■アトランティック・ブルー #3■
穂積杜 |
【2863】【蒼王・翼】【F1レーサー 闇の皇女】 |
東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れる。
しかし。
差出人不明の脅迫状。
謎のぬいぐるみ。
幽霊船との遭遇。
狙われている存在とそれを狙う存在。
客としてまぎれこんでいる異質な何か。
三つの品物の写真。
そして、姉妹船と航路の謎。
哀しいかな、予感は的中。
楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
そして。
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アトランティック・ブルー #3
笑顔でファンを見送ったあと、小さく息をつく。
さて。
新たに人が集まって来ないうちに、行動を起こそう。
翼は風が教えてくれた内容を考えながら、人の多いデッキを足早に離れる。
異形がこの船に乗り込んだ理由。
海上の船はある意味、閉鎖された空間であり、そう簡単に陸地へ戻ることなどできない。そこへ気配を消しているとはいえ、異形が乗り込んだ……それは、因縁を持つ八神早姫をおびきよせるためか……それとも、人に憑くということを繰り返してきたというその異形が、ある特定の人物に狙いを定め、その人物が乗船することを知って、同じように乗船したか……いずれにせよ、理由があることは間違いない。その理由がわかれば、行動指針はたてやすいのだが、この時点ではその理由を特定するには至らない。
八神早姫は、今、どこにいるだろう。
可能性のひとつ、八神早姫をおびきよせる……もし、異形の狙いがそれであるのなら、その居場所は把握しておいた方がいい。
それに、異形はどこにひそんでいるのか。
風の囁きによれば、もとは低級であれど狡猾さを身につけたということだから、気配を消す能力はなかなかのものなのかもしれない。異形の気配を放っているのであれば、自分にみつけることはたやすいが、巧妙に気配を消し、人になりすましているとなるとそうもいかない。
そう、それに、船内には異形の気配に誘われ、『低級な輩』がかなりの数、集まっているという。同種の気配を放つものを探すのは骨が折れる。同じような木が並ぶ森のなかで目的の木を探すことは難しいことと一緒だ。
「『低級な輩』……か」
翼は口許に親指を添え、小さく呟いた。
考えようによっては、『低級な輩』が蔓延していることは、好都合なのかもしれない。それを逆に利用すればいい。『低級な輩』が属するは、闇。そして、己が身にもまた闇の血が流れている。
闇の掟は力がすべて。
力が勝る者に従うが定め。
この船に蔓延するは『低級な輩』であり、自身との力を比べるまでもない。翼の支配を免れることなどできようはずがなかった。
「さて。キミたちを招き寄せるに至った、その力を探してもらおうかな……ん?」
ふと気配を感じた。
それほど近くではない、だが、自分を確かに見つめる視線。
常に視線を浴びる立場にいるから、そういうものには敏感である。気がついたときには、既に視線の主は姿を隠してしまったらしく、周囲にそれらしい姿は見当たらない。
ファン……だとは思えない。
ファンであれば、隠れるようなことはしないだろう。
だとしたら?
「気をつけなくてはいけないようだね……」
不意に思い出されるのは、取材を行った記者のこと。普段よりも周囲の目というものを気にしなくてはならないかもしれない……翼は小さくため息をついた。
翼の魔力を受けた命令に逆らう術など持たない『低級な輩』は、忠実に命令を聞き入れ、それを実行した。
その数、そして、何より人の目には映らないことを利用して、船内をくまなく探索する。いくら気配を隠しているとはいえ、異形が逃れられるわけもなかった。『低級な輩』はその低級さ故に、力の強い者に引き寄せられる。
それほどの時間を要することなく、人に紛れる異形を見つけ出した。気配を巧妙に隠し、周囲に疑われることなく、乗客のひとりとしてすれ違う乗客と他愛ない会話を交わし、ともすれば笑い、不快であれば、怒る。それはどこから見ても『人間』のそれで、これが異形の狡猾なところなのかと僅かながら嫌悪感をおぼえた。
「ありがとう……これが、僕にできうる最大の礼だよ」
翼は母から授かった浄化の力を解放する。『低級な輩』はその光に苦しみ、悶えていたが、それは最初だけ。やがて光に安らぎを得て、消えていった。
次はもっと良いものに生まれ変われるように。
翼は支配した『低級な輩』を浄化させると、見つけ出した異形の様子を遠くからうかがった。
どういう経緯があったのかはわからないが、異形は記者のひとりに憑いていた。腕章をつけているから、間違いないだろう。自分に取材を行った記者ではなく、別の、若い男だった。ひとりではなく、カメラマンと思われる男と行動を共にしている。
周囲に違和感を与えることなく、その記者を演じる異形を鋭い眼差しで見つめ、人けのない場所で、隙あらば……と、その動向を見守るうちに、あの自分が取材を受けた男とカメラマンが現れた。
「あ、こんにちは。どうですか、調子は」
明るい笑顔で異形は言う。
「なかなか、ね。蒼王翼の隠された一面に迫る……と記事を組みたいところだが、隙がないねぇ」
男はやれやれとかぶりを振って答える。なるほど、隠された一面……それは隠している力のことなのか、それとも、あまり人前では見せることのない表情を狙っているということなのか……後者であるなら、さほど問題はないが、前者である場合は、かなりの問題がある。
「そうですか、頑張ってくださいね!」
「ああ、頑張ってみるよ。だが、蒼王翼にはまかれちまったしな、そろそろ若先生の取材の時間だしな……」
時計を見やり、男は言う。
「若先生って……高橋浩一のことですか?」
「おうよ。大物二世政治家、高橋先生の取材だよ」
あまり気が進まない取材らしく、男は深いため息をつく。それを見て、明らかに異形は慌てた様子を見せる。それが気になった。
「え、でも、それは俺が行うはずじゃあ……」
「あれ、聞いてなかったのか? 変更になったろう? 相手が相手だから、若造の記者を差し向けるわけにはいかないだろうって、俺になったって」
男はきょとんとした表情でそう言った。隣のカメラマンを見やり、お互いにそうだよなと確認をとる。
「一応、社会部にいたこともあるし」
「そんな……お願いです、かわってくれませんか? 大きな記事を書きたいんです」
異形はそんなことを言う。必死に頼み込む姿を見て、なんとなく異形の狙いがわかってきた。異形がこの船に乗り込んだ理由。目的としている人物は、その高橋なる男なのだろう。若い記者が高橋に取材を行うと思い、憑いたに違いない。だが、そのあては外れようとしている。
「上の決定だからな。そういうわけにもいかんだろう。かわりに蒼王翼を任せるよ。最速の貴公子の知られざる一面をスクープしてくれよ」
男は異形の肩を励ますように叩くと、連れのカメラマンと共に歩きだした。
「仕方ないだろう? また、次を狙えばいいさ」
異形と組んでいるカメラマンはそう言って、異形を慰める。
「……。ちょっと、待っていてくれないか」
「ああ、いいけど。じゃあ、ラウンジで待ってるよ」
カメラマンは異形と別れ、その場を去る。それを見送った異形は、男とカメラマンのあとを追いかけた。
まさか。
取材を行う男を襲うつもりではあるまいな……翼は気づかれぬように異形のあとを追う。物陰に隠れ、異形の動向をうかがった。
「すみませーん」
「んー? どうしたー?」
異形に声をかけられ、男とカメラマンは振り向く。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんです。すみませんが、少しだけ時間を……」
「ああ、いいけど。もう少し時間はあるしな。ここでいいか?」
「いえ、ちょっとここでは……あ、すみません、遠慮していただけますか?」
男と共にカメラマンが歩きだそうとすると、異形は苦笑いを浮かべてカメラマンを手で制した。カメラマンは少しだけ不満をあらわにしたが、それを男が宥める。ラウンジで待っていてくれと声をかけ、異形と共に歩きだした。
間違いない。
翼は確信した。異形はあの男を襲い、今度はあの男に憑くつもりだ。そして、最終的には、目的である高橋を襲う……。
異形は男を人けのない場所へと誘い出す。だが、それはかえって好都合。ずっと異形が人けのない場所へ移動するのを待っていた。
「なぁ、どこまで行くんだ?」
「すぐそこまでです……この辺りでいいかな……」
人けのない通路で異形は足を止める。
「で、なんだよ、見せたいものって……え?」
そのとき、異形は背を向けていたから、翼には男が何を見たのかはわからない。だが、ひどく驚く何かであったことだけは確かだ。男の表情がそれを物語っている。
「な……なんだ? おまえ……ぐはっ」
異形は腕をなぎ払う。男はその一撃を受けて、壁に背中を強か打ちつけた。小さく呻き、その場に崩れ落ちる。異形は男に覆いかぶさるように動いたが、ふと、動きを止めた。振り向く。
「僕の気配に気づいたか。それだけは褒めてやろうか」
振り向いた異形は、人の顔をしてはいなかった。クモのような顔面に人の皮が辛うじてはりついている。口許の牙がきりきりと嫌な音をたてた。
『ナ、ニ……モノ……』
耳障りな声というよりも、音が言う。腕の下に、身体を突き破るようにして新たに甲殻類を思わせるような腕が現れた。両側から二本ずつ、その先の鋭い爪は翼を狙い、ゆっくりと上下する。
「僕もまだまだということだね。だが、それでいいのかもしれないな」
翼はふっと笑みを浮かべると異形に向かって腕を振り下ろす。行うは、浄化ではなく、消滅。母から受け継いだ力のひとつを解放する。
『ナ……』
「何人の人を襲ってきたのか……」
翼は小さく呟く。ここに至るまでに、異形が何人の人を襲って来たのかは、わからない。だが、かなりの数であるような気がした。
「母の形見を使うまでもない……消えろ」
翼の指先が異形に触れた。
触れた部分から異形の身体は小さなかけらとなり、霧散していく。
低級な輩は、所詮、低級な輩。力をつけたとしても、その真なる力を秘めた者には到底敵わない。
断末魔の叫びを聞きながら、翼は僅かに目を細めた。
異形が消滅したあと、倒れている男の様子をみる。
一撃を食らい、壁に背中を強か打ちつけただけで、目立った外傷はない。気を失っているようだが、そのうちに目を覚ますだろう。
翼は男に背を向けると颯爽とその場を立ち去った。
その後、滞りなく処女航海は終了、何度か取材を受け、またファンとの交流をはかり、広告塔という使命も果たした。
新たな仕事へ旅立とうという翼のもとに、大きめの封筒が届けられた。
「覚えがない名前だな……?」
記憶にない名前がそこにある。怪しいものではなさそうなので、封をあけてみる。なかには一冊の週刊誌と写真、そしてネガが入っていた。
写真には光に包まれた自分が写っている。
低級な輩を浄化させているときだとわかった。見られてはいないと思ったが、遠くから見られていたようだ。
しかし、何故、写真とネガが……翼は週刊誌を広げる。そこには船で取材を受けた内容の記事が書かれ、写真が掲載されている。だが、そこに浄化させているときの写真は、なかった。
「サンクス、更なる活躍を応援しているぜ……か」
自分の記事が書かれた最後のページに紙が挟まれていた。それにはあまり綺麗とは言えない、むしろ汚いと思われる字でそう書かれていた。
「あの男……」
気を失っていなかったのか……翼は困ったような笑みを浮かべ、ため息をつく。
記憶を消しそびれてしまった。
だが、どうやらあの男は特ダネは諦めたらしい。写真とネガはその証拠。
「もう少し気をつけなくてはいけないな……」
翼は写真とネガを燃やす。
燃えかすは風に舞い、紺碧の空へと舞いあがり、そして消えた。
−完−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】
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■ ライター通信 ■
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引き続きのご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、遅れてしまって申し訳ありませんでした。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、蒼王さま。
納品が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
蒼王さまの感覚であれば、写真をとられたことに気づくのかもしれませんが、彼らも頑張ったということで……(おい)
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。
願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。
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