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■アトランティック・ブルー #3■

穂積杜
【1847】【雨柳・凪砂】【好事家(自称)】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
 不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れる。
 
 しかし。
 
 差出人不明の脅迫状。
 謎のぬいぐるみ。
 幽霊船との遭遇。
 狙われている存在とそれを狙う存在。
 客としてまぎれこんでいる異質な何か。
 三つの品物の写真。
 そして、姉妹船と航路の謎。
 
 哀しいかな、予感は的中。
 楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
 そして。
 アトランティック・ブルー #3
 
 始まりは、一枚のメモを拾ったこと。
 それはまったくの偶然。
『アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号の姉妹船として誕生し、国外級の規模を誇りながらも、処女航海は国内に決定。設計はおろか、構成部品、内装から皿やフォークといった備品に至るまで、姉妹船であるパシフィック・ブルー号とまったく同じである。記念すべき航海にも関わらず、セントラル・オーシャン社の上層部および上層部の血族は揃ってキャンセル、乗船せず』
 凪砂はもう一度、メモに目を通した。
 ここまでの流れを考えると船を沈めようとしているとしか思えない。しかし、そんなことをしたら、人的被害で損害賠償や遺族への謝罪で倒産は必至。だが、船には多額の保険がかけられている。……話に聞くところによれば、通常よりもかなり多めに。
 そうなると狙いは、保険金。
 聞いた話によれば、セントラル・オーシャン社は表向き平常を保っているが、実のところ経営状態はあまりよろしくはないというし。
 年数が経過し、信頼性の落ちたパシフィック・ブルー号を沈め、さもアトランティック・ブルー号が沈んだように見せかける。以後、アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号として航行を続ける……考えられないことではない。
 もし、それを実行しようとするなら、どういった行動が考えられるだろう。凪砂はベッドの縁に腰をおろし、メモを片手に天井を見あげる。
 今後も会社を経営していくなら、あまり悪い噂はたてたくはないだろう。損害賠償のこともあるし、死者や負傷者は可能な限り少なくしなくてならないはず。
 人工的な災害……船に何らかの損傷を与え、乗客を避難させる。それから、パシフィック・ブルー号と入れ代わり、沈没するシーンを見せる……もし、そうであるなら、パシフィック・ブルー号とアトランティック・ブルー号の航路が重なる、もしくはかなり接近することになる場所があるはず。
 とはいえ。
 自分にはパシフィック・ブルー号の航程などわからない。
「ううーん……」
 凪砂はちらりと電話機を見やる。
 どうしよう。
 訊ねてみようか……しかし、電話をかけたばかり。凪砂はしばらくの間、電話機を見つめ、考えた。そして、躊躇いがちに受話器を手に取り、番号を押す。
 呼び出し音が響く。
『もしもし』
「あの、何度もすみません……」
『お嬢さんですね。いえいえ、構いませんよ。……心配で、こちらからかけようかと思っていたところですから。何か厄介なことに巻き込まれているんじゃないかって』
「巻き込まれているというか……」
 自分から突っ込んだというか、突っ込まざるを得なかったというか……すべてはこの一枚のメモと、それをなんだこのゴミはとくしゃっと丸めてぽいっと投げ捨てなかった自分のせいだ。凪砂は苦笑いを浮かべる。
「いろいろ気になっていることがあるんです。すべておはなししますね」
 凪砂はまずメモを拾ったこと、そしてそのメモの内容を告げた。
『それは気になる内容ですね。なるほど、それで……合点がいきました』
 さらに、都築や船長にこのメモの内容を問い合わせたときの回答を告げる。アトランティック・ブルー号とパシフィック・ブルー号は同型の船であること、だからおそらく同じような内装で同じ備品が使われていてもおかしくはないだろうということ、記念的航行であるのに乗船しなかった理由は、ひとりでも多くの人に船を楽しんでもらおうという考えからであること。
『回答としては標準的というか、特別に納得がいかないということはありませんが、それでも引っ掛かるものを感じますね……いや、メモのことを聞いているせいかもしれませんがね』
「ええ……それで、あたしなりにいろいろ考えてみたんですが……」
 凪砂は自分が受話器を取る前に考えていた内容を告げた。保険金を目的に、パシフィック・ブルー号をアトランティック・ブルー号として沈めようとしているのではないかということ。その後、アトランティック・ブルー号はパシフィック・ブルー号として航行するのではないかということ。
『なるほど……』
「でも、実際のところはどうなんでしょうか。経済とか保険とかよくわからないので……沈没させることで保険金を得たとして、その後の企業の経営に響いたりしないものなんでしょうか」
『それは……そうですね、だから、アトランティック・ブルー号が処女航海で沈むことに意味があるのでしょうな……』
「どういうことですか?」
『パシフィック・ブルー号は造られてからそれなりの年月を経ています。おそらく、保険料は高く、保証額は少ないのでしょう。保険とはそういうものですから』
 危険が高くなれば、保険料もそれに比例する。そして、保証額は反比例する。確かにそういうものであるから、凪砂は受話器を手にこくりと頷いた。
「保険料が安く済み、もらえる金額は高くなる……」
『そうです。保険金もそうなのでしょうが、先のことを考えてもそうする方が利をとれるのかもしれません。こりゃ、お嬢さんが考えているとおりのことが起こるかもしれないな……いや、こんな不吉なことは口にするべきではないとわかってはいるんですがね、セントラル・オーシャン社の経営状態とお嬢さんの話を総合すると、どうにもこうにも』
「あの、それで……パシフィック・ブルー号の現在の状態というか、航行日程はわかりませんか? なんだか調べてくださいとお願いばっかりしているんですけど……」
 申し訳ないなと思いながらも凪砂は本来の目的である航程のことを切り出す。
『いえいえ、それは気にしないでください。パシフィック・ブルー号は……定期的に行っているメンテナンスの最中のようですね。定期便として運行してはいません』
「それじゃあ、今は……港に? でも、そうとも言い切れないのかな……」
 港に停泊中で航行日程も何も運行していないということになる。そうなると、アトランティック・ブルー号と接近することもなさそうに思える。だが、逆に考えると今のこの時期にメンテナンスに入ることが怪しくも思える。そうだ、むしろ怪しいのではないだろうか……とてつもなく。
『今、まさにアトランティック・ブルー号に塗り替えている最中かもしれませんな』
 男はそう言い、笑ったあとにため息をついた。凪砂の笑みも苦笑いとなる。
『……いや、本当にそうかもしれません。どうやら、メンテナンスに伴い、多少の改装を行うようです。お嬢さん、これは……』
 男は心配そうな声で言う。
「わかりました」
 パシフィック・ブルー号は普段のとおり、定期運行をしておらず、メンテナンスの最中。ドックにて点検を受けているのだろうが、本当にそうなのかはわからない。既にアトランティック・ブルー号と入れ代わり、沈むために航行をしているかもしれない。もし、それが誰かに見られたとしても、点検後の試験運行であると言ってしまえばそれまでのことだ。
「そんなに心配しないでください。あたしは大丈夫です」
 また何かあったらすみませんがよろしくお願いしますと付け足し、凪砂は受話器を老いた。
 もし、自分が思うとおりであるのなら、計画的に船は沈められることになる。計画に異常が起こらなければ、おそらく死者は出ないだろう。……そのように計画を立てていると信じたい。
 計画が事実だとして、自分にそれを止める手段は、ない。
 残り、自分にできそうなことは、都築や富永に自分の仮説を聞いてもらうということだろうか。しかし、それでも、都築や富永に計画を止めることができるとは思えない。おそらく、計画を立てたのはもっと上の地位にいる人間。この船の責任者ともいえる彼らには止める権限はなさそうに思えるし、まったくこのことを知らされていないかもしれない。……いや、おそらく現場の人間には知らされていないだろう。
 とりあえず、保険会社が損をするだろうが、乗客乗員の命に関わるようなことにはならなさそうだ。そんな結論に達して、ほっと息をつく。それに呼応するかのように、おなかがぐぅと小さな音をたてた。
 
 メインレストランでの食事を楽しみ、撮影の許可を得て船内の光景をカメラへとおさめる。当初の約束どおり、名前を名乗るだけで撮影はご遠慮くださいと書いてある場所の撮影も可能となった。
 人に話を聞くことは、性格的にあまり得意……とは言えないので、取材はどうしてもカメラが主流となる。こうなると取材というより、観光客の記念撮影とあまり変わらないような気がしてくるが。
 初日の夜が過ぎ、翌朝、朝食を採ったあとに取材という名目で撮影をし、頃合いを見計らって碇へと連絡を入れてみた。
『おはよう。連絡、待っていたわよ』
 昨日のとおり、三下が電話に出たあと、碇へと繋がる。最初の一言は、そんな言葉。
「おはようございます。あの、何かわかりましたか?」
『ええ。パシフィック・ブルー号について調べてみたわ。火災があったみたいね』
「そうみたいですね。でも、おはなしでは大したことはなさそうでした」
 都築の言葉を思い出しながら凪砂は言った。すると、碇は小さくチチチッと舌打ちをする。
『そこまでの情報では一般人よ。記者はさらにその上を行かないとね』
「はぁ……でも、あたし……」
 一般人だし。凪砂は複雑な表情で受話器を片手に小首を傾げる。
『表向きは、大したことはなかった……ということになっているけれど、実際には大したことだったようね。動力系統であったために、外見や他の機能は問題はないものの、運行に差し支えが出ていたらしいわ。それが原因で運行は停止中。現在はメンテナンス作業に入っているわね』
「動力系統の火災……致命的だったんですか?」
『そうね。もともと船としての寿命はそう長くはなかったらしいけど。さらに縮める結果になったらしいわ。だから! パシフィックとアトランティック、ふたつの船を入れ換える……保険金を搾取、さらに安定した運行で収入を望めるパシフィックの未来も明るい……こういう筋書きなんじゃないかしら』
 碇も自分と同じ方向で推理したらしい。
『これらの疑惑に、さらにいわくありげな船の噂を盛り込めば……いけるわ!』
「え、でも……それ、アトラスで特集を組むんですか?」
『ええ、そうよ』
 あっさりと碇は言った。オカルト雑誌で特集……信憑性としてはどうなのだろう。アトラスの読者なら信じるかもしれないが、世間的には……でも、それでもいいのかな……凪砂はほんの少し小首を傾げる。
『そういうわけで、どう、胡散臭い話とか怖い噂の類は?』
「あ、はい。パシフィック・ブルー号の噂なんですけど、あかずの間の話を聞きました。詳細は不明なんですが、ひとつだけ貸し出さない部屋があるとかで……」
『うん、いいわよ、あかずの間。神秘的な響きだわ。他には?』
「え? 他は、まだです……」
『集められるだけ集めて。スタッフならでは話を聞き出してくれるとさらにいいわね。もちろん、匿名扱い、名前は伏せるから』
 それじゃあよろしくねと電話は切れた。
「……はぁ」
 受話器を置き、凪砂は小さなため息をついた。
 
 碇との話を終えたあと、話がしたい、忙しいだろうが時間を少しばかり取れないだろうかと都築に連絡を入れてみる。すると、わりとあっさりと承諾され、都築は姿を現した。だが、どこかそわそわして落ちつかない……かと思えば、ぼんやりとする。
「お忙しいところをすみません」
 部屋に訪ねてきた都築を招き入れ、ローテーブルを挟んだソファへと腰をおろす。
「いえ、構いませんよ。……」
 都築はにこやかに答えるものの、そのまま黙ってしまう。何か他に気にかかることがあるように見えた。
「あの、何かあったんですか?」
「え?」
「なんだか、とても困っているように見えるものですから」
 凪砂は思うところを素直に告げた。
「すみません、ええ、ちょっとばかり困ったことがありまして。いえ、自分の失態なのですが。あるものを紛失してしまいまして。心当たりを考えていたところです」
「あるもの……もしかして、黒いカードですか?」
 昨日の都築との行動を思い出しながら、ふと訊ねてみる。すると、都築は明らかにはっとした。
「ご存じですか?! ……あ、すみません。身まで乗り出してしまって」
「い、いえ、知りませんが、でも、それかなって思っただけで……」
「そうですか……大切なものなのに、気づくとなくて……ああ、本当にすみません。気持ちを切り換えます」
 都築はきりりと表情を引き締める。
「見かけたら、お知らせしますね」
 もしかして、昨日の気配はそれだったのだろうか。都築からカードを盗む……なんのために? マスターキーの役目を果たすカード。利用価値はいろいろとありそうだが。
「ありがとうございます。それで、おはなしというのは?」
「ええ、実は……」
 凪砂は自分の仮説を話して聞かせた。都築は神妙な表情で、時折、訝しげな表情で、凪砂の話を聞く。
「……ということなんですけど……」
「まさか……そのようなことが……」
 都築はそう言ったまま黙り込んでしまう。凪砂はそれも仕方がないかと思いながら、都築の様子を見守った。
「いえ、でも……おはなしを聞くと、そのような気も……ここだけの話ですが、思い当たることがなくもありません。お客様には伏せてありますが、いろいろと妙なことがあるんですよ」
「妙なことですか?」
「ええ。雨柳さまにはおはなししておきましょう。まず、荷物のことなのですが……この船は客船なのですが、貨物を運ぶ空間も十分にありますので、いろいろと他社の貨物を積んでいるのですが、それらのほとんどは四国、九州でおろされ、以降、沖縄までの貨物がほとんどないのです。あるとすれば、自社の貨物くらいで」
「……」
「他にもいろいろとありますが……そういえば、避難訓練にやたらと重点が置かれていたような気がします。大切なことではあるのですが、それでもパシフィックに比べてかなり回数が多かったような気がします」
 都築は複雑な表情で言う。それから、改めて凪砂を見つめた。
「雨柳さま。このことは、他のお客様には黙っていてくださいませんか?」
「ええ、もちろん。パニックになったら大変ですし」
「ありがとうございます。上と確認をとり、もし……もし、雨柳さまの仮説が正しいのであれば、できるだけ、回避を……」
 しかし、それが無理である可能性が高いとわかっているのだろう。都築の表情は重く、暗い。
「無理はしないでくださいね」
 あまり騒ぎ立てると都築の身が危険であるような気がした。凪砂はそんな言葉と少し苦笑い気味の笑みを送る。
「はい、ありがとうございます。それでは、私はこれで……」
「あ、すみません。あともうひとつ」
「……なんでしょうか」
「あの、あかずの間の他に船に関するいわくありげな噂とか怖い話をご存じでしたら、教えていただけませんか……?」
 
 旅行を終えた凪砂の手元には一冊の雑誌がある。
 月刊アトラス。
 特集はアトランティック・ブルー号沈没事件。
 内容は処女航海で海の藻屑と消えたアトランティック・ブルー号の謎と船に関する怖い話や噂。一夜明けると増えている美術品の話や、夜な夜な絵画から抜け出る美女の話、パシフィック・ブルー号のあかずの間101号室の話などなど。
 ページを開く。
 使用されている写真や記事の内容は、凪砂のフィルムや手帳がもとになっている。アトランティック・ブルー号の全景、船内の様子、そして、海へと沈み行く船の光景。
 それらを見ながら、あの日のことを思い出す。
 四国、九州への寄港を終えたあと、動力系統のトラブルにより、乗客乗員は避難。その手際はあまりにも良く、混乱らしい混乱も起こらなかった。状態が状態であるせいか、恐れている乗客はおらず、どこか避難訓練のような場違いの明るさを伴う避難のあと、船は沈んだ。
 その近海に、たまたまメンテナンス終了後の試験運行中だったパシフィック・ブルー号の姿があった。
 特集を組んだ雑誌は、発刊寸前で差し止められた。それは裁判所の命令というわけではなく、どこからかの圧力。こうして雑誌のかたちになったというのに、遂に書店で並ぶことはなかった。
「結構、力を入れて書いたんだけどな……」
 すべてというわけではないが、自分が書いた記事も掲載されている。凪砂は小さく息をつくと、雑誌を閉じた。閉じたときの風に煽られ、机の上に置いてあった封筒がひらりと床へと落ちる。
「あ……」
 そういえば、あのアトランティック・ブルー号のチケットを取ってくれた企業から封筒が届いていたんだっけ……凪砂は封を切り、中身を確認した。
「これは……」
 そこにはメンテナンスと改装を終え、装いも新たに航行を再開したパシフィック・ブルー号のチケットが入っている。
 ……部屋の番号は101号室だった。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1847/雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)/女/24歳/好事家】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、雨柳さま。
納品が大幅に遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
アトラスとの関わりからこのような展開となりました。雑誌は幻となりましたが、それこそがこの事件の真相が推測どおりであることを物語っているのかもしれません。雑誌は幻ということで、所謂、レア物となったそうです。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。