜景よりもむしろ海に向いていた。
キラキラと小さな光が灯る海面は、強く大きな明かりの夜景よりもよほど、夜空の星を思い出させた。
時間を忘れて見惚れていると、うっすらと空と海の境界線が見え始める。
夜明けが近い。
ゆっくり、ゆっくりと。
黒い空が白に変わり、橙へと変化していく。
夕焼とは少し違う、澄んだ赤。
空を赤く染めた太陽はゆっくりと上へ昇り、空は青へと変わっていく。
「すごく、楽しかったわ。どうもありがとう」
まっすぐに。視線は海と空の境目を見つめたまま。
エレノーラは静かに、けれど弾んだ声音で告げた。
「楽しんでもらえれば私もすごく嬉しいです」
穏やかに談笑しつつ、一行は人形博物館へと帰っていった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
整理番号|PC名|性別|年齢|職業
2334|セフィア・アウルゲート|女|316|古本屋
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ライター通信
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちわ、いつもお世話になっております。
今回はお人形さんへの発注、どうもありがとうございました。
二人三脚の時は大変お世話になりました。またこのような形でエレノーラと遊んでいただいて、とても嬉しいです♪
好きなトコロに行って、綺麗な朝焼けまで見せてもらって、エレノーラも大満足だったと思います。
今回はミニサイズセフィアさんが三人も! ということで、書いている私も楽しませていただきました。
そして毎度ながら、招魂は楽しいですvv 今回はメインではなかったゆえ絨毯さんの描写は少なめになりましたが(笑)
それでは、またお会いする機会がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いします。
|
|